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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第七章 キュルキセル地方

第十七話 家族

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『両親を殺せ』
魔界を取り戻す決意をしたアルフォンスに、
父オリアルはそう命じた。

三百年前の悲劇。
オリアルと同じく、
偽聖剣の凶刃に魂を穢された母エルヴィラは、
イングヴェイの封印によって時が止められたまま。

しかし、
呪力の侵食は強大で、
エルヴィラの魂は汚染され、
封印が壊れていた。

精神汚染を伴う、
強力な呪力の怪物と化していた母エルヴィラ。

アルフォンスはその解決を、
死による魂の解放ではなく、
別の道を選んだ。

エルヴィラの魂に食い込む呪力ごと迷宮化する。

そうして迷宮の核として再構成された彼女の魂を、
強く生きる希望を持たせることで、
救出に成功する。

 母さんの救出から、二週間が過ぎた。

 ガショーン、ガショーン、ガショーン

 石で造られた全身鎧が、俺に向かって廊下を走って来る。大きさは俺よりデカく、セバスティアンくらいはあるだろうか、武骨な造りに壮麗な装飾が施されたアンバランスさが何とも言えない。その頭部は、非常に愛嬌のある蛙の頭が生えていて、更にその上には雨蛙の置物が乗っている。

『あっ! アルくん、アルくん!』
「どうしたの父さん」
『ほら、飴あげる! あ、それともクッキーの方がいいかな?』
「ありがとう。でも、もう口ん中ガビガビだからいいや」
『あ、ああ、あ……』
「いや、その……な?」
『あ、アルくんが……反抗期に─── !』

 石の腕に抱かれ、頭の上でおいおい泣かれる。涙は出ていないのだけれども。父オリアルは会う度になんかお菓子をくれたり、甘やかしに来る。一週間ほど前から、父は溺愛モードで俺にガシガシ来るようになった。三百年の重責と、懸念事項が解消された途端に、この有様だ。きっかけは、母さんを救出した日から、数日間の出来事だろう。

  ※ 

『な、な……ッ⁉︎ 何が……何が起こったと言うのだ……⁉︎』

 母さんを背負って、迷宮から出て来ると、父さんはツヴァイに抱えられてそこにいた。主を失った迷宮は、黒い霧となって渦を巻きながら、俺の背後で消えて行ってしまった。役割を終えた負のエネルギーも、これで解消されただろう。
 呪力に侵食された母さんを核に迷宮化させ、呪力を迷宮具現化のエネルギーとして消費。そうして呪力から切り離された母さんの魂に、生きる希望を持たせた事で引きずり出した。

「母さんの魂は、何とか肉体に強く繋ぎ直せたよ。ただ、魂の疲弊は深刻だし、しばらくは動く事も出来ないだろう……。ただ、これもいずれ回復するから、もう大丈夫だ」

『? ?? …………! …………⁉︎』

 父親の混乱が、痛い程に伝わって来る。

「母さんはんだよ」
『…………は、ぐっ、うう……‼︎』
「─── あな……た……?」

 背中から母さんが、今にも消え入りそうな声で、父を呼んだ。

『エルヴィ……おお……エルヴィ……。私は……私はお前を守り切れず……。アルファードに殺せと……う、うあぁ……!』

 横に力無く垂れた母さんの腕が、ピクリと動くのを感じ、俺はその手を取って父蛙に乗せた。

「ふふ……泣き虫は……変わりませんね……」
『…………ッ! ゆ、許せエルヴィ……私は……』

 母さんの指先が、微かに震える。それは、必死に父を撫でようとしているようにも見えた。

「しっかり……なさい……な、孫に……笑われ……ま……す……」
『え、エルヴィ─── ⁉︎』
「大丈夫、寝ただけだよ。まだ魂が弱り切ったままなんだ。毎日、母さんに愛を語りかけてやってくれ、生きる希望が魂を強くする」
『アルファード……!』
「さあアハト、母さんを寝心地のいいベッドに寝かせてやってくれ。負のエネルギーは消えたが、ここの相はかなりマイナスに傾いてる。後始末はやっておくから、ふたりを頼む」

