Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十章 魔界
第二十話 約束の地、赤き部屋
あらすじを見る
アマーリエの最後の足跡。
アスタリア高原に到着したアルフォンスたち。
そこはアマーリエによって張られた強力な結界に守られていた。
人界からの廃れたマナが流れ込むこの大地は、
その瘴気によって毒され、
長く生きることは出来ない。
しかし、その瘴気と廃れたマナによって、
長命種の最期となる病『天門の根(ガテォ・ロゥト)』の進行をわずかに抑えられるという。
そこに暮らす者たちは総じて長命種であり、
その病に侵されていた。
アマーリエの呪術が掛けられていたヒルデリンガを、
アルフォンスとの運命によって成就させ、
彼女を輪廻の流れへと結びつかせる。
そうして集落を後にし、
聖地へと向かった彼らは、
そこに刻まれた巨大なクレバスを目にする。
勇者ハンネスの斬撃の痕跡。
アマーリエはハンネスによって命を狙われ、
この強力な結界の中へと逃げ込んだのだろう。
いよいよ、
アマーリエの予言、
その約束の地へと足を踏み入れる。
大地に咲く、大輪の花。
下から見上げただけでは、単に生命を拒絶したような、灰色の岩山にしか見えない。
アスタリア高原。上空から見れば、その形状は薔薇の花弁のように、薄い岩山がいくつも重なっているのが分かるだろう。
『アスタリア』とは、古代エルフ語で『真紅・花』を意味する。その壮大な大地の造形の中心には、一際盛り上がった峰があり、そこにはいくつかの古い街があるとされるが、行き着いた者はそれ程いない。
人界で使命を終えたマナが、その穢れた力を持って噴水の如く湧き上がる峰は、アスタリア高原と呼ばれるも、魔界の人々ですら近づく事の少ない土地のひとつである。
※
「……呼んで……るの?」
結界に向かって飛んだ二羽の白い小鳥は、結界の直前でクルクルと円を描くように戯れた後、結界の中へとスゥッと消えて行った。ユニの呟きが、白昼夢などでは無かったのだと、我に返らせる。
「 アマーリエは、二羽のツグミの杖を持っていた。スタルジャの精神世界の中でも、その杖は現れたし、一度だけあの鳥には道案内もされてる」
「パルモルの夜の話ね? アル様とミィルを、スタのいる場所に、飛んで知らせたって言う」
もう迷う事は無さそうだ。鳥の通ったルートを追うように、自然と足が進み出す。
噴き出すマナの勢いが強い。上から降り注ぐのは、地に押し付けられるように重たいマナ。それなのに噴き出すその勢いは、足裏から持ち上げられるような、微かな浮遊感を生み出して、現実味を薄れさせている気がする。そのせいか、ややぼんやりとした感覚のまま、灰色の石畳を歩けば、終点はすぐに訪れた。
白い極薄の煙の幕のような、呪術による超絶的斥力に満ちた、アマーリエの結界だ。
「 結界……触れるだけで、吹き飛ばされそうな圧力だ」
「アルくん。結界に変化は起きてません。あまり近づくと危険です」
ソフィアの声が、いやに遠く聞こえる。契約更新された時みたいな、意識が朦朧としていく感覚の中、視界の上部に白い何かが入り込む。
「アル様? その額のは……⁉︎」
エリンの声がぼんやりと聞こえた。額の辺りに浮かんだ白い何かは、わずかな抵抗感を肌に残しながら、全身にまとわりつく。
「それ、アマーリエの呪術ですわね? 一体、いつの間に……⁉︎」
思い出した。父さんの記憶映像で見た、俺の二歳の頃のアマーリエとの初対面で、彼女が俺の額に何かの印を刻んでいたのを。勝手に体が前に進み、結界へと手が伸びるのを、ソフィアが必死で止めようと腕をつかむも、何の抵抗もなく彼女の体ごと持ち上げていた。
ファ……フッ
手の平が結界に触れた時、白い霧と共に生温かい風を起こして、呆気なく結界は消え去ってしまった。
「アルくん! 大丈夫ですか⁉︎ 何か体に変なことは起きてませんかッ⁉︎」
途端にソフィアの声が大きく聞こえ、すがりつく彼女の体温と体重を感じられるようになった。体を覆っていた白いものも、すでに消えてしまったようだ。
