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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十三章 骸の王

第十三章|第九話 骸の王

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太古から魔界の安定を司る存在『七魔候』。
彼らは魂を聖地に置き、
肉体に魔力と権能を宿らせ、
この大地を治めて来た。

アルフォンスは彼らを救い、
魔界の崩壊を阻止するべく、
ロフォカロムと聖地へと辿り着く。

聖剣の所在を掴んだと思われるハンネス。
七魔候の消失で崩壊の危機にある魔界。
そしてクヌルギアから溢れた魔物に襲われる王都。

どれひとつとして看過出来ぬ状況に、
アルフォンスはまず魔界の救済を優先した。

聖剣発動から大浄化発動までには、
人類の1/2を滅するという条件があるからだ。

聖地に降り立ったアルフォンスは、
守護の魔導生命体を下しながら、
その最奥を目指す。

そこには七魔候たちの魂が、
確かに存在していたものの、
緊張が走る。

『魔王とは相容れぬもの』

力のバランスを保つために、
古代から続く七魔候との不文律。

魔界崩壊を防ぐため、
七魔候たちとの交渉が始まる。

■七魔侯爵
『翼帝』ロフォカロム。元『炎帝』。炎の権能を持つ。
『海皇』セィパルネ。水の都市セパルを治める。水の権能を持つ。
『人』ペルモリア。アーキモル宮殿の女王蟻。人心の権能を持つ。
『生』シェルム。シェルム領首都シェルミラ神殿。生を司る巨大な白い狼。
『土』アスガル。魔大陸南東部アスガン。土の権能を持つ巨人。
『風』エオリス。魔大陸南西部エリア渓谷。風の権能を持つ。
『死』ジェイド。魔大陸北部ジェイル湿地。死の権能を持つ。

 グリオグの星棺せいかん。遥か古代、魔界に魔王が生まれるより遠い昔から、この聖地は存在していた。

 『グリオグ』がどんな意味であるのか、すでにその伝承は無い。魔界の自然を治める七魔侯爵が産声を上げ、そしてその魂が置かれている。各地を統治している彼らの肉体は、この聖地から伸びた言わば芽のようなものである。

 『星棺』は彼らの魂が鎮座する、窪みの配列が星のようである事、そして常にそこに魂が眠る場所である事からそう呼ばれたとも言われていた。ではこの隠された聖地を『グリオグ』と伝えたのが誰かと言えば、七魔侯爵の内の誰かであろう。

 しかし、悠久の時の中で、彼らの記憶は複数回大きなリセットがされた。

 魂の劣化を防ぐ為なのだろう、この聖地はそうして七魔侯爵の再構築を繰り返して、彼らの命を延々と繋いで来たのである。余りにも永い刻の流れに、精神性が損なわれぬよう、記憶と性格も徐々に変更が加えられて来た。

 既に聖地を創った者は、もうすでに存在しないにも関わらず、七魔侯爵は未だ最適化され続けているのだ。『グリオグ』の意味が失われた理由はそこにある。

 ※ 

死『あー、もうわっかんねえ! かんがえんのにがてだっつってんだろがァッ‼︎ 分かるようにいえ、分かるように!』
水『貴様は逆に何なら理解が出来るのか……。あ、ウチは分かってますからね、まおーさま♡』
土『はッ! 魚野郎がサカってんじゃねえ! てめぇだって分かってねえんだろうが、俺様みてえによおッ‼︎』

 ショックだ。このゴロツキどもは、自分の仕事以外を全く理解していない。いや、どうもここにあるのは魂みたいなものだけで、実際の思考は各地にある肉体がやってるんだそうで。つまりここにあるのは、感情とほんの少しの知力を持った、純粋なエネルギーの塊達だ。控え目にいっておばかちゃんだ。

 今、彼らの意見が分かれている。

 魔王候補者である俺に、加護と権能を渡すかどうかだ。その力の発生源である肉体が失われた彼らは、今のままでは権能をフルに使いこなす事が出来ない。ここにある本体で、溢れ返る魔界のマナを読み取り、肉体に宿る加護の力で実際に働き掛けていたからだ。今はその肉体がない。

