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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第九章 適合者

第七話 ふたつの月

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神龍ディアグインとエルフたちの作戦は成功した。
リディを【神殺しの荊(ラードゥ・ドライン)】で封じ、
ハンネスへの加護を喪失させた。

しかし、強力な禁呪でも、
守護神用の封縛術であったがために、
真の神であるリディはそれを自力で破った。

辛くも神威を取り戻しかけたリディだが、
消耗したハンネスを抱え、
その場を去った。

 けつくような痛みが腹部に走り、周囲の筋肉が意思とは関係なく引きつれて、俺は思わずうずくまった。白いシャツに熱感が灯り、みるみる内に血が滲むと、押さえた腕の隙間から溢れ出す。

『ああ、いけない! これはじゃないんだ。そこに意識を置かないで! 現実ではもう助かっているから大丈夫、その傷も塞がれたはずだよ』
「─── えっ?」

 ミトンの一言で、痛みは嘘のように消え、出血も止まった。しかし、シャツに滲んだ血はそのままだった。

『ここは精神世界。今、下で繰り広げられている光景は、君の中に植え付けられた、痛みの記憶。精神的外傷トラウマなんだ』
「俺は……勇者ハンネス相手に、何も出来なかった……」

 左腕をもう一度確かめる。勇者の一撃で斬り飛ばされ、俺は腕ごと腹部に斬撃を食らった。俺を斬ったのは、紛れも無く【斬る】奇跡。ただ、あの時勇者は、剣を抜く事すらしていなかった。

 完敗だった。リディの妨害があったとは言え、プラグマゥとの闘いで味わった、絶望的な無力感が襲い掛かる。まるで自分の進んで来た道が、間違った地図を手に、確かめもせずに走って来たと、そう知らしめられた気分だった。
 そんな俺に、ミトンは哀しげに微笑んで、俺の前に座り込んだ。

『君は本当に、真っ直ぐだね』
「俺は……何も出来なかった……。俺の修行は、何の意味も無かったってのか……」
『いいや。そうじゃない、そうじゃないんだよアル。もう一度、下の世界を見てごらん……?』
「─── ⁉︎」

 蜘蛛の巣の下の光景は、さっきよりもずっと近く、より鮮明にハンネスとの闘いを再現していた。

『これが精神的外傷トラウマさ。下に転がり込んで来た出来事を、自分のせいにすればするほど、より近く鮮明になっちゃうんだ』
「より近く……鮮明に……?」
『そう。もう傷もないのに、服に血はこびりついたでしょ? こうして、落とさなきゃいけない痕が残っちゃうんだよ。こう言う時は『自分にはどうにも出来なかった』と決着をつけるか、因果関係をしっかり見つめて『責任の在りか』を認める事が一番……かな』

 ミトンの言葉は不思議だ。慰められたわけでも、かばわれたわけでもないのに、世界に一層張られた何かが、取り払われた気がする。

『あの場で、君がするべき事は、本当に彼に勝つことだったのかな?』
「それは、どういう意味だ? 勝たなきゃ誰も守れない。勝たなきゃ世界は滅びるかも知れないんだぞ!」

 思わず声を張り上げてしまった。でも、ミトンは表情を変えずに、落ち着いたままの調子で話を続ける。

『結果は大事だけど、それは今すぐ出さなきゃいけないわけじゃないし、今回が全てじゃない。今回の闘いで、何が必要なのか、だいぶ分かったはずなんだよ』

「俺が……もっと強くなれば……」
『んー、それも解決策の内のひとつだね。ただ、それはかなり時間が掛かるし、結果が求めにくい選択かも知れないね』
「その結果を出さなきゃいけないんだよ、俺は!」

 また声を荒げてしまった。思わず謝ると、ミトンはふふっと笑い、俺の肩に手を乗せた。

『本当に真っ直ぐだ。だから僕は最後の希望を、君に託したかったんだよ』
「最後の希望……?」
『ああ、やっぱり覚えてないかぁ。何度か説明したんだけどね、もう一度するさ。何故僕は死んだのに、君に『蜘蛛の王』の加護が、与えられていると思う?』
「そう言えば……そうだな」

 守護神が滅びたのに、その加護が与えられるって、どう言う事だろう。それに確か彼は『創造』の守護神で、創り出す力を与える守護神だったはずだ。

『僕は死んだ。輪廻りんねにも戻れずに消えるはずだったんだ。運命を捨てた守護神の僕は、存在を自ら否定してしまったのだから。……でも、死の間際、僕は君に救いの希望を見出した』