「あの時から、アマーリエはこうなる事を見越して、俺に……鍵を……」
今更、恐怖心は湧いては来なかった。ただ、予言者の残した意思を見届けたいと思う、何か決意のようなものが膨れ上がる。見てやろうじゃないか、アマーリエの見た俺の未来が何なのか。
結界の消え去った聖地は、整然とした美しい正方形の敷石が敷き詰められた道を開いて、俺の一歩を受け入れた。
※
色の無い世界。いや、音も無ければ、歩く時に感じるはずの空気の抵抗感さえ存在しない、灰色の世界。
シリルの妖精宮、シノンカ聖王朝の神殿を彷彿とさせる、巨大な神殿のような建物を中心に、周囲を小さな祠が囲っている。ここが聖地であったと言うのは、確かめるまでも無く見て取れる。
生活感はまるで無く、出来たばかりのような、風化もくすみも存在しない建造物なのに、明らかにデザインは太古のものだ。取って付けられたような違和感と、シンプルかつ重厚な風格を併せ持った、奇妙な風景に誰もが立ちすくんでいた。
「アル様……あそこに人がいるの」
ユニの指差す方向に目を向けたが、それが人だと判別するのに時間が掛かってしまった。ひとつの祠の前に、確かに人影があるが、それは限りなく透明に近く、色のない姿だった。赤豹族の鋭い勘でなければ、簡単に見落としたであろう、幽玄とした人の姿。
「「「 ─── ⁉︎」」」
その人影に目が慣れて来た時、思わず背筋に冷たい物が流れた。よく見れば、同じように見え難くても、この聖地の中には多くの人影が立っている事に気がつく。中央の神殿に向かう者、隣の者と会話をしている者、荷物を背負い立ち上がろうとしている者……。
全部で二十は居るだろうか。それら全てが薄く透けていて、同様に色が無く、明らかに古代の物と思われる簡素な作りの服を着ている。
そして、誰もが微動だにせず、停止していた。
更に注意深く見れば、花から飛び立った状態で停止している蝶や、羽ばたきの途中の虫の姿まで存在している。その様子に、父さん達のいる方星宮の周囲の、時間の停滞したケファンの森を思い出していた。
「時間が、止まっているのか? だが、オレたちは動けている。一体これはッ⁉︎」
ロジオンが恐る恐る、近くに居る人影に触れた瞬間、ボロリと触れた部分から崩れ、地面に砂の山となって落ちた。その砂も、無風だと言うのに、サラサラとなびいて何処かへと飛んで行ってしまう。
「魔公将の死ぬ瞬間に似てますね。彼らはもうすでに亡くなっている……いいえ、これは」
崩れ去った砂が消える直前、フッと何かが聞こえた気がした。それは余りに小さな声で、むしろ声と言うより、薄れた思念だったようだ。
「解放への……喜び……? 彼らはここで、魂の限界を超えて存在していたようです」
「ここに居る人々の姿は、三百年前どころの物じゃない。一体いつから? アマーリエの結界で時間が止まっていたんじゃないのか⁉︎」
「いいえ。これは呪術の時間干渉なんかじゃありません。穢れたマナの本流が生み出した無風の世界。少なくとも数万年前に、この自然災害に巻き込まれた人々のようです。残された思念が余りに薄くて、それくらいしか分かりませんが……」
「で、でも時間停止してたんだろ? どうしてこんな、触れられただけで崩れるような、不安定な状態に⁉︎」
「完全な時間停止なんてありません。魂や思念までは、この世に存在する以上、その経過を止められないんですよ。彼らの魂が現世にいられる時間は、とっくに過ぎ去った後だったのでしょうね」
時間停止の魔術は、途轍もなく高度な技術だ。それ故に、研究もそれ程進んではいないし、数百年単位の時間停止の実績だって、まず耳にする事は無かった。
時間が停止されても、魂の時間は進んでいる? いや、あり得るのかも知れない。なんたって、俺自身、幼少期に勇者ハンネスから受けた呪いを殺すために、三百年近く義父さんによって封印されていたのだから。
呪いの思念自体が、時間停止の世界で消えたのだから、人の思念や魂の存在自体だって、そうなっても何らおかしくなんかない。
「 俺も三百年近く封印されてたんだよな。じゃあ、もしかして俺も……?」
