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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第一章 辺境
第一章|第七話 辺境伯の館
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ハンス・アーウィン公爵に拐われていた、
次女モニカの救出に成功。
ティフォの余りにもな手腕に若干引くアルフォンスだったが、
ペコの村の人々からの祝杯を受け、
初めての『祭り』の雰囲気を堪能する。
その夜、
アルフォンスはソフィアの口から、
里の住人たちの真実を聞き、
再び動揺することとなる。
彼らは旧時代に強力な守護神として名を馳せた存在だった。
広葉樹がやや色づくこの時期、辺境の村ペコは特産品の生糸を染め上げる、忙しい時期に入る。染められた糸が、村のいたる所で竿にかけて干され、染付けの作業に使われた木製のタライが、家の外に立てかけられていた。焼きレンガと、木の皮で葺かれた屋根、簡素な家が集まる風景は、素朴ながらも人々の活気が表れているようだ。
今その中に、場違いに風雅な馬車があった。
「じゃあな、色々と世話になった」
俺が手を差し出すと、村長は両手でしっかりとつかみ、強く数回確かめるように振られた。
「なにをおっしゃられる! 村の恩人であられるアルフォンス様に、ワシらは何も返せておりません!」
「猪料理、美味かったよ。酒も。あとはキノコの煮しめたのも美味かった。楽しい数日間だったんだ、それだけで満足だ」
周囲の村人たちが笑う。少しさびしそうに、眉を下げて。
あれから一週間、エリゼやモニカの家である辺境伯の周辺が落ち着くまで、俺たちはこのペコで過ごした。
まさか人里に降りて一発目から、こんな騒動に巻き込まれることになるとは思わなかったが、結果的にこの一週間のお陰で、ゆっくり気持ちも落ち着いたというのが正直なところ。
俺自身、自分の初恋の相手と再会したわ、加護だの守護神だのがその相手だわ、しかもそれが勇者の守護神『調律神オルネア』だったわ。その上、未だに加護カードは狂っているのか、ソフィアと契約更新しても『触手と美女の騎士』などと、よけいに怪しさが倍増しただけだ。
……そりゃあ、ゆっくり落ち着きたくもあった。お陰でソフィアとも親交を深められたというか、彼女の方からガシガシ来てくれてたわけだけども、一緒に旅をするって心構えも整えられたしな。
そして今日、辺境伯から迎えの馬車が到着した。
俺達はこのままこの辺境地域の首都へ向かい、ソフィアのギルド依頼達成の証印をもらったあと、そのままソフィアに同行して、南洋国家バグナス領へと冒険者登録を受けに行く。
そして、俺の実家のある場所、大陸中央部のキュルキセル地方に向かい、大がかりな旅になる。
ペコでの日々は里とはちがい、周辺の森は穏やかだった。村人たちと狩りをしたり、生糸の染付けを手伝ったり、子供たちと遊んだり。夜には酒を飲んで、村人たちと語り合ったりして、のんびりできた。
本当のところ、ラプセルから出てくる時に、不安はあった。
物心ついてから、里の住人たち以外とは、コミュニケーションを取ったことがなかったのだから。しかし、そんな心配がないことを、教えてもらえた気がする。本当に楽しかった。だからなおさら、俺の事は恩人などと言わず、気楽に受け止めて欲しいとも思った。
「旅が終わったら、またここを通る。その時はまた、友人として迎えて欲しい」
「もちろん! 自分のもう一つの家だと思って、帰ってきてくだされ! うぅっ、ぐすっ」
村長が鼻をすすると、周りからは暖かい笑いが漏れた。
「じいちゃん、泣いてやんの〜」
「うるさいわぃ、あっち行っとれ! ああ、すみませんのう、歳を取ると涙腺がどうも」
「ん、ティフォはそういうの、うれしーよ?」
干し柿を大量にもらってご満悦のティフォが、ニッコリと笑って言った。
「おお……ティフォちゃんも、いつでも遊びに来てくれなぁ」
「おー。ジャンじーちゃん、また来る」
ティフォは特に村長と仲良く……と言うか、曽孫と曽祖父みたいな、なんとも微笑ましい関係だった。妹を愛でられて、不愉快な兄などいない。
