Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十話 魔界
第十三話 新素材とマナ
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スタルジャの精神世界。
心の深層に彼女を捉えようとする動きは、
ここに来て大きな変化を見せた。
スタルジャへの直接的な揺さぶり。
深層意識の中にある、
あらゆる彼女の姿が、
彼女を形作る要素。
つまり、下手に排除しようものなら、
彼女の心が壊れてしまう危険性を意味する。
彼女の前に現れたダークエルフは、
彼女を否定する所から始め、
全肯定した。
そこに現れたアルフォンスに襲いかかり、
自らを否定させ、
自失状態のスタルジャは凄惨な過去を突きつけられ深淵に落ちた。
スタルジャ救出の失敗。
そのショックに憔悴するアルフォンスを、
ロジオンは魔界のドワーフ職人ギルドへと連れ出した。
大地を流れ、循環しているマナは、自然界のエネルギーだ。
マナ、地精、ジン、パワー。
様々な呼び方をされる事があるが、人々のあずかり知らぬ所で、様々な事象を起こす、超自然的なエネルギーの根源。マナの流れが止まれば、段々と大地は活力を失い、やがてバランスを崩して腐れてしまうとも言われている。
生物にもマナは重要で、活力の素となっていたり、生命力を支える栄養素のような働きをしている。魔力ひとつとっても魂がマナを吸収変換して、作り出されたエネルギーなのだ。そして、魔力量の高低はあっても、魔力を持たない生命体は存在しないと言われている。
つまり、マナは全ての生命に、多大な恩恵を与える存在だ。マナは純粋なエネルギーであり、それそのものを人が加工する事は難しく、そこから変換された魔力は、思いのままに操れるエネルギーとなる。
マナは生命活動だけでなく、様々な運命や奇跡、超自然的な現象や、偶然性にも大きく関わるもの。
そのマナは地殻の下を流れ、大地の所々から噴き出して、地上を満たしている。マナの噴き出す場所は、地精孔とか力場とか呼ばれ、古くはユウルジョウフと言い表されてきた。シリルのマナが汚れた時、国まるごと力を失っていったように、マナは社会の活性にも大きく関わる要素である。
そのマナの流れは、数十年〜数百年に一度、大きく変化が起こり、吐出する位置が変わる事がある。変化が始まれば、数ヶ月から、少なくとも一年程度で完了してしまう。ここパルモルでは今まさに、その変化の始まる時期に差し掛かっていた。
※
「 ─── で、この工房の存続が危ういと?」
ロジオンの質問に、ギルド長のグラベンは、深い溜息をついた。ドワーフ工房の長、グラベンが語り出すと、周りの年配ドワーフ達も次々に口を開く。
「そうじゃ。パルモルのユウルジョウフは、吐出量が馬鹿でかいが、流れの変化も激しい。あと数ヶ月もしたら、この工房も力場から外れてしまうじゃろう。次の遷都で、同じ条件のマナが出てくるとは限らんでな」
「この工房はマナに大きく依存しておるのよ。特に問題なのは、開発中の新素材。もう少しで完成じゃというのに、よりにもよってこの時期に変化が訪れるとはのう」
「パルモルだけじゃあねえ! 地精工学の発展は、ここのマナあってのこと。せっかく進めてきた、新しい魔導技術も、止まっちまうじゃろうなぁ」
今、パルモルの職人街を中心に、魔導技術の革新が起きようとしているらしい。技術開発は、新しい発明が単体で突然に生まれるものではない。いくつもの分野の技術の向上が組み合わさって、そこから突破口が開かれるものなのだそうだ。
