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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第二章 バグナスの冒険者

第七話 石像の迷宮

 何? 何これ何これ、聞いてない! 聞いてないよ⁉︎

 これ上級悪魔でしょ? この禍々しいのは鎧のようで、本当は自前のボディってオチなんだよね? て言うか、この人なんで、俺を視線で殺しに掛かってんの⁉︎ ここのギルマスがおびえ切ってるじゃん?
 報告だとこのガストンって人、この人に惨殺されてんでしょ、一回。

 ここは刺激しないように挨拶はして、それ以外は意識を宇宙に向けておこう。体はここにあるけど、心ここにあらずーみたいな。

「私は中央本部の監査委員所属、ジェラルド・マッコイ捜査官だ」

 ようし、声は出た。声だけは自信あるんですよ私、頼り甲斐のある素敵な声でしょ? 何か急に本部が凍結掛けちゃったり、いきなり呼び出したりした事、先に謝った方が良いんだろうけど……。今は余計な事喋ったら、その場で惨殺されそうだし、私も緊張してっから、どんな地雷踏むか分っかんない。敵意はないって事で、握手でいいよね?

─── スッ

 え⁉︎ 何で握手しないの! でっかいドクロが私を見下しているよ? いや、もしかして兜のせいで、下の方見えにくいのかも知れないね? ほら、あご少し上げてるし、きっとあごの下の隙間から、私の手を探してるんだよ! …………………………まだかよ! そんなに下が見えにくい兜なら、やめない? ねえ足元危ないからやめない?

 ぎゅっ

 あ、握手返してくれた……って、じゃあ本当は見えてたんだね⁉︎ つまり兜の下で、延々ガンくれてたってこと⁉︎

「…………バグナスの冒険者、仮、A、級の、アルフォンス・ゴールマインだ。今は口座も持ち合わせない、しがない冒険者だが、よ ろ し く 頼む─── 【禿鷹はげたかのマッコイ】殿」

 しゃ……喋った……この人、喋れるんだ! じゃあ、話せば分かり合えるかなぁ? いや待って、何かすっごい『怒ってんぞ感』ある皮肉がたっぷりだよ! これはこの後が話しにくいよ⁉︎

 それに、私は悪くないよ? 凍結決めたの上層部だし、ギルド内部は不正がほとんどないから、監査委員って窓際だしね! って、今この人【禿鷹のマッコイ】って言ったよね⁉︎ 確かにそういう渾名あるけど、職務上じゃないからね、頭頂部が薄いってだけだからね? 隠すために前髪伸ばして、後ろにペタンってやってるんだよ毎日! 雨の日とか風強い日は外出たくないんだよ!

 あ、良かった。ギルマスさん、ちゃんと説明始めてくれたよ。ああ『石像の迷宮』かぁ、昔一度だけ入ったよ、現役の時にさ。あー、あの時の前衛やってたアイツ元気かなぁ。名前も知らないし、特に交友関係もないし、今思い出しただけだけれども。
 うんうん、私は護衛いらないよ、安全な所にしか行かないからね。ん? でもあそこって、A級指定だけど、確か五人パーティでの基準だったよね?

 え⁉︎ そこに二人で行くの⁉︎ 私逃げ場ないじゃん! 

「………………………………了解した」

 わっ、また溜め長っい! やだなやだなーって、怖いな怖いなーって、今そんな風に思った、そんな話です。

 ※ ※ ※

「…………………………」

「…………」

 一夜明け、俺は今『石像の迷宮』の扉の前に立ち、時間通りに現れた監査委員と向かい合っている。やはりマッコイは俺の威圧には動じず、遠くを見るような、しかし鋭い眼で俺を見返しているだけだ。とりあえず無言で見下ろして三十数えたので、あごで迷宮の扉を示し、きびすを返した。

☆以下括弧書き※マッコイの心の声

(※帰りたい……もう帰りたい……。これ絶対どさくさ紛れに暗殺されますやん私……)

 奥まった薄暗い森の中に、石で出来た扉が唐突に存在している。いくつか周ったが、どれも迷宮の入口は、こんな風に地上に扉だけがあって、中の環境を扉が表現しているようだ。
 『石像の迷宮』と言うだけあって、この中もこの灰色の石で出来てるのだろうか。石で出来たドアノブを掴み、ゆっくりと回した。

─── カチン……

 扉のラッチボルトが、音を立てて抜けた瞬間だった。内側から押し開く力が、ドアノブを掴む俺の手に掛かって来た。

 バァンッ! ……ギッシャアアアアッ!

