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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第五章 妖精王の国

第十五話 シリル春の嵐

 眠りに落ちる直前、考え事が急に独り歩きを始め、夢に変わって行く感覚。例えればそれと似たもの、あるいは深く想像の世界に没入している時の、頭の中以外の感覚がカットされている感覚。

 その感覚に、我が国の民全てが同時に陥った。

 私は丁度その時、王宮の一室で、ゲオルグ王陛下と聖地の巫女アネス様の話をしている最中だった。アルフォンス氏一行と同行した陛下は、まるで人が変わられたように、物言いがハッキリとなってお戻りになられた。政治から退き、王家を代表する象徴として、御身を一歩引いて来られた陛下が、国の再起へと王笏おうしゃくを掲げんとされておられる。

「さて、クアラン。ここまでで何か、其方そのほうの思う所はあるか?」 
「ハッ、畏れながら陛下。現状、再起への計画は急速に進んでおります。これは大変に喜ばしくはありますが、帝国を出し抜いてとなれば、やはり国内に潜む間諜・教団への目眩しが急務と─── 」

 最初、それが眩暈めまいかと、テーブルに片手をついて体を支えようとした。しかし、それはすぐに誤りであると気がついたが、何が起きているのかは、目の前の光景に理解が追いつかなかった。

 そこにテーブルはおろか陛下のお姿も、床の絨毯も重厚な石造の壁すらも見当たらない。真っ白な世界に、ポンと放り出されて、ただひとり漂っていた。沈みもせず浮かびもせず、温かい水にただ包まれている、そんな感覚だった。
 突然そんな世界に放り込まれたというのに、驚きや恐怖よりも、長く孤独に苛まれたかのような心の乾きが胸を締め付けている。耳の奥には一定のリズムで、小さな音が繰り返し繰り返し、内耳を微かにでていた。

 どれだけそうしていただろうか、不思議な事に、この時は陛下の事も、国の事も全く頭になかったのを覚えている。

─── …………タ…………キガ……タ……ガキタ……

 気がつくと耳の中の音が、少しずつ大きくなって行く。その音にただぼんやりと、わずかな意識を割くと、突然ハッキリと聞こえるようになった。

─── 刻ガキタ! 刻ガキタ! 刻ガキタ!

 それが妖精と精霊の声だと気がついた途端に、辺りの白い空間は、彼らの光で埋め尽くされていたのだと理解した。同時に、いわれのない孤独感が埋められ、涙が後から後からこぼれ出していた。

「ああ、ずっと近くにいてくれたのですか! あなた達は……」

 自然と口をついた言葉に、自分でも驚いていた。『』『』そんな事を知るはずも無いのに、そうだったといつの間にか、私は確信していたのだから。そして同時に、今私がいるこの世界は、私自身の魂の世界なのだと悟った。

─── アーテガカカルヨ ニンゲンハ

─── クスクス オネボウサン ダヨネ

─── ヤットキタ! シリルオウサマ ヘノ オンガエシ デキル

─── セラフィナサマ ニ オンガエシ

 精霊達の声が一斉に囁かれる。それが精霊達の声だと、体が理解している。

「あたし達だっているよー♪  さあ、精霊神さまに後は任せて、てーこくに逆転けーかく、はじめるよー☆」

 すぐ近くに一段と強い光が現れて、私の頭に触れると、彼らの記憶が一気に流れ込んできた。それが妖精だという事も、私は当然のように理解していた。

人と妖精と精霊の結びつき

この国のはじまり

人と妖精の融合

人の社会の発展

そこで忘れた彼らへの感謝

やがて開いた彼らとの距離

そこをつけ込まれた帝国からの侵略

融合していた妖精は弱り、精霊は人を忘れさせられた

 誰のおかげで祖国が成り立ったのか、どうして私達は弱体化してしまったのか。そんな私達を見捨てずに、彼らはすぐ近くにずっといてくれた事も、全て理解したのだ。羞恥に息苦しささえ感じ、うつむく私の周りで彼らは笑っている。その笑い声には、あざけりや侮蔑ぶべつなどない、友人のドジを共に笑い飛ばす明るさに満ち溢れていた。

