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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十三章 骸の王
第十三章|第三話 中央諸国公開討論会
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再びアケルに戦禍を持ち込もうと企てるタッセル王国。
賢王と呼ばれたカスペラ王は、
南部諸国連合の使者スタルジャを一度は跳ね除けたものの、
連合の戦力の前に沈黙した。
帝国派と反帝国派とで、
世界が二分されつつある今、
タッセルの行動一つで戦乱になりかねない。
アルフォンスの読み通りに、
タッセルは南部諸国連合の提案を呑む。
本来、ただの使者として、
カスペラ王を見極めるだけの使命だったスタルジャ。
しかし、他国で同時多発的に問題が起きたため、
そのまま彼女は連合からの調整役として駐留することとなる。
だが、彼女の心は今やそれどころではなかった。
あの日の早朝、アルフォンスとソフィアから感じた、
愛の気配。
奥手である自分に焦燥感を抱き悶える。
一方、エル・ラト教団は今揺れていた。
『教皇ヴィゴールの失踪』
早くも四ヶ月が過ぎたこの大事件は、
上層部のみで秘匿され、
秘密裏のままヴィゴールの罷免へと進む。
ヴァレリーは養父であり唯一の肉親であるヴィゴールを、
枢機卿の立場から、
号令を発さざるを得ず。
そして教団のバランスを取るために、
師弟の間柄とも目される、
同志トニオの次期枢機卿候補を解除。
より盤石な経典への回帰。
その理想のための選択を強いられた。
永世中立都市ワルテラ。
シリルの西に位置する、中央諸国連合の運営するこの平和的象徴の都市に、史上最大規模の人々が集まっていた。まだ春だと言うのに、夏の陽気となった今日、ワルテラの中心部にある巨大なコロシアムへと急ぐ姿が目立つ。人々は汗をかく陽気の中、それに負けない熱気を持って、会場へと急足で進む。
─── 中央諸国公開討論会
中央諸国連合の発足から続く、年に一度の恒例行事。各国の代表が集まり、各々の議題を持ち寄って語り合う様子が、一般に公開される催しである。
元はと言えば、複数の国々で連合を立てた場合、一部の国に力が偏りかねず、それを防ぐ意味で開催されていた。ただ、各国の重要人物と一般市民の前で、そうそう大きな失敗は出来ないため、実際は極穏やかな確認やウィットある切り返しを見せる場となっている。
この催しは長らく、各国の華を見せ合うための言わば舞台劇のような、予め決められた流れを追う会へと形骸化していた。近年はその台本ありきの内容に、人々の足が遠のきつつあった。
だが、今年はこの盛況ぶりである。
「このご時世だ、中央諸国連合も一枚岩じゃあねえからな。もしかすっと今年のはガチでやり合うんじゃねえかって、おれぁワクワクしてんのさ!」
「はっはっ! 確かに帝国はガンガン前に出始めてるけどなぁ。流石にこの討論会で、中央諸国連合を刺激するマネはしないんじゃないか?」
「いやいやいや、帝国派と反帝国派って、最近はえらくハッキリさせに来てっかんな!
……なぁんか起きんじゃねえかって踏んでんだ」
会場の外で並んでいる者達は、口々にこの討論会への期待を言い合い、賑わいを見せていた。大抵はアケルの聖教戦争後、次に帝国が剣を向けるのは何処になるのかと言う話題であったが、それに追随するもうひとつの話題がある。
「今回、教皇聖下の代わりに、あの方が来られるんでしょ? 新しい枢機卿の……」
「ほんとらしいわよ! あのホドールの魔族化から、街を取り返した英雄さま! 何日か前に大きな馬車で入国してたって聴いたのよ」
「ああ、あなたの旦那、衛兵庁にお勤めだったわね……。なら本当なのね!
