Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十三章 骸の王
第十三章|第五話 横並びのジレンマ
あらすじを見る
アケルへのタッセル王国侵攻の企ては、
南部諸国連合の使者として送られたスタルジャによって阻止された。
タッセルは南部諸国連合へと迎え入れられ、
より強固な南部の協力体制が見込まれる。
エル・ラト教団では教皇ヴィゴールが失踪。
何一つ手掛かりのないまま四ヶ月が過ぎ、
ヴィゴールの解任への要求が準備される。
拾ってくれた養父であり、
己を愛し育ててくれたヴィゴール解任の意を、
ヴァレリーはその経典を守るために発する。
同時に教団のバランスを取るために、
師弟関係ともされる教団派のトニオ司教を、
次期枢機卿候補から外す決断を迫られた。
そうした大きなうねりへと繋がる事態が重なる中、
中央諸国連合によって開かれた討論会で、
ローフィアスは次の戦争の火種ともなりかねない、
ペルグス共和国への監査介入の提案だった。
よもや戦争もしくはペルグス共和国の終焉かと思われた時、
ヴァレリーは手を挙げ、
その窮地を見事にすくい上げる。
しかし、それすらもゲームの条件の一つとして、
ローフィアスは静かに一手を詰め、
ヴァレリーを称賛して舞台を降りた。
結局はペルグス共和国の終焉は決まった様なものだった。
一方、タッセル王国で想定外の追加仕事を背負ったスタルジャは、
強い焦燥感に駆られていた。
アルフォンスとソフィアの関係が大きく進んだ事。
そしてふたりは誤魔化せたと思っていた、
あの明け方の重なりを彼女は気がついていた。
じりじりと照り付ける日差しが、砂漠を焼き付けて、ゆらゆらと陽炎に遠景を滲ませる。そんな世界でも、上空を舞うタカの鳴声は、風に乗って甲高く勇しく響き、焼けた砂の上を小さなトカゲが戯けたような動きで走り去ってゆく。
タッセル王国に点々と広がる砂漠は、その厳しい自然の中にも、力強さと黄金に輝く美しい時を見せる。
─── 『黄金郷』古きタッセルの言葉でそう呼ばれる都市こそが、タッセルの首都アルダハブール
水に恵まれ、砂嵐から守られた地形にあるこの都市の丘からは、朝日と夕日を受けて黄金の海原の如き風景が展望出来るという。日に二度の奇跡、その内のひとつに差し掛かる前触れ『精霊柱』と呼ばれる現象が、ルジャナラト宮殿のテラス中央からうかがえた。空気中の塵に、傾いた日差しが乱反射して、巨大な光の柱が現れる現象である。
古くは朝の精霊達が、仕事を終えて幽界へ帰る前の、労い歌い踊る様子だと信じられた。
この柱の中心に訪れた者は、楽園の ───
「あっあああぁぁぁっ‼︎ 無理! もーっ、無理っ‼︎」
「ど、どどど、どうされましたスタルジャ様⁉︎」
「やっぱ、ちょっと一瞬フラッと帰るね私!」
滞在から三日、午前中に今進められる事を全て終えたスタルジャは、執務室の片隅の椅子に項垂れるようにゴロゴロしていた。それが突如として、仁王立ちに飛び起きると、肌をやや褐色に染め掛けて雄叫びを上げたのだ。ちょうど部屋に訪れ、書類関係の用事をこなしていた大臣のジャーレフがビクリと振り返る。
「な、何が失礼でも御座いましたでしょうか⁉︎」
「アル!」
「ひぃっ! な、何で御座いますか⁉︎」
「アルんとこ行くのっ‼︎ 今、ヒマ、やることナシ、OK? OK大臣? 大臣OK⁉︎」
何故かカタコトでまくし立てるスタルジャの剣幕に押され、いまいち要領を得ないままジャーレフが空気を読んで頷く。直後、スタルジャの体は白い光に包まれ、部屋から忽然と姿を消した。
ジャーレフは初めて見る転位魔術と、彼女の突然の乱心に思考が停止していたが、しばらくして『ああ、婚約者成分ですか』とニコニコ顔で仕事に戻ったのだった。
※
「えぇ……マジで?」
