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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第九章 適合者

第八話 闘いの爪痕

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勇者ハンネスとの悪夢の闘いから5日。
ようやく意識を取り戻したアルフォンスは、
ローゼンの懸命な治療のお陰で一命をとりとめた事を知る。

左腕の感覚を失い、
その自然回復は見込めないという事実。
ローゼンはその回復の補助として、
ボディを失ったマドーラとフローラの核を組み込んだ、
魔導技術で作られた籠手を授ける。

左手の感覚を一時的に取り戻したアルフォンスは、
再起を胸に、
スタルジャの容態を確かめる事にした。

 廊下の壁に塗られた白い塗料は、所々げかけ、より古く乾燥した雰囲気をかもし出している。窓から見える風景で、この建物が海岸沿いの高台にあるのだと分かった。海を目にしたせいか、この廊下に漂う空気に、薄っすらと磯の香りが混じっていたのだと気がつく。普段こういう匂いとかに敏感な方だけど、流石に俺も、今は余裕が無いらしい。

 ここはローゼンが招かれ、滞在するために用意された、貴族の古い別荘なのだそうだ。他にもきらびやかな屋敷を提案されていたが、この立地が気に入って、恐縮されながらも選んだらしい。廊下で度々使用人の姿を見かけたが、一礼するその所作に、一流のスタッフである気品が感じられた。これだけの待遇、ローゼンの患者は、相当な権力者なのだろう。
 一週間近くも寝ていたせいで足腰が弱ってしまい、ソフィアとエリンに肩を貸してもらって、長い廊下を歩いていた。

「この部屋なのです」

 ローゼンに案内され、奥の部屋へと通された。入口脇には、見張り役のように、使用人がふたり立っている。中にいる者を大切にしているのか、それともそれだけ容態が良くないのか、物々しい雰囲気に不安が押し寄せた。

「これは……?」

 部屋の中央に、天蓋てんがいの掛けられたベッドが一台。その周りを、小さな光が無数に浮かび、ふわふわと漂っていた。

 精霊か……? 薄っすらと彼らからは、魔力や生命エネルギーが、高い水準で内包されているのが感じられる。普通、精霊にはそう言った反応は、あまり見られる事がない。不思議に思って見ていると、精霊達は俺に向かって、スゥっと飛んで集まって来る。それが俺に触れそうになった瞬間、ベッドの中から魔力が発せられ、何者かが精霊達を引き戻した。その主が、やや間延びしつつも、慌てた雰囲気の声を出す。

『アルフォンス? ちょっと助けて!』
「その声、ミィルか! お前も無事だったんだな⁉︎」
『うー、そーいうのは後で! このままじゃスタがれちゃうよぅ!』

 ベッドに近寄って天蓋を開くと、無数の精霊に囲まれて眠る、スタルジャの姿があった。呼吸をしているのは、微かに上下する胸元の動きですぐに分かったが、やけに彼女の気配が薄い。そして何より、彼女の姿に違和感がある。
 肌が褐色の、ダークエルフのままの姿で、彼女は眠っていた。勇者に斬られ、自動蘇生の魔術が発動した時から、彼女の体は闇に染まっていた。その胸元に透けるようにして、黒い小さな渦が見え、ミィルがそこに居るのが確認できた。

「一体、何がどうなってる?」
『まだアルフォンスを守ろうとしてるの。もうたたかいはおわったのに、スタはまだ、魔力と生命力を、アンタに分けて生かそうとしてるんだよ〜ッ!』
「スタルジャ……!」

 彼女をよく見れば、確かにそういう術式が、強力に刻み込まれている。例え意識を失っても、その術が生きるようにと、深く強く、生命力譲渡の精霊術が掛けられていた。しかも、この術式は、呪術に近いくらい、想いを乗せた強力な物になっている。まるで、自分が死んでも、体内に残る全ての力を、与えようとしているかのように。
 その時の本人の意思が余りに強くて、ミィルではそれが解呪出来ず、今まで必死にスタルジャの魔力放出を食い止めていたらしい。