 彼はかつて、己の与えた加護によって生まれた物が、人々の命を奪った事に絶望した。自死を許されぬ守護神は、ひとり地の底に閉じこもって迷宮化、最期は俺に死の希望を求めたはずだった。

『君は適合者だ。それも飛び切りの。整え救う勇者であり、分け与える魔王。消え去るはずの僕が、君の創り出す未来に焦がれた時、君の鎧が僕の魂を吸い上げてくれたんだよ』

 ミトンが死んだ時、確かに鎧を通して、彼の魔力や記憶が流れ込んで来たのを覚えている。あの時か……。

『今の僕は守護神じゃないんだ。でも、守護神の魂の形を持った、アラクネ族の男さ。だから、君に加護も与えられたし、渡した加護はただのアラクネの能力として【蜘蛛の王】になってる』
「ああ、すごくお世話になってるよ」
『ふふふ、そう面と向かって言われると、こそばゆいね。でも、むしろお世話になってるのは僕だ。僕は君に、大切なものを教わっているんだよ』
「大切なもの?」
『守護神だった頃、僕は人々に加護を与え、それが元で争いになる事を恐れた。契約者たちをね、心から愛おしく思っていたんだよ、僕なりに。だから、彼らにリスクのある成長は望まなかったし、発展すら恐れていたかも知れない。でも、それだけじゃあ、いけなかったんだね』

 俺を慈しむような顔で微笑み、嬉しそうな顔で見つめてくる。あ、俺って今、一応彼の契約者だもんな。愛おしく思われてんのか……。

『加護の引き寄せる運命は強力だ。その運命は与えられた加護によって、より大きくなる。それは危険も伴うけど、その危険もまた、契約者を強くしていくんだね。そして、守護神もまた、それを通して成長して行く』

 守護神の成長か、確かに契約が強まるほど、ソフィアやティフォは強くもなってるけど。彼の言う成長とは、多分そう言う事じゃないだろう。

「魂としての、人格としての成長か?」
『そう。そして、もし契約者が倒れたとしても、それをなげくばかりじゃなくて、契約者がどれだけ運命に突き進めたかを思うべきだったんだろうなぁ……って』

 ソフィアは俺の事をよく心配してくれる。それは十年間探し求めていた事もあるかも知れないが、単純に俺の事を強く想ってくれているんだと分かる。

「守護神の覚悟。ソフィアやティフォ達にも、それが必要って事か」
『ふふふ、彼女たちは、すごく君のことを愛しているからね。契約者以前に。だからこそ、君のリスクを踏まえても、巨大な運命に加担させるのは、怖いだろうね』

 勇者との闘いの最中、意識は朦朧もうろうとしていたけど、確かソフィアにエリンがそんなような事を言っていたっけ。

「つまり、俺ひとりで強くなろうって考えるより、守護神と共に、運命に挑む覚悟を持てって事だな」
『うん。僕は守護神としては、三流もいいとこだったし、失敗しちゃったわけだけども。でも、オルネア様とティフォさんよりは、客観的に見られる立場にあるからね』
「ありがとうな、教えてくれて。なあ、もしかして今までもこうして、俺に何か教えてくれてたり……したのか? だとしたら済まない」

 ミトンは少し困ったように笑って、頰を掻いている。

『僕はあやふやな存在だからね。君の記憶に、直接残るかどうかは、怪しいところさ。でも、深層意識には働きかけられる。多分何かしら、現実の受け取り方に変化は起きてるんじゃないかなぁ。今回生まれた精神的外傷トラウマだって、どこまで解消してあげられるか、ちょっと分からないけれど』
「勇者に負けた事か……いや。そうやって、誰かが支えてくれているってだけで嬉しいよ。ありがとう」
「お礼を言うのは僕の方さ。君のお陰で、また守護神として生まれ変わりたいって、最近思ってるくらいなんだ」

 そう言って笑う彼の後ろで、ふたつの月がブレ始めた。

「そろそろ、現実にお目覚めの時間みたいだね」
『そうか……。いや、助かったよミトン。しかし、これが俺の精神世界なのかぁ。何で月がふたつもあるんだ?』

 彼はちょっと驚いた顔をして、何かを言おうとした時、風景が暗くボヤけ始めた。目覚めの時間が来たようだ。ふたつの月だけを残して、世界が暗転して行き、それが消える寸前の事だった。苦笑混じりの彼の声が、最後に聞こえた。

