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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第二章 バグナスの冒険者

第十一話 【霧】

「早くッ! 早くこっちに火を持って来いッ!」
「もたもたするなッ! もうそこまで来てる!」
「女子供の避難は済んだか? …………何ッ⁉︎ 今頃遅いッ! あの地区は……諦めろ! いいな⁉︎」

 峡谷きょうこくから濃霧が迫っていた。男達は慌ただしく松明を配り、獣脂を塗ったバリケードに火を付けて、峡谷に向かい備えていた。

「来るッ! とうとう……来たぞ……ッ! 『』が来る! 火属性使える奴ァ、詠唱を始めろ! 谷の奥に押し返せッ‼︎」

 身体のあちこちに、血の滲む包帯を巻いた、褐色肌の男が怒号を響かせた。見渡せば、その男以外にも、同じような怪我を負った者達が複数あった。谷から溢れ出た霧が、バリケードの炎に触れ、ジュウと音を立てる。

「馬鹿野郎! 一旦下がれ! 死にてぇのか‼︎」

 バリケード近く、最後まで作業をしていた数人の男達が、男の声で慌てて退避する。

「ひ、ひぃ……ぎぃやあああぁぁぁぁぁっ‼︎」

 逃げ遅れた一人が、霧に包まれた途端に、耳を覆いたくなるような悲鳴を上げて転げ回った。その姿は霧に隠されて、すぐに悲鳴は苦しげなものに変わると、何も言わなくなった。

「「「火神の眷属、紅き火衣まといし蜥蜴の王よ! 燃え盛るヘーゲナの海より、ひと匙の煌々たる血潮を分け与えん! 邪を払う炎よ、地より出で、空に返せ! ─── 【火炎防壁フラム・ワゥル】‼︎‼」」」

 術者達の合同詠唱が完了し、魔力が炎として実体化すると、大地から天を焦がすような炎の壁が噴き上げた。炎は峡谷と街との境を埋め尽くし、押し寄せる霧を食い止める。

 ボトッ ボトボトボト…………

 炎の壁から、白い煙をいた、無数の小さな何かが降り注いで来た。それは地面に落ちると、しばらくビタビタとひれを打ち付けて暴れ、やがて黒い霧となって消え去る。しかし、濃霧の侵入を防いで、本来なら喜ぶはずの彼らの顔が、色を失っていった。

「浮幽魚……。やっぱり言い伝えの通りだ……」

 霧の中から焼け出された、比較的、損傷の少ないそれを見て、誰かが呟いた。薄っすらと透けていて、全身を鎧のような鱗に包まれた、手の平に収まる程の魚。

「時間がねぇ! ギルドからの派遣はまだなのか⁉︎ 『聖女』とか呼ばれてるスゲエのがいるんだろ? …………そいつだったら」
「馬鹿言うな。聖女っても、伝説の『』とは訳が違うんだ……勇者様御一行でもなきゃあ……。魔族・・なんかに敵いっこねぇッ!」
「そんな御伽話、ある訳ねぇだろ! 【聖リディの灯】なんてワガママは言わねぇ、どんな手でもいい! 誰でもいいから、霧を止めてさえくれれば……」

 炎の壁が段々と低くなると、渓谷の向こうでは、忽然と霧の姿が消えていた。霧が来ていた倍ほどの高さにある、小さな祠が、こちらを見下ろしているのが見える。
 しかし、霧を追い返したと言うのに、誰も歓声を上げようとはしない。バリケードの手前には、骨を残して、体のほとんどを食い散らかされた男が、こちらにぽっかりと穴を開けた眼窩を向けて倒れている。

─── 浮幽魚は『霧の女王』のしもべ、段々増してやって来る。峡谷の祠を越えた時、本隊を連れてやって来る

 その場にいた誰もが三百年前の、先人が残した詩を、思い浮かべていた。

 ※ ※ ※

 はたはた、はたはた……
 ぶんっ! ぶんぶんっ!