ああ、早くお姿を見てみたいわ、勇と知性だけじゃなくて、最年少枢機卿。しかもステキなお顔だって聞くし♪」
教皇ヴィゴールの失踪は伏せられたまま、現在は体調不良による、長期療養中とされている。エル・ラト教の本国ルミエラ市国から、教団代表として参加するのは、教皇に次ぐ序列にあたるヴァレリー・ジェンシャンであった。
「何だ。今年は人が多いが、平民の中でも女子供がやけに多いではないか?」
「枢機卿ヴァレリー猊下のご威光かと思われますな。猊下は司教時代から、市井の者達への活動を頻繁にされておりました。此度の討論会には教皇聖下に代わって、との事ですので」
「ふむ、『瓜狩り』ヴァレリー猊下か。なる程それは平民どもの騒ぎようもうなずける。
……しかしこう平民が多いと、貧乏臭くてかなわぬな」
各国代表の関係者は、すでに会場の特等席についていて、段々と観客席を埋めてゆく様子を眺めている。より舞台に近い場所に座する彼らは、明らかに身分の高い者達ばかりだが、この公開討論の場は平等の場であり、差別では無い。中心に寄る程に結界が強く張られていて、暗殺の危険性のある上流の者を守る為の措置である。
また、会場には風の魔術を応用し、壇上の声を一番離れた席の者にも、ハッキリと届ける術式がなされていた。
そうして、期待と熱気に包まれてゆくかつてのコロシアムで、いよいよ中央諸国公開討論会が始まった───。
※
ヴァレリーが姿を現した時、会場は沸きに沸いた。しかしその後の討論の議題は例年通り、何ら角の立たぬものが続き、早くも観衆に飽きが見えて来ている。出された議題に質問する者はあっても、反対意見が出るわけでもなく、討論会とは名ばかりのお国宣伝が繰り返された。
「 ─── では、次の議題に移ります。
次はアルザス帝国代表、アルザス帝国宰相ローフィアス・ファーレン・ジニア閣下!」
人々の目は彼に釘付けとなる。今や帝国内では皇帝ハーリアに次ぐ有名人となった彼は、今回の討論会の嵐となるであろうと噂されていた。だが、その好奇だけが、この注目の理由では無い。
身の丈で言えばアルフォンスと同じか、それよりやや大きな偉丈夫。北方民族の特徴的な彫りの深い顔に、オールバックに撫で付けた髪と繋がるあご髭は、オレンジがかった燃えるようなアッシュブラウン。
文官とは到底思えぬ肉体を包むは、純白に赤みを帯びた金糸の刺繍で、花と燃え盛る炎を思わせる意匠の描かれた法衣。その肉体と鋭い目から放たれる強烈な存在感に、誰もが圧倒されていた。
ローフィアスは壇上に立つと、しばし無言のまま立ち、その注目を自身に集めさせる。そして、視線だけでゆっくりと人々を見回して、視線を返り討ちにするように己の存在をぶつけると、重々しく口を開いた。
「アルザス帝国より、ハーリア陛下の代理として参った、ローフィアスである。
我が言葉は、ハーリア陛下の御言葉。我が決断はアルザス帝国の決断であると宣言する」
地の底から響くような低い声が、観衆の臓腑に焼き付いて、硬直にも似た過集中を引き出す。
「さて、私からの議題はひとつ。我が国の隣人、ペルグス共和国への連合監査介入の提案!」
「「「 ─── ⁉︎」」」
会場は激しい緊張を強いられた。ローフィアスの口にした議題は、これまでの各国の穏やかな雰囲気と大きく異なる、剣呑なものであったのだ。
ペルグス共和国とは、アルザス帝国と隣接した、中規模から大規模の国家。そして今最も帝国に近い場所に位置する、反帝国派の国である。
中央諸国連合の監査介入とは、周辺国に関わる何か問題があった場合、その該当国を強制的に調査し、是正をするための措置。監査介入の提案が認められた場合、その対象国は、調査を受け入れなければならない。その強制力も罰則も明示されてはいないが、連合加盟の際には、必ず同意させられる項目である。
一歩間違えば、世界戦争の引鉄ともなり得る内政干渉。外交交渉が破綻するような、余程あからさまな要因が無い限り、この介入が動いた事は無い。となれば、何らかのペルグス共和国の情報を、帝国は握っているはずである。
「異議あり! ローフィアス殿は何の根拠があって我らペルグスへの監査を要求されるのか! 当方には思い当たる節はひとつとてありませんぞ⁉︎」
「 ─── 鉄鉱石の市場操作」
「市場は簡単に操作など出来るはずが無い! そんなものは、我々が意図的に操作している証拠など、証明のしようが無い! そもそも、万が一、我が国に落ち度があったとしても、それは国内で是正すべき事。連合の監査介入を提唱される言われはありませんな!」
「ほう。それ程に自信がお有りなら、監査を受けると一言申せばよかろう。監査をするか否かは連合会議で決まる事、ここで決まる訳では無いのだよ」
そう、ここは討論の場であり、後々連合会議の議題のベースとなる種を撒く場所である。
「それに、もし監査が入ったとして、落ち度が無いと言うのなら問題は無いはずだ。受けるも受けないも自由なのだがね。……どうも貴国は監査を恐れておられるようだ」
「お、恐れてなどおらぬ! 必要の無い事で介入など受ければ、我が国の沽券に関わりかねんッ!