「くっ……! スタルジャ……今すぐ、解呪するからな……!」

 術式に魔力で働き掛け、術式を解こうとするが、強力に刻み付けられていてビクともしない。こちらも解呪に魔力を注ぎ込むが、シンプルな術式のはずなのに、まるで必死にしがみつくように耐え切ろうとしていた。

─── ……生きて……アル……

 精霊の光のひとつが、俺の頭に触れた瞬間、スタルジャの声が聞こえた気がした。術式の通りに働こうとする精霊達に、彼女のその時の気持ちが、そのまま残っているのだろうか。その彼女の必死な想いが、胸の奥に突き刺さり、涙で前が見えなくなってしまった……。

─── これ程に、彼女は俺を救おうと……してくれていたのか……!

 何としても彼女を助けたい! 何が何でも彼女を助け、彼女に守られた俺が無事だと、その感謝を伝えたい。もう一度、あの人懐っこく笑う、彼女の姿が、声が、聞きたいんだ!

 だが皮肉にも、彼女が俺を守ろうとしてくれた想いが強過ぎて、術式が解かれようとしてくれない。まるで術式が命を与えられ、自らの意思でそうしているかのように、俺の解呪に耐えようとつづりを高速で変えて行く。ふと、俺に備わっている契約不備の力を思い出し、彼女の術式に指先で直接触れてみた。

 バチィッ!

 青白い火花を散らして、術式が全く別物の、強力なものに書き換えられた。彼女の術式から想いが解放され、ようやく俺の解呪が通用して、精霊達はふわりと散って消えて行った。

「スタルジャ─── ッ!」

 彼女を抱き起してその体を検めると、俺に送ろうとしていた魔力や生命力が、彼女の中に戻って行くのが確認出来た。みるみる肌がツヤを取り戻し、呼吸が深くなる。だが、目覚める気配は無い。ローゼンの方を振り返ると、彼女は首を振っている。ソフィアやティフォ達も同じだった。
 ミィルが抑えていてくれたお陰で、魔力の枯渇が起きているわけではないようだが、彼女はもう俺と同じ期間意識がない事になる。

「うはっ! やったねアルフォンス! 取り敢えず第一関門突破だよ〜。さすが禍々しい暗黒魔術師だね☆」
「ミィル、お前が居なかったら……スタルジャは今頃……。本当に助かった、ありがとうな!」
「え? えへへ、そうかなぁ、そうだろうなぁ〜。うん、褒めて褒めて☆ さあ褒め……」

 ぐぅ〜ぎゅるる……

「ご、ごめん……。その前に、ごはん……ちょうだい……」
「あ、一週間、不眠不休だったのか……⁉︎」

 スタルジャの容態は、今すぐにどうこうと言うわけではないらしい。取り敢えず、この小さな功労者に食事を与え、労わなくては!

 ※ 

「スタルジャは一体、どうなったんだ……?」
「ん、その前にぃ〜♡」
「え、えらいッ! ミィルはすごいっ、女王さまッ、大妖精ッ!」
「えへへ。えへへへぇ……」

 胸にクリクリ押し付けてくるミィルの頭を、これでもかと撫でる。目の下にはクマ、そしてそれほど食事を必要としない彼女が、だいぶ痩せてしまっていた。余程、スタルジャを救う為に、魔力を酷使していたのだろう。相変わらず奔放な口調なだけに、献身的で健気な彼女の、小さな背中が切なく思えた。

「ミィルもひとりで頑張ってたんだもんな。心細かっただろ、済まなかった」
「へ? あ、ちょっ、そそそ、そんな事ないよー! 大妖精のあたしが、そんなわけないじゃん⁉︎」

