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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第一章 辺境

第三話 第一村人、発見!

 森の樹々に変化が訪れた。

 特定の針葉樹が規則正しく生え、それ以外の木と木の間も広く取られているし、枝打ちをされた形跡が目立つようになってきた。人の形跡、それも人里が近くにある証拠を、ようやく感じられるようになり、テンションは爆上がりだ。
 ラプセルの里を出発して、早くも五ヶ月が経とうとしていた。

「オニイチャ、急に着替えてどうしたの?」

 白いシャツに麻のベスト、柔らかいなめし革のアームカバー。焦げ茶のスラックスにブーツ。首元には虫除け効果のある、山橘桂樹やまたちばなの根で染めた、淡い朱色のスカーフ。腰には革紐編みのベルトに、山刀とナイフを提げる。
 収納の魔道具であるズダ袋から、わざわざリュックを取り出して、細々と詰め直して背負った。

 よし、これで何処からどう見ても、禍々しさが微塵もない、爽やかな旅人だ!

「第一印象が大事だからな♪ あ、ティフォも角と尻尾は隠しておけよ? なんせ里を出てからの、と会っちゃうかもなんだぜ⁉︎ さあ、レッツラゴー!」
「ふふ、オニイチャ、はしゃぎ過ぎだゾ☆」

 そう言いつつ、ティフォも瞬時にフード付きの外套コートを羽織った、可愛らしい旅少女風に変身した。悪目立ちしないようにと、シモンくん監修の元、セラ婆が仕立てたやつだ。
 尻尾を不可視化しても俺には見える。ティフォの尻尾は、フリッフリのウネッウネ、内心はしゃぎまくってやがる。

 地図の通りだと、この丘の先に世界地図では最東端の村がある。俺たちはさらに東側、地図の枠外から来たんだ。
 全くもってとんでもない秘境で暮らしていたものだと思うが、義父とうさんが隠そうとしていたものの大きさが、それだけの慎重さを求められたという事かもしれない。

 一体、俺の生まれがなんなのか、余計に想像がしづらくなる。
 ……ひとつ心配なのは、どうにも古い地図らしいから、地名とか人里の位置があっているかだが……まあ、人間に会えれば何とかなるだろ。
 そんな事より、今は里を出てから最初の外界の人間、第一村人とのコンタクトだ!

「よおし! 丘の上まで競争だ☆」
「あっ! オニイチャ、ずるい。待って!」

 テンションは最高潮だ。なんせ、幼い頃は外界にいたと言っても、他人と関わった覚えはほとんどない。唯一、父親以外、会話が出来たのは、初恋のあの子くらいなものだ。
 それ以外、対等に人と関わった記憶は無い、綺麗さっぱり、無い。

 ややスキップ混じりの全速力で、丘の斜面を登り切る。
 あった、あったよ! 村が見えた! 

 しかも村の前を横断する山道に、多くの人影が列を成しているのが、樹々に見え隠れしていた!

「大変だティフォ! なんかにぎわってる! もしかしたら『お祭り』ってやつかも知れないぜ⁉︎」

 振り返ってそう叫んだ。
 が、意外にもティフォは走るのをやめ、俺の方を見ながら、ダラダラと歩いている。
 アレ? 抜け駆けしたからムクれちゃったかな?ふふ、そんな子供っぽい所も可愛いなあ。

 俺は丘の先に向き直って、高鳴る胸を押さえながら、もう一度山道の賑わいに目を向けた。

「…………あれ? これ、だ」

 その時、風向きが変わり、山道から廃れた魔力の残滓ざんしょうがうっすらと感じられた。

─── 攻撃系魔術の痕跡だ

 よく見れば、樹々の間には、時折魔術の反応光が瞬くのが確認できた。はしゃぎ過ぎた、こんなバリバリな魔術の気配に気がつかなかったとは……。
 遅れて、ティフォが俺の隣に立つ。

