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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十章 魔界

第十八話 アスタリア高原

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『兄となる者を支えなさい。それはやがて、大いなる闇のひとつを討ち払い、奇跡の光を呼び醒す』
『高原にて、我が骸を拾いなさい。愛は叶えられ、世界に新たな柱が生まれる』

女王ペルモリアから告げられたアマーリエの予言。
これまでアルフォンスに多くの覚悟と自覚をもたらした彼女の予言も、
いよいよ次で終りとなる。

『アスタリア高原』

アマーリエが最後に過ごしたと言う場所。
スタルジャを『宵の眠り』から救うこととなるのか───

「本当にいいのか……?」
「ああ。最初からそう言ってるだろ。魔界に来てから、かなり顔馴染み達とも連絡が取れた。それに今は急ぎじゃない」

 この先、ロジオンの最初に挙げたルートでは、パルモル平野の先、アスタリア高地に沿って東に行くはずだった。魔王……いや、勇者ハンネスの治める、魔王城に向かって進み、情報を集めるために。
 だが、アマーリエの予言を耳にした時、ロジオンは、彼女の足跡を追う事を勧めた。

「姉さんの事だって、気になってるんだろ」
「……それはお前も同じことだ。スタルジャを救え、憂いは剣を鈍くするからな」

 そう言って笑う彼の頰を、パルモル平野の乾いた風が撫でる。少し大人びた眼は、真っ直ぐにアスタリア高地の天辺を見つめていた。

「ありがとう、ロジオン。恩に着る!」
「ハッ! 次期魔王さんに恩を売ったんなら、全部終わった時には、美味い酒のひとつも飲めるんだろ?」

 そう言ってこちらを見る彼と見合い、思わず吹き出す。少し離れた後ろで、ソフィア達も微笑んでいた。

「よし、行こう。ベヒーモス、目的地はあの高地の上、アスタリア高原だ」
「ウン。分カッター」

 パルモルの街から再び、巨大化(戻った)したベヒーモスの背に乗って、乾燥地帯を北上して越えて来た。アスタリア高原、アマーリエの示した最後の足跡。目前に迫る、遥かせり上がった灰色の大地の上に、その場所がある。

 『もう少しだ』その俺の想いが伝わったのか、ベヒーモスもやる気らしい。四肢の先に光る、青白い魔法陣の光を空になびかせて、一気に頂上へ向けて加速する。

「うう、ちょっと速すぎなの。尻尾の付け根が『ヒュン』ってなるの……」
「それ、あんただけよユニ」
「いや、オレも分かるが……」
「ロジオンも? あなた、尻尾なんて生えてないじゃない?」
「……な、何でもない。忘れてくれ」

 どこかモジモジしたロジオンから目をそらし、俺はベヒーモスの進む先を見る。目まぐるしく過ぎ去る足下の風景に、嫌が応にも心が弾む。

 アスタリア。古代エルフ語で『真紅の花』を意味する。ヒルデリンガの話によれば、古くは『大地に紅く咲き誇る、高貴なる大地』と呼ばれていたそうだ。灰色の岩肌の続く景色に、それと結びつくような特徴は見られない。

 だが、見上げていた岩肌を越えた時、思わず俺は息を飲んでいた。

「…………は、灰色の……花……⁉︎」
「うふふ、まおーさま♡ 驚かれた顔もチャーミングですわ。そう、アスタリア高原はその名の通り、薄い岩山の重なった、花の形そのものなのですのよ」
「まだ魔王じゃねぇっての。でも『紅』ではないな」
「ええ、それならすぐに ─── 」

 ヒルデリンガが口の両端を持ち上げて、妖しげに微笑みかけた時、ベヒーモスが背中の俺達に振り返った。

「ネエネエ、モシカシテ、アノ真ン中?」
「ええ、そうですわベヒちゃん。あの真ん中にそびえる、ひときわ高い場所こそが『アスタリア高原』ですのよ。……アマーリエ、どうしているのかしら?」

