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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第一章 辺境

第一章|第十話 首都ペタス

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人生初の収入を求めて、
賞金首の行列を率いるアルフォンス。

首都ペタスで賞金を受け取るため、
カルヤードの町長に用意させた宿に一泊する。

ハリード自治領とその宗主国タッセルに掛かる、
帝国とエル・ラト教のきな臭い話を耳にする。

そして、ソフィアから告げられた『神々の掟』。

「昨夜は、お楽しみ・・・・でしたね」

 真っ白なカイゼルひげのよく似合う紳士が、口元をクイッと上げてそういった。宿を後にしようと、ロビーに降りた所、支配人とおぼしきこの男性に話しかけられた。

「え! あ、い、いや……」
「ああ、これは失礼しました。昨夜、廊下ろうかを通りかかった際、お部屋の前でお連れのお嬢様が、楽しそうにされておりましたので」

 浴室の騒動のことかと、緊張で唇が油っぽくなるようなしびれを感じ、俺は上擦うわずった間抜けな声を出してしまった。ああ、良かった、ティフォがめ出された時のか。

「も、申し訳ありませんでした。騒がしかった……ですよね」
「いえいえ、騒がしい音など、何も耳には入りませんでしたよ?」

 わぁ。さすが一流の宿は、対応が違うな。嫌味いやみが全くないのが微笑み方で分かる。この旅の帰りにでも、またここに来たいなぁ。

「ご迷惑でなければ、またこの……」
「ドアの前で、必死にぴょんぴょんとねる姿。ふわりと舞う柔らかそうな髪の少女」
「……え?」

 支配人は、口髭くちひげの端を整えるようにつまみながら、遠き思い出を手繰たぐりり寄せるように、目を閉じて顔を上げた。

「細くありながら、たわわな弾力をたたえる、成長期特有の二の腕を振り上げ。そこに垣間見かいまみえるワキの下の、一切色素沈着しきそちんちゃくの見られない、ややマットな白い肌質」
「あのぅ」

 少しずつ早口になる支配人に、手で制して話しかけたが、耳には届かないようだ。

いものでした、あれは善いものでしたッ! 音もなく、全てがスローモーションの世界。あれが『ゾーン』に達する境地でありましょうか。自分で言うのはなんですが、私は少女のワキというものにですね、多大なる感心と趣向しゅこうがありまして、そこに至高しこうの究極が存在すると理解した一人でして。あの状況がお楽しみ以外のなにものであるのかと、私は声を」
「じゃあな」

 きびすを返して足早に去る俺の背に、支配人の朗々ろうろうたる早口はまだ続いていた。この地方は本当に大丈夫なのだろうか。辺境の変態公爵に比べれば、この脇クソ髭・・・・はまだ小物だが、きっかけ次第では何かが花開きそうだ。

 うん、なかったことにしよう。この街に宿屋はなかったし、この街に泊まったなんてことはなかったことにしよう。実害はなかったんだ……そうしよう。


 ※ ※ ※


「えーと、はい。この地図の通りですね、大丈夫、道からはズレてませんよ? このままでの道のりに、問題はありません♪」

 ソフィアが権能けんのうを使って、現在地を地図に照らし合わせて確認している。目的地の首都ペタスまで近いと聞いていたが、途中で道の舗装ほそうが途切れ、荒れた細道が複数ふくすう現れた。昨日、町長の家で聞いたように、急な発展があったせいか、ところどころに整備の混乱が起きているようだ。数年経ってもそのシワ寄せは、回収できていないということが、こうした都市と都市の端境はざかいで嫌というほどわかった。

 むぎゅっ

「じゃあ、進みましょう♪」

 ソフィアが地図をしまうと、俺の隣に駆け寄って、腕をからめる。昨夜、彼女から打ち明け話を聞いた。あの時の彼女は神様らしく、どこかげんのある雰囲気だったのだが、今朝からは今までとも一転した。 うーん、今までの彼女には何というか、焦燥感しょうそうかんのある、前のめりで危うい雰囲気があった。しかし、今は何というか、迷いなくグイグイ来る感じがあるというか。

「ちっ、クソ女、ふっきれた・・・・・か」

 ティフォはそうつぶやくと、反対の手を繋いで来る。いつもの手繋ぎではなくて、指と指を絡めようとするが、俺との身長差で難儀なんぎしているようだった。

 バチィッ!