 アハトは呆然とした様子で聞いていたが、ハッとしたように我に返り、慌てて母さんを受け取った。ツヴァイに抱えられた父さんが、部屋を退出する時、俺に声を掛けた。

『ありがとう……アルファード……ッ‼︎』
「ははは、家族だろ? 三百年分を取り返そうよ、
『私を……父と……』
「……ごめん、俺も混乱しててさ。やっと言えたんだ。
さあほら、早く行った行った!」

 何だか妙に照れ臭くて、そう言ってしまったが、自分で『父さん』と言ってみて、やっと実感が湧いて来た気がした。血じゃ無いんだな家族ってのは、そこに繋がりを持とうとするから、家族になれるんだ。

『ふ、ふふ、お前と言う奴は……。ん? そう言えばさっき、エルヴィラが孫とか何とか』
「は、早く上に行けって!」

 危ねえ、いくら母親を焚き付けるためとは言え、えらい事を言っちまったもんだ。後でちゃんと訂正しとかないと、五人に聞かれたら、どう捉えられるやら……。
 父さん達が上に上がって行って、俺は五人に改めて礼を言う事にした。

「皆んな、ありがとうな。お陰で母さんを救えたよ。危険な事に巻き込んで済まなかったな。皆んな怪我は無……い……?」

 見ると、全員がうつむいてモジモジしていた。全員漏れなく顔が真っ赤になっている。

「あ、あれ? え? も、もしかして」

 そう言い終わるや否や、五人がザッと俺に集まり、胸をつける距離で俺を見上げる。うう、や、柔らかい! 熱っぽさと甘やかな香りで、頭がくらくらして来た。

「全部聞こえてたよ? 迷宮の外に。ミィルまで騒いで大変だったんだから……もう……」
「なッ⁉︎ う、嘘⁉︎ あ、いや……アレは、その」
「アルくん。まだ早いですけど……私は構いませんから……ね?」
「─── ッ⁉︎」
「オニイチャ、今夜、一緒に寝よっか? ううん、今すぐでも、いーよ?」
「……ちょっ!」
「魔族と赤豹族のハーフかぁ……。ふふっ、きっとすごく可愛いの……」
「なふッ!」
「アル様。夕食は熊の肝と、猪の睾丸どっちが良い。うーん、この付近の森に壮精人参って、生えてるのかしら? その……元気をたくさん、蓄えないと……ね?」
「ふなッ⁉︎」
「……にゃーん」
「ベビーモス、お前関係ないし、雄だろッ⁉︎」

 負のエネルギーが引き寄せた、薄暗いマイナスの相が、ピンク色に染まる。

「ち、違っ、いや、違わないが……か、母さんを救うためであって……そ、その」
「違わないんですね。ふふ、言質は、いただきました♡」
「「「むふ、むふふ……♡」」」

 熱気に満ちた部屋に、俺の髑髏どくろ兜が奥歯ガタガタいわす音が響いていた

 ※ 

 母さんの世話をしたいからと、父さんは義父とうさんが用意してくれていたと言う、このアーマード雨蛙のゴーレムを引っ張り出した。デザインとコンセプトに難有りと、倉庫の片隅で埃を被っていたものらしい。今更ながら、俺だって義父とうさんの美的感覚は、ちょっと上級過ぎるとは思う。ただ、それに頼ってでも何かをしたいと思うのは、きっと父自身の時間も動き出したと言う事なんだろう。

 母さんが助かった日の夜、俺は父さんに呼ばれて、ふたりで少し話をした。内容は俺に対する態度と言動の事だった。開口一番、父さんは俺に謝ってくれたけど、別に謝って欲しい事などなかった。

 ※ 

『私は……お前に酷い事をしてしまった……』
「へ? な、何が……?」

 膨大な量の書物が積み上がった部屋で、父さんは唐突に謝って来た。

『お前には過酷な運命を背負わせている。だからこそ、余計な情があっては……お前の足を引っ張りかねんと思ったのだ……』
「…………?」
『本来なら、幼き頃に離れ離れとなった、我が息子に掛けるべき言葉は、数え切れぬ程にあったはずだ』