 懐かしそうに、でも何処か寂しそうに、ヒルデリンガは高原を見つめる。

─── 高原にて、我がを拾いなさい。愛は叶えられ、世界に新たな柱が生まれる

 魔公爵ペルモリアから聞いた、アマーリエの予言が本当なら、彼女はすでに……。
 ヒルデリンガはアマーリエの事を『かつての飲み友達』と言っていたが、もう長く会っていないらしい。魔界の住人達は、寿命が長くて、時間感覚が人間とは大きく掛け離れている。長く会って居ないからと言って、それが親交の浅さとは限らない。

 今、俺の口からは、託された予言を伝えるのは、どうにもはばかられた。思わず背けた視線の先には、花弁のような山の内側に、段々畑のように広がる村らしきものが点々と目に入る。こんな高地でも、人里があるのかと、複雑な気持ちの中で感心していた。

「アルジー、カッ飛バシテ、イーイ?」
「……あ、ああ。行け、ベヒーモス! 思う存分、ぶっ飛ばしていいぞ!」
「え、ちょ、アル様? ユニ困る……」
「アハハッ、ヤッターイ! 行ックヨー♪」

 言い難い事を腹に抱え、ベヒーモスの底抜けに嬉しそうな声を聞いて、少し冒険心を取り戻した俺は、正直ハイになりかけていたと思う。
 『行っけええぇぇいッ!』とか、調子に乗って大声を出した瞬間だった。

 ドッゴオォォォ……ンッ!

 目の前の空が真っ白に光って、強烈な衝撃と共に、ベヒーモスの首が真横に向いて、せり上がった頰肉で顔がグニっと歪んだ。『へっ? 結界?』そう思った時だったかな。ちょっと笑ったような顔をして、白眼を剥いたベヒーモスが、自由落下を始めたのは。

「「「ぎぃやあああああああああっ⁉︎」」」

 俺達の悲鳴が、アスタリア高知に木霊するのを聞きながら、なす術なく墜落して行った。

 ※ ※ ※

「 ─── で、あんたらは、ここに落っこちて来たってぇのか?」
「ええ、そうですわ。死ぬかと思いましたわよホント……」

 消え入りそうな顔で、そう答えるヒルデリンガに、村長は青白い顔を震わせてうつむいた。眉間にシワを寄せたその表情に、内心俺は冷や汗を流していた。

 何故ならアスタリア高原は、ここの聖地。俺達はそこに体当たりをブチかまして、足下の村に墜落したのだから。こうして取り調べを受けるのも仕方がないが、聖地と呼ばれる場所は、得てしてよそ者が土足で踏み入るのを忌み嫌うものだったりする。

─── 場合によっては、かなり血生臭いペナルティを言い渡される事だってある

 村長は肩を震わせ、青白い顔を勢いよく上げると、大きく口を開いた ─── 。

「…………ぷっ! わはははははっ!」
「笑い事じゃありませんわッ!」
「ぷくくっ……す、すまんな……くくっ。あんまりに久しぶりの客人が……あんまりにもハードな飛び込み方して来たんでな……ぷふぅ」
「あ、あの? 私たちここに来るのが初めてで。あそこは皆様にとっての『聖地』なのですよね? もし、私たちのした事が、あなた方の怒りに触れるのなら……」

 ソフィアが申し訳なさそうに申し出ると、村長はキョトンとした顔で答えた。

「いんや? 怒るようなことは、なンもねえよ? 聖地は聖地だけンどもな、もう長ッえこと、誰も入れてねえんだから、最近は聖地だったのかすらボヤけて来てんだホントのとこは」
「あ、そうですか……」

 くそう、心配して損したじゃねえか。聞き耳を立てていたベヒーモスも、気を緩めたのか、皿に出された牛の乳を美味そうに飲み始めた。
 聖地の結界に激突したベヒーモスは、目を覚ました直後、巨大化したままの体で『ゴメンネゴメンネ』と、ベロベロ俺を舐め回した。態度は犬のソレだったが、舌は猫のソレで、ザリッザリッと、俺の防御結界が音を立てて震えていたのは凄く怖かった。