ダラングスグル共和国、ツェツァルサガトの『南諸国連合本部』の一室で、アルフォンスは溜息混じりに呻いた。報せを届けに来た冒険者も『マジすわ』と溜息混じりに返す。
「やっと手が空くと思ったら、今度は『魔族化』? アホなの? あれが魔族とか、目が節穴なのかな?」
「おれに言われても困るっすよ……。黒舌が現れちゃったもんはしょうがないす」
「……俺、行った方がいい?」
「いや、バグナスギルドが動いてるから多分大丈夫っすよ。アネッサさんからも『あくまで報告』って念を押して言われてもますから、アルフォンスさんは動かんでいいと思いますよ?」
「ああ……そう」
今アルフォンスはツェツァルサガトの街を拠点に、世界中で起こる帝国派を巡る、国家間の争いの仲裁に回っていた。ソフィアと手分けした甲斐もあってか、順調に事は進み、ようやく一息つけそうだという所まで進めている。
─── そんな時に、南諸国の至る所で『黒舌化』が再び発生したのだ
魔界行きへの気持ちがはやる中、最近はソフィアもスタルジャもローゼンも、ユニに配慮してだろうか、必要最低限の連絡以外は取らずにいる。里を出てから、気がつけば六人の婚約者連合との賑やかな旅であっただけに、今は孤独が骨身に沁みていた。
「はぁ、ソフィ達は元気にしてるかなぁ。みんなが頑張ってくれてるのは嬉しいけど、流石に寂しい……」
ギルドの使者が帰った後、ひとり寂しく独り言を呟き、ソファにゴロンと寝転ぶ。と、その瞬間、アルフォンスは強烈な魔力反応に気が付いて、弾けるように跳ね起きた。
「なんだ……? この魔力、タージャか……?
いや、何かが違 ─── 」
部屋の中央に白い光のシルエットが浮かぶ。そのシルエットと魔力の質に、スタルジャであると確信はしたものの、いつもとは違う抑制の無い奔放な魔力の放出に彼は首を傾げていた。
「 ─── みぃつけたぁ〜♪」
褐色の肌のスタルジャが、アルフォンスを見てニィと嗤う。
「は⁉︎ 黒スタか⁉︎ ぐほぉ ─── っ⁉︎」
その直後、痛烈なタックルを食らったアルフォンスは、部屋の反対側のベッドへと、ついたてをぶち抜いて押し倒された。
「ゲホォっ! いってぇ、何すん……」
「くっはぁ〜☆ たまんねぇ、アルじゃねぇか。これマジもんのアルじゃねぇかぁ♡」
「おま……っ、く、くすぐったいw」
押し倒したアルフォンスの首元を、黒スタがくんかくんかと鼻をつけて匂いを嗅いでは、荒々しく鼻息を吹き掛ける。
「 ─── って、これは結界⁉︎」
体の位置がズレて、少しだけ部屋の様子が分かった時、部屋に張り巡らされた術式に気がつく。それは隠密行動や、危険な環境で野営をする時に使用される『隠蔽と防音』の結界であった。
「オレもスタルジャもよぉ……もう限界なんだよ……!」
そう言って黒スタが視線を動かすと、ドアの鍵と鎧戸が締められ、アルフォンスの体から自由が奪われた。
「げ、限界ってなんだよ⁉︎ あ、ああ、寂しくなったんだな? はは、俺も……」
「ソフィアとよぉ、大人になったろ?」
「 ─── ⁉︎」
一夫多妻。通常なら一人ずつ配偶者が増えて行くものだ。そこにはすでに段階を越えた夫婦がいて、新たに妻を迎え、心通わせながら支え合う形を模索していくものである。しかし、アルフォンス達の場合はそうではない。大きな運命の前で、彼女達を大切にしたいが為に、全員一列になってしまったのだ。
ソフィアと男女の関係になった事を告げるにしても、ユニとローゼンの事、彼らに待ち受ける闘いの事、そして、ティフォとエリンの喪失から今は微妙な時期。アルフォンスはティフォの想いを汲み、ソフィアにへと託された指輪を渡した。
スタルジャの事も勿論考えている。しかし、あれからゆっくりと向き合う時間も取れずに、半ば宙ぶらりんのままであった。
「……うん。隠すつもりは無かったんだけど、自然に進んで行くべきかと思って、言うのを迷ってた」
「あん? なぁんでアルが凹んでんだよ」
「へ?」
「なぁ、スタルジャも婚約者で、大事にするつもりなんだよな?」
