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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十三章 骸の王
第十三章|第二話 老王
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エル・ラト教教皇ヴィゴールの失踪。
上層部によりひた隠しにされて来た問題は、
早くも四ヶ月を迎えようとしていた。
教会法に乗っ取り、
ヴィゴールを罷免するか否か。
その養子として育てられたヴァレリーは、
苦渋の決断を迫られていた。
しかし、己の想いよりも経典に重きを置く彼は、
父ヴィゴールの罷免を枢機卿の立場から貫いた。
そして、同じ教団派のトニオ司教を、
次期枢機卿候補から外し、
教団のバランスを取る決断を下した。
一方、再びアケルに侵攻を企てるタッセル王国に、
南部諸国連合の使者としてスタルジャが現れた。
己の考えに固執し、
耳を貸さぬカスペラ王は、
使者を無き者にしようとするが、
臣民は動かず。
逆に王城を獣人とランドエルフ達の軍勢に包囲され、
すでに集められていたタッセル国軍は一瞬で無力化される。
─── タッセル王国首都アルダハブール、ルジャナラト宮殿、その周辺
まるで宮殿に結界でも張られているかのように、一定の距離を保って、獣人族と異形の種族がグルリと取り囲んでいた。異形の種族は、どれもが別々の魔物と混じり合ったような姿で、人の面影がうかがえるものの、人と呼ぶには余りにも異質であった。
その中でも一際目を引くのは、六本の尾をなびかせる白い狐の胴体に、人の上半身を乗せたような姿の若者。隣には筋骨隆々の上半身に、枝分かれした鹿の角と二本脚を持つ、長い白髭を蓄えた老人。
宮殿に集まり、その包囲と睨み合うタッセル兵達は、当初こそ彼らに挑もうとしたが、瞬時に武器は破壊され、魔力を抜かれて押し返された。現在、犠牲者を誰一人出す事無く、こうして宮殿へ兵達は骨抜きにされたまま、釘付けにされている。
「なあ、ノゥトハーク爺。なぁんで殺っちゃいけねえんだ?」
白い妖狐とのハイブリッドエルフ、スウェアクが、隣に立つ鹿エルフ状態のノゥトハークにそう尋ねた。
「スクェアクよ、お主はアル様の話を、ちぃ〜っとも分かっとりゃせんのぅ。この国はもう老体じゃ、しかし、かつては大国じゃっただけに、未だ影響力はある。下手に滅ぼせば、周辺国まとめて、蜂の巣を突いたようになるとは思わんか?」
「……ああ」
「スク坊や、お主、全く理解しておらんじゃろ?」
「まあな」
そのやり取りに、周囲のハイブリッドエルフと獣人達が声を殺して笑った。
獣人とエルフ。かつて初対面の時には、お互いに種族差で緊張の走る場面もあった。しかし獣人族の商会と、パガエデの仲介のお陰もあってか、今は経済的にも文化的にも彼らの仲は良好である。
エルフと言えば気難しく、お高くとまっているというのが通説であったが、ダランのランドエルフはもちろん、白髪のエルフ達もこれまでの経緯から大きく変化していた。特にスクェアクの何処か可愛げのある不器用さは、獣人達に親近感を生むのに一役買っている事を、本人は気が付いてはいない。
彼らの穏やかな雰囲気とは裏腹な、街全体を覆うようなその二種族の覇気に、タッセル兵を始め、遠巻きに眺めるタッセル人達は震え上がっていた。
─── 何故、襲い掛かって来ないのか?