 そんな所を、この村の衆に見つかり、村長宅へ連れ込まれたという流れだ。

「まあ、聖地だったとしても、あんたら結界にぶち当たって落とされちまったんだろ?」
「「「…………はい」」」
「ンじゃあ、悪ィことは、なぁんもねえやな。ま、大した怪我もなくて良かったじゃねえか! ぶはははははっ!!」

 そう言って村長はゲラゲラと笑う。ちなみに顔が青白いのは、彼が妖魔族だからだ。決して緊張してるとか、怒りに震えてるわけでもない。

 青白い肌に金色の瞳、細く鋭い乳白色の角を持った、長身細身の姿。魔力が高く、幻術を操り、人に悪夢を見せるなんて逸話のある種族だ。ただ、彼の耳は伝え聞く妖魔族のものと違い、長く尖っている。

「んん? なンだい、おれっちの耳が珍しいのかよ?」
「あ、いや、すまない。俺の知り合いと耳の形が似てたもんでな」
「お? あんた、もしかしてエルフの知り合いでもいんのか。そだよ。おれっちは妖魔族とエルフのハーフだ。まあ……、ちとワケありでよ。ここの村の者はたいていそんなモンさ」

 アスタリア高地は、太古の昔は、マナの溢れる肥沃な土地だったそうだ。しかし、マナの流れに大きな変革が起こり、人の住めない土地になったのだという。

 『ワケあり』か。目の前の村長は、人の良さそうな笑顔を浮かべている。過去に何か、ここに追いやられるような事でもあったのだろうか?
 この家に通される間に見た村人達は、他の魔界の街と同じく、人種はバラバラだった。だが、そう言われてみれば、誰もがどこか似通った雰囲気を持っていた気がする。

「サキュバスの始祖である姉さんは分かるンだけどよ。あんたらふつーの人間と獣人族だよなぁ? あ、そっちのお嬢ちゃんはナニモンだか分かんねえけど……。よく、この土地で平気で立ってられるモンだ。クラクラしねえのか?」
「えっ?」

 振り返ると、ソフィアは『ああ』と言った顔をしていた。

「この異常な量の ただれたマナのことですか」
「そうだ。ここのマナはちと特別でな。一度噴き出してから、もう一度大地に帰るんだよ。ちょうどアスタリア高原の真ん中から湧いて突き上げた後、すぐ近くにグッと曲がって落ちるのさ」
「不浄のマナ……人界のマナの残りカスが、顔を出すポイントでしたわね」

「「「…………!」」」

 マナは世界を巡る。人界で使われたマナは、もう一度大地に戻りり、魔界で浄化される。人界で変質したマナは、魔界に適したマナとなり、再び魔界で変質したマナは、人界に適したマナへと戻るのだと。父さんの言っていた、人界と魔界で織りなすマナの相互関係だ。

「私たちは魔術で身を守っているので、影響を受けてはいません。ここは、人界で役目を終えたマナが噴き出す場所なのですね?」
「ああ。そういうこった。でもな、それじゃあまだ、魔界のモンには強過ぎてダメだ。ここで一度、頭ァ出して、ちと発散してから大地に潜って、魔界中の地精孔からいい塩梅で噴き出すんだわ。なんでも、ここの地盤にゃあ、複雑な地層があって、整えられるんだってよ」

 父さん達のいる方星宮から見た、毛細血管のようなマナの流れが思い出された。そう言われて、無意識の内に張っていた防御結界を緩めると、魔術を使った後の、魔力の残滓ざんしょうに似た淀みが、全身にグンと重くのしかかる。