運命の悪戯か、その大きな技術革新が起きようとしている矢先、マナの噴き出し口がズレ始めてしまった。その新素材の開発と、その開発を支えている複数の技術には、ここのマナが必要不可欠なのだという。パルモルは遷都に向けて動き出したが、職人達にとって、遷都は時間のロスだけでは済まない問題だった。
だが遷都は変えられない。技術以上に、街に暮らす人々の方が、重要なのだから。
「つまり、この工房だけではなくて、魔界の技術革新に大きな遅れが出てしまうってことでしょうか?」
「おお! その通り! それに、今ワシらが取り組んでおるんは、魔界の未来に関わるもんなんじゃ‼︎」
「そ、そんなにスゴイものを作ってるの?」
職人のひとりが、図面の束をドガッとテーブルに置いた。
「スゴイもクソもあるかい! 魔界に住む生命ぜ〜んぶ、救っちゃうかも知れん、ハイパーなやつじゃぞッ⁉︎」
「むおっ! 貴様、勝手に見せびらかしおって、それは最重要機密の……! まあ、ええわい」
グラベンは喉元まで咎める言葉が持ち上がっていたが、ふぅと溜息をついて、図面を指して言った。
「マナから魔力を作り出す、全く新しい素材なんじゃ」
「「「 ─── ‼︎」」」
現在、魔力分配の要である魔王が、勇者ハンネスであるという事を、魔界で知る者はいない。それだけ、仮魔王と言えども、歴代魔王の知恵を与えられた勇者は、上手い事やっているようだ。
しかし、魔力の器は、実際の魔王が得られる大きさと比べ、圧倒的に少ない。魔力の分配が、所々で上手くいかない状態も起きているようだ。結果、一部種族の弱体化や、魔物の凶暴化など、問題は発生しているという。
今、この工房で開発されているものは、その問題を解決するかも知れない。
「魔王様の治世に異論はない。じゃが、現実、問題は起こっておるし、責められる者もおらん。文句つけて、分配されなくなったら、死活問題じゃからな」
「じゃから、魔王様だけに頼るのは、もう止めにしてしまえってのが、コンセプトじゃ! 題して『精魔変換器(仮)』よッ!」
図面を指しながら、説明をしてくれたが、まあ、うん、さっぱり分かんない。
発想の原点は、迷宮が生まれる現象にあったという。迷宮は、マナが何らかの原因で魔力に変質し、魔力溜まりを起こすところから始まる。マナから魔力が生まれるには、核となる何らかの魔力と、留まったマナの特定の振動が必要なんだそうだ。
それを人工的に起こす、特殊な合金の完成が、もう目の前だと言う。合金は複数の層に分かれていて、その組み合わせを総当りで試しながら、それぞれの合金を調整しているらしい。
だから、どうしても時間が掛かる。少なく見積もっても、あと二年ほど掛かるが、完成は見えている状態だという。
マナはそれぞれ波長が異なるらしく、流れて来た環境と、排出される場所によっても大きく変わってくるんだそうだ。マナを魔力に変換するための合金の精製には、研究を開始したこのパルモルのマナの波長が、どうしても必要だった。完成さえすれば、後はどこに行こうが、生産は出来るらしい。
「マナを効果的に、合金へ取り込むための機構は完成しとる。じゃが、合金の躯幹素材は、どうしたって、ここのマナの波長が必要なんじゃ」
「だから引越しもダメ、このままユウルジョウフが移動してもダメ。八方塞がりだなぁ」
「「「はぁ……」」」
部屋にドワーフ達の溜息が漏れる。マナの波長を利用した、魔導工学の成立から十数年。ようやく、様々な技術が出そろい、ここまで来た所で、ユウルジョウフの移動が始まってしまったわけだ。聞けば、願掛けのために、もう四年も断酒しているのだとか。
……あのドワーフがだ!
