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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十章 魔界

第二十四話 紅き花

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精神世界に囚われたスタルジャの救出。

アスタリア高原の聖地で、
アマーリエと対面し、
アルフォンスはスタルジャの精神世界へと誘われる。

ダークエルフ姿のアマーリエと、
サキュバスのヒルデリンガ、
そして妖精女王ミィルと共に、
スタルジャの記憶の断片をなぎ倒しながら進んでゆく。

アルフォンスとミィルは最奥の領域に入り、
そこでスタルジャを支えてきた自我たちと出会う。

しかしそれは、
本当の自我以外を拒絶して消去していく、
一歩間違えばスタルジャ自身の心を消滅させる危険な道のり。

それでもアルフォンスは彼女たちを見極め、
本当のスタルジャを見つけ出す。

スタルジャはダークエルフと化しているもう一人の自分を受け入れ、
全ての自我を統一させる事に成功する。

彼女の悪夢の後遺症は終わりを告げた。

 白い灯りがぼんやりとふたつ揺れている。頭の奥がビリビリと細かく振動するような、むず痒い感覚と共に、ふわりと薔薇の花の香気が鼻をくすぐった。
 ああ、これは覚醒する感覚なのだと、寝ぼけた頭を動かそうとして、周囲の喧騒にまぶたが開いた。

「回復魔術をもう受付ないようです! ティフォちゃん、ここを押さえて止血をお願いします!」
「ユニ! 肉体強化の術式はどう?」
「だめ、この傷に掛けられた呪いが、術式を邪魔してるの!」

 現実に戻って来てみれば、そこは薔薇の花弁が敷き詰められた神殿の中で、皆がアマーリエの座っている辺りに集まって騒いでいるのが見えた。俺の目の前には、花弁の寝台の上に横たわり、明らかに力強い呼吸をしているスタルジャの姿がある。

  現実に戻って来れた……!

 慌ててスタルジャの頰に触れてみると、明らかに体温が高く、ただ寝ている姿にも生気がみなぎっている。思わず顔を近づけて見れば、俺の影が目元に掛かっただけで、まぶたがピクリと動くのを目の当たりにできた。

「良かった、もう今にも起きそうだな。みんな、一体どうしたんだ?」
「あ! アルくん起きたんですね⁉︎ その表情は……成功しましたね‼︎起き抜けですみません、ちょっと知恵を貸して下さい! 
アマーリエさんが ─── !」
「アマーリエが⁉︎」
「オニイチャ、止血剤もってる? ううん、オニイチャの回復魔術かけてみて、今すぐナウ!」
「 ─── はっ?」

 立ち上がろうとすると、膝がガクンと落ちかけた。魔力不足になり掛けた時の感覚に似ている。どうやらスタルジャの古い自我達に、直接働きかけた代償は、実際かなりなものだったようだ。ズダ袋から魔力回復薬の小瓶を呼び出して、グイっと飲み干すと、ふらつきながらもアマーリエの元に向かって歩く。

「なッ⁉︎ これは一体何が?」
「アマーリエ、ほんとは大ケガしてたみたいなの! それを隠すために、赤い花びらで……。ついさっき、急に苦しみ出して、初めてケガしてたって分かったの!  早く、早く助けてあげて欲しいの!」

 目に涙を浮かべて、必死にアマーリエの止血を手伝うユニの前には、うつ伏せに寝かされたアマーリエの、ざっくりとえぐられた血塗れの背中が見えていた 。

「クッ! 【癒光ラヒゥ】ッ‼︎」

 パシュッ!