─── あれは、君とじゃないか

 ※ ※ ※

 ふたつの月が、急に暗い世界に浮かんだ。今俺は、夢でも見ているんだろうか。前後関係の分からない、唐突な風景が揺らいで、再び真っ暗になっていく。うっすらと自分の目が開く感覚と、視界が明るくなるのを感じて、やはり夢だったのだと覚醒を知った。と、目覚めた俺の目の前に、さっきまで夢に浮かんでいた月と、被さるようにグレーの丸い物がふたつ浮かんでいる

 ん? ふたつの月? なんだっけ? なんか夢を見ていた気がするが、するすると記憶から消えて行く。で、この目の前の、丸いコレは何? なんかハアハア聞こえてんだけど。

「ハアハア……ん、あ! おはようなのです。アルさんこと、運命の
「はぁっ⁉︎ え、ちょっ、だ、誰⁉︎」

 拳一個分もない至近距離で、ハアハアしてた顔が下がると、曇り切ったビン底眼鏡に栗色のお下げ髪が視界に収まる。

「ろ、ッ⁉︎」

 彼女のニコッと笑う唇から、牙がにょっと顔を出した。どうやら俺はベッドに寝かされ、毛布の上から、ローゼンが馬乗りになっているらしい。

「ち、ちち、近い! ここは、ど、何処だ⁉︎」

 顔が近いのもある、だがそれ以上に彼女から漂う甘い香りと、毛布越しに乗っかるふたつの柔らかな重量感に血圧がど上がりする! ローゼンはそんな俺を見て『うーん』と小首を傾げると、頰を染めてニカッと笑った。

どもりが見られるですねぇ……。まだ精気が足りないようなのです」

 そう言って、グッと顔を近づけて、くすっと笑うとまた顔を離した。馬乗りのまま眼鏡を外して、サイドテーブルに置くと、手でお下げ髪を肩の後ろに回す。ただそれだけの仕草が、とんでもなくあでやかに見え、思わず俺の『あるがまま』が反応しそうになる! しかもその上には、俺にまたがる彼女の両足の奥が、毛布越しに『こんにちは』してるわけでアルフォンスの『あるがまま』が『こんにちは』で……。ああ、もう……分からん!

 ローゼンのまぶたが目の前で開かれ、大きな深い青色の瞳が、俺の眼の奥をジッと見つめる。普段はほぼ無表情、そして抑揚の無い喋り方に、覇気の無い猫背の彼女。だが、こうして眼鏡を外して、自然に微笑んでいると、まるで別人だ。ヴァンパイア族の始祖だけあって、人間離れした、凶暴なまでの美しさに思わず見を奪われる。

「私ったら、日に五回はシてると言うのに、毎回やっちまうですよ。くすっ。眼鏡を着けたままじゃあ、ダーに当たっちまうですよね♪」
「……へっ? ナニが当たるって⁉︎ むぐっ⁉︎ んん……っ⁉︎」

 唇を押し当てられ、俺は口を塞がれた。当然のように舌が降りて来て、温かくねっとりと粘膜を蹂躙じゅうりんする。抗議しようにも、彼女の舌を噛んでしまいそうで、言葉を発する事も出来ない。体重は羽根のように軽いのに、彼女のガッチリとロックしてくる四肢が、押し退ける力を完全に奪っていた。

「くちゅ……れるっ、んっ、んん……ん」
「─── ッ‼︎」

 彼女の唾液が甘い。その感覚に頭がボーっと圧倒されかけた時、熱いエネルギーの波が、喉の奥から全身に駆け巡る。胸、腹、背中、腕からそして足の指先まで、チリチリとした熱感が浸透していく。そうして、体全体が熱くなると、ローゼンは小さく短い水音を立てて、唇をゆっくりと離した。

 気怠そうに俺の上に寝そべり、微かに荒くなった呼吸をしながら、俺の体を抱いて尚もエネルギーを送り込んでいるようだ。

「……ふぅ。お加減はどうです? 精気、足りましたですか?」
「……はぁ、はぁ。え? あ、ああ」

 起き抜けで、絶世の美女に馬乗りにされて、ハードに舌をかまされてみろ。その直後で、まともに喋れる恋愛弱者がいたなら、そいつぁ、生まれ持っての恋愛ファイターだ!

 ほんでもって起き抜けだぞ? 世の男子なら、そのタイミングで起こる体の一部の変化は、分かるな? そこにピンポイントでまたがれていたら。唇を重ねた直後の、熱感たっぷりな女の子がくっついたままだったなら……分かるよな?