「ふふふ、さて、いつまでもこうしていては、秋の収穫のお邪魔になってしまいます。なごり惜しいですが、そろそろ行きましょうか」
ソフィアがそう言うと、村の男衆が絶望的な顔をした。俺と出会って、あのタックル以降、ソフィアは顔にヴェールをつけなかった。本人曰く『これからはもうどーだっていいです』と、冒険者稼業をスムーズにするためのヴェールは、その目的を失ったらしい。
いや、俺に会いたいと、ずっと思ってくれてたのは嬉しいよ? 記憶にあった美少女が、とんでもない美女になって、グイグイ来てくれるとかお伽話かよってところだしな。
彼女は美しい。気を抜くと見惚れてしまうほどに美しくて、同じ人間とは思えない。まあ、女神なんだけれど。その彼女が素顔を晒した結果、これだ。
一種の熱病に罹った男衆は、ソフィアの親衛隊を結成。女衆からの冷め切った妨害にもめげず、『触れず、騒がす、遠目で愛でる』と言う戒律のもと、彼らはより結束を固めた。なぜかその会議に、俺も参加させられていたのだが、白熱する議論の中、俺が一言も発言しないうちにそういう決定が下された。
ソフィアにはさぞかし、女衆のやっかみが来るのではと、内心ちょっと心配だった。だが彼女は女衆にハンドクリームを作り方を教えたり、子供の病気の治療なんかの知識を教えていた。ある意味、男衆よりも女衆からの方が、厚い信望を受けているたじゃないだろうか。旅の僧侶の装いは、ダテじゃなかったようだ。
「主人様! あの……ぼく……!」
馬車へと乗り込もうとした時、幼い少年の声がかかった。あの時、遺体で発見されたティムだ。蘇生の翌朝、日課の朝稽古をしていたら、彼もやってきて参加。それから毎日、手ほどきをするようになった。
「ティム。お前の母さんと、村の人たちを頼んだぞ?」
「……はいっ! あ、主人様も、どうかお気をつけて……ぐすっ」
ティムの髪をなでて微笑みかけると、俺は馬車に乗り込んだ。彼はこのたった数日間で、それなりの剣術の型を習得し、魔術はなんと光の超上級魔術まで習得した。
グールベース、黄泉返りの他の7人も、かなり魔術の腕が見込めたが、ティムは群を抜いている。幼いから吸収が早いのか、それとも、初恋の言い伝えのように、運命が曖昧な子供だからこそ、得られる未来に大きく関わるのかも知れない。
魔術にはそれぞれ属性ごとに、初級、中級、上級、超上級、神聖級とランクがある。ソフィア曰く、使える超上級魔術のひとつでもあれば、先進国の神官や宮廷魔術師になれると言うのだから、彼のヤバさが分かるだろう。
他の七人も、すぐに力をつけていくに違いない。その時のために、俺は一通り魔術の知識を書き残しておくことにした。
今は平和でも、この辺境の上にあたる宗主国タッセルが、今後どう出るか分からない以上、そなえは大事だと思ったからだ。今回みたいな事が起きた時、守ってくれる国がないのなら、彼ら自身が強くある必要がある。
「じゃあな! 行ってくる!」
上等な馬車を手配してくれたのだろう、初めて乗る馬車に内心ドキドキだが、悟られまいと表情はつとめて冷静に微笑んでおく。
スルスルと動き出した馬車を、村人達が見送る。その姿は、真っ直ぐに続く林道から、彼らの姿が見えなくなるまでそこにあり続けた─── 。
※
後にこの地で、若き天才魔法剣士が七人の戦士を従え、辺境の危機を救う。
彼ら全員が光属性であったことから『辺境の八聖』と呼ばれることになるのだが、それはまた別の話である。
※ ※ ※
「ようこそ! ようこそお出でくださいました! ソフィア様、アルフォンス様、ティフォ様!」
ナダリア辺境伯は、人の良さそうな表情で、わざわざ屋敷の前まで出迎えてくれた。
「長い移動でお疲れになられたことでしょう。ささ、まずは中にお入り下さい」
辺境伯は執事を脇に、自らが前に出て案内をかって出る。良くは分からないが、貴族としてこの対応は、かなり異例なんじゃないだろうか? 俺達は屋敷の奥まで案内され、飲み物の好みをたずねら、ソファを勧められた。
辺境伯が深々と頭を下げて一旦退出すると、給仕を二人残して、『しばし、おくつろぎくださいませ』と、ワラワラいた使いの者たちが出て行った。
