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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十一章 聖教戦争

第十五話 調律神オルネアの化身

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アケル中央部州セルベアードで、勇者ハンネスとの再戦が始まる。
しかし、調律者としての資質を持つアルフォンスの弱点を見抜き、
ハンネスは周辺の街を巻き込み、
アルフォンスの動きに制限を掛けた。

超越者たちの使う『光の洞』を破壊され、
遅れてやって来たリディは、
ソフィアと繋がっている感情の波に困惑する。

そしてアルフォンスとの関係を目にして、
リディは嫉妬と言い知れぬ怒りを持つが、
彼女はそれを感情だとは理解が出来ない。

リディの殺意に反応し、
アルファードの意識が引き出され、
アルフォンスは魔族としての姿を暴かれる。

アルフォンスが正統な魔王後継者だと気がついたハンネスとリディ。

全力で無きものにせんと襲いかかるが、
リディの神威【拒絶】はティフォの術で防がれ、
ハンネスはアルフォンスに掴まれ転移魔術で連れ去られた。

 潮騒が聞こえる。月は満月には程遠いが、街路灯も家の明かりもない草原は、十分にその青白い光で足元を照らし出していた。上空は風が速いのだろう、黒い雲が薄く幾重にも伸びて、時折草原にその影を落とす。

 ドサッ! ザザザ……ッ‼︎

 突如草原に現れた白いシルエットの一団のうち、ひとつの白い影が草の上に倒れて滑る音が響く。そのシルエットの光が強まり、パッと消えた瞬間、姿を現したハンネスは、弾けたように飛び込んで斬り掛かる ─── !

 ギィンッ! シュラン……ッ‼︎

 漆黒の刃を、青白い鏡のような刃が受け、巻き込むようにしのぎに滑らせて制御する。

「……危ねぇなぁ。転位が終わるまでは、あんまり暴れっと、肉体が崩れっかも知んねえんだぞハンネス」
「黙れッ‼︎  こ、ここは一体何処だッ!」

 ハンネスはアルフォンスを睨みつけながらも、落ち着きの無い様子で、辺りの様子をしきりにうかがっている。

「ここはアケル南部から更に南、南海に浮かぶ島ですよ。見ての通り無人島です。私の適合者、アルくんの願いですから、叶えたまでです」
「よくこんな所の座標持ってたなソフィ、来た事あったのか?」
「ウフフ、ここは海賊の隠れ家だったんですよ。ほら、一緒にバグナスで暮らした時期、いくつか任務を受けさせられたじゃ無いですか私。あの時、討伐任務で一度来た事がありましたので。だから今は誰も居ませんよ♪」
「ああ、じゃあ誰も居ないはずだよな。ソフィに掛かったら海賊なんか……。いや、理想的な場所だよソフィ、ありがとう。これなら

 嬉しそうに跳ねながら、ニコニコ顔でアルフォンスの顔を覗き込むソフィアの姿に、ハンネスは言いようのない怒りで震えた。アルフォンスはハンネスの想像していた通り、結局は人々への被害を恐れていたのだ。

 つまり、彼はまだ本気を出し切ってなどいなかった事になる。そのアルフォンスに押され始めていたハンネスからすれば、その事実は驚異であった。

「何故だ! 何故お前らは天界の小間使いとして、運命に人生を奪われながら、そんなに呑気に構えてられるんだよッ‼︎ そうして到達した先は、神々へ光を与えるだけ。人は死ぬまで苦しみ続けるのは変わらないんだッ!」
「人生が苦しみだけだと、あなたにどうして分かるのかしら。あたしは生まれた時から幸せだったし、アル様と出逢ってからは、生きてる喜びを噛み締めているわよ?」

 エリンの即答に、ハンネスは頭を掻きむしり、唸り声を上げた。

「その後ろには、君から知らず知らずの内に、幸せを奪われていた人が居たとしてもかい⁉︎ 誰かの幸せや暮らしの背後には、それによって苦労している存在が居ないとどうして言える!  君はただ、吸い上げる側だっただけだ!」
「ん、あたしは三十六万歳のうち、この世界に来てから、ミスって岩の中に閉じ込められて、三万七千六百年と、二百九十五日、六時間三十二分だったけど、ふこーではなかったよ? オニイチャに助けてもらって、いま、控え目に言って、じんせーでさいこーに、しあわせです」
「だ、黙れッ、参考になるかこの怪物め! 一体何者なんだ君は⁉︎」
『『わたしたちも、一万年地底にいたけど、昔も今も、超しあわせだよーっ☆』』
「…………」

