本文へ移動

Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十話 魔界

第十二話 職人街

あらすじを見る

パルモル平野を無事に越え、
アルフォンス達は七魔候ペルモリアのいるパルモルに到着した。
謁見に供えロジオン達が動き出す。

その夜、アルフォンスは再びスタルジャの精神世界へと入り込むが、
それまで過去の惨劇を繰り返し見せ続けるだけだった世界に変化が起きた。

直接、スタルジャの前にダークエルフのスタルジャが現れ、
心に揺さぶりをかけ始めていた。
事態を重く見たミィルは、
現実世界にも強く影響しかねない精神世界での危険性を説きつつ、
スタルジャの救出に乗り出す。

しかし、ダークエルフは槍を向け、
アルフォンスに明らかな敵意を向けて襲いかかった。

 永遠に広がる暗闇へと食い込むように、黄金色の光が小さく灯る。草が風に揺れ、花々の咲き誇るその世界に、漂うのは柑橘かんきつの香り。

 その闇と光の世界の狭間を、白い一撃が闇から伸びて、突き通した。銀色の長い髪を、怒りの波動にざわめかせ、紫の瞳を怒りに紅く染め上げたダークエルフ。かつてロゥトの里で、槍の名手とうたわれた戦士エノク。川面を飛ぶ、カゲロウですら射抜いたという彼の技を彷彿ほうふつとさせる、芸術的な一突き。

 美しい白い杖が、変化して出来た槍。アルフォンスに抱かれ、紙一重でかわすその一瞬の情景に、スタルジャは父の面影を重ねて目を見開いた。

「なにをするッ!」

 すり抜けた突きから一転、跳ね上げるように、首へと迫る槍の穂先をかわして、アルフォンスは叫ぶ。断たれた髪が、パラリと宙を舞った。スタルジャを背後に回して盾となり、槍相手に無手で構えを取る。その猛虎の如き、殺意と迫力を持った佇まいの中、実際アルフォンスは舌を巻いていた。

 闘気も魔術も使えない。精神世界で、闘うのは初めての事。今、この段階で、闘う手段のほとんどが役に立たぬ事を知ったのだ。

(向こうは槍を持ってる。それだけでもアドバンテージはデカイってのに……)

 アルフォンスに仕込まれたあらゆる武術の中には、武器を持つ相手との、徒手空拳の格闘技も含まれている。とは言え、武器を持つ相手とのリーチの差、リーチの生み出す力の差、何かしら埋めなければならない部分は大きい。その上、この精神世界の主導権は、このダークエルフにあるのだろう。明らかに相手には肉体強化が掛けられている。

『アルフォンス、ごめん! まさかこっちに攻撃してくるとは思わなかったよーっ!』
「ミィル! お前は何か出来ないか?」
『無理! この世界が複雑過ぎて、アルフォンスをここに繫ぎ止めるので精一杯!』

 アルフォンスが必死に槍をさばく中、ミィルと会話しているのを、スタルジャは半ば混乱して見ていた。

「……えっ! ミィル、ミィルがそこに居るの?」
「ああ、今ブンブン飛び回ってるよ! 見えないのか……?」

 背後から返事はない。どうやらスタルジャ自身も、この世界では力を発揮できていないようだ。それは主導権がダークエルフにあるからか、それともアルフォンスとつなぐ『香り』のような、キーワードがミィルに紐付けされていないからか……。

 必死に背後を守りながら闘う背中を見上げ、スタルジャは力無い自分に、再び負の感情をもたげていた。

「 このッ!」
「止めろスタルジャッ!」

 背後から飛び出し、スタルジャが参戦しようとするのを、アルフォンスは制した。そのわずかなスキを突いて、アルフォンスの左肩を槍の穂先がかすめる。

「ぐ ─── っ⁉︎」
「あ、アルっ⁉︎」

 白いシャツが弾け、肉が引き千切られても、血は一滴もこぼれなかった。代わりにアルフォンスの体から離れた、小さな肉片とシャツの切れ端が、霧のように消滅する。

 拒絶。この世界での攻撃そのものが、存在の拒絶を意味しているのだと、アルフォンスは自らの体で感じ取っていた。

「だ、だめ! もうこれ以上、私のために誰かが死ぬのは」
「大丈夫だ!」
「何を言って ─── 」

 アルフォンスは、追い討ちに出たダークエルフへと、飛び起きて迫る。神速の突きを、残像を残してかわし、ダークエルフの体に組み付いた。

 武器も魔力も無い。だが、アルフォンスには今まで培って来た、闘いの経験とセンスが、確かに刻み込まれている。その一瞬の反撃に、スタルジャは喉を鳴らした。捕らえられたダークエルフも、呆気に取られ、振り解く素振りすら忘れている。

