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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第九章 適合者

第九話 予言者の聲

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勇者ハンネスから受けた魔剣傷の影響は多きなものだった。

物理的な傷、
幽星体(アストラルボディ)への傷、
そして精神的外傷。

スタルジャの傷はアルフォンスよりはましだったものの、
その精神的外傷の影響で、
彼女は精神世界へと囚われてしまう。

意識のないままでも、
アルフォンスを救おうと、
魔力譲渡の魔術を動かしつづけていた彼女に、
アルフォンスは必ず助け出すと誓う。

 濡れた黒い敷石を灯台の光がなでると、小さな雪の粒が、微かに落ちて溶ける様を照らし出した。この雪が積もる事はないだろう。そのうち小雨に変わって、明日は暖かくなると、この土地の者ならそう気付くはずだ。

 だが、そんな事も他所に、少女はただ薄ら寒そうな表情で、夜の海を眺めていた。

 海に流れる川、そこに掛かる眼鏡橋の上で、白い息をふうと吐く。赤褐色の耳の先端をぴんと動かして、毛先に乗った小さな氷粒を、無意識の内に弾いて落とす。その背後に、いつの間にかもうひとりの少女が立ち、寂し気に溜息をついた。

「ユニ。こんな所にいたら、風邪ひくわよ?」
「お姉ちゃん……。大丈夫だよ、ユニだって魔術でヴェールくらい作れるの……」
「…………」

 再び沖の方を眺めるユニの隣に、エリンは並んで立ち、同じく遠くを眺めた。風は無く、ただ時折細かい氷粒が頰にかかる以外は、穏やかな潮騒しおさいだけの静かな夜だ。

「あの闘いのこと、悩んでるの?」
「……へへ。お姉ちゃんには、隠せないよね。ううん、アル様たちも気付いてて、そっとしてくれてるだけかな? うん、そうだよ……私、何も出来ないんだなぁって、何だか申し訳ないの……」

 あの時、エリンが獣化して飛び出すのを、ユニはただ、悔しさに涙をこらえるしか出来なかった。リディの放った呪縛に、最後まで抗えなかった自分を、彼女は責め続けていたのだ。

「それはソフィも、ティフォ様も同じよ。あなたが何も出来ないんじゃない、みんな何も出来なかったのよ。それにあなたは皆が死なないように、生命力の底上げをしていたじゃない。あたしだって、飛び出すので限界だった。」

 そう言って、エリンはユニに気付かれぬよう、下唇を噛んでいらつきを隠した。自分の無力さに、苦しんでいるのは、彼女も同じだった。

「それだけじゃないの。あのね、私はみんなの支えになりたいって、補助系の魔術とか、闘い方を極めたいって思ったの。でもね、それだけじゃあ、みんなを守れないのかなぁって」
「それだけって……?」
「みんなが傷つくより先に、私が相手を倒せるくらいの力は、必要なんじゃないかって。今はね、自分で決めたことが揺らいじゃって、不安なの……」

 エリンは驚いていた。やや気弱な妹は、ただ己の無力さを、なげいているのだと思っていた。だが、実際には『闘い方の選択』に揺れていたのだ。

(泣き虫で、ぶりっ子で、頼りないと思ってたのに。どう生きて行くか、この子なりに歩んでいたのね……)

「そうね。完璧な補助で守るか、今までを活かした攻撃を得るか。ただ、中途半端じゃあ、これから先、アル様の助けになるのは難しいかも知れないわね」
「うん。私たちはソフィとティフォ様みたいに、絆で高め合う守護神じゃないの。でも、最近はアル様から力が流れて来てるでしょ? だからこそ、今まで出来なかったこと、無理だと思ってたことを、やるしかないのかなって」

 ユニの言葉に、エリンはハッとさせられた。あの勇者戦で獣化出来たのは、魔王の力が高まったアルフォンスからの、力の分配が起点となったのではないかと思い至ったのだ。

「アル様との繋がり、魔王の力の分配。そうね、ただ魔力を高めるんじゃなくて、使い方から考えるのも、私たちの闘い方なのかもしれないわね」
「うん。もしかしたら、もっとアル様と強く繋がれるかも知れないの。でも、なかなか思いつかなくて……。ユニは絶対みんなを守りたいの! スタだって、助けたいっ!」