 俺を挟んで二人のにらみ合いが交錯こうさくした。ん、結局やることは、変わらないのね。正直、男として嬉しくもあるが。……今の俺はそれどころじゃない。現金が欲しい・・・・・・んだ、切実に!

「いいから、早く行こう」
「私はこうして、ゆっくりでもいいですよ?」

 ソフィアの絡める腕に力が入った。俺は後ろを振り返り、立ち止まっていた罪人たちの群勢を一瞥いちべつする。

「先を急ぐ。遅れるなよ?」

 ビクリとする反応も、これだけの人数でやると、空気が振動するもんなんだなぁ。ゆっくり? 冗談じゃない! ギルドの換金所かんきんじょが締まったらどうするんだッ! 財布に何もないのは、貨幣経済かへいけいざいの世界では、こんなにも不安が募るのだと俺は思い知った。知識では知っていたけど、『金が人を変える』とはこういうことだったか。

 踏み出す鉄靴てっか、つなぎから重々しい音を立てる、暗黒の全身鎧。悪霊たちの嗤笑ししょうを皮切りに、続く群勢の雑踏ざっとうが響き出す。首都ペタスまでは、後少しだ。


 ※ ※ ※


─── ちょん、ちょん

 ティフォの不可視の尻尾が、俺の肩をつついた。そちらを見ると、ティフォは街の商店と商店の隙間を見ている。その影に、何かがうごめいて消えた。

「捕まえる?」

 顔をそちらへ向けたまま、ティフォがつぶやいた。特に強そうな魔力も感じなかったし、大した魔物でもないだろう、かすかな存在だった。それが街中にいるのは、やや不審ふしんではあるし、ここペタスに近づいた時から、少しずつ魔物の姿を見かけるようにはなっていた。
 でもまあ、治安の乱れたハリード自治領のことだ、どこか杜撰ずさんな所があったとしても不思議じゃない。

「いや、目立つ動きはしたくない」

 俺がそう返すと、ティフォは興味をなくしたのか、また街の景色にキョロキョロとしだした。今、彼女は角も尻尾も隠したままだ。角はなるべく見せない方がいいだろう。亜人種の魔人族に間違えられてしまうかも知れない。

 勇者の聖魔戦争以降、魔族への迫害は始まり、特に魔人族には激しかったという。魔族の中には人型のものも多く、有角ゆうかくの魔人族はそれらと、特に見分けにくかったためだ。本当の魔族は、紫水晶むらさきすいしょうの角を持つそうだ。魔人族は乳白色から淡褐色たんかっしょくの角を持ち、雰囲気や風貌ふうぼうが似ていたという。

 魔族への恐怖から生まれた猜疑心さいぎしんは、魔人だけでなく、多くの亜人種にも向けられた。それらは排斥はいせき運動となり、各地で動乱さえ起きた歴史がある。獣人族やエルフ族は戦闘能力が高く、当時はかなり抵抗したそうだ。
 ティフォは魔族でも亜人でもない、単なる異界の神だが、魔族の疑いをかけられないように隠している。ただ、赤い瞳は魔人族に多かったらしく、同じ瞳の色である俺とティフォは、時折ヘンな目で見られることがあった。
 辺境はかなりゆるかったようだが、ハリード自治領に入ってからは、それが明らかに強まっている。俺は兜で隠せているが、ティフォは眼の色を変えるのは、手間がかかるらしくそのままだ。外見を大きく変えるのは簡単だが、一部だけとなると、そこへのわずかな集中力を保つ必要があるらしい。その集中の塩梅あんばいが面倒くさいのだとか。

