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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第六章 メルキアのヴァンパイア

第十六話 その時は

 ローゼン平原を臨む小高い丘陵に、今年も鬼族の育てる稲が、一面を鮮緑で敷き詰めている。棚田には畔の草むしりに精を出す、鬼達の姿があった。この時期から夏にかけて、数回行われる作業は重労働ながらも、大地の息吹を感じられる風物詩でもある。

 やがて陽が真上にさした頃、彼らは早朝から続いた作業を一休みにして、昼食に集まり出す。そこには、レジェレヴィアとの交流を通して、すっかり鬼達と仲良くなったローゼンの姿があった。

「ほれ、あんたもしっかり食べんと、午後に力が出んよ〜」
「ありがとうなのです。それにしても皆さん、流石は鬼族なのですよ、タフなのです」
「はーはっはっ! 慣れですよローゼンさん。オレ達ゃあ、ガキの頃から駆り出されて、毎年やってんだ。これでバテてたらカミさんに追ん出されっちまう」

 地上最強の一角とは言え、ローゼンにも慣れない作業はくたびれるもの。すっかり減っていたお腹に、塩気の利いた握り飯が沁みる、そんな思いだった。ふと、ローゼンはお茶を啜りつつ、田んぼの中を注視した。

「あのぅ、最初に聞きそびれて、ずっと気になってたのですけど。稲の合間を走り回ってるアレは何です?」
「んん? ああ『田回し』かい? あれは式神さね。紙に術をかけて、ああやってこの時期は株の間を走らせるのさ。田んぼに生える雑草の種をね、根を張る前にかき回して、生えんようにしてるんだよ」
「子供達の仕事なんですよ。子供らに簡単な術を書かせて、それを好きな形に折らせるんです」

 親交を持った一番最初の鬼は、この家族の老婆だった。生薬を探しに山に入った時、初めて声をかけられ、ふたりで色々と教え合う内に仲良くなり、今回の雑草取りに参加する事となった。そうして鬼族の文化に触れていると、ローゼンの知識とは系統の異なる知恵に、思わぬアイデアが浮かぶ事が多々あった。

「紙に命を吹き込むんですか? ゴーレム作りににてますけど、子供でも出来てしまうとは、妖術も侮れないのです。しかし、紙なのに濡れても大丈夫なのです?」
「ひぇひぇひぇ、見た目は紙のままだけどねぇ、ありゃあもう式神、霊みたいなもんさね。そりゃあヤワな紙じゃあ長持ちせんけど、ワシらの作る鳥草紙ちょうぞうしなら、式神も強うなるよ」
「なるほど、媒体自体が強ければ、術の持つ力も上がるですね」

 そう感心していると、老婆は帯の隙間から、紙と筆を取り出して、何やら書き込んだ。それを人の形に折ると、息を吹き込み、ごにょごにょと詠唱する。すると、それは老婆の手の平で立ち上がり、二〜三回辺りを見回すと、急に空へと飛び立った。

「─── ! そんな簡単に出来るですか⁉︎ しかも今、飛びながら透明になったですよ⁉︎」
「あら、義母上ったら『想相そうそう探し』なんて、懐かしいですわねぇ〜」
「ひぇひぇひぇ、今のはなぁ、自分と想い合える相手を探す呪いさね。見た通り姿は消えちまうが、運命の相手にくっついて、出逢えた時にひらりと現れて教えてくれるんだよ。今あんたのために掛けてやったからね。ローゼン、あんたもいい女なんだから、恋のひとつもしなきゃねぇ」
「はわぁ〜、なんか素敵な話なのです」
「うふふ、運命といっても恋人とは限りませんけどね、私の時はお稽古の先生でしたから」
「おん? でもそれがきっかけでオレと出会ったじゃねぇか」
「もう、アナタったらぁ〜♪」
「「ぐふ、ぐふふぅ〜♡」」
「やってられねぇのです……」

 そうしてのんびりと会話を楽しみ、午後にはまた雑草取りが始まった。

 ※ ※ ※

「─── やっぱりダメか」

 溜息混じりにネズミの背中を指で撫でると、短く悲鳴を上げて、かごの中へと逃げ戻った。聖剣から取り出したエネルギーを、ネズミの体内に擬似的に結晶化させる事には成功したが、問題はその取り除き方だ。
 ネズミの体に直接、属性反転の魔術を掛けてみたら、結晶が被っている部分の内臓が消え去り死んでしまう。消える時に幽星体アストラル・ボディまで破壊されるのか、回復魔術で復元する事も出来なかった。

