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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十三章 骸の王
第十三章|第八話 魔界の異変
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ハンネスが突如、
魔界のバランスを担う七魔候たちに襲いかかった。
リディの神威の前には、
流石の彼らも抗う事が出来ず、
全ての七魔候は滅びた。
しかし、本体を隠して、
魔導生命体で暮らしていたパルモルだけは、
難を逃れていた。
なぜハンネスが凶行に踏み切ったのかは不明。
彼が魔界に居る必要が無くなったと見られる。
目撃者の情報では、
ハンネスはどうやら聖剣の在り処をつかんだようだった。
アルフォンスは今ハンネスを追うよりも、
魔界の崩壊を食い止め、
姉のイロリナから『クヌルギアの鍵』の残りを継承すると決断する。
王都ハルファレウス。魔王城を中心に発展した街は、魔界でも屈指の美しさと、守りの硬さを誇る悠久の伝統に裏付けられた大都市である。
だが、今ハルファレウスは、この四千年来無かった、騒乱に見舞われていた ─── 。
ヒュザザザ……ッ‼︎
宙空に巨大な青白い爪跡が走り、魔王城の城壁に四本の切れ込みが刻まれる。人頭大から、中型犬サイズもあろうかという、無数の種類の羽蟲の類いが、その体を散らしながら地面に叩きつけられた。
ギギ……ジジジ……ッ‼︎
光の爪に切り落とされたものの内、四割程度はむくりと起き上がり、威嚇の唸り声や羽音を上げて構えを取る。
「……かぁ〜っ、流石に硬いですわね!」
「無理も御座いませんよヒルデリンガ様。これらはまだまだ上層の魔物どもとはいえ、クヌルギアの者達。 地上の魔物とは比べ物になりませぬ」
思わず呻いたヒルデに、魔王城の使用人筆頭である執事エイケンは、血で創り出した二振りの小剣を構えながら、極冷静に答えた。
ヒルデは魔物、サキュバスである。単純に魔力や戦闘力が高く、魔力の爪による斬撃は、城壁すら切り刻めるもの。しかし今、魔王城の中から沸いて出てくる小型の魔物達は、一撃で両断し切れぬ事も多く、その数も膨大であった。それ程に、魔王が守っているといわれる、クヌルギアの魔物達は脅威であったのだ。
それでも流石は、最も魔力配布の恩恵が高い、王都の魔族である。既に街の住民達の避難は完了し、魔王城に暮らす使用人達の多くも、魔物達を押さえながらここまで退いて来た。闘いながら退いたものの、人的な被害は最小限に収められている。
特に率先して魔物と対峙したのは、魔王城の使用人達。使用人でも特に魔王の近くで働く者達は、魔族の中でもエリートが集まるもの。数人が既に命を落としてはいるものの、今は様子見に訪れたヒルデリンガと共闘して、クヌルギアの魔物達の拡散を阻止していた。
「流石にこの魔物相手では、一般の者たちは危険ですわね……。わたくしもこれだけの数を相手となるとジリ貧ですわ」
「ロジオン様とは、ご連絡はおつきに?」
執事エイケンの問いに、ヒルデは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「執事のあなたともなれば、ご存知なのでしょう? ロジオンだけでなく、すっごいお方にも連絡はつきましたのよ♪」
「すっごいお方ですか……? はて、それは興味が惹かれますなぁ。お聞きしても?」
「あなた方、魔王に仕える者たちの希望。アマーリエの望んだ、我ら魔界の民の星 ───。
……そう言えば伝わるかしら?」
エイケンは口髭を大きく持ち上げ、金色の眼球を大きく見開いて反応した。そしてニイッと嗤うと、全身に魔力を漲らせて両手の剣をグイっと握り直す。
「それは……それは。クッ、フフフフフ……。永らく望まぬ主人に支えて来た、我が心の澱みが、すうと晴れた思いで御座いますなぁッ‼︎」
「くすくす♪ あらあら、そんなに滾ってしまって☆ 生きて帰らなければ、御目にかかる事も叶いませんことよ?」
「勿論で御座いますとも。このエイケン、魔王様に仕える事のみが生きる誇り。待ち侘びた主人の帰りを待たず、黄泉路に放蕩するなど万死に値する罪。これは何よりの、気付け薬で御座います」