 何処ぞの異界の邪神とも知れぬティフォの言葉に、更にはアルフォンスの左手の籠手こてが喋り出した時点でハンネスは言葉を失った。

 『そういう事じゃない、話が全く通じないなコイツらは』と彼が疲れを感じるのも無理はないだろう。人界の人間達を代弁したつもりが、ここにいるアルフォンスとその仲間達の中に、人間族などひとりもいないのだから。
 『幸せ幸せって、君らは怪しい信仰宗教の信者かな?』そんな不信感と、言い知れぬ不快感にハンネスのフラストレーションは更に高まっていた。

「 俺は……お前に祖父を殺され、両親を斬られ、姉は封印されたままだ。俺自身はお前に受けた呪いのために、三百年も封印されて眠り続けたらしい。その記憶すら失ってんだ。幼い頃から何度も死ぬ程の修行生活の果てにここにいるが、不幸だと思った事はない」
「おかしな事を言うね君は。オルネアとエルネア、二柱の女神に翻弄され、今はオルネアの聖騎士として、またも運命に飲まれてるじゃないかッ!」

 顔を紅潮させ、ハンネスは口髭を震わせて怒鳴る。それをアルフォンスはややオーバーなジェスチャーを交えつつ、ヤレヤレといった空気を醸し出している。

「んん? それの何が不幸だって言うんだ。誰だって生かされてるもんだろ。家柄、土地柄、国柄、種族柄……その世界にいる以上は、何かしら運命を背負う。その中をどう生きるかじゃないのか? 苦労のない人生なんて、自分の在り方が無くなるだけで、達成感も何も無いだろ」
「その考えが、すでに埋め込まれたものだとしたらどうだい? 君の言葉は正論だよ、でも、何故達成感を喜ばなきゃいけない……!」
「んー、だとしたら、面白い世界に産んでくれたもんだとさえ思うが……。だいたい、俺達の生きた末に磨かれた魂の光が、神々への供物だったとして、だから何って感じだな。濃厚な人生に、誇りと思い出たくさん作って、死んでも神様か誰かの役に立つってんなら文句無しだろ?」

 正論と言われるであろう事を重ねて吐く。あえて余裕に、あえて当然の事だというように。

 アルフォンスは知っている。ハンネスは議論する為に、こうして話しているのではないという事を。己の思い通りに進まないフラストレーションを、考え方の違いだと処理する事よりも、己と異なるもの全てに反抗したいだけなのだと。

 議論では無く恫喝どうかつ、もしくはどちらの意見が上を取るかのパワーゲーム。そう考える者にとって、誰かに自分の価値を認めさせる為には、自分の間違えや考えの足りない事を悟られてはいけないと必死になる。要は、彼は自己評価を、自身で確かめながら進んで来た事がないのだ。

 親か、国王か、それともカルラか。他人に評価される事が、即ち自分の価値だと、自己評価を人に預けてしまった結果なのだろう。

 ガキッ! ギンッ、ギギギギンッ!

 神速の剣技、距離を無にする歩法、そして人智を遥かに超えた超感覚。ハンネスの奇跡の剣閃の嵐を、アルフォンスは難無く受け、払い切って見せた。

 何故、無駄だと知っている正論をぶつけたのか。それは単純に、ハンネスの剣に迷いを生ませ、判断力を一方的な狭いものに陥らせる為である。そして、老いとは往々にして、それらを加速させるものだ。こうした知識は軍神ダーグゼイン、闇神アーシェスの得意とする、勝戦の為の心理テクニックから得たものであった。

「ハンネスはたくさん闘って来たんだな。加護の強さだけじゃ無くて、命のやり取りに覚悟を感じるよ。でもそれだけだ。自分の意思の為に、闘った事は無いんだよお前は」

 そのトドメ、一定の所まで相手を認め、しかし、それが誤った選択によって、万全から外れてしまったと認識させる話術である。

「だ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ! 僕に指図をするな! カルラでも父様でもないお前が、僕に指図をするなぁ ッ‼︎」