 回復魔術の光がアマーリエを覆う時、背中の傷口から黒い衝撃が走り、魔術がかき消されてしまった。この腹にズンと響くような、不快な波動は……。

「この傷、勇者の魔剣傷かッ⁉︎」
「ああ、オレやお前の受けた傷と同じようだ。ディアグインたちに教わった、呪術の打ち消す方法もやってみたが……。傷が深過ぎて効果がない」

 ロジオンは塞がらない傷口に、青いボトルの薬を振り掛けているが、ジュウッと煙を出して呪いに焼き消されていた。

「ソフィ、アマーリエの時間を止められないか? 出来れば【神の呪い】で、負の方向の奇跡を使ってみてくれ!」
「はいっ!」

 止血が出来ないなら、時間を停めるしか延命の方法は無い。アマーリエがこの地で待っていたのは、勇者から受けた傷を、この土地の時間停止を利用していたのだろう。あの聖地入口の前にあった、巨大な斬撃の跡は、空振りや八つ当たりなんかじゃなく、彼女を確実にとらえて尚大地を切り裂いた。

 即死を免れただけでも奇跡だ。いや、もしかしたら彼女はそれの未来も見えていて、ここに来る事を願ったのかも知れない。

 俺にたくさんの覚悟を持たせ、そして、スタルジャを救うために。

 背中の傷が開いたのは、聖地に停められていた、スタルジャの精神世界に入るために力を使ったからだ。ソフィアが神気を高め、アマーリエに【神の呪い】を掛けようとした時、アマーリエは体を起こしてソフィアに向けて首を振った。

「な、どうしてですアマーリエさん、あなたこのままでは確実に……!」
「オルネア様……あなた様のお力では……確実にわたくしの時間は、停止して……しまうでしょう。
わたくしは……まだ、アルファード……殿下に……お伝え……する……ことが……」
「ダメだアマーリエ! 今は大人しく時を停めておくんだ! 必ず助ける方法を探すから……!」

 勇者に受けた魔剣傷だったら、ローゼンなら俺やスタルジャ、ロジオンみたいに何とかしてくれるかも知れない! 今はとにかく延命する事が先決だと、その傷の深さと、出血量が物語っていた。

「フフ……やはり、殿下はお優し……い。わたくしの治療は……不可能です、ここまでの命……だと、知って……います」
「そんな予言など、信じるものか‼︎ 俺はあなたに何も返せていないんだマリー!」

 アマーリエは血のついた白い頰を、ふっくらと持ち上げて、目を細めて微笑んだ。

「フフ……。わたくしの……ことも、マリーと呼んで……下さるの……ですね……。まったく……クロがうらやましくて……妬いていたのです……よ? くすくす……」
「マリー……。見ていたんだな?」
「はい……。殿下の愛……それは……見事なもの……でした。あら……ヒルデも……そろそろ戻るよう……ですね」

 アマーリエがそう言うや否や、背後で紫の光が発せられ、ヒルデが帰って来た。彼女はそのままアマーリエの近くに行き、櫛で彼女の乱れた髪を梳く。口元は微笑んでいても、その瞳は寂しげに揺れていた。

「ほんとに、無茶をするのだから。わたくしとあなたの仲ですのよ? 気づかないとでも思ってらしたのかしら」
「ふふ……助かる……わ、ヒルデ。殿下の……御前で……だらしない姿を……お見せするのは……心苦し……かったの。……くすくす」
「こうなると、ずっと分かっていて……貴女は。感謝をしても……し尽くせないッ!
頼むからマリー、貴女の治癒をさせてくれ……!」

 見ればソフィアがうつむいて肩を震わせている。さっきまで止血を頑張っていたティフォも、顔を背けてジッと下を見つめていた。
 女神ふたりの表情に、残酷な現実を思い知らされる ─── 。

 無理、なんだな……? そう気がついて、胸の奥がえぐられたような無力感にさいなまれた時、ヒルデが手を伸ばして、俺の手とアマーリエの手を繋がせた。

「悲しむ……ことは、ありません……よ。心優しき『骸の魔王』よ。アマーリエは、今日この時のために……生かされて……いたの……ですから」
「貴女が俺に、与えてくれたものは、余りにも大きく……強い光だ。でもマリー、俺は今が貴女の最後だとは……認めない!」
「ああ……嬉し……い」

 アマーリエの手が、俺の手を強く握る。細めた目からは、涙が流れていた。

「……わたくし……は『緑葉の輪転ダウッド・フォニウ』に乗ることも……出来ぬ……幽けき存在。一度切りの……微かな存在であるわたくしが、あなた様の……お力になれた」
「そんな……俺は……」
「お心をお痛め……にならな……いで……。世界を……救う、あなた様のお手伝いが……出来たの……です」