「ここには俺が居る! 今は見えなくたって、ミィルがずっとお前の事、助けてくれてたんだ! 絶対にスタルジャを助けるんだって、みんなでずっと協力し合って来たんだ。こんな所で俺は死なないッ!」

 その言葉に、スタルジャは顔を覆って、せきを切ったように嗚咽おえつを漏らした。ようやく我に返ったダークエルフが、必死に抜け出そうと暴れるのを、渾身の力で抑え込む。完全に自由を奪うために、ダークエルフの体を地面に倒そうとするも、見えない何かに強化された彼女の脚は、ビクともしない。

 抵抗する力も、更に強化され、次第にアルフォンスの体がわずかに引き離され始めた。本来の彼の力と、力学に裏付けられた効果的な制圧も、今や圧倒的な力に覆されようとしている。その動揺を抑えるように、アルフォンスは背後のスタルジャへと、落ち着いた声で話しかけた。

「心配するな、絶対にここから連れて帰る。スタルジャは手を出しちゃだめだ。
この世界じゃ下手な攻撃が存在の拒絶につなが ─── 」

 その声は耳元で聞こえた。
 背筋が凍りつくような、研ぎ澄まされた殺気と共に。

「私がイヤなのよ。もう、誰かに守られて、何も出来ないことが……」

 アルフォンスが振り返るより速く、白い手の掌底が、ダークエルフのあご先を打ち抜いた。急に力の均衡が破れ、その場に転ぶアルフォンスの横を、スタルジャが駆け抜ける。

「……よくも、よくもアルにッ!」

 跳ね起きて、槍を取り持とうとするダークエルフに、スタルジャの鋭い前蹴りが襲い掛かる。瞬時にそれを槍の柄で受け止めるも、槍は真っ二つに折れ、ダークエルフの体を吹き飛ばした。アルフォンスと同じく、力を出せぬ彼女にも、ソフィアやティフォに鍛え上げられた闘いの術は息づいている。

 そもそも、アルフォンスにのみ向けられていたダークエルフの意識は、スタルジャからの攻撃を全く想定していなかったようだ。

 彼女も。だが、今その行動が意味するものは……

 起き上がりかけて、その光景を目の当たりにしたアルフォンスは、目を見開いていた。ダークエルフの体が、地面に叩きつけられるのを見下ろし、スタルジャは追撃の間合いへと瞬時に詰める。だが、倒れたはずのダークエルフの姿はそこにはなく、スタルジャはたたらを踏んだ。

『 ─── したな?』

 スタルジャの耳元で、笑いをこらえたような含みのある声が呟かれた。

「…………スタ……ルジャ?」

 アルフォンスの上ずった声にも、スタルジャは目を見開いたまま、ピクリとも動かなかった。

『ダルディルが剣で斬られた時、どうだった? ノゥトハークが矢に射たれた時は? アジャタが斧で殺された時は? パパが槍で刺された時は、どうだった?
……ママが蹴り殺された時、どうだった?』

 咲き誇っていた草花が、瞬時に色褪せて枯れ、風に散って行く。スタルジャとダークエルフの足元に、真っ黒い道がスッと通ると、二人の体が落下する。

「やめ……やめろおおおぉぉぉぉぉッ‼︎」

 突如口を開いた漆黒の谷へと、アルフォンスが飛び込もうとするが、ミィルに引き離された。谷は更に広がり、あっという間に二人の姿は、奥底へと落ちて行ってしまった。

『……う、ひぐっ……。だめだよ……アルフォンス……。一度、帰ろ……?』
「スタルジャが……スタ……スタルジャが……」

 その深淵の底からは、スタルジャが蹴り折った槍が浮かび、白い霧になる。それが再び最初の杖の形に戻ると、光を発して、アルフォンスとミィルを精神世界から引き離した。

 ※ 

「うわああぁぁぁぁぁあああッ‼︎」

 大声で叫び、跳ね起きる。有機的な形の小さな部屋に、自分の声がわずかにこだまして消えた。材質の分からない、フカフカのマットの上に立ち上がり、指先で魔法陣を描き出す。そこから浮かび上がった少女は、スーッとマットの上に横たわり、わずかに寝息を立てていた。