「あっくんの寿命は、それくらいじゃあ何のダメージにもなりませんわ。だって魔王の一族、クヌルギアスの寿命は千〜三千年。それも魔王直系の魂の持ち主が、その程度の時間経過で影響を受けるはずがありませんもの♪」
は? さ、三千年⁉︎
「ちょ……っ! 俺、そんな長生きすんの⁉︎ そう言えば父さん達に、寿命の話聞くの忘れてたけど⁉︎」
「そうですわよ♪ 魔王の任期は四百年。それは最も力を保っていられる間のこと。後継者に資格を継承した後は、のんびり暮らす方々も多いですわ」
「え⁉︎ じゃ、じゃあもしかして、俺の曾祖父さんとか、まだ生きてたりすんの⁉︎」
「ん〜、ここ何代かは現役で亡くなられておりますわね。……あ、クヌルギアを愛して籠られた二百八十七代目なら、まだご健在かも知れませんわ。元々が人嫌いのクヌルギアマニアなので、お会いすることもないとは思いますけれど」
俺、そんな長生きだったのか……。なんかおぼろげながらも持ち合わせていた、人生設計が白紙に戻された気がする。
と、赤豹姉妹が、なんだか熱っぽい顔で『ふふふ』と笑っていた。
「な、なんだよふたりとも」
「よかった。アル様の方が長生きなのね……」
「最初はアル様が人間だと思ってたから、ずっと一緒には居られないかなって、お姉ちゃんとしょんみりしてたことがあったの……」
ああ、そうか。現代の人間族の寿命は、だいたい六十〜七十だもんな。二〜三百年生きる獣人族のふたりからすれば、長くはないもんなぁ。
「……まあ、そういう事らしい。安心してくれ」
「「えへへぇ♡」」
姉妹は嬉しそうに笑いながら、もじもじとお互いの毛づくろいを始めた。くそ、こんな時でも可愛いなちくしょう。
あれ? そう言えばヒルデは永遠の命を失ったわけだけど、後千年以上も生きられる可能性があるとなると、大往生じゃね? 少し気が軽くなったなこりゃ、俺はまだ自分の人生設計に混乱してるけども。
ピイッ!
そんな事を考えていたら、神殿の門の上に止まった白いツグミが、無音の世界を切り裂くように、甲高い声で短く鳴いた。『いいから早くしろ』って言われた気がする。
「じ、時間と寿命の話は分かった。続きは今夜話そう。それよりも今は……」
全員が神殿の入口に向き直る。あの鳥がいるのだから、アマーリエが居るのはあそこに違いない。
「…………」
「どうしたロジオン。なんかあるのか?」
「…………いや、後でで良い。それより先に進もう」
ロジオンの表情が硬い。寿命と呪いの事だろうか。どちらにせよ、今はその話をしている時じゃない。そうして、透明な人々の合間を縫って、俺達は中央の神殿へと歩き出した。
※ ※ ※
最低でも三百年。この扉は神殿を閉ざして来たはずである。その灰色の扉は、アルフォンスの手によって、音も無く、軋む様子も無くすぅっと開かれた。
「「「 ─── ‼︎」」」
色の無い灰色の世界から一転、神殿の内部には赤い花弁が敷き詰められ、扉の風圧にひらひらと舞い上がる。その湧き上がる血潮の如き情景の向こうには、天井から差した一筋の光が、椅子に座する人影を照らし出していた。
「…………!」
サクリと、踏みしめられる度に、赤い花弁は確かな音を立てる。靴裏に感じる、瑞々しい花弁の潰れる感触に、それが現実の風景だと認識させた。アルフォンスは、奥に居るその人物を真っ直ぐに、緊張か警戒か、身を引き締めて足を進める。
『ああ……アルファード殿下……。いえ、適合者アルフォンス・ゴールマイン。あなたを待ちわびておりました』
体に対し、やけに大きな椅子に深くもたれ、その女性は目を細めて微笑んだ。
白く長い髪、白磁のように白い肌、儚げな薄い緑色の瞳。神官服にも似た、簡素ながら上質な白い衣の膝には、床と同じく赤い花弁が積もっている。そして、エルフ特有の長い耳。
─── 予言者アマーリエ
ダークエルフの中に住まう、白き異能のエルフが、二羽のツグミをあしらった杖を手に、そこにいた。
「……アマーリエか」
父親の記憶映像で見た、そのままの姿の女性に、アルフォンスは何とも言いようの無い感覚に胸を締め付けられていた。