 彼女の心は、達成感に満たされていた。もしかしたらそれは、生まれ変わりのある終わりのない魂では、理解の出来ない事なのかも知れない。

 やり残した事や、未練など感じさせない、清々しい程の歓喜が、その手から伝わってくる。それがむしろ絶望的な切なさとして、俺の胸に刻み込まれていた。

「あ、スタちゃん! スタちゃん‼︎ もう起きて大丈……夫……?」

 ソフィアの声が戸惑った。振り返ると、そこにはフラつきながらも、弱った足で立ち上がろうとするスタルジャの姿があった。その目は真っ直ぐにアマーリエを見つめていて、意思を汲み取ったソフィアとエリンが、両脇を支えて補助する。

 三ヶ月間も寝た切りだった筋力は大きく落ちているのだろう、立ち上がれただけでもその執念に驚く。フラつきながらも、しっかりと赤い花びらを踏みしめて、スタルジャは歩いていた。

 その光景を何度夢見て来た事か。直ぐにでも抱き締めて、喜びに涙したい気持ちは、彼女の強い意思を秘めた視線に抑えられた。

「あなたにこれを……お渡し……します」

 アマーリエは震える手で、二羽のツグミが施された白い杖を持ち、スタルジャへと掲げた。聖樹セフィロトから生み出されたという、アマーリエの杖だ。スタルジャはそれを掴み、弱り切った腕から落とさないよう、胸に強く抱き締めた。

「アマーリエさん。ありがとう……本当にありがとう。私にもう一度、この世の幸せを願う時間を与えてくれた」
「わたくしは、お手伝い……した……だけ」

 その時、スタルジャは何を思ったのか、胸に抱いていた杖を、アマーリエの胸元に押し付けて彼女の手に掴ませる。そのアマーリエの手の上から、スタルジャは両手を添えて、目を閉じた。

「アマーリエさん、私はあなたに返せるものがない。でも、あなたにもらった、生きる喜びを、一緒に分かち合うことならできる!」
「スタ……ルジャ……さん?」

「私はランドエルフのスタルジャ。大地と共に生き、この世の精と喜びを分かち合って生きる種族の娘。このセフィロトの杖の声は、夢の中で何度も聞いていたわ。だから、こうするの……ッ!」

 スタルジャの周囲に、精霊の光が湧き、歌うように舞い始めた。彼女がまとった風は、赤い花弁を舞い上げながら、その奥に深い森の慈愛に満ちた香気を含ませた。エルフの輪廻の終着点、魂を宿すセフィロトの樹が、そこにあるかのような……。

 黄金色の光に包まれる中、揺れる木漏れ日、息吹を伝える風、再生を感じさせる水。そんな天界の奇跡を思わせる、どこまでも暖かな『神気』がスタルジャから立ち昇る。

─── ダークエルフから戻すには、己の全てと向き合い受け入れる、が如き試練が必要

 精神世界でアマーリエから聞いた、ダークエルフを克服したエルフがいない理由。今、目の前にいるスタルジャは、紛れも無くその試練を乗り越えた超越者だ!

【……生 を 全 う し た 勇 敢 な る 魂 よ……我 が 魂 と 共 に 在 れ……輪 廻 の 理 を……こ の 勇 敢 な る 清 か 魂 に 与 え よ 】

 全身を突き上げるような、鮮烈な言霊が鳴り響き、アマーリエの体と、スタルジャの体とが光で結ばれる。

「か、神の……呪い⁉︎」

 今スタルジャが見せたのは、魔術でも精霊術でもない。そんな人類の扱う、ちゃちな術式などでは、何万年かかっても再現出来ないであろう、膨大な情報量を孕んだ奇跡が起こされた。

「今何を……? こんな未来、わたくしは一度も……」
「あなたの答えも聞かずに、ごめんなさい。でも、私はあなたに、何が何でもお返しをしないと気が済まないの。……少しワガママに生きていくって決めたの。ダークエルフの自分だって受け止めたんだもん、あなたの魂くらい、一緒にしょっていってあげるから!」
「魂を背負っていく? ど、どう言う事だスタルジャ」
「アマーリエの魂は、このままじゃ消えちゃう。彼女自身が、天の生んだ奇跡みたいなものだから、輪廻はさせてもらえないの。だから私の魂に、アマーリエの魂を同居させる。そうやって、ゆっくり休みながら、私の魂を分けて、いつでも輪廻に入れるようにするの」

