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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十章 魔界

第十五話 女王ペルモリア

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ドワーフたちが成し遂げようとしている新技術。
それを実現するために、
アルフォンスたちはユウルジョウフの移動を食い止めた。

しかし、その力の波動に気がついた女王ペルモリアは、
アントリオン族の兵士を発し、
アルフォンス達を『アーキモル宮殿』へと招く。

彼らの大きな武力と裏腹に、
勤勉実直で大人しい性格に困惑しながら、
女王との謁見で更にギャップを与えられる。

それまで友好的であった女王ペルモリアだったが、
アルフォンスの中に七魔候ロフォカロムの炎を感じた直後、
突如として牙を剥いた。

 アリは一般的に、ひとつの巣穴に数万〜数十万のコロニーを築くと言われている。この数は種類によって異なるが、魔界のアリもそれ程大差はない。

 パルモル平野で、落下したグリフォンをあっという間に覆い尽くしたように、アリは度々自分より遥かに大きな相手を捕食する。数と連携が生み出す力だ。一匹一匹が小さくても、潜在的なポテンシャルは高く、人間と同サイズであれば、象ですらアゴで持ち上げられるという。

 では、その大きさが、人よりも大きく、知性も身につけていたらどうか?

 更に自重で鈍くなるはずの動作が、普通のアリと同等の速度であったならば……。人類など、とうの昔に滅びていたかもしれない。いや、ほとんどの生物が捕食され、生態系は大きく崩れていただろう。つくづく、神の設計というものには、考えさせられるものがある。

 アリのポテンシャルを持った種族アントリオンは、女王を起点としたコロニーを形成し、実に成熟し完結した社会を築く。性質は勤勉実直、多種への攻撃性も低い事から、魔界でも有数の平和な種族である。
 その逆鱗に触れる事さえなければ ─── 。

 ※ 

 アーキモル宮殿、玉座の間。壁の至る所に開いた穴から、人間の一般的な大人よりも一回り大きな体高、体長は馬に近いアントリオンの兵隊達が這い出してくる。天井できらめくシャンデリアの光に、白い牙と白銀の槍を輝かせ、高波の迫るが如き様相を呈して 。

 更に複数の扉も開かれ、宮殿内につながる通路は、全てアリで埋め尽くされてしまった。

「もう一度、問おう……。貴様のその力は、翼帝ロフォカロムのものに相違ないな?」

 女王ペルモリアの声は、先程までとは別人だと錯覚する程に、鋭く重たく硬い。ロジオンが前に出ようとするのを、アルフォンスは手で制し、背後で構えるエリンとユニにアイコンタクトを送る。向き直る彼の瞳は紅く煌々こうこうと、ペルモリアを見下すように、やや反り返った姿勢で向けられていた。

「ああ、そうだ。ロフォカロムなら、俺の魔術で焼き尽くしたよ。俺が喰った。お前の言う所のな。それがどうかしたのか?」

 アルフォンスはすでに対話を諦めていた。それ程にペルモリアの殺気は鋭く、穏便に済むはずもないと、理解していた事もある。

(こうならないワケがねえよな……)

 結局戦うハメになると、彼は何とは無しに感じていたし、今までの魔公爵を考えれば突飛な話でもない。何故だか彼らと闘う事になってしまう。それは、アマーリエの読み通りなのか、それとも七魔候というものが、そういう存在なのかは分からない。避ける術が無いのなら、闘いへの完全なる集中に、切り替えるべきだと判断した。

 ペルモリアは、スッと両手を胸の前に伸ばし、体を半身に構えた。寝そべっていた時には目立たなかったが、その手脚は異様に長い。そのやや湾曲した四肢は、一目でそこに強大な破壊力を秘めるものだと分かる。

 彼女には兵隊アリのような、アリの下半身がない。白銀の外骨格は、まるで体術に特化した、機能的なデザインの全身鎧。その外骨格の内側にひしめく、筋肉と靭帯が、ギチギチと溜め込む力の大きさを音にしていた。

 怒りに震え、その大アゴをカチカチと音を鳴らして、聞く者に本能的な緊張感を強いる。その音は威嚇だけでなく、玉座の間にズラリと並んだ兵隊アリ達を鼓舞するのか、彼らの魔力と闘気がジワジワと高まっていく。魔術で言うところの【狂戦士化】や【肉体強化】の効果があるようだ。