 んー、そう言われれば、歓迎ってムードでは無かったな。俺も俺でいっぱいいっぱいだったから、全然気にもしてなかったけど。

『もう一度聞くが、私の中にあるクヌルギアの鍵は、本当に取り出せるのだな?』
「ああ、俺の持ってる加護で、何とかなると思う。それに魂なら俺も斬れるから」

 義父さんは曲刀で斬ってたけど、俺は流石にそこまでの剣の腕はない。でも、【斬る】奇跡であれば、父さんを傷つけずに、鍵だけ切り離す事も出来るだろう。ただ、多分それも必要ない。

 新しく会得した【掌握】が、便利この上ないからだ。

 思い描いたものを、狙った場所に引き寄せるってだけの、単純な奇跡。何だって引き寄せられる事が分かった。塔の外に見えるマナですら、目に入る範囲のもの全てに干渉出来てしまった。これなら切り離すより確実に、父さんから鍵を引き離す方が速くて安全だろう。

『魔王の資格を何ひとつ得ぬ前から、そんな力を持っているとは……。尚更お前は魔界に行くべきだな』
「まあ、これはオルネアの加護だから。そんな事より、何で謝るんだよ父さん」

 そう問うと、父さんは深く溜息をつき、弱々しい声で呟くように打ち明けた。

『母さんの事を殺せと言ったのは、もうそれしか救う方法が無かったと思っていたからだ。そして、私の魂に託されたクヌルギアの鍵、イロリナの中の鍵も、殺さなければ手に入れられないだろうと……そう思っていた』

 うん、義父さんの剣技は、他の人間には無理だろうし、魂に直接、繊細に働き掛ける魔術なんて聞いた事が無いしな。よく見れば、父さんの部屋にある書物は、皆んな魂とか、呪術に関するものばかりだった。まさか魔王にと考えていた息子が、勇者の加護と奇跡を持ってくるとは思わなかっただろうし。クヌルギアの鍵を継承する流れ的には、所有者を殺すしか無いと思うのが普通だろう。

『お前が私達を殺す時に、その手が鈍るような事があってはならないと、お前に距離を置く事を選んだのだ』
「…………」
『アルファード、お前が無事で居てくれて……元気な姿を見せてくれて……私は……。運命の事など、魔界の事など忘れて、本当に……嬉しかった。立派になったお前を見て、何もしてやれなかったと言うのに、誇らしいとさえ思ってしまったのだ』

 ぐっと胸に何かが込み上げていた。父の存在を近くに感じた途端に、その声が自分にそっくりだと、気がついてしまった。

『……本当に、立派になった……アルファード。寂しい思いをさせて、申し訳なかった』
「…………」

 こんな時、何て言えば良いんだろうな。どうすれば父の心を軽くしてやれるんだろう。いや、父さんだって、同じなんだきっと。そう思ったら、何だか急に肩の荷が下りた気がした。

「そんな事、いいよ。義父さんも居たし、里の皆んなもいた。旅に出てからは、彼女達もいたし、色んな人に会って来たんだよ。自分に親がいないとか、その記憶がない事を、寂しく思った事は何度もあったけど……。俺は孤独じゃあ無かったよ?」
『…………そうか』
「それに正直、父さんがそうやって距離を置いてくれて良かった。やっぱりどうすればいいのか、分からなかったし、どうなるのかも分からなかったから。より冷静でいられたと思う。それが俺の事を思ってくれてたってだけで、大切にしてもらえてたんだって分かるんだ。
─── ありがとう父さん」
『アル……ファード……!』

 記憶のない俺には、降って湧いたような家族の話だけど、でもあんな記憶を見せられたらさ。俺は望まれて生まれて来たんだって、誇りに思えるようになった。

「色んな事があり過ぎた。けど、ここからさ、始めるんだよ家族を。だから、胸を張って俺の父さんでいて欲しい」
『……そ、そうだな……その通りだ。ありがとう……。ありがとう……アルファード』

 そうして、俺達はいつまでも話をした。俺の生まれた時の事、魔界での暮らしの事、俺の過ごしたラプセルの事。魔公将達との闘いの話には、父さんはえらく驚いていたけど、むしろ俺の実力について興味が出たらしい。

『私も魔界では、それなりに鍛えていたつもりだ。どれ、明日にでも力を見てやろう。あの分身達の胸を借りてみるがいい。場合によっては、この方星宮で修行をして行った方が良いかも知れんしな』

 ここは外の世界とは、時間が隔絶されている。ここで思いっきり修行していくのも、悪くは無いかも知れない。

 ※ 

『え……っ、ちょ、え? ええ⁉︎』

 方星宮の地下にあった修練場に、父蛙の声が木霊した。その声に少し遅れて、天井高くに舞い上がっていた紅い刃の曲刀が、床に叩きつけられる音が反響する。アインスからツェーンまで、義父さんの分身全員、同時撃破に成功した瞬間だった。

 今までで最大級に、生命エネルギーを吸い上げた漆黒の鎧は、高温を発してキンキンと熱膨張の軋みを上げている。これなら、本物の義父さんとも、いい勝負出来たかな?