「【着葬クラッド】。ティフォ、はしゃいでないで、気を引き締めなさい」
「……オニイチャ、かわいそう」

 すでに可愛らしい旅娘から、戦闘もござれの通常モードに変身を解いていた妹が、小さく呟いた。
 俺の体は青白い光に包まれて、荊の冠をいただく禍々しい漆黒の髑髏騎士どくろまんへと、瞬時に変貌を遂げた。

…………キャハハハハハ…………

 深く吐いた溜息に反応して、小さな悪霊と人魂が生まれ、顔の周りを飛び交いながら嗤笑ししょうを響かせた─── 。

 ※ ※ ※

 俺たちが山道に辿り着いた時、すでに戦闘は終わり、人の気配が山道を北上して行ったようだ。慌ただしい馬の蹄の音が、遠く去っていくのが聞こえていた。山道の向こうにある村からは、小さい喧騒が続いているのが、まだ確認できる。

 俺たちは様子を見ながら、慎重に山道へと降りた。そこにはすでに、複数の遺体が転がっている。服装を見るに、戦争といった様子ではなく、軽装で戦闘も視野に備えた、移動中での交戦か。
 その中に、身なりの良い装備の者が、ちらほら倒れているのが気になった。

「…………う……うぅ……」

 遺体だと思われた内、一人が微かに呻き声を漏らした。

「大丈夫か? 今手当を……」

 このまま放置しておけば、間も無く命の火が消える、かなりの深手だ。見ればかなり身なりのいい、地位の高い人物だと分かる、まだ若い男。
 回復魔術を掛けようと、男の体を確認するも、最早手遅れである事が分かった。外見上、肉体の損傷は少ないが、首元に残された傷に薄黒い瘴気しょうきが漂う。呪術を付与した短刀での一撃、もしくは魔剣の類いだろうか。
 肉体だけの傷なら治せるが、この呪いは魂の器である『幽星体アストラル・ボディ』を破壊している。

 幽星体アストラル・ボディとは、肉体の内側に存在して、魂を内包するもう一つの肉体。俺の【癒光ラヒゥ】なら、外傷なら絶命していない限り、完全回復が出来る。
 しかし、この男の傷は治せない。幽星体アストラル・ボディの傷は、人の魔力でなんとか出来る代物じゃないからだ。

 傷つける事は出来ても、それに働きかけて修復は出来ない、回復魔術の限界。神の奇跡でもなければ、不可能だ。

「…………【癒光ラヒゥ】」

 せめてもの気休めに、回復魔術をかけながら、男の手を握った。けがれた傷は、見る間に塞がろうとしてはいるが、埋まり切らない。無理に治したとしても、すぐに傷口が開いて、彼に余計な苦しみを生むだけだ。
 回復魔術の出力を下げて、体力だけを回復させてやる。せめて、彼の話を聞いてやりたかった。

「…………す、すま……ない。…………俺……の事は……いい……から……」
「あまり力んで喋るな、傷が痛む。息を歯に当てるくらいの声でいい。ちゃんと聞き取るから」

「……お、俺……より……。え、エリゼ……さま……を……ゲハッ」

 血混じりの咳をして、口を大きく開けて、浅く短い息をする。男は助からない事を自覚しているのだろう。何かを伝えるために、最期の言葉を喋る、ただそれだけに力を振り絞っているようだった。

「…………それと……そ、そこの……村……、に盗賊……ハァッ……ハァッ……」
「……その人と村、助けてやれば、いいんだな?」

 男は薄っすらと目を開けて、こちらを向いて微笑もうとした。

「…………もう……め、目が……見え……ない。助けを……呼んで…………。奴ら……は、つ、強……い」
「俺がなんとかする。安心しろ」
「…………エリゼ……さま」

 一筋の涙を零して、大きな息を吐くと、男の力が抜け落ちた。

「……オニイチャ」
「ああ、記念すべき……第一村人は、この人だったな……」

 男のまぶたを閉じてやり、腕を胸元で組ませた。

「なあ、ティフォ、ごめんな。最初の人の願いだ。叶えてやりたいが、協力して欲しい。いいか?」
「うん、いいよ。あー、ちょっとゴメンね、おにーさん」

 ティフォは尻尾の先で、男の血に触れた。

「ナダリアへんきょーはく、このおにーさんは、そこのごえー騎士。名前はウィリー。きぞくのゴタゴタで、へんきょーはくの次女モニカがさらわれた」

 唖然とする他ない。初めて人からの記憶を得る姿を見て、地名や人名が突然出て来て、改めて驚かされる。ここまでの旅でも度々、彼女の能力にはお世話になったが、言葉を話せるだけの知能を持たない魔獣の物ばかりだった。