 渦巻く殺気の中、兵隊アリ達の腹部から、笛に似た音がひゅうひゅうと鳴り始める。この音こそが始祖をフエフキアリとする所以ゆえんか、感情の高まりが警戒音を奏でていた。

「…………ここで、

 直後、強烈な閃光が走り、彼女の破城槌の如き正拳突きと、夜切のいなす刃がぶつかり合い、火花を散らした。拳が突き出される瞬間、風圧に耳鳴りが伴い、突き抜ける腕に向かって吸い寄せられるのを感じたアルフォンスは、柄を更に深く握りしめる。
 直後、ペルモリアの拳に押し潰された空気が、パァンと強烈な破裂音を立てた。

「……‼︎ 皆んな散れッ! 俺の背後に立つな」

 ロジオンと赤豹姉妹が、アルフォンスの叫ぶ声に反応し、周りを囲う兵隊アリの群へと飛び込んだ。直後にロジオンの猛烈な火柱と、エリンの雷撃、ユニの魔術印の青い光が方々で上がった。

「─── 【土属性付与ダイア・エンチャント】」

 拳が弾かれ、空を切る勢いを利用して、ペルモリアの体がぐるんとコマのように回転する。直後、言霊と共に、白い光に覆われた彼女の脚が、唸りを上げて周囲を一閃した。
 後ろ回し蹴り。そのモーションから繰り出される脚に、圧縮された闘気が、三日月形の斬撃となって世界を両断する。

「…………【夜を切り裂け】」

 アルフォンスの言霊が、夜切の刀身に青黒い光を閃かせる。高い金属音を響かせ、流水を割る岩の如く、ペルモリアの斬撃が斬り裂かれた。斬撃をしのいだと同時に、ペルモリアの体は更に回転して、速度と重さを乗せた強烈な裏拳をアルフォンスのこめかみに放つ。
 白銀の拳が直撃する瞬間、アルフォンスの体は水鏡の虚像の如く揺れ、霧となって消え去った。

「ほぅ……幻影か……。闘気に殺気を乗せて、残像を見せるとは。ずいぶんと懐かしい闘い方をする」

 女王の言葉には、感心の音色が含まれつつも、より凶暴な殺気が立ちこめる。アルフォンスは虚像を残し、ペルモリアの死角へと回り込んでいた。その位置どりは、ペルモリアの広範囲の斬撃から、三人の仲間を外す角度にあたるもの。

「そっちもな。魔公爵でありながら、能力任せの闘いをしないとはね。
土魔術の付与とは、玄人好みだな ─── 」

 そう言って笑みを浮かべながら、アルフォンスは耳元に喚び出したミィルに、一言二言ポツリと囁く。ミィルはくすりと、妖精らしく悪戯な微笑みをこぼし、黒い鱗粉を舞わせて消えた。

「貴様、妖精使いか。なるほど、ユウルジョウフを動かすなど、規格外なことをやってのけるわけだ。何を企んでおる……!」

「人の話を聞く前から襲い掛かってくるような奴に、企みだの何だの疑われる筋合いはない。それにアイツは友達だ。妖精使は余計だこのヤロウ」

 ペルモリアの石膏像のような、無機質なにらみを、アルフォンスは真っ向から睨み返す。ふたりの間を、闘気と魔力の生み出した風が、ふわりと塵を集めて渦を巻く。

「マドーラ、フローラ! もう一度水脈だ、後続を押し流せ!」
『『はいなーっ☆』』

 鼻から抜けた、おおよそ闘いの場に似つかわしくない魔導人形姉妹の声に、ペルモリアはピクリと反応する。怒りが魔力を熱して押し出し、周囲の温度と圧力が、ムッと上昇した。

 アーキモル宮殿は、そのままアントリオンの巣と繋がっている。
 アルフォンスが左腕に命じたのは、セィパルネの加護による『水攻め』 ─── 。

 この部屋に押し寄せる兵隊アリの後続はもちろん、働きアリ、そして彼らが育む次の命すらも押し流されかねない。

「貴様ッ! 闘う術を持たぬ者たちまで、巻き込むつもりかッ!」

 怒りに震えた一喝。その直後、ペルモリアの姿がぶれると、アルフォンスは弾けたように、左側の空間へと脚を伸ばす。瞬間移動と見紛う、ペルモリアの神速の踏込み、その速度を乗せた、強弓の一矢の如き前蹴りが来る。外骨格に包まれた強靭な筋肉が、靭帯の軋みがそれを告げていた。