 実際、戦ってみるまで分からなかったけど、魔族の角。これはとんでもない代物だった。ただの魔力の安定器みたいなもんかと思っていたら、術式を正確に思い描くまでも無く、そうしようと思った瞬間に発動出来る。この角自体が、自律した魔道具みたいなもんだ。結果的に闘いに集中しただけで、知覚が跳ね上がり、動こうとしただけで補助魔術が先回りして発動される。

 あれだけ速く感じていたアハトの動きが、止まって見える程だった。魔王が強かった理由が、嫌という程理解出来てしまった。

『こ、これ……魔王にならなくても、いけちゃうんじゃなぁ~い……の?』

 父さんが錯乱気味で、キャラが安定していない。実際、俺もかなり興奮はしてる。

『も、もしかして私は……心配し過ぎだったのか……?』
「いや、勇者の方は三百年、色々と積み上げ続けてるかも知れないんだ。油断は出来ない」

 魔王が強力な理由は、その魔力だけじゃないらしい。クヌルギアの鍵は、その名の通り魔界の何処かにある聖地の奥の扉の鍵だと言う。その奥にもうひとつの資格条件、破壊神に勝利して初めて得られる『クヌルギアの祝福』があるわけだ。

 そこに辿り着く直前までは、鍵が無くても入れるんだそうだ。そして、そこには膨大な魔力を持つ、人界とは一線を画す魔物が、無限に湧き出しているらしい。その魔物を倒せば倒すほど、強力な力を得られる、魔王の修行の場。

 リディが封印されたままなら、勇者は魔力を溜められないが、解けていたなら……。勇者はそこに潜り続けている可能性がある。向こうは三百年も、対策を整える時間があったのだ、何処まで強くなっているのか見当もつかない。

『うん、うん。そうだけどね、そうなんだろうけどね。父さんちょっと肩の力を抜こうかなって思っちゃった☆』
「…………」
『あ、そうだ! アルくんさあ、もう鍵持ってっちゃいなよ。もっと強くなれちゃうんだよ?』
「え? 今⁉︎」
『こういうのは早い方がいいよ、馴染ませる時間も必要でしょ? ほら、早く早く♪』

 父さんの口調が変わり過ぎてて、頭がくらっくらするな。いや、魔王になる為の大事な鍵だし、なんかもっとこう、厳かな雰囲気とかないのかよ。まあ、馴染ませた方が良いって言うなら、くれるって言うなら、そりゃ貰うけどさ。

「─── ……【掌握】」

 父さんの中にある青白い光の球体、クヌルギアの鍵を意識して、俺の中へと引寄せるイメージに奇跡を乗せる。父蛙の中から、そのイメージ通りに鍵が現れ、光の尾を四方八方に躍らせた。そしてそれが俺の中へと吸い込まれて行った。

 その後から、記憶がバッサリ切れた。

 意識が飛ぶ瞬間、父のはしゃぎまくる『アハっ、すっご〜い』って声が、遠くで聞こえていたような気がする。ちょっと、父との距離感を見直した方が良いのかも知れない、そう思った。

 ※ 

 と、まあ、父さんが俺にベタベタになったのは、あの辺りからだ。困るっちゃあ困るけど、不思議と嫌でも無いんだよなぁ。因みに鍵を受け取った直後、俺の中の魔力の貯蔵庫が、またいくつか蓋を開けられたようだ。あの日、俺から噴き出した真っ黒な魔力は、外の森まで溢れ出ていたと、被害確認に出たアハト達が言っていた。