 顔真っ赤で涙目だ。こりゃあ、余程辛かったんだろうなぁ、スタルジャとも仲良しだったし。背中を撫でながら、魔力を彼女にたらふく、送り込んでおこう。

「……スタはねぇ、体の傷はそこのが、綺麗さっぱり治してくれたんだけどね」
「バ、バケ……お、おう。幽星体アストラル・ボディの方は大丈夫なのか? 俺と同じ、魔剣での傷だったはずだが……」

「はいです。そこのの言う通り、スタちゃんの傷は、完治してるです。ダーさんと違って、腹部だけでしたし、傷が綺麗だったのが幸いだったですよ。ソフィの治療だけでも、ほぼ埋まってたです。私は仕上げに、表皮の再生を整えて、呪いを解いただけですから」

 そう言われて見れば、俺の傷も腕は重症だが、腹の傷は何ともない。傷跡すら残ってないのは、流石ローゼンの技術だ。

「……じゃあ、何でスタルジャは、眠ったままなんだ?」
精神的外傷トラウマなのです。幽星体アストラル・ボディの損傷が、精神に負担を掛けるのは、先に説明した通りなのです。恐らく、それが引鉄になって、スタちゃんは精神世界に縛られたですよ」
「スタはね、アルフォンスを失うのが、怖かったんだよ」
「─── えっ?」
「アルフォンスだけじゃないんだ。スタはね、もう大事な人を、失いたくないって、心の奥でいつもどこか怖がってる……」

 両親を失った過去の痛みか。スタルジャは明るいし、慣れた人には人懐っこいけど、妙に距離感に奥ゆかしさがある時があった。もしかして、人見知りするのも、単に人間嫌いなんじゃなくて、人と深くなるのに抵抗があったからなのだろうか。失う痛手を、増やさない為に。

「スタが黒スタになるのはね、そーいう孤独とか、さびしさ、無力感が膨らんだ時なんだよ」
「そうだったのか……。あ、でも、今もスタルジャはダークエルフの姿のままだ。あれはミィルが媒体になって、変身するんじゃなかったのか? なぜお前がここにいるのに、黒スタのままなんだ」
「……今の黒スタは、マジもんのダークエルフになってるの。心の奥の、暗い部屋に閉じ込められてるんだよ」
「「「─── ⁉︎」」」

 ダークエルフのその後を、知る者は居ない。それは一重にダークエルフたる、その深い負の破壊衝動が原因なのか、世に絶望して何処かへ去ってしまうのか。それとも、何らかの崩壊が、待ち受けているのか。

「スタちゃん……。今スタちゃんは、ダークエルフ化こそしてますが、それよりも意識がありません。せめて、精神世界から連れ戻せれば」
「ああ。まずはそこだ。ミィルだっている。スタルジャの心の傷が原因なら、それこそ『俺は大丈夫だ』って伝えてやりたい」

 ダークエルフ。確か予言者アマーリエも、ダークエルフ化したひとりだったな。彼女が魔界に渡って、どうなったのか、確かめる必要があるな。

「ん、オニイチャ。タージャの夢の中、いけない?」
「それも有りだな! 夢を見ているかどうか、分からないけど。夜切みたいに、スタルジャの中に独自の世界が作れれば、もしかしたら……」
「あ、それならあたし、できるかも!」
「本当かミィル!」
「アルフォンスと妖刀の関係って、取り憑いてるみたいな感じじゃん? あたし、スタとそんなカンケーだし、多分できるかも。今夜あたり、アルフォンスの夢の中、連れてってよ!」

 考えられる手が無いわけじゃない。ここに居るのは、何かしらのプロフェッショナルばかりなんだ。 
 待ってろよ、スタルジャ……!