「どうか……どうかゆるして欲しい。私達人間はあなた達の事を……シリル王の想いを忘れて……」
「西の巫女は言ったよ? 今までの三百年間の苦悩は、これからの三百年間の安寧を考えるために、あったってさ♪」
「そーだよ、そーだよ! そんなツマンナイ事なんかより〜、早く作戦はじめちゃおうよ♪」
「……作戦?」

 妖精達と精霊達が一斉に歓声を上げる。もう、彼らは白い仄かな光ではなく、各々の魂を表すような、色とりどりの光を纏う本来の姿を取り戻していた。その中の一体、金色の光をまとった、可愛らしい少女の姿の妖精が、私の鼻先に飛んで近づく。

「えへへぇ〜! 私たちがされた事、そのまま返しちゃうんだよ☆」

 ※ 

 その同時刻、シリル北部最大の都市パルミラにある、エル・ラト教団シリル本部大聖堂の一室。中央諸国への玄関口にあたるパルミラは、シリル最大の商業都市であり、政治の中枢となる都市である。この大聖堂は、シリル最大の教団施設であり、シリルに広がる教団をとりまとめる司祭が置かれている。

「しかし、かの置物王は、未だに我が国からの提案に返事をする気配がないようですが、どうされるおつもりなのか」
「司祭様、ゲオルグは所詮は置物、それも人間と妖精との混ざり物だとか。妖精が混ざるなど、獣の混ざる獣人よりも、汚らわしい者達ではごさいませんか。その者達の王ともなれば、我が国の厚情など、その頭で分かるものかどうか」
「ふ、はははは。これは助祭殿、手厳しいお言葉で大変愉快ではありますが、低き者であってもそれなりの魂を持っているもの。魂への侮蔑ぶべつは、ラミリア様のご意向に反してしまいますよ?」
「いやぁ、これは失言を、お許し下さいラミリア様! おや? これは一体……」

 光の神ラミリアに懺悔ざんげの祈りを捧げていた助祭は、何かが自分のすぐ脇を通り抜ける気配に気がついた。

「どうかしましたか?」
「いえ、司祭様。何かが私の近くを通った気が……」
「何かが? 何も見えませんでしたよ?」
「そ、そうですよね。な、何もありません……よね」
「そんなに怯えた顔をして、どうしたのです?」

 助祭はブルっと顔を震わせ、肩をすくめる。

「ほら、ここには大昔に、邪教を弱らせる為に呪いの遺物を封印したと言うではありませんか」
「呪いの遺物? ああ、アレの事ですか、なぁに気にする事はありませんよ。アレは私達には何にも影響はありません。ラミリア様のお力で封印されているのですよ?」

 『封印された呪いの遺物』とは、この土地にあったマナの排出スポット、ユゥルジョウフの事である。実際は帝国によってユゥルジョウフに呪術を仕込み、マナを穢して精霊を弱らせていたのだが、その事実は秘匿され代々シリル担当の司祭しか知らされてはいなかった。シリル国内に、真実が漏れるのを抑えるため、この地に赴任した司祭以下の聖職者達は、邪教の呪いをラミリアの奇跡で封じたと伝えられていたのだ。

(フッ、この場所にあるのは、遺物などでは無い。ここにあるのは……。ここに……あれ? ここには何が? いや、何もない。ここには何も……ない……うわさ……噂……。ああ『呪い遺物』の噂しかない)

「─── さま、司祭様!」
「え? あ、はい、どうしました?」
「いえ、いつの間にか司祭様が、ここでお眠りになられておりましたので。椅子ではお体に障ります、寝室でお休みになられた方が良いでしょう」
「おや、寝てしまいましたか。ああ、いけない、もう夜が明けてしまう時間ではないですか。助祭殿、貴方はこんな時間になぜここに?」
「それが、私も寝ていたようで、気がついたらここに座って寝ておりました」
「おや、不思議な事もあるものです。なぜ私達はこんな所に」
「妖精にでも化かされましたかな?」
「ふ、ははは。そんなけがれた存在が、この大聖堂に来れるはずもありません。きっと疲れていたのでしょう、お部屋に戻るとしましょうか」

 ふたりは不思議そうにしつつも、それぞれの部屋に休みに戻って行った。翌朝になると、彼らはその出来事もすっかり忘れ、何事もなかったように忙殺された。完全に忘れられた事は、それを指摘されなければ、忘れた事すら気付けないものである。司祭も例外ではなく、自身の記憶から何が消えたのか、知る事すらなく余生を送る事となった───