 アマーリエは呆然と、目をぱちくりさせてスタルジャの横顔を眺めていた。いや、ここにいる誰もがそうだ。スタルジャだけが、ふふんと嬉しそうに微笑んでいる。

「神様の仕組みはすごいけど、時々、乱暴すぎだと思うんだよね! アマーリエさん、後はあなたが同意するだけで始まるからね」
「……あの……え? わたくしは……え?」

 当たり前だ。

 俺だって『え?』だよ。そんな奇跡起こせるなんて、もう神様そのものじゃ……えぇ⁉︎

「たまになら、私のからだ使ってもいいからね? あ、でもアルに抜け駆けはなしだから。あ、後、同意した瞬間にあなたから気をつけてね」

 アマーリエはしばらくぱちくりしたまま、スタルジャを眺めていた。その顔には明らかに精気が仄かに戻っているようにさえ見える。傷の痛みすら忘れたのか、それともスタルジャの奇跡が何らかの処置をしているのか。

 ただ、ようやく話が飲み込めたのだろう、アマーリエはスタルジャの手を握り『ありがとう』を繰り返して泣いた。

「はぁ、わたくしの方が、輪廻手に入れて、追い抜いたーって思ったのに。また並んでしまいましたわね、アマーリエ」

 ため息交じりに呟くヒルデの後ろで、ロジオンは『お前、また女神の嫁さん増えたのか』と、うわ言のように呟いていた。

 アマーリエはしばらく泣きじゃくった後、放心した状態でポツリポツリと語り出した。

 ここで最後を迎える未来は、すでに物心ついた時から見えていた事。自分は輪廻すら出来ないと、何度も自分が半端な存在だと苦しんだ事。魔王フォーネウスや、その一家に出会って、ようやく自分の生まれて来た理由に自信が持てるようになった事。

「スタルジャさん、あなたが重要な人物となることは、分かっていました…。本来ならわたくしが死んだ後、数日後にあなたは起きるはずでした。もしや、予知していた未来よりも、あなたの精神の統合が進んだのかも知れません。神に近い……いえ、神と同等な存在になる今のあなたの姿は、見えませんでした」
「よく分からないけど、私の中にいた、たくさんの私とはいっぱい話したよ? どの私も、無下になんかしたくなかったから、受け入れたの、全部。今は生まれて来て、一番冴えてる感じがする」

 今は普通に神気を纏ってるし、言葉の端々に言霊が動いているのが分かる。おそらく感覚の冴えも、神格を得て芽生えた『超感覚』のせいだろう。ポテンシャルは別物、もうエルフとかの次元じゃあないが、纏ってる空気は元の牧歌的なスタルジャそのものだ。

「あ、今わたくし普通に喋れて居りますけれど、これもあなたが……?」
「うん。魂を少し体から引き離して、ここの時間停滞で出血を止めてる。話しやすくなったのは、思念を音に変えてるからだよ」
「 す、すごい……。予言が外れたのは、これが初めてです。予言が外れて……これほど、心が晴れやかになるなんて、考えもしませんでした! ふふ、今ほど、この目で未来を見届けたいと願ったのも……初めて……で……グスっ」
「ああ、もう泣かないで? アマーリエ、あなたもステキな未来が見られるんだから、笑おうよ、ね?」

 その言葉がトドメになったのか、またアマーリエは泣き出してしまった。ただ、悲しい涙じゃあなくて、嬉し泣きを見るのは、嫌な気はしないもんだな。

「俺自身、今起きてる事が、何が何だか理解が追いつかないが……。マリー、君が望んだ以上の結果が起きたのは、関わった人々全員の努力だ。運命は変えられるって、教えられた気がする」
「ええ。これで予言者も廃業ですわね。だって、未来が変わるのなら、もうわたしの言葉は必要ありませんもの」

