Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第一章 辺境
第一章|第十話 首都ペタス
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人生初の収入を求めて、
賞金首の行列を率いるアルフォンス。
首都ペタスで賞金を受け取るため、
カルヤードの町長に用意させた宿に一泊する。
ハリード自治領とその宗主国タッセルに掛かる、
帝国とエル・ラト教のきな臭い話を耳にする。
そして、ソフィアから告げられた『神々の掟』。
「昨夜は、お楽しみでしたね」
真っ白なカイゼル髭のよく似合う紳士が、口元をクイッと上げてそういった。宿を後にしようと、ロビーに降りた所、支配人とおぼしきこの男性に話しかけられた。
「え! あ、い、いや……」
「ああ、これは失礼しました。昨夜、廊下を通りかかった際、お部屋の前でお連れのお嬢様が、楽しそうにされておりましたので」
浴室の騒動のことかと、緊張で唇が油っぽくなるような痺れを感じ、俺は上擦った間抜けな声を出してしまった。ああ、良かった、ティフォが締め出された時のか。
「も、申し訳ありませんでした。騒がしかった……ですよね」
「いえいえ、騒がしい音など、何も耳には入りませんでしたよ?」
わぁ。さすが一流の宿は、対応が違うな。嫌味が全くないのが微笑み方で分かる。この旅の帰りにでも、またここに来たいなぁ。
「ご迷惑でなければ、またこの……」
「ドアの前で、必死にぴょんぴょんと跳ねる姿。ふわりと舞う柔らかそうな髪の少女」
「……え?」
支配人は、口髭の端を整えるように摘みながら、遠き思い出を手繰り寄せるように、目を閉じて顔を上げた。
「細くありながら、たわわな弾力をたたえる、成長期特有の二の腕を振り上げ。そこに垣間見えるワキの下の、一切色素沈着の見られない、ややマットな白い肌質」
「あのぅ」
少しずつ早口になる支配人に、手で制して話しかけたが、耳には届かないようだ。
「善いものでした、あれは善いものでしたッ! 音もなく、全てがスローモーションの世界。あれが『ゾーン』に達する境地でありましょうか。自分で言うのはなんですが、私は少女のワキというものにですね、多大なる感心と趣向がありまして、そこに至高の究極が存在すると理解した一人でして。あの状況がお楽しみ以外のなにものであるのかと、私は声を」
「じゃあな」
踵を返して足早に去る俺の背に、支配人の朗々たる早口はまだ続いていた。この地方は本当に大丈夫なのだろうか。辺境の変態公爵に比べれば、この脇クソ髭はまだ小物だが、きっかけ次第では何かが花開きそうだ。
うん、なかったことにしよう。この街に宿屋はなかったし、この街に泊まったなんてことはなかったことにしよう。実害はなかったんだ……そうしよう。
※ ※ ※
「えーと、はい。この地図の通りですね、大丈夫、道からはズレてませんよ? このままでの道のりに、問題はありません♪」
ソフィアが権能を使って、現在地を地図に照らし合わせて確認している。目的地の首都ペタスまで近いと聞いていたが、途中で道の舗装が途切れ、荒れた細道が複数現れた。昨日、町長の家で聞いたように、急な発展があったせいか、ところどころに整備の混乱が起きているようだ。数年経ってもそのシワ寄せは、回収できていないということが、こうした都市と都市の端境で嫌というほどわかった。
むぎゅっ
「じゃあ、進みましょう♪」
ソフィアが地図をしまうと、俺の隣に駆け寄って、腕を絡める。昨夜、彼女から打ち明け話を聞いた。あの時の彼女は神様らしく、どこか験のある雰囲気だったのだが、今朝からは今までとも一転した。 うーん、今までの彼女には何というか、焦燥感のある、前のめりで危うい雰囲気があった。しかし、今は何というか、迷いなくグイグイ来る感じがあるというか。
「ちっ、クソ女、ふっきれたか」
ティフォはそうつぶやくと、反対の手を繋いで来る。いつもの手繋ぎではなくて、指と指を絡めようとするが、俺との身長差で難儀しているようだった。
バチィッ!
俺を挟んで二人の睨み合いが交錯した。ん、結局やることは、変わらないのね。正直、男として嬉しくもあるが。……今の俺はそれどころじゃない。現金が欲しいんだ、切実に!