 ※ ※ ※

 逮捕者七十五名、 器物破損二百件余り、家屋倒壊十三棟。
 死者重軽傷者無し。

 シリル国内の各地で、一部市民が暴徒化、しかしそれらはすぐに鎮圧された。国軍や警備隊が動いたのは、騒動鎮圧の後だったというのに、暴動の規模の割に人的被害が無し。

「暴徒を抑えたのは、同じく一般市民と妖精達です。逮捕された者達も、数名を除いて危険性無しとして、すでに釈放済みです」

 クアラン子爵の報告を受けて、俺は唖然とするしかなかった。暴動は国内の至る所で起き、あっという間に市民の手で抑えられ、かつ、帝国と教団はおろか間者とおぼしき者にさえ漏れていないという。暴動の規模に対して、訓練すら受けていない市井の者だと言うのに、何という手際の良さ。

 そして、俺達が聖地から王宮に帰還したのは、事件後三日の事だというのに、これだけ正確な情報収集が国内全域で完了していた。

「国内にいる帝国の間諜と、教団関係者の意識は、この国の変化から妖精の魔術で気をそらされています。ユゥルジョウフに仕掛けられていた、帝国の呪術を書き換え、マナを正常化しつつ帝国関係者に呪いを振りまいているそうです。軍や統治機関、全てにおいて、帝国側に感知される心配はほとんどなくなりました」
「これが人、妖精、精霊の連携……シリル本来の強さか!」

 アネスの魂の代わりに、聖剣が精霊神の魂をシリル人に分け与えた結果、とんでもない事が起きていた。妖精と精霊との連携、精霊術の行使、妖精と精霊との情報共有の復活。妖精達の記憶を得たシリル人達は、今までの歴史の真実を知り、力と知恵を取り戻していた。精霊神の魂のお陰で、妖精達は再び野に放たれ、お得意の幻術で帝国関係者全ての意識を、シリルの再起からそらしている。

 驚いた事に、エル・ラト教信者になっていたシリル人教徒達まで、完全なる精霊信仰に復帰したというのに、今まで通り教団には信者のふりを続けているそうだ。エル・ラト教団内部を見張るために。それらの指示も、シリル人の中に住む精霊神の魂を通して、的確かつ個別に出されているんだとか。

 シリル覚醒の夜に暴徒化したのは、妖精達の言葉により、今まで騙されていた事を知った市民の一部だ。妖精達の作戦が怒りですっぽ抜けて、気がつけば暴れていたらしい。教団もしくは帝国関係の施設や、団体に襲い掛かろうとした所を、作戦に準じた同じ覚醒シリル人に止められた。

 しかも、その間、帝国関係者は全員妖精達に眠らされていた。ほぼ同時に眠るという異変に、普通なら流石に彼らも疑問を持つだろうが、そんな事は妖精達には問題では無いらしい。そこに疑問を持つ事すら、妖精の術で禁じられてしまった。敵に回したら、とんだ害虫どころの騒ぎじゃない、ある意味人間にとっては、天敵じゃないだろうか。

「精霊神の魂を通して、国民全員が作戦の指示を受け、意思の統一もなされています。このような一致団結は、人の行う通常の国策などでは、到底不可能です。しかし、これくらいの奇跡でも無ければ、帝国の謀略は覆せないでしょう」
「距離をものともしない命令伝達に、鉄より固い意思統一。挙句、国民総精霊術師……。もう何でもアリだな」
「ははははは! 確かに現代の戦争の方式を、根本から覆す手段が揃い過ぎています。我々はもう二度と、人間だけで生きようなどと、思う事はないでしょう!」

 最早、精霊術を使える人間、なんて次元じゃない。人と妖精と精霊の合わさった新しい種族みたいなもんだ。人の成長速度と知恵、妖精の巧みで強力な魔術、精霊の無尽蔵なマナエネルギー。それらを国民全てが利用できるとは、まるで反則じゃないか。

 このデタラメな大覚醒の中、特に二種類のシリル人は、桁外れにパワーアップしたらしい。ひとつはクアランと同じく、紫がかった白髪にかすみ色の瞳を持った、王族の血を引く者達。彼らは元々妖精の血が濃く、妖精との相性が高いせいか、ランドエルフ並みの戦力を誇る。目の前で笑っているこのクアラン子爵ですら、妖精と精霊の性質を兼ね備えた、全く別物の存在になってるわけだ。