まるで赤子の手を捻るように、国軍の本隊である彼らが、この場所まで押し込まれた。怪我人はほとんど居ない。武器も魔術も完封され、文字通りここまで押し込まれただけと言うのは、手加減されたどころの騒ぎではない。疑いようもなく絶望的な力量の差である。
それが今はただ、穏やかな雰囲気すら感じさせながら、闘いへの意識も残しているのだ。余裕とするには余りにも、こちらを脅威としていないのが丸わかりである。
その緊迫したタッセル側の空気を、何ら気にも留めぬ様子で、ひとりの少女がそれらの間を縫って、トコトコとノゥトハークへ向かって歩いて来た。
「うん? おお、子マドーラのお嬢ちゃんか、ご苦労じゃのぅ」
『おじー、おつかれーっ☆ まるまめの所もOKだよ♪』
「うんうん、マラルメじゃな? これで包囲は完成か。しかしマラルメめ、ちょいと時間が掛かったのぅ。なんじゃ、あっち側の方が骨のある兵でもおったんか? それは損したのぅ」
『ううん、ちがう、逆だよーっ♪ ぶざまに逃げ回り出したから、集めるの苦労してたよ☆』
「ぶふっ! ぶざまとは辛辣じゃのぅw」
それを聞いて、獣人とハイブリッドエルフの連合軍は、再び笑いを堪える事となった。
「さぁて、スタ姉がどこまで話つけられるのか、見ものだな」
「ふぉっふぉっ、案外もう殴り掛かってたりしてのぅ。あれはあれで中々に気が短 ─── 」
突如、そこに居た全員が、宮殿の中心部に振り返った。魔力に敏感なハイブリッドエルフ達は、自身にも強大な力を持ちながら、その圧倒的な気配に押し潰され掛けている。
数秒遅れて、街中から鳥達の飛び立つ音がざわめき出し、空が揺れた。
※ ※ ※
─── 数分前
「お、お話中に……し、失礼致します! も、申し上げます! 宮殿が完全に……んぐっ!
ほ、包囲……さ、されております!」
慌ただしく廊下を行き交う人々の喧騒をたなびかせて、黄金の鱗に覆われた鎧を身につけた兵士が駆け込み、カスペラ王の前にひざまずいた。カスペラ王はスタルジャに気圧されて、崩していた体勢を整えながらも、その目は彼女に向けたまま報告に来た兵士に怒鳴る。
「お、黄金盾兵団は何を、何をしておったのかッ!! 何故、何故街への侵入を許したッ!
それも包囲されておるだと……ッ⁉︎」
「だから言ったじゃん。もう包囲してるよって。あんまり怒鳴ると弟子は育たないって、ノゥトハーク爺も言ってたよ?」
まるで村の老人に話し掛けるかのように、腕組をしながら言う彼女の姿に、兵士も近衛兵も大臣も、そしてカスペラまでもがポカンとしていた。その視線を一身に集め、彼女は俯いて肩を震わせる。
「これで分かってくれないかな? もう時代は変わったんだよ
─── 爺さん」
その顔が上げられた瞬間、スタルジャの肌は褐色に染まり、緑がかった髪が白銀へと変わった。地の底から、彼女を通して大地の精が噴き出したかのように、爆発的な魔力が突き抜けて部屋を圧倒してゆく。誰もが息すらも出来ぬ、抗いようのない恐怖に呑まれていた。
「チッ、だぁから最初からオレがやりゃあいいって言ったろスタルジャよぉ。
ああん? 無理だった? アホかてめぇは……w」
独り言をぶつぶつと呟き、黒スタが嗤う。その邪悪な姿に、カスペラは気を取り直して、近衛兵と兵士に腕を突き出した。
「こ、殺せッ! この亜人を殺せぇッ‼︎」
それまで暗殺を企てていた近衛兵達は、己が今何をするべきかを失う。しかし、長年叩き込まれて居た訓練の集積は、思わず彼らに構えを取らせた。王の前でひざまずいていた兵士は、振り向きざまに剣を抜き、彼女の首元へと振り抜く。
パッキィィ……ンッ
玉座付近に、白銀の煌めきが舞い散った。彼女に頭二つ分程に迫った刃が、突如として粉々に砕け散ったのである。手中に残された柄を、驚愕の表情で見つめ、しかし直ぐに兵士は短剣を抜いて、黒スタへと組み付くように襲い掛かった。
「……あ……ぐっ、う、あが……っ!」
広間に呻き声が響き渡る。兵士は首元を押さえながら、宙に体を浮かせて、力無くバタバタと足を暴れさせていた。見えない何かが、兵士の首を締め上げている。その様子に目もくれず、腕を組んだままの彼女は、不可視の何かに話し掛けた。
「おら、やり過ぎだ。人間はモロイつったろ? おめぇら精霊の力じゃあ、簡単にもげちまうだろうがよ」
指先に微かな光を灯して、彼女は部屋の様子を見回すと、国章の垂幕の下がった広い壁面に目を留めた。
「邪魔だ。ノビてな……」
指先をその壁面に向けて突き出した瞬間、宙に吊り上げられていた兵士の体が放り投げられ、垂幕越しに壁へと激突する。重厚な造りの王宮にしては、やけに軽い音がして崩れると、その奥の隠し部屋に潜んでいた兵士数名が転げるように飛び出した。
カスペラの用意していた伏兵である。
彼らは出て来た先で、細かい雷撃の嵐に覆われ、意識を失って倒れた。直後、彼らの持っていた武器が床に落ち、その内のいくつかが、甲高い破裂音と共に小さな火を吹く。大臣ジャーレフと近衛兵達は、その音に唖然としていた。
帝国最新鋭の兵器『銃』。ジャーレフ達が驚いていたのは、その武器の放つ音のせいでは無い。カスペラがいつの間にやら仕込んでいた伏兵がそれを持ち、自分達を狙って居たのかも知れぬと気がついたからである。
もしあの時、使者が現れずにカスペラの暗殺に踏み切っていたら、命を落としていたのは自分達だったのだと。
「あっぶねぇ……もうちょっとで殺しちまう所だったじゃねえか!