「だから、尻尾の付け根が『ヒュン』ってなったの。なんだか空気がすごく重くて」
「ユニちゃんは、魔力とかマナにすごく敏感ですものね。【生命維持】の術式にシャットアウトされてても、これを感じていたんですね~♪」
「うん。あ、そう言えばロジオンも『ヒュン』ってするって言ってたの! ロジオンもビンカンなの?」
「い、いや、オレのはちが……っ! そ、そのなんだ、オレは呪いのせいで、魔力の影響を受けにくいからな。むしろ、感じようとしなければ鈍いくらいだ」

 だから普段から鋭いオーラが出てたのか。魔力検知が鈍いって事は、索敵にハンディキャップを負ってるのと同じ。ロジオンは常に神経を張り巡らせていたらしい。強靭な精神力と、集中力が無ければ難しい事だろう。

不躾ぶしつけな質問かも知れませんが……。では、なぜあなた方は、この土地に?ここのマナはあなた方にとっても、毒なのでは?」
「そこよ。さっき村の衆の面見て、何か気がつかなかったかい?」
「全員、ハーフエルフ。いえ、と異種族との間に生まれた方々ですね?」

「「「…………⁉︎」」」

 それか! 人種がバラバラなのに、共通していた雰囲気もそうだけど、全員耳がエルフ耳だった!

「おお、あんたよく分かったなぁ! そうさ、エルフもエルフ、おれっちらはハイエルフとの混血さ」
「それならば、高い魔力と超感覚の恩恵で、街に出ればそれなりの……」
「はっはっはっ。若いうちはな。そりゃあ、みんなブイブイ言わしてたモンさ。だがよ、強え魔力に長寿ってのがいけねぇ。残り半分の体が、耐えきれねえンだ」

 そう言って彼は、シャツの袖をまくって、腕を見せた。その腕には、黒ずんだアザが血管のように、いくつも浮いて見えている。

「……そ、そのアザは!」
「特に名前は決まっちゃいねぇんだけどよ。おれっちたちの間じゃあ『天門の根ガテォ・ロゥト』って呼んでる」

 エルフ達の信じる輪廻の形『緑葉の輪転ダウッド・フォニウ』の最終地点は、幽世にそびえる光り輝く一本の大樹『セフィロト』の中で、ひとつになる事だという。

 天門の根ガテォ・ロゥト。その聖なる大樹の根は、あの世の門にまで張り出しているとも聞くが、それを例えたのだろうか。

「おれっちのは両肩から始まってよ。今は一番太いやつが手首に届くくれえだ。なんだいお兄さん、こいつを知ってるのかい?」
「俺の義父とうさ……いや、大切な人が……な」
「……そうかい。そンお人の最期は……どうだったいね。幸せに逝けたンかい?」
「ああ。仲間に見守られて、最期は笑いながら眠ったよ」
「うん。最高じゃねえか。お兄さんみたいな若いのに看取ってもらえてよ」

 長寿のハイエルフが罹る、不死の病。いや、事故や病気以外で、ハイエルフが迎える最後はこの終わり方だ。セラ婆もアーシェ婆も、これは病気ではないと言った。

─── 膨大な夜と朝とを、越えて来た者にとっての、誉れなのだと

 ある日突然、体の一部に黒い点が現れ、ゆっくりと増殖しながら、指先へと向かって伸び始める。それが指先に届いた時、まるでそこから魂が抜けるかのように、死を迎える。

 長くて十年、短くて一年。それは自分に訪れる死に、猶予と見通しを与える、神の与えた『整理』の時間なのだという。

「ここのマナは普通のやつにはただの毒だがな? おれっちらには、ほんの少しだけ苦痛を麻痺させて、根っ子の進行を遅らせる力があんだわ。その他にもちょっとな。まぁ、色々だ」
「……それで、ここに」

 みな言葉を失う。しかし、村長はフシシと歯の隙間から息を漏らして笑い、手をひらひらとさせる。

「まあ、そういうこった。なんにしたってよ。聖地の結界は、誰も通れねえ。ちっとこの村で休んだら、観光でもしてけえんな」
「あ、あの、アスタリア高原が『聖地』だとは知っておりましたけれど……。結界が張られているだなんて、初めて耳にしましたわ? 一体、いつからですの?」
「あン? ああ、姉さんは今、フォカロムに居るんだったっけか。じゃあ仕方がねえ、こんなド田舎の話、まず伝わんねえだろなぁ。
あー……オリアル陛下が魔王になられてから、そんなに経たねえ頃だったっけな?」