「それは勿論だ!」
その瞬間、唇が勢い良く重ねられた。押さえ込まれたままのアルフォンスは、驚きに目を見開いた、スタルジャであるのに、スタルジャと少し違うその重なりに戸惑う。
「これは……。スタルジャの意思……なのか?」
「ふぅ♪ いいや? いや、オレもスタルジャなんだから、合ってんのか……ね。
オレとスタルジャ、ふたりの意思だ」
「な……っ、黒スタ、お前の意思⁉︎」
アルフォンスは困惑していた。人格も肌色も違うが、これは確かにスタルジャの肉体である。そして何より、黒スタが自分に想いを寄せている事を、彼は今初めて知ったのだ。
「お、俺とは別に、そ、そう何度も会ってないだろ……!?」
「ふふふ〜ん♪ 最初は一目惚れ。ヴァンパイアどもの盾になって、オレをスタルジャだって言った時だ。あん時にはもうさ……。ずっと闇にいたオレを、初めてスタルジャだって言ってもらえてさ……。し、しかも魅力的とか……よぉ」
レジェレヴィアの街で、黒札民のヴァンパイア達と闘った時、ツェペアトロフ家の兵を引き連れた執事のモンドから、アルフォンスは彼女を守ろうとした。その時は守りたい一心で、何をどう彼女に言ったのか、すっかり忘れてしまっていた。
だが、今確かに彼は思い出し、今更ながら顔を赤らめる。
「あ、あれは……その ─── はぷっ⁉︎」
「ちゅくっ、ちゅ……」
再び激しく唇を求められ、情熱が口中を蹂躙してゆく。匂いは愛するスタルジャそのもの、触れている体温も、その柔らかな肉体も彼女である。戸惑いに翻弄されながらも、口の中に這う甘美な質感と、押し付けられ擦り上げるように重ねられた肉体。アルフォンスの体はすでに反応を示していた。
「ふふ……♡」
紅潮した艶やかな褐色の顔に、潤んで濡れた白銀のまつ毛。そして名残惜しそうに離れた唇の、淫靡な輝きに、アルフォンスの胸がドクドクと高鳴る。
「いや、不味い。不味いって……」
「へへぇ♪ ホントに大事に思ってくれてんだな……ますます惚れたぜ。さ、ここまでお膳立てしてやったんだ、後はおめえが何とかしなよスタルジャ」
「 ─── えっ?」
覆い被さっていた彼女の肌が、すうっと白く、髪は緑がかったライトブラウンへと変化する。そして、閉じていた目を開いた瞬間、スタルジャの顔が真っ赤になった。
「あ、ああ、アル!」
「お、おう」
「私のこ、ころ……す、す、しゅ、しゅき⁉︎」
「こ、ころす!? いや、お、おう!」
「あ、あの日……わ、私、ソフィとのことに、き、気がついちゃってから……ね。ず、ずっとヘン……なの」
スタルジャはアルフォンスに覆い被さって、彼の顔に両手で触れたまま、少し首をそらして、上目がちに目を覗き込んだ。興奮、困惑、恥じらい、焦り。様々に入り乱れた彼女の感情そのままに、目や唇がピクピクと落ち着きが無い。
「も、もう、ずっとね。どうすればいいのか、分かんないよぅ……」
「分かった。ちょ、ちょっと落ち着こう。な? 気持ちをちゃんと話してさ。
こういう事は確かめ合ってから ─── 」
「ソフィとは……確かめ合った……の?」
再びアルフォンスの胸が、ドクンと強く脈打った。
横並びの婚約者達、その中から他の婚約者が先にとなった場合、それを知った者は『残された』と感じるのかも知れない。それを恐れ、慎重に進みたいと思っていたアルフォンスにすれば、彼女を傷つけてしまった事への申し訳なさで胸が締め付けられた。
「ああ。ちゃんと意思を確かめ合って、そうなった。だからタージャ、落ち着……」
「やだ!」
「へっ?」
「わ、私いくじなしだもん! ちゃんとソフィみたいに雰囲気とか、こ、言葉とか……。できるか分かんないもん!」
感情の爆発が、彼女の強烈な魔力を膨らませて解き放ち、アルフォンスは身動きどころか、声さえも出せぬ程に硬直させられた。スタルジャはアルフォンスの唇を貪るように求め、黒スタよりも拙く、体をより重ねようと身をよじらせる。