 加護による肉体強化をフルに発揮し、ハンネスは猛然とアルフォンスに襲い掛かる。島にまばらに生えた樹々は倒れ、既に朽ちかけていた小屋は崩壊し、島の一部は海へと斬り落とされた。

 しかし、アルフォンスに刃が届く事は無い。未だアルファードの気配を色濃く残したまま、アルフォンスは自身の意識を完全に保っている。今、肉体的にも心理的にも、アルフォンスは完全にハンネスの上に立っていた。

「ハンネス……ッ‼︎」

 夜空から墨色のドレスの女が叫んだ。リディはハンネスの力の反応を探知して、空を飛んで来たのだろう。追い詰められているハンネスの姿を見て、苦し気な表情で、眉間にシワを寄せる。

 最早、彼女の【拒絶】は破られた。
 彼女の加護を完全に活かすには、ハンネスは老い過ぎた。

 五人は勝利を確信していた。

 だが、リディは無表情のまま、口元だけを歪めて空から見下ろしている。その手が宙に伸ばされ、何かを掴む仕草をすると、空に黒い穴がポツンと姿を現した。

「ハンネス……ごめんなさい。その体ではもう使命を追う事も、彼らに勝つ事も……無理ね……」
「み、見捨てるつもりかリディッ‼︎」

 空に現れた『光の洞』は、リディが書き換えたせいか、今や漆黒の洞と化している。その穴の先は何処へ繋がっているのか、今の彼女なら、何処へでも逃げられるだろう。狼狽うろたえるハンネスに、リディは出会いから現在までの間で、初めてニコリと微笑みを見せた。

「 光の洞、全部では無いけど、直したわ。ここを中央諸国に繋げたの。さあ、皆んなの希望を吸い上げてハンネスッ‼︎」
「「「 ─── ⁉︎」」」

 洞から噴き出した光の粒子が、辺りを黄金色に輝かせた。光は空気とぶつかりながら、群衆の大歓声にも似た音をざわめかせて、ハンネスへと吸収されて行く。

「い、いけません! どうしてこれ程の『希望』が今の時代にッ⁉︎ アルくん、今すぐハンネスを殺して下さいッ! 人界の適合者は、人々の希望でその力を……」
「ッ⁉︎  ─── 【光在れ】ッ‼︎」

 アルフォンスにとって最大殺傷力を誇る、光の神ラミリアの加護が発動する。

 キィ……ンッ!

 その瞬間、上空の光を帯びた神気が、鍔鳴つばなりの音と共に切り払われた。

「アハハハハッ! 最高だ、最ッ高だよリディ! 光の神ラミリアの奇跡だって、今の僕には斬れちゃうんだから!」

 朝日のように明るい黄金色の髪が、吹き荒れる神気の風にたなびく。人々の希望の光を吸い尽くし、輝きが消えたその場所には、灰色がかった藍色の瞳の青年が立っていた。

───勇者ハンネス・オルフェダリアが、全盛期の肉体を取り戻していた

 彼はさも愉快そうに、カラカラと笑い声を上げて、腹部を抱えて無邪気に笑っている。自身の適合者の力の復活を受け、上空から降りて立ったリディもまた、神々しくも圧倒的な神気に身を包んでいた 。

「ハンネス。あなたの……思い通りの世界は、これから」

 エメラルドの瞳は、うっとりと細められ、己の適合者に向けられている。この時、リディは初めて、ソフィアからかつて伝わった『歓喜』と言う感情を理解した。

 アルフォンスはその光景を目にして、最後まで彼らの命を刈り取る事に、迷っていた自分を深く後悔していた。オルネアの聖騎士になり切れない自分、クヌルギアの魔王になり切れない自分に、いら立ちすら感じてしまっていた。

「ああ、分かる。分かるよ! 僕にはこんな権能だって与えられて居たんだ。さあおいで、僕の調律のために、力を貸しておくれ」

 勇者の掲げた腕に呼応するように、島の至る所から光の柱が立ち上がる。そこから溢れ出る有象無象の魔物達の姿。種類も大きさもバラバラの彼らに共通しているのは、人界の魔物達とは明らかに次元の違う、強大な魔力の気配。

