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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第一章 辺境

第一章|第九話 女神の告白

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初めての国境越え。
ハリード自治領に渡りたいのに、現金がない。

手持ちの魔石も、
武器や薬も、
あまりに高価値で換金できず。

おかしな方向に進む女神ソフィアを手懐け、
何とか国境を越えたアルフォンスは、
すみやかな借金返済(ソフィアに後腐れないように)と、
旅費獲得のために賞金首を捕獲しながら旅を続ける。

ハリード自治領、最南端の街カルヤードに到着するも、
やはり賞金は得られず、
首都ペタスでなければ対応できるギルドはないという。

アルフォンスが渡した魔石に気を良くした町長にもてなされ、
ハリード自治領の治安の悪さを尋ねると、
宗主国タッセルが帝国と教団と繋がりを持つようになり、
自治領の太守が変わってからだという。

 淡い若草色わかくさいろの塗装がされた壁には、深いこげ茶色のつややかな柱と筋交すじかいが走り、直線と斜線の重なりが、落ち着きの中にもモダンな風合いを演出している。

 町長から手配された宿は、確かに貴族の屋敷とまでは行かなくても、非情に味わいのある風情だった。床板はやや明るめな色調で、落ち着いた中にも、居心地のいい爽やかな印象を持たせる。椅子やテーブルなども、時代を感じさせる堅牢けんろうな作りに、シンプルながら風合いのある物だ。ドアノブや、燭台しょくだいは鈍い金色の真鍮しんちゅうが使われていて、宿と言うよりもおもむきある屋敷の寝室のようだった。

 一言にすれば『ステキ!』でも、しくじった。部屋に全く文句はないし、言える立場にはない。だがしかし、これは想定外だった。生まれて初めて見るような、巨大なベッドが部屋にどーんとひとつ。あれ? 三人部屋って言ってたよな? なんでベッドがひとつ? なんでこんなに大きいの?
 これはつまり───

「オニイチャ、久しぶりに、いっしょ・・・・に寝られる」

 そう言いながら、魔道具のポシェットから、お気に入りのまくらを取り出して、ベッドに並んだ3つの枕の内、中央の枕と取り替えていた。

「ちょっと待ちなさい。なぜ、貴女の枕が中央なんですか? それじゃあ私とアルくんが並んで寝られな……」
「ん? ソフィはここ、不服か。じゃあ」

 食い気味にそう言いながら、ティフォはおもむろにはしの枕をひとつつかみ、ソファの上へと置いた。

「それは、私にソファで寝ろって事ですか、このタコ娘ッ!」
「ふぅ、ヤレヤレ、クソ女は、どーにもわがまま・・・・だよ」

 そういって、ティフォはソフィア用だと思われる枕をつかみ、部屋から出て行った。

「私に廊下で寝ろとッ⁉︎ ふふっ、チャ〜ンス!」

 カチャン

 そう言って、部屋の内側から鍵をかけ、ソフィアはドアの前でしばしうつむくと、手を後ろに組んで満面の笑みで振り返る。

「えへへっ、やっと二人きり・・・・になれました……ね♡」
「いや、そうじゃなくて」

 廊下側から、カリカリとドアを引っかく音がする、なにやらティフォが騒いでるがほとんど聞こえない。うん、防音もしっかりしてるな。うん、そういうことじゃない。

「お疲れですよね、アルくん。お風呂の後にします? 私にします? それとも、お風呂で私にします?」
「選択肢ないじゃん」

 今も廊下からは、ドアをカリカリと引っかく音が聞こえている。これ、苦情こないかな……。

「それに風呂じゃなくてシャワーだし、ほら、二人は無理だろ⁉︎ いや、まず、そういうことじゃなくてだな」

 町長の手配してくれた宿は、かなり上等な上に、こだわりがあった。何と、この部屋には個室のシャワーが設置されていると言うのだ。魔道具の個室シャワーは、大陸の栄えた中央部でも、それほど見られるモノではないらしい。実はかなり楽しみにしていた。

 いや、里には風呂好きのダグ爺と、なんでも作れるガセ爺がいたから、家に風呂はあったけど、さすがに魔道具のシャワーは見たことがない。決して都会の風味に憧れてたってワケではないんだ。何ごとも経験だと思うんだよ、本当だよ? 本当だよな?
 そこにソフィアと一緒にとかいわれたら、シャワーどころじゃないし、流石にガマンとかあり得ない状態になる。俺のゴールマイン部分は、そんなにまだ人間が出来てはいない!