 今から俺が魔力を注ぎ込んでも、一度に吸収出来る量には限界がある。各地に伸びた芽の成長を促すには、どうしたって時間が掛かるのだそうだ。

 解決策はひとつ。

 ロフォカロムのように、俺に加護と権能を一時的に渡して、俺を媒体に魔界を制御する事だ。しかし、それは彼らに取っては、とんでも無く無防備で危険な手段。そこがどうしても受け入れられないようだ。

 本体には知性が余り無いとは言え、彼らの奥底に刻まれた、悠久の戒律は保たれたままなのだから仕方がない。それに危険な事は確かだ。ロフォカロムの権能を受けた時、俺から彼の存在を簡単にいじくれるのだと、分かってしまったのだから。

火『お前らなぁ、タダで先輩から魔力恵んでもらおうってのか?』
人『……我は肉体が生きておるから問題はないが、貴様らはどうやってこの魔界の危機を乗り切るつもりなのだ』
水『まおーさまは信用できるのッ! 闘ったウチだからわかるもん。いーから信用しろーっ』

 水のセィパルネは肉体が失われ、やはり知性は明らかに下がっている。ペルモリアは無事だったし、興奮も治まっているからか、以前の通りだ。

 意外だったのはロフォカロム。彼はここでわずかに回復した肉体(火の球)と、魂とを重ね合わせているせいか、一番冷静で知性が高い気がする。あのロフォカロムがだ!

 俺に力を一時的に移譲する事に賛成しているのは、ロフォカロム、セィパルネ、ペルモリアの三人。彼らとの闘いは、アマーリエの狙い通りに、俺に様々な覚悟を芽生えさせただけでなく、信頼も勝ち取っていたようだ。だが、残りの四人とは、対面するのはこれが初めて。

 と、ペルモリアが静かに、しかし怒りを込めたような強い口調で言い放つ。

人『さもなくば、魔力ももらえずに、貴様らは何も出来ぬまま、魔界を滅ぼす事になろう』
『『『…………ッ‼︎』』』

 三対四、不穏な空気が流れた。ペルモリアの発言は、脅し以外の何物でもない。俺の魔力と引き換えに、彼らの権能を渡せと迫っているようなものだ。

 ス……ッ

 俺が両手を構えた時、ペルモリアは慌てて止めに入った。

人『殿下! 魔力の分配は交渉の種、先にそれを与えてしまえば、こやつらは従いませぬ‼︎』
アル「いいや、どの道彼らには復活してもらわなければ困る。それにそういうやり方は……、あまり好きじゃあない」
『『『 ─── !』』』

 彼らが吸収出来る魔力に限界があるとは言え、貯蔵出来る分はもう少しあるはずだ。出し惜しみせずに、持てる限りの魔力を注ぐつもりで、彼らに一気に送り込む。

土『ぐ……うおおおっ⁉︎ な、なんてぇ量をブチ込みやがんだッ⁉︎』
生『 ─── きゃっ…………う、くッ!』

 建物も反応しているのだろうか、六角形のブロックの隙間から、青白い光が滲み出して、空間全体が覆われていた。ロフォカロムとペルモリアを除いた、七魔侯爵五人分の魔力総量は、想定より大きかったようだ。ガクッと膝が崩れ、視界の端が暗く狭くなる。

 ……久々の魔力切れだ。ロフォカロムやセィパルネ達の声が遠くに聴こえるのを尻目に、魔力回復薬をあおって何とか気絶は免れた。

人『殿下……。あなたというお方は……』
アル「こんなもん交渉でどうこうするもんじゃないだろ。お前達七魔侯爵は、この魔界を守護する大役があるんだ。慎重にだってなる。必要なのは信用だ」

 指で呪術印を結ぶ。目の前の空間に紅い光の文字列が、俺の思い浮かべた通りに綴られて、術式の紋様化されてゆく。七魔侯爵達が唖然とする中、紅い呪術の紋様が分かれ、俺を含めたこの場の全員の魂に飛び込んだ。