「オルネアの聖騎士、僕に与えられた権能のひとつだよ。これまで使おうなんて思いもしなかったけどね。彼らはね、君が行くはずだった、クヌルギアの浅瀬に棲む魔物達だよ」

 魔物を従える魔王の権能。そして、オルネアの聖騎士に与えられる『仲間を奮い立たせる希望』の権能。勇者はそのふたつを使い、遥か遠く離れた魔界から、その深淵に生きる魔物の群れを召喚したのだ。

「アル様! 魔物たちは私とお姉ちゃんに任せて! 【魚鱗型積層防御結界おさかなカーテン従動解放リンク】が必要なくなった今なら、私たちも本気で戦えるの! ソフィとティフォはリディをやっつけて、そうすれば勇者は勇者で居られなくなるはずなの! アル様、お願い。勇者を何としてでも食い止めて!」

 結界を張り続けながらも、ユニは戦況をジッと見つめていた。その大局の視点からの言葉は、アルフォンス達に確かな響きとして耳に聞こえた。

「あー、流石にリディひとりに女神二柱は大変だなぁ。なぁんてね、そっちの邪神の子には、彼に相手をしてもらおうかな!」

 勇者は天に掲げた曲刀を、ぞんざいに地面へと振り下ろす。直後、島はその中央から大きく真っ二つに切り裂かれ、その間を津波の如く海が押し寄せた。

 リディに向かい、空中に飛び上がっていたティフォは、ピクリと反応して足元を見下ろす。突如出現した島の切れ目、その断崖を削り落としながら寄せては返す濁流の中を、巨大な影が長い尾を引いてやって来るのが見える。

「 ─── ッ‼︎ ティフォちゃん、南海の主です! 石化の光を放ちますよ、絶対に浴びちゃダメです!」

 リディの目前で、海から現れた巨大生物に慌てたソフィアは、思わず空中に停止して振り返って叫んだ。『南海の主』もしくは『マスラ海の邪神』と呼ばれる伝説上の存在。古代神話のひとつに、この海域に棲む海蛇の毒を受けた男が、死を乗り越えて不滅の戦士となり、この南海周辺を我が物顔で荒らしていた邪神を倒したという言い伝えがある。

 街ひとつ分はゆうに超える全長、喉の奥まで鋭い牙がずらりと螺旋状に並ぶ、ワームのような口。その喉の奥に光る水晶球のような巨大な器官から、怪しげな魔力の霧が立ち昇っていた。

 南海の主ゴランモール。海溝の奥底に封印されていたはずの、太古の海の覇者が、ティフォの方へとその口を向けて匂いを感じ取ろうとしている。

「私との闘いに……目をそらすとは。やはりあなたは……化身として……甘い。本気を出したらどう? 私に勝てる可能性は……ゼロだけど」
「くっ、このたわし頭ッ‼︎ この私に勝てるとか、寝言は天界で聞きいて差し上げます‼︎」

 神気を纏い、黄金色に輝くソフィアの仕込み杖の刃。神気そのものを圧縮し、刃の理を顕在化したリディの光の刃。ただそこにあるだけで、夜の闇を退けるふたつの光が激しく交錯こうさくし、空に目まぐるしく鋭い残像を刻み込んだ。

 その下では、山脈の如き巨獣ゴランモールが、霧をたなびかせながら首をもたげ、ティフォと対峙している。そして、一体一体が人界の名だたる魔物をかるく凌駕する、クヌルギアの魔物の軍勢の中へ飛び込むエリンとユニの姿があった。

「 ─── 【夜想弓セルフィエス】よ、狐の動きを封じろッ‼︎」

 アルフォンスの引き絞っていた魔弓から、青白い光の矢が、蜂の群のように飛び出す。その膨大な量の矢は、四方八方に広がって飛び上がり、勇者へと一斉に降り注いだ。矢を放った直後、アルフォンスはその矢の行く末に心を残す事なく、ハンネスへと突き進みながら魔槍へと持ち替えた。

「ハンネスッ‼︎」
「フフフ、おいでアルフォンス。本当のオルネアの聖騎士がどんなものか、見せてあげよう」

 全体重を掛け、高めに高めた魔力と闘気が注ぎ込まれた、魔槍フォスミレブロが振り下ろされる。五条の青白い斬撃が、悪魔の爪のように迫るのを、ハンネスは片足を半歩引き、流麗な動作で振り上げた魔剣で受け止めた。

 壮絶な衝撃波がきらめき、新旧適合者の決戦が始まった。

 ※ 

─── カカカカカカカカカカカ……ッ!