 現魔王は父さんのフリをした勇者ハンネス。前魔王フォーネウス崩御からすぐとなれば、三百年近く前に、アスタリア高原に結界が張られた事となる。

「そ、それはもしかして。結界を張ったのは勇……いや、オリアル陛下の命令でもあったのか?」
「魔王様の? ぶっははははっ!そんな大それたもんじゃねえし、魔王様はこんな役にも立たねえ場所に、ご興味があるもんかい。悪戯だよ、まあ元々危険地帯だったから、むしろ結界張ってもらえてこっちは助かったが」
「い、悪戯!?」
「ああ。流れモンの、なんつったかな? ダークエルフの女だったぜ? それもとびきり腕の立つ、ゴロツキみてえなヤツだった。ああ、そう、だ」

 アマーリエ以外の何者でもないなそれは。どうやら彼女は、当時パルモル平野にあった、小さな街で問題を起こし、ここに流れ着いたらしい。

「あの子、他からは『アスタリア高地の魔女』なんて呼ばれておりましたわね。彼女は今どこに?」
「知らねえなあ。結界騒動ン時から、ぱったりと姿を見てねえンだ。あン時ァ、みんなおったまげたモンさ。夜中にとんでもねえ音がしてよ。地面にでっけえ亀裂が走っててな、一晩で谷ができちまったって、震え上がったぜ」
「……亀裂?」
「ああ。すげえ衝撃だったからなぁ。結界張る時の圧力だったんだろうが、綺麗に真っ直ぐ、バターにナイフ入れた見てえな亀裂が岩盤にバックリとな」

 結界の圧力で真っ直ぐ? ちょっと考えられないな。だが、アマーリエは類い稀な能力を誇る、それもダークエルフだ。何か特殊な結界の張り方をしたのかも知れない。なんせ三百年近く経っていてもなお、ノリノリのベヒーモスが高速でぶち当たっても、平気な結界だしなぁ。

 ちらりとベヒーモスを見ると、しっぽをぴーんと立てて、足に頭を擦り付けて来た。くそ、やっぱ可愛いなこいつ。
 俺が普通に生まれていたら、もう家庭を持って、猫なんか飼ってて、こんな気持ちでのんびりしてる人生なんてのもあったのかな。

 村長からはそれ以上、アマーリエについての重要そうな話は出てこなかった。

 ※ ※ ※

「ほれ、これでもお飲みなさいな。ここの茶は、他所の人には合わんらしくて申し訳ないが、これくらいしかないんでねぇ」

 そう言って、虎獣人の老婆は、薄い金属製のくたびれたカップを差し出してくれた。ソフィア達は、少し離れた草原に座り、何やら楽しそうに話しているのが見える。

 ロジオンは村長の所に残り、昔の話に花を咲かせていた。俺とヒルデリンガは、村長の家の裏手に住む、この老婆に招かれて世間話をしている。さっきまで、村人達が物珍しそうに覗きに来ていたが、老婆はこの村では権威があるらしく、やがて散っていった。

 この村の者達全員がハーフハイエルフ。やはりそう聞いてからは、村人達の長い耳や、雰囲気に似ている所が目立つ。まあ、着ている物が、この地方の民族衣装で、どれも同じだからって事もあるのかもしれないが。

「ん、よく見たら、皆んなが着ている衣装の柄は、桔梗ききょうの花か?」
「ああ、よく気がつくねえ。そうだよ、アタシらは魔王様のおわす、クヌルギアス家の象徴、セイジンキキョウに身を捧げるのさ」