『でも、良かったねぇ〜。かなり馴染んで来たんじゃない? 鍵の魔力に』
「うん。ようやく力を抑えられるようになって来たよ」

 最初は本当に大変だったんだ。まだ慣れてない角の力が、更に跳ね上がった感じで、何をするにも魔術が発動してしまった。ドアノブを捻るつもりが、扉をこよりみたいに絞り上げてしまったり……。テーブルから落ちた物を、キャッチしようとして、地下まで床を突き破ってダイブしてしまったり。夢でうなされて、とんでもない事になったりしたら目も当てられないから、寝る時はソフィア達に封印してもらったりしてた。

「まあ、俺の事より、母さんの様子はどう?」
『はぁ〜、母親想いの何て良い子なんだろう。天使だよ、大っきい天使だよ君は!』
「……飴はもういいってば」

 何言ってもオーバーに褒められるなぁ。同時に差し出して来た飴は断ったけどな。それですら『自分を律する麒麟児』みたいに言われるのは流石に閉口だ。

『うんうん、お陰様で母さんも元気だよ。今はユニちゃんが診てくれているんだ。しかし、あの子は凄いね〜、回復系と補助系のセンスが抜群だよ』
「ああ、元々の性格もあるのかな。姉想いの優しい子だから」
『母さんが褒めてたよ〜。アルくんは女性を見る目があるって』

 母さんが何処まで誤解してるか不安だったが、こっちから何か訂正するまでもなく、結構冷静に五人の婚約者について考えていたようだ。いきなり五人も婚約者とか、てっきり怒られるかと思ったが、むしろ母さんの方が楽しんでるようだった。

『アルくんも無理しないで休むんだよ? 昨日も遅くまで勉強してたでしょ』

 この方星宮にある膨大な蔵書は、古くに失われてしまったような、貴重な物が数多く存在していた。歴史、魔術系統、薬学などなど。それらの本も、セラ婆やアーシェ婆達の方が、そりゃあ知識量も質も遥かに上だ。ただ、人が書いたものってのは、解釈が違っていたり、思わぬ視点の差があって面白い。何となく手に取ると、そのまま止まらなくなってしまう。

「ああ、気をつけるよ」
『あ、そろそろ戻るね〜♪』

 ガショーン、ガショーン、ガショーン

 父さんのゴーレムを見送って、俺はまた本棚へと歩き出した。ふと、パルスルの生活も、こんなだったのかと、彼の事を思い出したりしていた。

 ※ ※ ※

『あなた……』
『やあエルヴィラ、起きてたのかい?』

 寝台の上で微かに顔を動かして、力無くとも微笑む妻に、オリアルはもう何度目かの感動に胸を震わせる。三百年もの間、意識も無く、寝返りさえ打たなかった事を思えば、そのわずかな仕草でさえ彼にとっては代え難い奇跡だった。

『おや? その花瓶の花は』
『エリンちゃん……が。ふふ……偶然……ね』

 方星宮ほうせいきゅうが如何に荘厳であろうと、ここには人が暮らすに必要な、食材やこうした心の余暇にあたる物は皆無に等しい。それまでの住人は、石像のオリアルと、食事の必要性を持たないイングヴェイの分体達のみだったのだから。エリンが食料調達に、森へと赴き、ついでに摘んで来た花に夫妻はしばし見惚れていた。

 セイジンキキョウ。

 ブラドのペンダントのモデルとなっていた、薄水色の可憐ながらも、凛々しさのあるその花は夫妻には別の意味合いがあった。

『クヌルギアス王家の紋章だね。知ってか知らずしてか、嬉しいねこれは』
『ふふふ……あなた、言葉遣い……変えたの……?』

 オリアルは小さく笑うと、恥ずかしそうにエルヴィラの手を取った。

『私はもう、魔王候補者でも、王太子でもないんだ。肉体はとうの昔に失ってしまったからね』
『…………』
『アルファードの成長を見ていたら、もう、引退してもいいんだなって、そう思えたんだよ』
『あなた……』
『これからは、あの子が背負って行ってくれる。なら、私は彼の帰るべき場所を、暖かくしてやる事に、残りの余生を費やしたいんだ』

 三百年前の事件から、オリアルは何も出来ぬ自分を歯痒く思い、より深い当事者意識に自らを律して来ていた。アルフォンスの想像を超えた成長に、彼はその重荷から解放されつつあったのだ。