「ふふふ、冗談ですよ。アルくんが強引な手練手管てれんれくだで、どうこう出来るなんて、思っていませんから」
「いや、もう散々やったよな?」

 ソフィアは冗談っぽく微笑むと、持っていた荷物を置いて、ソファに腰をかけた。

「アルくんが疲れてるのに、そんなことはしませんよ。さあ、先にシャワー浴びてきちゃって下さい。グズグズしてたら、本当に一緒に入ってしまいますよ? ふふっ♡」

 廊下のカリカリ音が気になるが、ティフォがいるとまたややこしいことになりそうだし、ここはさっさと浴びてしまおう。

「わかった、じゃあ、先に浴びるよ。ありがとう」

 脱衣所のドアに鍵をかけ、服を脱ぐとシャワーのある浴室へと足を踏み入れた。

 パッチャ、パッチャ、パッチャ……

 何か液体をかき混ぜるような、リズミカルな音が、浴室の隅で響いている。一体、何の音だ?

「あら、オニイチャ、いらっしゃーい」
「?……?……⁇……ッ⁉︎」

 髪を赤いリボンでまとめ、バスタオルを体に巻いたティフォが、ひざをついて座っている。おけに入った非常に粘度の高そうな液体を、なれた手つきでかき混ぜていた。足元には座ったら股間が風邪を引きそうな、中央に大きく溝の掘られた、なんともモダンな金色の椅子が置いてある。何に使うための椅子なのかな? なんであんなに、腕でも入りそうに大きな溝が掘ってあるのかな?
 そう言う事じゃっないッ!

「な……ッ! ティフォ⁉︎ どうやって入った⁉︎ さっきまで扉ガリガリやってただろ⁉︎」
「んー? 神だから? パッチャパッチャ」

 当然のようにいって、ティフォは桶の液体を混ぜる手を、上に持ち上げた。えらくトロミのついた無色透明むしょくとうめいな液体が、糸をひいて、桶の中に垂れていく。

「そ、それは……なに?」
「これ? ろーしょん」
「な、何を……するつもりだ?」

 ティフォは粘液まみれの手を、何度かニギニギして『クチュクチュ』いわせる。おもむろに親指と人差し指で輪を作り、糸をネパネパさせていた。それをじぃっとながめながら、おもむろに口を開く。

「ん、これをお互いに、ぬる。そして、カラダをかさね、しんぴを……知る。……しる、だけに」
「神秘……?」
「ん、とのがたの、しあわせと、えつらく……」

 ぽいっ

 ティフォを脱衣所の外へと放り投げ、鍵を掛けると、気を取り直して浴室へと戻る。

 シャー……

 おお、流石は上流階級御用達ごようたしの、魔道具シャワー! 水の出る穴が細かくて、絶妙な心地よさだ。このシャワーの魔道具、どうなってんだろ? 俺にも作れないかなぁ。

 はあ、しかし今日はいろいろあったな、明日にはお金が手に入ると良いけどなぁ。

 お、備え付けの石鹸、ハーブが入ってるし、なんかしっとりする。色々と心配りがニクいね、さすがは人気の宿だと、感じ入ってしまう。きっとオーナーさんが、繊細で優しい心の持主なんだろうなぁ。
 そろそろ髪すすぐか、うわ、目に入りそうだな。目つぶったままにしよっと。ええと、確かこの辺にシャワーのレバーが───

 むにゅっ(………………あっ♡)

 んん? なんかレバーの形状がおかしいぞ? こんなやわらかかったか? 場所を間違えてる? もう少しこっち?

 むにゅむにゅっ(……あっ、はぅ♡)

 …………なんか今、動いた????? それに、なんかポッチがある……?