会った記憶は当然無い。五歳以前の記憶が無いが故に、それは当然の事であり、この予言者と顔を合わせたのはわずか二歳の幼少期である。それなのに、彼の心は震えていた。
『……少し加減がよろしくないのです。こうして座ったままでお許しくださいね。本当に……大きくなって……』
「お、俺……は……」
何かを言おうとして、アルフォンスは喉元に込み上げる嗚咽の気配を飲み込んだ。何故なのかは分からない、だが、確かに心が震え、体が涙をこぼす事を欲していた。
『く……っ、ふふふ……いけませんね。ずっとこの日を夢見ていたせいか、まるであなたを息子や甥っ子のように思ってしまう。お話したい事はたくさんあるのですけれど……時間がありません。
さあ、彼女をそちらに』
アマーリエの指差した床が、音も無く長方形にせり上がり、ぱらぱらと花弁を落としながら、赤い花びらの敷き詰められた寝台のようなものが現れた。アルフォンスは、術式を呼び出し、スタルジャの体を寝台の上に横たわらせる。
『…………ッ』
「何処か具合でも……悪いのか」
時折、アマーリエは細めた目をわずかに揺らし、苦痛を堪えるような表情を見せていた。それは非常に些細な変化で、彼以外に気がつくのは至難の技だったであろう。触手だった頃のティフォの仕草や、人型になってからの彼女のジト目から、その感情を読み取って来たアルフォンスならではの敏感さである。
そんな彼の言葉に、アマーリエは少し驚いた顔をして、嬉しそうに微笑んだ。
『ふふふ……やはりあなたはお優しい……。悔しいですが時間がありません。早速ですが、あなたの憂いを晴らし、そしてこの世に必要な存在を、取り戻しましょう』
「俺の、憂い? この世に必要な存在って、スタルジャの ─── 」
コオォォ……ン コオォォ……ン
言いかけたアルフォンスの言葉が、床を突くアマーリエの杖の音に掻き消された。
『この地に溢るる陰の地精よ……。
宵闇の眠りに落ちし、大地の光に、己が輝きに気づきをもたらす夜の慈愛を与え給え……。陽ありて陰あり、陰ありて陽あり、幾星霜の浮沈の理に、今一握の偏りを……』
その言霊は、夜空の星々が詠うかのように、膨大な音の重なりを引き連れて、耳に、目に、体に、脳裏に、心に響き渡る。そこに居合わせた誰もが、知覚の限界を遥かに超えた、大海の如き闇の広がりを感じ、呆然と立ち尽くす。
アルフォンスはただひとり、力無く膝をつき、スタルジャに重なるようにして意識を失っていた。
※ ※ ※
(目が……痛い。まるで……何かに叩かれているみたいに……痛い。って、言うか……超痛いッ⁉︎ これ、絶対叩かれてる!?)
「あぃでッ! な、なな、なんだ⁉︎」
『ぉお起っきろーッ、アルフォンス! 次はフルスイングで潰しにいく……ん⁉︎ やっと起きたね?』
「ミィル。今、すっげぇけったいな事を言ってたよな⁉︎」
『うるせーばか! な、何にもいってねーっての! そんなことより、とっととシャッキリしろーっ!』
ミィルの鶏よりけたたましい声で、ようやく覚醒した。この独特な、地に足のついていない暗闇の平衡感覚は、スタルジャの精神世界だ。それも、いつもより妙に意識がハッキリとしていて、現実世界の記憶も手に取るように思い出せる。
「この覚醒感、現実世界にいる時よりも、感覚が鋭くなってる気がする。これが……アマーリエの力なのか……⁉︎」
「あー、そーだよ王子さま。やっとお目覚めかよ、まったくお坊っちゃんは、これだから手がかかるって……うっ⁉︎」
思わず二度見して、首がグキッとなりかけた。目の前には黒い害虫……ミィルがはためいていて、今俺に横から話しかけて来たのは、銀髪の艶やかな髪を後ろでひとつに結わえた、褐色の肌に露出度の高い、黒いスウェード調のスーツを着たエルフ。
父さんの記憶映像で、悪態をつきまくっていた、あの黒い方のアマーリエだった。彼女は俺と目が合った途端に、目を見開いて、吐きかけていた言葉を飲み込んだ。
「あ、アマーリエ⁉︎ どうやってここに⁉︎」
「い、いい……」
「は?」