 白面咳の治療と同じ方式で、呪術で対抗しようにも、結晶を消し去るには魔石の耐久性が低すぎる。呪いの種類を変えて、片っ端から試してみたが、ネズミの体から結晶を消す事は出来なかった。

「あれから二週間か、偉そうな事を女騎士には言ったけど、これは中々に難問だぁ」
「うまく行きませんか。うーん、下手に魔術をかければ内臓がダメ、呪術に頼れば魔石がダメ。もしくは力が足りないと。私の奇跡もダメでしたからねぇ」

 ソフィアの淹れてくれた、すっかり冷め切った紅茶を啜る。

「そう言えば、他の皆んなは何してる?」
「スタちゃんと姉妹は、平原で亀狩り兼ねた修練。ティフォちゃんは~、そう言えば釣竿持って歩いてましたから、沢ですかね」
「釣竿ねぇ。あいつは何をとっ捕まえるか想像もつかねぇからなぁ」
「スケールが違いますからね♪ これで普通の小魚だったら、むしろなんだか面食らっちゃいそうです」
「案外、でっかい鳥捕まえてくるとかな」
「「ないな〜」」

 と、その時、何か微弱な魔力を持つものが飛んで来て、俺の背中にくっ付いた。

「ん? 何か飛んで来た」
「あら、これは紙ですか? わざわざ不可視の魔力が掛かってますけど……。あれ?」
「どうした? 何が飛んで来たんだ?」

 ソフィアの手の平には、十字に折られた薄い紙が乗っている。この黄ばんだ紙は確か鬼族の鳥草紙だっけか。レジェレヴィアで一番反応の良かった、鬼族の特産品だが、どうしてこんなもんが?

「持ったとたんに、術が消えちゃったみたいで、術式は分かりませんでした。凄く弱い術だったみたいですし、何かのいたずらですかね?」
「ふーん、まあいいや。さて、もう一踏ん張り試してみるかぁ」

 ※ 

「うふふ〜ん、鬼酒いっぱいもらっちゃったです♪ 皆んな喜ぶですかねぇ〜」

 田んぼの手伝いのお礼にと、ローゼンはご馳走を振舞われ、お土産に自家製の酒をもらった。すでに彼女は振舞い酒で酔いどれ、慣れない作業の疲れも忘れ、鼻歌交じりに夕暮れの道を歩いていた。

「しかし、この私がこんなに人と関わりを持つのは、久しぶりの事なのです。儚き者たちとの、生きる時間の差は辛いですが……、やっぱり孤独よりはいいですかねぇ?」

 長らくヴァンパイア以外の種族との関わりを避け、過去一度だけ縋り付かれて助けた鬼族は、それが元で死んでしまった。それ以来、ますます他人を避けるようになっていたローゼンは、アルフォンスの鬼族改革によって、長きに渡る孤独を捨てた。
 そんな自分に言い聞かせるように独り言を呟き、いつもの帰り道を変えて何となく沢の方に向かうと、人影があるのに気がついた。

「ん〜? あれはティフォちゃんなのです。おお〜い、ティフォちゃーん♪」
「シィッ、大きなこえはよせ、ローゼン」

 見れば沢の一角に座ったティフォは、ちんまりと気配を殺して釣り糸を垂らしていた。

「何を釣ってるですか?」
「ん、鳥」
「と、鳥? それ釣竿ですよねって、魚かかってるじゃないですか、早く上げないと!」

 沢に垂らした針には、かなりな大物がかかっているであろう、バシャバシャと大きく水が跳ねている。

「ん、あわてるなローゼン、まだあわてる時間じゃ、ない」

 そう言って気配を殺すティフォを、小首を傾げて眺めていたが、何ら変化は訪れない。異界の神にも色々あるのだろうと、ローゼンは放っておく事にした。

「じゃ、じゃあ、何か釣れたら、ご一緒しましょうなのです。今日はおばーちゃんからお酒をもらったですよ♪ ではまた……」

 ブワッサ! ブワッサ! ブワッサ!