 赤黒い湾曲した角が二本、気味の悪い叫び声と共に、ドアの中から俺を挟もうと襲い掛かる。俺はその先端を両手で掴み、左右に思い切り開いて、捻り上げた。

 ボリン……ッ ギシャアアアッ!

 二本の角、いや、巨大なハサミが付け根から折れ、黄緑色の液体を滴らせる。直後、その本体が二つの目を赤く光らせ、鋭い牙で喰いつきに掛かる。

 ボッゴォン!

 俺はその蟲の額をかかとで蹴り、迷宮の奥に向かって吹き飛ばした。手元に二本のハサミを残して、巨馬サイズのハサミ虫が通路の中を、脚をバタつかせて転がっていく。

 魔鋼大鋏蟲デスシザーだ。

 この迷宮も迷宮の魔力暴走スタンピードが起きているようだ。ガストンがここを指定したのは、監査がしやすいとかじゃない。リック達のいた迷宮に近く、この迷宮もその影響を受けて、暴走し掛けていると疑ったからだ。しかし、入口からこの様子だと、もしかしたら暴走を始めていたのは、この迷宮が先だったのかも知れない。
 迷宮が暴走を始めると、溢れた魔力で周囲にも魔物が自然発生する。それだけでも脅威だが、本当に被害が大きくなるのは、扉を破壊できる程の強力な魔物が、入口まで到達する段階だ。

 一気に深層の強力個体が溢れ出し、近くの人里に大きな被害を及ぼす。

 だが、迷宮の魔力暴走スタンピードはそうそう起こるものではなくて、何十年かに一度起こるか起こらないかの稀な現象。それが二箇所で起ころうとしているとは、この地域に何かが起きているのか?
 後ろにいたマッコイは、悔しいが流石はA級を持つ中央の人間だ、眉ひとつ動かさずにこちらを見ている。もしかしたら、奴はこの魔物がドアの前に待ち構えている事も、すでに暴走が始まっている事も察知していたのかも知れない。今も無言で腰に手を当てて、ただ憮然ぶぜんと立っている。

「………………」

(※入口で魔鋼大鋏蟲デスシザー⁉︎ こんなん普通、十階層辺りにいるヤツじゃん! 小さい迷宮だと頭はってるA級指定だよ⁉︎ え? え? この迷宮、暴走してんの⁉︎ もうさ、ここで『よーし、合格!』って言ったら終わらないかな⁉︎)

「よ、よーし、ごu」

─── 【猛毒霧グゥエン

 入口に向かい、魔物の気配が殺到するのを感じ、俺は中に猛毒の霧を撃ち込み、扉を閉めた。固く閉じられた扉が、猛毒から外へ逃れようと激突を繰り返し、ドスンドスンと振動している。さっきマッコイが何かを言い掛けたようだが、今はまた憮然ぶぜんと立っているだけだ。俺は扉を背もたれに寄りかかり、腕組みをしながらマッコイをにらみ続ける事にした(兜だと伝わらないが)。

 ……五分経過。そろそろ毒も消えたかな? ドアノブを回すが、特に向こうから押してくるような手応えはもうない。開けた途端に大型犬くらいのサイズの虫が、足元にゴロゴロと転がり出て、黒い霧になって消えた。

「毒かね。中に人がいるのか確認は?」

 マッコイが冷たく抑揚のない声で、俺の背中に吐きつけた。もしかして、さっき何か言い掛けたのは、俺の魔術を先に見越して、安全性を確認しようとした? やはり、かなりのキレ者か!