生『じゅ、呪術契約……!』
水『ま、まおーさま……この内容って……⁉︎』
アル「お前達の権能を、俺が私用した場合、俺の魂は分割されてお前達のエネルギーとなる」

 俺が裏切ったら、魂が八つ裂きになり、輪廻の理から外される……まあ永遠の死だな。

風『そ……そっちだけ一方的なペナルティなんて!! あ、アタシらには何の条件もないとか……何考えてんの⁉︎』
アル「お前らの権能を寄越せってんじゃない。俺の体を使って、お前らが魔界を制御したらどうだと提案してる。俺がお前らの権能を預かるのは、お前らにとってそれこそ一方的なリスクだろ? なら、俺はお前らを絶対に裏切らないという、安心を証明するまでだ」

 と、土の七魔侯アスガルがプルプルと震え、真っ赤に赤熱すると、噴火の如く怒鳴った。

土『馬ッ鹿野郎がァッ‼︎ てめぇ魔王だろ⁉︎ てめぇが死んじまったら、それこそ魔界の破滅だろうがァッ‼︎』
アル「だから俺は、お前らの権能には一切タッチしないんだろ? 安心しろ、誰がそんなハイリスクノーリターンな事するかって」
土『そうじゃねぇ……そういう事じゃ……! てめぇの命は重てえんだ!
それをホイホイ賭けに使うような真似は ─── 』

 アスガルの必死さに、思わず頬が緩んだ。

「…… 魔界を守ろうってんだ、命のひとつも賭けられないで、何が魔王だ」
『『『 ─── ッ‼︎』』』

 しばしの沈黙の後、七魔侯爵達から小さな光の球が発せられて、俺の体内へと入り込んだ。

「ぐッ、う……ああッ‼︎」

 ロフォカロムの時と同じく、とんでもないエネルギーが体内を駆け巡り、彼らの力に体の芯から痛めつけられる。膨張して破裂しそうな程の力に、思わず死が脳裏に過ぎた時、彼らそれぞれの調整が完了したようだ。

アル「……ハァッ、ハァッ、ハァッ……。おいペルモリアどうしてお前まで! お前は肉体が残ってるんだから、権能を預ける必要無いだろ⁉︎」
人『さあ、分かりませぬ♪』

 緊張で張り詰めていた空間に、彼らの笑い声が響いた。

土『お、おい……ま、魔王さんよぉ。な、梨食うか?』
アル「手の平返しすげえな。ありがとう、もらっとくよ」
風『アタシはね、アタシはえっと……葉っぱいる?』
アル「それは……。うん、いいや。ありがとうな」

 必要最低限の知能のせいだろうか、それこそ信用した途端に、友好的な雰囲気に早変わりしていた。こういう感じはどこかで知ったなと思っていたら、精霊の純粋さによく似ているのだと気がついた。

 もしかしたら、彼らは人工的に創られた精霊のような存在なのかも知れない。そう言えば、魔公将達も似た所があるし、彼らは近いのかもなぁ。

 魔界崩壊の危機はこれでなんとかなりそうだ。

 彼らとはまた改めて会う事を約束して、王都ハルファレウスに現れたと聞く、クヌルギアの魔物達を殲滅するべく、ソフィア達との合流を急ぐ事にした。


 ※ ※ ※


「やり過ぎなんじゃないかなぁ……」

 アルフォンスのポツリとしたつぶやきに、小さな羽をパタパタとさせた赤髪の少年が、ケラケラと笑う。七魔侯爵の権能がアルフォンスに宿った事で、マナから魔力への変換が激しく行われ、火の球だったロフォカロムの肉体は幼体にまで成長を遂げている。

 漆黒の髑髏どくろの大男と少年が空を飛ぶ絵面は、何とも表現のしようが無い。ただ、少年の体から時折舞う火の粉を見れば、拐われて来たただの人の子では無いと、辛うじて分かるだろう。

『しょーがねーっすよ先輩、どいつもこいつも、先輩の男気に惚れ込んで、燃えちゃってたもん♪』
「男気? ただ提案しただけだろ」
『アレがただの“提案”⁉︎ 冗談キツイすよ〜! 命張ってまで、魔王としての決意表明をしたようなもんじゃないっすか☆』