 そう言って、歯痒さに唇を噛みしめる妹を抱き寄せて、エリンは目に溜まった涙を隠した。

「知らないうちに、こんなに強くなって……。ユニ、あんたはもう、立派な戦士だったのね」
「フンだ。お姉ちゃんだって、最近やっと猪みたいに突っ込む癖が、治ってきたばかりじゃない。えらそーなの……」
「い、いつ私が猪だったっていうのよ!」
「ほら、スタとローゼン間違えて、勝負挑んだり……」

 エリンの耳が、へたりと力なく寝た。

「あれは辛かったにゃ……ペット生活……。あたしが悪かったにゃ……」
「お姉ちゃん……語尾。くす、くすくす……」
「ぷっ、フフっ……!」

 うつむいて肩を震わせていたふたりが、チラッと目を合わせて笑い出した。

「「あはははははは!」」

 ふたりしばらく抱き合って、そうして笑っていた。思えばあの闘いから、こうして笑うのは初めてだったと、ふたりは気がついた。同時に、長らく胸の奥にくすぶっていた、言い様のないモヤモヤがスゥっと晴れて行くのも感じていた。

 進むべき先が見えた。それだけで目標を見つけた獣人族が、驚異的な力と判断力を発揮するのは、種族の特性のようなものである。南部獣人族が、一致団結したあの時のように。

「これからは、もっと闘い方、ユニに相談するわね! もう妹じゃなくて、戦友だもの」
「うん。そうやって、あの女神ふたり組よりも、アル様と強く繋がるの……!」
「「繋がりYeah!」」

 完全復活だろうか。しかし、ユニはふと不審げに眉を寄せ、エリンの方を振り返る。

「ところで、お姉ちゃん。さっきからね、何かひどく卓越されたニオイがするの……すんすん」
「流石はユニね、ニオイ嗅師の才が、際立っているわ。そう、あなたの元気が出るかと、ギッて来たのよ」

 ユニの尻尾がゆっくりと、ムチのように左右に振れるのを尻目に、エリンは懐から白い布を取り出した。

「使用済枕カバーよ。正真正銘、アル様からおろし立て、ついさっき─── 」

 バッ、バババッ!

 稲妻より速く、ユニはそれを奪い取り、港沿いの倉庫街へと消えて行った。一瞬にして奪われた枕カバーに呆然としながらも、エリンは妹の復活を確信して微笑む。その日から、赤豹姉妹は独自の戦闘技能会議を、人知れず開くようになった。その成果が出て、新たな力を目覚めさせるのは、まだもう少し後の事である。 

 ※ ※ ※

「主人さまぁっ!」
「おおっ、ディアグイン、よく来てくれた! お前には本当に世話になっ─── 」
「おばあちゃんがヘンなの! すぐ来て!」

 神龍ディアグインがエルフの里での用事を済ませ、巫師ふしラーマを連れて、飛んで来てくれた。だが、泣きそうな顔をしたディアに手を引かれ、屋敷の庭に連れて行かれた。

 ※ 

─── その日、魔術王国ローデルハットの国境兵達は、正体不明の超光速飛行物体の出現に、一時騒然となった

 ただ、すぐにその速度計算が行われ、何かの間違いだったのだろうと、報告が出される事も無かった。わずか二時間余りで国土を横断するという、馬鹿げた速度計算となり、当直の歩哨ほしょう兵の過労または飲酒が疑われた為だ。ローデルハット国土最長部:883kmet 1kmet=約1km)

 ※ 

「なんかね、白くなって、ぐったりしちゃってるの……。病気かなぁ……なおせる? 主人さま、なおせる?」
「─── 【癒光ラヒゥ】!」

 巫師ラーマを青白い光が包み込むと、パチリと目を開き、跳ね起きるようにして俺の手を掴んだ。

「おお……魔王しゃま、ご無事で何よりでこざいます! ディアの背中に乗っておったら、段々と意識が遠退いて……花畑の夢を見ておったですじゃ」
「よかったぁ〜! おばあちゃん元気になったぁ」
「衰弱と低体温症と、極度な酸欠に脳貧血だな。ディア、次から人を乗せる時は、時間かかってもいいから、鳩くらいの速度と高さにしておけ……な?」

 思わず全力の回復魔術使ったわ。高齢者を背に、まさか全力の飛行速度で来るとは。こっちの肝が冷えた。どうやら音速を超えたディアの背中で、当初は結界を張って備えたラーマも、途方も無い重力にブラックアウトしたらしい。そりゃ、当たり前だ。