 ※ ※ ※

 

 目覚めてから四日が経った。勇者との闘いから六日間、眠り続けていたツケは思いの外に大きく、特に太ももを中心に足回りの筋肉痛が酷い。体重を支える筋肉が、如何に普段からよく使われていたのだと、改めて認識させられる。歩くだけで、今の俺には筋トレだ。

 夢の世界では筋肉痛だの、疲労だのは関係が無いが、体というのは不思議なものだ。あちらで頑張った筋肉は、現実世界でそれに追いつこうと、成長しようとする。ローゼンとミィルも参加して、連日の夢の世界では、筆舌に尽くしがたい猛特訓が繰り広げられていた。

 ただ修練を積めば、勇者に届くと思っているわけじゃない。それは分かっている。勇者とリディのように、契約者と守護神の関係として、今よりも深く繋がる方が重要だろう。それでも修練に走るのは、単にジッとしていられない焦りが、皆にある事と……

─── スタルジャの夢の世界には、入る事が出来なかった

 その行き詰まり感が、余計に気持ちを抑えられないという心境を、皆んなに作り出しているのだと思う。

「「「ただいま……」」」

 ローゼンと精神世界に関する、何か有効な治療法がないかを相談し合っていたら、ソフィアと赤豹姉妹が帰って来た。

「おかえり。そっちはどうだった?」
「目ぼしい文献はありませんでした。やはり、ダークエルフについては、ほとんど情報がないみたいですね」
「こっちも。精神に働きかける術式の話はあっても、精神世界に入り込むっていうのは、まず見当たらないわ」
「ごめんなさいなの……」

 そりゃあそうだ。魔術王国とは言え、ここは人間族が起こし、中心となって発展した国。世界に『絶対中立』を宣言しているだけあって、亜人種は結構多く暮らしているが、エルフはまず居ない。そもそもエルフは、人間よりも遥かに魔術に優れた種族で、むしろ人間の造る魔術王国自体に寄り付く理由が無い。エルフの情報は、基本人間の社会には、入って来ないのが現状だ。そして、精神世界への介入に関しては、まず日常ではそれをする場面など、有り得ないのだから。
 ここ連日、彼女達三人はこの港町エブラクトにある、一番大きな図書館に入り浸っていた。でも、現状はかなり厳しい。

「アルくんたちは、どうでした?」
「考えうる限りの、精神に関する術式は、試したと思うんだけどな。やっぱり、人の精神世界に入り込む方法となると、難しい」

 ミィルもスタルジャの内側から、色々と働き掛けてはくれているが、精神に作られた仮想世界には届ける手立てがないそうだ。

「明日からは、王都の王立図書館に行ってみようかと」
「ローデルハット王立魔導図書館か。俺もそっちに合流してみようかな」
「上級冒険者なら、特に手続きも無く、図書館利用できますよ。S級なら一般非公開の禁書庫まで、顔パスです」

 流石は世界を股にかけた冒険者ソフィアだ。過去にも王立魔導図書館を利用していただけに、色々と詳しく教えてくれた。

「ただ、魔術王国とは呼ばれて居ますが、建国から二百年の新興国です。おそらく余り期待は出来ないかと─── 」
「いや、それでもいい。今は広い知識が必要だ。その為にも、関わりのありそうなものは、調べておいて損はないよ」

 ローデルハットは、元は貿易で栄えた貿易大国だった。それが二百年前、不死者リッチの出現で、国の存亡を懸けた闘いが起こる。当時、若き英雄王ローデルハットと、この地に居た悪名高い『灰色の魔女』とが手を組み、大魔導の怪物リッチを魔術で倒した。その英雄譚えいゆうたんが元で、ローデルハットは魔術の重要性を強調し、現在の魔術王国へと成り立った。

「元々、海上貿易が盛んな国でしたから、信仰は『風の神フォンワール』なんですよ。勇者伝の英雄テレーズの守護神なので、エル・ラト教も強くは出られず、貿易立国で帝国もおいそれとは手が出せない。滞在する分には、安心なんですけどね」

 今居る場所の安全と言う分には、かなり安心できる環境ではある。この屋敷の持主も名前こそ伏せているが、ローゼンはもちろん、俺達にまで相当な気の使い様だ。

「ロジオンも、ギルドで色々と当たってみてくれるとは、言ってくれているけどな」

 ロジオンもこの屋敷に運ばれたが、二日後にはアルカメリアのギルド本部に、戻って行ってしまったそうだ。俺が目覚めてから、何度かマドーラ達を通して、ギルドにいる子マドーラで遠隔会話もしている。