『あの子……には……苦労を……掛けますね……』
『うん。出来る限りの事はしてやりたい。て、そう思って武器庫を見せたらさ、驚く事があったんだよ』
『……?』
『この三百年間、人知れず武器を集めて来たんだけどね。最近手に入れた魔道具が、何と彼の考案したものだったんだ』
『まあ……!』
『獣人達と協力して作ったんだって、お陰で獣人達も魔術が使えるようになったって。その目的がね、魔公将を倒すためだったらしいんだよ!』
『─── !』
『もう三柱も倒してるって。魔王の資格を何ひとつ持ってなかったのにだよ?』
『…………運命……です……ね』
『そう、何も知らないまま、もうあの子はとっくに、魔王の道を歩んで来ていたんだね。だから私は、王族ではなくて、家族として支えになってやりたいんだよ』

 そう言って、サイドテーブルにある柿の実をとり、オリアルは皮を剥き始めた。

『あら……外は……秋なの……ですね』
『うん、これなら君にも食べられるだろうって、ティフォちゃんと採りに行って来たんだ。もう少し元気になったら、エルヴィ、君も一緒に散歩に出よう』

 ティフォの名を聞いて、エルヴィラは嬉しそうに目を細めた。

『ほんとうに……みんな……いい娘たち』
『ははは、最初は驚いたけどね。五人も連れて来るんだもん』
『ふ、ふふふ……わたくしだって、驚きました……』

 そう言う妻の表情には、日に日に力が戻って来ているのを、オリアルは感じ取っている。
 エルヴィラにとっては、倒れて目覚めたら息子が大人になっている。ショッキングな出来事であったであろう。そのショックを幸せなものに変えているのは、息子の連れて来た五人の花嫁候補者達の、華やかで純真な存在が大きいと彼は思っていた。

『ねえ……あなた。お願いがある……の』
『何だい?』
『編み物の道具を……用立てて……くれませんか』
『んーイングヴェイ達に頼めば、すぐにも手に入れられるだろうけど。どうして?』
『靴下……帽子……色々です……。赤ちゃんには……必要でしょ……?』
『ははは、気が早くないかい?』

 オリアルが笑うと、エルヴィラはフッと鼻の上にしわを寄せて微笑んだ。

『大きな……運命です……もの。明るい……未来を……出来る所から……』

 オリアルは彼女の手を、両手で優しく包み『そうだね』と穏やかにそう言った。

 ※ ※ ※

「あれ? 柿か、外に出てたのかティフォ」

「ん、おとーさんと、行って来た」

 本を両手に部屋に戻ると、ティフォが大量の柿をテーブルに置いている所だった。俺の両親と、五人娘達の関係はすこぶる良好だ。特にティフォは、今までシリルの妖精王を始め、数々の大人に孫のように愛されて来ただけある。父さんも例に漏れず、ティフォを猫可愛がりしているようだ。

「ずいぶんと採れたんだなぁ。楽しかった?」
「ん、おとーさん、肩車してくれた」

 ジト目は変わらないけど、何だか嬉しそうな表情だ。そう言えば、セオドアがブラドを肩車してプラの実採ってた時も、肩車せがんでたしな。

「おとーさんの肩、大っきかった」
「ん……ゴーレムだしな」
「あと、硬かった」
「うん、ゴーレムだしな」

 そこまで言って、ティフォは『うーん』と腕組みをして、考え込んでしまった。

「オニイチャに、肩車してもらうのと、なんかちがう」
「違う? 何がどう違うんだ?」
「んー、オニイチャのは、どきどき。おとーさんのは、ほかほかする」

 ティフォのやつ、親父さんが中々にアレだったみたいだしなぁ、父性に慣れてないのかも知れないな。ほかほかってのは、心が満たされたって事かな?