 ナダリアって地名も地図にはなかったが……。

 ここ数日、毎晩地図を開いては、目を皿のようにしてみてたけど、やっぱり地図の後に出来た土地なんだなぁ。
 彼の名前はウィリーか。

「……みのしろ金の受け渡し、その子のおねーさん、エリゼがしめーされた。
でも、受け渡すそのまえに、しゅーげき受けた。逃げながら、たたかって、ここまで来た。
けど、ムリ。だから、しんがり買ってでて、エリゼにがした……けど」

 辿々たどたどしい話し方はいつも通り。だが、確実に彼の言おうとしていた事を補足している。

「んー、そこの村に、しゅーげきした、盗賊団の本隊がいるよ? はじめから、そこで待ちぶせ、してたみたい」

 血肉から相手の記憶を受け取る、ティフォの特殊能力。なるほど、ここまで分かれば動き方も、打てる手も明確だ。

「ティフォ。まずは村だ、即時解放する」

 村に向かって駆け出し、先に精霊術で喚び出した妖精を上空に飛ばし、それとリンクすることで村の俯瞰図ふかんずを把握。建物と、その外にいる人間の様子を確認。
 同時に村の内部へも、複数の妖精を放って、建物内部の様子も掴んだ。

 村人が捕らえられている以上、広域殲滅魔術は使えないし、村人が巻き添えにならないように静かに、速やかに盗賊団を殲滅するしかない。

 ……考えてみれば、これが初めての対人戦だな。

 少しだけ、胸が高鳴り出したのを、細く長く鼻から息を吸って整える。でも不思議と緊張は薄かった。

 理由は簡単だ。
 『多くの敵が建物内に潜む市街を制圧』そんな想定の戦闘訓練は、ストレスで眉毛抜きだすくらいにはやり込まされたしな。
 把握した状況をティフォに伝えようとしたが、彼女はジッと紅い目を光らせて見つめ、すでに把握していたようだ。
 ……反則だろコイツ。

「【氷刃レウ・ラフェン】……!」

 十数本の小さな氷の刃が、俺の指先から上空に放たれると、大きく弧を描いて村の周囲へと飛び去った。俯瞰映像で捉えていた、見張りと見回りの盗賊が撃ち抜かれ、声を立てる間も無く凍りつく。

 盗賊団のほとんどと、三ヶ所に分けて捕らえられた村人達は、それぞれ建物内にいる。盗賊団も見張りを兼ねた待機場所として、各建物内に八〜十数名ずつ潜んでいた。
 そして外に出ている盗賊は五人、敵の数は全部で三十七名。

 目標を定めると、俺は魔力の風をまとって、さらに加速した。

 ※ 

─── 村の内部、門に程近く

 井戸の周りで、二人の男が騒ぎ、その周りに三人ほどの仲間がニヤニヤして眺めている。そのどれもが武器を提げ、ギラギラとしつつも、一種の冴と微睡まどろみの混在したような目つきをしていた。

 人殺しの眼。

 そして、堅気の人間でないと、誰もが見ても分かる風体である。

「かー、公爵の姉ちゃんの方はまだかよ! 仕事が終わんねぇと、村の女共に手も出せねーじゃねぇか!」
「馬鹿野郎! 長女確保したら、すぐに依頼主んとこ連れてって、首検めだ。村の奴らはその後だっての、分かってんのかオメー」
「どうせ口止めに、まとめて殺すんだ、その前にお楽しみってのもいーだろーがよォッ!」
「団長の考えがあんだよ! ……それとも何か? オメー団長に逆らうってぇのか?」
「ば、馬鹿言うんじゃねぇ! ブッ殺されちまう!」
「分かったら、大人しく待ってろ。早いか遅いかの違いだろ。村長んとこに、まだがいるんだ、聞かれたらどうする?」
「ケッ! わーったよ、クソッ‼︎」