「…………問題ない」

 そう答えて迷宮に脚を踏み入れ掛けたが、これが監査だったと思い出し、慌てて言葉を付け足す事にした。だって、人命を考えない愚行とか評価されそうだしね? そしたら口座がね?

「人がいれば、毒は使っていない。少なくとも第八階層付近まで、人の気配は感じられない」

 そう言って、改めて俺は迷宮の中へと、進み出した。

(マッコイ心の声※……すごい素朴な疑問で、人が居ないのか聞いただけなんだけど、一応考えてんのね……って、いやいやいやいや! 八階層まで人の気配が分かるって、どんな索敵能力⁉︎ この人、人肉食専門の悪魔とかじゃないよね⁉︎
毒で死んだ人は不味いからとか……? 帰りたい帰りたい帰りたい)

 通路にはおびただしい数の蟲達が、逆さになって脚を閉じて痙攣している。一度この状態になったら、大抵の昆虫系は回復できないで死ぬ。

 通路は事切れたものから、霧となって消えて行く光景が続いた。俺はその中を歩きながら、触手を一本、不可視状態で生み出した。あの迷宮での騒動で反省した俺は、少しでもリスクを減らす為に、ティフォに教えを乞い、触手でのマッピングを習得していた。
 マッコイは俺からかなり離れた位置を取り、確実に俺の後について来ている。床に転がる蟲の内、強力な種類を中心に、つぶさに確認しながら歩いているようだ。

 俺が倒した魔物の品定めか?

 ……俺の腹は未だに煮えくり返っている。最短で終わらせてやるぜ、目にもの見せてやんよ……そう強く決意した。いいかクソ髭、俺の口座を返せよ?

(※……うわぁ、毒持ってる種類ばっかじゃん! 普通、毒持ちの魔物は毒耐性強いよ? どんだけ凶悪な毒撒いたのこの人⁉︎ しかも魔石は無視してくの? なんて太っ腹、ひとつくらいイイよね…………)

 シュッ!

 危ない、先を急ぐばかりで、魔石拾い忘れてたわ。特に大した質でもないから、正直いらねぇんだけど、だらしないとか評価されたらムカつくしね。面倒だから【魔力吸収マグ・グノー】を応用して一気に集めとこう。
 リックから聞いて感心したんだけど、こうすると落ちてる魔石の魔力を引っ張って、一ヶ所に集められる。彼のオリジナルらしいけど、そんな大事なアイデアを惜しげもなくくれるなんて、彼はいい人だなぁ。空中に寄せ集まった魔石を、俺はズダ袋の口を広げて収納する。

 その様をマッコイがジッと見ていたが、俺は無視した。

 第一階層はそう広くはなかったが、触手のお陰で最短距離を最速で進んだ。途中、毒の範囲を免れた大型昆虫系の魔物が現れたが、武器を使う事もなく素手で処理できた。 『石像の迷宮』と言いつつ、未だ昆虫系ばかりだが、話には聞いている。

─── 蟲が出る内は、まだ準備体操

 やってやるよ。そう心で呟いて、第二階層への階段を前に、俺はマッコイを睨みつけた(兜だが)。やはり反応のない彼に、内心舌打ちをしつつ、俺は口座再開設の旅を急いだ。

(※……ことごとくA〜B級指定の魔物ばっかじゃん! こんなん前にいたっけ? これ、石像達より強くない? え? もしかして今、石像はもっと強く……⁉︎ アワワワワワワ)

 ※ ※ ※

 パァンッ!