 もうひとつは、極わずかではあるが、ドワーフの武器試験中に生まれた聖戦士達。修練場で運悪く命を落とし、俺のポンコツ蘇生術で、聖属性の戦士になった者達だ。

「アルフォンス様に救われた時から、彼らは異常な魔力と身体能力を得ていましたが、今はもう説明し難い存在となっています」
「うーん、一度グール化して魂が闇に傾いたのを、光属性の魂に反転させてるから、魂の純度が高いんだろう。だから妖精と同化しやすく、精霊術の力も利用しやすくなってるんじゃないかなぁ」

 クアラン子爵が言う事には、聖戦士化した彼らは、あの時から後光差す存在に変貌していたが、今やそのまま御神体になれそうな神々しい存在になっているらしい。

「軍の中でも、彼らを崇める者達が出ているそうですよ」
「そ、そうか。彼らには普通に幸せに暮らしてもらえればいいんだけどなぁ」

 大丈夫かな、会った途端に夜切とか浄化されたりしないだろうか? 試しにオニイチャ人形でも、彼らに抱かせてみるか。

「後は武器の完成と、シリルオリジナルの戦術の確立だな」
「そちらも順調です。あと数日の内に、試作品が届くと報告を受けております。そこでアルフォンス様に折り入ってご相談があるのですが、一度ティフォ様も交えて、軍部会議にご参加願えますか?」

 ティフォも一緒に? まあいいけど、ティフォが噛むとどうなるか、その責任は持たないとだけ言っておいた。

 それからは、一国のシステム変更とは思えない速度で事が運び出した。シリルは本格的な冬を迎え、俺達はこの地に留まったが、その驚異的な変化の速度は、表面的にはほとんど分からない静かなものだった。嵐の前の静けさと言うものだろうか。

 そして、春を迎えた頃、文字通り『シリル春の嵐』と、後に呼ばれる大変革の産声を目にする事となった。

 ※ ※ ※

 静まり返ったシリル国軍中央練兵場の防壁に、黒くずんぐりとした鳥が、肩をいからせて歩きながらこちらをにらむ。やがて、威嚇いかくするように胸を膨らませると、こちらを凝視しながら首を伸ばし、 澄み切った美しい声で、楽しげにさえずり出した。絶対、グギェーみたいな声で鳴くと思ってたのに、意外過ぎて声が出そうになった。
 見た目とのギャップに、思わずあの鳥の名は何かと尋ねれば、ツグミの仲間のクロウタドリと言うそうだ。この鳥の歌が響くと、この地方の春の訪れを、人々は実感するらしい。

「林檎の花も咲き出しましたから、もう厳しい冬とはお別れですよ。すぐにこの辺りの草原は、菜花の黄色で一色に染められるでしょう」

 もう間も無く、山に積もった雪も溶け出すだろうとの事、いよいよ旅の再開も近い。唐突に小さく高くピッとさえずって、クロウタドリは、何処かへ飛び立って行った。爽やかなさえずりが消えた途端に、のどかだった修練場の空気が、急に張り詰めたものへと一変した。

 バウル将軍が大きく手を挙げる。修練場のいたる所に置かれた、土嚢の障害物の間に、ゾロリと複数の影が姿を現した。敵を想定して作られた、自律式で集団戦闘を行う、木人のゴーレム軍団だ。それに相対して、修練場に黒い制服を着た九人が、こちらに背を向けて横一列に並ぶ。一糸乱れぬ動作に、尋常ならざる練度の高さと、意思統一が垣間見える。

「かなりの手練れだな。 って、なんでメイドさん達なの?」
「実は彼女達は、メイドの顔とは別に、近衛兵という役割でもあるんですよ。まずは少数精鋭の近衛兵隊によるデモンストレーションです」

 クアラン子爵は事もなげにそう言うと、修練場の片隅に組まれたやぐらを指差した。

「あの上にも待機しているそうですよ」

 メイド班から大分離れた場所に、メイド長の姿がある。と、こちらに気がついたのか、メガネを光らせて無表情のまま、こちらに手を振っている。いや、この距離でどうして俺の視線に気がつくとか、その辺りの事は置いておこう、なんであの人はあんなにグイグイ来るのか。いやいや、そんな事よりも、もっと気になる点が目の前に広がってるわけだが。