「スタルジャ……おい、スタルジャ……?」
「…………」

 パルモルの宿の一室。窓から射し込む、青白い月明かりの下で、スタルジャは変わらず眠ったままだ。

 彼女の体から、ミィルが飛び出して、俺の胸元にしがみつく。その小さな体はカタカタと震え、ひどく冷え切っていた。かすかにミィルの泣き声が、かすれた声でさざめいている。

「アルくんっ!」

 ソフィアが部屋に飛び込み、俺達の様子を見て、立ち尽くした。その後ろから、ティフォと赤豹姉妹も現れて、俺を見つめている。

「失敗……した……」

 喉が震えて、それ以上の声は出て来なかった。

 ※ ※ ※

─── 六日後

 ロジオンの案内で、パルモルの街の西部にある『職人街トゥレ・クラフトル』に訪れた。パルモル自体、活気に満ち溢れた街ではあるが、ここはまた独特の喧騒に沸いている。

 パルモル平野は、鉱脈に恵まれ、その資源の活用で生計を立てているという。その鉱脈の発見と開拓は、このペルモリア領の家臣とも言えるアントリオン族が担っていた。街の一部を職人に開放し、税とインフラ面で優遇する事で、技術の発達を促す。
 それはペルモリア魔公爵領に、大きな利益を生み出し、代わりにアントリオン族は職人達を守っている。まさにウィンウィンの関係だ。その職人街の一画に、金属に似た材質の、無骨で異質な建物がドンと広がっていた。

「おおっ、ロジオンか! 入れ入れーッ!」

 筋骨隆々の壮年男性が、俺達をその建物の中へと招いた。

「(話には聞いてましたけど、ちょっとイメージと違い過ぎませんか?)」
「(あー、魔界ってマナが豊富だからな、すくすく育ったんだろ、たぶん……)」

 ソフィアが戸惑うのも無理はない。目の前にズラリと座しているのは、ドワーフ族の一団だ。パルモルの職人街随一の工房、ドワーフ達の職人ギルド『ドワルフ・ツワルフ』の本部がここになる。

 だが、身長が俺と同じか、それ以上はありそうな者も多い。シリルに居たドワーフ族は、ティフォと同じくらいの身長で、ずんぐりとしていた。ここに集まる彼らは、高身長ではあるのだが、頭身比率がシリルのドワーフとあまり変わらない。そのまま巨大化した感じだ。

「おおっ! そこのデカいのが、ロジオンの言うとった御人じゃな? おうおう、いい面構えじゃて、流石はガイセリック様の弟子よ!」

 ドワーフの例に漏れず、大太鼓を叩いたような大声で現れたのは、ギルド長のグラベン。身長は俺と同じくらい、白髪混じりの赤毛は、沸き立つ溶岩のように見える。

「アルフォンスだ。よろしく頼む」
「無論、こちらこそじゃ! 所で、何だってお前さん、妖精なんぞ抱いておるんじゃ?」

 ミィルは今、俺の胸元に抱かれて眠っている。スタルジャの精神世界で、ダークエルフ主導の世界に長く止まったせいか、魔力が枯渇しかけていた。今はその処置として、身を触れ合わせて、俺の魔力を直接渡している。
 妖精は普通の人には見えないが、流石は精霊に近い種族のドワーフ、ミィルの姿が見えているらしい。

「まあ、色々あってな。こいつは今、休暇中なんだ。そっとしておいてやってくれ」

 正直言うと、俺もそっとして置いて欲しい所だ。スタルジャを救えず、更に危険な状況に落としてしまったショックは、未だに抜けてはいない。

 魔公爵ペルモリアは忙しいらしく、接見するのは数日先になる。出来ればそれまで、あまり人と関わりたくはないってくらい、気持ちが前向きになれずにいた。ここにだって、本当は来るつもりも無かったが、ドライアド族のドニーゴの相談が、ロジオンには対応出来ずヘルプが来たのだ。
 それがこのドワーフ族だったわけで、シリルでドワーフにお世話になっただけに、放っておく事も出来ず請け負うことにし。