「遷都先のマナの波長に合わせて、また研究するのはダメなの?」
「まず、今までの成果はおじゃん。それと、おっそろしく時間が掛かるじゃろうな。その時点で資金がぶっ飛ぶわい」
「お前さんがたも、このパルモル平野に来るまでに、魔術じみた気象現象を見たじゃろ? ここのマナは、魔力に変換しやすいんじゃ。だからこそ、変換の仕組みが分かったし、それに向けて研究も進んだんじゃ」
「合金さえ完成出来れば、マナの波長に左右されんようにフィルターも掛けられるがな。合金の開発には、どうしたってここの波長が必要なんじゃ」
うーん。これって、俺らはどうしようもなくないか?なんだってロジオンは、俺らにヘルプを求めたのか、分からないくらい大掛かりな話だ。
「ん、オニイチャ。マナの出口、動かせばいい」
「動かしちゃダメなんだろ?」
「ちがう。出口の場所を、もう一度、ここにしちゃえばいーじゃん」
「そんな美味い話があるわけ……あったわ」
シリル解放作戦の第一弾『マナの発生場所をズラす』って、ティフォがやってたな。
「ん、でも最近、魔物をあんまし倒してないから、魔石が足りない。ちょくせつ、オニイチャからもらう」
「直接……? 【魔力吸収】の魔術でも使うのか」
「んな、こーりつ悪いこと、せんわい。まうす・とぅ・まうすにきまっとろーが。ほれ、魔石をのむのだ。それを呼び水に、みるみるオニイチャの魔力は、濡れそぼつ」
「呼び水ってなんだよ、何が『濡れそぼつ』だよおっかねぇ」
「オニイチャが、口のなかで魔石を魔力にする。そーすると、いったん、オニイチャのなかを魔力が巡って、とりだしやすくなる。で、口から直接、おまえさんをいただくって、すんぽーよ」
って事は、またここで魔力の口移しすんの⁉︎
「ん、急がば、かませ。ヤレば、デキる」
「ヤダぁ……なんか言い方が怖いぃ」
「だいじょぶ。なにもしないから、先っちょだけだから、な?」
「それ、何もしない奴の台詞じゃねえよな⁉︎ むぐっ!」
思わず突っ込んだ瞬間、口の中に魔石を放り込まれ、口を押さえられた。ティフォが小さく『ひさしぶりに……やったるぜ、うへへ』と、早口で繰り返し呟いてるのが怖い。
とか思った瞬間、彼女の手から魔力が流れ、強制的に口の中で魔石を魔力化された。
「む、むぐぅ! ンゴォ⁉︎」
「ん、魔石が小さかったか。時間がおしい。あたしから、いく」
顔を突き出して、ややにじり寄った彼女は、俺の抱いているミィルに、指先でそっと触れる。『ちょっと中で休んでろ』と、わずかに神気を発すると、ミィルの体が俺の中へと入って来た。
それを見届けた、長いまつ毛のジト目が、すっと俺を見上げる。普段はほとんど見せない、ぱっちり開けた瞳がちな視線に、どきっとしてしまう。
薄桃色の艶やかな唇が、かすかに動く様に気を取られた瞬間、熱を帯びた空気と共に唇が重ねられた 。
ちゅ……っ
「「「うおおぉぉぉおおんっ⁉︎」」」
ドワーフ達の野太い声が上がる中、ティフォの小さな白い手に頰を挟まれ、より唇が押し付けられる。その隙間から小さく温かな舌が、するりと入り込んで来て、背筋に電気が走った。
彼女の薔薇に似た、甘やかで高貴な香りが、口の中にまで広がる。彼女の高い体温、身をよじらせる度に、首元から香る芳香に頭がクラクラ、真っ白だ……。
直後、体の奥から、怒涛の勢いで魔力が込み上げ、彼女の中へと流れ込む。体感では、今までで最高の量の魔力が抜かれていると言うのに、俺の中の残存量は、まだまだ余裕を感じる。
『いやぁ俺も成長したなぁ』とか考える間もなく、全身から力が抜けた。彼女の体からは、シュルシュルと音が立ち、どんどん大きく、柔らかな肉体へと変貌していく。薔薇のような香りは、更に甘く華やかに、そして洗練された芳香へと昇華していた。
「……ふぅ」
