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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十三章 骸の王
第十三章|第四話 ローフィアス
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世界が帝国派と反帝国派に別れ、
時代が大きく揺らぎだしている。
アケルに再び侵攻し、
威信を取り戻そうとするタッセルもまた、
その流れの一端を担おうとしていた。
しかし、南部諸国連合のし者として送られた、
スタルジャの活躍によりそれは阻止され、
タッセルを南部諸国連合に迎え入れる約束を取り付ける。
その揺らぎの中心となる、
中央諸国連合はワルテラで討論会を開いていた。
年に一度の祭典のようなその会に、
ローフィアスは反帝国派ペルグス共和国を吊し上げに掛かった。
そこに手を挙げたのはエル・ラト教の若き枢機卿ヴァレリー。
彼はローフィアスにいくつかの確認をした後、
その帝国の代理人であるローフィアスの意見に、
反意を突きつけた───。
中立都市ワルテラの真上で、太陽が燃え盛る。まだ初夏だというのに、真夏のような気温となったこの日差しの中、それよりも熱いふたりの微笑み合いに人々は戦慄していた。
アルザス帝国宰相ローフィアス・ファーレン・ジニア
エル・ラト教枢機卿ヴァレリー・ジェンシャン
片や『鋼鉄の宰相』とも呼ばれた、帝国随一の頭脳と行動力を持つ男。
片や『たんぽぽ侯』とも揶揄された、白痴にして天才、最年少枢機卿に登り詰めた男。
毎年恒例の中央諸国公開討論会は、突如いつも通り予定調和の『舞台遊び』から、聴衆を凍りつかせる程の緊張を強いる論説の場となった。ペルグス共和国へ近づく帝国の戦火、その両者の間にエル・ラト教枢機卿ヴァレリーが立ちはだかったのだ。
「我が帝国に反対……とは、それは教皇ヴィゴール聖下、引いてはルミエラ市国の総意という事でよろしいのですかな、ヴァレリー猊下」
穏やかに微笑みながらも、地の底から割って出てくるようなローフィアスの声は、獰猛な龍種の唸り声にも似た警告が滲み出ている。ヴァレリーはそれに微笑みを返しながらも、額に一粒の汗を流した。
「はい。ヴィゴール聖下も、同様に御答えになられるでしょう」
「ほう。猊下はヴィゴール聖下の御心を、よく御理解なされてると仰られるのですな?」
「いいえ、聖下の深い御心を、私のような若輩者にはとてもとても。しかし、教皇は経典そのものであり、その御言葉は経典を正しく発せられるもの。つまり、ルミエラ市国の意思は経典によって紡がれるのです。
ならば私は今ここで経典に沿い、畏多くもラミリア様のお恵みくださる叡智によって、教団としての意思表明をしましょう」
ヴァレリーは自分の言葉がルミエラ市国の意思だと、はっきりと明言した。ローフィアスはその言葉に、目を細めてニィッと口元を歪めて嗤った。
「私も信徒のひとりなれば、是非ともお聞かせ頂きたいですな。経典が示す、ペルグス共和国のあるべき未来の姿とは如何なるものか、どのような手段でそれを叶えるのか」
「ええ、もちろん。その前にひとつ確認ですが『帝国は三百年先を考える』。これは国是として受け継がれているお考えですか?」
「ええ、その通りです。我々は目先の利を追わず、中央諸国全体の未来を考えております」
そう言ってローフィアスは、ペルグス担当者を見下ろし、ペルグス政府の腐敗を責めているかのように見せた。
ヴァレリーは赤い法衣を脱ぎ、白いローブ姿になると、ローフィアスに振り返る。その仕草が、正にこのコロシアムでかつて行われていた、剣闘士達の闘いの始まりの如く、聴衆の心が熱く震え出す。
強い日差しの中、紅く燃え上がるようなオレンジ色の髪のローフィアスは、天を焦がす炎のように。それに立ち向かうは、白金の長い髪に白いローブ、陽の光を受けて白く輝く光のようなヴァレリー。
ローフィアスの本音はペルグス共和国の解体、それも経済と武力そのどちらででも叩き潰す、短期でのリターン回収。ヴァレリーの本音は……