横暴だ! 最近アルザスはマールダーを我が物顔にし過ぎてはおりませんかな⁉︎
アケルでの敗退に、余程焦っておられるようだ‼︎」
ローフィアスはやや首を傾げて目を瞑り、長い間をたっぷりと取る。ペルグスの担当者が、焦れて発言を被せようと身を乗り出した時、ローフィアスはスッと目を開けて担当者を視線で射抜く。
「ここは公開された場、大人しく受け入れれば皆まで口にすまいと思ったが……。ペルグス政府の閣僚が、一部氏族に偏り過ぎてはおるまいか?」
「なッ、何を馬鹿な……ッ⁉︎」
「ペルグス共和国は、中央でもいち早く共和制を謳い、王政を廃止した先進的な国家。しかし、根本は人の為すが政治どころか……。懐を肥やすために、元華族の血筋のみで、あまりにも利権を抱え過ぎてはおるまいか?」
「…………! そ、そんなもの、連合に関係が無いッ‼︎」
怒鳴りの声が音声拡大魔術を乱し、金属を引っ掻くような不快な音が、会場中に響き渡った。それまで和やかに進んでいた枠組通りの討論会に、突如感情的な叫びが走り、人々の心拍数が上がる。
会場の目は、明らかに動揺しているペルグス側よりも、真っ直ぐ泰然と相手を見据えるローフィアスの覇気に集中させられていた。
「国内で済む問題ならば、それこそただの内政干渉。お門違いも甚だしい言い掛かりに聞こえよう。だが、一部独裁者の懐を肥やす為に、国民、引いては他国との貿易にまで影響が出ているとすれば、話は別だ」
「…………!」
「中央諸国北部は、鉱山資源に弱く、その価格は輸出国の設定に大きく左右されるのはご承知の通りだろう。ペルグスは中央でも最大の産出国にして、その歴史から製鉄技術に優れた産業国」
「…………」
「鉱山資源そのものの輸出に制限を加え、加工技術を独走状態にすらしている。 我々中央諸国は、より遠くから割高な鉱石を買い、加工技術を伸ばす他ないという不毛な状態なのはご存知の事だろう」
この中央諸国でのペルグスの鉄工の議題は、過去にも何度か上がりはしたが、その度に流れて来たもの。言わば暗黙の了解となりつつあった偏りに、帝国がまさかの斬り込みを掛けた。
しかし、ローフィアスは軽やかに、会話の内容に対して柔らかな口調で、すらすらと民衆に問い掛ける。そして、間を開けて一言、やや強い語調でそれを告げた。
「ペルグス政府の要人の内、実に七割が鉄工関連の利権者一族というのは、余りに出来過ぎだ」
会場が静まり返る。卓上に手をついて、ペルグスの担当者は何か言葉は無いものかと知恵を絞るも、ローフィアスの視線が、兎を狩る狼の如くそれを阻害した。
「……鉄の独占状態も、国の独裁も、我が帝国は文句を言うつもりは無い。だが独裁者の権力欲による、市場価格の吊り上げは、中央の発展に害を及ぼす」
「そ、それは御意見として重く受け止めよう! だが、監査対象になるものでは決してない!」
「まあ、そう言うであろうと、分かってはいたがね。では、私も腹を割って話そうでは無いか、ペルグス共和国よ」
ジッと見据えたまま、ローフィアスは口元だけを微笑ませる。大きく広げられた両手。一段と大きく見える体に纏う、純白の法衣に施された刺繍が、ペルグスの担当者の目には、壇上に燃え上がる炎のようにも見えた。
「今、世界を揺るがしている黒き魔族の呪い『魔族化』は諸君もご存知のはずだ。
……いいや。大切な者を奪われ、その悲しみに未だ生活に光を求められぬ者もあろう」
会場にいる内のいくらかが、その言葉に胸を締め付けられる。
「魔族化は教皇聖下のお言葉通り、光の神ラミリア様への背教の者が、その依代とされているのも被害地域を見れば明白。我々帝国は、エル・ラト教と協力し、魔族化と戦って来たのだからよく理解している」
「そ、それがどうしたと……」
突如話の筋を変えられたペルグス担当者は、困惑して聞き返すも、ローフィアスはジッと見据えたまま話を続ける。それはまるで、己の敵に対して、最大限の注意力を保つかのようであった。
「人々の信仰は決してひとつにはなれぬ。多くの者が集まれば、信ずるものも異なるからだ。背教に生きて魔族と化すも、それは自由なのだよ。だから世界中のどこででも、魔族化は起こっているのだ」
「だから……さっきから何を……!」
ペルグス担当者の頬を汗が流れる。折しも気温の上がった今日、それは不思議な事では無いのだが、この場ではそうした体の変化は感情の揺れを表してしまう。彼も外交に秀でた者であろう、その動揺とも取られるであろう汗に、余計に心が掻き乱れる。
「 何故、ペルグスだけ魔族化が一件も起きていないのだ……?