「いいから、早く行こう」
「私はこうして、ゆっくりでもいいですよ?」
ソフィアの絡める腕に力が入った。俺は後ろを振り返り、立ち止まっていた罪人たちの群勢を一瞥する。
「先を急ぐ。遅れるなよ?」
ビクリとする反応も、これだけの人数でやると、空気が振動するもんなんだなぁ。ゆっくり? 冗談じゃない! ギルドの換金所が締まったらどうするんだッ! 財布に何もないのは、貨幣経済の世界では、こんなにも不安が募るのだと俺は思い知った。知識では知っていたけど、『金が人を変える』とはこういうことだったか。
踏み出す鉄靴、つなぎから重々しい音を立てる、暗黒の全身鎧。悪霊たちの嗤笑を皮切りに、続く群勢の雑踏が響き出す。首都ペタスまでは、後少しだ。
※ ※ ※
─── ちょん、ちょん
ティフォの不可視の尻尾が、俺の肩をつついた。そちらを見ると、ティフォは街の商店と商店の隙間を見ている。その影に、何かが蠢いて消えた。
「捕まえる?」
顔をそちらへ向けたまま、ティフォがつぶやいた。特に強そうな魔力も感じなかったし、大した魔物でもないだろう、微かな存在だった。それが街中にいるのは、やや不審ではあるし、ここペタスに近づいた時から、少しずつ魔物の姿を見かけるようにはなっていた。
でもまあ、治安の乱れたハリード自治領のことだ、どこか杜撰な所があったとしても不思議じゃない。
「いや、目立つ動きはしたくない」
俺がそう返すと、ティフォは興味をなくしたのか、また街の景色にキョロキョロとしだした。今、彼女は角も尻尾も隠したままだ。角はなるべく見せない方がいいだろう。亜人種の魔人族に間違えられてしまうかも知れない。
勇者の聖魔戦争以降、魔族への迫害は始まり、特に魔人族には激しかったという。魔族の中には人型のものも多く、有角の魔人族はそれらと、特に見分けにくかったためだ。本当の魔族は、紫水晶の角を持つそうだ。魔人族は乳白色から淡褐色の角を持ち、雰囲気や風貌が似ていたという。
魔族への恐怖から生まれた猜疑心は、魔人だけでなく、多くの亜人種にも向けられた。それらは排斥運動となり、各地で動乱さえ起きた歴史がある。獣人族やエルフ族は戦闘能力が高く、当時はかなり抵抗したそうだ。
ティフォは魔族でも亜人でもない、単なる異界の神だが、魔族の疑いをかけられないように隠している。ただ、赤い瞳は魔人族に多かったらしく、同じ瞳の色である俺とティフォは、時折ヘンな目で見られることがあった。
辺境はかなり緩かったようだが、ハリード自治領に入ってからは、それが明らかに強まっている。俺は兜で隠せているが、ティフォは眼の色を変えるのは、手間がかかるらしくそのままだ。外見を大きく変えるのは簡単だが、一部だけとなると、そこへのわずかな集中力を保つ必要があるらしい。その集中の塩梅が面倒くさいのだとか。
まあ、もう目立ってはいるから、どうでもいいか。荊の冠を戴いた髑髏の兜、禍々しい全身鎧、その全てが漆黒。俺の格好もそうだが、今は後ろに引き連れる人数と風体が問題だ。
街に近づいた段階で、戦争を起こそうとしていると勘違いされ、憲兵に囲まれた時は流石に困った。ソフィアのS級冒険者証と、こう言った事態を危惧した、カルヤード町長の一筆がなければ大ごとだっただろう。そこに気がついた町長の娘には感謝しかない。実際、彼女もそう勘違いしたといっていたのは、ややショックだが。
俺達は今、憲兵に見張られながら、警察隊と隣接するギルド支部へと向かっていた。
※ ※ ※
「えぇ……マジで?」
ギルドの受付で、俺はかなり動揺していた。髑髏のあごがカタカタと小刻みに音を立てている。受付の若い女性が、青ざめて声を震わせながら、あてて説明をする。
「こ、高額の……け、懸賞金のお支払いには、ギルド登録が必要です。登録自体は、ここでも出来ますが……。し、しかし、高額の場合は、ギルドに口座を開設していただかないと、現金の用意が出来ないんです。ただ、口座の開設には最低でも、Dランクである事が条件になりまして……」
「そのランク認定が、今すぐは出来ないと」
「はい。Fランクから始めていただいて、最低でも一週間の実務経験がないと、昇格試験は受けられない決まりなんです。と言うか、駆け出しの冒険者が、高額報酬を得ることなんて、まず有り得ないので。今回のケースに対応する準備がありません」