 会話をしていた片方の男が、積み上げて干されていた木製のタライの山を、いら立たし気に蹴りつけた。村の何らかの作業に使われているであろうタライは、結構な数が積まれており、大きく揺らめいて崩れ出すと、流石に蹴った本人も慌てた顔をする。
 男達がそれを見て笑い声を上げた。

─── ガラガラガラッ

 タライのぶつかり合う乾いた木の音が、大きく村に響く。足元に散らばり、未だカラカラと転がる、いくつかのタライ。やがてそれらも治ると、一陣の風が吹き、村は静寂に包まれると……

 そこに先程までいたはずの、五人の盗賊達の姿は、忽然と消えていた。代わりに血の海に散らばる、人間五体分の白い肉片が、今なお筋繊維の収縮かわずかに痙攣してる。

 ガタ……ッ

 刃に着いた血糊を拭き取るアルフォンスの隣、井戸の近くの家屋の木戸が開いた。

「……オニイチャ……こっちはOK……」

 あどけなさの残る、年端もいかぬ少女の声が、小さく響く。その家屋には、やはり数人の盗賊団がいたであろうに、息ひとつ前髪ひとつ乱してはいない。その様子にアルフォンスは瞠目どうもくしつつ、抑えた声に魔力を乗せて伝える。

「北側のでかい家は、俺がやる」

 そう言って拭き終わった曲刀を、逆手に持ち替えて握りを確かめながら、首をゆっくりと回した。髑髏の目元が微かに青白く光を灯す。

「ん。あたしは残りの……奥の家」

 そう言い残して、戸口から少女の姿が消える。
 家屋の中に、集めて座らされていた何人かの村人達が、戸口の外に立つ、漆黒の髑髏の巨体に気がついた。

 『『ヒ……ッ⁉︎』』

 髑髏はそれを一瞥いちべつすると、ゆっくりと人差し指を自らの口の前に立てた。村人達が目を見開いて、震えながらも頷くのを確認すると、手の平を下に向けて胸元の前でゆっくりと上下させる。
 それが伝わったと見ると、最後に手の平を村人達に向けた。

『静かにしろ。そこを動くな』

 古くから狩りでよく使われる、馴染みのあるジェスチャーに何名かは少しばかり気を鎮め、しっかりとうなずいた。これは敵でも、魔物でもないと。

……フッ

 風の音を残して、髑髏の姿は消える。村人達は顔を見合わせて、不安げに外を眺めているしか出来なかった。

 ※ 

 こんなに楽な仕事だとは、俺らにもようやく運が回って来やがったぜ……!
 このクソ田舎のめでてぇ馬鹿領主が、ライバル貴族のお嬢ちゃんを誘拐しろときた。

 ただでさえお気楽な田舎の貧乏貴族の娘が、まさか呑気のんきに護衛も付けずに侍女と出歩いてるとは、そん時は笑いを堪えるのに難儀したもんだ。お嬢ちゃんの誘拐、んで、残りの依頼はそのお嬢ちゃんの姉を、人気のねえ所でぶっ殺すだけだ。

 馬鹿正直に少ねぇ護衛で、身代金の引き渡しにお姉様の登場。泣けてくるぜ、美味しすぎてよ。

─── まさか二百に近い盗賊団が、待ち構えてるとも知らずにだ

 ど田舎貴族の端くれとは言え、誘拐殺人とあっちゃあ冒険者ギルドも動くだろう。だがどうせこんな場所に来るのは、駆け出しのヒョッコか、使いっ走りの能無しだ。
 もちろん、その前に仕事は終わらす。

 目撃者は、誰であろうとだ。
 ここの村の奴らには悪ぃが、丁度いい場所に村を建ててたお前らが、少しばかりツイてねぇってだけだ。

 運は俺たちが食っちまったってだけの事。護衛は全員殺った、後は団長がお姉様を殺っちまえば、任務完了。悪趣味な団長の事だ、お姉様は今頃わざと逃がされて、ヒィヒィ泣きながら追い回されてんだろ。