アルに褒めてもらえなくなんだろーがよぉ……」
そこまで言って、ハッと顔を赤らめた黒スタは、カスペラに振り返って杖を突き出した。
「やっぱオレには、精霊術は性に合わねえわ。おう爺さん、どーすんよ? あんたは別に死んだって構わねえんだぜ?」
「こ、近衛兵! 貴様らは何をしておるッ! 掛かれ! 掛かれ掛かれ! この亜人を殺……」
タタタタタタァンッ‼︎
宙空から青白い炎が、細く光線のように、近衛兵達のそれぞれ足下に打ち下ろされた。磨き抜かれた石材の床に、親指程の真円の穴が開き、その周囲が赤熱している。その穴はどれ程深くまで穿たれたのか、ブクブクと沸騰したシチューのように、溶解した飴色の石を噴き出し始めた。
「悪りぃな、オレはさっきまでのスタルジャと違って、優しくねえからな? 苦手なんだ、魔術で手加減すんのがよ」
「…………ッ、……ッ」
帝国の銃などとは比べ物にならない威力、速度、そしてそれが手心を加えた上での魔術。それが無詠唱ともなれば、悪夢どころの騒ぎでは無い。ようやくカスペラ王は、己の国の戦力などでは、最早太刀打ち出来ぬ相手を前にしていたのだと理解した。
カスペラは玉座を降り、黒スタの前に両膝をつき、震える頭を下げる。
「……認めよう、余の……タッセル王国は、其方には敵わぬ」
その言葉に、黒スタの肌は白く、白銀の髪には緑色が戻った。スタルジャは杖をしまうと、カスペラに手を差し出して微笑んだ。
「うん。悪いようにはしないから安心して? 私たちにはタッセルを迎える用意があるから。いくつか条件はあるけどね」
彼女はカスペラを立たせると、書簡を手渡した。アルフォンスが書き起こしたその文面に目を通し、カスペラは深い溜息をつくと、王冠を外して床に置く。
「全て……受け入れよう……。もう……余は……疲れた……」
スタルジャはその肩をさすり、小さな声で『お疲れ様でした』と囁く。国の行末を案じる余りに、人心の離れていた孤独な老王は、ただ静かに涙した。
「す、スタルジャ殿……! お、お待ちを!」
大臣ジャーレフが、退室しようとするスタルジャを呼び止める。振り返った彼女は、褐色の肌の時が嘘のように、可憐で透き通った微笑みを見せた。
「しゃ、謝罪を……! この無礼、何卒御容赦して頂きたく!」
「えぇ……。別にいらないです」
「そ、そこを何とか……! せめてお食事だけでも、そ、外に居られるという、お連れの皆様にも……是非!」
スタルジャは、獣人やダルンのエルフ達ももてなしを受けると聞いて、溜息をついた。
『はぁ、早くアルの所に帰りたいのに』と呟いたのは、誰の耳にも届かなかった。
「……分かりました。じゃあ、皆んなに美味しいの食べさせてあげて? 最近はアケルとダルンで交流してるから、結構舌も肥えてるみたいだけどね~」
「あ、ああ、ありがとう御座いますッ‼︎」
慌ただしく王宮内の者達が集められ、大臣は手早く指示を出し、スタルジャを部屋へと案内させた。カスペラは書簡をジャーレフに取り上げられても、もう反応はしなかった。年齢通りに弱々しく縮まったカスペラは、長く仕えて来たジャーレフに支えられて、玉座の間を出る。
─── スタルジャの要件は完了した
だが、彼女は一介の使者が通される事は有り得ないであろう、きらびやかかつ最上級のだだっ広い部屋で、ひとり小さくなって身をよじっていた。
「……アルとソフィって……もう何回……。うう〜っ、頭がモヤモヤして落ち着かないよぅ。早く帰りたい〜!」
─── だぁから、とっととアルに切り出せっつったろ?