 そう言われて彼はようやく気がついたようだ。

─── 魔界を守ろうってんだ、命のひとつも賭けられないで、何が

 アルフォンスはまだ魔王では無い。偽物とは言え、今は魔王オリアルの代。そこにあの発言は、確実に彼が魔王になるという決意の表明であり、また死すらもいとわぬ強烈な覚悟にも聞こえただろう。

「いや、まあその通りではあるんだけどさ。そんなつもりなく言ったから、そうハシャがられると変な気分だ」
『くはははっ! 特にシェルムの奴が一番燃えまくってやんな、あいつ感動屋だし♪』

 シェルムは『生』を司る七魔侯である。ロフォカロムの言う通り、上空から見下ろす魔界は、明らかに輝きが増しており、樹々はみるみると新緑を広げ花まで咲かせていた。

「…………ハァ」
『お? なぁ〜に溜息ついちゃってんすかぁ。別に問題無いっす、むしろ魔界が元気になるくらいすよ〜☆』

 ロフォカロムの言葉に、アルフォンスは『違うんだよなぁ』と心の中で呟いた。今、彼が心配しているのは、七魔侯爵のはしゃぎようでも無ければ、溢れ返る自然の変化でも無い。

─── 三百年も不在にしていた王太子を、人々はどう受け止めるのか

 アルフォンスは現魔界の王太子である。そして、ハンネスが成り済ますオリアルの治世が、余り評判がよろしく無いのも、前回の魔界旅で感じていた。これから向かう王都ハルファレウスは、特に魔王の魔力分配の影響を受ける土地である。

 ただ、覚悟めいた事を言ってしまっただけに、ロフォカロムにそれを明かす事も出来ず、溜息をつく他なかった。

「しかし、まさかこんなに権能で魔力が生成されるとは思わなかった。七魔侯はいつもこんな、膨大な魔力を得ていたのか?」
『いいや〜? 先輩の体質じゃないすかね、クヌルギアス一族の魔力分配は、魔王にならなくても発動してるんでしょ?』

 魔力を分け与える能力は、本来魔族に備わるものである。代々魔王を継承しているクヌルギアス家は、その能力に突出している一族。その分、魔力の生成能力が高く、力溢れる彼らは元々魔族の中でも頭抜けた存在であった。

 魔力分配能力は、適合者としてエルネアに選定される事、もしくは『クヌルギアの鍵』『クヌルギアの証』を得る事で爆発的に上昇するのである。

「なるほど、魔力の生成には魂にマナを引き入れる必要があるけど、今は七魔侯爵の権能再生の為に、更にマナが流れ込んでるって事か」
『そ♪ しかもそれが七倍だかんね〜。そこらの魔族じゃ、とっくにパンクしちゃってんじゃないすかね☆』
「確かに、もうお前達に分け与えた分の魔力なんて、とっくに取り返してんのに、全然満タンになる気配が無いぞこれ?」
『うはっ、バケモノw』
「お前ね……言い方よ? 言い方な?」

 アルフォンスの魔力の器は、アルファードと統一されてから、本人ですら把握出来ない程の大きさになっていた。しかし、魔力の生成が追いつくはずも無く、七魔侯爵に分け与えて魔力切れを起こしたのは、それまでに貯蔵していた魔力全てである。
 今はすでにその失った分を取り返したと言うのに、全く限界を迎える様子は無かった。

『まあ、歴史上でも七魔侯爵から権能預かった魔王なんて聞いたことねーし、それ以前にもう三人も七魔侯ぶっ倒してんすよ? それに魔公将だって何体かイッてんしょ、そりゃデカくもなりますって♪』
「最初は鎧と妖刀のせいかと思ってたんだよなぁ……倒した相手の生命力を吸い上げるのは」

 相手を倒した時、その力を吸収するようになったのは、成人の儀を終えてからである。その時から通常の武器が持てず、倒す度にそれが起こるのは、呪いの武器のせいだと考えていた。だが、これこそが魔族の能力であり、魔族の強さの秘密であったと、ようやく理解したのだ。