 そう見極め、回避したアルフォンスの眼前に、ギラリと揺れる白銀の両眼。

 フェイント。相手を逃げ場に誘い、思うまま絶好の場に落とし込む。超上級の戦闘技術、『殺意を込めたフェイント』だった。かつて師、軍神ダーグゼインから、棒術の免許皆伝をむしり取った、アルフォンスの十八番。その技術を、ペルモリアが完璧に使い熟し、アルフォンスに喰らいつく。不気味な音をいて、アルフォンスの膝へと、ペルモリアの回し蹴りが迫った。

(ローキックは足止め。そのまま正拳突きに全闘気を乗せる気か ─── !)

 土魔術の付与された、マサカリの如き下段廻し蹴りを退いて避ければ、ペルモリアの正拳突きの理想的な殺傷圏内に入ってしまう。一瞬の判断の遅れが致命的となる、老獪ろうかいかつ、流れるような一撃必殺のコンビネーション。

 人間の動体視力では、到底追いつけぬローキックの速度に、アルフォンスは後退せず、むしろペルモリアに向かって飛び込んだ。

(リーチの長さが脅威なら、懐に入れば持て余す!)

 ペルモリアに肉薄した、アルフォンスの手に白い残像を残して、リーチの長い夜切から宵鴉よいがらす明鴉あけがらすの双剣へと入れ替わると、ガラ空きになったペルモリアの腹部へ、ふた振りのククリ刀を叩き込む。

「 ─── フッ」
「……⁉︎」

 その瞬間、ペルモリアがわらった。膝を刈り取りに来ていたはずの、彼女のローキックは空中で急降下し、地面にドンと突き立てられた。それは踏込みへと流れ、腰溜めの捻れを生み出す。

 メキィ……ッ‼︎

 慌ててクロスガードするアルフォンスの腕へと、ペルモリアの痛烈な肘打ちが叩き込まれ、骨が生木の軋みのような悲鳴を上げた。弾き飛ばされるアルフォンスの腕から、朱の飛沫がほとばしる。

「ぐッ、あぁ……っ‼︎」

 常時、魔術によって強化された腕は、両断と骨の粉砕こそ免れたものの、鋭く重い肘の衝撃に、肉がバックリと裂けた。激痛に顔をしかめ、呻きを漏らしつつも、瞬時に回復魔術を行使する。

「……ほぅ。今のでも対応出来るのか。それにその回復魔術、無詠唱だな? 一体、何者だ貴様は」
「ヘッ、無駄口叩いてるヒマはなさそうだぞ? 感じないのか、足下の振動を」
「 ─── ⁉︎」

 ペルモリアがハッと我にかえる。床に細かな亀裂が走り、赤茶けた水がジワリと浸み出し、宮殿全体が微かに震えていた。

「「「……ギギィッ‼︎」」」

 右手を横に突き出したペルモリアに、配下の兵隊アリが複数応答し、壁の穴へと駆け出す。

 ボウンッ‼︎

 刹那、爆炎が上がり、室外へと向かっていた兵隊アリ達が吹き飛ばされる。

「戦を仕掛けたのはペルモリア、お前だ。アントリオンは女王を核とした、ひとつの生命体。オレたちに刃を向けたんだ、末端の者たちの命を賭ける覚悟あってのことだろ?」

 肩越しにペルモリアを睨み、周囲に幾条もの炎の蛇を舞わせ、ロジオンの声が冷たく響く。その言葉を後押しするかのように、玉座の間を囲ってひしめく、兵隊アリの群れにエリンの雷撃が轟く。彼らの足を止め、吹き飛ばし、爪で浅い傷を撫でるように刻み込む。