 しかし、ほんと、お目出度ぇ領主様だぜ。そりゃあこんな仕事は、俺らみてぇなゴロツキじゃねぇと請け負わねぇが、仕事内容が仕事内容だ。
 この一件を使えば、今後もいいお取引が出来るってもんだ。

「の、のう。アンタ、アンタが頭領なんじゃろ……? 欲しい物はなんでもやる。金でも物でもなんでもいい。ここでの事も、みぃんな黙っとるから、この村は見逃してはくれんか……」

 縛り上げた村の奴らの内、村長だってぇジジイが、ブルブル震えながら俺に話し掛けて来やがった。

 それにしても……この俺が頭領だって? まあ、今は一番偉そうにしてるからな。

「あぁん? 俺が頭領だって? 何でそう思うんだよジイサマよ」
「こ……この中で、い、一番強そうじゃし立派じゃからの……」
「へッ、いい目してんじゃねぇか。でも、残念だ、俺にはそのけんりは、ねーの」
「じゃ、じゃあアンタから、上のモンに話を通してはくれんか……? せめて、せめて若いモンだけでもいい。命だけは助けてやって欲しい」

 ジジイの目が、戸口の近くに転がる何人かの死体をチラ見した。最初の見せしめにぶっ殺した村人だ。
 なーんとなく、嫌な予感がしてるって訳か。んで、俺の気持ちを少しでもよくしとこうと、おべんちゃらってわけだ。
 ……これだから古いタヌキってのはよ!

 俺は腰掛けてた椅子から、ジジイにニッコリ笑いかけて近づいた。

「…………よっと!」

 ジジイの隣のガキの首に、小刀を突き立てた。

「ぐッ……あぐ……ぐ……ッ!」
「な、なッ、あ、何を……⁉︎」

 ガキは引き攣った顔で、自分の首に何が起きたか、目ぇひん剥いて覗き込みながらぶっ倒れた。唖然としたジジイの顔に、ガキの血飛沫が噴き付けて、雨の中の野良犬みてえな顔になってやがんの。

「どうして……どうしてこんな……!!」
「どうして? どうしてって、なあ。知ってどうするよ、おっ死ぬ奴らがよ? それにもし、俺らが失敗しても人質にくらいは使えっからな。
あー、だから村長様は一番最後だ、残念だったなぁ」

 俺はそう言ってジジイをにらんで黙らすと、わざとゆっくり元の椅子へと戻った。自分の命の順番を、ビビった奴らに教え込む。これで、上から下まで、勝手に空気を読むようになって、騒ぐ奴が減る。
 まぁ、一番簡単な洗脳って奴だ。椅子の両脇に立たせていた手下は、ニヤニヤと小汚ねえ顔で、それを笑ってやがる。

「…………で、他に聞きてぇことはあるかよ?」

 振り返って椅子に腰を下ろし、そう言ってジジイを見てやろうと顔を上げ ───

「ヒッ! な……ッ、なんだぁ……こりゃ⁉︎」

 真っ暗だ……目の前が真っ暗……いや!
 黒くてデッケェ髑髏が、天井につきそうなほどデッケェ髑髏が目を光らせて立っていやがる!

「「「……ぅあ、あ……あ……」」」

 左右の手下が情けねぇ声で呻いてる。そりゃあ無理もねぇ、俺だって今、頭ん中真っ白だ!
 いつだ? どこから、どうやって、いつの間に……その前にコイツはなんだ?

 全身真っ黒の鎧姿で、おまけに人魂みてぇなのがウヨウヨ集まって飛んでやがる! おまけにだ、手には妙に反りのある、薄気味悪ぃほどピカピカの、馬鹿に長ぇ曲刀を持ってる。

─── ピチャ……ピチャ……

 よく見りゃあ、曲刀からは血が滴り落ちてるじゃねぇか!