 夕暮れの沢が突如暗くなり、羽音と共にティフォの赤い髪と、ローゼンのお下げ髪が風に弄ばれる。

 ザバァッ! ギシャアァ〜ッ‼︎

「ん、いまだッ! ふぃ〜ッしゅッ‼︎」
「とり……だ……」

 水の飛沫が豪雨のように飛び散り、ローゼンの眼鏡が濡れ、内側から曇る。広げた翼は5~6met(1met=1m)はあろうかという巨大なオオワシが、水面下で暴れていた魚を掴み、連れ去ろうとするも、その釣り針がオオワシの足にも食い込んでいた。
 竿一本、そこからつながるラインを通して、ティフォと巨鳥のフィッシングバトルが幕を開けた。

 ※ 

「もぐもぐ……。ねえねえ、こんな大きな鳥、どうやっての?」

 串焼きにした鳥肉を、目を細めて食べていたスタルジャが、上機嫌でティフォに尋ねる。

「ん、。ズオウとギキラがやってるの、やってみた」

 オズノの所の息子ふたりか。確かに釣が上手いって聞いてたけどな? 友釣りって、縄張り意識の強い魚に針を仕掛けて、小突き回しに来た同種の魚を引っ掛ける釣り方だよな?

「うーん『友』ではないよな。いや、魚同士でも小突き回しに来てる時点で『友』ではないか、友釣りってなんなんだろうな」
「考えたら負けですよアルくん。美味しい事には変わりがないです♪ がぶっ、もぐもぐ」

 そうだな、考えたら負けだ、今は食事に集中しよう。鬼族に教わった、甘辛い丸豆醤のタレで焼いた鳥肉と、ローゼンがもらってきた鬼酒の相性が抜群だ。

「アルさんの実験の方はどうだったです? 何か進展はあったですか」
「うーん、難しい所だ。結晶を引きずり出さない事には、対処のしようがない。かと言って、結晶に攻撃出来たとしても、魔石の粒子の耐久性が足りない。何か他に術を載せられる素材があればなぁって所だな」

 と、ローゼンはローブのポケットから、何やら取り出して見せた。

「これなんてどうです? 鬼族の『田回し』って言うらしいですけど、田んぼの中を走り回れるくらいの耐久性があるみたいなのです」
「紙を何かの動物の形に折ってあるのか? 鬼族って実際かなり器用だよなぁ。いちいち作る物に手が込んでる。って、何だこれ……」

 厚みを調べようと、紙を開いて驚いた。鬼族の甲字をより崩して、模様のようにした簡素な術式が描かれている。問題はその術式に組み込まれた、情報量の多さだ。

「鬼文字は奥が深いのです。絵としての意味合いもあれば、一画一画にも意味があったりするですね。覚えなきゃいけない文字数は膨大ですが、文字ひとつで術式が完成出来るのは魅力なのです」
「これは! 何でもっと早く鬼文字に目を向けようとしなかったのか、自分を殴りたくなる! 応用すれば耐久性の問題は何とかなりそうだ」

 後、残る問題は、どうやって臓器に被ってる結晶だけを攻撃するかだ。

「うーん、ただ攻撃しただけじゃ、臓器も傷がつくし。ほんと、考えれば考えるほど、あの結晶は呪いに似てるんだよなぁ。せめて表に出て来てくれたらいいのに」

 呪術は魔術とは異なり、術者の思念をそこに留め、具現化するものだ。呪い自体が魔力を発生させないからこそ、発見されにくく、またそれを解くには術者の思念を正確に読み解かなきゃならない。
 魔術のような劇的な発現が無く、解呪もしにくい所から、要人の暗殺なんかにもよく使われる。

「呪術ですか。確かに似てるですね。そう言えばこの田回しも、呪術に近いものがって、あはは、こっちは焼き鳥だったです」

 串を片手に田回しを持っていたローゼンは、それをつき出そうとして間違えたのか、焼き鳥を突き出して笑っている。力も知識も桁外れだが、やっぱりどこか抜けてるなぁと笑みをこぼした時、ローゼンはそのまま固まっていた。