 ユニが描いてくれた、鎮静効果とリラックス効果のある魔術印に触れる。あの日、俺の犯した失敗は、致命的なようでいて、通過儀礼みたいなものではないかとソフィアは言った。

 だが、やはり胸にぽっかりと穴が開いたままだ……。

 ※ 

─── スタルジャの精神世界から戻った直後

 魔法陣の中から、ローゼンが出て来た。彼女はローゼンオオコウモリとして、今日も遊びに来ていたが、スタルジャ奪還失敗の報せに、転位魔術ですぐに来てくれた。今はなるべく安定させるために、スタルジャを隔離世界に寝かせ、婚約者連合が総力を挙げて処置をしていた。

 俺は消耗し切ったミィルを抱いて、直接魔力を分け与えている。ミィルの髪は紫がかった黒から、元の明るい金色に戻っていた。精神世界の中で、俺とスタルジャを守るために、かなり無理を押してくれていたらしい。下手したら、存在自体が危なかった。

 時折、苦しげにうなされるのを、指先で背中や頭を撫で、安心させていた。そんな時、ミィルは不安げに薄く目を開け、俺の指に頬ずりしたりして、また眠りに就く。彼女を癒すために、こうしているものの、実際は俺も癒されている感がある。

「大変でしたねダーさん。でも、大丈夫。スタちゃんの自我は消えてないのです」
「そうか、ありがとうなローゼン。こんな夜遅くに」
「自分で決めたこととは言え、みんなの近くに居られないことを、苦しく思うですよ。そこに居て、何が出来たかは分からないですが、自分だけ安全地帯にいるようなのです……」

 うつむく彼女の手を取り『そんな事はない、助かっている』と言うと、俺の手に額をくっつけて溜息をついた。

「アル様、終わったわ。これでもう大丈夫だと思うけど……」
「私たちの処置は成功なの。詳しいことはソフィから」

 魔法陣から赤豹姉妹とソフィアが出て来た。ティフォはまだ、中で何か処置をしているらしい。

「状況はほぼ掴めました。アルくん、今はショックかも知れませんが、悪いことばかりじゃないです。聞いてくれますか?」
「ああ……。頼む」

 スタルジャの自我は、更に深くまで落ち、もうミィルの手の及ばない所まで行ってしまったそうだ。だが、俺と結んだ守護契約は、彼女の魂そのものと繋がっていて、そこからなら何かしらの働き掛けが可能だろうという事だった。

「現に今、ミィルちゃんを通して、アルくんの魔力がスタちゃんの奥深くまで届いて行ってます。少し時間はかかりますが、スタちゃんの自我が回復する可能性が高いんですよ。意外と人の心って、タフですからね」
「うん。スタルジャは、ずっと自分を責めて、過去の悲劇を背負って来たんだ。きっと俺なんかよりずっと強い」

 しかし、あの世界でダークエルフの姿をしたスタルジャが仕掛けてきたのは、明らかにスタルジャを更に深い所へと陥れる狙いが感じられた。全ての会話は捕らえられなかったが、俺がふたりに近づいた時、ダークエルフはスタルジャを肯定しようとしていた。しかし、スタルジャの様子を見るに、その前に強く揺さぶられたようだった。
 そして、俺に襲いかかり、スタルジャを前に引きずり出して否定させ、自失状態になった隙間を狙って、過去の悲劇を思い出させて崩落させた。

「あの深い底から、俺はどうやって彼女を救い出せば良いんだ……?」

 正直、今は俺に何が出来るのか、さっぱり浮かばない。谷底へと落ちていく彼女の姿が、何度も頭の中で繰り返されていて、考えが浮かばない。そんな俺の様子に気がついたのか、ソフィアは悲しげに微笑み、優しく言い聞かせるように話す。

「これは……あくまで私の考えですが。アルくんが救えなかったというわけではないと思うんです」
「…………?」
「人は、自分だけには絶対に嘘をつけません。だからこそ、自分自身に触れられたくない過去を、指摘されるのを恐れます。思い返したくないし、気がつきたくないんですよ」