廊下にも何人か気配があるけど、これは使用人とかそういう人が、静かに待機してるって感じだなぁ。全力でおもてなしってことか。
「これは、応接室でも客室でもなく、上室というものでしょうか?」
さすがはS級冒険者、ソフィアは今までにかなり上流階級の依頼もこなして来ただけあって、今のが異例な厚遇だと分かっているようだ。俺なんか全く理解の追いつかない、異世界文明にでも連れてこられた心境で、つい鎧を着けようとしてソフィアに止められたくらいだ。
一方、ティフォは村長にもらった干し柿を、もちゃもちゃと食べている。今はティフォのピコピコ動く、ほおの動きを見て、落ち着こう。
※ ※ ※
「この度は、我が娘モニカ、ならびにエリゼの命をお救いくださいまして、まことにありがとうございましたおかげ様で、愛する私どもの家族が無事であったばかりか、公爵の企ても未然に防ぐことができました。また、私共の家族だけではなく、この地の多くの民をお救いくださいましたこと、深く深く感謝いたします」
俺たちの前で、辺境伯とその妻、娘のエリゼとモニカが、そろって深々と頭を下げる。
「どうかお顔をお上げください、ナダリア卿。私たちはギルドの依頼で動いたまでのこと、これほどの待遇は身にあまります。どうか」
ソフィアがそう言って頭を下げると、辺境伯は感嘆して、人の良さそうな顔をさらに柔らかくした。
「いえ、ギルドへの依頼はモニカの救出と、盗賊団の討伐でした。それを完璧にこなしたばかりか、その裏の首謀者を捕らえ、エリゼの殺害と我がナダリア家存続の危機まで、未然に防いでいただいたのです。もちろんギルドへは、最上級の評価と追加報酬をお約束させていただきました」
さすが貴族ともなると流暢に口上を述べるものだなと、感心してしまう。すらすらと言葉にしているが、端々に感謝が伝わってくる真摯なものだった。
「ソフィア様の所属されるバグナス領ギルドへも、別途寄付をさせていただきました。この度の皆様のご活躍は、私共にとって奇跡といっても過言ではありません。この程度では、とうてい気持ちは表しきれません……」
「そこまでしていただけるとは……。いえ、私どももご厚情いただきまして、心より御礼申し上げます、ナダリア卿」
辺境伯はソフィアの流麗な仕草に、また感心しきりな様子で、やや興奮しながらつぶやく。
「しかし、あの公爵の声を封じ込めた魔道具といい、あの短時間で公爵の存在と別荘のアジトに辿り着く、その情報収集能力といい。S級冒険者とはこれほどのものだったのかと、みな感心していたところです」
まあ、実際はティフォがほとんど一人でやったんだけどな。俺は盗賊団から村を解放して、ソフィアと斬り合ってただけだし、ソフィアは俺に斬りかかっただけだしな。チラッとソフィアが俺を見て、耳を真っ赤にしていた。目が『私何もやってない』と語っている。
俺の心を読まれた? いや、彼女自身の耳が痛いだけだろう。
「ま、まあ、それなりに経験があると申しますか、こ、今回の助手が優秀だったと申しますか」
しどろもどろになりながら、だんだんと首が前に傾いていく。後々にギルドで俺達の冒険者登録をする時、交渉を有利に運ぶためにこの設定にしたが、ソフィアにはちょっと心苦しかったようだ。
「ほぅ。いや、一流の方はやはり謙虚で慎み深い。さすがです! このフラン・ペトロ・ナダリア、感動しております!
さあ、ギルド依頼達成の証印を、その後はお食事も用意しております。この度の冒険譚、あらためてお聞かせ願いたい!」
その後、ナダリア一家それぞれから個別に礼を受け、湯に浸かり、その日は晩餐による歓待を受けナダリア家に宿泊した。そして翌日、近親の貴族と関係者のみのパーティが開かれ、俺たちも招待されることとなった。
※ ※ ※
はぁ、こういう世界もあるもんなんだな。
俺はテラスに出て、夜風に当たりながら、借り物の着慣れない礼服の襟を崩した。
パーティはまだ続いてる。一応俺とティフォはソフィアの助手としてあるので、それほどに群がられているわけではない。最初は偉そうな感じの人たち、少し若い貴族と、挨拶がてらの会話。
それも疲れたが、問題はその後だ。貴族のお嬢様ってのは、みんなあんなしゃべり方なのだろうか?