 まあ、もう目立ってはいるから、どうでもいいか。いばらの冠をいただいた髑髏どくろの兜、禍々しい全身鎧、その全てが漆黒。俺の格好もそうだが、今は後ろに引き連れる人数と風体が問題だ。

 街に近づいた段階で、戦争を起こそうとしていると勘違いされ、憲兵けんぺいに囲まれた時は流石に困った。ソフィアのS級冒険者証と、こう言った事態を危惧きぐした、カルヤード町長の一筆がなければ大ごとだっただろう。そこに気がついた町長の娘には感謝しかない。実際、彼女もそう勘違いしたといっていたのは、ややショックだが。

 俺達は今、憲兵に見張られながら、警察隊と隣接りんせつするギルド支部へと向かっていた。


 ※ ※ ※


「えぇ……マジで?」

 ギルドの受付で、俺はかなり動揺どうようしていた。髑髏どくろのあごがカタカタと小刻みに音を立てている。受付の若い女性が、青ざめて声を震わせながら、あてて説明をする。

「こ、高額の……け、懸賞金けんしょうきんのお支払いには、ギルド登録が必要です。登録自体は、ここでも出来ますが……。し、しかし、高額の場合は、ギルドに口座を開設していただかないと、現金の用意が出来ないんです。ただ、口座の開設には最低でも、Dランク・・・・である事が条件になりまして……」
「そのランク認定が、今すぐは出来ないと」
「はい。Fランクから始めていただいて、最低でも一週間の実務経験じつむけいけんがないと、昇格試験は受けられない決まりなんです。と言うか、駆け出しの冒険者が、高額報酬を得ることなんて、まず有り得ないので。今回のケースに対応する準備がありません」

 最低でも一週間は一文無いちもんなし。もし、それが過ぎても、試験に落ちれば……。

「あ、これはハリード支部の決まりですので、ギルドマスターの裁量さいりょうが認められてる大きい支部なら、すぐにでも昇格試験ができたりするみたいですよ?」
「え!? それってどこの支部?」

 思わず大きな声を出してしまった。彼女は『ひっ』と後退あとずさるが、さすがは冒険者の集まるギルドの受付嬢、すぐに気を取り直して、メガネの位置を直していった。

「はい、港湾都市こうわんとしバグナスの支部ならできると聞いてます」
「いや、そこに行くための旅費が欲しいんだ。それに懸賞金の受け取りは、またここに戻って来なきゃいけないんだろ?」
「あ、それは大丈夫です。報酬の発生は全ギルドで情報共有できますから、どこの街でも受け取れます。ですが……」
「バグナスへの旅費も無ければ、今夜の宿代もない。今すぐお金が欲しいぃ……」
「ですよねー。あっ、でしたら分割で報酬をお支払いするというのはどうでしょうか? あれだけの人数の懸賞金は、即金ではお支払い出来ませんが、そのうちの何人分かを先にお支払いするって言う形なら」
「ほ、ほんと?」
「はいって、その兜どうなってんですか? 口ぱっかり開いてますけど……。あ、そうじゃなくて、一般的な額の懸賞金の支払いでしたら、冒険者登録をしなくても一般参加ということでもできますけど、どうします?」
「やったー! 人生初収入だ! やったー!」

 さっきまで思わず口に当ててた手を、思い切り振り上げてバンザイした。籠手こての装飾が引っ掛かって、兜がすぽんと上にティフォのいる方へと飛んでしまったが、知るもんか!