「お、お前ら何ボサッとしてんだッ! このデクをさっさとぶっ殺……」

 シュー……

 思わず椅子ごと後ろにぶっ倒れた。手下共は口をあんぐり開けて、喉元から血飛沫上げて『あ、ああ……』て、倒れる間も無く呻き続けてやがった。
 つ、つまり、さっきから聞こえてた呻きは、最初からこいつらの声で、ヤツの曲刀から垂れてた血はこいつらの!? 俺の前に立った時には、もう全員さばいてたってのか⁉︎ 冗談じゃねぇ!
 俺はサーベルを抜いて、転がり起きた。

「……そこに倒れてる者達は、お前に刃を向けたか?」

 髑髏が喋った! な、なんだ、こんな時に何をわけわかんねぇ事……。

 よく考えろ! コイツは亡霊なんかじゃねぇ! よく見りゃあ全身鎧を着た、悪趣味な兜野郎だ!
 なんの冗談だ、こんな物騒でバケモンじみた野郎、頭イかれてるに決まってる ─── 。

 このサーベルじゃあ、両断できそうにねぇ。っと、いや、俺には団長から教わった奥の手があるじゃねぇか!

「……ああ? て、テメェ何いってんだ? だ、誰なんだテメェはぁッ!」

 慌ててる振りをして、小声で魔術を気がつかれないように唱えながら、ゆっくりと距離をとる。

 魔術の起動は一言でいい。団長に貰った魔道具のサーベルには【貫通トライア】の魔術が仕込まれてんだ。
 どんなに硬ぇモンでも、一発で貫ける!

(…………【付与エンチャント:貫通・トライア】……クククッ)

 ほんの一瞬だけ魔力の手応えを感じて、俺は術の成功を確信した。

「……そこに倒れてる者達は、お前に刃を向けたか?」
「あアッ⁉︎ 俺に刃向かうなんざさせるわきゃねえだろが! 無抵抗なこいつらを、ぶっ殺してやったさッ!」

 叫びながら力一杯、『貫通』特化の魔剣化したサーベルを、ヤツの胸に突き刺した。おどろおどろしい全身鎧にビビりはしたが、なんて事はねぇ、重装歩兵はノロマってな!
 これっくらいオツムが回んねぇで、盗賊団の副団長なんざ務まら……

─── パキンッ

「……はぁ?」

 確かに手応えを感じた切っ先が、軽い音を立てて折れた。その勢いのまま、頭の上のはりに、折れた刃先が突き刺さった。お、折れた……? それどころか、突いたはずのヤツの鎧には傷ひとつねぇ。
 途端に、サーベルを握ってた右手と、貫いたはずのヤツの胸元が、緑色の光に包まれた。

「うっわあああああああああああッ!」

 顔に掛かる生温けぇもんに気がつきゃあ、右の手首から先が無くなっちまってた。

「避ける必要も、魔術の解呪も必要ないな、その程度。手に穴が開いたろ、気の毒に。この鎧はな、貧弱な魔術程度はする。お前程度の魔術では、ドワーフの呪いには勝てんと言う事だ。
……もう一度聞く。お前は無抵抗な人間を殺したんだな?」
「はッ! だ、だだ、だからなンだってんだよ!」
「そうか。それなら、お前は剣士でも人でもないな。どう始末してもいい、魔物以下の存在だ」