「あら、噂をすれば……っ♪ 先程こちらの座標をお渡ししましたの。転位魔術でお越しになられると聞いたわ。嗚呼っ、あのお方の荒ぶるお姿がこの目で見られるだなんて♡」
ヒルデの背後に強烈な魔力の気配が現れ、白い光となって辺りを照らし出す。エイケンとヒルデは服装を正しながら、その第一声に備えて、小さく咳払いをしたり『あ、あ、まー』と喉の調子を整えた。
「お待たせしました。ヒルデちゃん無事ですか⁉︎」
「「あっれぇ?」」
光が消え、そこにソフィアとスタルジャのふたりが立っているのを見て、ヒルデとエイケンは深い溜息をついた。
「何で溜息ついてんですか! スタちゃん、帰りましょう……」
「「待って違うの待って!」」
「あはは♪ アルは七魔侯爵を救ってから、ちゃんとこっちに来るから安心してね! ロジオンも街の残党狩りしてるから、こっから後ろは大丈夫だよ。じゃあ、さっさとこっちも片付けちゃおうか」
『炎帝ロジオン』の名を聞き、エイケンの表情に明らかな安堵が浮かぶ。スタルジャは白い杖を槍に変化させ、くるんと回転させると、穂先に精霊を寄せ集めた。
「 ─── 【秋落の精ハヴェトル、実りの力を空に返せ】」
直後、地面から無数の光が針のように天へ突き上げ、轟音と共に稲妻が宙を駆け巡った。閃光が走る度に、急激な熱の上昇に爆ぜる羽蟲達の音が、王都ハルファレウス中から鳴り響く。
「へぇ〜、意外と生き残ってるもんだね。アルカメリアの大迷宮にいた、小カバさんたちに近い耐久性かな?」
「スタちゃんの精霊術に耐えるとか、七面倒臭いことこの上ありませんね♪」
辺りには焦げた臭いと煙が立ち込めている。エイケンは目を丸くして、ただただ感心するばかりしか出来ずにいた。
「こ、これだけの広範囲殲滅魔術を使って……。街への被害はゼロ、で御座いますか……⁉︎
な、何という正確無比な術式の制御っ‼︎」
「あらぁ〜。流石、あっくんが本気で助けようとした子ですわね♪ あんなのに撃たれたら、わたくしどうなってしまうのかしら……ウフフ♡」
片や術式への興奮、片や違う何かへの興奮。スタルジャの雷撃に耐え切った蟲達も、無傷とは行かずに、重々しく羽を動かして、何とか飛び上がろうとしていた。街中から地鳴りのように、蟲達の羽音が唸り始める。
カカカカカカカ……ッ!
それらの不快な気配を掻き消すように、細かい感覚で甲高い斬撃音が駆け抜けた。完全に削り切るまで、追い掛けるかのようにいつまでも続く。
「「…………ッ⁉︎」」
街全体に霧が掛かったように、空中で斬り刻まれ攪拌された蟲達の破片が覆ってゆく。
「うん♪ やっぱりアルくんとの繋がりが強くなってますね〜☆ 神威の制御も楽々です♪」
「私も♪ 精霊とひとつになったみたいに力が使えるよ!」
唖然としていたエイケンが、隣でうっとりしているヒルデに慌てて詰め寄った。
「あ、あのご婦人方は一体……⁉︎」
「ウフフ、美しいですわよね〜♡ あのお方の婚約者、いいえ。もう妻になられたみたいですわね、ヌフフ☆」
「つ、妻ッ⁉︎ い、いかん ─── !」
エイケンは必死の形相で『ぱぱんっ』と手を打ち鳴らす。すると、メイド服に身を包んだ妖魔族の妙齢の女性が、何処からともなく現れた。
「ミルザ家政婦長! あのおふたりは、我らが……ごにょごにょっ!」
「 ─── ぬッ⁉︎ こうしては居れません! 今すぐ……ごにょごにょッ‼︎」
家政婦長ミルザは、スカートのフリルを優雅に揺らすと、その姿がブレてその場から消える。ほんの数瞬の後、彼女は巻尺を片手に、エイケンの元へ再び現れた。
「サイズチェックは完璧で御座いますわ! 家政婦チーム、これより仕立て会議に入ります、戦場はお任せ致しますわバトラー!」
「はい。お迎えするにあたり、ドレスも揃えて居らぬなど、我らがクヌルギアス家使用人の名折れ! くれぐれも美しく高貴に、ハイソサエティでキュートなものを……ッ!」
「フッ、バトラー。それはマールダーに説法と言うものですわ……」
ヒルデはそんなふたりのやり取りを、うんうんと頷いて微笑みを浮かべていた。
その時、魔王城から地鳴りが起こる。ヒルデは瞳に紫色の光を灯し、弾けたように振り返った。
「上層にたかる羽蟲達が消え、その下の階層の魔物が現れたようですな……」
「さっきよりも遥かに魔力が高いですわね。でも、体が大きければその分、わたくしの魔力も当たり易いというもの!」
「フフフ……。私も、あのお方の奥方様と同じ場に立てるとあらば、これ以上の誉れ無し!