「……約束しちゃったんだよなぁ、魔公将全員とも闘うの。どうなっちゃうんだろ俺……?」

『ええ? なんか言いました? それより見えて来ましたよ〜王都ハルファレウス!』

 そう言って少年ロフォカロムが指差す先に、美しく壮大な都市が見えていた。
 本当の生まれ故郷。そこに巣食う魔物を祓う。アルフォンスの胸には、否応なく熱が込み上げていた。


 ※ 


 カカカカカカカ……ギギギィンッ‼︎

 膨大な斬撃音に被さって、鉄を叩くような鋭く甲高い音が響いた。前方一面に強烈な火花が閃いて目が眩む。

「くっ、この手応えは、ただの魔物じゃありませんね……。神気に耐性を持つとは、彼らは神獣ですか」
「魔術も効かないみたい。普通の武器も通らないね。せめてあの後ろの白い集団をなんとかできばいいんだけど……」

 ふたりの『希望の女神』の言葉に、闘いに参加して来ていた者達が、戦慄するのが感じられておりました。この老骨エイケン、長年クヌルギアス家に仕え、使用人の筆頭として歴代魔王陛下と共にクヌルギアに潜ったものですが……。

 これほどの魔物達と相見えた事は、流石にありません。

 首の無い黒き鋼の馬に跨る、黒曜石のような艶やかな全身鎧を纏った騎兵団。そして、白いローブを纏い、目深にフードを被ったその奥に、完全な闇を秘めた魔術師風の魔物の集団。
 伝承が確かならば、これらはクヌルギアの深層、それも破壊神の棲む最奥の扉付近に現れると言う、伝説級の魔物達。

 ほとんど姿を現す事がなく、かつてこれに遭遇した魔王候補者数名が、クヌルギアに命を散らしたとされる怪物でしょう。黒い騎乗の魔物はヴクブ、白いローブの魔物はフォラス。古き国の神話から充てがわれた、それらの名。

 どちらか一体が出て来ただけでも、絶望的だとされる超希少な魔物が、これ程の数で現れるとは……。

 キュインッ! ピュン、チュウンッ‼︎

 ソフィア様が目にも止まらぬ強烈な刃の打込みで、一体のヴクブをその馬ごと吹き飛ばす。その瞬間、ヴクブの周りに薄く黒い霧のような結界が姿を現した。

「魔術結界が掛けられていますね」
「ソフィア様! その結界は【反射】の効果が ─── !」

─── フ……ッ!

 思わず叫んだ私の声を物ともせず、ソフィア様は腕をそちらに向けるだけで、結界から反射された斬撃を消してしまわれた。

「ええと、あなたは確か……?」
「クヌルギアス家執事、エイケンに御座います。あれらはクヌルギアの深層に棲む魔物、魔王候補者ですら絶望すると言われる存在。流石に危険過ぎで御座います、ここは我々クヌルギア家に仕える者達が責任を持って……」

 おふたりは何が何でも御守りせねばと思った瞬間、ソフィア様が『ご提案は感謝します』と言い残し、スタルジャ様に目配せをして、再びヴクブへと斬りかかる。

 ピュンッ! チュインッ‼︎

 小鳥のさえずりのような、甲高く空を切り裂くような斬撃音。再びそれに反射結界が動いた瞬間、ソフィア様は剣の柄で強烈な突きを打ち込む。

「スタちゃん!」
「 ─── 【冬の女帝イ・シュレム】よ! 【水の大帝アギス】よ!」

 強烈な耳鳴り、そして強烈な冷気が肌を突き刺して、ピリっと破れんばかりの超低温へと落とす。【冬の女帝イ・シュレム】⁉︎ 四大精霊に次ぐ、超高位の精霊神が、何故個人の精霊術に応じていると言うのか⁉︎

 ヒイィィ……ン パァンッ‼︎

 吹き飛ばされていたヴクブが突如弾けて、結界内を真っ黒に染め上げた。それを見届けた直後、ソフィア様とスタルジャ様は、それぞれ一体ずつヴクブに斬り掛かる。瞬時に連撃を叩き込み、結界が反射の術式に偏った瞬間に、点の衝撃を重ねて与える。