「ッんだよコレ⁉︎ モノホンは……どどど、ドストライクじゃねえ……かっかかっ!」
ティフォの触手の速度を凌駕する、超絶な速度で俺の真ん前に迫り、ペタペタと俺の頰を挟むように触って来る。
「くはっ! くそっ、なんだこれチキショウ、後三百年早くにこの姿で会ってたらッ! やっぱ、あの小せえ頃にかっさらっておきゃあよかったんだッ‼︎ ああ、くそっ! ちっくしょおおおぉぉ!」
黒アマーリエが、地団駄を踏みながら『くそっ』と呟いては抱き着き、また至近距離で顔を覗き込んでは『くそっ』と吐き捨て、抱き着いてくる。精神世界の中だから、肉体強化できないとは言え、正直、彼女を引き剥がせる気がしないくらい力が強くて怖い。
「ちょっとアマーリエ。その方はわたくしの運命の人ですわよ? わたくしの許しなく、なれなれしく触らないで下さらないかしら?」
と、アマーリエが少し体を離した隙に、ふわふわした白い塊が、間に割って入った。
「へ? あ、あれ? なんでヒルデまで……⁉︎」
「てめぇサキュバスこのやろう! なぁんだってこっち来てんだコラァッ!」
「ふん。サキュバスの異名を忘れたのかしら? 『淫夢の悪魔』ですわよ、あっくんと運命の糸で結ばれたわたくしに、精神世界への同伴なんて朝飯前ですわ♪」
「あァッ? てめえの『運命の人』だあ⁉︎ ンなわけあるか、運命薄っぺらのど三品がぁッ! 淫魔風情が、この王子さまと運命の接点持つなんざ……。え? うそ、マジだわ……」
「ほーほっほっ! そう! わたくしは、見つけたのですのよ、運命の相手を! 奇しくもアマーリエ、あなたの呪術を完成させたのは、このあっくんとのディスティニー☆」
ふたりの言い争いにうんざりして、ちょっと離れてみたら、ミィルが『こいつら、やっちゃっていいか?』みたいなジェスチャーをしていた。無論、止める要素がないので『うん』と頷いてみる。
ヴァヴァッ! バリバリバリ……ッ‼︎
暗闇の中って、黒い稲妻でも、直撃した瞬間に光るんだなぁ。そんなどうでもいい事に、思わず感心しながらも、ふと違和感に気がついた。
「あれ? なんでミィル、精神世界で魔術が使えているんだ⁉︎」
『ん? ああ、そこの口悪クソエルフがさ、現実世界と強くつなげてくれてんの。だから、アルフォンスも使えるはずだよ?』
「え? あ、ほんとだ。魔力操作できる。スゲェなアマーリエって……」
『うーん、それだけこっちの世界で、暴れられるよーにはなったんだけどさー。ちょっとデメリットもあんのよ』
「デメリット?」
『ここで起きたことは、現実でも起きる。ここで死んだら、マジで死ぬかんね?』
いや、今、あなた本気で雷撃をふたりに放ちましたよね⁉︎ 白眼剥いて消えかかってるふたりに、慌てて回復魔術をかけ、命の灯火を繋ぐ。この強者ふたりを、一撃で葬りかけるとは、流石は妖精女王ミィルか……。
「いや、そんな事ぁどうだっていい! スタルジャは今どうなってる⁉︎」
『うーん、今はまだスタの世界の入口なんだけどさー。ちょっと、ヤバめなんだよね~』
意識を取り戻した淫魔ふたりを交え、ミィルから現状を聞く事にした。やっとこさ本題に入れるのか。すっかり意気込みが、折られてしまった感が否めない。
「つまり、スタルジャの自我は、より深い所に落ちてる。無事ではあるけど、大量の記憶に囲まれて、自分を認識出来ていない……と?」
『うん。記憶っていっても、一瞬一瞬の夢のカケラみたいなもんだからね。そいつらは大したことはないと思うんだー。ただ、スタの今までの記憶の断片だから、相当な数になってると思う』
「お、王子さまはよぉ。そん中から、本当の自我を見つけて『お前だ』って、教えてやんなきゃなんねえ。ただし、相手を間違えたら、本当の自我が消え去って、お姫さんは二度と戻るこたぁなくなるぜ?」
本当のスタルジャの自我を見つけて、自覚を取り戻させなきゃいけないってのか。
「たった……それだけなのか」
『あんまり甘くみないほーがいいよアルフォンス。記憶のカケラっていっても、それ一つ一つに“これは自分だ”って、意識が乗ってるからね? しかも、本人の意識から生まれた虚像だよ? そーとー、見分けがつきにくいと思う』