「ん? 呪術……鳥……友釣り……? あ?
─── あああっ⁉︎」
「ど、どうしたローゼン⁉︎」

 突然叫び声を上げ、椅子から立ち上がると、ブツブツと何かを呟いている。皆んなが唖然としている中、しばらくそうしていたローゼンは、眼鏡をキラリと光らせた。

「これは勝ったですよアルさんふ、ふふふ、あーはっはっはっ‼︎」

 平原に彼女の高笑いが木霊していた。

 ※ ※ ※

「はぁッ⁉︎ 教団を抜けるだとッ⁉︎」
「こら、ラブリン! 感情を鎮めろ」

 すぅはぁ深呼吸をしながら、女騎士は必死に落ち着こうとしている。怒鳴られた当のセバスティアンは、ニコニコと糸目の端をだらしなく下げていた。

 彼はあれから、ソゥバ名人と呼ばれる老婆の家に滞在し、作り方を教わっていたらしい。セバスティアンは帝国の地方貴族の三男で、軍人の道を望まれたものの、規格外の体のせいで採用試験は門前払い。地方公務員に滑り込めたが、やはり体の大きさのためか、国境際の防人さきもりとして配属された。長い事、北方蛮族との国境警備を任され、多勢とのいざこざに巻き込まれ続ける内に、手勢の足りない闘いから、今の戦闘スタイルに行き着いたらしい。
 彼の実家であるコーラムバイン家は、元々隣国の出であり、エル・ラト教では無かったが、母国が吸収された際に形ばかりの改宗をしたのだそうだ。つまり、最初から帝国への忠誠心も、教団への信奉も無く、ただの実家の擦り寄りでしかなかった。

 ちなみに彼がソゥバに心を射止められたのは、国境警備兵時代に、たまたま出会った旅人から振る舞われたものがきっかけだったそうだ。

「私の求めていた、かのソゥバは、鬼族の中でも質素倹約の家庭の味だったのですよ。ソゥバ粉で打った麺を、あの独特な丸豆醤と魚の風味の利いたつゆで啜る。そのシンプルながら奥の深い味わい」

 いわゆる貧乏飯なだけに、外には出回らない料理だった『つけソゥバ』を求め、彼は暇を見つけては世界を旅していた。そしてとうとう、彼はこの鬼族の里で憧れの味に再会し、その製法を学ぶに至った。

「ワタクシ、以前から決めていたのですよ。あのソゥバの作り方を得たら、自分の店を構えようと」

「うぬぅ、此奴がソゥバ狂だと知ってはいたが……。それにこの地域に此奴を引き寄せたのは、この私自身だと言うのがまた胸糞悪いぃ」

 偽聖剣の闇に呑まれた女騎士は、俺を探しに無断で出て来た訳だが、その揺れの原因となったのは教団への不信。アケル南部州知事の暗殺司令がそのきっかけだった。

 セバスティアンは、グレッグ司教に下された女騎士捜索命令に、女騎士と面識があったがために同行。実際、俺の顔を見て、名前を聞いてもピンと来ない程度には、彼は教団内での動きに興味が無かったようだ。

「それに、抹殺命令が出されたアルフォンス殿を、貴女は殺す事が出来ますか? 実力もさる事ながら、彼の行動はなんら経典に反していなかったではありませんか。まして貴女の命の恩人ですよ?」
「うぬぐぐ……」
「教団の剣である事に誇りはありますが、教団の決断全てに納得しているわけではないのですよワタクシは」
「そ、それは……。いや、騙されんぞ、貴様は単にソゥバの事しか考えておらんだけだろう? グレッグ司教の死についても、余りにもあっさりとし過ぎではないか」
「それが何か? もともと彼は教団の意向をかさに懸け過ぎでした。ふらりと任務地に現れては、現地でもめて邪魔だったのですよ。そこにソゥバを蔑ろにした発言の数々、バチが当たったのですよバチが」

 言い返せない女騎士に、セバスティアンはふくふくと頰を膨らませている。

「ワタクシは今、幸せなのですよ。追い求めた夢が、すぐ眼の前にあるのですから。その至福な時間を、司教や貴女、そしてアルフォンス殿の事を報告に帰るなど、めんどくさい事この上ない」
「やっぱりそれではないか!」