 膨大な回数の斬撃音が、夜空の空気を震わせる。ソフィアの『斬り刻む』神威が、今までで最大規模の範囲で、リディを包み込むように襲い掛かった。不可視の斬撃に対し、リディは指揮するように腕を振る。
 直後、ソフィアの放った格子状の斬撃に、十数本の爪跡がクロスするように複数回閃き、互いの斬撃を相殺した。

「同じ『斬り刻む』神威でも、こんなに違うものなんですね。ほんと、下品な神威ですよあなたに似て」
「斬れ味は……申し分無い。……でも、無駄が多くて馬鹿馬鹿しい……。あなたそっくりな神威……」
「あ、キレちゃいましたよ。久しぶりにキレちゃいました、私。あなたねえ、初めて見た時からムカムカしてたんですよ! 何ですかその適合者に依存し切ったような卑屈な目は!」
「奇遇ね。私もあなたが……気に食わない。適合者に媚びた……そのメス猫の発情期みたいな……ツラ」
「ッ⁉︎ ば、ばーか! おまえバーカ‼︎」
「……黙りなさい……ばか」

 人類の希望の天秤ともなる、調律神オルネアの崇高なる神気を、フルに注ぎ込んだ低い争いが展開している。冷め切った目でソフィアを見据えるリディ。興奮に息を切らせてリディを睨みつけるソフィア。

 その足下で、ゴランモールが石化の光を口中の水晶様体から照射するのを、ティフォの打ち下ろし気味の右フックが殴り飛ばす。切り裂かれた島の中央を走る海の道、その岸壁にゴランモールの頭部がめり込み、烈震が島の大地を更に削り落とした。

 焼けた地面にのたうつ芋虫のように、ゴランモールのぬらぬらとした節くれだった身体が、ジタバタと更に岸壁を崩して白波を立てる。その尻尾の振り上げに巻き込まれた、クヌルギアの魔物の一部は、黒い霧となって消えて行く。
 だが、これだけの質量を誇るゴランモールの尻尾の直撃を受けてなお、立ち上がる魔物も少なくはなかった。

「ユニ、こいつらは生意気にも、防御結界を自然に張ってるのが多いわね。魔術が基本戦術になりそうだけど、種類もバラバラ、属性の相性がネックよ?」
「うん。だから防御不可な組合せで行くしか無いの。でも、ちょっとだけ時間かかるの。お姉ちゃんは、今アレ出来そう?」
「フフッ、時間を稼げばいいのね? もちろんよ、任せなさい!」

 エリンは両手に浮かべた複数の魔術印を、地面に向けて押し潰し、強烈な複数属性の魔力を衝撃波に変えて、クヌルギアの魔物達を吹き飛ばした。そして、足場の広がったその中心で、四肢に魔術印の重なった光の模様を浮かべると、目を閉じて全身の魔力操作を熱く、強く加速する。

「 ─── 【獣王降臨ビースティアム】!」

 全身の筋力が隆起し、赤褐色に黒い斑模様の体毛が覆うと、ふんがせり出して赤豹そのものの顔となった。以前、フィヨル港での闘いで、リディの【拒絶】を払いのけた、内に眠る獣性の解放。しかし、その能力は計り知れないものがあったものの、体への負担が大きく、使いこなせはしなかった。

 彼女はあれから、魔術印の【従動開放リンク】をベースに、ソフィア達からの術式講座を経て、獣性の安定した起爆を完成させようとしていた。

『ユニ、長くはもたないわ。なるべく手早くお願いッ‼︎』

 全身を黒曜石のような外殻に覆われた、大型類人猿に酷似した魔物が、群れから飛び出しエリンの後方にいるユニ目掛けて迫る。エリンはそう言い残して、その魔物の前に躍り出ると、力任せに振り下ろされた丸太の如き腕に手を伸ばした。