「でもでもだって……うぅ」
─── なんだったら、オレが代わりに……
「絶対ッイヤッ!」
アルフォンスは知らない。ソフィアと初めてを迎えたあの日、スタルジャにそれを気付かれていた事を。再契約の魔力の膨張に建物が半壊した時、即座にアルフォンスは、魔術で建物を復元させて事無きを得た。だが、その時部屋から漏れた愛の気配は、部屋の前まで様子見に来た彼女に感づかれてしまったのだ。エルフは耳と鼻が良いのである。
「く〜っ、私の意気地なし! エロエルフ! 死神将軍〜ッ!」
─── 爺さまとの交渉、オレと交代しといて正解だったな? おめぇ、イライラしてたから、ぜってー皆殺しにしてただろ〜♪
「う〜、手加減するのは無理だったけど、流石に殺しなんて……」
スタルジャの心の中で、黒スタは『おめーが手加減しなかったら、もう大量虐殺だろ』と思ったが、それは言わないでおいた。スタルジャが灰色の溜息を吐いていると、窓が突然開いて、黒髪の少女が入って来た。
「ああ……いらっしゃい子マドーラって、ここ私の家じゃないんだけどね」
『はーい、お疲れさま♪ しにがみにお手紙あずかってるよーっ☆』
スタルジャは『しにがみ……』と再度溜息をつきながら便箋を確かめる。それは中央の小国を周っているアルフォンスからの手紙であった。彼女はうきうきと手紙を開き、その文面を読み進めると、今度は黒紫の溜息を吐いて眉間を押さえる。
─── お、おい! 勝手に闇堕ちすんな!
おめえまで黒くなっちまったら、どっちがどーだか分かんねーだろッ⁉︎
「……ふ、ふふ、分かったわよ。アルの背中を支えるためだもん。私が速攻でかたづけちゃるんだからら!」
※
魔界へ再び向かうと決意したアルフォンスであったが、想像以上に帝国派と反帝国派とのいざこざは頻発し、難航していたギルドの為に出張を余儀無くされていた。
帝国はアケルでの戦争以後、ギルドへの圧力を高め、世界各地で一触即発の様相を呈している。転位魔術の使えるアルフォンスとソフィア、そしてスタルジャの三人は、即時対応出来るため引っ張りだこであった。
そんな中、南諸国連合に最も影響の高いであろう、タッセルへの使者として訪れただけのスタルジャであったが、アルフォンス達の受け持ちの地域が大荒れとなった為に、ここタッセルでその先の仕事も請負う事になったのである。
「スタルジャ様、クジャラ王家が税収・税率の権限分配の交渉に上がるとの返答が参りました。既にアドゥルブル殿下は日程の調整に入っております。
─── しかし、カスペラ上王の顧問起用は英断で御座いましたな! よもや御大があれ程の手腕を、ここに来て発揮するとは思いませんでした」
「うん。お爺ちゃんは、国と家臣と国民との間で、板挟みになってただけだから。元々『賢公』なんだし、憂いが無くなればイケると思ったの。クジャラ王家とも血は近いんだし、ひとりで頑張って来た分、税金の事も詳しいはずだもん」
スタルジャはまずカスペラに退位させ、王孫の第一継承者アドゥルブルを即位させた。王位を退いたカスペラの消沈は、目も当てられぬものがあったが、彼が今までにワンマンで背負って来た物の大きさが分かると、周囲の目は一気に変化したのだ。
各地整備事業の計画立案、経済での周辺国との調整、そして反国王派のクジャラ王家との密かな闘いの数々……。己の血筋の残した問題を、後進に残すまいと奮闘して来た。
世界経済、世界情勢の目まぐるしい変化により、国の抱える問題は巨大なものになっていたが、それを周囲にそれほど大きく感じさせて来なかった。
それを平均寿命を三十年も超えてまで、いわば執念で片付けようとしていた。
その力、能力、想い。紛れもなく賢王であると。