 偏りから不安定になった結界は、魔術への耐性が低下し、その突破を許していた。姿は見えずとも、未だ【冬の女帝イ・シュレム】はスタルジャ様の支配下にあるのか、すかさず冷気の魔力をその二体に放った。更に、女帝と共に召喚した【水の大帝アギス】の力か、魔力を秘めた霧が魔物達を包み、女帝の冷気で凍ると、その動きを封じに掛かる。

「け、結界の術式を攻撃で偏らせ、超低温の魔術で無理矢理突破⁉︎ こ、こんなやり方があったとは……‼︎」

 【冬の女帝】を喚び出すだけでも、莫大な魔力を代償にしておられるであろうに、更に常駐させつつ自発的な攻撃をさせている。高位精霊神を二柱も同時に制御するとは! 
 ヒルデ様もその方法に気が付いたのか、お二人に並んで攻撃を始めていた。

「いけます。いけますけど、面倒臭いですね! ああ、神獣じゃ無ければ、神威で一発なのに‼︎」
「数が多いけど、女帝と大帝のお陰で、何とかなりそうだね! 流石ソフィ♪」
「数が多過ぎますわね……。ああ、アルくんが来るまでに、お城を取り戻してあげたかったのにぃ〜」

 最早作業と化したその闘いを、我々はただ立ち尽くして見ているしかありませんでした。と、ヒルデ様が上空を仰ぎ、少女のように嬉しさを体で表すと、お二人もそれに気が付いて、パッと戦線から離脱。
 思わずつられて空を見上げた時、我々は言葉を失った ─── 。

 タァンッ‼︎ バリバリバリバリ……ッ‼︎

 天から突き刺さる漆黒の稲妻が、強靭な魔物達を一撃の元に這いつくばらせた。突如として現れたその術者は、空からすぅっと降りながら、この世の物とは思えぬ程に美しい剣を抜き放つ。

─── いばらの冠をいただいた漆黒の髑髏どくろ、その全身に霊気の青白いオーラを纏い、見る者の魂さえ奪うような邪悪な暗黒の全身鎧

 ともすれば、クヌルギアの底から、破壊神が現れたのでは無いかとさえ思える覇気。しかし、我々はすぐさまにその疑いを、心震わす歓喜に払拭させられてしまった。フォーネウス陛下の統治下と、いや、それ以上の魔力が、我々の魂を強く熱く振るわせて流れ込んでいる……!

 その御姿を、余す所なく焼き付けようとした私の目論見は、脆くも崩れ去る。止め処なく溢れる涙が、私の視界をボヤかせてしまった。

「ほう、まだ生き残りが大分いるな。なる程、中々に頑丈だ。
─── 【斬る】ッ‼︎」

 その声、空気を震わせる覇気に心酔した直後、無数の斬撃が悪夢の魔物達へと降り注ぎ、骸の山を築き上げた。

 ジャリ……ッ

 白と黒の入れ混じった、クヌルギアの悪夢達の骸の山に、その御身は踏み締めるように降り立つ。徐々に黒い霧となって消えて行くそれらの魔物を見下ろして、引き連れた悪霊の群れが、まるで高貴な青いマントを翻しているようにすら見えていた。

「「「…………‼︎」」」

 いつの間にやら、魔王城の周囲には、この街の民達が集まって来ていた。それも仕方があるまい。この絶大な魔力と、そして分配される温かで包み込むような濃厚な魔力。

「む、骸の王……ッ」

 誰かがポツリとそうつぶやいたのが聞こえた。悪夢と戦慄さえした魔物どもを、圧倒的な力で捻じ伏せ、その築き上げた骸の上に立つ髑髏の覇者。確かに『骸の王』としか形容出来ぬ御姿、そう囁かれるのも自然な事であろう。しかし、その呼名は預言者アマーリエの残した、かつての言葉を知る者には、胸が高鳴る響きがある。