 そうかも知れない。気にしてる事を、他人に指摘されて不快になるのは、自分自身がそれを直視して、その事実を受け止めたくないからかも知れない。

「だから、時に人は自分の過去や弱さを認める時、大きなショックや心の揺れを起こして、強いエネルギーを起こします。『あー、分かったよ! オレはそーだよ!』みたいな、破れかぶれに近い感じ、あったりしますけど」
「…………耳が痛い」
「ふふ、アルくんにもありましたか。でも、形はどうあれ、ありのままの自分を受け止めるには、そんなプロセスがあるじゃないですか。スタちゃんの行動も、ソレだったんじゃ……ないですかね?」

 確かに。スタルジャはあの時、怒りを露わにして、殺気まで放っていた。あそこまで怒るのは、マラルメに挑んだ時と、メルキアでダークエルフ化した時だけだ。
 その二つとも、自分のために怒っていたのではなかった。

 あの時、俺に怪我を負わせた事を口にしていたけど、自身のために怒っていたようにも思える。怒りって、時々、本質じゃなくて目の前の事を理由に、発露したりもするし。

「今回のことも、ヤケとか、ただのブチギレではないと思うんです。それだけ、スタちゃんの心にある傷は、生半可じゃないですからね」
「そうだ……。うん、そうだな……」
「今はみんなの処置が効いて、すごく深く眠っています。嫌な夢も見ていないんじゃないでしょうか? こういう眠りの時、人は深層心理の奥深くにいる、もう一人の自分と情報交換してたりしますから、今は見守ってあげましょう」

 隔離世界の中でエリンとユニは、心を鎮めて精神を高める魔術印を、スタルジャに施した。今までは、それがスタルジャの負の感情に、影響を及ぼすからと控えていた処置だ。だが、今は感情の嵐が落ち着き、俺との加護を女神ふたりやローゼンが捕捉して、直接魔術印を掛けられるようになったらしい。

 ソフィアとティフォは、スタルジャの自我へ、こちらの働きかけや、俺の魔力が届きやすいようにしていた。スタルジャの意識の階層に、それぞれ中継を結ぶアンカーのように【神の呪い】を仕掛けて来たそうだ。
 ローゼンは女神ふたりをバックアップしながら、スタルジャの体の変化や、自我の状態を観測して、より効果的な方法を考えていた。

「うん。聞いた時は驚いたけど、今こうしてみんなで手が打てるようになったのは、アル様とミィルのお陰なの。スタだって、きっと前に進むために、がんばった結果だと思うの。だからアル様、元気だして?」
「ありがとうユニ。みんなもありがとう。おかげで、今は自分の無力さとかに、苛立ったりはしてないよ。単純にショックが強かっただけだ。ありがとうな」

 こんなに良い仲間ばかりで、スタルジャはもちろん、俺も幸せだと思う。それでも、スタルジャを目の前にしながら、救えなかったショックは大きい。
 ただ、俺が今呆然としているのには、もうひとつ理由がある。

「ダーさんが見たという、白い杖のことですが、おそらくダーさんの予想が正しいのです」
「アマーリエの杖……か」
「予言者アマーリエとは、直接会ったことはねーですが、噂は一時期よく耳にしてたですよ。ダークエルフの内に潜む、白い髪のエルフ。美しく聡明で、二羽のツグミの杖を持つとか」

 『ダークエルフの内に潜む』

 父さんの記憶映像では、その通りダークエルフのアマーリエが、幼い俺の前でほんの少しの間だけ白い髪のエルフに変貌していた。そして、二羽のツグミ。確かにあの杖には、二羽の小鳥のモチーフが象徴的に施されていた。

 ツグミは『隠者いんじゃ』の象徴でもある。

 やはり、ダークエルフの持っていた、あの杖はアマーリエの物と同じだったのだろうか? 父さんの記憶映像で見た、アマーリエもあの杖を持っていた。やはり、ここでもアマーリエに繋がるか。

 しかし、だとすると ───

「なぜ、スタルジャの心の闇に、アマーリエの杖が存在していたんだ? スタルジャはアマーリエの杖なんて、全く関わりがないんだぞ……」
「「「…………」」」

 分かるわけもない。ただ、何の偶然か、スタルジャの精神世界に、アマーリエの杖があった事は間違いない。

 何故? ここまで導かれたのは、罠だった……?