「それにこの感じ、おそらく入口を開けた途端に、悪夢が気がついてこちらに迫って来ますわよ? これは……相当に強力な思念ですわね、よくもまぁ、うら若い娘にこれだけの負の感情を押し込めて来たものですわね……。普通なら、とっくに心壊れてる方が、当然ってレベルですわ」
「悪夢なら問題ねえ。片っ端からぶっ潰したって、自我には影響がねえどころか、ちったぁ軽くなるってもんだ。この闇の深さじゃあ、自我の引きこもってる深層まではかなりあるだろうが、そこまではおれが連れてってやる。だが……深層に入れるのは、魂が契約で繋がってるアンタだけだぜ王子様」
だいぶ話は見えて来た。後は実際に入口の向こうに溢れる、スタルジャの悪夢がどれ程の力を持っているかだが、それはやってみなければ分からない。ミィルだけでは、スタルジャの居る場所は分かっても、これだけ詳細を知る事は出来なかったそうだ。これもひとえに、アマーリエからの情報提供が大きかったという。
「しかし、流石はダークエルフを克服しただけの事はあるよなアマーリエは。これだけの情報、俺達だけだったら、分かりっこなかった」
「克服? んなモン、してねえよ」
「いや、でもダークエルフ化して、長く生きてるエルフの話は何処にも無かった。それなのに君はここまで長く生きてるじゃないか」
「あー、ダークエルフってのはな、神聖に近い魂が、闇落ちした状態。つまり、負の感情に負けたエルフのことだ。大抵は、闇落ちした段階で、精神世界に消えちまうんだよ。おれは克服したんじゃねえ、これも自分だって、折り合いつけられただけだ。ほんとーに克服してたら、融合されて、おれはここには居ない」
アマーリエによれば、完全に克服出来たダークエルフは存在しないのだという。それは、全ての意識を受け入れて、統一しきるなど、神に近づく難関に等しいのだそうだ。
「生きたまま、神になるというのは、流石に厳しいですわね……。それだけ、人の心には無数の思いが混在して、それを背負って生きているということ。魔物のわたくしには、途方も無く七面倒臭いお話ですわ」
「へっ、特に煩悩だらけの淫魔にはな! 人もそれだけ素直に生きられりゃ、誰も苦労しねえんだけどよ」
スタルジャの生い立ちを思えば、それはかなり苦難の道だろう。スタルジャが目の前で、深層意識の闇に落ちてから、ソフィアのアドバイス通り、俺は俺なりにスタルジャの幸福を願って来た。彼女がダークエルフを克服出来るかは分からないし、そうする事が良い事なのかも分からない。
ただ隣に立って、添い遂げる。それを彼女に伝えて、この世に一歩、前に進めさえすればそれでいい。彼女に居て欲しいと願う俺の想いは、彼女を支える事で、互いの幸福にしていく以外に無いのだから。
『じゃあ、そろそろ……やる?』
「「「……(コクン)」」」
目的意識の統一は出来た。後は最善を尽くすのみ。
「かぁーっ、暴れるのは久々だな♪ たぎって来るぜぇ☆」
「相変わらず、ケンカ好きですわねあなた」
そんな事を話しながら、ミィルの魔力が高まるのを待つ。そんな中、俺はふと気になっていた事を尋ねた。
「アマーリエ? さっき『時間がない』って言ってたけど、あれは何だったんだ」
「んあ? どーでもいいだろ、とっとと終わらせりゃあいーんだ♪」
「そうか、まあ、そうだな。ところで、さっきからたまに辛そうにしてるように見えるんだが、やっぱり具合でも悪いのか?」
現実世界にいた白いアマーリエと同じく、目の前の黒アマーリエも、時折かすかにではあるが、強張った何かを感じる時がある。そう尋ねれば、やはり彼女も驚いた顔をして、ふふふと微笑んだ。
「ほんと、優しいよな。いーオトコになって、お姉さん嬉しいぜ? さて、くだらねえ心配は、緑髮エルフのお嬢ちゃんにだけしてやんな」
そう言って彼女は白い杖を手に持ち、慣れた様子でくるくると回している。
『 ─── じゃあ、いくよ!』
ミィルの黒い魔力が、闇の中に渦巻いて、トンネルを創り出す。
その奥から、重苦しい音が響き、馬族が押し寄せてくるのが見えた ───。