 休憩なしで突き進み、第八階層に入ると、ようやく石像が現れ始めた。
 神殿を飾る彫刻のように、人をモチーフにした石像ばかりで、古代人の服装や鎧姿の男性像や、水瓶なんかの生活用品を持った女性像が襲い掛かって来る。材質は石に似ているが、何処か生物の骨や角質みたいな手応えがあった。

 今、物陰から襲い掛かって来た一体の、顔面へとジャブを入れ、粉々に砕いた所だ。

 岩盤をくり抜いたようなトンネル、石のタイルが敷き詰められた迷宮に、発破音が弾けて反響している。パラパラと石像の頭が床に散っていくが、その破片は弱々しく元に集まり、復元しようとしていた。

─── こいつらは死なない

 粉々に破壊すれば、しばらくは時間が掛かるが、半分にした程度だと、ものの数分でくっついて起き上がる。ゴーレムのように、術者がいるのだろうか? それとも施された術式で動く、自立式なのか?
 しかし、そういった仕掛けや、操作する魔力の気配がない。襲い掛かる時に、魔物と同じく微かな『食欲』は感じるが、砕けた時は巣に逃げ込むような『帰巣きそう』の意思が一瞬だけ微弱に感じられた。

 この迷宮の現在の最高到達地点は、第十四階層まで。理由は明解で、石像を倒す事は出来ず、そこまでの階層主達は蟲系の魔物。先達の冒険者達は、石像を逃れつつ進んだが、第十四階層の主は巨大な石像だった。

 階層主を倒さなければ、次の階層への階段は現れない。

 難易度はそれほど高く評価されていないにも関わらず、この迷宮が未到達で人気がないのはこのためだ。だから暴走にも気がつかれなかったのだろう。
 あれ? これって今、迷宮主倒して閉鎖しないと、本格的に暴走したら、打つ手ないんじゃないか⁉︎ て事は、この石像を倒す方法を見つけないと、どうしようもないって事じゃないか!

 ガンッ! ガシッガシッ!

 頭を失って倒れていた石像を蹴り潰して、中の中まで観察を始めた。ゴーレムのように魔術紋はないか、スライムのように核がないか、生物なら心臓や脳、呪いの人形ならば霊体……。

 踏み潰した石像の粉が散り、俺の鉄靴を中心に、床は白く汚れて行った。しかし、何も見当たらない。ふと顔を上げると、離れた所にマッコイが立ってこちらを見ている。『いい気なもんだ』と睨みつけたが(兜だが)、やはり反応はない。
 俺が余りに勢いよく石像を粉砕したからか、彼の全身にも、薄っすらと粉が掛かっている。少し気の毒に思ったが、マッコイは小さい水筒を取り出して、湯気の立つ飲み物をすすり出した。その間も、マッコイはこちらから目を離さず、口から飲み物が滴っていても、気にすらしていないようだ。

 この切羽詰まってる時に、ブレイクタイムとはいい度胸じゃねぇか。俺の口座返せよ本部の犬めがッ! 胸元に茶色いシミをつけても、相変わらずこちらを見据える男に対し、復讐の炎を胸の口座に宿らせた。
 もういい。ヒントは見当たらなかったが、先に進もう。もしかしたら、第十四階層の主には、何か弱点があるかも知れないのだし。

(※怖いよ怖いよ……。急にあの人、石像にストンピングし出したよ⁉︎ あっと言う間にここまで来ちゃったし、何度も『よーし、合格!』って言い掛けたのに、すぐ動き出すから言えずじまいだよぉ。
休みなしで、もう八階層じゃない。あのね、これね、集団のパーティで4〜5日行程なのね、一人でやるもんじゃないの、わかるかしら? 入って来てから、ほぼ小走りでここまで、真っ直ぐ迷いもせず。何この人、渡り鳥かなんか?
気持ちがグッタリしてきたから、大好きなコーヒー飲んだけど、あの人から怖くて目が離せないんだよね。胸元に派手にこぼして、鬼のように熱かったけど、声出したら私もストンピングされそうだし。怖いし、怖いから。
ああ、胸元がジンジン痛いよぅ、絶対火傷してるよね、皮膚ベローチェってなってるよね⁉︎ 帰りたい帰りたい帰りたい)

 ※ ※ ※

 ギキイィィィィ……ッ!