ふと唇が離され、いつものような情熱的な攻めがない事に、内心戸惑う。そっと目を開けてみると、眼前には長いまつ毛の切れ長な瞳を、妖しく細めて見つめる彼女の顔があった。
「…………」
「な、何だよ。あ、あんまりジッと見るな……って」
美神。燃え盛る炎のような紅い髪の下、目尻に潤いの光を揺らして、歓喜と情熱に満ちた微笑みを浮かべている。俺が戸惑うのを確認すると、鼻の上に小さなシワを寄せて、悪戯っぽくも、どこかはにかんだような笑顔を見せた。
「攻めるだけじゃあ、婿殿の積極性は育たぬからのう。ちょいと趣向を変えてみたのじゃが……。ふむ、効果は抜群じゃな」
「ばッ、ばつぐんとか……! そ、そんなんじゃ……ねぇし」
顔から血飛沫でも出てんじゃねえかって、それくらい熱くなってくのが分かって、恥ずかしさで喉がキュッと締まる。大人ティフォは、一瞬驚いたような顔をして、目を細めてころころと笑った。さっきまでの、緊張させるような妖艶な笑顔から、少女のような可憐で純なその笑顔への変化に、再び胸が高鳴る。
「はぁ〜。これが『ときめき』というものかの。なんじゃ、切なくて甘酸っぱいものが、胸いっぱいに広がるものだ。やはり其方と居ると、世界に色が足されてゆく気がするから、なんとも不思議じゃなぁ……くすくす」
「……俺は毎回、屈服させられてるよ」
「くふふ。その内、其方の心のタガが外れれば、その時は妾が負かされるのだ。アルよ。忘れてはおらぬか? 其方は妾の初めてのオトコじゃから……の♡
それまで、精々楽しませてもらおう ─── 」
『負かされる』の所で、わずかに頰を紅潮させて、自分の体を抱き締めるような仕草をしていた。よ、夜か! 夜の事か……ッ⁉︎ 『初めて』が掛かるのは、好きになってくれた事か、キスの事か、それともゆくゆく越える一線の事か⁉︎
色々意味が深々すぎて、俺の恋愛腹筋が、面白いようにダメージを通してしまう!
「…………ボソッ(それに、其方の魔力から、薄っすらとタージャの匂いがしたからとか、嫉妬してるみたいで言えんし……)」
「ん? 何て?」
ティフォはフフンと鼻息ひとつ、肩に乗った髪を後ろへ払い、腕組をして不敵に笑う。
「さて、どうにもドワーフの居る土地では、マナの移動をする縁があるようじゃな。とっとと、婿殿の憂いを祓うとしようかの」
「助かるよティフォ。魔界の未来に左右するかも知れないって事は、俺達の将来にも関わる事だ」
『俺達の将来か』と、彼女はくすぐったそうに笑ったが、すぐに何処か寂しげな表情を浮かべた。そして、背中に膨大な数の触手を現し、地面の先を見据えた。
「将来……。ふふ、其方には何処までも、幸福で在って欲しいと、そう 願うばかりじゃ……な」
その言葉に、何か胸の奥がキュッと締まるような、何とも言えない感情が疼いた。
言葉? 表情? 声色? 何か距離を感じる言い方に聴こえた気がする。
戸惑う俺を他所に、ティフォは瞳に紅い光を灯し、両手を広げた。背中の触手が蠢き、更に数を増やしながら、街を吹き飛ばし兼ねない勢いで、神気を漲らせていく。
大きく地面が沈み込むような衝撃がひとつ、触手が爆発的な速度で打ち上げられ、天井や壁を透り抜けて行った。今、建物の外で、ティフォの触手が大地に突き刺さり、押さえ込んでいるのだろう。地鳴りのように、振動が伝わって、テーブルの上のカップがカタカタと揺れている。
─── 【 謡 え よ 地 脈 、 我 が 旋 律 に 咲 き 誇 れ 】
唄うように、言霊が綴られる。触手がドクドクと脈打ち、膨大な魔力が大地に注ぎ込まれると、大気が大きく揺らめいて荘厳な雅楽の如き音を奏でた。
シリルの時と全く同じ、マナの吐出口の移動が始まったようだ。建物の外を突風が吹き、窓をガタガタ震わせる。