「今、この魔族化が起こり、人々の心が揺れている時。血の流れる事はすべきではないと考えます ─── 」
「ほう、戦争無くして、ペルグスを解体させると?」
放心状態であったペルグス担当者は、『解体』の言葉に、びくりとローフィアスを見上げる。
「解体? それは必ずしも必要ではありませんよ。及ばずながら、私たちも信者のため、人々の未来のために社会の仕組みは学んで来ているつもりです。体制を変えずとも、ペルグスは変わる事が出来ます」
ローフィアスは目をやや大きく開き、口元を愉快そうに持ち上げる。ペルグス担当者は、その『変わる』が余りにも荒唐無稽で想像がつかず、困惑の中で再び放心してしまった。
「そのような奇跡を、具体的にはどのようにされるおつもりか、お聞かせ願えますかな?」
「ペルグスの鉄工技術に、特許を掛けてはどうでしょう?」
「「 ─── !」」
ローフィアスはやや居住まいを正し、ヴァレリーに真っ直ぐ体を向ける。
「お聴きの皆様は、今まで門外不出であったペルグスの技術に、特許を掛けて守る意味が分かりにくいかも知れませんね。特許を取るには、その技術体系を書面化し、中央諸国連合が運営する世界特許庁に提出する必要があります」
特許を取った場合、その技術は使用を禁ずるか、特許使用料を受け取る権利が出てくる。
「しかし、その情報は、同様の特許技術取得を考える誰もが、閲覧する事が出来ますよね?」
「そ、それでは……私達の技術が盗まれてしまうではありませんか⁉︎」
ペルグス担当者は慌ててヴァレリーにすがる。ヴァレリーはニコリと笑って返し、再び説明を始めた。
「盗むとして、その素材となる鉄鉱石などの原料は、ほとんどがペルグスの独占状態にあるのでしょう? それに技術を真似た所で、一朝一夕では産業は立ち上げられませんよ♪ 特許使用料と使用した国家、産業の情報も得られます」
「そ、それは……確かに」
「それにですね? 確かに中央北部は鉱山に余り恵まれては居ませんが、それは今までペルグスの鉄鉱石が良いものだったからです。北部には質の高い鉄鉱石はありませんが、関連する金属は産出しています」
その言葉に女騎士は、以前ヴァレリーと施しに回った、くたびれた鉱山を思い出した。
「純度や材質は違えど、出ないわけではありません。しかし、加工する技術の無さから、北部での加工技術は進歩が起きず、需要が無いために廃坑する場所も少なくはないのです」
「技術知識の向上から、発見を生み出し、需要を作り出す起爆剤にする……と?」
「はい。もちろんそれには時間が掛かる事でしょう。しかし、ペルグスの技術が戦乱で失われる事無く守られ、短期間でのペルグスの変革を求める必要は無くなります。そして、周辺国は技術革新の為のきっかけを得て、投資する見通しを立てやすくなる」
『帝国は三百年先を考える』と、わざわざヴァレリーはローフィアスの言質を取っている。そもそも、ペルグスの鉄工に関する問題や上層階級の疑惑は、中央諸国に取って危急の問題では無い。
「もしかしたら鉄より優れた物が生まれるかも知れませんし、鉱山関連の一大事業となれば、民間にもお金が回るでしょう?」
国家事業は民に金を落として回す投資である。それは雇用を生み、経済に金を循環させ、資産をこの世に生み出す。その為にはそれなりの採算と見通しが必要となるが、今までは余りにもペルグスとの技術格差があり過ぎて、着手するのに見通しが立たず不可能であった。
しかし、ペルグスの持つ技術を得られれば、計画を立てる事が出来る。
「ペルグスも今は独走状態ですが、ここで何をしなくとも、永遠に続ける事は無理でしょう……。 だって世界は成長し続けているんですから」
『栄光の道』により、世界の流通と成長速度は大きく伸びた。今や未開の南諸国は大きな成長の只中にあり、老成していた中央諸国は、緩やかにその成長を止めている。
「世界の技術や需要は変化します。流通だって変わって行く。いつかはペルグス独自の形も、ベストでは無くなる日はやって来ます。なら、やはり他との競争があるべきなんですよ。それは技術革新の種を育てる土となるでしょう」