「まあ、メイドさん達が実力者揃いなのはいいとして……。あのゴーレム、もの凄く誰かに似てないか?」
「私からは何とも。このデモンストレーションはメイド長からの提案ですので、分かりかねます」
「「「…………」」」

 観覧席に沈黙が走る。ゴーレムによく似たゲオルグ王が、何かを諦めた様子で、弱々しく『気にしてないから』と手を振っていた。

「─── 王室近衛兵ストケシア隊による、市街戦想定、デモンストレーションを開始します」

 バウル将軍が、手を下に振り下ろすと共に、ラッパの合図が空に響く。直後、ゴーレム陣営から矢が放たれ、その背後からゴーレム槍兵が、メイド隊を待ち受ける。ゴーレム側は、一般的な軍隊の防衛戦術。まずは遠くから敵を減らし、牽制しつつ攻め込ませない方針を取ったようだ。

 対してメイド側は、弾けるように三人ずつ三組に別れ、左右に大きく展開しつつ距離を詰めて行く。メイド隊の上空に迫る矢は、突如激しい突風に見舞われ、あらぬ方へと流されて無力化された。彼女らの使用した、風の精霊術だ。
 そして、左翼、右翼に展開していた二組から、新兵器による攻撃が始まった 。

 パパパッ、パパッ、パパパ……ッ

 彼女達の構える、台座のついた金属製の筒の先から、鋭い光の弾が相次いで射出される。ややくぐもった『ぱ』と『ぽ』の中間くらいの音が、断続的に響いた。音の大きさは、金槌で木を叩く程度の音だろうか、それ程大きなものではない。
 しかし、障害物から外れていた、複数のゴーレムの体が吹き飛び、木っ端微塵に砕け散る。障害物として積まれた土嚢袋も、流れ弾が当たる度に手の平程の穴が開き、中の砂を宙にぶちまけていた。

 ウオォォォォォッ‼︎

 観覧席からは、新兵器の威力を始めて目にする、王室高官の者達の感嘆の声が上がった。その歓声も次の瞬間には、驚愕の声に塗り替えられていた。

 ゴーレム魔術兵の詠唱が終わり、火球が空を埋め尽くした瞬間、緑色の閃光が走り全てを打ち消す。直後、接戦のポイントから遠く離れた櫓から、先程の新兵器の倍近くある光球が、立て続けに撃ち出された。それは着弾すると共に、火柱を立てて、魔術兵と弓兵の潜んでいるであろう位置を焼き尽くす。

「先に展開していた九名の使用した武器は、内部に光の精霊を込めた、一般歩兵向けのもの。威力はご覧の通り、丸太程度であれば数発で破壊可能です。連射速度は使用者の力量によりますが、およそ一分間に三百から四百発。内部の精霊に必要な魔力量には、やや個体差が有りますが、一般的な兵士であれば半日は連続使用が出来ます」

 兵器局の担当官が、胸を反り気味で、妙にイイ声で説明をする。小気味好い程のドヤ顔だ! うん、分かるよその気持ち、作ったのはドワーフだし、発案はティフォだけど、少しでも関わった奴なら誰だって自慢したくなる。

 これは戦術が変わるなんて代物じゃない、世界のパワーバランスを塗り替える兵器だ!

 しかも、他国では真似しようにも、妖精と精霊の協力を得る必要があるし、最大限に効力を上げるには精霊神の力まで必要になる。世界的に精霊信仰が衰退している今、これと同じ物を造るのは、事実上不可能だ。

「続いてやぐらから使用されたものは、火蜥蜴サラマンダー岩精霊ノームの眷属を組み合わせて込められた、長距離広範囲殲滅を目的としています。最大射程距離はおよそ1.5kmet(※1kmet=1km)、精霊自身の能力による補正も可能で、風や魔術解除の類に影響を受けません。精霊の組み合わせによって、威力の規模や性質が変わりますが、一般的な重装騎兵であれば、馬ごと骨も残さないでしょう」

 光るメガネを指先で正しながら、担当官の口元が愉悦ゆえつに歪む。気持ちが分かり過ぎて、俺も正すメガネが欲しいくらいだ。

 開発資金は王室と王族のポケットマネー、そしてシリルの財政界に顔の利く、大手商会が絡んでいる。これ程の大成功、メガネくらい光らせてないと、やってられないってもんだ!