確かペルグスの国教は『地の精霊神ウォード』を始めとした、土着の精霊信仰。私の信ずるエル・ラト教を拒み続けて来た土地だと言うのに」
「 ─── なッ⁉︎」
会場中が激しく騒つく。中にはペルグスを名指しで罵倒する者も現れた。ローフィアスは手を挙げてそれらを黙らせると、再びペルグス担当者へと向き直る。
「……勘違いはしないで頂きたい。我々帝国は、ペルグスが原因だと疑っている訳では無い。これだけ世界の至る所で起きた事件が、ペルグスだけ一切起きていないのだとするならば、何かそれを防ぐものがあるのかも知れぬ。……一体、どうしてかね。教えて頂きたいものだペルグス共和国よ」
「な、難癖をつけるなッ! 我々が正しいからこそ、魔族化が起きていない。そう言う事だ! そもそも議題と大きく趣旨がズレている! 早くこの議題を止めろッ!」
「ほう。その言い方はよろしく無いな。この中にも魔族化で大事な存在を奪われた者もあろう、それではその者が正しく無かった事となってしまう。善悪をつけようと言うのでは無い。ペルグス内の調査を求めておるのだよ」
このやり取りで、民衆のペルグスへ対する目は、一気に疑惑へと傾いた。ペルグスの疑いは『魔族化が起きていない』という点に過ぎない。しかし、ローフィアスに見据えられ続け、祖国の上層部の裏側を突かれ、揺らぎ切った所に向けられた疑惑の目に、虚を突かれた担当者は正常な思考を失った。
そこで見せたペルグスの感情的な否定は、その事実の正誤では無く、担当者の印象で民衆に疑惑を決定付けてしまった。
「こんな議題をいきなり吹っかけては、それこそ難癖と思われてしまいそうでね。下手な疑惑を生みたくは無かったから、あえて鉄工の議題から監査を入れ、そこで対話して行くつもりであったのだが。
申し訳ない。『帝国がマールダーを我が物顔にしている』などど侮辱され、私もいささか冷静さを欠いてしまったようだ」
このローフィアスの物言いに、担当者は更に追い詰められる。戦争の引鉄にもされかねない、その葛藤の根幹に、ローフィアスは囁くように触れた。
「先にも申し上げたが、監査を受ける受けないは、そちらの自由なのだよ」
「…………っ‼︎」
ローフィアスの狡猾な罠である。鉄工関連での疑惑は、ここにいる聴衆にはほとんどが縁遠い話であろうが、影響のある者からすれば大きな疑惑である。さらにペルグス国民からすれば、暴動が起きてもおかしくは無い話であった。
そして魔族化の疑惑は、確かめようがない案件でありながら、その疑惑を世界に知らしめた。
……ここまでは、ただの『疑惑』である。
─── しかし、ペルグスが監査を跳ね除ければ、それはより大きな疑惑となってしまう
ペルグス共和国はその人民主導をアピールするために、今回討論会に出席させた担当者は、外務担当の中でも、どちらかと言えば観光大使に近い部署の人物であった。このローフィアスの言葉に、返答が出来る程の権限など、そもそも持ち合わせてはいない。
そして、彼も鉄工関連の利権を享受して来たひとりである。
どの道、監査を受け入れる事は、国内の一大スキャンダルの引鉄ともなれば、他の上層階級を敵に回す事となるのだ。最初から答えられる訳がない。
ローフィアスはにこやかに目を細めて、再び大きく腕を開いて担当者に向き直る。その姿は民衆からは正義ある者の余裕に、担当者の目には、狙いを定めて降下してくる猛禽類の翼にも見えただろう。
「さあ、受けるのか、受けないのか答えたまえ。ここで沈黙すると言う事は、私の挙げた疑惑のどちらか、ないし、その両方を認める事となるが……?」
怯え切った担当者に、ローフィアスは一瞬、会場の聴衆からはうかがい知れないように、殺気を込めた視線を閃かせる。びくりと、担当者の体が震えた瞬間、ローフィアスは言葉を重ねた。