「─── ⁉︎ ほ、これは……持病の腰痛とリウマチまで治っとる……! ありがたや、ありがたや」

 衰弱と体調を整える程度で良かったのだが、案の定、俺のポンコツ魔術はガチで仕事をしてしまったらしい。でも、ラーマ本人は、持病も治ってシャキッとご満悦だ。もう一度蘇生魔術を掛ける事態にならなくて、本当に良かった。

「まずはふたりに礼を言わせてくれ。ありがとう、風の境界フィナウ・グイの民達のお陰で、俺達は助かった」

 ソフィア達も一緒に頭を下げると、ラーマが慌てて膝をつき、ディアもそれに習った。こっちも慌てて、ふたりを起こそうとすると、ラーマは俺の手を取った。

「魔王しゃまに頂いた命で御座います。あなた様の弥栄やさかを思わぬ理由が、どこにございましょう」

 今までも蘇生上がりの聖戦士が、妙な忠誠心を発揮してしまう事はよくあった。今回もそれかと思い、解放すべく言霊を選んで掛けてみたが、全く効果が無い。アマーリエの予言と、魔族の眷属としての誇りが、そうさせているのだろうか? 何ともやり難いので、色々お願いして、ようやく普通に話してもらえるようにする。

 場所を移して、みんなでディア達から話を聞く事にした─── 。

「エルフの禁呪……?」
「そうですじゃ。遥か昔、まだ多くの種族が地上におって、争いが絶えなんだ頃。わしらエルフ族は、敵方の守護神を、固く封印する秘術を編み出しましてのう。ただ、神に手を掛けては、業が深過ぎるじゃろうと禁じ、代々族長家にのみ伝えられておりましたのじゃ」
「加護を失った所に、魔術のスペシャリストであるエルフが攻め込んだら、ひとたまりもないな」
「守護神とは言え、神ではありませんでな、業の話は建前でしょう。人を殺し過ぎるから、そう言い伝えて、使用させないようにしたのでございましょうなぁ」

 俺が気を失った後の、ディア達の闘いは、ある程度ソフィア達から聞いてはいた。だが、こうして本人達に話を聞けば、驚く事ばかりだった。

「ディアが使ったって何だったんだ?」
「んー、そんなむずかしー事じゃないよ。つよーい呪力がたっくさんで、動きにくそうだったから【蟲除け】の呪術を、かけまくっただけなんだよ〜☆」

「「「む、むしよけッ⁉︎」」」

 え、リディとハンネスって、虫だったの⁉︎ ソフィアを見ると、唖然とした顔のまま、固まっている。

「これディアや。話が見えんじゃろ、ちゃんと説明して差し上げるんじゃ」
「えーっとね……」

 『のろい』と書いて『まじない』とも、ふたつの意味合いがあるのは、古代エルフ語でそうなっている。古代エルフ語は、神の言語に近いらしく、本来そういう真理があるのだろう。呪術とは本来、呪いを掛けて死なせるような、陰気臭いものじゃあない。言霊の働きと良く似た、プラスな働き掛けも多く存在する、想いの魔術だ。

 例えば『好き』と、重い気持ちで言い続ければ相手は潰れてしまう事があるが、それは相手を『自分の思うようにしたい』と言う考えがそこにある時だ。そういう支配に似た想いではなく、相手が気持ち良くいられるような、純粋な気持ちで『好き』と言葉を紡げば関係は改善したりもする。これはアーシェ婆の呪術講座そのままの下りだが、妙に納得した教えでもある。
 アーシェ婆の口から『好き』とか飛び出した時は、とうとう気が触れたかと身構え、燃やされ掛けたのは良い思い出だ。

「つまり神威とか奇跡は、呪術に近い性質で、言霊みたいにそれぞれが持つ、独自の波長があると」
「うん! だからその波長を、じゃましちゃえーって」

 彼女が使ったのは、虫除けに使う、実にシンプルな呪術だった。それ単体では、流石にリディ達の神威を防ぐ事は出来ないが、特定の条件が整えば効果があるらしい。

「ママがね。昔、森に入った時に、虫除けいっぱい使ったら、波が重なって消えちゃったことがあるって教えてくれたんだよ!」
「だから、いくつもの呪印を積層型にして、海上で囲い込んでいたんですね⁉︎」
「うん、そだよ! ケルナムとフリアンおじが、そーしろって」