 窓際に追い詰められて飛ぶ黒アゲハを、ティフォがふよふよ浮かびながら、左右のフックを繰り出している。
 窓の外は今日も、鉛色の空と暗い海が続いていた。バグナスの港を出港して四日、現在、同じバグナス領の海岸を北上している。バグナス領が面する南海は、半島に挟まれた比較的穏やかな海域だが、流石に冬は荒れやすい。更に、目指している街は気流が逆風となる上、岩礁の多い海域に囲まれているため、船は非常にゆっくりと進んでいた。

 出港の一週間程前、とうとう夜切との夢での個人レッスンと、『でぇと事件』が二人の女神にバレた。たまたま夜中に起きたティフォが、俺の様子の変化に気がついて、夢の中に飛び込んで来たからだ。折悪く、古代の武術にあったという呼吸法の指南中、俺の背中から両腕を回して、丹田を圧迫していた夜切。その背後に着地したティフォからは、胡座をかく俺の股間へと、両手を伸ばしてナニかしてるように見えたと言う。慣れない呼吸法で、俺の息が乱れていたのが、また悪かった……。

 触手と妖刀が火花を散らして、高速で激しくぶつかり合う様は、この世の終わりのような情景だった。

 その後、誤解は解けたものの、翌朝。ティフォの告口を得た、ソフィアの額合わせの尋問に、俺は脆くも崩れ去った。少しでも俺の記憶と、俺の返答がズレると……

「おや? 嘘の匂いがしてますね……」

 あの至近距離からの、シンメトリーなエメラルドの瞳は、俺の肝を軽くソルベに仕立て上げる程に恐ろしかった。

 しかし、俺がめられていた事。元々は二人の女神と『デートしたい』が発端だった事。それら全てを、脳からほじくり出された所で、何かみんな揃ってモジモジする空気になった。夜切の事情も理解した二人は、我が愛刀の事も許し、『夢の世界で予行練習だったら、色々アリだよね?』みたいな新境地に至ったらしい。それ以後、俺の夢は混沌としていた。

 里の修行を軽く凌駕する、手加減なしの戦闘訓練と、現実より過激で濃厚なスキンシップが、交互に繰り広げられた。愛刀を含めた三人の女性陣も、それで大分気が済んだのか、最近はようやく夢の世界も通常営業に戻りつつある。
 しかし世の中、無駄な事は無いもので、俺の戦闘能力と、女の子への免疫は多少強くなった気がする。正直、いつ心が砕けるか、いつ隠れてパンツを洗うハメになるのか、不安で仕方がなかったから助かった。

 今は、目的地に数時間で到着するであろう船の中、退屈したティフォが夜切を誘い、ジャレ合ってる

「アルくーん、何読んでるんですか?」

 ソフィアが紅茶を淹れてくれたようだ。いい香りのする、湯気の立つカップをサイドテーブルに置いてくれた。

「んー? 『テレーズ世界見聞録』だよ。次の依頼地の事、書かれてるかと思ってさ」
「ああ、『加護を信じた正しきシーフ』ですか。まあ、彼女のであれば、誇張やホラは少なそうですね」

─── テレーズ・マルティネス

 三百年前、勇者と共に魔王を倒した一人。大豪商の令嬢にして、守護神【風の神フォンワール】から加護【盗賊】を受けた彼女は、絶縁を言い渡された。しかし、盗賊の加護に飲まれず、恩恵を前向きに活かして、世界に名を馳せる探検家の傍ら、今も残る大商会を一代で伸し上げた。
 魔王との決戦で帰らぬ人となったが、戦闘のサポート役の重要性と、どんな加護でも見くびらない意識を世の中に芽生えさせた。

 『テレーズに笑われる』とは、マールダーに於いて、怠け者の子供に親が放つ、戒めの言葉として余りに有名だ。今読んでいるのは、そのテレーズの残した、探検や勇者との旅の記録。俺はその本で、今回の依頼地について調べていた。

 バグナス北部に、魔族が現れた。

 すでに二度、街が襲われて、被害が出ている。ギルドに依頼を持ちかけたのは、密林国アケルにほど近い、同じバグナス北部の街レーシィステップ。すでに陸路から、別の冒険者のパーティが二組ほど出発していて、この船には更に三組程が同船している。この海上からの移動組とは別に、陸路で調査をしながら進んでいる組もある。
 組数は少ないが、かなり大所帯のベテランパーティが選ばれ、ギルドの力が相当に入っているようだ。

 バグナス領は国土こそ広いが、ほとんどが岩山と森林地帯。太古の氷河に作られた、血管のような峡谷が走っていて、大きな港がある五つの街は、その峡谷を通じて繋がっている。その五つの街以外にも、小さな街や村が存在しているが、レーシィステップは峡谷の道の終点にあるかなり小さな街だ。