「最初に述べたように、私の言葉は皇帝ハーリア陛下の声、私の意思はアルザス帝国の意思。そのつもりで来ているのだ。帝国は利己では動かぬ、三百年先を常に見据えて動くのだよ、その先に害を成す者あらば、我が国は世界の盾となろう」
聴衆の歓声がコロシアムを揺るがす。ローフィアスは更に目を細めて笑みを浮かべ、大きな手の平を担当者へと差し向ける。
ペルグスの担当者には、それが何万もの群衆を引き連れた、悪魔の軍団にも見えた ───。
「さあ、答えるのだ……ペルグス共和国……」
と、その時、観衆がどよめいた。その注目の先に気がついたローフィアスは、わずかに目を見開いて、座り直す。白いローブに紅い法衣を羽織った人物が、その細く白い腕を挙げていた。
「あの〜、エル・ラト教のヴァレリーです。ちょっとお話よろしいですかね♪」
怒涛の如く流れていた集団意識の脇から、白い光がその輝きを持って、はたと流れを変えようとしていた。
※
ヴァレリーが立ち上がると、それまでの騒ぎが嘘のように静まり、女騎士と共に前に出れば、何を話すのかと離れた観客席から壇上まで、固唾を飲む音すら聞こえて来る。
そんな中、ローフィアスの護衛は、ヴァレリーの護衛に、薄ら笑いを浮かべ、細い狐目の視線だけでその姿を追っていた。
アルザス帝国白鳳騎士、法相の剣。ヒューレッド・フェイ・サントリナ。
アッシュグレイの髪に片目を隠し、鋭い狐目の下に、愉しげに歪む薄い唇。帝国でも屈指の剣技を誇りながら、戦いの前線に無い法相に身を置く切れ者、オウレン前枢機卿を捕らえた男である。
その男が今、注目されるヴァレリーではなく、その護衛の女騎士を見つめていた。
「 ─── これはヴァレリー枢機卿猊下、我が議題にご参加頂けるとは恐悦至極に御座いますな。して、お話とは如何なものに御座いましょう」
ローフィアスの覇気が瞬く間に抑えられ、極穏やかにヴァレリーへと問い掛ける。
「ローフィアスさんの、ペルグス共和国に求める理想を教えていただけますか?」
「理想。そうですな、鉄鉱石の輸出および、鉄工に関する適性価格の洗い直し。そこに生まれる富の、正しい循環を導き出す事……でしょう」
「それをもし断るとすれば、周辺国はどう動くと思われますか?」
「 ─── 制裁。関税による制裁、投資市場での金融関連からの締付け、為替への課税、一部貿易品目の禁止……」
矢継ぎ早に告げられる制裁の内容に、ペルグス担当者は土気色の顔に、大量の汗を流す。
「何故、今までそれをして来なかったのでしょう?」
「鉄、金属関連において、流通から締め出されるのは、どこの国にも痛手となりましょう。現代においては、それが一国家の死活問題にもなり得ますからなぁ。おいそれとはとても」
「なるほどぉ……」
ヴァレリーの穏やかで率直な質問に、淡々と答えるローフィアス。ペルグスの担当者は、どんな話がなされるのかと、ヴァレリーを直視する事も出来ずに俯いて震えていた。
対して聴衆は『つまらぬ流れにされた』とガッカリする者と『怖いこと起きなくて良かった』と思う者とに大きく分かれている。だが、帝国とペルグスとの討論を理解出来ずに聴いていた者達は、ヴァレリーの質問でようやく内容を理解し始めた。
「それを今、議題として挙げて来られたのは……
─── 『勝てる』からですね?」
ペルグス担当者はビクリと顔を上げた。ローフィアスは未だ穏やかな表情のまま、しかし、わずかに体の向きを変えて、ヴァレリーへとより向き合おうとする。
「その通りですな。我々はあらゆる手段を使ってでも、中央諸国の繁栄を実現するでしょう。それがアルザス帝国の未来に繋がると信じて居ります故」
ヴァレリーはうんうんと頷き、チラリとペルグス担当者の方を見やる。彼が怯え、すがるようにヴァレリーを見上げて目を合わせると、そちらにも微笑んでから、ローフィアスに向き直った。
「それは、武力による実力行使も辞さないという事ですね?」
「もちろん」
「「「 ─── ッ‼︎」」」