「…………!」
白く細い指が、アルフォンスのシャツのボタンを外す。戸惑うようにぎこちなく、そして乱暴に開いて胸板を露わにさせると、彼女も自分の服をまくり上げて肌と肌を重ねた。
「…………う」
「はあっ、はあっ、はあっ ─── 」
息を荒げた彼女は、その興奮の絶頂の中、自分が跨っている部分の下のそれに気がついた。
「…………ま、まて……」
「ま、またないっ! あ、アル……!」
声を絞り出すように、そう言った途端、彼女は耳の先まで真っ赤に染めた興奮で、とうとうパタリと倒れた。
「…………きゅう」
「『きゅう』じゃないだろ……もう……」
金縛りの術式が解けたアルフォンスは、胸に顔を埋めたままくったりとした彼女の頭を撫でて、ポツリとそう呟いた。
※
「……ん。……ううん」
相当疲れていたのだろう、スタルジャはあれからすうすうと眠り、今はもう夜中だ。寝返りを打って、仰向けになった時、まぶたを薄らと開けてゆっくりと瞬きをしていた。
「おはよう、タージャ」
「はれ……アルぅ。おはよう……って、はッ! わ、私……⁉︎」
隣で起きた彼女に声を掛けると、ぼんやりと返事をして、パチクリした後で飛び上がった。
「大丈夫。俺も落ち着いたから。
─── 話そ?」
「う、うん……」
顔を真っ赤にして、寝そべる俺の横で正座をする彼女に並ぶように、俺も正座する事にする。真っ直ぐに顔を合わせたら、また緊張させてしまうんじゃないかと思ったからだ。
「まず、ごめん。女の子に気を使わせてしまった」
「え? なんでアルが謝るの⁉︎
た、ただ……わ、私が暴走した……エロエルフってだけだから……」
「エロ……⁉︎ ぶふっ」
「ちょ、笑わないでよーっ!」
わあわあ言いながら、真っ赤な耳をパタパタさせて俺を揺さぶる。
ぎゅっ
胸元に彼女の頭を寄せて強く抱きしめながら、体温と鼓動で気持ちを伝えるように、そうしてしばらく身を寄せた。
「それでもやっぱり、こういう事は俺からすべきだったと思う。困らせてしまって済まない」
「わ、私も……こういうこと、聞いて知ってはいてもね……。どうすればいいのか、全然分かんなくっていっぱいいっぱいになっちゃった。ごめんね……?」
「ははは、お互い経験ないからなぁ」
「えぇ……? アルはソフィと……あるじゃん」
そう聞いて、彼女が持つ苦手意識が、実際とは少し違うのが分かった。
「ソフィとだって、そうしようって話したわけじゃないよ。気持ちの話とか、これからの事を語り合ってる内に自然と……だからさ。何か特別な言葉とか、雰囲気作りとかをしたわけじゃないんだ」
「……あ、そういうものなんだぁ。気持ちのことって、どんな風に話したの?」
「色々話したけどね、自分のこれからの覚悟の話だったよ。今まで足りなかった覚悟とか、それで怖くて言えなかった事とかさ」
「今まで足りなかった覚悟と、言えなかったこと……かぁ」
そう言ってスタルジャは、俺の胸から顔を上げて、隣で正座したまま腕を組んで考え出した。
「うーん、それって私たち、アケル総督府の決戦前に話しちゃったよね?」
「うん。そういう事だよ。あの時は俺も心底嬉しかったし、タージャが支えてくれるなら、何でも出来そうな気さえしたんだ」
「あ……。そう言ってもらえると、私もうれしい……!」
「俺の背中を支えてくれるって、言ってもらえてさ。本当はタージャには、危ない所になんか行って欲しく無いんだけどさ……。でも、自分の命を大事にして、一緒に生きる為に、俺の影を守ってくれるって聞いて嬉しかった」
本心だ。あの時、本当に心から彼女に背中を預けたいとそう思えた。
「えへへ。真っ直ぐに気持ち言い合うって、照れるけどすごく安心するね……」
そう囁くように呟いて、スタルジャは頭を俺の肩にポテっと預けた。彼女の髪の香りが、小さな風と一緒に鼻をくすぐる。正直、クソかわいい。
「ああ。あの祝勝会の夜も、本当はあのまま話してたら……もしかして、さ」