 空中で胴体を切り離された『赤斑レッドプラーク蟲王蜂キラービー』の女王蜂が、胸から上を地に落とした。白くうごめく芋虫のような長い腹が、白濁した体液を撒き散らしながら、地面をトカゲの尾っぽの如く跳ね暴れ回った。未だ牙を剥いてガチガチと音を鳴らしながら、臨戦態勢を取る女王蜂の頭を踏みつけ、脳天に曲刀を中程まで突き刺す。

 かなり大きな魔石と、白銀魔鋼製ミスリルだろうか、古風な魔術杖を残して消えていった。

 杖はリックにあげようかな? ミリィに高級な鋼剣あげてたし、これだったら彼も釣り合いそうだ。初心者用の木杖を大事に使ってるくらい物持ちいいし、喜んでくれるかな? そんな事を考えていたら、突然マッコイが側に立った

「悪かったね。君の資格と口座を凍結したのは、上層部が勝手にやった事だが、私も申し訳なく思っているんだ。さて、第十三階層もこれで終わり、後はその階段を降りればいいが、もういい……合かk」

 パァンッ!

 マッコイの背後に、かなり大きな石像が迫っていた。彼が何か話していたが、俺は石像にすぐ飛びかかったから、よくは聞こえなかった。
 頭を失い、その場にしゃがみ込んだ石像は、これでもうしばらくの間は動けないだろう。迷宮に入って以来、初めてマッコイの側に近づいたが、マッコイからは香ばしいコーヒーの香りがしていた。

 おいおい、たまにブレイクタイムしてやがると思っていたら、コーヒーブレイクかよ? このお気取り捜査官めが! 俺の口座返せよ! またも俺の闘志に火がついた。

「…………おい、さっき何か言ったか?」
「…………………………」
「チッ、行くぞ…………」

 マッコイは微妙に口髭を動かしただけで、俺の目を見据えて黙っていた。

 ※ ※ ※

「……………………」
「…………」

 第十四階層は石像の数が増えていたが、代わりに昆虫系の魔物が居なくなって、余裕が出た。昆虫系は群れで現れる事が多いし、素早い種類が大半だ。かなり広範囲での警戒が必要で、神経を擦り減らす。石像は力が強く、攻撃はそこそこだが、移動速度が低い。当たらなければどうと言う事はないし、不意打ちを喰らっても、充分反応しきれる相手だ。
 この階層は、息を整えるのにいい。

 しかし、ひとつ気になっている事がある。さっきからマッコイの距離が近く、何か言いたそうだが、その度に石像が現れているので、結局聞き取れていない。その後に言い直す素振りもないから、こっちも聞き直す気がしなかった。

 通路を最短で進み、早くもこの階層の最終ポイントが目前に迫ったようだ。未だ、石像の対処法は分かっていない。
 このブルジョワ捜査官は、何かを知っているような余裕があるが、尋ねても教えてはくれないだろう。だって俺の監査だし、答えを言う係員がどこにいるんだって話だ。ちらりとマッコイを見る。

 距離が近いからか、今までよりしっかり観察出来た。第八階層で彼が被った石像の粉は、大分取れてきたようだ。本人は自分の汚れに注意を払わず、俺の事ばかり見ているので、粉を払った様子もない。

─── ふと、何かが引っ掛かった

 石像の粉は、マッコイの頭や胴体からは消えているが、足元はむしろ余計に白くなっている気がする。石像の粉は下に伝わって降りて行く性質でもあるのだろうか? しかし、胸元のコーヒーのシミの際には、クリーム状になった粉がしっかりと残っていた。
 水分に弱い? いや、色々試している中、水系の魔術も使ったが、反応は同じ。倒れてからしばらくすると動き出した。