 貿易陸路の本筋から、大分離れた末端の峡谷の先にあるため、ギルドも兵団もない。密林国アケルとの国境に近い北部は、岩山に遮られて、同じバグナスでもかなり気候が違う。密林国アケルに近いだけあって湿度が高く、冬の時期にもそれ程冷え込まないが、濃霧が発生しやすいそうだ。

─── 霧の女王

 かつて勇者一行を苦しめた、魔族の将が封じ込められている、曰く付きの街。その街を今、霧が襲っていると言う。

 ハリード自治領、太守の館で対決した、スライムの王『魔将公オルタナス』に続き、またも魔族との対面となるのだろうか ───

 ※ ※ ※

 

「おい、スパッド! 冒険者が来たぜ! それも谷を抜けて来たんだ‼︎」

 フランクの声でオレは目を覚ました。だが、体が鉛みてえに重てえ……。初めての犠牲者が出てから四日、毎日毎日『霧』への対策準備と、避難先の手配とルート確認、もうなんやかんやで、眠る時間なんぞありはしなかった。最初の『霧』で、町長が寝込んでから、ずっとこの調子だ。

 竹編細工の長椅子から、身体の節々を軋ませて、何とか起き上がる。最初の『霧』から、もう一週間も経つってのに、浮幽魚に齧り付かれた傷は、もたもたと治りが遅かった。包帯を変えても、すぐに血が滲む。血を出し過ぎたんだ、頭がフラフラして、考えが追っつかねぇ。

「ええ? 何だフランク、何が来たって?」
「あ、悪ィ。寝てたのか。いや、それどころじゃねぇよ! 冒険者が来たんだ‼︎」

 フランクの言葉に、一発で目が覚めたぜ! 待ちに待ってた援軍だ!

「そりゃ、本当かッ⁉︎」
「ああ、本当だとも! しかも峡谷から歩いて来たんだよ! それも四十人は超えてる、団体さんだ‼︎」

 直ぐに起き上がって、かめの水で顔を洗う。傷口がピリピリ、腫れてるせいか、顔全体も痛みやがった。顔を撫でた指に、伸びた髭がジリジリ当たるが、怪我のせいで剃る事も出来やしねぇ。

「今は何処に居るんだ? もうオメェは話したのか?」
「ああ、したとも! ベテランって感じだったぜ? 腕なんかよ、ギレンのカミさんの腰くらいあったんだ。眼なんかギラギラしてて、あれは頼りにならぁな。 今はよ、とりあえず寄合所に集まってもらってる。自警団で対応してるとこだ」
「寄合所か、よし。だがよフランク、オメェは大袈裟なんだ、ギレンのカミさんの腰くらいだったら、重くって腕なんか動かせねぇだろって!」

 着替えながら、フランクと馬鹿話してゲラゲラ笑った。こんなに気分が明るくなったのは、何日ぶりだったか、それくらいオレ達にとっては心晴れるような朗報だった。

 ※

「お前さんが、依頼主のスパッドさんかい?」

 鉄板で補強した皮鎧の一揃えに、分厚い魔術師用のコート、短く刈り揃った金髪頭。隙のねぇ眼つきは、フランクが言った通り、頼りになりそうなベテランの風格があった。

「ああそうだ、そう言うアンタは?」
「バグナスギルドから、依頼を受けて来た、『白頭鮫団』のダイクだ。団長をやってる。今回はよろしく頼む」
「オレはスパッドだ。今は町長代理で、一応街の代表者って事になってる。来てくれてホント、嬉しいぜ……!」

 そう言って手を差し出すと、ダイクはガッチリと握手に応じた。でかい手と、自信たっぷりな口元に、オレは心底安心してた。

「追加で後から二十、峡谷から。海から六十位は来る事になってる。国難扱いで、依頼料は免除になるのは聞いてるな?」
「あ、ありがてぇ。そんなに来てくれるのか! 今は街もこの通りだ、依頼料の方も助かる……」

 思わず目が熱くなって、涙が溢れ出ちまった。ダイクの旦那は、ふっと笑みを浮かべて、他のヤツらに振り返った。

「聞かせてくれ、今がどうなってるのか。出来る限り詳しく頼む」

 若い衆がうんうんうなずいてる。若頭のピーターが説明を始めたのを見て、やっとオレも少し休めそうだと、胸をなで下ろした。

 ※

「 ─── 大体、分かった。ここにいる自警団以外、一般住民の避難は完了したのなら、今後の戦闘はギルドで引受ける。残りの自警団もこちらの指示で退避してもらう。……最初の襲撃で出た怪我人を、何処かに集められないか? 早急に処置が必要だ」