ヴァレリーはペルグスの技術特許化により、その保護と流動的な経済成長を生み出すための提案をしたのだ。これもペルグスの上層階級に取っては、大きな決断となるであろうが、壊滅的な未来を避けるにはこれ以上無いものに思えた。
「いかがですかね、ペルグス共和国としては。これはもちろん、今すぐお返事とは行かないでしょうけど、少なくとも壊滅的な事態には直結しないと思いますけどね♪」
「は……はい! 本国にて、ヴァレリー猊下に頂戴しましたこのお言葉は、余す所無く報告し、熟慮させて頂きたく存じます。いえ、この私が進退を懸け、必ずや前向きに!」
これでペルグス側の意思は、当面の着地点を得た事になる。
そして、問題はそのペルグスに議題を投げかけた帝国側、ローフィアスの意思 ───
パチパチパチパチ……
突如、コロシアムの中央に、大きな拍手が鳴り響いた。
ローフィアスである。それにつられ、会場からパラパラと拍手が始まると、それは一気に全体へと拡散し、巨大な歓声を巻き起こした。
「流石ですヴァレリー猊下! 経典の心、細やかな信徒の未来を見据えるその愛に、このローフィアス感服いたしました」
「あ、ああ、はい……」
「猊下の御意見は必ずや、この中央諸国の光となりましょう!」
ヴァレリーは、余りにもあっさりと手放したローフィアスの議論の終着点に、むしろ動揺していた。
「初めにも申し上げた通り、我が言葉は、ハーリア陛下の御言葉。我が決断はアルザス帝国の決断。そして、我々帝国は常に三百年先を見据えて動く。すべては中央諸国の繁栄、そして帝国の栄光のために!」
「つまり……ペルグスへの措置に関して、異議無しという事でしょうか?」
おずおずと上目遣いで問うヴァレリーに、ローフィアスは満面の笑みで答えた。
「無論! 猊下の御意見は我が意見より優れておりますれば、帝国は良き叡智を常に求めております。良き言葉あれば、それを力とし、世界を守る盾となるが我々アルザス帝国!」
聴衆は更に熱狂する。ローフィアスはペルグス担当者に頭を下げ、握手を求めた。
ヴァレリーは女騎士から赤い法衣を掛けられ、袖を通すために両手を広げたが、その仕草が人々には帝国とペルグスの関係を祝福するかのようにも見え、見る者に『神々しい』とまで思わせた。
※
「お疲れ様でしたローフィアスさん♪」
討論会を終え、控室へ向かう廊下で、警護役のヒューレッドは鼻歌交じりの上機嫌でローフィアスを労った。
「うむ、ヒューレッドも済まなかったな、このような舞台遊びに。警護なら幾らでも他が居ただろう?」
ヒューレッドは法相直属の騎士団団長である。本来、ローフィアス程の存在ともなれば、この公開された場所に、その姿を現す事自体が異質な事。その護衛に精鋭を充てがうのは当然の事だろう。しかし、ローフィアスはヒューレッドには役不足だと反対して、一般の騎士で良いと主張していた。
「まあまあ、一応これも外交ですからねぇ。ローフィアスさん程のお方が、平の騎士引き連れてるってんじゃあ、格好がつかないじゃないですか♪ それに野暮用もありましたんでね、オレにも」
「まあ、貴様がそう言うのならば良いが、見栄よりも実務をだな ─── 」
「たった今『良い』って言ったじゃあないっすかw しかし、やっぱ流石ですねぇ。なぁんも決めずに出て来て、あの場でペルグス締め付けるなんて」
この会に参加するにあたり、各国の担当者は数ヶ月前から原稿の調整をする程、慎重に事を運ぶものである。しかし、ローフィアスの用意したものは、この旅への手荷物を前日に整えた程度であった。
ペルグス共和国への議題も、あの時、即興で決めただけの事。最初から彼にとって、この会は舞台遊びに過ぎなかったのである。
「今回は話題の枢機卿猊下が、我国からも宰相である私が出ると言えば、公開討論会では異例。このご時勢に、いつも通りの専門家でない担当者を出してくる、お花畑な国家を狙っただけだ」
「かぁ〜っ☆ て事は参加国全部の弱味、ローフィアスさんが把握してるって事ですか⁉︎」