お見せいたしましょう……クヌルギアス家、執事が如何に誇り高きものかを」
ソフィアとスタルジャは、己の力の高まりに歓喜し、ヒルデとエイケンは彼女らふたりと共に闘える事に高揚した。
それまで停止していた魔力の分配もいつの間にか再開され、王都ハルファレウスの住人達も四人の戦い振りに感化されたのか、クヌルギアの魔物達へ猛反撃を開始する。
─── 美しく、そして神の如き強さを誇るソフィアとスタルジャは、後の王都に『希望の女神あり』と謳われる事となる
※ ※ ※
紅い大地のクレバスの底に降り立つと、まず驚いたのはその足下の地面だ。
「なんか磨いたようにフラットな地盤だな。んんッ ⁉︎ た、タイルなのかこれ、全部⁉︎」
「おれもよく知らないんだよね〜♪ ここら一帯がおれらの生まれる前からあったみたいでさ、気がついたらおれらはもう魔界で働かされてたんすよ〜」
「魔界の始まりからいるロフォカロムが知らないって事は……。もしかして、ローゼンの言ってた、前の世界が関係してるのか?」
よく見ればタイルと言うより、暗い灰色の六角柱のブロックが、わずかな隙間を開けて並んでいるようだ。隙間を覗いて見ても、その深さは全く底が見えず、六角柱のブロックがとんでもない長さで底に続いているのだけは分かった。
表面はツルツルに見えるが、靴裏に吸い付くような独特なグリップ感がある。手で触れて確かめて見ても、ただ硬くて滑らかな質感で、気温とほぼ変わらぬ温度だという事くらいしか読み取れない。少なくとも数万年はここにあったであろうこの素材には、摩耗や劣化といった様子は全くと言っていいほど見られない。
なんだかセィパルの地下水路で見た、獣のプロトタイプ『星喰』の大穴を、思い出させるものがあった。
「 ─── 【鑑定】」
興味本位で鑑定の魔術を掛けて見たが、判明したのは聞き覚えの無い『合金』だと言う事だけで、特に何らかの術式も込められてはいないようだ。失われた超古代の合金技術の遺物なのかと、思わず溜息が漏れた。
「あ、先輩。感心してるとこ悪いけど、もう見つかっちゃったみたいだわw」
「へっ? 何に?」
「番兵♪」
先に見える六角柱のブロックが、点々と暗い口を開け、何かが勢い良く噴き出しているように見えた。
「番兵……? ん⁉︎ 何だあれ、蜂か?」
床の穴から現れたのは、床材よりやや明るめの蜂のような姿をした生物。いや、生物にしては異様に無駄な動きが無く、夥しい数の蜂達は、ブレる事なくホバリングしてこちらを見つめている。
「蜂じゃないすわ。この地を守る為に、色々な番兵が仕込まれてんすよ。あれは魔導生命体すね、侵入者に食らいついて、猛毒ブチ込むやつら」
「お前さあ……。そういうのが居るって、最初に言えよ」
「先輩なら大丈夫っしょw あ、てかおれ、今なぁんも出来ねえ役立たずだから、よろしく頼んますわw」
この野郎、ちょっと楽しそうなのは何なんだ?
相手が魔導生命体となると、術式への耐性だのカウンターだの、どんな仕掛けがあるか分からないから、いきなり魔術は考えものだな……。
よし、丁度いい。最近、実戦で試せてない事をやっておくか。
伸ばした左手に、夢想弓セルフィエスが銀色の光を放って現れた。蜂達はピクリと一斉に反応するが、まだ襲って来る気配は無い。
「 ……【セルフィエスよ、我が前に立ち塞がる者共を、余す事なく打ち貫け】」
言霊を呟いた途端に、体から生命力と魔力がグンと引き抜かれる。同時にセルフィエスから強烈なエネルギーが高まると、蜂達は一斉に動き出した。
ギリリ……ッ!