「ふぅ。ま、こんなもんか」
「「「…………⁉︎」」」
少女体型に戻ったティフォが、ポツリと呟くと、床から暖かい何かが、天井に向かって噴き出すのを感じた。
「はぁ……。やっぱりティフォちゃんの完全体は、反則なくらい美しいです。アルくんとの繋がりが深まっているのでしょうか、更に綺麗になっていたような……。ああ、もう。私までときめいてしまいますねぇ……はふぅ」
「あれがティフォ様の本当の姿……」
「ティ、ティフォ様が、大っきくなって、縮んだの! え? なに? 私もやってみたいの!」
エリンが自分の胸から、腰のラインをさすりつつ呟く。ユニが胸をぽよんぽよん押さえながら、わたわたとしている隣で、ロジオンがハッと我に返った。
「そ、そんなことより、い、今ので本当に地精孔が動いたのか……ッ⁉︎」
「ん。シリルのときより、数とはんいが少ないから、だいぶラクだった。三百年くらいは、いけんじゃね? でも、つかれた。オニイチャ、あとはたのむ」
そう言って、ティフォはフヨフヨ浮いて、俺にお姫様抱っこを要求して来る。本当かよと思いつつ、シリルの時は馬車の中で、膝に座りたがってたしな。もしかしてあれも、本当はすごく疲れてたからなのかと、今分かってしまった。表情から読み取りにくいんだこの娘は。
すがりつく彼女を抱き上げて、胸に引き寄せると、数回、頭の位置を確かめるように擦り付け、彼女はそのままカクンと力を抜いてしまった。
「「「…………」」」
ドワーフ達は口をあんぐりと開けたまま、窓の外とティフォとを、視線で行ったり来たりしている。うん、これだけ物凄い魔力と、神気の爆発と、触手の大暴れを一挙に見せられたらね。いや、単純にティフォの変化だけでも、頭の中がぶっ飛ぶだろうけどな。
「あー、どうやら成功したらしい。マナの波長に変化はないか、確かめてみてくれ」
「「「…………!」」」
ドワーフ達の視線が、今度は俺と、お互いに見合うのを繰り返した。その内のひとりが、思い出したように分厚い書類束を持って、工房の窓から見える小屋へと走っていった。
「ど、どうじゃーっ⁉︎ 波長に変化はないかーっ! はよっ、はよ答えんかぁーッ‼︎」
「早うしろ、早よッ‼︎」
窓を開け放ち、殺到したドワーフ達が、外の小屋へと口々に結果を急かす。丁度、小屋の扉に隠れて見えないが、過去の波長のデータと照らし合わせているらしい。でっかいドワーフ達が、窓の前に重なって、ジリジリしている後ろ姿は、なんとも暑苦しい。
やがて、しびれを切らせた数人も、百葉箱へと走り、照合作業を手伝い始めた。その辺りから、周囲の施設や工房からも、さっきのは何事かと人が集まり出す。
「わ、わかった……!」
「「「なんじゃ、早よ言わんかッ‼︎」」」
しばらくして、照合を急いでいたひとりが言うと、ドワーフ達が声を揃えて急かす。
「は、波長は今までと、全く変わらん……。そ、それも、観測を始めた十数年前より、濃度も勢いも安定しとる……!」
「「「…………ッ⁉︎」」」
しんと静まり返って数秒後、工房のドワーフ達は、大地を揺るがさんばかりに、腹の底から歓声を上げた。各々、近くの仲間と抱き合い、肩や背中をバンバン叩き合って、喜びを全身で表している。工房の周囲に集まった街の人々も、詳細を聞いて、騒ぎはどんどん大きくなっていった。
「アルフォンス。その娘を一体どこで拾ったんだ……。お前と契約してるんだよな? そいつ、じ、実はとんでもない存在なんじゃねえか?」
ロジオンの声が上擦っている。ティフォ達と居ると、どうしても麻痺しがちだが、やっぱりマナの位置をズラすとか、とんでもない事らしい。
以前に聞かれた時も『岩の中から拾って育てた』と言っても信じてもらえなかったが、余計に分からなくなってしまったようだ。
「…………か、怪物」