 女騎士は再びぎゃあぎゃあと喚いていたが、セバスティアンが片っ端から受け流している内に、がっくりと肩を落とした。

「……もういい。好きにしろ」
「ふふふ、最初からそのつもりですよ。で、どうされるおつもりですか?」

 その質問に女騎士はハッとした顔をして、自分の手に目を落とした。

「……無論、私は教団へ戻る。色々と思う所はあるが、私の場所はあそこしかないのだ。もう剣は振れんかも知れないが、聖剣の事もアルフォンスの事も、全て報告をしに戻らなければならん」
「どちらも上層部にとって、耳の痛い話でしょうなぁ。最悪、貴女は消されますよ?」

 それもあり得るなぁ。聖剣の事に関しては、組織として知られたくない事実を知られたと、まず疑うだろう。俺の事については、彼女が俺と何らかの繋がりを持った、とも疑われるかも知れない。どちらも広まれば、建前が揺らぐ疑惑の素だ。

「お前の帰還についてだが、いくつか言っておく事がある」
「何だアルフォンス」
「まずひとつ、お前の体を治す方法が見つかった」
「ほ、本当か⁉︎ ほ、本当に……!」

 俺の腕にすがりつき、目を潤ませて見つめてくる。あれ? こいつ意外と可愛い顔してたんだな……。そう言えばまともに見た事なんてなかったわ。

「今、ローゼンが最終的な詰めの段階に進めているが、ネズミでの実験では、確実に成功できる所まで来ている。近々の内にも、お前を治してやれるだろう」

 ネズミに比べて、人間の体内の結晶は大きさが違うから、一度では無理でも削っていくことは出来る。しかし、あんな方法を思いつくとは、流石はローゼンだ。

 女騎士も相当に、将来を不安に思っていたのだろう、呆然と俺を見上げている。ただ、女騎士には伝えておかねばならない事が、もうひとつあった。

「ただし、聖剣のエネルギーが無くなっていれば、必ず教団は不審に思うだろうし、聖剣の秘密を知られたとあれば、セバスティアンの言う通り、危険過ぎる」
「くっ、ではどうすれば良いと言うのだ」
「表向き、負のエネルギーが感じられるよう、聖剣を加工する。しばらくの間は、聖剣によって体調を崩したとして、使わないようにする事だな。その後、聖剣の不具合でエネルギーが抜けたように装う必要もある」
「聖剣の不調を……装うのか、なるほど」

 三百年も前の遺物だからな、壊れたとする方が自然だろう。帰還からしばらくの時間を空けて、少しずつ抜け出ていた事にすれば、ここで何かがあったと疑われ難いだろうしな。

「後はセバスティアンとグレッグ司教の事だが、お前はここで彼らとは接触していない事にしておけ。お前はメルキアには来ておらず、シリルで俺を血眼になって探していたとでも、言っておくんだ。すでにグレッグと、セバスティアンの墓を、鬼族に作ってもらってある。ふたりとも俺が殺した事にしておけば、当初の教団の流れと変わりがない。」

 実際、セバスティアンとは闘ったし、グレッグ司教はエリンが倒してる。話に綻びは出にくいだろう。

「しかし、それでは貴様に出された抹殺命令はどうなる? グレッグ司教もセバスティアンも教団内では上位の実力者だ。教団も本腰を入れてくるぞ」
「やってみればいいさ。出来るものならな」
「くっ、悔しいがお前には、誰も歯がたたんだろう。いらぬ心配だったか。だがそれにしたって、お前が悪者になるなど、そんな……!  それに総師団長の強さは別格─── 」
「構わん。誰が悪者か、真実は別だろ。教団にどう勘違いされようと、俺には痛くも痒くも無い。それに今、犠牲を出さずに、問題を最小限に押さえ、教団を食い止められる方法が他にあるか?」

 女騎士は唇を噛んでうつむいた。極光星騎士団の中では、実はこの女騎士とセバスティアンは、四傑と称される実力者だそうだ。直接対決なら、ハッキリ言って、こいつらが何十人いても負ける気がしない。

 暗殺となるとやや事情が異なるが、ティフォやソフィア達がいる以上、大抵の暗殺者は近づく事も出来ないだろう。俺だって『石柱を壊さないように』なんて事でも無ければ、暗殺者集団でも苦労はしない。