 セイジンキキョウ。セオドアとアースラ夫妻が、ブラドに贈ったペンダントのモチーフだ。あの時は単に花言葉に『家族』の意味合いを持たせて、二人が選んだだけだと思っていた。だが、父さんから、それが魔王一族の紋章に描かれる象徴の花だと聞いて、妙に納得してしまった。

「あら? でも、セイジンキキョウの花は白でしたわよね。皆さん、赤い花の柄じゃありませんこと?」
「うん。聖地に伝わる話をなぞらえているのさ。『紅き手形に永遠の絆が宿る』ってねぇ。エルフの輪廻は特別だって言うだろ? 死んじまった後、せめて寂しく離れた所に行かないようにって、願いを込めてるのさね」

 アスタリアの地名も『真紅・花』だしな。なぞらえたおまじないみたいなものか。込められた願いは何処か寂しいけど、なんかそういう仲間意識ってもの、いいもんだなぁと思ってしまう。

「本当にみんな、ハイエルフの血が入ってるんだな。懐かしい魔力だよ」
「おや、アンタはハイエルフの知り合いがいるのかね? 人界に出たハイエルフったら、そんなにいないのに、珍しいもんだねぇ」
「ああ。凄く世話になったんだ。だから、この村の人達も、なんだか他人の気がしないよ」
「ふぁっふぁっ、そいつぁ嬉しいじゃないさ。アタシらは、怖がられることもよくあったから、初めて会ったアンタみたいな若い人に、そう言われるとねぇ」

 ハーフエルフは総じて魔力が高い。ハイエルフは義父さん以外に会った事は無いが、エルフよりも霊的に神聖で、姿は似ていても中身はより神に近いと聞いていた。確かにここの村人達は、目の前の老婆でさえも、人界ではまるでお目にかかれないレベルの魔力を秘めている。

「ああ、そう言われてみれば、アンタからは何処か懐かしい匂いがするよ。これは……テン、いやジャコウクズリの脂に、花橘はなたちばなだね?」

 流石はネコ科の獣人族だ。俺の使う手入れ用の脂の匂いを当ててみせた。

「凄いな……! ジャコウクズリって事まで分かるのか⁉︎」
「ふぇっふぇっ、そりゃあ分かるさ。ジャコウクズリの脂は一等上質だ。でも、ちと獣臭い。それを消すには花橘の香油が一番。ハイエルフの知恵だねそれは」

 ま、まさか。まさか、ここの人達の体に流れるハイエルフの血って……。

「あ、あのさ。もしかして、ここの人達の親のハイエルフって、みんな同じじゃないよな?」
「いいや? みんなバラバラさ。なんだってそう思うんだい」
「いや……えっと、その……。ま、街じゃあ、まずハイエルフはお目にかかれないからさ」
「ああ、魔界でも最近はとんと見かけんようになったねえ。あの人らは、妖精みたいなもんだからね。居るべき所に現れて、やるべき事をやったら、すうっと何処かへ行っちまう。ほれ、剣聖様の名前くらいは、人界にも伝わってるんだろう?」
「……! あ、ああ」

 思わずドキッとした。平静を装いながら、カップの中の茶をくぴりと飲む。

「あのお方も、急に現れては戦を鎮め、また何処かへ消えちまう。そんな人だったよぉ。もう長い事、お名前も聞かないが」
「そ、その剣聖の子ってのは、この村にもいたり……す、するの?」
「ふぇっふぇっふぇっ。いやぁせんよぉ。あのお方の血が入ってる者があったら、きっとそりゃあ立派な剣士様になっとるだろうしな?」

 よ、良かった……。こんな所で、義理の兄弟とかに出くわしたら、動揺どころの騒ぎじゃないからな!