数万年生きてる淫魔のヒルデリンガが、ティフォを見つめてうわ言のように呟く。
「すごいだろ。やる時はやる子なんだぜ?」
「だ、抱かれたい……です……わ……」
てっきり怖がってんのかと思ったら、ヒルデの目はうっとりとティフォを見つめていた。性別超えて何でもアリなのか、それとも【全怪物の王】たる、ティフォの怪物王フェロモンにでもヤラレてしまったのだろうか。
何処からか『酒じゃあ! 酒を持って来んかぁっ』と、野太い叫び声が響き、ドワーフ達はわらわらと慌ただしく動き出した。四年ぶりの酒解禁か。目が虚ろな辺りがちょっと怖い。
「なぁ……ティフォ」
少し人がはけて静かになった時、そっと腕の中で寝ている彼女に呟いた。
「さっきのは、どういう意味だったんだ?」
俺達の将来。それに対する彼女の態度が、未だ脳裏にこびりついている。
ティフォはすぅすぅと、気持ち良さそうに寝息を返すばかりだった ─── 。
※ ※ ※
魔界の酒は、フルーティな香りの物が多い気がする。
それは温暖な気候のせいなのか、豊富なマナが酒精にまで何かしらの働きを促しているからなのか、飲む専門の俺には分かるはずもない。ただ、それなら人界の酒でも、彼らの好みに合う物があるかも知れないと、いくつか見繕って振舞ってみた。
「くはーっ! これは、何て酒じゃったかのう!」
結果は大当たりだ。ギルド長のグラベンは、次から次へと飲み干しては、ニッコニコ顔で銘柄を聞いてくる。
「北シリルの酒だ。『デファウド』っての。芋の蒸留酒に、ヒノキ科の『羊の実』って木ノ実の香りをつけてある。熟成もしてないし、安酒でクセもあるけど、美味いだろ」
「淡白なフライにバッチリじゃな! 胡椒の利いたリザードフリットに、もってこいじゃぞ! 人界も中々ええ酒造るもんじゃて」
デファウドは庶民の酒。香り付けに使われる『羊の実』とは、その名の低木にできる、果実そのものの名だ。黒く小さな果実は、表面をワックスで覆われて、青みがかった照りが特徴だ。
それを干すと、独特な香気が出て、胃薬や解熱剤なんかに使われる。干した物は小さくて硬く、独特なシワが入っていて、ズバリ羊の糞に似ている所からそう呼ばれている。昔の人の名付けは、時折こう、身もふたもない事があったりするもんだ。
マナの固定に成功したお祝いに、開放されたドワーフ工房の庭で宴会は続く。四年ぶりの酒に、とことん晴れやかにはしゃぐドワーフ達と、周辺に暮らす様々な種族の職人達。人界でも、亜人排斥なんか無ければ、こんな光景が色んな所で見られたのかなぁ。
ふと休みたくなって、庭の端っこに積み上げられた石材に腰を掛けると、エリンがカップを持って歩いて来た。
「皆んなはしゃぎまくってるな。こう色んな種族がそろって宴会ってもの、いいもんだ」
「ほんと。みんな種族ごと、色んな話題持ってて、話が止まらない。それにしてもドワーフ。中々に強そうな種族ね」
「ああ、エリンはシリルのドワーフ達を見てないもんなぁ。人界のドワーフは力は強いけど、ティフォくらいの身長しかないから、ここのは特別だと思うぞ?」
「小さいの? あー、それは……可愛いかも知れない。ちょっと見てみたいわアル様」
小さいおっさんが可愛いかは別として、色々片がついたら、楽しかった所をもう一度、ゆっくり皆んなで旅するのもいいかも知れない。スタルジャにも、見せてやりたい風景がたくさんあるしなぁ……。
「……ハァ」
スタルジャの顔を思い出して、思わず溜息が出てしまった。ドワーフの工房に来て、バタついてたから少し頭から離れてたけど、やっぱり彼女の事が心配でならない。
ぴと。
エリンが隣に座って、体を密着させて来た。頰が紅くて、目元が熱っぽいのは、酔いのせいか、それとも……。そうしてしばらく、俺の肩に頭を預けた後、彼女は俺の首筋に顔を寄せた。