ぽちっ(…………っ⁉︎)

「くうぅ……これいじょうわぁあ……むりですぅ」

 何かが下に崩れ落ちる気配と、俺の腰の高さから、聞き慣れた甘い声が聞こえた。

「はッ⁉︎ その声は……ソフィかッ⁉︎」

 ようやくレバーに手が届き、髪と顔の泡を慌てて流すと、俺の足元で顔を隠してしゃがみこむソフィアの姿。おい! 正面からその高さは……ッ⁉︎ 慌てて前を隠したが、これは、もう……。

「お、おま……っ!! いつからそこに⁉︎」
「あああ、神だから? 神だし? しかし、っふあぁーっ! 甘く考えてましたぁ〜っ! こんな、こんなのが⁉︎ その、こんなのが⁉︎ あうぅっ、こんなことなら……ふあぁぁ〜ッ!」

 茹で上がったように真っ赤なソフィアが、顔を押さえたまま、混乱をきたしていた。

「だって、だってぇぇ〜! 意図いとせず相部屋あいべやとか、パターン的にはラッキースケベにいくもんじゃないですかぁ〜っ! それをイキナリ、ダイレクトとか……ふあぁーっ!」

 だいれくと……? あれは……あの柔らかい感触と、あの……あのポッチはッ⁉︎

「フアアアアアアアァァァーォッ!(←アル)」

 今度は俺が混乱していた。後ろに飛び退くと、何かが俺の尻に触れる感触があった。

「ちっ、クソ女。さいごにヘタれる・・・・とは、かみの、かざかみにも、おけない」

 ティフォが俺の尻をピタピタ叩きながら、ソフィアに呆れ顔をしていた。片手に粘液桶、叩く手からはきらめく粘液の糸が舞いおどる。

「おおお前ら出てけえええぇぇっ‼︎‼︎」

 ぽぽいっ

 ……ぜ、全部見られたッ! もうお婿さんに……行けないッ!


 ※ 


「─── で、何か言う事はないか?」

 ソフィアとティフォが正座している前に、俺は椅子を置いて座っている。

「オニイチャを、よろこばせたかった」
「少しでもアルくんの疲れがいやせればと……」
「そうか、二人とも、俺のためか……」
「「そ、そうなん……」」

「すぅ〜。…………いいわけをッ、するなああああぁぁっ!」

「「ひいっ」」

 テーブルの水差しがピーンと共鳴した。あの後、あわてて着替え、着のみ着のままで飛び出した。咎人とがびとたちのいる馬小屋にでも、厄介になりに行こうとしたが、二人は魔術込みで止めに入った。
 で、今は話し合いである。

「ティフォ、さっきのアレはなんだったんだ? あれは男の行く娼館しょうかんの……。ゲフンッ、どこで覚えた⁉︎」
「えぇと、けんのーを使って、宇宙の『知識の泉』で、本をえつらんした」
「本か。その本のタイトルは?」
「ん、『出没! 男の歓楽街かんらくがい』って……」
「アウトだッ! 完ッ全にアウトだ・・・・バカヤロウ!」

 ティフォの言葉をさえぎって止めた。

「えぇ……。オニイチャが、言えってぇ」
「そうじゃない、そういうことじゃない! もう、そこの本棚には行くのはやめなさい。図書館は大いに結構だけど、その本棚の辺りはね?」
「はぁい」

 ティフォがしゅんとしている。可愛そうにも思えるが、年端としはもいかない(外見は)妹の健全な将来のためだ、兄である俺が世界の害意がいいから守らなくては!

「ソフィは? ラッキースケベがどうとか、どこで得た知識なんだ?」
「私も……権能けんのうを使って、神界の『知識の虎』で借りた本で……」
「ソフィもか。ちなみに本のタイトルは?」
「ええと……『すぐ使える ラブコメアイデア』ってノウハウの……」
「アウトだッ! 色んな意味でアウトだ!」
「えぇ……アルくんが言えって……」
「現実には無理なんだよ、ラッキースケベとか! なんで神界にそんなんがあるんだよ! ってか、何でノウハウ本なんだよ! なに? 神様ってそういうノウハウにも強いの!? もっといいことに全能を使おうよ!」
「だってぇ、表紙の絵が可愛かったんですもん」
「あぁ……あるね、そういうのね。表紙はすごいの多いよね。分かる、分かるよ? でも現実にやるとね、さっきみたいになるからね?」
「さっき……みたいに……はうぅ///」