聴衆の多くは、ローフィアスの議題がペルグスに向けてのものだと分かった時、それは『反帝国派』への攻撃だと思った。だが、ローフィアスの話を聴く内に、直接的に『戦争』の言葉を使わず、むしろ対話路線でペルグスの体制の是正を求めているのだと理解した。
しかし、それはペルグスが監査に応じたら、の話である。
聴衆のほとんどは、突き動かされた正義感で、独裁と揶揄されたペルグス上層階級の元華族達を懲らしめるのが正しいと思い込んでいるであろう。
─── 戦争になる位なら、監査受けりゃいいじゃん
だが、いくら王族の無い共和主義国家とは言え、その国のバランスを取ってきた上層階級の存在は、そう簡単に『ハイ監査受けます』とは言えないだろう。ペルグスの取っている共和主義とは、王を持たぬペルグスの運営を、各産業ごとに団体として、それぞれを人民が支えていく形で国が成り立っている。
同じ王を持たない国でも、アケルは選挙によって大統領を決め、その人民の思想を反映していく形を取るが、ペルグスでは人民が代表を選ぶ事は無い。その団体ごとで決めた人物を代表としながら、それらがまた代表を決め、最高権力者はほぼ名前だけ。つまり、ペルグスとは、全体の思想が国を決めて行く国家体制である。
これらは国の財政を、ひとつの産業に絞った結果であった。王政による国家では、王の良し悪しにより、重大な国難を招く危険性が高くなる。選挙で代表を選ぶ民主制では、フットワークに欠け、衆愚的になりかねない。そうして今の体制となっていた。
結局は、鉄工に大きく依存して出来た国家なのである。だからこそ、ひとつ破綻すれば、国そのものの破綻ともなりかねない。そうなれば、隣接した帝国にいとも容易く占領される事だろう。一方に国を特化させて来た結果、大きな繁栄も見込めたが、今やそれが身動きを取らせない足枷となっている。
「戦争は野蛮な侵略にあらず。外交の手段であり、言論の段階の先の外交。そしてそれは最終手段にあらず。綺麗事だけでは、もつれにもつれた人々の流れは解せぬもの。その先を見越した、着地点の模索という事ですね?」
「正に猊下の仰られる通りに御座います」
「ば、馬鹿な事を言うなッ! 我々ペルグスにはペルグスの、積み上げて来たものがあるのだ!
それを外からとやかく言われる筋合いは……」
怒りと恐怖に震えたペルグス担当者が声を荒げるのを、ヴァレリーは手の平を差し向けて制した。
「ここは討論の場ですよ? 感情に任せて声を荒げれば、それは示威行動で黙らせる事とおなじです。討論とはその是非を問う、理性的な論理の場にあるべき。落ち着きましょう」
「し、失礼……しまし……た」
担当者の顔に絶望が滲み出る。
帝国と教団は表裏一体、最初からヴァレリーは味方などでは無く、ローフィアスを止めるために出て来たわけでは無い。彼はそれを思い出してしまった。そして、それは会場にいる聴衆達も同じく思い出したのだ。
─── 帝国と教団は同じ生き物なのだと
ペルグス共和国への中央諸国の介入もしくは帝国の侵攻は、これでほぼ確実。己の祖国が終わるのだと、担当者は視界の端が暗く狭くなって行くのを感じていた。
「しかし、ペルグス側の御意見も分かりました。それは困りますものねぇ。そして、帝国側の御意見も理解したつもりです。
では、我が教団の本営、ルミエラ市国としての意見を申し上げましょう」
死刑宣告が下される。ペルグス担当者だけでなく、この会場にいるペルグス出身者と、その関係者は誰もがそう思い、硬直させられた。
「 ─── 反対ですね。帝国の御意見には賛同しかねます」
ニコニコとしながら、その場の誰もが裏切られたヴァレリーの言葉に、ローフィアスは目を細める。
それは獲物を確実に捕らえるイメージを得た、獣の如き純粋な鋭さそのものであった。
ここまで読んだ
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