 自分の二倍は上背のあろうかという怪物。力は体重に比例するとも言われる。また、体重の大きな者への攻撃は、一定の体重さを超えた時、そのダメージがほぼ通らなくなるというのは格闘術の定説である。
 だが、それはあくまでも筋繊維の横断面や、腱の太さ、体重を支える骨格筋の発達度合いなど、物理的な法則に支配された肉弾戦の世界の話。

 ガッ! ボリッ、メキィ……ッ‼

 魔物の手首の肉を貫き、骨に爪を食い込ませたエリンは、それを力任せに捻り上げ、肩関節をロックさせた状態で一気に押し込むように突き上げた。
 低音と高音の入れ混じった、魔物の甲高い絶叫に眉ひとつ動かさず、激痛に反り返った魔物の鳩尾みぞおちに肘近くまで腕を突き入れ、背骨を掴む。その手から爆発的な魔力を流し込み、硬化させた魔物の体を、向こうに迫る後続の群れへと投げ飛ばす。

 ドゥンッ‼︎

 魔物の群れの先頭に直撃した直後、背骨に仕込んだ魔術印は、その肉体に残された魔力を爆発へと変えた。押し寄せていた魔物の動きが怯み、その一点を起点に枝分かれして、再びこちらへと進み始める。その時、エリンの前にユニがスゥっと舞降りた。

「ありがとうなのお姉ちゃん。じゃあね、みんなバイバイなの。
─── 【不完全自動回復印アンガフラウヒール従動開放リンク】」

 女王ペルモリアの兵隊アリ達を、一撃で戦闘不能に落とした、ユニの【従動開放リンク】の真骨頂。不完全な自動回復魔術を組み込んで、その生命力と魔力を急速に放出させる新魔術である。ベースが回復魔術であるだけに耐性を持つ者は無く、発動に成功さえすれば、回避不能となる呪いにも似た凶悪な術式であった。

「フフ、どんな魔物か分からないのばっかだけど、ちゃんと効いたみたいなの♪」
「ユニ、あんたは本当に天才ね☆ いつか前に『戦友』だって言ったけど、本音を言えば、あたしはユニを尊敬してるわ」
「え、えへへ……。ユニもお姉ちゃん尊敬してるの。大好きなの、ずっと一緒にいようね!」

 ふたりははにかんで微笑み合うと、激しい闘いの繰り広げられている近くの戦場へと移動を始めた。彼女達の向かう先には、怪しげな光線が飛び交い、赤と深緑の触手とが激しく鎬を削り合う、この世のものとは思えぬ闘いが繰り広げられられている。

 ふたりを追い掛けようとしたクヌルギアの魔物達は、一匹また一匹と地に崩れ、やがて黒い霧となって夜の闇に溶け込んで行った。

 ※ 

 ティフォとゴランモールの闘いに、エリンとユニの赤豹姉妹が参加しようとしているその上では、新旧オルネアの化身同士の存在を掛けた闘いが繰り広げられていた。

 キュンッ! ピュイン、チュンッ‼︎

 ソフィアの音すら凌駕する剣技に、リディもまた光の剣の性質を変えながら、人智を遥かに超えた反射速度の世界で食らいついている。神威の力が同等ともなれば、互いに意味を成さないと、いつしか直接的に斬り合う、物理的な闘いへと流れ込んでいた。

 しかし、その腕もほぼ互角である。

 アルフォンスを探し続けた十年の冒険者生活、そして再会を果たしてからは、現実でも夢の世界でも、ソフィアは研鑽けんさんを積んでいた。そのソフィアと同等な闘いを見せるリディは、適合者の性質の違いもあってか、それ程闘いの修練を積んではいない。

 その差を補っているのは、ひとえに化身としての契約の深さであろう。完全なる契約は、適合者に力を与えるが、その適合者の力の上昇は、契約主である化身にも流れ込むのだ。逆に言えば、本来どうあがいても埋められないはずの、調律神としての契約の原則を、ソフィアは己の努力と、そしてアルフォンスとの絆とで補っている事になる。