 いつしか、この広間の床には、巨大な魔術印が敷き詰められ、鈍い光の鼓動を放っていた。

「ユニ、これくらいでいいでしょ?」
「うん。充分なの。……お休みなのアリさん」

 天井近くの壁から、突き出して並ぶ紋章旗の上、そこから脚を組んで見下ろしていたユニが、宙に発動の魔術印を描いた 。

「─── 【不完全自動回復印アンガフラウヒール従動開放リンク】」

 刻まれたのは、複数の術式が重ねられた、歪な【自動回復オートヒール】の魔術印。本来ならば、薄緑色の反応光を放ち、掛けられた者の傷を、じわじわと回復していくものである。過酷な状況下で、削られていく体力を、一定時間補填する目的で使用される魔術だ。

 だが、兵隊アリ達につけられた傷は、弱々しく青白い光を放ち、時折、黒い霧を噴いていた。

 ドサッ、ドサドサドサ……

 兵隊アリ達は、力無く六本の脚を曲げ、床に腹をつけてグッタリと項垂れる。この場に押し寄せていた兵達の数は、およそ二百以上。その内の四分の三ほどの兵が、同じように倒れ、手にしていた白銀の槍を落とす。

「な、何が……ッ! 貴様ら、妾の息子たちに何をしたッ⁉︎」
「いちいち大声出さなくても聞こえてるの。自動回復魔術を、わざと失敗させただけ。傷口に生命力をいっぱい集めて、治す。その『治す』が出来ずに、全身の生命力を噴き出してるだけ」

 回復魔術の多くは、対象者の生命力を著しく上昇させ、傷の治りを早くする仕組みだ。 【自動回復オートヒール】は、対象者の魔力を少しずつ利用して、回復力を局所的に高める目的でも使われる事がある。その回復が起こらず、ただ生命力を肉体の一部分、露出した傷口に集めたらどうなるか?

「ごめんなさいするなら、今なの。そうすれば、止めてあげる。魔力切れで衰弱死することもないの」

 生命力を放出させながら、みるみる力を失っていく蟻達。ユニは少し垂れた眼を、眠そうにゆっくり瞬きさせて女王を凝視する。

 本来、失敗した術式は暴発か消滅か。わざと失敗させて、その効果を利用するのは、複数の魔術印を絡めて発動してこそ。ユニとエリンの編み出した【従動解放リンク】の真骨頂であった。

「……クッ! 何と面妖な手を……!」

 怒りに我を忘れ、眼を紅く光らせて震える女王に、エリンの声が静かに響く。

「 熱くなり過ぎよ? アタマ張ってる女王の割に、いやに配下に気配りをするのね」
「当たり前であろうッ! 腹を痛めて産んだ我が子の命を、無下にする親があるかッ! 我が兵の前に、我が子! それを貴様ァ……ッ」
「兵隊アリとして生まれて来た彼らにとっては、闘いでの生き死には、本分ではないのかしら? 闘いの最中に、長が配下に気を取られるなんて、あたしたちの種族では考えられないわ。
……いいえ、種族の差なんてどうでもいい。頭を下げろとは言わない、その拳を下げれば済むことよ」

 獣人族は戦闘民族である。その最たる赤豹族のエリンにとって、ペルモリアの動揺は、過保護なものにしか見えなかった。ペルモリアはエリンの言葉に、すうっとその殺気を納め、構えを解いた。

「……『生まれて来た本分』か。ふむ、一理ある。獣人族は総じて戦闘バカかと思っておったが、中々どうして」

 それまで戦意高揚していた兵隊アリ達も、構えを解いて棒立ちにになると、やがてひとり、またひとりと、元来た穴から出て行った。あまりに呆気ない結末に、アルフォンス達はやや呆然としつつ、ペルモリアを眺めている。

「手を引くなら、水も止めよう。兵を退けた、これはそういう事でいいんだな?」

 ユニの魔術印も解かれ、倒れていた兵達も退出した頃、アルフォンスは静かに言う。その問い掛けに、ペルモリアはニコリと慈母の微笑みを浮かべ、手を広げた。

「いきなりキレるから驚いた。ロフォカロムについても話を ─── 」
「……いや、よい」
「「「…………?」」」

 ペルモリアは口元をほころばせたまま、目を閉じた。

「……『良い』って、何が『良い』んだ?」

 彼女の白銀の指先が、自らの左肩から右肩へと、ゆっくり真一文字に引かれた。突如、その動作に呼応するかのように、玉座の間の床を黄色い魔術式の光が埋め尽くす

「……水を止めなくても結構。止めるのなら、術者を消し去れば良い。ふふふ、そこな小娘の言う通りじゃな。妾は妾の『生まれて来た本分』を全うするとしよう。降伏のために兵を引かせたとでも、思ったのか人間。妾は魔公爵ペルモリア、パルモルの王ぞ」