「あっ」
「アケルの状況が状況だったけど、ほら、あの時は何故か俺の部屋から、ティフォが出て来て……」
─── 『ん、じゃまするよ!』
あの時、ティフォは俺の部屋に『ちょっと役立つもの』を置いていたと言った。
「あー、あったね……。あの時は私、ティフォに『抜け駆けしようとしてたでしょ』って言ったけど、抜け駆けしてたのは、私の方だったんだ……」
「あれはティフォが阻止しに来たんだと、あの時は思ってたんだけど、今にして思えば違うんだって分かる」
俺はズダ袋から小さな箱を取り出して、スタルジャに渡した。
「これ……指輪? 私の名前だ……」
「ティフォから託されたんだ。きっとあの時に俺の荷物に忍ばせたんだと思う。『永遠の愛を誓う』。とある地方では、婚姻の証に、指輪を贈る風習があるんだ」
「こ、これを……ティフォが……⁉︎」
「ああ。あの時は邪魔して裂こうとしたんじゃなかったんだ。今こうして、ちゃんとお互いの覚悟を決めて、向き合うのを促してくれたのかも知れない」
「応援……して、くれてたんだ……。
ちゃんと幸せになれって……願ってくれて……」
哀しみが胸を突き刺さす。でも、それ以上にティフォの想いの温かさに包まれた気がした。ふたり体を寄せ合い、スタルジャの手の平で光る指輪をしばらく眺めて、泣いた。
胸の熱が段々と和らいで、でも背中を押す何かを感じながら、俺はその指輪を取ってスタルジャに向き合う。
「あの時も言ったけど、俺だけが生きるんじゃなくて、タージャ、君にも生きていて欲しい。君と支え合えると分かったあの時から、俺はもう決めてた」
そうして、あの時伝えられなかった言葉を捧げる。
「俺は君との支え合いに、これ以上ない幸せを感じてる。
─── 永遠に俺と一緒にいて欲しい」
「……うん! 私もあなたと、ずっと一緒がいい……!」
彼女の薬指に誓いの指輪を通す。奥までピッタリとはまった時、彼女はそれを離すまいとするように、ぎゅっと拳を閉じてから、指輪を光にかざして見つめる。
「うれしい……。大好きだよ、アル」
「俺も大好きだ、タージャ」
膨れ上がった幸せが、見つめ合うふたりの情熱に熱されて、自然に顔と顔が近づく。飛び込んで来た時の必死さなんて、もう彼女には微塵も残されていなかった。そうする事が、まるで当たり前のように、俺とスタルジャはお互いを求めるままに任せる。
繋がる事の幸せに包まれ、俺達はひとつになった
※ ※ ※
─── アルザス帝国首都グレアレス宮殿
中立都市ワルテラの公開討論会から数日、ローフィアスよりも一足先に帰国したヒューレッドは、皇帝ハーリアの自室に居た。
「ふむ、流石はローフィアス。しっかりと種を撒いて来たようだな、仕事熱心な事だ。予定よりも早く、事が運んでいて何より。ヒューレッド、其方もご苦労であった」
「いいえ♪ おれは特に何もしてないですよ。ローフィアスさんをよく労ってあげて下さい。新枢機卿の乱入まで受けながら、国益に変えて下さいましたからねぇ」
「ヴァレリー枢機卿か。あれも中々に筋の通った天才肌、ローフィアスと良い勝負をしたであろう。余も立ち会って見たかったものだ。……しかし野心が無いと言うのは、どうにも扱い難い」
そう言いながらもハーリアは、珍しく笑顔を浮かべて上機嫌であった。
「野心かぁ、猊下とローフィアスさんとの違いはそこですかねぇ。陛下の元に集まる家臣は、そろいもそろって扱いやすく優秀ですから♪」
「そこは否定出来ぬな。余は果報者か。だが、優秀に過ぎる家臣と言うのものこそ、用心せねばならん」
「え? ローフィアスさんが陛下を裏切るなんて、あり得ませんよ。あの方は陛下にぞっこんですからねぇ」
ぞっこんという響きに、ハーリアは薄寒そうに肩をすくめる。もちろんローフィアスに男色の疑いを感じたわけではなく、単純にあのいかつい大男がそうであると想像しただけで戦慄した。ため息ひとつついて、それを払拭すると、声のトーンをさらに下げて言う。