 何か色んな名前が出て来て困惑していたら、ラーマがディアの過去について、全て話してくれた。

 緑葉の輪転ダウッド・フォニウ─── 。エルフの魂は、森に宿る時期があると聞いたが、ディアの中には過去に果てた多くのエルフの魂があるそうだ。

 神聖の高いエルフ。その彼らの特性と、紡いで来た運命があったからこそ、あの勇者との闘いから生還出来たんだと理解した。もし、あの時に帝国の『栄光の道』封鎖が無ければ、彼らと出逢う事もなく、あのままディアは死んでいたかも知れない。そうなれば俺は今ここで生きていなかっただろう。
 全ては偶然が重なった、奇跡のようなバランスの出来事だった。出逢いの運命は、やっぱりあなどれない。

「ディアはもうね、誰にも居なくなってほしくないの……。でも、ディアは弱いから、みんなに助けてもらって、がんばったの!」

 頭を突き出して来たので、よしよしと撫でると、彼女は目を細めて喉を鳴らした。黄鱗龍イエロードラゴンの突然変異体、もしくは先祖返りではないかと、ラーマは思っているそうだ。普通、龍種は分かりやすく、体表の色で属性が決まっているが、ディアは氷と呪力が得意だという。思えばそれも、海上で勇者相手に出し抜く戦術をするのに、これ以上ない組み合わせに思えた。

「いや、ディアは弱くなんかない。みんなの教えてくれた事を、ちゃんと力に変えられたんだもんな。ディアが居なかったら、みんな死んでいたかも知れない。そうか……皆んなで戦うって、大切なんだなぁ。ありがとう、勉強になったよ」

 彼女達の報告は、目から鱗が落ちるばかりだった。これは今後、俺達の闘いに、大きな変化をもたらしてくれるかも知れない。そしてもうひとつ、俺はラーマにどうしても聞きたい事がある。

「預言者アマーリエはだったんだよな? 出来ればダークエルフについて教えて欲しい。今、俺の大切な人が、ダークエルフになったまま、目が覚めないんだ」

 ラーマは、スタルジャの様子が見たいと言うので、俺達は場所をスタルジャの寝室へと移した。

 ※ 

「これは……。完全に心の闇に、呑まれてしまっておる……」
「せめて意識を戻してやりたいんだ。何でも良い、何か思い当たる方法はないか?」

 ラーマが難しい顔をして、うつむいてしまった。ダークエルフ化は、先天的に魔力が高く、心と魔力の繋がりが密なエルフに起こるそうだ。スタルジャは元々ランドエルフで、魔力は低いが、心との連携が高かったらしい。そこに俺の魔力の分配や、ミィルの同化が魔力の増幅を起こし、心の闇と繋がってしまったのだろうと言う。

「しかし、妖精を体内に駐在させるとは。わしらエルフでも、聞いた事がないですじゃ。精霊の縁者、ランドエルフとは、末恐ろしいものですのう。何としてでも、助けて差し上げたいが……」

 ラーマがスタルジャの顔を覗き込み、目に涙を浮かべて、頰を優しく撫でた。

「こんなに若い娘がダークエルフになるとは、どれ程の苦を背負って来たのか。わしにとっては、孫のような年頃。巫師のわしは、家庭を持たずに生きて来ましたで、スタルジャ様の事を思うと……切うごさいますなぁ」
「ああ、彼女は一族の為に、両親を奪った敵の人質にまでなった過去があるんだ。もう、苦労なんて必要ない。過去の痛手に縛られて、また彼女が苦しむなんて、そんなの俺が許さない」
「魔王しゃま……それ程までに、気をかけて……。承知いたしました、このラーマ、全力で助力をいたしましょうなぁ」

 と、その時、スタルジャの中から、疲れ切った顔のミィルが飛び出して来た。胸に飛び込んで来たミィルを抱き留めて、俺の魔力をうんと分けてやる。

「ぷっはーっ! やっぱアルフォンスの魔力は、五臓六腑に沁みるね、喉越しが違うわぁ☆」
「一口目の麦酒か俺は。お疲れさん、ありがとうなミィル、無理はするなよ?」
「えへへー。大丈夫だよ♪ あたしがスタを救いたいんだ。無理なんて言葉、この妖精女王ミィルさまには、カンケーないねー☆」

 そう言って強がってはいるが、やっぱりまたやつれてるし、クマが凄い。魔力を送りながら、痩せてしまった背中を撫でていると、どんどん魔力を取り戻して覇気が立ち上がる。その光景に、ラーマが愕然としていた。