 そっと気がつかれないように、不可視の触手でマッコイの服のシミから、そのクリーム状のものを擦り取った。立ち止まり、それを指に取って見てみる。

 ぴく…………ぴくぴく……

「………………!」

 クリームが小さく、うごめいていた。慌てて自分の拳にこびりついた、石像の粉を指に取り、ジッと観察してみる。

 ここまで注意して見ないと、全く気がつかなかった。

 白い粉は全て、意志を持ったように、同じ方向へと移動している。俺は魔力を眼に集中させ、その極小の粒を拡大してみた。壺のような形の殻を背負った、真っ白い子グモがわらわらと歩いている。
 剃刀かみそりを取り出して、刃先をあてると、子グモは殻に閉じこもった。殻の強度はかなり高く、それぞれを集中的に狙えば潰せない事もないが、複数集まると力が分散して難しくなる。石像の欠片を同じように観察すると、外側に殻を向けて、びっしりと子グモがくっつき合っているのが分かった。

 うぅ、何か身体中が痒くなってきた気がする……。

 石像は極小の子グモの集合体だった。おそらくこの殻は、あらゆる魔法に対して有効な耐性を持ち、物理的な力にも強い。石像をどんなに崩しても、それは子グモが脚を離しただけで、子グモ自体を殺せていなかったと言うわけだ! マッコイの体に付着した粉が、足元に移動していたのは、元に居た石像へと帰るためか? そこまで推理した時、マッコイから採取したクリーム状の集まりが気になった。

 あれは何故、他の子グモのように移動しなかったのか? そこに疑問が行き着いた時、ガキの頃やっていた遊びを思い出した。

─── 蜘蛛はコーヒーで

 薬師のセラ婆から、麻酔系の薬草を学んだ時、脱線して聞いた話だった。蜘蛛はコーヒーを口に垂らされると、何故か巣を作れない酩酊めいてい状態になる。それを聞いて、家の周りにいた蜘蛛に飲ませて悪戯した事がある。

 クリーム状にまとまった子グモを、拡大して見ると、全員バラバラの状態で殻にも入らず、脚をバタつかせていた。そこに剃刀を当てると、殻は無理でも本体は斬りつけられ、霧となって消え去った。

 これだ! 俺はズダ袋の中から、保存していたコーヒーの粉を取り出して、迷宮の中で湯を沸かし始めた。

 何故、石像の迷宮に、昆虫系の魔物が多いのか疑問だったが、何の事はない。石像に見えたそれは、極小の蜘蛛の塊だったという事だった。
 マッコイは何かを言いた気にこちらを見ていたが、今はそんな事はどうでも良かった。

 ※ ※ ※

─── 【針雷ニード・スンデル】!

 コーヒーの霧を浴びて、ドロドロに崩れた巨大な石像に、黒い稲妻が駆け巡る。薄茶色のペースト状になった石像は、至る所から黒い霧を発して、消えていった。

 第十四階層を守っていた、石像を倒した。

 これで迷宮主に一歩進めた訳だ。もし、途中で何かが起きて、一度帰る事になっても、次はもっと楽に進めるだろう。階層主は倒した。しかし、そこに現れるはず階段が、出てこない。途方に暮れかけていたその時だった。

 ガシャガシャガシャガシャ……

 通路の後ろから、巨大な白い影が迫って来る。その進路から跳びのき、戦闘に備えて身構えるが、相手は俺を無視して石像のいた辺りを右往左往していた。

 真っ白く、通路をギリギリ通れる程のデカイ蜘蛛だった。

 親グモか……いや、それにしては子グモと余りに形が違う。まさか、子グモに見えたのはオス蜘蛛か⁉ 
 魔物に限らず、雌雄でサイズが極端に違う生物はいる。

 世の中にはオスに対してメスの方が十万倍も大きく、自らの体にオスを一生寄生させるメス、などと言う魚類もいるくらいだ。今まではオスに巣を守らせ、この階層にメスは潜んで、繁殖し続けていたのかも知れない。

 シャカシャカシャカ……

 突如、大蜘蛛は後脚で腹を掻き、白い産毛を撒き散らした。

「……ぐぁッ!」

マッコイが、喉元を掻きむしって唸り声を出した。

「……ぅ、うッぎゃああああああああああぁぁッ!」

 転げ回るマッコイの喉元が、ボコボコと膨れ上がる。

─── 【解毒ダドゥエン】【清浄グランハ】【癒光ラヒゥ】!