最低でも一週間は一文無し。もし、それが過ぎても、試験に落ちれば……。
「あ、これはハリード支部の決まりですので、ギルドマスターの裁量が認められてる大きい支部なら、すぐにでも昇格試験ができたりするみたいですよ?」
「え!? それってどこの支部?」
思わず大きな声を出してしまった。彼女は『ひっ』と後退るが、さすがは冒険者の集まるギルドの受付嬢、すぐに気を取り直して、メガネの位置を直していった。
「はい、港湾都市バグナスの支部ならできると聞いてます」
「いや、そこに行くための旅費が欲しいんだ。それに懸賞金の受け取りは、またここに戻って来なきゃいけないんだろ?」
「あ、それは大丈夫です。報酬の発生は全ギルドで情報共有できますから、どこの街でも受け取れます。ですが……」
「バグナスへの旅費も無ければ、今夜の宿代もない。今すぐお金が欲しいぃ……」
「ですよねー。あっ、でしたら分割で報酬をお支払いするというのはどうでしょうか? あれだけの人数の懸賞金は、即金ではお支払い出来ませんが、そのうちの何人分かを先にお支払いするって言う形なら」
「ほ、ほんと?」
「はいって、その兜どうなってんですか? 口ぱっかり開いてますけど……。あ、そうじゃなくて、一般的な額の懸賞金の支払いでしたら、冒険者登録をしなくても一般参加ということでもできますけど、どうします?」
「やったー! 人生初収入だ! やったー!」
さっきまで思わず口に当ててた手を、思い切り振り上げてバンザイした。籠手の装飾が引っ掛かって、兜がすぽんと上にティフォのいる方へと飛んでしまったが、知るもんか!
「ありがとうありがとう!!」
興奮のあまりに、思わず受付嬢の手を、両手で握ってしまった。
「え? 若ッ!? あ、そんなお顔だったんですね」
「……えっ、ああッ⁉︎ お、俺つい、思わず! ごめんなさいごめんなさい!」
あわてて手を離したが、受付嬢は顔を赤らめてポーッと放心状態になっていた。メガネがくもってる。ウブな子だったんだろう、悪いことをしてしまった。
と、後ろから凶暴なまでの神気が近づいて来た。
シュラアァァァ……
「ど、どしたのソフィ、こんなところで抜刀は良くないよッ⁉︎」
目に見えるほどの濃密な神気をまとい、ソフィアが受付嬢を睨み殺しにかかる。フードが外れ、彼女の髪がゆらゆらと騒めいていた。
「そこのメス猫ぉ。アルくんに近づくだけでも斬首ものですが、まさか彼に触れようとは……。極楽浄土に行けるとは、思わないで下さいね」
「ひ、ひぃっ」
あわててソフィアの両手首をつかむが、なにこの娘、超力強い!
「ふふふ、離して下さい、アルくん。あいつを殺せないじゃないですか……」
「ノー! ソフィ、ノーだよ⁉︎ 殺しちゃあいけない! ノーだよ⁉︎」
ガタンッ! ズシャー……
急に背後で大きな音がした。受付嬢が勢いよく立ち上がって、倒れた椅子が床を滑っていった。
「あ、貴女は! 『剣閃の聖女ソフィア』様ではッ!?」
ソフィアを指差して、受付嬢は口をパクパクしている。
「ええ。人は勝手にそう呼びますね。それがどうかしましたか? 冥土の土産は、その答え合わせだけでよろしいのですか?」
ソフィアがそういった時、ギルド内にいた職員たち全員が起立し、ホール内で談話していた冒険者たちが、一斉にこちらに振り向いた。
「すすすす、すみませんでした! す、すすすぐさまお茶をお持ちします! しょしょしょ……少々お待ち下さいッ!」
そういって、受付嬢がバックヤードに走るのと入れ替わりに、ギルド職員たちが大挙して押しかけて来た。
「そ、ソフィア様? えええS級の貴女様が、ほほほ本日は、どどどどのようなご用件でッ⁉︎」
ベテランとおぼしき男性職員が、『前が見えるの?』ってくらいの、超々低姿勢で揉み手する。
「お金を出しなさい……」
「…………は⁉︎」
「アルくんにお金を渡せといっているんですよ。聞こえませんでしたか? 聞こえやすいように、耳の穴拡張してしてやりましょうか? その後でさっきのメス猫は、土くれに返します!」
「ノー! ソフィ、ノーだよ! それじゃ、ただの強盗じゃないか! 話そう? ちゃんと話そう? ね?」
「……かわいいですか?」
「な、何が?」
「さっきのメス猫のことですよ。かわいいと思いましたか? ……私よりも」
こ、怖いっ! 笑顔が超怖いっ!