「ま、魔王しゃま……? そ、そちらの妖精さまは、一体……どこのどなたさまで……」
「うん? ああ、こいつがスタルジャの同居人、ミィルだよ。シリルから一緒に旅してるんだ。こう見えて妖精の女王なんだぜ?」
「くらッ、アルフォンス! 『こう見えて』はよけーだろ⁉︎ やあやあ、我こそは先代女王をフルボッコにした、妖精界覇者のミィルちゃんだよ☆」

 俺に抱き着いたまま、親指を立てるミィルを無視して、ラーマは懐から取り出した水晶のアミュレットに魔力を注いでいる。

「なによなによーッ! スルーされたわよ、あたし。このばーさん、修正してやるわ!」
「しっ! 何か聞こえる。ミィル、静かにしろ」

 水晶が光り、中から澄んだ女性の声が、段々とクリアになりながら響き出した。

『…………です。分かりましたねラーマ? それと……もし、貴女の前に、妖精の女王が現れる事があったら、これを伝えなさい……。
─── 私の足跡を求めるのです。さすれば彼女は、から覚めるでしょう……』

 水晶の光が消え、女性の声もそこで途絶えた。ラーマは少し青ざめた顔で水晶を眺め、震える声で言った。

「こ、これはかつてアマーリエが残した、予言の声ですじゃ……。アマーリエの残した予言は多く、こうして声も残しておるのです。ただ、抽象的なものばかりで、後になってから、それじゃと気づくものも多くてのぅ。今のはアマーリエが里を出る前の、最後に残した予言ですじゃ。この予言がなんなのか、今初めて分かりましたですじゃ……」
「妖精の女王は世界にひとりだけだ。それに会った時に伝える言葉が『宵の眠り』だって? どう考えても、今日この日の為の予言じゃないか⁉︎」

 シリル人でもそうであったように、妖精の姿は普通見る事が出来ない。これはエルフも同じで、巫師ふしだからこそラーマはミィルが見えた。行き違い、取り違いようのない条件が、ここに揃っている。ロジオンの話には、姉さんがアマーリエと会って、俺の誕生を予言してたって内容があった。『私の足跡を求めなさい』とは、どう考えても『魔界に行け』って事だよな?

 三百年前の予言者の声が、俺達の言葉を失わせる程に、求めていた予言を指し示していた。

 ※ ※ ※

「じゃあ皆んな、用意はいいか?」
「「「コクン!」」」
「ソフィ、思いっ切りやってくれッ‼︎」

 ソフィアが両手を広げ、閉じていた眼を開くと、凄絶な神気が吹き抜ける。

 カカカカカカカカカカ……ッ‼︎

 ソフィアを中心に、膨大な数の不可視の斬撃が、格子状に全てを切り裂いていく。【斬刻む】奇跡の猛威の中、俺とティフォ、エリンとユニの四人で、呪術を展開しながらソフィア目掛けて走り出す。

 ギギギン……ッ! ……カカカ!

「「「─── ッ‼︎」」」

 呪術で相殺し切れなかった斬撃に、全員が吹き飛ばされる。四人が転がる周囲の土が、格子状に細かく刻まれ、土埃が視界を覆った。

「だ、大丈夫ですか⁉︎」
「ぐ……っ、まだ全部は、奇跡を抑え切れないか」
「で、でも! だいぶダメージは減らせるようになったの!」

 興奮気味に立ち上がるユニの全身が、薄緑色の光に覆われて、傷の修復がされている。

「ローゼン殿。今のはどうであったか?」
「うーん、まだ奇跡範囲からは、周波数は外れ気味なのです。でも、これだけ近くまで寄せられるようになったのは、大きな進歩なのですよ〜♪」

 夜切の険しい顔が、ローゼンの言葉に、ふっと和らぐ。全員の張り詰めた顔に、ようやく薄っすらと安堵の色がさして、俺達四人は地面にへたり込んだ。今、俺達は夜切の夢の世界で、ローゼン監修の元、リディの奇跡を打ち消す呪術の開発に全力を注いでいる。
 ディアから教わった【蟲除け】の呪術からヒントを得たローゼンは、すぐに俺とソフィア、ティフォの使う、奇跡や神威の持つ波長を調べ上げた。結果、そこには意思を具現化するための、神気による特定の振動が見つかった。

 極わずかな波長の揺れが、どう奇跡を具現化しているのかは、全く分からないままだ。それでも、その波長は他の振動の影響を受けて、崩れる事は確認できた。つまり、ディアの言っていた、呪術で邪魔する方法は、本当だったと証明ができた!