「カスペラ陛下の真意を、我々は気が付けて居りませんでした……。ご自身で話す事は無かったでしょうが、せめてもう少し早くにそれを誰かが気づいていればと、歯痒いばかりです」
大臣の暗殺計画に気が付き、少数の腹心の兵を隠し、帝国の最新兵器を持たせていた事からも、彼は未だその才覚は衰え切っては居なかったのだとジャーレフは思い知らされた。カスペラは気づいていたであろうに、その後もジャーレフのしようとしていた反乱を、口外しようとはしていない。
大きな時代のうねりは、賢王を持ってしても、正常な流れに乗せる事叶わず。その歪みとして、いつ自身が討たれる事になったとしても、受け入れる覚悟を持っていたのだろう。
「う〜ん、なんとも言えないかも。もし、王子さまがすぐに引き継いでたら、とっくに帝国に入り込まれちゃってたかも知れないよ? その前の代の人たちだって、どこまでこんなに粘り強く闘ってこれたか分からないもん。だからここまでこれたし、一番いい時に世代交代できたのかもね」
「……! ……ま、まさに……!」
ジャーレフはまるで、運命の通りに物事が繋がっていくような、神秘的な何かを感じた。王がどこまで考えがあって、この二十年程もの間、この国の舵取りをして来たのかは分からない。しかし、王に相応しい強運を持つカスペラが、その一生を懸けて今ここに繋いだのだと、そう思うしか無いような心持ちであった。
「も、もしや……アルフォンス様とは……」
「えっ! あ、う、うん、アルがど、どうしたの⁉︎」
それまで泰然としていたスタルジャが、急に耳の先まで真っ赤にして慌てるのを見て、ジャーレフは首を傾げながらも、胸に膨らんだ言葉を抑え切れずには居れなかった。
「こ、ここまでの全てを見越して、アルフォンス様はこの度の条件を持ち掛けたのですか⁉︎」
「あ、ああ、そっちの話ね……。うん。そうだよ、王派と王子派とクジャラ王家、三つ巴の状態を綺麗に整えれば、この国は生き返るって。だから王と直系のサルマンド王家、クジャラ王家とで権力を分けろって条件なの」
一部の税率の決定権、また一部の税収の権利、クジャラ王家はそれだけで永代の財の約束と、王直系のサルマンド王家と対等な力を得られる。更に権利を大きく分け、王と王族両家の三すくみの状態となり、堅実な世を地道に作り上げる仕組みを敷いた。
それらが安定するまでは、いくつかのいさかいも起きる事は予想されるものの、タッセル経済は健全に循環するだろう。
現在、力を与えられていなかったクジャラ王家は、タッセル経済の入口に大きく立ち、サルマンド王家への締め付けに躍起だったのだ。今後はそれらが出来ない形とはなるが、結局クジャラ王家にとっても国全体の先細りを生むよりは、堅実かつ確実に両家が反映し、その富を民へと投資する方が遥かに旨味が強くなる。
これはアルフォンスの立案ではあるが、そこにはシリルの貴族クアラン子爵を始めとして、ダラン経済の立役者パガエデ、アケルの大商会『熊耳商会』ペイトン爺、そして辺境国の新公爵ナダリア(元辺境伯爵)らの細やかなアイデアがまとめられていた。
つまり世界からタッセルは見守られていということ。
『私たちには、タッセルを迎える準備がある』。カスペラにスタルジャが告げた言葉の通りである。
この国政への提案だけでなく、アケルは賠償請求の撤回と、一部関税の低減も見返りとして提示していた。南諸国連合のより盤石な未来には、大国タッセルの復活が必要だと、そう明言したに等しい。
「まさか……カスペラ上王のお抱えになられていたものまで? 後々の世代の為に尽くされた、陛下のお気持ちまで把握して居られたのですか⁉︎」
「ふふ、それは無いよ。でもアルは王様が何かを必死で守ってるのは分かってたみたい。私の仕事は、使者として書簡を渡し、王の人となりを見ることだったの。王が己の保身に生きる者ならば、交戦もいとわずってね」