「最近、たま〜に、アル様からスタの匂いがする……」
「あー、ずっと一緒にいるしなぁ」
ズダ袋と同じ仕組みで、スタルジャは常に俺と共に移動している。そういう意味で言ったつもりだったが、エリンは首を横に振った。
「体からの匂いじゃ……ないわ。アル様とスタが結んだ、守護神契約だと思う。スタの魔力がアル様を通して、繋がってるって主張してるみたいに、匂いを生み出してるんだと思う」
「魔力が匂いを……?」
エリンは赤豹族。嗅覚はズバ抜けているのは確かだが、魔力が匂いを形作るなんて事があるのだろうか。いや、もしかしたら、今まで魔物や魔獣に感じていた種族ごとの匂いがなんとなくあったけど、そういう事だったのかなぁ。
「そうか。なら、彼女がまだしっかりと繋がってるって、思ってもいいのかなぁ」
「そう。きっとそういうことよ。ちょっと妬けちゃうけど……」
思わず彼女の方を振り向いたら、目が合ってドキッとした。普段キリッとしたやや鋭い彼女の目が、大きく開いて潤んでいる。印象のギャップに、思わず『あ……』と声を漏らしてしまった。
その瞬間、首に彼女の腕が周り、背筋を伸ばした彼女の唇が重ねられる。
少し酒精の匂い。その奥から香る、柑橘系の爽やかな香り。
「この香りは……」
「フフ。アル様が使ってる、手入れ油の匂いに似てるでしょ? 魔界のお酒なんだって。スタと同じように、あたしも体の中にアル様の匂いが……。は、入ったみたいで嬉しくて……」
嫉妬とは違う感情、表現するなら『焦がれる』と言うのだろうか。それがストレートに『好き』と言われるよりも、深く胸に突き刺さる。
「エリン。この魔界旅が落ち着いたら、今度はふたりで飲みに行かないか?一緒に美味いもの食って、楽しい話してさ」
「 ─── っ! ……うんっ‼︎ い、行く! 絶対行くにゃっ!」
弾けたように顔を上げた彼女と目が合う。みるみる顔を真っ赤に染めて、ふたり思わず吹き出した。
「へへへぇ、嬉しいにゃあ。えへへぇ」
肩をくねくねしながら、両手でカップをいじくる彼女は、普段の強そうな感じじゃなくて、普通の女の子そのものだった。時折、俺が違う所を見ているのに気がつくと、にゅーっと手を伸ばして、ピトっと触って来たりする。
猫ってたまにやるよなぁ、これ。正直、クソ可愛い。
また、約束が増えたなぁ将来に先置きする確約。今はその小さな保証が、なんとも安心感を生み出すものだと思えた。
※
ドワーフ工房の宴は、陽が落ちてからも続いている。
途中、ティフォが起きてきて、ドワーフ達が熱狂したが、やっぱり回復し切れて居ないのか、すぐに船を漕ぎ出した。ソフィアとヒルデが介抱して、ドワーフ工房の仮眠室へと連れて行く。
それは丁度、ドワーフ達から新素材についての、熱意だらけの説明を聞いている時に起こった。
「んおぅ? なんじゃなんじゃ急に ─── 」
工房の門の方から、そんな声が聞こえて来て、すぐにその来客の一団が庭へと現れる。
アリだーーーーっ‼︎
思わずそう叫びそうになってしまった。そこに居たのは、アリの体に、鎧を着込んだ人間の上半身が乗ったようなフォルムの集団。アントリオン族だ。
その先頭にいた、一番体のデカイ人物が、六本の足でサクサクと音を立てながら俺に近づいて来た。
「…………お前だな……ついて来い…………」
見れば工房は、すでに彼らの仲間に、包囲されているようだ。頭部から生えている、二本の触覚が、俺に向けてピクピクと忙しなく動いている。
「何の用だ?」
「…………人界から来た……黒髪の男……。女王さま……呼んでる…………」
敵意は読めない。人に数えられる種族なのか疑うくらい、意思の疎通が難しいようにも感じられる。
『女王さま』だと?
魔公爵ペルモリアが、動いた ───