 リディはその事実に気がついてか、ソフィアへの敵意を強め、その表情には憎しみの情すら滲み出ていた。その剣閃の暴風の中、一段とソフィアの手数が増え、リディが防戦に傾いた時、ソフィアは言霊を乗せて叫んだ。

「……【針雷ニード・スンデル】ッ!」
「な、魔術……ッ⁉︎」

 魔術とは、神々が神気で起こす事象への干渉を、人が扱えるように魔力に置き換えて造られた、言わば『奇跡』の劣化版である。その術式は神の扱う言語から見れば稚拙で、エネルギーのコストも、発生速度も低いもの。つまり、わざわざ真の神々が扱う事は考えられない愚行であった。

 しかしそれは、神々の起こす奇跡が優れている上に、天界で闘う事などあり得ないという、ひとつの ─── 。

 バリッ! バババババ……ッ‼︎

 神気操作と剣技に追われていたリディは、ソフィアの放った魔術の解析と、その解呪もしくは防御対応に追われる事となる。音速を超えるソフィアの剣の猛威の中、無詠唱で突如発せられた雷撃の速度には、反応こそ出来ても無効化する事は不可能であった。

「きゃうッ! ……うああああああッ‼︎」

 【針雷ニード・スンデル】とは、雷撃系魔術の初級魔術である。細く微弱な雷撃を放ち、極狭い範囲内の敵にダメージを与える。破壊力こそ低く致命傷に至らない事も多いが、その実、感電による筋肉の硬直や、意識の瞬間的な低下、そして初級ならではの発動の手軽さから好む者も多い。

 ザンッ!

 リディが感電して反射神経を失った瞬間、ソフィアの剣がリディの右腕を跳ね飛ばした。

「あぐ……っ、ああ、あああああぁぁぁッ‼︎」
「ふう。人の扱う力だって、侮れないんですよ? 適合者愛する人を護りたいのなら、その周囲の人々にも目を向けないと」

 振り抜いた刃を振り、こびりついた血を払いながらそう言い掛けて、ソフィアは自分の発言に目を丸くした。

「って、あら、それは私も同じ事ですね。なるほど、私に神の化身として足りなかったのはそこですか。フフフ、勉強になりました♪」
「ぐっ、こ、殺……殺すッ‼︎ 殺してやるソフィアァッ‼︎」

 怨嗟の声を荒げ、失われた腕の切口を押さえ、リディはソフィアに憎悪を込めてにらみつけていた。

「フフフ、初めて名前を呼んで下さいましたねリディ。まあ、私はあなたが嫌いですが、あなたの使命に向けた真摯なお気持ちは尊敬します。お疲れ様でした」

 ソフィアは舞うようにくるりと回り、きらめく刃を跳ね上げて、リディの頭部を斬り払う。

 ピシュン……ッ!

 リディは驚いたような顔をして、残された片方の手で頭部に触れる。そこで動きを失った。指に触れた髪を掴んだまま、力無く下に垂れ下がるその腕と共に、右耳から少し上、左のこめかみの辺りに掛けて頭部がズレ落ちる ─── 。

「やりました! やりましたよ〜! アルくんこれで勇者は加護を失ったはずで……」

 振り返ったソフィアの視線の先で、アルフォンスの体が地に倒れた。未だ光輝く勇者は、悠然とアルフォンスに向かって歩き、曲刀を振りかぶる。

「……えっ、どうして? リディは滅ぼしたはず」

 だが、そこには未だ頭部を失ったリディが、さっきまでと同じ場所で空に浮いたまま。死ねば飛翔する力も失い、落下するはずだとソフィアは混乱する。

 ガッ!

「くっ! な、何……ッ⁉︎」

 ソフィアの後頭部の髪を、何かが強烈な力で掴み、後ろへと引きずり倒す。
 さっき斬り落としたはずの、リディの右腕であった ───。

作者のつぶやき

中央諸国で膨れ上がる勇者への希望。
それを吸収してハンネスは全盛期の力を取り戻してしまいました。

チャンスはリディが追いつくまでの、わずかな時間でハンネスを殺し切る事でしたが、それも叶わず。
(そもそも老いているとは言え、完全なる調律者であるハンネスを、そう簡単に殺せるのかという問題もある)

そして最後のリディに起きた奇妙な現象。
どうにも嫌な展開しか浮かびません。

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