「まあ、そう言うわけですので、ワタクシはもう少しソゥバ修行に励んだ後にお別れするつもりです」
「分かった。もとより私に止める権利など無いしな。ふふ、不思議なものだ。貴様とは一度しか任務同行した事がないのに、いざいなくなると思うと寂しくも思う」
「はっはっはっ、店を開いた曉には是非、貴女にも振る舞いたいものです。それでは」

 セバスティアンが部屋を出て行くと、女騎士は溜息をついた。

「なんだ、そんなに寂しいのか?」
「いいや、今後の事を思ってな。ただのソゥバ狂と思っていた彼奴きやつが、自分の信ずる道を進んでいたとは……。私は一体何を。今までの道はなんだったのかと、虚しく思てしまったし、これから私は何を目的として行けばいいのか分からなくなってしまったのだ」
「お前が何をして来たのかは知らんが、無駄な事はひとつも無いと思うぞ? 何かしら後々に繋がるもんだしな。それにやりたい事は、探そうとしてる内は見つからないもんだ。今できる事を進めて行くうちに辿り着くものだろう?」
「…………」

 女騎士はジッと俺の事を見つめたまま黙っている。

「なんだよ?」
「ふふふ、いや済まない。若いのにえらく達観した物言いだと思ってな。貴様は一体いくつなんだ?」
「歳か? えーっと、あんまり気にしてなかったから忘れてたな。十九、いやそろそろ二十になるな確か」
「はぁッ⁉︎ そ、そんなに若かったのか⁉︎私より歳下では無いか⁉︎」
「ああ? 老けてるって言いたいのか? そう言うお前こそいくつなんだよ?」

 すっと明後日の方向を向いてシカトしやがった。曲がりなりにも女、これ以上突っ込めねぇじなねぇか。

「……そんな事よりも、その……あれだ。あれは……その、まだ……なのか?」
「何だよあれって」
「くっ、私の口から言わせるとは鬼畜めあれとは……あれだ。ほら、私はお前に二度も負けたな?」
「まあ、そうだな」
「両親がよく言っていたのだ。お、男とはその……屈服させた女には……」

 何を言いたいのか、分からないようで分かるし、分かりたくない。

「─── いつ、私を陵辱するつもりかと聞いている! こちらにも、心の準備と言うものが……」
「しないッ‼︎」

 ああ、こいつのこれは親の影響だったか。根が深いぞ、そう言うのは。

 ※ ※ ※

─── 一ヶ月後

 鬼族の集落に、金槌の音が幾重にも響き渡っている。そこには鬼族の職人だけでなく、人間族の職人も多く見られた。その風景を、ローゼンは微笑みを浮かべて、眺めていた。

 ローゼンが完成させた新たな治療法『ローゼン式解呪術』は、女騎士の体内に残された結晶を取り除くだけではなく、数々の呪術に対しても適用出来る事が判明した。体内に潜む呪いを魔物化させ、鬼族の式神を乗せた紙を飲ませて呪いを誘い出し、生命に危険の少ない部位で直接戦わせる。

 呪いに形を与え、見える化して、直接破壊する新技法。これならば、解呪の難しい呪術全般に応用が可能だ。鬼族の妖術とアルフォンスの治療法を合わせたその方式は、呪術の進歩のみならず、医学にも大きな視点の転換を促すものとして、レジェレヴィアの有力者達がこぞって投資を始めている。

 呪いによる暗殺に晒されやすい、世界各国の要人からの要望が相次ぎ、ローゼンの医学と鬼族の妖術に注目が集まろうとしていた。

「あら? リハビリ中でしたか。お身体の調子はどうです?」
「ああ、すこぶるいいぞローゼン殿。そろそろ私も、ここを出ようかと思っている所だ」
「そうですか。アルさん達が出発して、もう一週間。……また寂しくなってしまうのです」
「ふふふ、何を言うかローゼン殿、貴女にはこれから世界中の声が掛かって来るのだろう? この建設中の研究所だって、レジェレヴィアのみならず、中央諸国の貴族からの出資だと言うではないか」
「それはそれ、これはこれなのですよ。アルさんや貴女達とは、仲良くなれたですからね。利害のからむ人々はちょっと違うですよ」