「か、かわいいとか思ってないよ! やっと報酬がもらえるって、つい興奮しただけだから。あの人にはなんの罪もないから!」
「……やはり気がすみません。殺めましょう」
「だ、ダメだって! ああ、クソッ! ソフィの方がかわいいから!ソフィしか見てないから!」
ボンッ!
ソフィアの顔が炸裂音を発して、紅く染まった。
「あぅ、はぅ///」
よかった、怒りが治ったようだ。いや、俺まで顔真っ赤になってるなこれ、耳が痛いくらい熱い。
「こんなに大勢の前で……とか、恥ずかしいですよぅ」
すっごいクネクネしてる。刃物持ったままだから、すっごい危ない。
ゴゴゴゴゴゴ……
ん? 何だこの灼熱の神気の高まりは!?
「オニイチャ。そこを、退いて。クソ女が……殺せない」
俺の髑髏兜を被ったティフォが、殺意の神気を噴き上げて、宙に浮いていた。近くにあった椅子がいくつか、その圧力に耐え切れず、バカンと音を立てて崩壊する。
「ノ、ノーだよ、ティフォ。ノーだ。言葉のあやって分かるかな? そういうやつだから、ね、ほら」
その場の何人かが泡を吹いて倒れた。ティフォの殺気が、人を圧殺していくようだった。
なんで俺、悪質なジゴロの結末みたいになってんの? ティフォを落ち着かせ、話ができるようになるまで、かなりの時間を要したことは言うまでもない。そしてソフィアのお陰で、このハリードギルドの、ギルドマスター権限が動いた。
俺は人生初の収入を、冒険者登録もせずに、まとまった額で手に入れることができた。これで、ソフィアの拠点バグナスへの旅も、かなり余裕を持って続けられるだろう。
※ ※ ※
「なにか気に入ったの、あったか?」
宿をとった後、食事がてら街をブラブラしていると、ティフォが一軒の店の前で足を止めた。夜道の暗がりに、ランプの灯りで照らされて、たくさんの人形が並んでいるのが窓から見える。橙色の灯りのせいか、ティフォの目が輝いて見えた。寄ってみるかと声をかけると、顔いっぱいに笑顔を咲かせて、店内に飛び込んだ。
そうして今、棚の一角に見惚れていたので声をかけた。
「あれ、あれをとって」
「おお、よしよし、どれだ? ん、これの上のやつ?
えーと………………うっ!?」
指さされた人形を見て、俺は思わず強張った。
「ほ、本当に……これ?」
「うん! それ!」
ティフォは小さくぴょんぴょん跳ねながら、それを待ち望んでいる。
「……はいよ」
「はぁ~、いい。すっごく、いい!」
彼女が目を細めて抱くそれは、かわいい人形が並ぶ中、ひとつ異彩を放っていた。不ぞろいの長さの手足、ぞんざいに縫われたつなぎ目、左右大きさのちがう暗い色のボタンの目、口は赤く太い麻紐でヤケクソのように波縫いされただけ。生地はキメの細かい麻布のようだが、よく見るとところどころに染みがある。つまるところ、怖い。
何だろこれ、どうしてこれだけこんな……。しかし、ティフォはそれを抱きしめてほおずりしている。
「そ、それが……いいのか?」
「うん。だって、オニイチャに、にてる」
えッ!! 俺って、この子からこう見えてんの⁉︎
「て、店主。これ、いくらだ?」
「あん? あー、銀貨と銅貨一枚ずつだな」
マジで売物なのかよ!?