なんだか良く分からないところで笑い、なんだか良く分からないところで感心する。どうすれば良いのか、適当に合わせていたら、気がつけばそんな感じの子らに囲まれていて、『ダンスはいかが?』とか言われたので逃げてきた。
一応、こういうところのダンスや礼節も、セラ婆とシモンから手解きは受けてるし、ふたりからは免許皆伝をもらったくらいには踊れるけど……。うぅん。踊るなら楽しい方がいい。
テラスの窓からチラリと中を覗くと、ソフィアが男性陣に囲まれていた。ティフォは、見当たらないけど、なんか食べたり飲んだりしてんだろうなぁ。
「あの……」
急に後ろから声をかけられて、思わずビクッとなった。振り返ると、そこには辺境伯の娘、エリゼが立っていた。団長に殺されかけた、お姉ちゃんの方だ。エリゼはモジモジと指を弄りながら、消え入りそうな声を出した。
「あの時の、鎧の方……なんですよね?」
「ああ、俺がガイコツの中身だよ」
そう答えると、エリゼの瞳が小さく震え、頭を深々と下げた。
「あの時は、失礼なことを言ってしまって……。申し訳ありませんでした!」
ああ、ウィリーを助けられなかった時か。
「私……私は、あの時……」
「いや、気にしてない。誰にだってそういう時はある」
「……あ、ありがとう……ございます……」
そういったが、何かまだ彼女は言いたいことがあるようだ。唇を噛み、思いつめている。
「せっかくだ、何かあるんなら、話しちまえばいいんじゃないか?」
エリゼは驚いた顔をして、おずおずと話し出した。
「私は…………ウィリーを愛していました。きっとウィリーも……。でも、貴族の娘は恋愛で結婚するものではありません。私もそう分かっていたと思っていたのです。
でも、隣国の王家との良縁が来て、私は─── 」
公爵の狙いにされた婚約だな。独立が後回しにされてるとはいえ、辺境はタッセル領だ。だが、彼女が婚約したのは、それとは違うタッセルのお隣のアルツ公国の王子様なわけで、あの変態公爵的にはそこも面白くなかったのかも知れない。
ウィリーの言葉は、確かにエリゼを案じたものだったが、最期に名前を呼んだ時『エリゼ……さま』だった。あの時は、苦痛に言葉がつかえただけだと、気にもしていなかった。しかし、そういう関係だったとすれば、受け取り方が変わる。
彼があの時、ふだんの呼び捨てで名を呼び、そして思い直すように『さま』を付け加えたようにも思える。
そして、辛い現実にぶつけた、エリゼのあの強い言葉は、平民を貶したものではないのだろう。無意識のうちに吐き出された、自らの背負う貴族の重さへの皮肉だったようにも思えた。
「分かっていたつもりでした。でも、彼が盗賊団の襲撃に殿となって、私を逃してくれた時……。貴方の口から、彼の死を告げられた時。私は彼を愛していたのだと、心の底から理解してしまった!
あ……いえ、婚約破棄はしません。何も変わりません。私は貴族の娘なのですから……」
そこまで言って、彼女は我に返ったようにハッと顔を上げた。
「…………すみません、取り留めのないことを。どうか、お忘れください。助けていただいたこと、本当に感謝しています。ありがとうございました」
そう言ってエリゼは立ち去ろうと背を見せた。
「なあ、意地でも幸せになる気はあるか?」
「……えっ?」
「いや……さ、俺は……。あー、運命を背負わされることの意味ってのを、よく考えるんだ。剣士に望まれる運命、術師に課せられる運命、パン屋の倅に生まれた運命。どれもがさ、逃げたら終わる運命だ」
「………………」
「でもさ、終わるのはその望まれた運命だけで、自分は終わりじゃない。与えられた運命とは別に、自分って存在は独立してそこにあるんじゃないかって」
そう、運命を背負うことだけが、生き方じゃないと思う。セラ婆やシモンに、人というものを教わっていた時に感じたことだった。
「だから、与えられた運命が辛いのに、逃げることもできないのだとしたら、運命とは別にただ自分が幸せになればいいんだと思う。運命は捨てるか負うか、だけじゃないからな、そっちをある程度テキトーで続けてもいいんじゃないかってさ」
「……背負った運命を……。テキトーで……続ける……」
エリゼは背中を向けたまま、大きく息を吐いて肩の力を抜き去った。
「ふふ、不思議な方ですね。自分が張り詰めていたのが、馬鹿馬鹿しくなってしまいました。……なります、なってみせますよ。幸せに」