 失業とは笑えないが、彼女の明るい声に、思わず皆が吹き出した。と、アマーリエの体が、すうっと褐色に染まり、顔つきも髪型も変わった。ダークエルフのアマーリエだ。

「……ったくよぉ、カッコよく消えるつもりが、泣きまくっちまってかたなしだぜ。ふだんはあんまし喋りたがらねえシロが、出ずっぱりだから、おれがしゃべれねぇっての♪」
「おう、マリー。おかげで全部上手くいった。本当にありがとうな」
「ちょ、は、お、おおい。おれまで泣かす気かよアル、湿っぽいのはカンベンしてくれっての」

 初めて父さんの記憶映像で見た時は、予言者のイメージとかけ離れ過ぎて戸惑ったが、こうして慣れるとな物言いも心地がいい。

「えっとよ、スタルジャっつったか。マジでありがとうな、おれたちのとっくに捨ててた夢、叶えてくれてよ」
「お礼を言うのは私だから。ありがとうね、まずはゆっくり休んでね」
「かぁ〜っ、こりゃあアルも惚れるよなぁ! おれには清々し過ぎて毒だぜ☆ しばらくは、アンタの中の黒いのと、酒でも飲んでブラブラさせてもらうわ」
「くすくす。あんまり変なこと教えないでよ? もう一人のわたしに」

 スタルジャの中にいた黒スタルジャは、完全に消えたわけではないらしい。今は魔力を使い過ぎたミィルと仲良く寝ているんだそうだ。黒スタルジャと黒アマーリエなら、話が合いそうだな、口調も似てるし。

「あー、ここで見る顔も、みーんな昔っから知ってたからよ、なんだか親戚に囲まれて大往生って感じでたまんねぇな♪ 最期は寂しく消えるもんだと思ってたからよ、感慨深えや」
「あなたの体は無くなっちゃうけど、たまに私を通してみんなとも遊べるからね」
「おう、楽しみにしてるぜ☆ そうだ、ヒルデ。おめえと呑むの、いつも最高に楽しかったぜ、親友」
「なによ『お前が酔うと男の話ばっかだ』って悪態ついてたじゃない。ふふふ、わたくしも楽しかったですわ。またいつか、お酒飲みましょうね☆」

 アマーリエはニコニコしながら、全員と顔を合わせて、何を言うでもなく見つめ合った。そうして全員の顔を眺めた後、満足気にフッと笑って、体をシロに返した。

「では、そろそろ……。お別れとしましょうかね。みなさん、本当にありがとうございました。クロも申しておりましたが、こんなに暖かな最期を迎えられるとは、夢にも思っておりませんでした」

「こちらこそ、ありがとうなマリー」

 アマーリエは目に涙を浮かべて微笑んだ後、スタルジャの手を取って、一層柔らかに微笑んだ。

「スタルジャさん、わたくしの魂をよろしくお願いいたしますね。
…………【魂の約束に同意します】」
「うん。これからよろしくね」

 そして、アマーリエの体から力が抜け、スタルジャの手から、彼女の腕が滑り落ちると、予言者アマーリエは眠るようにして、最期の大きな息を吐いた ───。

「お疲れさま……アマーリエ……」

 スタルジャがそう語り掛けたアマーリエの顔は、満ち足りた表情だった。

「タージャ‼︎」

 と、急にティフォがスタルジャの首に抱き着いた。

「ティフォ! 久しぶり!」
「ん、もう、どこへも行くな」
「えへへ……うん、ずっと一緒だよ」

 スタルジャはティフォに抱きしめられたまま、全員を見回してにこりと笑う。

「みんな! 本当にありがとう! 寝てたけど……。全部夢の中でみんなのこと分かってたよ」

 その言葉に、ソフィア、エリン、ユニの三人も飛びついて、みんな泣き出した。やっと、みんなそろうんだな。ちょっと鼻がつーんとして来てしまった。

 街に戻ったら、盛大に祝おう。スタルジャの『おかえりなさいパーティ』だ。と、スタルジャは俺の方を向いて、目元を紅潮させながら、ジッと見つめていた。

「おかえり、スタルジャ」
「ただいま。アル ─── 」

 こうして、スタルジャは長い眠りから覚め、またここに戻って来た。
 そこに彼女がいる、これ程当たり前であって欲しくて、そして感謝すべき事なのだと、その奇跡をひしひしと感じていた。