 あんなに普段ガツガツしといてからに、このさんは……。

「とにかく、みんな、一旦落ち着こう。な?」
「…………アルくん、もう怒ってないですか?」

 ちょっとつねっただけでも、血が出そうなくらいソフィアの顔が赤い。自分でやっておいて、どんだけ混乱してたんだろうかこの娘は。

「怒ってないよ。俺も驚いただけだ」

 なんだか、妙にソフィアが子供っぽく見えて、思わず頭をなでていた。ソフィアは目を細めて、されるがままにしている。

「私も……驚きました……。あんなゴールマインが目の前に」
「も、もういいから! 事故とはいえ、俺も悪かった! ゴールマインとかも言うな⁉︎ はぁ……今日はもう寝よう」
「オニイチャ、馬小屋いくの……?」

 ティフォが不安そうにすそをつかむ。妹のこの表情には、どうしても抗えない。

「ハァ……行かない。ここで寝るから、もうゴリ押しとか、粘液とかは無しで、いいな?」
「「は〜い♪」」

 なんだかひどく長い一日だった気がする……。


 ※ ※ ※


 はぁ、私って何なのでしょうか……?
 アルくんから離れていた今までの時間、さびしくて辛くて、何度か毛玉を吐きそうになったくらいでした。

 ……記憶の理想化? いいえ、初めて会った時、彼がしてくれたことは忘れもしません。

 あの時、彼が差し伸べてくれた手の温かさは、今でも私の手に残っているくらいです。アルくんは憶えていないっぽいですけどね。嬉しくて嬉しくて、しかも、彼が私の運命の人だとすぐに気がついて、本当に世界が薔薇色ばらいろになったのを憶えています。

 それから間もなく、彼を失った絶望感。

 やっと再会できて、剣を交えて、一緒にいられるようになって、今はあの時以上に彼のそばにいたい。そう思うと、抑え切れなくなってしまう。もちろん、彼が戸惑っていることも分かっています。

 ただ、さっき、浴室で仲良くしたいと思ったのに、彼に体を触れられて、嬉しいのに怖くなってしまいました……。彼のたくましい体を目にして、激しく胸がときめいていたのも事実です。それなのに怖かった。私は彼とどうなりたいのでしょうか?

 幼かったあの頃、私はストレートに『およめさんにしてほしい』と言えました。それはずっと一緒にいたいということを、それ以外の表現にすることが出来なかったから。まだ転生したての私は、感情が不安定でしたしね。そして今、私の気持ちが空回りしているのには、まだ理由があります。


─── 私は彼に全ての運命を話せていない


 否、話すことが許されない。全てを打ち明けられた時、本当に彼は、私と同じ運命を歩いて下さるのでしょうか? 仲良くなりたいのに、仲良くなるのが怖い。彼に運命を拒まれた時、私はその全てを失ってしまうのですから。
 私がそう思っていながら、彼が拒むことも知っていて、ちょっかいを出しているのは……。彼に側に置いてもらえていることに、少しでも努力したと、思い込もうとしていただけなのかも知れません。

 ああ……今気がつきました。

 私は調律の神でありながら、世界の行方よりも、彼との繋がりに焦がれている。世界の運命を背負うのではなく、ただ彼と共に在りたいと切望せつぼうしている!

 彼は優しい。だからこそ共に歩きたいのなら、私が甘えていてはいけませんね。今、話せる全てを話しましょう。神々のおきてが許すところまで。

「……起きていますか? アルくん」

 隣に眠る彼に、私は声が震えるのをこらえて、話しかけました。


 ※ 


 隣でティフォが眠ってる。布団から両手を出して、バンザイっぽい姿勢で。天真爛漫てんしんらんまんな子供とか、警戒心が弱い人だと、この姿勢になるっていうけど、なんか納得できる。そんなことを考えていたら、布団が揺れて、ソフィアがこちらを向いた。
 彼女の甘やかな香りと、体温を乗せた空気が鼻をくすぐって、思わず胸がドキっとする。

「起きていますか? アルくん」

 同じ寝具の中、彼女の気配を近くに感じながら聞く声は、いつもより甘く聞こえる。だが、なんだか切迫感せっぱくかんのあるというか、厳しい感じの声だ。悪いけど、初めて神様ぽいなと思った。俺もそっちに寝返りを打って、彼女に体を向ける。

「ああ、起きてるよ。どうした?」

 ぎゅっ

 ソフィアはふいに、俺のシャツの胸元を、不安そうに握りしめた。

「私は、アルくんに話せていないことがあります。聞いてもらえますか?」
「……うん、聞くよ」

 彼女にはよくからかわれているから、これは本気の話だと、表情を見ればすぐに分かった。返事をすると、一瞬怯えた顔をして、それから困ったように苦笑して、そして子供に話を聞かせるような優しい顔で話し始めた。