「ありがとうありがとう!!」

 興奮のあまりに、思わず受付嬢の手を、両手で握ってしまった。

「え? 若ッ!? あ、そんなお顔・・だったんですね」
「……えっ、ああッ⁉︎ お、俺つい、思わず! ごめんなさいごめんなさい!」

 あわてて手を離したが、受付嬢は顔を赤らめてポーッと放心状態になっていた。メガネがくもってる。ウブな子だったんだろう、悪いことをしてしまった。
 と、後ろから凶暴なまでの神気が近づいて来た。

 シュラアァァァ……

「ど、どしたのソフィ、こんなところで抜刀ばっとうは良くないよッ⁉︎」

 目に見えるほどの濃密な神気をまとい、ソフィアが受付嬢をにらみ殺しにかかる。フードが外れ、彼女の髪がゆらゆらとざわめいていた。

「そこのメス猫ぉ・・・・。アルくんに近づくだけでも斬首ものですが、まさか彼に触れようとは……。極楽浄土ごくらくじょうどに行けるとは、思わないで下さいね」
「ひ、ひぃっ」

 あわててソフィアの両手首をつかむが、なにこの娘、超力強い!

「ふふふ、離して下さい、アルくん。あいつを殺せないじゃないですか……」
「ノー! ソフィ、ノーだよ⁉︎ 殺しちゃあいけない! ノーだよ⁉︎」

 ガタンッ! ズシャー……

 急に背後で大きな音がした。受付嬢が勢いよく立ち上がって、倒れた椅子が床を滑っていった。

「あ、貴女は! 『剣閃の聖女ソフィア』様ではッ!?」

 ソフィアを指差して、受付嬢は口をパクパクしている。

「ええ。人は勝手にそう呼びますね。それがどうかしましたか? 冥土めいど土産みやげは、その答え合わせ・・・・・だけでよろしいのですか?」

 ソフィアがそういった時、ギルド内にいた職員たち全員が起立し、ホール内で談話だんわしていた冒険者たちが、一斉にこちらに振り向いた。

「すすすす、すみませんでした! す、すすすぐさまお茶をお持ちします! しょしょしょ……少々お待ち下さいッ!」

 そういって、受付嬢がバックヤードに走るのと入れ替わりに、ギルド職員たちが大挙たいきょして押しかけて来た。

「そ、ソフィア様? えええS級の貴女様が、ほほほ本日は、どどどどのようなご用件でッ⁉︎」

 ベテランとおぼしき男性職員が、『前が見えるの?』ってくらいの、超々低姿勢ていしせいみ手する。

「お金を出しなさい……」
「…………は⁉︎」
「アルくんにお金を渡せといっているんですよ。聞こえませんでしたか? 聞こえやすいように、耳の穴拡張かくちょうしてしてやりましょうか? その後でさっきのメス猫は、土くれに返します!」
「ノー! ソフィ、ノーだよ! それじゃ、ただの強盗ごうとうじゃないか! 話そう? ちゃんと話そう? ね?」
「……かわいい・・・・ですか?」
「な、何が?」
「さっきのメス猫のことですよ。かわいいと思いましたか? ……私よりも」

 こ、怖いっ! 笑顔が超怖いっ!

「か、かわいいとか思ってないよ! やっと報酬がもらえるって、つい興奮しただけだから。あの人にはなんのもないから!」
「……やはり気がすみません。あやめましょう」
「だ、ダメだって! ああ、クソッ! ソフィの方がかわいい・・・・から!ソフィしか見てないから!」

 ボンッ!

 ソフィアの顔が炸裂音さくれつおんを発して、紅く染まった。

「あぅ、はぅ///」

 よかった、怒りが治ったようだ。いや、俺まで顔真っ赤になってるなこれ、耳が痛いくらい熱い。

「こんなに大勢の前で……とか、恥ずかしいですよぅ」

 すっごいクネクネしてる。刃物持ったままだから、すっごい危ない。

 ゴゴゴゴゴゴ……

 ん? 何だこの灼熱しゃくねつの神気の高まりは!?