 女騎士の体内から結晶が消えたのを確認したアルフォンス達は、鬼族の里を去っていた。ローゼンは論文をレジェレヴィアの貴族に送る際、アルフォンスの名も併記した。技術の根幹は、アルフォンスの伝えた治療法によるものだからである。

「─── 本当に、着いて行かなくて良かったのかローゼン殿」
「(ふふふ、アルさんの運命は大き過ぎなのです。私は人類の調律に関わる事はごめんなのですよ)」
「……え? 今何か言われたか、済まない。金槌の音がうるさくて聞こえなかった」
「いえ、なんでもないのです。アルさんにはもう、五人も婚約者さんがいるですからね〜」
「全く、あの男も罪作りなものだ。五人もはべらせておきながら、私に指一本も触れぬとは……ブツブツ」

 女騎士の歪んだ呟きは、ローゼンには聴こえていたが、金槌の音で聞こえないフリをした。

「何となく寂しくて、アルさん達のいた後も、片付けられていないのです。ふふふ、我ながらいじましいのですよ。まあ、新しい研究の分野も見つかりましたし、退屈はしないのです。彼と彼のお師さんの医術が受け入れられるように、今の医学を変えて行くのを目標に頑張るです」
「目標か、うらやましいなローゼン殿は。
ちゃんと一歩一歩進んでおられる。私も何か目標を見つけねばな」
「ふふふ、いい男を捕まえて、お嫁さんって未来もあるですよ?」
「ははは……それこそ難題だ。今まで女らしい事などひとつもしてこなかったからな。家庭に入るなど、想像もしてこなかったよ」

 そう言って腰にいた聖剣に目を落とす。出来ないからと言うだけでなく、今まで聖剣に吸わせてきた、数々の異端者の呪詛じゅそを思うと、女騎士は自分にその資格すらない気がしていた。

「出逢いで人は、大きく変わるものなのです。私だって、アルさん達と出逢って、再び人と関わろうと思えたですしね。ふふ、あの方が本当に私の運命の人なら、研究だって放り捨ててついてくですけど」
「大きく変わる……か。そうだな、ローゼン殿の言う通りだ。私は彼の歩いた後、人々が前向きに暮らしている姿を見て来た。私は私なりに、彼が世界を歩けるよう、教団の中を変えてみるとするかな」

 女騎士はそう呟いて、自分で驚いていた。

─── 『やりたい事は、探そうとしてる内は見つからないもんだ。今できる事を進めて行くうちに辿り着くものだろう』

 頭にアルフォンスの言葉が思い起こされ、ふと笑っていた。

「ああ、私も彼に変えられてしまったのかも知れないな。精々頑張ってみるよ」
「ふふふ、お互いがんばるです」

 ※ 

「とは言え、やっぱり片付けないのは、良くないですね」

 女騎士との会話でようやく何か整理がついたのか、ローゼンはアルフォンス達が滞在していた時の寝具や食器などをしまう事にした。彼らが去った直後は、酷く部屋が広く見えて寂しく思ったものだが、慣れてくるとまた手狭に感じるから不思議だ。そんな事を考えながら、研究室の机を片付け始めてすぐ、ローゼンの手が止まった。

「…………えっ⁉︎」

 その机はアルフォンスが使っていたもので、彼自身も整頓していったために、特に散らかっているわけではなかった。その上に並べられた、資料や辞典の上に、ポンとそれが置かれていた。

 小さな紙で作られた、人の形に折ったもの。山菜や生薬積みの時、老婆はよくこの紙を使っていたのだから、間違いない。

───

 それは間違いなく、あの時老婆が空に放った式神だった。

「は? え? どうしてこれがここにあるです? ここはアルさんの使ってた場所なのですよ?」

 『運命の相手にくっついて、出逢えた時にひらりと現れて教えてくれるんだよ』

 ローゼンは老婆の言葉を思い出し、その人形を胸に当てると、小さく溜息をついた。

「今出て来たって事は、やっぱりまだ着いてっちゃダメだったって事ですかね……。ふふふ、この運命が本物なら、きっとまた逢えるです」

 (その時は……)

 眼鏡を外したローゼンは、そのどこまでも深いマリンブルーの瞳で、窓の外を見つめていた。

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