「ところでそこの姉さんや。アンタはもしかして、ヒルデリンガ様じゃないのかい?」
「……あら。わたくしをご存知ですの?」
「ふぇっふぇっ。そりゃあ知ってるさよ。四千年前の魔神戦争で、西側の英雄といえば『原初の魔性』『紫鋭のヒルデ』さね。
アタシの故郷も、おかげさまで焼けずに済んだのさ。ありがとうねえ」
「ふふ。懐かしい呼名ですわね……って、あら、あなたはその頃から?」
「ふぇっふぇっ。役立たずは長生きするもんさね。でも、流石にその頃からってわけにはいかないねえ。アタシが生まれたのは、アンタが救ってくれてから二千三百年ってとこさね」

 ん? つまり、この老婆の年齢は千七百を超えるって事か⁉︎ 獣人族の寿命は長くても二百年、ハイエルフは三千年とは聞いていたけど、ハーフでもそんなに寿命が伸びるのか。

「もう、ずいぶんと長生きをしちまった。知ってる者たちは皆、死んじまってねぇ。だからこうして昔から変わらんアンタを見ると、すごく安心するんだよ」
「あ、それは少し、分かりますわね♪」

 長寿トークとか、いよいよ魔界だなと感心してしまう。それくらい、人界では聞く事のない桁外れな時間の会話だ。

「でもあなた、獣人族とのハーフですわよね? 失礼ですけど、ずいぶんと長生きですわ」
「ああ、そりゃあアタシが、ただの虎獣人じゃなくて『妖虎族』の生まれだからさ。魔力量が他の獣人より、ちょっとばかし大きいもんだから、ハイエルフの血にも耐えられたんだろうよ」

 『妖虎族』は初めて聞いた。どうやら魔界には、人界に比べて原種に近い種族が存在しているらしい。

 人間族は神族に近く、獣人族は魔神族に近い。その中でも更に魔神族に近い、魔物に似た性質の獣人族が居るそうだ。同じ音の『妖狐』ってのは人界にも居るけど、ありゃあラプセルの里近くに出る、かなり強力な魔物だったが、流石にそれとは違うようだ。だが、近いと言えば近い存在だと言う。

 『妖狐』なんて、あんなもん里の外の人界だと召喚でもしなきゃ、出逢えないだろう。喚んだ所で、災害級の魔物だから、召喚するバカも居ないだろうけど……。S級冒険者のパーティか、ロゥトのエルフくらいじゃなきゃ、太刀打ち出来ないだろうなぁ。

 とりあえず、目の前の老婆は、それに比肩するくらいの魔力を持つ、強力な種族らしい。なるほど、村人達が一目置くわけだ。

「しかし、姉さん。アンタからも懐かしい匂いがするよ」
「あら? わたくしも? むふ♡ あっくんと交わってるからかしらぁ〜チラッ」

 何一つ交わってねえよ。止めろよ、向こうの草原にスゲエ地獄耳の、おっかねえ女神がいるんだからよ。ほれ見ろ、暗雲立ち込めて、草原に風が吹き荒れてるじゃねえか……。

「ふぇっふぇっ。違うよぉ。アンタから匂うのは、アマーリエの匂いさね」
「あら? わたくし、お風呂好きでしてよ? もう長いこと、会ってもいないし、飲み友達でしかないのですけど。それでも?」

 ヒルデリンガが答えると、老婆は口から息を漏らすように笑って、ヒルデリンガを見つめた。

「体の匂いなんかじゃないよ。アンタ、に、かかってるねぇ?」

 風が吹き荒れる中、揺れるヒルデリンガの瞳を見つめ、確かに老婆はそう言った。

「…………」

 ヒルデは瞳に紫色の光を宿し、ゆっくりと俺を見つめ、微笑みを浮かべた ───

作者のつぶやき

魔界の旅もいよいよ大詰め。
アマーリエの最後の足跡『アスタリア高原』。

アルフォンスの成長を見越したような途切れ途切れの予言。
その成長を見届けるかのように、アルフォンスの言動を鍵とした、条件付けで託されたそれらの言葉。

『我が骸を拾いなさい』

アマーリエの生死の行方は
スタルジャの『宵の眠り』は

そして、ヒルデリンガに掛けられたという
アマーリエののろいとは

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