「ディアちゃんたちも、一度エルフの里に戻ってから、こちらに来てくれるって言ってました。その時にでも、ダークエルフについて、聞いてみましょう」
「ああ。……後は、俺達自身のケアも必要だな。俺にどんな精神的外傷トラウマが出来てるかは、分からないしな」

 幽星体アストラル・ボディの傷は、精神に深い影響を残す。今の所、自分で変化は感じて居ないが、ローゼンは要注意だと、口を酸っぱくして言ってくれている。ソフィアは『俺達自身のケア』という言葉に、表情が少しかげるのが感じられた。
 彼女達は魔剣傷を負ってはいないが、あの勇者との闘いに、それぞれ何かを抱えてしまったようだ。スタルジャの事もあるだろうけど、ソフィアとティフォ、そして赤豹姉妹も、やはり元気が無い 。

 ※ ※ ※

─── 八日前、ロジオンが目覚めた直後

「……そうか、緑の帯ランヤッドのエルフ達に助けられたのか。じゃあ、アルフォンスのお陰ってなもんだな。礼を言いたい、エルフ達は今どうしてるんだ?」

 ロジオンはリディの【神の呪い】に押し潰され、勇者に背中を斬られた時、意識を失っていた。そこからの流れをソフィアに教えられると、彼はベッドから身を起こして、水を飲み干した。

風の境界フィナウ・グイのエルフ達とは、ティフォちゃんの転位魔術で、ここに来る時にお別れました。旅支度をし直したいからって、お別れしましたけど、近いうちにディアちゃんはここに来たいと言ってましたよ」
「エルフ達の使った、守護神封じの術。それに神龍の使った、加護の妨害の魔術印か……。是非とも詳しく聞きたい所だな」

 リディが勇者を抱えて姿を消した後、ソフィアはディアグインとエルフ達から、彼らの闘い方についてある程度聞き出していた。ただ、アルフォンス達の容態が芳しくなく、詳細は再会した時にと、彼らと約束している。

「勇者自身は、それ程脅威じゃねえ。あれなら、アルフォンスが動けていれば、勝ててただろうさ。問題はあのクソ女神……すまん。大魔導士リディだ」
「ええ。……私がもう少し、守護神としての覚悟があれば、アルくんを……大事な契約者を危険に晒すことはありませんでした。スタちゃんのことも、貴方のこともです。申し訳ありませんでした……」

 ソフィアが深く頭を下げると、ロジオンは困った顔をしてうつむいた。リディはソフィアと同じ、オルネアの化身。それをざまに罵ったのは、ソフィアを責める事にもなろうかと、失言を後悔した。

「いや……頭を下げないでくれ。戦闘ってのは時の運だ。それまで培って来た事がゼロなんじゃない、あのタイミングで出くわした事が、不運だったんだ。でも、アルフォンスもスタルジャも生きてた。なら、それは次に繋げるための、経験のひとつだと、オレは思うがな」
「ありがとう……ございます」

 余程自分を責めていたのだろう、目の前で涙ぐむ調律神オルネアに、ロジオンは人間味を感じて微笑んだ。神とは言え、失敗もおかせば、それを後悔もし、そして責任を感じていると知り、己も何か肩の荷が降りたような気さえしていた。

「なぁんかよ、オルネア様ってのは、もっとおっかねえ存在かと思ってたよ。人の世界の調律するなんざ、並大抵の精神力じゃ無理だろうからな。安心したぜソフィア、アルフォンスの事、くれぐれも頼む」
「……はい。彼がまだ、私を必要としてくれるのなら」