「ははは、その調子。きっとなれる」
エリゼは振り返り、再度、頭を下げる。
「ウィリーの最期をありがとうございました。……彼の最期の言葉を、聞いてくれたのが貴方で、本当に良かった」
エリゼが微笑んで笑った。初めて、年頃の娘が見せる、普通の笑顔だと思った。
※ ※ ※
会場に戻ると、人混みを分けて駆け寄り、ソフィアが俺の手を取った。
「ね! アルくん、踊りましょう!」
「え? ちょっ……俺は」
弾むように進む彼女に、グイグイ引かれてホールの片隅に向かい合う。
顔を上気させて、潤んだ目を細めて、唇の端をキュッと上に持ち上げた咲きほこる笑顔。心なしか、スッと伸ばした背筋が、始まりを乞うように小さく弾んでいる。こんなに嬉しそうに迎えを待たれると、下がっていた乗り気が、嫌でも上がってしまう。
俺が手を差し伸べると、さらに表情明るくソフィアは流れるように踏み出し、それをしっかりとホールドしつつ、調べに乗せてリードする。
俺と彼女が接しただけで、会場が沸くのが聞こえる。でも、そんなのはどうでもいい、今はこの女神と踊る一瞬一瞬が心地いい。
時折見せるどこか儚いソフィアの笑顔に、自分がどこかここではない世界にいるような、不思議な感覚を味わい、あっと言う間に時が過ぎて行く。
そういえば、俺は守護神のソフィアとは、運命を分かつ関係だという。なんだか踊りの中に存在する、支え合い導き合うやりとりが、理屈をこえて妙にしっくりきていた。そうして踊り終えると、満場の拍手が起こった。
「あれが……ソフィア様の婚約者……」
「婚約者との息ピッタリのダンス。あれだけのものを見せられたら、断られるのも仕方ないよなぁ……」
へ? ソフィアの婚約者? 周りから聞こえた言葉に困惑していると、急に体の魔力がごっそり抜かれた。思わず立ち眩んだ俺の手を、白く柔らかい手がつかんだ。
「次は……あたし」
ソフィアと同じくらいの身長の女性が、俺の手を引いたまま、つかつかと踊りを待つエリアに進む。燃えるような赤い髪を背中まで流し、背中の大きく開いた、真紅のドレスを着ている。露出している背中の肌は真っ白で、くすみ一つ見当たらず、見惚れるほどに艶やかだった。
「だ……だれ?」
スタート地点まで連れていかれ、向かい合った瞬間、度肝を抜かれた。
ウェーブのかかった赤い髪は、闇を照らす炎のように美しく、長いまつ毛の下の燃えるような赤い瞳、どこか物憂げで切れ長な目。白い肌に艶やかな唇。すらりと伸びた手足に、煽情的な美の女神のようなスタイル。
「曲が始まった、オニイチャ、あたしを迎えて」
「お、おにいちゃ??? ……あっ! ティ、ティフォかッ⁉︎」
妖艶な瞳が笑った時、まるで申し合わせたかのように、情熱的な曲が会場に流れた。そして、妖しげに笑っていたティフォの瞳が、全てを焼き尽くす地獄の坩堝のように煌めいた。
ソフィアとのダンスが共に描く花だとしたら、ティフォとのダンスは焼き尽くされる運命を、二人のエネルギーで返り討ちにする力と感情の奔流。床を斬りつけるような鋭い交錯、そのエネルギーが昇華するような開放的な重心の突き上げ。二人の視線が目まぐるしく交差し、支配が交互に入れ替わる朱と黒の明滅。
もはや遊戯のダンスではなく、あふれる表現の烈しさは、芸術を求めるのに似ていた。割れんばかりの会場の歓声の中、ふっと前髪を息で持ち上げたティフォは不敵に微笑む
「ふん、おーでぃえんすは、こっちがとった。オニイチャの婚約者は、あたし。フンス」
鼻息混じりにそう言った。
「チッ! さあ、準備体操は終わりです、アルくん。私とティフォ、どちらが真の婚約者か、ハッキリと教えて差し上げようじゃありませんか」
ピシリとソフィアがティフォを指差す。
「……説明してもらおうか」
デコピンの素振りをしながら、ソフィアを見る。
「あ! その前に、ノドが渇きましたね、ちょっと通りまで一っ走りして買ってきます!」
ソフィアがスタコラと去っていく。残されたティフォは、ボシュウゥと音を立てて、元の姿に縮んでいった。
『婚約者としか踊りません』。度重なるダンスの誘いに嫌気がさした、ソフィアの一言が発端らしい。逃げたソフィアと、変身したティフォの説明。この後の会場で、非常に難儀したのは言うまでもない。
こうして、生まれて初めての社交界は幕を閉じた。
ここまで読んだ
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