「当たり前だ。それ位も出来ぬ国家の高官など、害悪にしかならん。各国の上からある程度下まで、高官のスキャンダルでも頭に叩き込まれて無ければ、付け入る隙など見つけられんからな」
ヒューレッドは、もしかしたら自分のスキャンダルも押さえられているのかと、ヒヤリとしながらも上機嫌には変わらなかった。
「でも、ペルグスの上層階級はこれでもう終わりっすね♪ 民主制の選挙でも出来たなら、高官何人か挿げ替えて、国民の怒り散らせたでしょうけどねぇ……。王も居ない、選挙も無いんじゃあ、国民のフラストレーションなんて、すぐに革命に向かっちまいますよ」
「流石は法相務めだな。私の手札を分かっていたか」
「ヴァレリー新猊下も、必死で守ろうと頑張っておられましたけどね♪ローフィアスさん相手じゃあ荷が重過ぎでしたね〜。たくさん死人でますよこりゃあ」
国の運営は富だけでは無い。特定の体制の国にとって最も恐ろしい要因は、国民のヘイトが上に向かって爆発する事である。王制ならば王が倒され、民主制なら時の統領が倒され、混乱しつつも再び続くだろう。
外的な要因が無ければ、そうして責任ある者が挿げ替えられて、国の滅亡は免れる。しかし、ペルグスの国家体系は、挿げ替えようが無い。革命が一度起これば、その体制が崩壊するまで燃え、燻り続けるであろう。
─── ローフィアスの投げ掛けた議題そのものが、その崩壊への大きな切っ掛けとなる
成長し続ける社会において、民衆は暮らしに満足をしない。自分より上があれば嫉み、己の人生に欠伸をするものである。ローフィアスの突いた『疑惑』は、確実に種火となるだろう。
自分達の這い上がれない社会、回ってくるはずの富の独占、周辺国から向けられた反感。己で答えを見出せぬ愚衆は、怒りの矛先を見つけ次第、後先考えずに動き出す。そこにほんの少し、波紋を立たせてやるだけでペルグスは崩壊に向かう事だろう。
「こんな片田舎まで出張って来たのだ。我が国の益となる何かは残さんとな。しかし、ヴァレリー・ジェンシャか。中々に見所がある、今回は引き分けだ」
「え? 引き分けですか?」
「猊下の狙いは戦争を止め、ペルグスに未来を見せる事だったのだろう。それをこなし、ただただ我々アルザスの腰巾着ではないと示し、教団への好感度も大きく上げた。教団としても、また猊下の『教団派』のアピールとしても、充分な戦果だ」
「ほへぇ、そう言うもんですかねぇ」
「ところでヒューレッド、貴様の言う『野暮用』とはなんだ。もう済んだのか? 特に何処かへ行った様子も無かったが」
彼はこの護衛の任務に、野暮用があったと言っていた。
「ああ、もう済みましたよ。おれのね、半分をぶっ殺してくれた野郎と、繋がりのありそうな奴がね、この会場に来るって聞いてたんで。ちょっとそいつの目の奥を覗き見ただけですから♪」
「……半分か。まあ、お前も難儀だな」
「ローフィアスさん程じゃあないですw」
そうしてふたりは談笑をしつつ、長い通路を歩いて、控室へと戻って行った。
※
「だ、大丈夫ですか猊下⁉︎」
「え? ああ……大丈夫ですよラブリンさん。座ったらドッと疲れが出てしまっただけです」
討論会の閉幕から、控室へも寄らずに馬車へと乗り込んだヴァレリーは座席に腰を沈めるなり、前屈みに突っ伏した。慌てる女騎士を手で制し、微笑みを見せる彼の顔は、青白く衰弱している。
「怖かったぁ……。何なんですかね、あの方は」
「ローフィアスですか。しかし、猊下はあの者の狙いを打ち砕いたではありませんか」
女騎士の言葉に、ヴァレリーは苦笑いを浮かべて首を振る。
「いいえ、私の負けですよ……。彼は目的を果たしました」
「目的?」
「ペルグスは近く内乱が起こるでしょう。経済制裁や帝国が直接攻め入る事は、止められましたから、無辜の民が大量に巻き込まれるのは阻止できました。でも、あの国は終わるかも知れない」
ヴァレリーは『脳筋』と名高い女騎士に、手早く事の次第を説明すると、差し出されたグラスのワインで喉を潤す。
「……し、しかし、それならばまだ、猊下が守ろうとしたペルグスの民の犠牲者は少なく済みます。なら引き分けではないですか?」