「買うよ。ところでこれ、一体なんなんだ?」
代金を支払ってから聞くと、店主は腕を組んでむずかしい顔をした。
「ん? やっぱり、なんかの間違いとか……」
「いや、その時のこと、あんまり憶えてねぇんだ」
「アンタが作ったのかよ!!」
強面の初老の男は、白髪混じりの角刈り頭をガリガリかいた。
「あー。昔、カミさんを寝取られてな。しかも逃げられたんだ、不倫相手とな。俺の無二の親友と、カミさんがだぜ? 親友だった男の嫁さんなんか、俺ん家の庭の木で首くくってな、毎晩夢に出てきたんだよ。恨めしい顔でよ、ただ俺を指差すだけでな。そのうち、俺が悪い俺が悪いって、自責の念に追いつめられてよ。……精神的にボロボロでな。ある日、気がついたらそれを作って、無茶苦茶に抱きしめてた。
今はそれを見るのが辛くてな。捨てるのもかわいそうだから、そのうち、誰かが買わねぇかってよ。正直、毎日毎日見られてる気がして苦しかったんだよ。もう十年にもなるかな、誰ぁれにも見向きもされず、俺とそいつは見つめ合って来たんだ。ありがとうな、そいつのこと、くれぐれも頼む」
「─── 重ってぇよッ! 胸が苦しいよ! 聞かなきゃよかったって、すげぇ後悔してるよ! なんで初対面の人間に、そこまで話しちゃうのかな!?」
なんか途中から、胸が締めつけられてたしな。でも早口で一気にしゃべるもんだから、止めることもできなかったし……。
「あー、だから、オニイチャに似てるのか」
「俺、そんなに重たい⁉︎ ねえ、そんなに悲愴⁉︎」
「ますたー、これ、大事にする、ね?」
「おお……。お嬢ちゃん、よろしく頼む……ッ!」
気分はひどく鉛色だが、ティフォはニコニコしながら人形を抱き締め、弾むように歩いてる。こんな妹は初めて見る。これで良かったのだろう。
「よ、良かったな、気に入るのが見つかって」
「うん! 誰かにこういうの、買ってもらうの、はじめて」
ティフォは立ち止まり、しばらく目を閉じた後、首を少し傾けながら微笑んだ。目の端には、少し涙が滲んでいるように、小さな輝きが見えた。
「うれしい。ずっと、大事にする! ティフォのたからものに、するからね!」
そういうと、走り出した。その先にソフィアが手を振っているのが見える。食事の良さそうな店を見つけたようだ。
そういえば、俺、誰かにプレゼントを買ったの、初めてだったな。こういうのも中々悪くないと、走るティフォの後ろ姿を見て、そう思った。
※ ※ ※
「ぷはぁ〜ッ! これは美味いな!」
小魚に香ばしい衣をつけて揚げたアツアツなのを齧り、口内に残る魚のほんのりと甘みのある香味と脂を、よく冷やされた麦酒で洗い流した。ソフィアが見つけたのは、この地方の名物料理で『柳魚のフリット』と言うらしい。この辺りでよく漁れる、柳の葉の形に似た川魚に塩と香辛料を振り、小麦粉と干した木の実の荒い粉を混ぜた衣で揚げてある。そのままでも美味いが、酸味とニンニクの効いたタレにつけて食うと、唸るほど美味くなる。
「内臓も抜いてあるから、しつこくなくて、いくらでも食えるなコレ!」
料理もさることながら、魔道具で冷やされた麦酒は、また格別だった。正直、麦酒は苦くてあまり好きではなかったが、こうやって冷やすと、こんなにノド越しがよくなるとは知らなかった。
「ふふふ、こうして夜の屋台で食べるのも良いですね」
ソフィアは今まで、あまり夜の街に食事をしに出たことがなかったらしい。女性一人では、夜の屋台とか料理店に入りづらかったそうだ。それが今はこうして、三人で食事をしているのが嬉しいらしく、終始にこやかだった。
ちなみにティフォにプレゼントを与えたことに関しては、人形の外見のおかげか、抜け駆けとは判断されなかったようだ。ティフォはその不気味な『オニイチャ人形』をおんぶ紐でおんぶしたまま、フリットと麦酒の繰り返しを黙々と続けている。