 そう言って、髑髏の目が笑いやがった。

  あれ? 急に真っ暗になっちまった。

 ……小気味悪ぃ、いくつもの甲高い嗤声わらいごえが耳元にまとわりつきやがる。
 あれ? それももう聞こえねえや……もういい……どう……でも…………

 ※ ※ ※

 斬る価値もない。
 俺の周りに群がる羽虫みたいな悪霊達に、好きにしろと命ずれば、この男はふつりと事切れた。

「こっちも終わったよ、オニイチャ……だいじょぶ?」
「んー、お疲れ、ティフォ」

 隣で可愛い妹が、心配そうに見上げてる。それに微笑んで返した。まあ、ガイコツ兜のせいで、俺の笑顔、ティフォからは見えないんだけどな。

「あたし、先にエリゼ、助けにいくね?」
「ん? ああ、こっちはちょっと、やる事ある。頼めるか?」

 ティフォは『あいよー』と気の抜けた声で、お使いでも頼まれた感じの、軽い返事。静まり返った建物内を見回すと、縛られた村人十数人に、首を突かれた死にかけの少年。

 ……わざと死に切れないように突いたんだろうな。

 そして戸口の辺りには、何体かのまだ新しい村人の遺体。戦闘開始から、巻き込まれた村人の犠牲者は出ていない。初めての対人戦とすれば上々だ。

「俺はこっちを全員救ってから行く。多分、そっちには呪術系の武器を持ったやつがいる。気をつけてな」
「うん。ウィリーを、やった奴か。顔はわかってる、ウィリーに、教えてもらった」

 いつものジト目、抑揚の無い声。だけどちょっぴり元気が無い気がする。ティフォなりに、ショックだったんだろう。

「とりあえず行くけど、すぐころす? 痛ぶる? どうするかはオニイチャに、決めて欲しい」
「ありがとう。足留め……いや、無力化して生かしておいてくれ。くれぐれも気をつけてな」
「あいあいー」

 ティフォは何故だか嬉しそうに笑って、高速で飛び出していった。

 ……さて。近くに倒れてる少年に近づくと、なんか血だらけのお爺ちゃんが、かばうように少年に覆いかぶさった。

「い、いやじゃ! まだ連れて行かんでくれ! 孫の代わりに、ワシを連れてってくれ!」

 いや俺、死神じゃねぇから……。それに残念だけど、つい今さっき、その子絶命したからな?
 ややイラッとして、お爺ちゃんごと少年をひっくり返し、手を添えて魔術を意識した。

「─── 【蘇生アネィブ】」

 黒い光の魔法陣が現れ、少年の表情に邪悪なシワが入る。うん、グール化したね、ひとまず成功だ。
 さて、俺の事だが、蘇生すればグールになっちゃうマッドマン、ふふ……それはもう卒業したんだよ! 続けて別の魔術を展開する。

「─── 【属性反転グルスドラー】……」

 邪悪な笑みを浮かべて、目を開きかけた少年が、安らかな表情で再び目を閉じると、金色の光に包まれた。

「……ん。ううん……」

 後光って言うのかな? 聖人然とした微笑みを浮かべて、少年がむくりと起き上がった。天井に穴なんかないのに、神々しい光が差し込んで、『はぁ〜』みたいな効果音が鳴る。
 術は成功だ、術はね。元の人格までは保証できねぇけどな、人間にやるのは初めてだし。

「け、ケン……? お前、無事なのか……?」

 後ろから少年を抱きしめたままのお爺ちゃんが、動き出した少年に、恐る恐る話しかける。

「大丈夫だよ、お爺ちゃん。僕はご主人様に、もう一度生きよ……と、そう命ぜられたんだ……ッ!」「け、ケン……なんじゃその喋り方は……」

 少年はおごそかに俺にひざまずく。それを無視し、動揺する村人達も更に無視して、戸口の前の遺体にも同じ『蘇り魔術セット』を掛ける。

「……他に死人はいるか? 怪我人はないか? 今なら全て救おう」

 第一村人、ウィリーからの願いだからな。彼も助けてやりたかったけど、魔剣傷が深過ぎたから、蘇らせた所で二度苦しませる事になるだけだった。
 なんか建物内で、後光のさした数名と、村人達が平伏しているけど、そんな事はどうでもいい。
 とっととティフォの所に行かないと心配だ。

 ※ ※ ※

 村人にその他の犠牲者はなかった。彼らが少ない犠牲で済んだ理由は……

 『抵抗する暇もなかった』

 これが良かったのかも知れない

 下手に交戦してたりしたら、かなりの数が殺されていただろう。村には武器もあるにはあったが、盗賊団の装備と戦闘可能な人数で言えば圧倒的に不利だったし。
 しかし、里を降りて初めての人間発見から、五分で三十七名殺しとか、俺はヒグマか何かだろうか。

 実際に自分の手で人を殺したのは初めてだけど、特に感情が騒ぐとかは無かった。そういう心理状態の話はセラ婆から聞いていたし、心の置き方はダグ爺から教わっていた。いや、戦場の訓練の方がね……。