「ははは、ならいいんですけどね。あの人はただ議論で遊んでただけですよ恐らく」
「……ッ! あ、遊び……あれがですか⁉︎」
女騎士には、二国の激しい鍔迫り合いにも思えていただけに、その推察に驚愕する。
「帝国が動いていると、周辺国に揺さぶりを掛けられれば、それで良かったんですよ。別にペルグスじゃ無くてもどこでも良かったんじゃないかなぁ」
ヴァレリーは気がついていた。最初にローフィアスが壇上に立って会場を見回した時、その視線は一般客のいる観客席では無く、各国担当者に向けられていた事を。そして、わずかに感情を表に出したペルグスの担当者を見て、書庫から該当する本を選んで引き抜くかのように、あの議題を振っていた事を。
「多分、どうやって聴衆を揺さぶるかを決めたのは、あの時でしょう。そこから論法を組み立てて、ペルグス政府に毒の一撃、しかも乱入した私を利用して、帝国の好感度も大きく上げてみせました」
「 ─── !」
「完敗ですよ、私の。あれは……本当に人なのでしょうか。まるで大きな意思の塊のような……」
そう言って、ヴァレリーは馬車に用意されていた酒のボトルを掴み、グイッと直飲みであおった。
「大きな意思……? あ、それ! 猊下ッ、それは火酒です! あなた薄めたワインしか飲めな……ああっ、ぺっして下さい猊下ァッ‼︎」
思考に夢中になると、周りが見えなくなる彼は、火が点く程の酒精の高い酒を飲み、一瞬にして真っ赤になって倒れた。
「ぬぐごぉ〜」
「ほんと、いつも締まらない人だなこの人……」
女騎士はポツリと不敬な一言を溢し、酒瓶をしまうと、馬車の窓から見える景色を見た。その顔には珍しく、不安の色が浮かべられている。
「あいつの歩ける道を作るのは、容易では無いな……」
そう独り言を呟き、女騎士は聖剣の鞘を抱いて、深くため息をついた。
※ ※ ※
ヴァレリーの守ろうとしたペルグスの多くの人命は、すぐに奪われる流れからは遠ざかった。ペルグス政府はヴァレリーの提案に対し、精査に精査を重ね、それを受け入れた時に出来る限り現状の確保と、利を考え出して話を進める事となる。
しかし、彼とローフィアスの予想通り、公開討論会で投げ掛けられたペルグス政府への『疑惑』は、瞬く間にペルグスの民衆を刺激した。政府は反政府運動を憂慮し、集会の禁止、ビラや掲示物の許可制など、言論を規制する法案を急いだ。
それらがより、大きなフラストレーションを生み出し、革命への熱意を純粋へと凝縮するのは、繰り返す歴史の通りと言えよう。
そうして世界はペルグス共和国の噂話に、さぞかし盛り上がる事かと思われたが、そうはならなかった。
─── より大きな変異が起きたからである
極光星騎士団とアルザス帝国軍の協力で、下火になったと思われていた『魔族化』が、再燃し始めたのだ。魔族化は南諸国に集中し、都市部から離れた小さな町や村への対応に、何処の国々も追われる事となる。
エル・ラト教は反帝国派の国々にも、極光星騎士団を分け隔てなく派遣しているように見えたが、その件数が多いために、帝国派の重要な国々に偏りは生まれていた。反帝国派の国々の民衆は、帝国と教団に見捨てられる事を恐れ、帝国派への傾倒を叫び出す。
それまでの極光星騎士団らの魔族化への対応が、広く伝えられるようになった為に、魔族化の攻略はギルドの冒険者達にも可能にはなっている。しかし、人々の不安は、対処の充実よりも、魔族化の原因となる『背教』へと、その恐れが集中し始めていた。
世界の至る所で、反帝国派の国々は揺れ、帝国派の国々は反帝国派をまるで魔族であるかのように蔑む。その憤りは隣国同士の軋轢へと発展し、高められた集団ヒステリーは、かつての魔女狩りと同じく、根拠の無い集団私刑や侵略の引鉄となってゆく。
そうして世界は激動の時代を迎える。
そんな中、更なる悲劇へと繋がる何かが動き始めていた。それは中央諸国のとある小さな港町の片隅で起きた、奇妙な不法投棄がその証拠となるのだが……。
人々はそれが何なのか、理解する事は無かった。
※
「うへぇ……。なぁんだよこりゃ、気持ち悪いなぁ」