 開かれた眼がギラリと光る。アルフォンスは本能的に、言霊を叫んでいた。

「 ─── 【着葬クラッド】ッ‼︎」
「魔界は力ある者の世界ッ! この領内に及んでは、誰が王であり、誰に従うべきか、その身を持って知れッ‼︎ いざ、奏でよう【アーキモルの笛】」

 ドクンと、空気が脈を打った。アルフォンスとユニが、慌てて対土属性魔術への動きに入るも、はたと手を止める。

 キィィ……ィィイイィィ……ン……

 ロジオンと赤豹姉妹が、耳を塞いで体を縮こめる。魔術では無い。ロフォカロムやセィパルネの使った、魔公爵の力だという事は分かっても、何が始まったのかアルフォンスには見当もつかなかった。

「うぅっ、あ、頭が……!」
「ユニ⁉︎ お、おい、エリン、ロジオンも、一体どうした⁉︎」

 慌てて三人にそれぞれ問い質すアルフォンスに、ペルモリアは不審げに眉をひそめた。

「妾の力が通じぬとは、貴様本当に何者だ? その禍々しい鎧姿、並外れた戦闘技術。それに、貴様の体の奥底に垣間見える、桁外れた魔力の量。いいや、まだまだ隠しておる。貴様、人間などではないな?」

 アルフォンスが答えようとした時、エリンとユニの体の周りに、黄金色の魔術式が現れ、パキッと音を立てて発光した。姉妹はそろって床に膝をつき、何かを振り払うように、頭をブルっと震わせる。

「アル様、こいつ、あたしたちを乗っ取ろうとした……!」
「 ─── なにッ⁉︎」
「うぅ……。ソフィに教わった【生命維持】の術式が掛かってなかったら、危なかったの」

 漆黒の髑髏どくろが、ペルモリアに向き直り、強烈な殺気を放つ。

「我が【アーキモルの笛】に耐える者が、三人も現れただと……! なぜ、これ程の者たちが、人界からわざわざこの西の外れの地に!!」

 ペルモリアの能力は、人心を掌握し、手足とする洗脳の力であった。その力は絶大で、この魔界でも耐えられるのは、他の魔公爵か、魔王くらいなものである。本来柔和で争いを好まない彼らは、それでも危険視され、太古の昔、王都から離れた場所を充てがわれた程である。

─── ペルモリアは混乱していた

 アルフォンスに効果が無かったのは、拳を交え、己の実力と拮抗し得る能力者だと、納得出来ずとも説明はつく。しかし、自分に比べれば魔力量の劣る、獣人族の小娘ふたりが、何らかの魔術によって耐えた事が信じられなかった。

 ペルモリアは知らない。まさか目の前の獣人ふたりが、獣人族でありながら魔術を駆使でき、かつ、女神オルネアの手解きを受けているなどとは。

 ゴオゥ……ッ‼︎

 玉座の間、その遥か高い天井を、紅蓮の炎が噴き上げた。アルフォンスと赤豹姉妹は、その姿にショックを隠せなかった。対してペルモリアは、ホッと胸をなでおろす。

─── 炎帝ロジオンには、人身掌握の力が届いたのだと

 白い帽子のつばを押さえながら、ロジオンはアルフォンス達に向けて、手を突き出した。

『……【太陽風ヘリオース】』

 プラズマの火で焼かれたちりが、紫の光の帯を曳きながら、赫灼かくしゃくと燃える二匹の龍となって、三人に襲い掛かる。ユニが慌てて、火属性の【解呪】を試みるも、魔術印が一瞬にして焼き払われた。

 ロジオンの炎は、呪いによって生まれた、魔術とは異なる道理の現象。術式の書き換えで、制圧する方法は無い。唖然とするユニの顔が、炎の照り返しに赤く染まる瞬間、エリンが妹に被さり、盾となった。