 ※ ※ ※

「ふぇっふぇっふぇっ! はぁ〜、めでたぃ、こいつぁめでたいねぇ〜♪ ほれ魔王さま、もっと飲みな、これは……なんつったか、妖精の酒だってよぉ〜」
「婆さん、飲み過ぎだろ、ほれ魔王様も困ってンじゃねぇか。……って、その酒も魔王様の下さった振る舞い酒だろが、図々しいって、ったく!」
「いや、俺まだ『魔王』じゃねえかんね?」

 聖地から戻り、一先ずスタルジャを休ませようと再びハーフハイエルフ達の村に戻って来た。スタルジャはダークエルフの試練を超えて、とんでもない力を得たようだが、いかんせん三ヶ月ばかり寝ていたせいで、筋力が全体的に低下している。

 肉体強化で動く事は可能だし、神格化された彼女の体は、常時驚異的な回復力が備わっているようだ。筋肉が戻るのに時間は掛かるだろうが、こればかりは魔術でどうにか出来ない。今はゆっくり休んで、少しずつ体調を取り戻すのが肝要だろう。

「しっかしまあ、どの娘さんもべっぴんさんじゃが、あのお嬢さんも大した器量じゃねぇ。これで魔界も安泰だよぉ♪」

 妖虎族ハーフの老婆は、今にも歌い出しそうなくらいご機嫌でへべれけだ。いや、すでに何度も歌ったし、今の話もこれで五回目くらいだ。さっきから度々老婆に突っ込みを入れてる村長以外、ほとんどの村人はへべれけだ。

 本来、俺達の方がはしゃいでいたはずなのに、これはどうした事かと言えば、この村に戻った時、ちょっとした騒動があった

 アマーリエの遺体をどこか見晴らしのいい所へ埋葬してやろうとなり、隔離空間に納め聖地を後にした。スタルジャを抱きかかえて、この村まで差し掛かった時、俺とスタルジャの姿を見た村人が騒ぎ出した。

「「「本当だったぞ! 本当にが帰って来られたぞーッ‼︎」」」
「 ─── へぇ?」

 間抜けな声を返すしか出来なかった。俺の素性は明かしてないのに、俺を見て『魔王』だと叫んだ。それに『帰って来た』ってなんだろ?

 惚けていたら、あれよあれよと言う間に、村人達が全員集まり、村長と妖虎族の老婆が先頭に立ち、いきなり平伏された。大騒ぎが続いたが、落ち着いて話せるようになった老婆と村長の話を聞いて、ようやく事態が理解できた。

 俺達が聖地に行き、そして再びここに帰って来る事は、アマーリエの予言でそう伝えられていたのだと言う。

─── 聖地の沈黙を破り、耳長き神聖の女神を取り戻した『骸の魔王』は、再びこの地に戻る

 何でわざわざそんな予言を残していったのか謎だったが、今の村人達の表情を見て理解した。

「みんな、本当に楽しそうですね♪」
「うん。来た時は、ちょっと暗いところだなぁって思ってたの。アル様とスタを見て、急に元気になったみたいなの」

 この村にいる彼らは、体に現れた『天門の根ガテォ・ロゥト』のお迎えを待つ、死の気配を抱いた者達ばかりだ。寿命が長く、魔界の歴史を見て来た者が多く、魔王フォーネウスの治世を懐かしみ、現魔王オリアルの沈黙を悲しむ者達ばかりだった。彼らがこの地から外に出る事はないし、ここに誰かが来る事もない。

 俺は魔王城で起きた悲劇と、これから起こるであろう、世界の存亡を賭けた戦いの事を話す事にした。

 彼らの魂に宿るハイエルフの血は、その正義感と、静かに弱っていた魔界を救う手立てがある事への希望に、激しく沸いたようだ。だがそれ以前に、彼らの心はすでに踊っていたのだ。