 この安静な心理状態を保っていられる理由としては心当たりがある。

 考えてみて欲しい、召喚された大量のゾンビやグール何かのアンデッドと、延々戦わされた青年の心を。最初はね、俺ひとり対ゾンビ三体で建物内での訓練から始まったんだ。

 その内、敵クリーチャーの数と質がアホみたいに上げられた所で、アーシェ婆のアンデッド作り講座と召喚魔術講座が同時進行。負けたら殺される上に食われるんだけれども、蘇生魔術で蘇ったって、死ぬ時の痛みとか恐怖は覚えてるしね。
 もうね、死に物狂いで強いアンデッド兵を求めたし、戦術も練りまくったもんだよ。

 途中負けが込んでた辺りは、自分が本当に人間なのか、アンデッドなのかすら曖昧だったよね。敵アンデッドには、半ナマからほとんど人間に近いのも居たし、知能も高くて喋ったりされてたから、あんまし対人戦と変わらなかったんだよコレが。

 初めて上手く作れたゾンビ兵のジョニーが、敵のグールに一瞬で木っ端微塵にされた時の方が、胸が痛んだんじゃないかなぁ……。
 とか、そんな思い出を振り返って、ふふって笑ってたら、村人達が不安そうにこっちを見ていた。

「まだ、村の外に一味がいるかも知れない。建物から出ないで、俺が戻るまで声も立てずに静かにしてろ。いいな?」

 そう言うと、村人達はうなずいて建物に留まり、中からかんぬきを掛けた。死神とか魔物の類いって誤解は解けたみたいだけど、うーん『おっかねぇ何か』って視線にちょっぴり傷つく。

 さて、ティフォの元へ急ごう。

 そう思って被りを振った時、突然目の前に黄金色の光の渦が現れた。その中心から、スッと白い何かが突き出てきて、俺の顔の真横をかすめた。

「……うんしょッ! アレ、想定外に狭いですよコレは……。うーん、気合いです!」

 光の渦の向こうから、若い女の声がする。続けてもう一本白い何かが出掛かって、明らかに光のふちに引っ掛かって、止まった。

「ええ? なにこれ狭ッ! ええっ⁉あ……抜けなくなったらどうしよう……。︎く〜ッ! 負けませんよ! 負けるかぁぁ〜ッ」

 この光の向こうは、狭いトンネルみたいにでもなっているのだろうか。余りにも唐突な出来事に、頭が追いついていかない……。

 力なくバタバタと、光の渦からはみ出しているのは、白く艶やかな女性の脚だ

 片足はすっかり出ているものの、もう片方の足は渦の縁に爪先が引っ掛かったようで、膝を折ったまま。空中の光の輪から、腰から下だけ突き出して、モゾモゾしてる。
 俺の目の前で、ムチっとした太ももが、パタパタ揺れていた。

 こっちに出て来ようと必死だけど、これってドツボにはまって救助される系の、ヤバイ状態なんじゃないの……?

 まだ顔すら見てない相手に『引くも勇気だぞ』なんて思った瞬間、俺の脳内が衝撃的な光景に真っ白にぶっ飛ばされた。白いスカートがめくれ上がり、その奥を守る白く艶やかで柔らかそうな布地が、目の前であらわになった。
 俺はこんなに柔らかそうで、小難しい装飾のついた布を、見たことがない。

 ……セラ婆が作ってた刺繍ししゅうのハンカチくらい? 

 いや、あれも綺麗な物だったが、なんて言うのかな、えっと次元が違うんだ。え、なんでこんな所に小さなリボンとか付いてんの? 俺、そんなパンツなんて、一枚も持ってないよ? 俺、もしかしてマイノリティ?
 自分のパンツ事情が不安になるくらいには錯乱し掛けたけれども、ようやく思考力は戻って来た。

「こ、これは……だ……」

 やっと出た言葉がこれか! だめだ、俺やっぱり錯乱してる……!
 途轍とてつもない精神攻撃に、ただただ立ち尽くすしかなかった ─── 。

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