 いや、あれだけの予言者が、わざわざこんな不確定な方法を、取る必要も意味も無いだろう。ダメだ、気持ちが落ちてて、疑心暗鬼になってるな俺は。

「今はスタちゃんも落ち着いています。アルくんは、ミィルちゃんの回復につとめてあげてください」
「うん、分かった。こいつ、すごく頑張ってくれてたもんな。ちょっとくらい、甘やかしてやろうか」
「……ズルい(ふふ、そうですね)」
「ん、ソフィ、思考と言葉が、ぎゃく」

 ティフォが魔法陣から出て来た。細かい作業でもしてたのか、目頭を押さえて『ふー』とかやってる。

「ティフォもありがとうな。何してたんだ?」
「ん、運命のしくみを、ちこっとイジってた」
「へっ?」
「ん。ほれ、望んだこととか、頭によぎったことが、よく現実になるな? 因果律ではせつめーつかない、偶然性と必然性は、とーいつ意思によるうんたらかんたら」
「???」

 ソフィアの解説によると、こうだ。人の願いや考えは、そのまま業として、世界に働きかけるもの。良い事をしたり、考えれば良い事が起き、悪い事を考えたり起こせば、悪い事が起きるってやつだ。具体的に強く願う程に、業は大きくなるが、普通に意識がある時は、願う力は常識なんかで抑えられてしまう。

 しかし、無我の境地だったり、存在がより精神体に近くなるほど、業は大きく作用する。例えば守護神なんかの高次霊的存在が、人の信仰心によって、より強く世界に存在できるというが分かりやすいかも知れない。

 強い思念が、現実に影響を及ぼす。ティフォはそれを利用して、業の発生を強めて、スタルジャの自我に、俺達の想いが働きかけやすくなるように仕込んで来たんだそうだ。
 流石は異界の神、相変わらず、卑怯なくらい万能だ。

「タージャが元気。それをなるたけ、くっきりイメージする。えがお、わらいごえ、体温、におい、いちゃつき、どきどき」
「『あーしたい』とか『こーなって欲しい』とか『こーしてちょめちょめ』とか、で考えちゃダメですよ? 『こーあるべき』なんて、コントロール欲求は、もっての外です。スタちゃんの気持ちに立って、スタちゃんの幸福を望むんです」
「スタルジャが幸せな姿を、俺の欲求にならないようにイメージ……か。分かった、頑張ってみるよ」

 そのための業の利用か。なんだか、普通に相手を大切にするプロセスと変わらない気がするなぁ。それならすぐにでも、頑張れる。

「それと……曲がりなりにも、自己否定しちゃったスタちゃんを、私たちが肯定しませんか? その想いが業になれば、きっとスタちゃんの帰る場所、実現出来ると思うんです」

 その意見に、その場にいた全員がうなずいた。なんか今日のソフィアは、凄く女神っぽい事を言ってる気がする。

─── その人が、その人らしく、歩めるように支える

 セラ婆の治癒魔術講座では『愛』をそう定義づけていたけど、この事を言っていたのかと、繋がった気がして感心してしまった。実際、俺に力があった所で、スタルジャの精神世界はスタルジャ自身の世界。
 誰かが救うなんて、おこがましいか……。彼女自身が答えを出せるよう、支えて行く事しか出来ないのは、結局変わらないんだ。どうするのかが分かって、多少はスッキリしたけど、やっぱり、ショックはショックだ。

 精神世界で抱きしめた、彼女の温もりや感覚は、今も俺にはっきりと残っている ─── 。

 ※ 

「こ、これは……芸術的な、いや、芸術なんてもんじゃないぞぃッ! 痛みと、苦しみを与えることに、特化した神の領域! なな、なんじゃこのダガーはッ⁉︎」 
「おお……っ、き、聞こえる! 破壊の賛美が、衝動の解放がぁっ! この重心、柄の絶妙なしなり具合、世界を叩き割る為の斧じゃあ!」