「日が当たって、石あったまってた」
「……物理的な話かよ」
「オニイチャは、小さい頃、イングヴェイにしてもらってた?」
「ああ、よくしてもらってたよ。ダグ爺も何度かしてくれたっけな」
「肩車、ティフォ、なんか好き」
「うん、俺もまた、してやるよ肩車」

 そう言うと、彼女は目を細めて、腕に抱き着いて来た。そのまま持ち上げて、お姫様抱っこにして抱き上げてたら、頰にキスをして来た。

「オニイチャは、色んなもの、くれるね」
「んー? 父さんの方が、いっぱいくれるだろ、飴とか飴とか」
「ん、なんか黒い飴いっぱいくれた」
「あれかぁ……渋いんだよなぁ」

 ポシェットから飴をひとつ取り出して、指で回しながら、彼女は頭を預けた。

「そういう事、じゃないよ。オニイチャがくれたのは」
「んん?」

 ティフォが少し頰を赤らめて、目を閉じて微笑む。長いまつ毛の奥に、薄っすらと涙が滲んでいるようにも見えた。

「はじめての『あったかい』もくれた。はじめての『どきどき』もくれた」
「…………うん」

 触手時代の事も入ってるんだな。そう言われて、俺もなんだかドキドキして来てしまった。あの頃はただの『』だったけど、今はこんなにも大事な女性になるとは思わなかったな。

「はじめての家族で、はじめてのオニイチャ。ここに来てからは『おとーさん』と『おかーさん』を知ったよ。全部、オニイチャが教えてくれた」

 母さんもえらい気に入ってたもんな。何にせよ、俺の両親をそういう風に捉えてもらえるのは嬉しい。

「オニイチャが『おとーさん』になったら、はじめてティフォのほんとーの家族できるんだね」
「お、おう」
「ティフォ、すごく楽しみ。きっと、みんな幸せに、なる」

 ま、まだ想像出来ないけど……でも、年齢的には俺にだって家族が出来てもおかしく無いんだよなぁ。そう思うと、彼女の体温がより温かく、愛おしいものに思えて胸が高鳴った。

「─── うん、そうなろうな」

 えへへと笑って、胸に顔を埋めて来る彼女が、もう何て言うか……尊い。

 ガチャ……ッ

 と、その時、扉が開いてエリンが帰ってきた。

「おお、お帰りエリン。お疲れ様、何か獲れたか?」
「ふふふ、アル様、今夜の焼肉も期待してていいわよ。赤豹族の狩猟はマールダーいちィ!」

 エリンが付近で狩猟するようになってから、どんどん野性味が増して来てる気がする。実際、彼女が狩りに出ると、確実に質のいい獲物を大量に獲って来るのは侮れない。

「ん? その革袋は、何が入ってるんだ?」
「ああ、これね。ふふふ、これはアル様への特別な贈物よ!」

 手にぶら下がってる革袋は、結構な重量物が入っているのか、膨らんで下に伸びていた。

「熊の肝と、猪の睾丸! アル様のために、今から腕によりを掛けて、煮っ転がすわ!」
「う、その表現は、なんか下腹部がひえってなるぞ⁉︎」

 母さんへの発破がバレて以来、エリンは何かしら俺に精力をつけさせようと、強壮食材ゲットに躍起になっている。それが結構本当に効果があるっぽくて、眠れない夜があったりするから恐ろしい。その上、父さん達が変な気を回したのか、見た事も無いような巨大なベッドが用意され、彼女達と毎晩一緒に寝ている。赤豹族秘伝の強壮料理と、彼女達の甘やかな寝姿、何かOKな雰囲気……。

─── 俺の貞操が、危うい!

 もうすでにエリンの姿は扉の所には無く、廊下を去って行く、彼女の高笑いだけが聞こえていた。もう少し、本を借りて置こう。今夜も長い夜になりそうだ。
 そんなこんなで、俺は実家帰りを叶え、新たな旅の準備を、この方星宮で整える事となった

作者のつぶやき

イングヴェイは雨蛙マニア。
多分、平穏な隠居生活を長くしていたら、
邸宅の門扉の上とかテレビの上とか、
雨蛙の置物だらけだったことでしょう。

なんかフクロウの置物だらけの老人宅とかあるし。

ちなみに僕は結構な鳥マニアでして、
物語の場面切り替えなんかで、
よく鳥のさえずりや姿を使います。

季節感だったり、
自然の深さとか住宅街とか、
そういうちょっとした風景のバロメーターになるからです。

昔のサスペンスドラマで、
庭木の多いうっそうとした邸宅で、
オナガの鳴く『ギャー、ギャッギャッ』って効果音が入ると
『あー、金持ちの主人が殺されるわこれ』
とか思っちゃうやつ。

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