─── 俺のゴールマインが、どこまでも『あるがまま』にアルフォンスしてしまった

 自分でもナニを言ってるのか、さっぱり分からねえ。でも、俺の肉体が、整理現象だらけになっちまったのは確かだ。彼女も跨るそこで気がついたのか、ぴくっと反応して俺を覗き込み、頰を真っ赤に染めて微笑んだ。

「おはようなのです……。お久しぶりなのです」
「……お、おう。ひ、久しぶりだなローゼン」
「でへ♡ 精気は足りたですか? ふふ、足りたみたいなのです。こんなに元気なのですからね……」
「は、はわわっ」

 ようやくローゼンの体が離れ、彼女の体重に押さえられていた血流が一気に流れたのか、胸がバクバク怒涛のビートを刻む。いや、初対面の時から『結婚を〜』とか言ってたけど、あれは研究魂が振り切っての事だったはずだ。その後も別に色目は使われなかったし、どちらかと言えば、元々色目でもなかった。なのに何だろう、凄く熱っぽい目で、俺の事を見つめては、はにかんでいる。

 これの眼……? いや、そんなはずは無い。メルキアでお別れする時は、結構あっさりだったし。今のは治療のために、キスするしか無かったから……だよな?

「さ、さっき『日に五回』って……」
「はいです。今ので前後あれど、三十回目くらいですかね〜♪ 肉体の傷は完治してても、精神が疲労し切っていたので、直接精気を送り込んでいたですよ」
「じゃあ……俺はここで五〜六日は寝てたって事か……?」
「はいです。今日で六日目ですかね、ダーさんがここに担ぎ込まれてから」

 ここは魔術王国ローデルハットの、とある港町だそうだ。どうも俺はあの闘いの最中に気を失い、ソフィア達に助けられたらしい。

「皆んなは……無事か⁉︎ エリンは? ロジオンは……? スタルジャは無事なのか⁉︎」
「大丈夫なのです。命に別状はないのです」
「マドーラとフローラって、魔導人形のふたりは……? あいつら、かなり手酷く……」
「そっちも一応、大丈夫なのです」
「そ、そうかぁ……。良かった……」
「ふふん、なんたって、このローゼンちゃんが治療したですからね〜」
「ありがとうローゼン。君が居てくれて良かった。本当にすごいな君は……!」
「ふ、ふぉう─── っ⁉︎」

 お礼を言うと、彼女は気の毒になるくらい顔を真っ赤にして、慌てて眼鏡を掛けた。『面と向かって言われるのは、破壊力ヤバイのです』とかつぶやいているが、まだお礼を言われるのに、慣れて居ないのだろうか。

「しかし、何故君が? ローデルハットってシリルの遥か西の海っぺりだったよな。鬼の里から出て来て、良かったのか?」
「ふふふ、それがですね。ちょうど私、この国の重要人物に、治療で呼ばれていたのです。ティフォちゃんからヘルプが来た時、これ以上ない好機だと思って、ここにダーさんを運んでもらったのです。ダーさんは、幸運だったのです」
「そうか。ありがとう。本当に助かったよ。それにその……さっきの、そんなにたくさん、してもらっちゃってた……んだよ……な?」

 うう、彼女の目が見られない。いや、眼鏡が分厚くて、目が何処なのか分からないんだけども。好きでもない男に、女の子がするには、相当な負担だったろうに……。

「ち、治療行為なのです。それに、王子様が目覚めるまで、想いを込めてせっぷんするとか、役得すぎなのです♡ お得なのです♡ ダーさんは、その……気にする必要なんて、あるようなないような、むしろしろよって感じなので大丈夫なのです」
「お、王子様て……。えっ? 気にした方がいいの、いけないの⁉︎ ……えっと、その『ダーさん』って呼び方は?」
「ダーリン。最愛の人、呼び掛けで『あなた』の意味。男女の性差はなく、恋人、もしくは婚姻関係にある相手への─── 」
「頭に辞書でも丸ごと入ってんの⁉︎ いや、そういう事じゃなくて、何で俺をそう呼ぶのかなぁって」
「フフ♡ 一度ならず、二度目の偶然。運命の再会。私はこの再会で、であるローゼンに、素直に生きる事にしたですよ」
「つ、つまり……それって」
「あなたが『好き』って事に決まってるです」

 どストレートな告白。ニコッと笑う表情は、以前の貼り付けたような、硬い笑顔じゃなかった。むしろ、可憐に咲く花のように、ただただ純粋な想いを感じて、胸がドキッとしてしまう。

 ガチャッ!