 先の小型兵器はすでに王も知っていたが、この長距離兵器は初めて目にするはずだ。王が小型兵器の試作品を初めて見た時、余りにいいリアクションだったため、ドワーフ達と兵器局の皆んなで、こっちのはサプライズにしようと目論んでいた。

「こ、これは……あ、あ……おお……」

 観覧席から身を乗り出して覗き込むゲオルグ王の目の前で、一気にメイド隊が攻勢に出る。魔術兵と弓兵を失ったゴーレムは、牽制する手段を失い、更には長距離兵器の巻き添えで、大幅な戦力低下に陥っていた。そこに小型兵器を携えた、三人三組のメイド隊が、一気に踏み込んで行く。

 槍と剣で構成された、残りのゴーレム兵は、完全に圧倒されている。何故か王によく似た木人が、身を乗り出して震えるご本人の目の前で、木っ端微塵に吹き飛んで行くのは何とも言えない絵面だった……。

「視界を遮る障害物で、敵の姿を確認できないはずの彼女達が、効率的に殲滅しています。彼女達は、周囲を飛び回る妖精と視点を同化させ、死角をカバーしているのです」
「離れた所も、隠れた場所も見えると言うのか……!」
「はい。扱えるようになるには、魔術的なセンスと修練が必要ですが」

 俺の持つ『蜘蛛の王』の加護、蜘蛛達との視界同化の奇跡を、魔術的に解析した結果だ。魔力を当たり前のように扱う妖精となら、かなり高い精度で、視覚の同調が出来る事が可能になった。
 メイドさん達は、近衛兵としても重用されているきっての能力を誇り、そして精霊王の血が濃い貴族出生の者ばかり。なるほど、彼女たちこそこの役にふさわしい。

「それだけではありません。櫓の高台から俯瞰ふかんしているリーダーから、いつでも指示を受けられるため、より的確な行動が可能となっています」

 この遠隔会話は、非常に画期的だ。先の暴動事件で垣間見えた、常識の範疇を超えた、情報収集速度。それはシリル人の中に入った、精霊神の魂を介して、妖精や精霊達の声を遠隔で受けられたからだ。余りに遠いと、中継が必要になるが、それ程ロスも起きないようだ。
 これを利用して、精霊石と魔力を増幅する金属を加工して、兵士同士離れていても会話出来る道具を作り出した。

「これらの兵器開発には、ドワーフの技術力はもちろん、ダラングスグル共和国ムグラ族の、貴重な金属素材の確保。並びに獣人族を介した、アケル王国との貿易確立が、重要な点であった事は否めません」

「うむ、その二カ国とはすでに話を進めておる。これだけの物が我が国で造れるのだ、国を挙げて国交に努めねばなるまい」

 それだけじゃない。本気を出したゲオルグ王は、伊達に三百年生きた妖精王ではなかった。帝国への技術漏洩を懸念して、王はダミーの兵器開発も行い、火薬を使った兵器開発もドワーフに進めさせた。

 これはティフォの技術提供により、彼女の持つ情報の中から、非常に原始的な時点での開発だった。この『鉄砲』と言うダミー兵器を、他国が模倣しても、こちらの新兵器の前には太刀打ち出来ないだろう。そもそもが精霊と近いシリル所縁の者でなければ、本物の方は使いこなせないだろうけど。

 ドワーフの手にかかれば、図面のある物の作製など、日曜大工より簡単だった。こちらの新兵器の足下にも及ばない代物とは言え、兵器としては画期的な物だ。これくらいの旨味がなければ、ダミーの意味がない。すでにこの武器を量産し、周辺国と技術使用料の契約を結んでいる。

 帝国への目眩ましになるし、周辺国からの資金調達と、兵器開発力での牽制にもなる。非常に美味しい役割を担う兵器となった。同時にこの兵器の製造にあたり、中央諸国と、南部ダランとアケルの貿易の窓口に立つ事も確定している。そして、その利益を元に、ダラン国内を通る『栄光の道』の整備に、出資する条約まで取り付けた。