「オニイチャ。そこを、退いて。クソ女が……殺せない・・・・

 俺の髑髏兜を被ったティフォが、殺意の神気をき上げて、宙に浮いていた。近くにあった椅子がいくつか、その圧力に耐え切れず、バカンと音を立てて崩壊ほうかいする。

「ノ、ノーだよ、ティフォ。ノーだ。言葉のあやって分かるかな? そういうやつだから、ね、ほら」

 その場の何人かが泡を吹いて倒れた。ティフォの殺気が、人を圧殺あっさつしていくようだった。

 なんで俺、悪質あくしつなジゴロの結末みたいになってんの? ティフォを落ち着かせ、話ができるようになるまで、かなりの時間を要したことは言うまでもない。そしてソフィアのお陰で、このハリードギルドの、ギルドマスター権限が動いた。

 俺は人生初の収入を、冒険者登録もせずに、まとまった額で手に入れることができた。これで、ソフィアの拠点バグナスへの旅も、かなり余裕を持って続けられるだろう。


 ※ ※ ※


「なにか気に入ったの、あったか?」

 宿をとった後、食事がてら街をブラブラしていると、ティフォが一軒の店の前で足を止めた。夜道の暗がりに、ランプの灯りで照らされて、たくさんの人形が並んでいるのが窓から見える。橙色オレンジの灯りのせいか、ティフォの目が輝いて見えた。寄ってみるかと声をかけると、顔いっぱいに笑顔を咲かせて、店内に飛び込んだ。
 そうして今、棚の一角に見惚みとれていたので声をかけた。

「あれ、あれを・・・とって」
「おお、よしよし、どれだ? ん、これの上のやつ? 
えーと………………うっ!?」

 指さされた人形を見て、俺は思わず強張こわばった。

「ほ、本当に……これ・・?」
「うん! それ!」

 ティフォは小さくぴょんぴょんねながら、それを待ち望んでいる。

「……はいよ」
「はぁ~、いい。すっごく、いい!」

 彼女が目を細めて抱くそれは、かわいい人形が並ぶ中、ひとつ異彩いさいを放っていた。不ぞろいの長さの手足、ぞんざいにわれたつなぎ目、左右大きさのちがう暗い色のボタンの目、口は赤く太い麻紐あさひもでヤケクソのように波縫なみぬいされただけ。生地はキメの細かい麻布のようだが、よく見るとところどころに染みがある。つまるところ、怖い・・
 何だろこれ、どうしてこれだけこんな……。しかし、ティフォはそれを抱きしめてほおずりしている。

「そ、それが……いいのか?」
「うん。だって、オニイチャに、にてる・・・

 えッ!! 俺って、この子からこう見えてんの⁉︎

「て、店主。これ、いくらだ?」
「あん? あー、銀貨と銅貨一枚ずつだな」

 マジで売物うりものなのかよ!?

「買うよ。ところでこれ、一体なんなんだ?」

 代金を支払ってから聞くと、店主は腕を組んでむずかしい顔をした。

「ん? やっぱり、なんかの間違いとか……」
「いや、その時のこと、あんまり憶えてねぇんだ」
「アンタが作ったのかよ!!」

 強面こわもての初老の男は、白髪しらが混じりの角刈り頭をガリガリかいた。

「あー。昔、カミさんを寝取られてな。しかも逃げられたんだ、不倫相手とな。俺の無二むにの親友と、カミさんがだぜ? 親友だった男の嫁さんなんか、俺ん家の庭の木で首くくってな、毎晩夢に出てきたんだよ。恨めしい顔でよ、ただ俺を指差すだけでな。そのうち、俺が悪い俺が悪いって、自責じせきの念に追いつめられてよ。……精神的にボロボロでな。ある日、気がついたらそれを作って、無茶苦茶むちゃくちゃに抱きしめてた。
今はそれを見るのが辛くてな。捨てるのもかわいそうだから、そのうち、誰かが買わねぇかってよ。正直、毎日毎日見られてる気がして苦しかったんだよ。もう十年にもなるかな、誰ぁれにも見向きもされず、俺とそいつは見つめ合って来たんだ。ありがとうな、そいつのこと、くれぐれも頼む」
「─── 重ってぇよッ! 胸が苦しいよ! 聞かなきゃよかったって、すげぇ後悔してるよ! なんで初対面しょたいめんの人間に、そこまで話しちゃうのかな!?」