「 ─── 王たるもの、その足元はしっかりと見極める必要がある。王に付く者は、王の人となりに付くものではない、王から得られるものを利用するのみ。家臣が優れる者である程、王は優れた采配を要求されるものだ」
「なるほど……。寂しく聞こえてしまうのは、おれが平民だからですかねぇ」
「フッ、実際、孤独なものよ……。アレもボトルゴード家の者、後々にどう出るか分からぬからな」
ヒューレッドの目が開かれた。ボトルゴード家とは、ハーリアの即位の際、その座を争った王家の血統、フィンローゼス家の代々側近を務めて来た家柄である。
ハーリアのアスティローズ家とフィンローゼス家は、アルザス王家として互角の地位にあり、古くからその中で継承権が高く優秀な者を王に選んで来た。ハーリアの代は血統、年齢、能力、人脈に於いて、完全に同等であった。
その為、裏ではかなりの血が流れ、フィンローゼス家は帝国を去る事となった。近年稀に見る王位継承争いが起こったのである。
「確か……ボトルゴード家って、陛下が即位の時には……」
「一族郎党、老人から赤子、住み込みで働く者までそろって斬首であったな。八十を超える数の首実検は骨が折れたものだ」
「うへぇ……」
ヒューレッドは喉元を押さえ、小さく呻いた。
「しかし、何故それでローフィアスさんは生き伸びて……。いや宰相までなれたんです?」
「ふむ、実は発覚したのも六年程前になるか。アレは幼い頃に養子に出されたのだ。幼少の頃は運が悪かったのであろう、その度に預けられた家が潰え、現在のジニア家に拾われたのは四軒目」
「あー、そりゃあ戸籍に残らないですねぇ流石に……」
ローフィアスの幼少期には、帝国内でいくつかの権力争いと、流行病とが重なっていた。後継を失った貴族同士、養子に出し合うケースもよく起きていたのである。しかし、アルザス帝国の戸籍管理の上で、複雑になり過ぎてしまい、一定以上の条件がある場合は過去の戸籍を残さずに更新されている。
ローフィアスの生まれが何処であるのかは、通常の手続きでは、公的に遡って調べる事が出来なかったのだ。
「あやつの継いだジニア家は、元々はそれ程優秀な者を輩出してはおらぬが、誠実に貴族の勤めを果たして来た実績がある。ローフィアスは官僚採用試験で過去最高の成績、下積時代の各省庁歴任の頃から、計り知れぬ才を見せておったのだ」
「で、そのまま順調に今までのし上がったって事は……。コネも繋がりも無く、実力のみでって事ですか!」
帝国は実力主義を徹底しているとは言え、官僚の世界で登り詰めるには、実力のみでは難しい。官僚はその力のせいか、多くの財閥との繋がりが必要であり、それには血筋やコネが最も有用とされる。
「生まれの不運の分、強運に傾いたのか。それともその不運すら、あやつの強運が招いた運命か……。宰相まで駆け上がった真の狙いは分からぬ」
「……それを手元に置かれる陛下も、中々に中々ですねぇ」
ハーリアはきょとんとして、ワハハと高らかに笑った。迫力ばかりに目が行くが、普段のハーリアにすれば大爆笑である。
「だからこそ面白い。大きく揺れる運命を掌握してこそ、巨大な力を生むとは思わんか?」
「はぁ、おれは自分の運命だけで手一杯なんで、遠慮しときますよw」
ヒューレッドは『覇道ギャグなのかな』と、やや戸惑いながらその場を去る。残されたハーリアの目には、世界で最も進んでいるとされる、機能的かつ美しい彼の街の風景が写っていた。
─── 全てを持ちながら、全てを疑う事を科せられた皇帝の孤独
彼はただ、目を細めてその風景を楽しんだ。
ここまで読んだ
このページを保存して、トップページから続きを開けるようにします。
Mail Magazine
新着通知をメールで受け取る
続きの公開や新着話のお知らせをメールで受け取れます。次の更新を見逃したくない方におすすめです。