「だ、だめ……お姉ちゃ ─── !」

 いつもそうだった。口数の少ない姉は、幼い頃からこうして、自分を守るために犠牲になる事をいとわない。この炎に、姉の肉体では耐え切れないだろう。

 ふたりとも一瞬で消炭にされる。

 それを悟ってか、自らを抱き締める姉の腕は、ふり解けるような力などではなかった。情け無い気持ち、申し訳ない気持ち。それと同時に、愛されている喜びと切なさが、ユニの心を焦がす。

(あの時もそうだったなぁ。人間から逃げ回る森で、アンデッドに囲まれた、あの夜……)

 自分を庇う姉もろとも、串刺しにされた、暗く狭い密林の細道。辛くて、恐ろしくて、そして人生を変えたあの夜の記憶。

「 ─── 喰いつくせ【召喚サモン冥界ノシュランゲル・ヴィーディ】」

 閉じたまぶた越しに、青白い閃光を感じて、ユニは恐る恐る目を開ける。炎の暴虐は消え失せ、二匹の炎龍には、暗い藍色のおぞましい蛆虫が履い、喰い尽くされようとしていた。

 言葉を失う姉妹は、冥府の汚泥に住う、不気味な蟲よりも、その手前に立つ者の姿にただ見惚れている。盾になろうと、抱きついた姉の前に、さらに盾となって立つ漆黒の後姿。あの長い恐怖の夜を終わらせた、夜闇よりも黒く、そして希望に満ちた背中。

 アルフォンス・ゴールマイン。姉妹を助け、獣人族の未来に、光をもたらした男。

 師匠にして最愛の婚約者ならば、ロジオンに掛けられたペルモリアの洗脳も、あるいは解けるのかも知れない!

 エリンとユニはそう思い、その希望に胸を熱くさせ───

 ドッゴォ……ッ!

 触手で羽交い締めにされたロジオンは、衝撃波が目に見える程の、強烈なボディブローを打ち込まれ、ポイっと床に捨てられた。

「面倒臭え……。悪いなロジオン、ちょっと軽めに死に掛けててくれ」

 ブラックどくろんは、手をパンパンと払いながら、いら立たしげに溜息を短く吐いてそう言った。激痛に横隔膜が収縮したのか、ロジオンは喉をひゅうひゅうと鳴らしながら、それでもなお『てめ……!』とか『し、死ぬ』などと呻き、痙攣している。

「「んん? あ、あれれぇ⁉︎」」

 思っていたものと大分違ったのか、エリンとユニは思わず変な声を出していた。だが、その声も直ぐに呑み込む事となる。

 凄絶な殺気。胃から酸いものが込み上げ、脳圧に思考を押し潰され、下腹部の中から地面に押し付けられるような重圧。その殺気を可視化するかのように、ドス黒い魔力の霧が、辺りを蹂躙じゅうりんししてゆく。

「…………なっ、なん……! あ、う……っ」

 ペルモリアの喉から、声にならぬ声が、絞り出される。

 恐怖、畏怖、戦慄、恐慌。
 生命活動を停止される絶望、それは単純明快にして、生物の根底に息衝く情動の源泉。その場にいた誰もが、己を抱き止め、地に引きずり込む死神の幻影に囚われた。

「感謝する。ペルモリア。お前のお陰で、こんな単純な事すら忘れてた、てめえのすっとボケ具合に気づけたよ。『俺は俺の身内を失いたくない』。ああ、そうだよ。単なる俺の制御欲求だ。なら、そこから一瞬でも目を離しちゃならねえ。細かい事は後で考えればいい……」

 噴き出す殺気とは裏腹に、静かな声が玉座の間に凛と響いた。深淵を切り取ったような、漆黒の鎧が音も無くうごめき、更に禍々しく変貌して行く。

「……な、何を言って……い……る?」
「ああ済まない、独言だ。簡単に言うとだな……
─── てめえ、俺の身内に何してくれてんだ?」

 地の底から響くような声と共に、髑髏どくろの両眼が、赤紫色の光を灯す。 辺りを暗がりにせんと漂っていた、ドス黒い魔力の霧が、アルフォンスに吸収されて行く。

 棒立ちになるアルフォンス。その絶好の隙を、ペルモリアは身動きひとつ取れずに、眺める事しか出来なかった。ただただ、髑髏の頭上に煌々と輝く、巨大な角に目を奪われた

 荊の冠をいただいた漆黒の髑髏。暗がりよりも沈み込んだ暗黒の鎧には、無数の顔が浮かび、苦痛と怨嗟えんさの表情を浮かべていた。その口からで吐き出される、青白い霊気は、引き寄せられた魔力の風に、マントの如く背中にたなびく。