 なんか途中から、胸が締めつけられてたしな。でも早口で一気にしゃべるもんだから、止めることもできなかったし……。

「あー、だから、オニイチャに似てる・・・のか」
「俺、そんなに重たい⁉︎ ねえ、そんなに悲愴ひそう⁉︎」
「ますたー、これ、大事にする、ね?」
「おお……。お嬢ちゃん、よろしく頼む……ッ!」

 気分はひどく鉛色なまりいろだが、ティフォはニコニコしながら人形を抱き締め、弾むように歩いてる。こんなは初めて見る。これで良かったのだろう。

「よ、良かったな、気に入るのが見つかって」
「うん! 誰かにこういうの、買ってもらうの、はじめて・・・・

 ティフォは立ち止まり、しばらく目を閉じた後、首を少しかたむけながら微笑んだ。目の端には、少し涙がにじんでいるように、小さな輝きが見えた。

「うれしい。ずっと、大事にする! ティフォのたからもの・・・・・に、するからね!」

 そういうと、走り出した。その先にソフィアが手を振っているのが見える。食事の良さそうな店を見つけたようだ。

 そういえば、俺、誰かにプレゼントを買ったの、初めてだったな。こういうのも中々悪くないと、走るティフォの後ろ姿を見て、そう思った。


 ※ ※ ※


「ぷはぁ〜ッ! これは美味いな!」

 小魚に香ばしい衣をつけて揚げたアツアツなのをかじり、口内に残る魚のほんのりと甘みのある香味とあぶらを、よく冷やされた麦酒むぎしゅで洗い流した。ソフィアが見つけたのは、この地方の名物料理で『柳魚やなぎうおのフリット』と言うらしい。この辺りでよくれる、柳の葉の形に似た川魚に塩と香辛料を振り、小麦粉と干した木の実の荒い粉を混ぜた衣で揚げてある。そのままでも美味いが、酸味さんみとニンニクの効いたタレにつけて食うと、うなるほど美味くなる。

「内臓も抜いてあるから、しつこくなくて、いくらでも食えるなコレ!」

 料理もさることながら、魔道具で冷やされた麦酒は、また格別かくべつだった。正直、麦酒は苦くてあまり好きではなかったが、こうやって冷やすと、こんなにノド越しがよくなるとは知らなかった。

「ふふふ、こうして夜の屋台で食べるのも良いですね」

 ソフィアは今まで、あまり夜の街に食事をしに出たことがなかったらしい。女性一人では、夜の屋台とか料理店に入りづらかったそうだ。それが今はこうして、三人で食事をしているのが嬉しいらしく、終始にこやかだった。
 ちなみにティフォにプレゼントを与えたことに関しては、人形の外見のおかげか、抜け駆け・・・・とは判断されなかったようだ。ティフォはその不気味な『』をおんぶひもでおんぶしたまま、フリットと麦酒の繰り返しを黙々と続けている。

「おやっさん、さっきと同じ量でおかわり! 後、麦酒も!」
「あいよ! 兄ちゃんたち、いい食いっぷりだねぇ。見てるこっちが気持ち良くなるよ! あんたら、この街、初めてだろ?」
「ああ。今日来たんだ。こんな美味いの初めてだよ! 冷たい麦酒もさ、これだけでこの街に来てよかったって思うくらいだ」