弦を引き絞りながら、弓を上空へと向ける。セルフィエスの届く範囲内に、新たに得た境地【領域】が重なって、膨大な数の蜂の動きが、手に取るように把握出来た。
「先輩、なんで空に向けて ─── 」
ヴン……ッ‼︎
琴のように歯切れの良い音を谷底に響かせて、セルフィエスの弦が光の矢を放つ。光の矢は真っ直ぐに上昇すると、突如上空を埋め尽くさんばかりに増殖する。それらひとつひとつが意思を持ったように、谷底にひしめく蜂達の群れへと、光の筋を残して急襲を始めた。
パパパパパパパパ……ッ‼︎
【領域】で蜂達の挙動を支配して、確実に仕留める為に、彼らの攻撃のタイミングに迷いを生じさせている。矢が当たる瞬間、蜂達はビタリと宙に停止して、身を爆ぜるに任せた。直後、薄い屋根をスコールが打つような、けたたましい破裂音が、谷底に続いた。
「ちょ、え? マジで? せ、先輩。なんでおれの時にそれ使わんかったん⁉︎ 一撃じゃん!」
火の球ロフォカロムがブンブンとたかる。蜂達が全滅するまで心を残し、左手から伝わるセルフィエスの歓喜の波動を、心地良く感じながら溜息をつく。うん……完璧だ。
「あの時は魔術対決だと思ってたからな。それにここまで出来るようになったのは、人界に戻ってからだ。まあ、今のもお試しだな」
「……お、お試しで……これかよ⁉︎」
【領域】は俺の間合いを、俺の運命で支配する神威や奇跡に近い戦術。特に加護カードに表示されていない辺りは、俺オリジナルの境地なのだろう。魔導生命体にも通用するのであれば、攻撃の意思のある者には全部通用しそうだ。
手拭いひとつで、人は大きく成長出来るもんなんだなぁと胸が熱くなる。きっかけをくれたシュウギには感謝するばかりだよ、これは美味しい……!
「さあ、とっとと先を急ごう。王都ハルファレウスの方も気になるからな」
「クヌルギアの魔物どもかぁ、ありゃあ確かにそこらの魔物に比べたら強えけど、先輩の嫁さんふたりでしょ? 下手すりゃもう終わってんじゃねw」
「あ、あり得る……」
「んじゃ、案内するっすよ先輩! じゃんじゃんついて来ちゃって〜☆」
上機嫌この上無いロフォカロムの後を、肉体強化した脚で駆け抜ける。複雑に曲がりくねった谷底は、破壊し尽くされた蜂達の部品が散らばっていたが、ブロックに溶け込むように吸収されて消えて行った。
※
ズズゥ……ンッ
魔導生命体。これはミノタウロス型なのだろうか、全身灰色の牛頭の巨人が、重々しい音を立てて地面に倒れた。額の真ん中に開いた傷痕からは、水晶のようなガラス質の破片がパラパラとこぼれ出ている。その巨人の立っていた場所の後ろには、半球体の建造物がそびえていた。
「 ─── あれが『グリオグの星棺』か?」
建造物を指差してロフォカロムに尋ねてみるも、彼はさっきからキャアキャアはしゃいでいて聴こえていない。
セルフィエスで射抜いたのは蜂だけじゃなかった。ここまで歩いて来る間に、床に吸収されていく、薄っすらと積もった蜂の残骸の合間に転がる、犬のようなものから、人型のもの。かなりな数の、停止した魔導生命体の姿を見かけた。
その度にロフォカロムは『うっひょお♪』とかはしゃいでてうるさかった。ミノタウロスによく似たの巨人の肉体も、さらさらと砂のように崩れて、床に吸収され始めている。
「これ……床に吸われた後って、どうなるんだ?」
「え? あ、知らないすよw」
ホント役立たねえなコイツ。いや、彼が居なければ、ここまでも辿り着けてはいないんだけども。なんだろうね、言葉に情報足らな過ぎなのね。
「この建物が『グリオグの星棺』でいいんだよな?」
「うん、そうそう☆」
「入口が無いが……?」
そういうと火の球は『あ、そーだったw』とか笑いながら、俺に体当たりして来た。
「あっちぃッ⁉︎ なにすん……あれ⁉︎」
『人はおろか、魔王さまの血筋じゃあ絶対に入れねえんすわ。だからこーして、合体しちまえば入れんじゃね? ……とか思ったんだよね♪』
「お前まさか、そんな希望的観測で俺をここまで……⁉︎ あれ? なんか扉が出来てる……!」
どうやら『俺』では絶対に入れないようになっていたらしい。ロフォカロムに取り憑かれた途端に、そこに存在していなかった扉が、半球体の建物の正面にくっきりと姿を現していた。
「なるほどな……。ここに魔王が入れたら、七魔侯爵の存在自体が危ぶまれるか」
『ああ〜先輩の中、あったかぁ〜い♪』
軽く【浄霊】の魔術を自分に掛けてみたら、脳内で『ぎゃっ』って声がして少し静かになった。取り憑くために性質を霊体化していたのだろう、ぐったりしているイメージが浮かぶが、質問に答えられるくらいには、テンションが下がったようだ。
『……この奥っす……。ゲホォ……部屋の真ん中に立てば……地下まで一直線……』
「ありがとう。さあ行こう」
頭の中で『キビシイw』と弱々しく声が聞こえたが、ちょっと静かにしていて欲しいので餌は与えないでおく。
フシュッ!