 『そうじゃねえだろ』と喉元まで出かけたロジオンだったが、その言葉を飲み込んだ。それは彼女の表情に、思い詰めたものを感じてしまったからである。

─── こいつも、心に傷を負ったんだな……。

 今はそっとしておいてやるか。そう思い直して、周りにいる者達を見回した後、とあるひとりの人物に視線が釘付けとなる。

「しかし……お前らそろいもそろって、おっかねえ女が集まってるのは、アルフォンスの存在を考えれば納得なんだけどよ……。オレを治してくれたのは『ローゼン』だったか。そこにいる姉ちゃんは、一体……何者なんだ?」

 栗色のお下げ髪に、分厚い眼鏡、どう見ても芋臭い女でしか無い。いや、恐らく眼鏡を外せば、それだけで恐ろしい美女なのだろうとも思える。だが、ロジオンは一目見た時から、背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。

「え、私です? 私はアルさんとの運命に引き寄せられた、迷える恋の子羊ちゃんなのですよ」
「恋の子羊……。ああ、あいつはまだ婚約者抱えてたのか。甲斐性の権化ごんげだな。で、ローゼン、あんたももしかして、女神か何かか?」

 その言葉に、彼女はニイッと口元を歪めて笑みを浮かべた。その貼り付けたような笑顔に、ロジオンは内に秘めた呪いの炎までもが、凍りついたような感覚におちいった。

「デュフフ、この私が女神だなどとは、とんでもねえですよ☆ 私はただのヴァンパイアの試作品、知識とダーさんをこよなく愛する、ブラド神族の『プロトタイプ』です」
「ああ、何だヴァンパイアね。なるほど道理で覇気があると思ったぜ。しかもそのプロトタイプってなりゃあ、余計にな。プロトタイプだもんな、プロトタイプったらしょうがねぇ……。
─── うん? ……⁉︎」
「あら、ローゼンさん。アルくんのこと、いつからそんなに、好きになってたんですか♪」
「ヌフ、ヌフフフ。良いなぁって思ってたのは、最初からなのです。でも、彼とお別れした後、ちょっとしたおまじないで『彼こそが運命のダーリン』と、知っちまったですよ〜♡」
「わぁ〜、何ですかそのおまじないって、素敵じゃないですか〜! じゃあ、この後は親睦しんぼくを兼ねて、アルくんの良さについて語り合うとしますかね♪ とりあえず今後は『ちゃん付け』で呼んじゃいますね☆」
「「でゅふっ、でゅふふふ♡」」

「─── ちょっと待てええぇぇッ⁉「」︎

「もう、なんです? ダーさんの上司だって言うから、治療はしましたけど、恋路を邪魔するなら分子レベルで崩壊させるですよ?」
「ひぃっ……⁉︎ ち、違う! そうじゃねえ! あんた、もしかして『メルキアのローゼン』か⁉︎」
「あ、ナンパとかは、間に合ってるですから」
「あはは、ローゼンちゃん手厳しいですね♪」
「そうじゃねえ! これっぽっちも口説いてねえぞッ⁉︎」

 ローゼンの途方も無く自由な勘違いを晴らし、ロジオンは再度確認を取る。そうしてようやく、目の前にいるのがマールダーよりも古くから生きる、原初の存在『プロトタイプ』だと理解した。世間にはほとんど知られる事の無い、伝説の存在ではあるが、流石にギルドの本部長ともなれば話には聞いてはいたようだ。眉唾ものの神話でも、目の前にいるローゼンに宿る、生物として圧倒的な気配に、それを信じる他なかった。
 しかもそれが、アルフォンスと恋仲だと知って、ロジオンは目眩めまいを覚えていた。いや、恋仲かどうかは、ローゼンが言っているだけなのだが……。

「女神ふたりにエルフ、有力獣人族の姫に、今度はプロトタイプだと⁉︎ いや、ちょっと待てよ? 確かハンネスの野郎の気配が近づいて来た時、あいつの紋様もんようがどうとかってやってたよな? あン時、確か『ラミリア』がどうとか……」
「はい。あの時、アルくんの紋様をいじって、魔王としての気配を更に強く消したのは、クソ上……ラミリア様ですね。神々の戒律を侵してまで、アルくんを勇者から遠ざけようとしました」