 ギルド長グラベンを筆頭に、ドワーフ達が俺の装備をそれぞれ手に取っては、魅入られたように賛辞の言葉を口々にしている。精霊に近い彼らは、道具に込められた呪いの類が効かない。呪いに魅了されてるワケじゃあなく、純粋に桁外れた性能の武器に、彼らは心酔しているようだ。
 シリルの時と同じく、ガセ爺の弟子だと証明するために装備を見せたら、相談そっちのけで品評会が始まってしまった。

「こりゃあ、しばらく話合いになりそうもないな。調子はどうだ、アルフォンス」

 色めき立つドワーフ達を尻目に、ロジオンが心配そうな顔でそう尋ねた。ここ数日、方々を飛び回っていた彼と、落ち着いて話すのは久しぶりな気がする。

「……ん? ああ、まあな。情けないが、正直まだショックは抜けてないよ」
「そうか。そうだよな……。あの時は、済まなかったな。お前を殴っちまった」
「…………? なんの事だ?」

 ロジオンが突然謝って来たのは、魔術王国ローデルハットで再会した時、捨鉢になってた俺を殴った時の事だった。

「ああ、あれか。いやいや、あれは俺もどうかしてたし、ロジオンが謝る必要は無いだろ。俺なんか、今まで忘れてたくらいだ。何で今、急にそんな事を?」

「スタルジャの話を聞いた後な、お前の落ち込み具合を見て、自分ならどうかと考えた。お、オレと姫さんはどうってワケじゃないが……。イロリナがそうなったらと思うと、オレだって打ちのめされただろう。そう思ったら、どうしてもお前に謝りたくなってな」

 この上司は、どこの聖人なのかと。ギルドの本部長にして、人生の超先輩にあたる彼が、俺と同じ立場に立とうとしてくれた事だけでも有難いと思った。正直、ちょっと涙出そうになってしまった。

「んん……。おは、アルちん。ここどこ?」
「お、ミィル。目が覚めたか。ここはパルモルのドワーフ組合の工房だ。遮音の魔術をかけておいたけど、うるさかったか?」

 ミィルは俺の胸を台にして、うーんと伸びをした後、背中をピタリとつけてもたれかかった。金髪に戻っていた髪色は、艶やかな黒に染まり、白く輝いていた羽も、漆黒の黒アゲハのそれになっている。だいぶ魔力も回復したようだし、元気にもなっているが、今もまだ肌を密着させての魔力注入は続いていた。

 ただ最近、ミィルの身の預け方が、妙に密着度が高いというか……。時折、すごく女性らしい表情をしてたりして、戸惑う事がある。

「ふーん。まぁいいや〜♪  所でさ、なんで夜切たち、実体化してんの?」

 ああ、ミィルにも見えてたのか。精霊に近いドワーフ達ですら、気がついていない様子だったから、幻覚かと思ってた。

 かなりおぼろげだけど、はしゃぐドワーフ達の横で、きゃあきゃあ照れてる武器達の姿が見えている。不機嫌そうにしていた夜切が、俺の視線に気づき、袖で口元を隠してはにかんでいた。

 ん? あれ? なんであいつらの姿が見えてんだ俺?

作者のつぶやき

精神世界で黒スタが仕掛けてきたのは、心に揺さぶりをかけ、拒絶させて心を硬直させる事。
黒スタへの敵意や殺意は、自分そのものの否定に繋がるわけで、不安定な今の状態では自失状態にもなるでしょう。

そこでキーとなる過去の惨劇を思い出させて、深淵に落とし込む。
自分だからこそ分かる、弱さとパターンを突かれたわけです。

僕が精神世界に囚われたらどうなるか?

まあ、呑みますよね。
黒い僕とか、白い僕とか、中肉中背の僕とかが、好き勝手な場所で転がって呑んでると思います。
強く真摯に生きていきたいです。

【続きは下の『次へ』】

\ ▼どちらかをクリックで応援お願いします!▼ /

PVアクセスランキング にほんブログ村

このまま読む

同章の他話

関連資料リンク

一言いただけますと、嬉しいです

コメントは承認制です。当方で承認されるまでは記事内に掲載されません。

過剰な煽り・加害性等が認められる場合や著しい事実誤認等が含まれている場合は承認しません。

承認後でも、問題があると判断した場合はこちらの判断により削除する可能性がございます。

※メールアドレスが公開されることはありません。