明方の港、漁から戻って来た漁師が、共同の小屋へと道具を片付けようと歩く道すがら、港の一番外れでそれを見つけた。
「おう、どうした。んな所に突っ立ってよぉ。邪魔だ邪魔だ、道を開けろい!」
「そりゃ突っ立ちもするぜ……。これを見ろよ」
後からやって来た顔馴染みの漁師は、港脇の通路に散らばるそれを見て、やはり同じく『うへぇ』と呻き声を漏らした。
「こりゃあ……ひ、人か……⁉︎」
「分かんねえ。……こんな気持ち悪りいモン、初めて見た」
高貴な深い青のドレス。その中から溢れ出すようにして、大量の灰が道に広がっている。それはまるで人が灰になったかのように、輪郭を崩しながらも、そう思わせる形で積み上がり、風が吹く度に少しずつ舞い散っていた。
彼らが『人か』と思い至ったのは、そのドレスの襟近くに転がる、風化しながらもわずかに残った頭蓋骨のような形の灰の山。そしてカールした、長い銀髪が地面に伸びて、散らばっている
余りにも奇妙な投棄物に、漁師ふたりが立ち尽くしていると、背後から硬い靴底で歩く足音が近づいて来た。ふたりが振り返ると、明方の薄暗い明かりの中、いつの間にか薄らと立ち込めていた霧の中に、ひとりの男が立っている。
この辺りではまず見る事のない、身なりの整った初老の男は、シルクハットを外し、慇懃に一礼をした。
「そちらの塵は、私共で処理いたしましょう。どうかお気になさらず」
「ご、ごみ? これが何なのか知ってんのかアンタ。それにその格好は、どっかの貴族の召使いって感じだが、一体どこのお偉いさんだい?」
「私で御座いますか? 私はここより遥か遠いメルキアの者で御座います。どうかお気になさらず。
─── こ れ は た だ の 塵」
男の瞳の奥でわずかに赤紫の光が揺らぐと、漁師ふたりはそれに見惚れ、だらりと肩を下げた。
「「これはただのごみ」」
「左様。ですから、どうかお気になさらず。
─── お 忘 れ な さ い」
「「わすれます」」
漁師ふたりは降ろしていた荷物を持ち直し、フラフラと小屋へ向かって歩き出し、男の事も灰の山の事も認識を失ってしまったようだった。
男が手を挙げると、空から音もなく馬車が現れて、こちらへと降りて来る。蹄に青い炎を纏った、二頭立ての馬車が到着する間に、男は灰の前にひざまずき、シルクハットを胸にあてがって深々と頭を下げた。
「お嬢様……。プリシラ……お嬢様……。モンドがお迎えに……上がりました……」
シワを浮かべた目尻に涙を滲ませ、モンドは変わり果てたプリシラの頭髪に手を当てて撫でようとするも、髪の毛はボロボロと崩れ落ちてしまった。モンドは革袋の口を広げ、何やら呟く。途端に灰や、残された衣類が宙に浮かび上がって、革袋へと入ってゆく。
「宝剣の予言は、再び的中されましたか……。
プリシラお嬢様が亡くなられ、そして我がツェペアトロフ家には、まだ不幸が重なる……。そして世界は血に染まる……」
宝剣プレジチェフルンゼ。アルフォンスが里を出る時、シモンに託されたツェペアトロフ家の家宝である。魔剣の一種ではあるが、闘いの目的では無く、持つ者に予言を託す呪いの宝具。かつて宝剣が語ったその予言は、ツェペアトロフ家に起こる不幸と、その後世界に起こる不吉なもの。
内容はアマーリエの予言と同じく、その時が来れば分かるような、曖昧な表現であった。
その場にいたツェペアトロフ家当主夫妻と執事のモンドは、起こる事は端的に理解しても、何故そうなるのかまでは分からないまま。しかし、アルフォンスが大切な者達を喪ったように、予言は確実に動いている。
ツェペアトロフ家は知っている。
予言に逆らう事は無意味であると。
この抽象的な予言に、彼らは心を永く鎖で縛られて来たのだ。モンドは天を仰ぎ、哀しみに満ちた表情で囁いた。
「神よ……。一度は堕とされた我が種族ながら、恥を忍んで、厚かましくも御願いいたします。どうか世界を御守り下さい……」
手を合わせ強くそう祈ると、彼はブルリとひとつ震えて、馬車へと乗り込んだ ─── 。
ここまで読んだ
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