「私は調律の神オルネア。この世の光と陰、善しと悪しの織り成す営みを、見守りし神。私はこの世のバランスが崩れようとした時、地に産み落とされ、運命の力を適合者・・・に与える宿命を背負っています」
「……適合者?」
「守護神をはるかかに超える力と、権能を持つのが私たち真の神。いえ、それだけではなく、我々はこの世の土台をになう、守護神とは全く異なる存在。神の言葉は強い因果いんがを生み、望みは強大な運命を創り出すのです」

 そうだ、俺の体にある紋様もんようもセラ婆いわく、線の一本とっても、魔道書数冊分に相当する情報量が詰まっているという。人類なんかでは、どれだけ研鑽けんさんを積もうとも、辿り着けない領域に、神は立っている。

「しかし『天界は地上に触らず』が掟です。神は己の手で、地上の営みを変えることは出来ません。あくまでも、地上に生きる者が自分達で歩み、魂の輝きをより大きくできるよう、見守るしか出来ないのです」
「…………」
「しかし、時に地上は、自分たちの力ではどうしようもない、極端きょくたんな流れにかたよってしまうことがあります。地上の守護神と人には、太刀打たちうちちできないうねり・・・が。その時は、調律の神である私が顕現けんげんし、調律の運命に応えられる、強い魂を持った人を選定します。それが適合者」
「俺は……俺の守護神はソフィだろ? だけど、カードにはそう書かれていない」
「はい。貴方の守護神はまぎれもなく私です。更新した時、表記が変わりましたよね。さて、勇者と呼ばれる人物の守護神は誰でしたか?」
「そ、それは君、女神オルネア……」
「はい。そして貴方の加護は勇者と同じく※※※※※※※※で……す……くッ!」

 ソフィアが加護を口に出そうとした瞬間、言葉はノイズに掻き乱されて、音にならなかった。同時に彼女の体が、うすれてブレると、青白い電光らいこうが激しくまとわりついた。

「……な、ソ、ソフィッ⁉︎」

 思わずソフィアの体に触れても、俺には何の変化もない。雷撃に触れても、俺には何の影響も与えなかった。弱々しい微笑みを浮かべ、ソフィアは人差し指を口元に立てた。体の透けは治ったものの、まだ微かにブレが起きている。

「しー、ティフォちゃんが起きてしまいますよ? 大丈夫。これくらいの越権行為えっけんこういでは、まぁ死にませんから」
「越権……行為?」
「はい、守護神は自分と契約を結んだ相手に、今こなせると確定している運命しか、伝えることが出来ません。今、受け取れる所までの加護しか与えられませんし、それ以上の運命に関わることを、直接示唆しさすることも許されません。それをすると、今のように罰が与えられるのです」
「罰則か? 何でそんなものを……?」
「通常は妖精族や神族、魔神族が守護神を担います。彼らは、この世のバランスを崩さぬよう、ある程度の権能と運命しか、持ち合わせていないのです。
天界は地上と鏡合わせの世界。天界に危険が及べば地上も滅びかねません。だから、通常は越権行為などできないように生まれていますし、もし、先程の罰則を受ければ、彼らでは存在ごと消滅するでしょう」
「そんなことを今やったのか!? 何でそんな無茶を! 体は……大丈夫なのか?」
「ふふ、本当に貴方は優しいですね……。きっと貴方は、私が越権行為を実演しなくても、信じてくれたでしょう。しかし、貴方の優しさに、もう甘えたくはなかったのです。驚かせて、ごめんなさい」

 ソフィアはやはりどこか哀しそうな、苦しそうな微笑みを見せる。

「あなたの守護神は私です。あなたの知る本来の加護が発現しないのは、あなたが受け止めるべき運命の全容を、まだ知らないから。勇者の受けた加護は誰でも知っているでしょうが、そんなことですら今の私では、あなたに直接伝えられないのです」