 『栄光の道』の整備と、安全の確保は、中央諸国にとっては、悩みの種でもあった。特に資金力に乏しいダランは、開発が進まず、馬賊や盗賊、魔獣の危険性も高かった。結果的に南部と大きな貿易をするには、時に大きな損害となりかねず、他国の事だから手を入れる事も難しい。
 さらに中央諸国にとって、シリルによるダラン領内の貿易路整備は、願っても無い事だったが、多くの木材も必要となる。そこにもシリル国土が森林地帯に囲まれている事が追い風となっている。

 この一大事業で動く金は、ダランにもシリルにも恩恵をもたらすだろう。ダランに貿易の中継地点が確保されれば、将来に渡って利益が生まれていく。そこで生まれる富は、シリル周辺国にだって、流れ込むわけだ。

 周辺国の希望となったシリルに、これでは帝国もおいそれとは手が出せない。

 今後、シリルにちょっかいを出そうものなら、中央諸国を敵に回しかねないからだ。流石は妖精王、妖精の如き奔放な発想と、人の賢さを兼ね備えた男。これ以上ない一手を打ち出したもんだ。

「会長殿とティフォちゃんには、とんでもない恩をもらってしもうたのう。この恩をひとつで返せるものは、存在せんじゃろうな」
「だからいいってば。ティフォを可愛がってもらったし、俺も一国の再起に関われて楽しかったしな」
「ふぉっふぉっふぉっ、ほんに取りつく島のない。そうじゃ、何なら儂の世継ぎに─── 」
「ならんッ!」

 もう何度か口説かれてんだよな。毎度断ってたら、今度はティフォを口説き始めてたし。『ティフォちゃん、お姫様になりたくないかい?』って言葉には、意外とティフォのやつも揺れたらしいしな。

「この国は妖精王の血筋じゃなきゃ治めちゃダメだ。アネスの実家でもあるんだし、彼女の家は守ってやらなきゃ」
「ふむ、それを言われると痛いのう。じゃが、この国が其方そなたに多大な恩がある事は、儂にとって誠。この言葉だけでも受けて欲しい。ありがとう、アルフォンス・ゴールマイン殿。このシリル連邦共和国は、貴殿に心より感謝を捧げよう」

 そう言って深々と頭を下げる王に、俺は手を差し出すしかなかった。握手を交わすと、その場にいた全員から喝采を受け、何とも言えない心持ちだった。

「私は、アルフォンス様が王になるのは大歓迎なのですけど。いいえ、貴方は王になる御方なのです、私だけの支配者に」
「ごめん、さっぱり言っている意味が分からないし、雰囲気ぶち壊しだよねメイド長」

 いつの間にか俺の背後を取ったメイド長が、スカートの裾を広げ、頭を下げて礼をとるように見せかけて、鼻先を俺の背中に当ててすんすん嗅いでいる。

「……すはぁ。やはりパーフェクトですわ、アルフォンス様」
「前々から思ってたけど、君は人の話を全く聞かないよね?」
「その泰然自若たいぜんじじゃくとされた切り返し、わたくしめの乙女臓器にビリビリと響いております。わたくしめの乙女臓器に……?」

 乙女臓器って何なのか、何で二回言ったのか、何で二回目は少しだけ疑問形っぽく語尾が上がったのか全く分からない。分からないけど、何を返しても燃料にされそうだから、背中に鼻を埋められたまま、王と会話を続けていた。

 そう言えば『ヒヒじじい』発言といい、今回の王様そっくりゴーレムといい、この国には不敬罪ってないのかな……。

「陛下、アルフォンス様、次のデモンストレーションが始まるようです。今度は兵士達による、小型新兵器の連携演習だそうです」

 この日、シリル国軍中央練兵場で行われた演習は、いくつかの課題も見えたものの、最高の形で終了した。ゲオルグ王は全ての兵器開発に賞賛を贈り、統治機関へも打診、やがて軍部や魔術局の刷新へと流れる事となる。

 ここからシリルの完全なる独立と再起、そして精霊信仰の復活と、国内エル・ラト教の衰退までの流れは後世に語り継がれる事となるが、それはまた別の話だ。

 俺達がこの地に留まる理由は、もう無くなったようだ雪解けと共に、いよいよ旅の再開となる。 

【続きは下の『次へ』】

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