「あ、アルくんっ⁉︎」
「オニイチャっ‼︎」
「アル様ッ‼︎」
「アル様ぁ……!」

 扉が勢い良く開いて、ソフィアとティフォ、エリンとユニが飛び込んで来た。四人に抱き締められ、身体中を検められながら、とりあえず彼女たちの無事に安心する。

「ごめんな皆んな、心配かけたな。俺はこの通り大丈夫だよ。皆んなも無事で、本当に良かった……!」
「うぅ……アルくん、ごめんなさい……! 私が守護神として、もっとしっかりしていれば……」
「ていっ、ソフィ。それは、いいっこナシだって、いったな?」
「……ぐすっ、エグ……あるさまぁ……」

 エリンが珍しく泣きじゃくっていた。普段気丈な彼女に、これほどの想いをさせてしまったと、申し訳なく思う。ユニはそんな姉をよしよししながらも、涙をこらえてか、グッとあごを突き出している。

「こんなに大切に思われてるですよ。我が最愛のダーが誇らしいのです」

 ローゼンがそう言うと、ソフィアがウガるかと思いきや、礼を言いながら彼女に抱き着いた。なんか『嫁が』とか『同盟が』とか言ってるけど、聞こえないフリをしておこう。

「皆んな本当にありがとう。お陰で助かったよ。俺、もう少し考えて、色々見つめ直す事にしてみる」
「アルくん……。私もです。私も、守護神として成長するために、もっともっと精進します。せめて、あなたが危険な目に合わないように」

 ん? なんかそんな話を、誰かとしたような……。全く思い出せないけど、後でしっかり考えるとしよう。それよりも今は……。

「スタルジャは? スタルジャの姿が見えないけど、彼女も無事なんだろ。どこにいる?」
「「「…………」」」

 途端に皆んな黙り込んでしまった。
 なんだ……? 凄く嫌な予感がする─── 。

「え? さっきローゼンは、皆んな無事だって……」
「命に別状はないのです。ただ……。ダーさん、まずはご自身の左手を見てほしいのです」
「俺の……左手……?」

 毛布から左腕を引き出す。その時、妙な重量感と、感じるはずの毛布の質感がないのが、激しい違和感を生み出した。

「これは……」

 左腕はそこにあるし、血の通った肌の色をして入るが、動かす事もできなければ、感覚も無い。

「魔剣による両断。肉体としての腕は、完全に切断され、幽星体アストラルボディとしての腕は皮一枚で繋がっている状態だったのです。肉体は再生出来ましたが、幽星体アストラルボディは非常にデリケート。おいそれと手が出せないのです」

 よく見ると、切断された辺りから、光のヴェールのようなものがヒラヒラとそよいでいる。肉体から剥がれた、幽星体アストラルボディだ。

 幽星体アストラルボディは魂の器で、マナや魔力を内包する、肉体の内側に存在する不可視の体。切断された時、飛ばされた腕から、剥がれてしまったのだろう。

「─── これをすぐに治す方法は……無いな」
「「「…………」」」
「はいです。おそらく何もしなければ一生。魔力による誘導を掛け続ければ、良くて数十年。どちらにしろ、以前と同じには戻らないのです……」
「…………そうか。俺の左手……ダメか」

 利腕ききうでが残ったのは幸いだけど、剣を握るのにも、左手の存在は余りにも大きい。魔術の一部も、両手で描く魔術印の補助が、必要不可欠なものがあるしな……。これはまた、修練の積み直しになるか。不思議とそれ程ショックでは無かった。いや、実感が沸かなかっただけかも知れないし、ただただ喪失感にさいなまれる。
 と、ローゼンはベッドの下から、大きな包みを出して、サイドテーブルにゴンと置いた。何故か一瞬、包みから『ぎゃっ』て声が聞こえた気がする。

「そのままにして置けば、の話なのです。ダーさんには、ローゼンというプリティで、ジーニアスでセンシティブなクリエイターにして、マッドサイエンティストがいるのをお忘れです?」
「え……と、ごめん。なんて? いや、聞き返されて紅くなるくらいなら、言うなよ。いや……ごめんて」

 ローゼンは『フハハハ』と、よく分からないが、悪っぽい高笑いをしながら、包みの結び目を解こうとして苦戦している。

「肉体や魂、幽星体アストラルボディには、意外と根性があるです。心と体がしっかりと結びついて、回復を望めば、意外と何とかなったりするですよ。ああ、これギッチリ縛り過ぎたですね、このこの!」
「そ、そうらしいな。で、でも時間が掛かり過ぎる。今は出来る限り、力を蓄える為の修練が……」
「そこで、ダーさんの左腕が今まで通り、いや、今まで以上に動かせ、尚且つ幽星体アストラルボディの修復も促せる方法を思いついたですよ! ああ、もう! 解けねえです、焼いちまうですねコレ」

 ボウ……ッ!