 アルフォンスの紋様は、勇者としての気配を隠そうとしたソフィアの神言しんごんだが、それは幼いアルフォンスを守る為の処置である。だが、光の神ラミリアも、そこに便乗して神言を施した細工があった。魔王としての気配を隠蔽いんぺいするためである。結果的に紋様の力は強まり、ソフィアはアルフォンスを見失う事になったのだが……。

 今回もラミリアは、アルフォンスに力を貸そうとしていたのだ。勇者ハンネスに、アルフォンスの正体が魔王のもうひとりの後継者『アルファード』だと気づかせぬように。

「あいつ、本当に最高神の一柱と契約してるんだな……。何を分泌すりゃあ、そうなるってんだ? 流石に怖くなって来たぜ」
「ん、オニイチャは、天然。口説こうとか構えてないほーが、知らずにクリティカルヒットする。これ、モテ期づくりの真理」
「あー、あるな……そういうのあるわ、うん。ああん? いや、ねえな。うん、ねえよ! それで女神だプロトタイプだって、どんだけ無我の境地で、ハードヒット飛ばしてんだそれ」

 そう慌てながらも、ロジオンはローゼンの力に、舌を巻いていた。彼が負ったはずの深い傷は、その痕を探す方が困難な程、完璧に治療されていたのだ。

「これ程の技術、確かに『メルキアのローゼン』ってのもうなずける。これなら、直ぐにでも動けそうだ。礼を言うローゼン。お陰で、今直ぐにでも本部に戻れる」
「どういたしましてーなのです。でも、一応言っておくですが、魔剣によって幽星体アストラル・ボディが傷ついてるです。そちらは治るのに、もう少しかかりますし、精神に何らかの影響が出るです。無理は禁物なのですよ、正直、今は動かねー方をおススメしますが……」

 そう言っても、ロジオンが聞きそうにないことは、その目を見てローゼンは汲み取っていたようだ。ロジオンは何かしらの礼をしたいと申出たが、ローゼンはきっぱりと断った。彼女が欲しい物は無く、人類にはギルドが必要だと思っての事だと返せば、ロジオンはまた燃え上がる。

「大先輩にそう言われちゃあ、男としてひと踏ん張りしねえとな! じゃあ、オレはこれで本部に向かうぜ。世話になったな!」
「あら、もう行ってしまうんですか? アルくんに、一声くらい掛けていったらいいじゃないですか。ロリ……ロジオンさんも、病み上がりなんですよ?」
「だいぶ危ういが、名前を覚える位には、オレに興味を持ったか……。フッ、あいつは直ぐ立ち上がるだろ。なら、オレはその為に、出来る限りの事をするまでだ」

 そう言って彼は立ち上がると、近くに畳まれていた、自分のコートを手に取った。

「ん、そんなら、ティフォ送ってこーか?」
「お! 済まねえな、頼むぜ」

 ロジオンが笑顔で振り返った瞬間だった。

 ビッシィィ……ッ!

 赤黒い触手が、ロジオンの白い毛皮のコートの上から、酷く淫猥いんわいな形式で縛り上げた。

「あふん! えっ、何これ……触手!?」
「うんどー不足かいしょーに、高速で飛ぶ。ふりおとされんな?」
「あ……ちょ、転位じゃねえのか⁉︎ うン……食い込みが……! は、恥ずかし……! らめぇッ‼︎」

 白い残像を残して、ロジオンとティフォの姿が消える。ソフィアとローゼンは、笑顔で手を振ると、直ぐに今後の事について相談を始めた。

作者のつぶやき

『バケモノ眼鏡』『飛びミジンコ』。
ローゼンとミィルにはすでに何かあったんだろうなぁと。
ミィルの性格上、マウントを取りに上等こいて、ローゼンがマジレスした。
そんなところでしょうか?

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