 何となく彼女に感じていた違和感はこれか。嘘をついたり、騙そうとしているのではないと、分かってはいた。ただ、時折さびしそうに見えていることがあった。

「それに前任の勇者の運命は、もしかしたら……。いいえ、これは考え過ぎですね。今はイングヴェイさんの意思を求めて下さい。そこでまず、貴方は運命の全容を知ることになるでしょう。……あなたが運命を選べるのはそこからです」
「そこが俺にまだ話せない、運命の分水嶺ぶんすいれいなんだな? ソフィが今は一人で抱えてる、大きな運命が待っていると」
「はい、ごめんなさい。役に立たない守護神で……。本当はあなたに重い運命を押し付けたくはないんです。今はここまでしか言えません。でも、今のうちに言っておきますね。
あなたはそれを受けなくても・・・・・・、いい─── 」
「俺が受けなかったら、君はどうなる?」
「さぁ? まあ、天界に戻されて、違う人格でまた生み落とされるんじゃないでしょうか。私の本体は天界にありますので、化身であるこの肉体がどうこうなったところで、本体が滅びることはありませんからね」
「じゃあ、勇者に加護を与えた前任の化身ってのはどうなったんだ?」
「さあ、どうなったのかは、お話できませんが、私とはだとは断言しておきます」

 何だか、はかないような、さびしいような複雑な気持ちだった。神が全知全能な存在だと思っていたのが、ただ生き方の違う人物との、遠い関わりでしかないのだと知ったような……。自分をどこかで助けてくれる、親のような存在ではないのだと思えてしまった。

「何となくだけど、普通の守護神が、大勢の人に加護を与える意味がわかったよ。神の持つ運命は、神ひとりでも、人ひとりでも持ち切れない、困難なものなんだな? でも、その運命が大き過ぎた場合、広く浅くじゃ解決出来やしない。
だからこそ、選ばれた勇者のみ。唯一、神の加護を一人で受けた。それだけ、世界の調律者に求められる力は、強大である必要があるって事か」
「はい。その通りです。怖くなりましたか?」

 俺のシャツを、ずっとつかんでいたソフィアの細い手が、急に離れた。消え入りそうなはかない表情に、胸が締めつけられる。


─── 俺は、離れ行くソフィアの心細い手を、逃すまいと強くつかんだ


「いいや、俺は君を失いたくはない。何もする前からあきらめるとか嫌だし、どんなことがあっても、目の前の運命に挑むと思うよ」

 ソフィアの目が見開かれ、手首をつかむ手に、彼女の震えが伝わってくる。

「それにさ、この前、君とダンスをして思ったんだ。たぶん俺たちは、運命を支え合えるって。きっとそれは、ずっと前から、どこかで気づいていたんだ」

 何だかクサい言葉にも聞こえそうで、戸惑ったら喋れなくなりそうだから、一気に最後まで言い切る。向かい合ってベッドに横たわる彼女は、あごを引いてうつむくと、前髪に隠れた目の下でわずかに唇を動かした。

(嗚呼、この人は、もう私なんかよりずっと先に、運命を抱き留めていたのね)

「……今、何かいった?」
「フフ、いいえ、何も。ただ、あなたはいつも、私の渇望かつぼうする何かを、当たり前のように与えて下さいます。初めて出逢った、あの時のように……」

 そう言って、ソフィアは自分の手をつかむ俺の手を抱き寄せて、一筋の涙をこぼした。

「初めて……の時?」
「くすくす、やっぱり憶えていませんか。これだけは教えませんよ? 私だけの宝物・・ですから」

 彼女の顔に、もう不安な色は見当たらなかった。そうしてすぐに、ソフィアからも穏やかな寝息が聞こえてくる。

 俺の生まれに関わる、大きな運命。なぜか義父さんに頭を撫でられた、幼き日の風景が頭をよぎった。あの温かくゴツゴツとしたてのひらの記憶が、頭の表面に鮮明に蘇る。あの手も、裏切れないよな……。

 俺の運命がどんなものか分からないけど、足を止めることは、義父さんの想いを反故ほごにすることになるんじゃないだろうか? 何であれ、俺は今目の前でスヤスヤと眠る女神に、単なる初恋とは片付けられない想いを寄せている。

 ただただ、今は俺に出来ることを、進めて行くしかないな。そんなふうに考えている内に、いつしか俺も眠りに落ちていった。

作者のつぶやき

神々の掟と、契約への妨害。
孤独と焦燥感に駆られ続けたソフィア。

彼女の暴走の多くの原因。

少しずつ積み上げるアルフォンスとの絆で、
このカンシャク玉の様な女神も落ち着く日は訪れるのか───

面白かったら、その分だけ押してね
本日 0/10
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