 包みが一瞬のうちに炎に包まれ、結目が焼け落ちた。一瞬、包みの中がびくんと動いて、やっぱり『ぎゃっ』って悲鳴みたいなのが聞こえた。やだ、何これ怖い、何が入ってんの……?

「ほい! こちらがその夢のアイテムなのです!」
籠手こてか……?」

 ローゼンがサイドテーブルに出したのは、漆黒の地に、白い装飾が所々に施された、大振りな籠手だった。ちなみにテーブルにゴンと置かれた時、やっぱり小さく『ぎゃっ』と、籠手から悲鳴が上がった。

「一体これは……?」
「魔導人形のマドーラちゃんと、フローラちゃんは、重要な基幹部品がやられっちまってたですよ。一番大事な、擬似的な魂とも言えるコアは無事だったので、助けられたですがね。ここ人界では、部品が足らねーのです」
「ちょ、ちょっと待て! それを出しながら、その説明って事は……⁉︎」
「彼女らもダーさんのお役に立ちたいと、ピーピーうるさかったですし、修理も今の所お手上げだったので。思い切ってやっちまったですよ☆」

 『ですよ☆』じゃねえよ、と、突っ込もうとした瞬間、籠手からビシッと細かい触手が伸びて、俺の左手に巻き付いた。

『『ぱぱー』』

 ちょっとくぐもった、マドーラとフローラの声が、籠手から響く。再会の喜びどころか、ズルズルと触手を縮めながら、籠手が迫って来るのにタジタジだ。

「マドーラ! フローラ! って、う、うえぇっ! なんか粘液がぁ……っ!」
「生体魔導技術も導入したのです。なんと自身でのタンパク質合成も可能にした、次世代型の自己補修機能付のうんたらかんたらで、いいんですよーこれ☆ これはいいですぞー☆」

 怪しい押し売りみたいな軽い調子で、後半の説明を濁しながら、一定のタイミングで『いいですぞーコレ』を連発してくる。そんなローゼンの、投げやりなセールスを横目に、籠手はぬるぬると俺の腕を捕食……もとい、左腕に収まっていく。

 ピリ……ッ!

 一瞬、左の肘から指先まで、細い電気が通るようなショックが走った。途端に全く感覚の無かった左手に、籠手の重さ、質感、更には肌感覚まで戻っている。

「─── 手が! 手の感覚が戻った⁉︎」

 元の自分の左手そのもの、思う通りに指先が動かせる上に、触れた物の質感までそのまま。籠手の直径分、手が大きくなっただけ、そんな感じだった。しかも、魔力を流そうとすると、今までより遥かに感度がいい気がする。その感覚が、右手の魔力操作にまで影響しているのか、思う様に魔力を操れた。

『ぱぱの中、あったかーい』
『ぱぱの魔力、きもちいい……ヨ』

 ふたりの声が、左腕の皮膚を振動させる感覚がある。良かった、本当にこいつら生きてるんだなと、それで実感が出来た。こいつらの言ってる台詞はアレだけど。

「これから宜しく頼むよ、マドーラ、フローラ!」
『『バッチコーイ‼︎』』

 なんだろう、余りの頼もしさに、泣けて来てしまった。彼女達にも、自由に暮らして欲しいと思いながら、こうまで献身的なものを見せられると、否応なく責任感が湧いて来る。

「ありがとう、ローゼン。憂いはない。スタルジャの事を聞かせてくれ」

 彼女は困ったような顔をした後、ふぅと息を吐いて、手を差し伸べた。

「会ってあげて下さい。彼女の居る部屋にご案内するです」

 その言葉に、彼女の今までの軽い態度や物言いが、どれだけおもんばかってくれていたのか、その時やっと分かった───。

作者のつぶやき

触手で自ら這って装着しようとする籠手。
朝の辛い時に、自ら触手で這って、来させてくれる服があったらいいのに。
いや、やっぱり嫌だな。
粘液つくし。

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