「おやっさん、さっきと同じ量でおかわり! 後、麦酒も!」
「あいよ! 兄ちゃんたち、いい食いっぷりだねぇ。見てるこっちが気持ち良くなるよ! あんたら、この街、初めてだろ?」
「ああ。今日来たんだ。こんな美味いの初めてだよ! 冷たい麦酒もさ、これだけでこの街に来てよかったって思うくらいだ」
店主と話して、盛り上がりかけた頃、異変が起こった。遠くから人々の悲鳴と、こちらに大勢が駆けてくる騒音が響く。
「なんだ……⁉︎」
「……オニイチャ、魔物のけはい、たくさん」
ティフォの言葉に、魔力感知へ気を傾けると、確かに微弱ながら魔力の鼓動を感じた。確かに魔物だが、かなり弱い個体が、大量にいる感じがする。
─── ガタンッ! ガラガラッ
近くの細い路地から、木箱の山が崩れて転がり出て来た。そして、それを避けも跨ぎもせず、ぶつかるに任せて歩く一人の男が現れた。男はそこに佇み、ゆっくりとこちらを向く。冒険者だろうか、皮の軽鎧を着け、腰までの赤茶色のマントを羽織り、片手剣を持つ手をだらりと下げていた。
口からは薄緑色の液体を細くだらだらと流している。
「……【着葬】」
瞬時に俺の体を漆黒の全身鎧が覆うと、近くで硬直していた人々が、一斉に身を縮こめた。白目を剥いていた男の目が、ぐるりと瞳を回転させて現すと、それが左右別々に蠢いている。
クンクン……
鼻を鳴らして、何かに気がついたようにピクリと動き、ゆっくりと剣を肩に担ぐように構えて、走り出した。
「……お、あぁお……う……げっ……ぅ」
走る振動で漏れた息が、声帯を震わせて、奇妙な音を立てている。
まだ遠い間合い、だがその距離を一瞬でつめたソフィアが抜刀し、逆袈裟に斬り上げた。辺りに響くソフィア独特の甲高い風切り音に続けて、男に斜め一直線の切れ込みが走り、数歩進んで立ち止まる。男の体が真っ二つに崩れ落ち、石畳にぶつかる革鎧と片手剣の音が響き渡った。
「これは……手応えがあまりにないと思ってみれば!」
ソフィアは崩れ落ちた男に、なおも構えをとる。
グジュッ……ピチャ……ジュルル……
男の肉体には、あるはずの中身が無かった。かわりに詰まっていた、緑色の透明な液体がゆっくりと水音を立てて持ち上がる。
「魔物……。スライムか?」
思わずつぶやいた俺に、ソフィアが構えたまま返す。
「ただの魔物ではありませんね。核から契約紋の光が見えます」
魔物が契約? それって……
「─── 魔族ですね」
張り詰めたソフィアの声が響いた時、雑踏が押し寄せた。屋台の並ぶ大通りの前後両方から、そこらの小さな路地の奥から、それぞれ冒険者風の姿をした軍勢が姿を現す。
「……ひ、ひぃっ」
どこかの屋台の主人か客だろうか、上擦った声が絞り出されると、バラバラな方向を向いていた軍勢が、一斉にこちらへと振り向く。俺は魔道具のズダ袋から、曲刀を呼び出して、鞘から抜き出した。
ヒイィィィィ…………ン……
剣のすすり泣くような鳴りが、路地に反響する。
「動ける者は、俺の後ろに集まって固まれ!」
戸惑いながらも、逃げ遅れた人々が、俺の後ろへと殺到した。
「……【召喚:ラピリスの白壁】!」
召喚魔術で安全地帯を確保する。白く光る半透明の騎士団が出現して、盾を構えて人々囲い、護るように隊列を組んだ。その姿に怯える声が、後ろの人らから短く聞こえたが、今は仕方がない。この程度の相手なら、人に指一本触れることすら出来ないだろう。
ティフォの不可視の触手が、スライムに乗っ取られた動く亡骸を、複数同時に串刺しにして持ち上げた。猛烈な勢いで振り回し、緑の飛沫を舞わせて、群がる軍勢へと投げ飛ばす。その強烈な衝撃を皮切りに、無数の亡骸の軍勢は、俺たちへと一斉に襲いかかった。
初めての魔族との戦いが始まる─── 。
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