「…………き、きさま……いや、あなたは……
─── ま……魔お」

「……お前……体術が得意だったな?」
「へ……? ……うグッ⁉︎」

 ペルモリアの上半身がブレ、くの字に体を曲げて宙に浮く。外骨格の腹部が、アルフォンスの拳の形にめり込み、彼女の体は残像を残す勢いで、上後方へと打ち上げられた。口から藍色の体液を散らし、シャンデリア近くまで到達するペルモリアの眼に、漆黒の悪魔が体を丸めて宙返りする姿が飛び込む。

 次の瞬間、縦回転する体から脚が伸び、強烈なかかと落としが、腹部へと振り下ろされる!

 ペルモリアは腰から叩きつけられ、床を大きく陥没させて尚、なす術なくバウンドする。その真上から、空を蹴り、高速で落下しながらペルモリアの腹部を踏みつけた。

「…………ガッ……ハァッ‼︎」

 内臓から押し出された、ペルモリアの呻き声が上がった時、衝撃に耐え切れなかった床が、大きくすり鉢状に崩れる。苦し気に伸ばした、ペルモリアの震える腕を、無情な鉄履が踏みつけて押さえた。
 激痛と恐怖に、ただ残された視覚のみに頼り、女王は羽をもがれた羽虫の如く、見上げるしか術は残されていない。

「……後は、土魔術も得意だったよな?」
「 ─── ッ⁉︎」

 それを目にして、ペルモリアは腹わたを、凍てつく手で握り潰されたような感覚に陥る。人差し指を掲げた、邪神の如き男の頭上には、天井を埋め尽くす程の鉄塊が、先を鋭く輝かせて浮いていた。この悪夢の塊で、これから自分に何をされるのか、紅く光る髑髏の両眼を見れば一目瞭然。

(……死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ。妾はここで滅びる。いや、この土地ごと滅される……)

 この世に生を受けてより初めて感じた、胸の奥を席巻する虚しい充実感に、ペルモリアは全てを悟った。

「…………負け……だ。無礼を、詫びよう……。この命……どうとでも……。
た、ただ……我が子らは……。この地の民たちには……どうか、情けを……」

 すでに非戦闘員のアリ達や、彼女の卵は、セィパルネの加護によって起こされた大波で失われてしまっただろう。せめて、生き残った者達があれば、地上にいる愛する民達さえ、息災が保証される事を彼女は願った。
 その言葉に髑髏の兜を脱ぎ、アルフォンスは紅い瞳で彼女を見下ろした。

「んなモン、いらねえよ。分かったんなら、もういい。俺は、話を聞かねえ奴が嫌いなんだ」

 ペルモリアはその言葉に、何故かセィパルネの高笑いを思い浮かべて、意識を手放した。その安堵の表情に向け『大体お前、不老不死だろうが……』と突っ込まれたのは、耳には届かなかった。

作者のつぶやき

女王ペルモリアがエリンの言葉で、矛を収めるかと思いきや『いや、よい』と言い出す流れ。
『自分の不機嫌な原因を分かれよ』なキレ方を彷彿とさせますね。

「分かったよ、じゃあこうすれば良いんだな?」
「……いや、いいよ」
「え?」
「もういいよ!」

そこで「じゃあ、もういいのね?」と放置すると、長期戦勃発するあれです。
あれは「言わなくても分かるよね?」のシリーズなので、最初っから正解していないと解決は難しいやつです。

これも「思い通りにしたい」「分かっているはず」など、周囲をコントロールしたいとする欲求の表れなので、表面的な対応では難しい。
大抵が幼く物心が付いていない頃に、親を似た選択で動かしたり、そういう方法を取る近くの人物を見て獲得した処世術なのです。
行動原理は幼児なので、感情のコントロールもそのまま、◯か☓の結果しか生みません。

実は本人が一番苦しんでいるんでしょうね。
世界に◯か☓しかないのは、それこそ思ったんと違うだけで大問題ですから。

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