─── 【骸の王】彼は史上最高の魔王となるでしょう

 現第一魔王継承候補者でありながら、三百年間、その御姿を見せる事のなかったお方。その両脇に王都奪還の『希望の女神』となったおふたりを寄せ、雄々しく立つその背中に、我々の歓喜は絶頂を迎える。

「殿下ァッ! アルファード殿下ァッ‼︎」
「王太子殿下だぞ‼︎ 王太子殿下が魔王城にお戻りになられた……‼︎」

 その雄姿、先代フォーネウス陛下の在りし日の御姿と重なり、私は言葉を紡ぐ事すら忘れ、ただ必死に見つめるしか出来なかった。オリアル陛下の代となって以来、分配される魔力は年々減り、またその御姿を見せる事がないが為に、民達はこの感覚を忘れていたのだ。

 魔界に在り。

 ただそこに在るだけで、我々魔族に幸福と繁栄を与え、魂を抱擁してくださる存在。魔力が漲り、震える胸の奥から、希望を生み出す熱が溢れ返った。

「ま、魔王様が……お戻りになられたッ」

 現魔王が偽物であるとは、民達は知るまい。だが表向き、今の代はオリアル陛下である。その言葉は、オリアル陛下への不敬に当たるであろうが、誰もが納得してしまった。

 魔界には魔王がだったのだ、と。

 アルファード殿下は、どこか気恥ずかしそうな仕草を見せた後、こちらを振り返り、ただ片手を天に突き上げた。


「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉッ‼︎」」」


 王都の空が、人々の熱狂に焦される。このエイケン、生涯忘れますまい。魔界再興の産声が上がったこの瞬間を。

「殿下の護衛をッ! 未だ場内には魔物が溢れておる、闘える者は私に続け! 城の安全確保は我々の使命ぞ!!」

 我々の蜂起を背中に、殿下は城の中へと進まれる。それはまるで我が家に帰る主人のように自然で、堂々たる風格であらせられた。


 ※ ※ ※


 助かった。アルファードの記憶があるけど、流石に三百年も前の幼児の記憶じゃあ、この広大な魔王城の中で迷子になる所だったよ……。

 魔王城、正しくはパンオデニウム宮殿。古代魔族語で『天空の回廊』を意味するこの名は、その通り空のように広く、回廊のように入り組んでいた。

「殿下、この先は開けたホールが御座います。おそらく魔物が溜まっているでしょう。お気をつけて下さいませ」
「分かった。ありがとう、助かるよ」
「むぐ……っ!」

 執事のエイケンはさっきから的確な道案内をしてくれているのだけど、こっちがなんか言う度に口元を押さえて泣くのをこらえている。帰りを待っていてくれたのは嬉しいけど、ちょっとやり辛い……。

 実は俺も泣きそうなんだよね。

 魔王城を取り返す事に必死で、あの時は実感が湧かなかったけど、静かな城内に入った途端にジワジワと込み上げてしまった。民衆の歓声、あれこそが俺の帰って来れた証拠、本来はアルファードが聞くはずだったもの。
 初めて魔界に来た時、ロフォカロムに『おかえり』と言われて満たされた以上の感動が、心を温かく波打たせていた。

 人がせっかく抑えてるのに、エイケンが『むぐっ』ってやる度につられて鼻がつーんとなる……。でも仕方がないよな。彼ら古株の使用人達は、爺さんの死の真相と、勇者の事を知っていたのだから。

 三百年もの間、魔界の為に最も憎むべき相手、それを魔王として支えて来た。

 ハンネスは余り城内には居なかったらしいが、それでも帰って来れば真の魔王でも王族でもない彼に、変らぬ忠誠の姿を見せなければならなかった。それは勇者がヘソを曲げて、魔界をソデにさせないようにする、彼らの闘い。そして、魔王に仕えると言う、彼らの使命を全うするための屈辱。

 特に執事長のエイケンは、遥か古代から代々の魔王に仕えて来たという。魔界の王に心酔した彼は、元々は悪魔族。人間とは比較にならない強力な存在の彼が、人間でしかも前王の仇のハンネスに従事するのは、並々ならぬ想いがあった事だろう。