 あの産毛は猛毒の針だ! すぐにマッコイに解毒をかけて中和し、体にまとわりついた、ミミズのようにそよぐ毒針を流して清め、回復を掛ける。

─── 【召喚サモン:ラピリスの白壁】!

 白く光る半透明の騎士団が、大盾を構えて、マッコイを囲んだ。俺自身も物理結界を多重層で展開し、曲刀を構える。

 シャカシャカシャカ……

 一瞬で俺に回り込んだメス蜘蛛は、至近距離で産毛を散らせる。静電気に寄せられるホコリのように、俺の結界が真っ白に埋められた。

 ビシッ パリィィ……ン……

 外側の結界が耐久を超え、砕け散った。次の層に張り付いた、子蛇くらいの産毛は、うねりながら尖った毛先を、結界に刺して踊っていた。物量で押されている。結界は幾らでも展開出来るが、動くに動けない、俺は結界の外に魔術の意識を集めた。

─── 【火炎弾フラム・ブレッド】!

 黒炎がメス蜘蛛を包み込む。のたうち回る蜘蛛に、漆黒の炎は紫色の閃光を発しながら、爆発を繰り返す。

 パァンッ

 メス蜘蛛の腹が弾けた。刹那、白い塊が無数に飛び散り、降り注ぐ。手の平サイズの子グモが、大量に結界に張り付いて牙を立てていた。後から後から後続の子グモは弾けて、俺の結界へと殺到する。

─── 【針雷ニード・スンデル】!

 黒い稲妻が走るが、舞い散る産毛に誘雷され、分散してしまう。増え続ける子グモに、殺傷力が追いついていなかった。直接【斬る】か……いや手数が足りない! 視界の外まで斬撃を飛ばさない限り、この物理にはジリ貧だ。……ここは賭けに出よう。俺は曲刀を納めると、両手に意識を集めて、ズダ袋から他の武器を喚び出した。

「【明鴉あけがらす】【宵鴉よいがらす】来いッ!」

 白と黒それぞれのこしらえ、刃の側にくの字に曲がったククリ刀が二振り、俺の両手に現れる。

─── 【斬る】

 頭に目まぐるしく、子グモの映像と位置関係が交錯こうさくした。天地すら失わせる激しい目眩めまいが、意識を刈り取ろうと、脳内を殴打してくる。唇を噛み締め、脚を踏み締め、全ての子グモに斬撃の烈波を叩き込む。

 シャァンッ

 膨大な数の斬撃音が同時に重なり、鈴のような透き通った音が部屋に反響した。一呼吸空けて、子グモの腹が破れる、くぐもった水音が辺りを包む。ボトボトと、止む事がないかと思われる程長く、蜘蛛達の地面に打ち付けられる音が、それらの後に続いていた。

 ブゥ……ン……

 階段が静まり返ったフロアに現れた。横を見やると、消えてゆく召喚騎士達の中で、マッコイが呆然と立ち尽くしているのが見えた。

 ある意味、彼に助けられたのかも知れない。

 コーヒーのヒントが無ければ、この層の攻略はなかった。そうなれば、迷宮の暴走にバグナスが巻き込まれていたかも知れない。
 俺はマッコイに向かって歩き、手を差し伸べた。階層はこの後どこまで続くのか分からないが、彼に助けられたのは確かだろう。今は俗に満ちた口座とかの怒りは捨て、素直に彼に感謝しておこうと思った。

「マッコイさん……ありがt」
「ねッ? もういいよねッ! もう帰ろうッ⁉︎」

 マッコイが初めて、意見らしい意見と、表情らしい表情を見せた。なんかとても、意外性のある人だと、俺は思った。

(※や、やっと言えたよぉぉ……ッ!)

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