扉の前に立った時、半球体の壁面の一部から、勢い良く空気が漏れるような音がした。よく見れば建物も床と同じく、正六角形のブロックで構成されていて、わずかに空いたその隙間から空気が噴き出したようだ。
扉は音も無くスッと横に開いて、建物内の空間が垣間見える。光源らしきものが無いのに、中は明るく、ただただ巨大なホールのようになっていた。室内の壁材自体が光を発しているのか、ムグラ族のいた、シノンカ遺跡の入口と似た仕組みのようだ。
ロフォカロムの言う通り、空間の丁度中央に立った時、自然と足が止まった。座りが良いと言うのか、そこに居るのが正しいと、足裏が訴えて来るような不思議な感覚に戸惑う。
スゥ……
突然、重力が軽くなるような感覚に襲われ、思わず辺りを見回す。自分の体が真っ直ぐに地面へと吸い込まれているようだ。
「これは、地下へと降りて行ってるのか?」
『最下層まではあっという間すけど、なかなか綺麗なもんすよ〜地下世界ってのも♪』
「最下層か、一体どれだけ……─── おお⁉︎ これは……!」
暗闇を抜けて直ぐ、視界に灯りが飛び込む。紅い光の筋が何本も束ねられたものが、螺旋を描いて延々と地下深くへと真っ直ぐに伸びている。自分はその中心を下へ下へと落下しているのだが、飛び降りるような不快感は無い。
「この光の筋は、マナの気脈か⁉︎」
『おー、正解っす。流石っすね!』
「父さ……オリアル陛下の隠れ家でな、これが延々と広がっている世界を見た。こんな風に束になっては居なかったが」
『おれらの本体に繋がってるんすよ〜。誰が何の為に作ったのか、全くわかんねーけど』
マナの流れを変えたのか、それともマナの流れに合わせてこの建物を作ったのか。段々と直径が狭まってゆくマナの螺旋は、どこか父さん達のいる方星宮や、アケルの大樹海にあったパルスルの回廊に似ていると思った。
『クヌルギアの奥もこんな形らしいすよ? 大地のエネルギーを呼び込むには、この形が適してるとかなんとか』
「それでか……。ん? て事は、クヌルギアの深層の魔物って、相当ヤバいんじゃねえか?」
『いやぁ、先輩には是非とも頑張って欲しいとこっすねw』
こいつひと事だと思ってからに。七魔侯爵達を助ける事に成功した後、場合によっては直ぐクヌルギアの魔物と闘う事になるかも知れないし、クヌルギアに潜って破壊神と闘う必要だって出て来る。
今の自分がどこまで通用するのか分からない以上、やっぱり不安は募るもんだ。そんな事を考えていたら、里への帰り道の試練『七人の騎士』も思い出して気が重くなって来た。正直、思い出補正とか美化も加わっているんだろうけど、剣士として義父さんの実力に、どこまで食い込めているのか分からない。
『先輩? 着きましたよー?』
「ん? ああ、済まない考え事して ─── 」
フラットな床が広がる空間。床は谷底や建物と同じ暗い灰色の材質で、入口のホールと同じく、そこだけがぼんやりと明るい世界だった。光があるのは中心から数met程度だろうか、そこから外側は暗闇に包まれていて何も見えない。(1met=1m)
光のある中心部には、黒光する球体が埋められ、それを囲うように半球状の窪みが並んでいる。何となく、魔公将達のいる『泉』を思い出す。幾何学模様のように、完璧なバランスで配置された光景に、フラフラと吸い寄せられる。そうして中心部へ向かった時、突如窪みが光りを瞬かせた。
ボゥ……ッ!