 一通り経緯を聞いたダイクが、突然口を開いた。それまでは、静かに聞いて、一言二言の質問を繰り返すだけだった。

「怪我人? まあ、集められるが……町長は無理だな。傷が深くて、今も家でうつらうつらしてるんだ」「……そうか。では人を出そう。ビル! ジェフと何人か連れて、町長の家に急げ!」
「あ、ありがてぇ! 町長の家なら案内をつけるから、少し待っててくれ」
「いや、案内はいい。この街の地理は、来る時に頭に入れて来た。それよりもアンタを含めた、怪我人への対処を急ぎたい。今すぐにでも集めて欲しい」

 流石冒険者だな、初めて来る街の事まで憶えてるのか! しかも怪我人を全員集めて、治療かよ! 確かに聖属性系の僧侶も、何人か居るみたいだ、あんなに立派なナリだ腕もいいんだろ。
 オレはフランクを呼んで、怪我人を集めるように伝えた。

 ※

「これで、全部か?」

 街の共同倉庫に空きがあった。そこには初日に怪我をした、二十人程の街の人間が集まって、ざわざわと話してる。みんな冒険者が来たのが、よほど嬉しいんだろう、笑顔の奴が多かった。
 町長以外の怪我人は、全員ここに揃ったと伝えると、ダイクは皆の前に立った。

「……よく、ここまで耐えた。君達はこの街を守ろうと戦った、立派な勇士だ」

 何人かが『そうだそうだ』と声を出して、興奮していた。何人かは泣き出してる。……本当は皆んな、不安で怖くて、もう限界が近かったんだ。

 ガシャン!

 冒険者の誰かが、倉庫の扉に鍵を掛けた。不思議に思ったが、ダイクの言葉を聞こうと、すぐに向き直った。

「最初の襲撃から一週間。この中には、そろそろ気が付いている者も、いるだろう」

 何だ? 気が付くって何だ? 敵の弱点でも分かったってのか?

 ズグッ!

「……………………えっ?」

 扉近くに居た一人が、急に立ち上がって扉に向かって走るのを、一人の冒険者が槍で突いた。何かの間違いか⁉︎ いや、今のは魔物を殺す時みてえに、迷いなく急所を突いてねじり込んでた……⁉︎

「……フン。やはり育ってたか」
「な……ッ⁉︎ 何で? 何で殺したんだ? え? え……⁉︎
─── うぐ……っ、がふッ、ぐげ……」

 そう声を出したギレンが、ダイクの剣で胸を貫かれた。体をガクガク揺らして、ギレンの口からゴポゴポ音を立てて血が溢れ出てた。その横で悲鳴を上げかけた奴も、冒険者の槍で突き殺された─── 。

「分からんか? お前達の体には、もう浮幽魚の卵・・・・・が入り込んでいる。もう孵るのも時間の問題だ。最初に襲われたお前達は、その程度の傷ですまされた。次の襲撃では、襲われた者達は食い散らかされた。……つまり、ここはもう、充分な産卵数を満たし、捕食するのみとなっている証拠だ。
浮幽魚は浮幽蛇を呼ぶ。残念だが、傷を受けた者には死んでもらう。今なら宿主が死ねば、卵も死滅するだろう」
「…………そ、そんな事、聞いた事がないぞッ⁉︎ あんた一体なん……ガ……げ……シュ─── 」

 フランクが後頭部から槍で突かれて、口から穂先を生やしてた。内側から血柱が前歯に当たって、空気が抜けるような、ヘンな音が立ってる。こんなにおっかねえのに、何故か頭の中はボーっとして、自分が自分じゃねえみてえだ。

「抵抗しなければ、苦しむ事はさせない。生存者のために、協力を頼む」

 ……嗚呼、そうか。だからオレの傷、腫れてたのか……。
 オレたちゃあもう、浮幽魚の産卵場にされちまってたってことかよ。

─── 『……おい、スパッド! 冒険者が来たぜ! それも谷を抜けて来たんだ‼︎……』

 オレの頭ん中に、何故だかついさっき聞いた、フランクの声が響いてた。
 ダイクの顔は、初めて会った時と変わらず、頼りになりそうな表情のままだった。

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