「ねえアル、憶えてる場所とかあった?」
「……何となくだなぁ。断片的に憶えてる感じで、部屋の間取りとか繋がってる感じじゃないよ」
「三歳頃までですもんね……アルくんがここにいられたのは」

 子供の記憶とは、その時の理解力で色々と断片的になっちゃうんだろうなぁ。『ここはこういうもの』みたいに、常識と繋がっていれば、もっとハッキリと憶えていられたのかも知れない。ソフィアの言葉に何かを思い出したのか、またエイケンが『むぐっ』って詰まった声を漏らしてた。

「それにしても羽ろうそ……ロフォカロムさん、ずいぶんと可愛い姿になりましたね♪」
『うるせー! すぐに大っきくなってやっかんなー‼︎』
「「ぶふっ!」」

 時折繰り広げられる、ソフィアとスタルジャの呑気な会話に、人心地がつく。緊張も高揚感も今は抑えた方がいいだろう。まだ、この城には闘うべき相手が残ってる。

 エイケン達はまだ、この赤毛の少年の正体には気が付いていないようだ。何人かは『ロフォカロム?』と名前を聞いて小首を傾げているに留まっていた。もしこれが七魔侯爵のロフォカロムだと知ったら、また騒ぎになりそうだから、黙っておこう。
 魔王と七魔侯爵は相容れぬもの、まさか俺と一緒にいるとは、発想にもないらしいし。

「お、確かにこの先の空間にいくらかいるな」
「こ、ここからお分かりになられるのですか殿下⁉︎」

 だって、精霊達と視界共有してるもの。前までなら子蜘蛛達を放って、より鮮明な映像と地形把握が出来てたけど、アルファードと統合を果たしてから【蜘蛛の王】の加護が弱まってしまった。ミトンがあの二つの月の精神世界を閉じてから、その存在が大分薄れたのが原因だろう。

「なれば我々が先に ─── 」
「いやいい。もうこの城に厄介なのは、それほど残っていないみたいだ。それに近い内に俺もクヌルギアに行く事になるから、予行練習しておきたい」
「それは……志の高い……。むぐぅっ!」

 もう語尾みたいに『むぐっ』って言ってるけど大丈夫だろうか、段々心配になって来た。その後、何度かクヌルギアから溢れて来た魔物と出くわしたが、特に苦労する事も無く排除出来た。そうして、何はともあれ、三百年ぶりの魔王城への帰還は順調に進み、やがて最奥の部屋の前まで辿り着いた。

 ※

「この奥にいるな……」

 玉座の間。クヌルギアの魔物達が出て来ているのも、おそらくここだろう。残りの魔物を叩き、その出口を塞ぐ。そして、もうひとつ俺がこなさなければならないものがそこにある。

「玉座にはハンネスの分身である魔導人形オートマタが居ります。力はハンネス程では無いにしろ、能力は完全に複製されて居ります。どうか御武運を、殿下」
「ああ。斬撃が飛んでくるかも知れない。皆んなはこの部屋から離れていてくれ。
ソフィ、タージャ。行こう」
「「はい!」」

 開け放たれたままの広間は薄暗く、だが奥の方だけぼんやりと明かりが灯っている。そしてその明かりの下に、白い仮面を着けた父さんそっくりなソレは、玉座にもたれ掛かるように、深々と座ってこちらを見ていた。

「交替の時間だ。三百年間ご苦労。
─── その座から、降りてもらおうか」

 父さんそのものの姿で立ち上がると、それは漆黒の曲刀を抜き放ち、口の端をニィッと持ち上げてわらった。

作者のつぶやき

超上位の存在である悪魔が、超紳士な敬語でしゃべる。
⇒終盤に出てくる強敵。かっこいい。

膨大な経験と知識を持ち、スタイリッシュに闘う強キャラ執事。
⇒ステキ。かっこいい。

その二要素を併せ持つエイケン氏。
ただ、のっけから王族マニアな面が出ていたために、イケオジムーブを果たせず。

とても惜しい人です。

面白かったら、その分だけ押してね
本日 0/10
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