 店主と話して、盛り上がりかけた頃、異変が起こった。遠くから人々の悲鳴と、こちらに大勢が駆けてくる騒音が響く。

「なんだ……⁉︎」
「……オニイチャ、魔物のけはい・・・、たくさん」

 ティフォの言葉に、魔力感知へ気をかたむけると、確かに微弱ながら魔力の鼓動こどうを感じた。確かに魔物だが、かなり弱い個体が、大量にいる感じがする。

─── ガタンッ! ガラガラッ

 近くの細い路地から、木箱の山が崩れて転がり出て来た。そして、それを避けもまたぎもせず、ぶつかるに任せて歩く一人の男が現れた。男はそこにたたずみ、ゆっくりとこちらを向く。冒険者だろうか、皮の軽鎧けいよろいを着け、腰までの赤茶色のマントを羽織り、片手剣を持つ手をだらりと下げていた。
 口からは薄緑色の液体を細くだらだらと流している。

「……【着葬クラッド】」

 瞬時に俺の体を漆黒の全身鎧が覆うと、近くで硬直していた人々が、一斉に身を縮こめた。白目を剥いていた男の目が、ぐるりと瞳を回転させてあらわすと、それが左右別々にうごめいている。

 クンクン……

 鼻を鳴らして、何かに気がついたようにピクリと動き、ゆっくりと剣を肩に担ぐように構えて、走り出した。

「……お、あぁお……う……げっ……ぅ」

 走る振動で漏れた息が、声帯せいたいを震わせて、奇妙な音を立てている。

 まだ遠い間合い、だがその距離を一瞬でつめたソフィアが抜刀し、逆袈裟ぎゃくけさに斬り上げた。辺りに響くソフィア独特の甲高かんだかい風切り音に続けて、男に斜め一直線の切れ込みが走り、数歩進んで立ち止まる。男の体が真っ二つに崩れ落ち、石畳いしだたみにぶつかる革鎧と片手剣の音が響き渡った。

「これは……手応えがあまりにないと思ってみれば!」

 ソフィアは崩れ落ちた男に、なおも構えをとる。

 グジュッ……ピチャ……ジュルル……

 男の肉体には、あるはずの中身が無かった。かわりに詰まっていた、緑色の透明な液体がゆっくりと水音を立てて持ち上がる。

「魔物……。スライムか?」

 思わずつぶやいた俺に、ソフィアが構えたまま返す。

「ただの魔物ではありませんね。核から契約紋けいやくもんの光が見えます」

 魔物が契約? それって……

「─── ですね」

 張り詰めたソフィアの声が響いた時、雑踏が押し寄せた。屋台の並ぶ大通りの前後両方から、そこらの小さな路地の奥から、それぞれ冒険者風の姿をした軍勢ぐんぜいが姿を現す。

「……ひ、ひぃっ」

 どこかの屋台の主人か客だろうか、上擦うわずった声がしぼり出されると、バラバラな方向を向いていた軍勢が、一斉にこちらへと振り向く。俺は魔道具のズダ袋から、曲刀を呼び出して、さやから抜き出した。

 ヒイィィィィ…………ン……

 剣のすすり泣くような鳴りが、路地に反響する。

「動ける者は、俺の後ろに集まって固まれ!」

 戸惑いながらも、逃げ遅れた人々が、俺の後ろへと殺到した。

「……【召喚サモン:ラピリスの白壁はくへき】!」

 召喚魔術で安全地帯を確保する。白く光る半透明の騎士団が出現して、盾を構えて人々囲い、護るように隊列を組んだ。その姿に怯える声が、後ろの人らから短く聞こえたが、今は仕方がない。この程度の相手なら、人に指一本触れることすら出来ないだろう。

 ティフォの不可視ふかしの触手が、スライムに乗っ取られた動く亡骸なきがらを、複数同時に串刺しにして持ち上げた。猛烈な勢いで振り回し、緑の飛沫を舞わせて、群がる軍勢へと投げ飛ばす。その強烈な衝撃しょうげきを皮切りに、無数の亡骸の軍勢は、俺たちへと一斉に襲いかかった。

 初めてのとの戦いが始まる─── 。

ここまでの登場人物一覧

作者のつぶやき

人形屋さんのご主人の思い出は、
ものっすごい早口で語られています。

面白かったら、その分だけ押してね
本日 0/10
10

【続きは下の『次へ』】

ここまで読んだ

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