 ただ、ディアは予め積層型に呪印を仕掛けていたが、次もその手が通用するとは限らない。だからこうして、その場で使える妨害方法を、体を張って総当たりしている。これが夢の世界じゃなかったら、もう何度ひき肉にされていたか、分かりゃしない。

「ん、そろそろ朝だよ?」
「あら、もうそんな時間でしたか。はぁ〜、皆さんお疲れ様でした! すごいです、本当に成功率上がってますよ〜♪」
「……うーん、先はまだ長いけどな。それでもこうして、確実に進んでる手応えがあるのは、凄く安心するなぁ。皆んなありがとう、またよろしく頼むよ」

「「「はーい♪」」」

 皆んなの返事が聞こえた直後、ぐわんと世界が薄れて、現実世界に目が覚める─── 。

 ※ 

「おはようなのです、ダーさん♡」
「─── うおっ⁉︎」

 今さっき夢の中でバイバイしたはずのローゼンが、至近距離で大きな青い瞳で見つめ、甘く微笑んでいた。彼女は普段、眼鏡を掛けているが、決して目が悪いわけじゃない。むしろ見え過ぎるくらいだが、いざという時のために、少しでも力を蓄えるための目隠しなのだそうだ。
 だが、再会した俺を『運命のダー』宣言して以来、こうして俺を見つめる時は眼鏡をかけずに、まつ毛が触れるんじゃないかって位に近づいて見てくる。本当に心臓に悪いから困る……。

 慌てて飛び起きようとしても、ただ首に回してるだけの、彼女の腕はビクともしない。シースルーのネグリジェを通して伝わる高めの体温、そして俺の胸に押し付けられる、細い体に不釣り合いな程の感。

「どうせ昨日も寝てないんだろ。何でそんな過激な寝巻き、着てるんだよ」
「ムフフ。どうしてか、聞きたいですか……?」

 彼女は特に、眠りを必要とはしない。プロトタイプとは、その種族のモデルではあるが、人でもなければ神でもない。全く別物の存在だ。 恐ろしい事に、現実世界で研究を続けながら、夢の世界にも存在できる。
 だから寝巻きを着ているのは、本来の意義からは、大きく外れた無意味な行為だ。いや、俺だってそこまでアホじゃないよ、こんな無防備な格好で、男の寝所に滑り込む意味ったら……うん、困る。

「い、いや、いい。それより、何か用事があったんだろ?」
「フフフ。中々に想定通りの展開に応じないのです。それはそれで、先々が楽しみなのです。あ、そうそう。スタちゃんを救う為の、新しい提案を持って来たですよ。早く教えてあげたくてここに来たら、ついダーさんにちょっかい出したくなっちまったです」
「ほ、本当か⁉︎」

 ローゼンは、成功をひけらかすタイプじゃない。完全にデータがそろってから、サラッとあっさり、主観を排除した報告をする。その彼女が、今明らかにはしゃいでいるのだから、相当に喜ばしい結果なのだろう。嬉しくなって思わず抱き締めると、耳まで真っ赤にしてボーっとしながら、喉の奥で小さく『お……お……』と呟いていた。
 逆にこちらから想定外のスキンシップを取ると、彼女はこうしてよく、フリーズする。

「は、波長の事を調べてたら、フッと思いついたです。だ、だからまだ提案どころか、手をつける許可を、引き出す段階なのです」
「うん? ああ、君の思い付きなら、まず俺には有意義だよ、いくらでも聞かせてくれ」

 小さくブツブツと『うほっ、ずるいです』とか何とか言って、眼鏡を掛けて振り向いた。

「─── スタちゃんとダーさん、しちまいましょう」

 『は?』と言うほかなかった。

作者のつぶやき

若い頃、超ラッキーマンだった僕は、何かしら都合の良い妄想をしていたり、謎に高い自己肯定感を持っていました。
あの頃は願った状態がよく叶えられていました。

大人になって家庭をもって、仕事で色々と土がついたりして、気がついたらそういった感覚をいつの間にか忘れてしまったようです。

これも念や想いの力のなせる技だったのか、バカ高い自己肯定感で叶ったと思い込んでいたのか。
どちらにしろ生き方としては楽しいものでした。

この作品がもしバズって、広く愛されるものになれば、また超ラッキーマンに戻れそうな気がします(ちらっ、ちらちらっ)

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