 その理由は、俺とスタルジャの服に着いていた、アマーリエの血痕。俺とスタルジャの胸元には、アマーリエの手が触れ、血の手形が残っていた。その形は奇しくも、村人達の民族衣装に織り込まれた『セイジンキキョウ』の花の形に酷似していたからだ。

─── 『紅き手形に永遠の絆が宿る』

 聖地に伝わる言葉、そして、アマーリエの残した予言にあやかり、いつしかこの村では魔王に忠誠を誓う民の誇りとして語り継がれていたそうだ。

「アマーリエ……ここまで見えてて、わざと手形を残したのかしら」

 エリンがそう言いながら、俺の胸元の手形の近くにそって指先を当てる。

「さあなぁ。スタルジャが未来を変えちゃったみたいだし、どこまで予知と一致しているのかは分からないけどな。このシャツ、もう洗えないよなぁ」
「はぁ、ずるいわ……」
「ん? どうしたエリン。そんな口尖らせて」

 と、エリンは俺の肩に頭を乗せて、イヤイヤをするように小さく顔を擦り付ける。

「永遠の絆、あたしにも着けて欲しかった」
「エリン ─── 」

 何を言えばいいのか、ちょっと困ったその時、ユニがエリンの背中に、何かを羽織らせた。

「何よこれは……ユニこれをどこから?」
「へへへ〜、村の人に分けてもらっちゃったの。セイジンキキョウ紋の羽織なの♪」
「「ユニ……」」

 ユニはエリンと反対側の肩に抱き着いて、くすくす笑いながら『これで一緒』と囁いた。そのユニの肩にも、紅い花が織り込まれた物が羽織られている。

「あーもう、ずるいよエリン、ユニ。しばらくは私がアルに甘えていいって言ったじゃん」
「お、スタルジャ。だいぶ歩けるようになったなぁ。もう起きていいのか?」
「こんなに楽しそうな声が聞こえてるのに、寝てなきゃいけない方が毒だよぉ!」
「それもそうだな」
「「しょうがない、膝ならあげる」」

 赤豹姉妹が声を揃えて、俺の膝を指しながら溜息をつく。いや、それ俺の膝なんだけどと思う間もなく、スタルジャは俺の膝にどかりと腰を下ろした。

「はぁ、あったかい〜♪」
「ああ、あったかいな……」

 膝を通して、彼女の温もりと柔らかさ、そして確かな重さを感じる。この幸せは、何よりも変え難い。

「ほらほら、あっくん! 始まりますわよ♪」

 久々の酒に真っ赤になったヒルデが、村人にこんこんと恋バナを語るのを止めて、遠くを指差した。

「こ、これは……!」
「「「うわぁ……」」」

 真っ赤な夕陽がアスタリアに射し込む。その紅い光を受けて、噴き上げていたマナがにわかに紅く染まり、大地に降り注いだ。普段は目にする事は出来ないが、時折マナは一定の条件で、その姿を現わす事があると聞いたが……。

「紅い花……」

 紅いマナと、夕陽の光に染め上げられて、アスタリアの岩肌が真紅に咲き誇る。灰色の薔薇のような地形だけでも驚きだったが、光の反射を受けて、やや花弁が長く立ち上った姿は紅いセイジンキキョウそのものに見えた。

 『絆』。紅い花に込められたこの地の想いそのままに、今ここにいる全ての者達が、繋がりを感じ、そして共にある奇跡を思い返しているようだった。

 人に出来る事はわずかで、時に些細な事で翻弄される。だが、本当はこんな細やかで気付きにくくても、何ものにも変えがたい出逢いの奇跡は、誰にでも与えられているんじゃないかと、この風景にそう思った。

作者のつぶやき

スタルジャ一人の体に、黒スタ・白マリー・黒マリー。
そして居候の妖精女王ミィル。

5人分の意識を抱えて大賑わいですな。

これで魔界編中心の第十章は完結です。
幕間を挟み、アルザス帝国とエル・ラト教、そして世界を巻き込んだ激動の章へと進みます。

魔界なのに人々は穏やかで、人界の方が怖い人たくさんという……。

【続きは下の『次へ』】

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