七つそれぞれの窪みの上に、色の違う光の球体が現れ、姿を変えてゆく。ロフォカロムはその内のひとつの窪みの上に移動して、まるで自分の玉座に座るかのように静止すると、炎そのもののように揺らめいた。
白い光の球体、紫がかった黒い渦の塊、心臓のように鼓動する土の塊、激しく渦巻く数緑色の旋風……。
─── 七魔侯爵の本体が姿を現し……
土『おぅおぅゴラァッ‼︎ ロフォカロム、てめぇ何だってぇ部外者連れて来てんだオラァッ‼︎』
死『てめーちょーしのってんじゃねーノッ⁉︎』
生『アタイはねぇ……。てっぺんカッチン来てんだ! 上等こいてっとヤっちまうぞコラァ!』
風『これが魔王とかパチ。ぜってー魔物。だってガイコツだし!』
なんか凄い巻舌とイントネーションの罵声が、地下空間にドルンドルン渦巻いてた。何これ、治安悪い街の繁華街に、こんな不良とかダベダベ言って集まってるの見た事ある!
人『負犬どもは黙ってな! 我以外みんな死んでんじゃん? このからっきしガァッ‼︎』
今の声はペルモリアか。俺が魔王継承者だと分かってから、喋り方が大分柔らかくはなっていたけど、あれでも猫被ってたんだな……。七魔侯爵達は『か、からっきし』って、消え入りそうな声で呟いて黙る。
火『んん? セィパルネ居なくね?』
全『『『ほれ、そこ』』』
?『み、見ないでッ! ウチはここに居ないからッ‼︎』
声がしたのは、未だ何も浮かび上がっていない窪みの底からだった。中を覗いて見ると、そこには魚が横たわってパクパクしている。
火『あ、もしかしてその姿を先輩に見られんの、はずかしーとかやってんの? 純情マジウケるwww』
風『ロフォカロム、マジ糞ガキな。乙女心分かんねーとかマジクソ。フ◯ック』
生『てめーエオリス、アタイのまえで、きたねーことばはいてんじゃねーぞッ‼︎』
水『なんでウチだけ生物なん……? なんで魚類なん……?』
こいつら、己の存在に何かオチでもつけないと、消滅する呪いでも掛かってんのか? 窪みの奥でセィパルネがビチビチ跳ねてるのは、凄く気が散るんだけど、こっちも急いでんだよね。
「ロフォカロムとセィパルネ、ペルモリアとはもう既に顔を合わせたが、残りの四人はまだだったな。俺はアルフォンス・ゴールマイン。元の名はアルファード・ディリアス・クヌルギアスだ」
土『嘘つけゴラァ! ここに魔王継承者が来れるわきゃねーだろが! フカシこいてっと土食わすぞ土ィッ‼︎』
風『マジそれ。ただの骨じゃん』
全く話にならん。まあ仕方が無いか、ロフォカロム達とは闘いを交えた上で、ロジオンと一緒に話したしな。仕方が無い、ここなら別に問題無いだろう。
俺は髑髏の兜を外し、隠蔽していた角と魔力を解き放った。
『『『 ─── ッ⁉︎』』』
火『あ、先輩まだヤバいって、ここで魔力出したら番兵が ─── 』
ロフォカロムが止めに入りかけた時、周囲の闇から地響きが起こった。
水『ああっ! まおーさまっ! 流石にここの守護者は危ないですよぉッ⁉︎ 逃げて‼︎』
闇から伸びた無数の首が、俺を見下ろしてアゴを開く。龍種の魔導生命体の頭だ。周囲の闇が十数体の龍種に包囲されたのだろう、原型は古代紅鱗龍辺りか。七魔侯爵達がえらく動揺しているが、もう既に辺りは【領域】の支配下に制圧している。
「 ─── 【斬る】」
言い終わるより先に、手の中に現れた夜切を通して、小気味の良い手応えが返って来る。直後、バックリと頭から喉元まで斬り裂かれた龍の首が、床に重々しい音を立てて落下した。
『『『 ─── ッ⁉︎』』』
俺は夜切を鞘に納めて、ズダ袋へと戻すと、七魔侯爵達全員を見回して再度言う。
「 ─── 俺はアルフォンス・ゴールマイン。オリアルの息子、魔王継承候補者だ」
しんと静まり返った地下空間を、ロフォカロムとセィパルネの『うっひょお〜』と言う声がつんざいた。
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