アルフォンスが聖教戦争の最中から、ギルドを通して頼んでいた事がある。それはタッセル国内の一般市民の老若男女から、カスペラ王の人となりを聞いて集める事であった。カスペラ王の情報ならば、それこそ間者を向ければ済むであろうが、アルフォンスは王本人の動きよりも、国民の声に耳を傾けていた。
「 えっとね。『言動が強く偏る人は、必ず自分の中の何かを守ってる』んだって。それは自分自身のプライドを守る為か、大事な他の何かを守ってる人。そこまでヒントをもらえれば、鈍い私だって王様の気持ちくらい分かっちゃうよ」
これはアルフォンスが、ダーグゼインから得た闘いの心理と、セラフィナやガイセリックから得た人そのものの心理の知恵である。因みに宮殿周囲を無血で包囲したのは、アーシェスによる『圧勝』と『支配』のための戦術であった。
「アルフォンス……ゴールマイン……。恐るべきは、その人心の掌握……ですか。いや、ますますお会いしたくなりましたよ。ただ、心弱き私が、魂を保って居られるかどうか……」
ジャーレフの呟きに、スタルジャは思わず噴き出して、ケラケラと笑い出す。
「な、なにか……⁉︎ 私などではやはりお会いする事は叶いませんか⁉︎」
「ぷくくっ、ち、違うの! あはははっ、その噂にね、大っきいアルが小さくなって凹んでたから。あはははは!」
『見た者の魂を奪う』など、やろうと思えばアルフォンスにもそれ位は可能だろう。だが、髑髏鎧のイメージを払拭せんと、爽やかさんを心掛け、やや無駄な努力を積んでいる彼には非常にツラい噂である。その事実を聞き、ジャーレフは胸を撫で下ろしていた。
スタルジャの力を目の当たりにして、アルフォンスが正規帝国軍を単身潰したと言う話は、事実なのだろうと理解したが、その人となりまでもが悪魔のような男では無いとも確信したのだ。
「いつかお会い出来る事を切に願います。それにアルフォンス様はかの『血飛沫乙女ソフィア』様と、あなたとも婚約者されておりますからね。男として憧れるばかりですよホント、はっはっは!」
「そ、ソフィア。う、うん、アルと婚約してるね……は、ははは」
スタルジャが再び焦燥に駆られているのを、ジャーレフはアルフォンスの人物の想像に夢中で気がつく事はなかった。
「そ、それでね大臣さん? その、私が帰れるのはいつごろかなぁって……」
「うん? ああ、これは失礼。そうですな、クジャラ王家とカスペラ陛下の会談は一週間後、最初はやはりお知恵をお借りしたいので、二週間後となりましょうか ─── 」
「に、二週間も……っ⁉︎」
「おや、なにかお急ぎの用でもございましたか?」
スタルジャは絶望的な表情を浮かべ、周囲に精霊の光を舞わせている。
「予め先方には、今回の取り交わす内容は送ってありますので、会談後はタイトに詰められるかとも思いますが……」
「だ……! だだだ……大丈夫……」
どう見ても大丈夫では無さそうだと、ジャーレフはフォローに入る。
「は、話によればスタルジャ様も転位魔術の使い手だとか! ならば直ぐにアルフォンス様の元に戻れましょう?」
「う、うん。使えるけど……。今はここの様子も気になるから、離れない方がいいかなって思うんだよね……って
あ─── ⁉︎ (ソフィも使えるじゃん⁉︎)」
「どうかなさいましたか?」
耳の先をすっかり垂れ下げて『なんれもないれす』と上の空でスタルジャは答える。
彼女が痺れを切らして、アルフォンスに特攻を掛けるまで、それ程時間は掛からなかった。
ここまで読んだ
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