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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十三章 骸の王

第十三章|第十話 玉座

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ハンネスが過ぎ去った後の魔界は、
七魔候が斃れ、
魔大陸の崩壊が迫り、
王都ハルファレウスにはクヌルギアの魔物が溢れた。

アルフォンスは七魔候復活のために、
惜しげもなく魔力を与え、
その権能を行使させるために呪術契約を結んだ。

七魔候の強大な力を得た彼は、
更に王都に溢れたクヌルギアの魔物たちを一掃し、
魔王城へと歩みをすすめた。

 荘厳なシャンデリアが連なる先に、それは座していた。
 三段の高い台座の上に、ワインレッドのベロアの天蓋てんがいが下がり、王笏おうしゃくをモチーフにしたオブジェと、巨大な鏡に挟んで置かれた玉座。複雑に組み合わせて磨き抜いた天然石の道が、その玉座まで長く伸びている。
 シャンデリアが灯されれば、さぞかしきらびやかな風景であろうが、今はそれらの明かりは落とされて、玉座の辺りだけぼんやりと薄暗い室内に浮かび上がっていた。

  艶やかな長い黒髪に、紫水晶の雄々しい角、紛れも無く魔王の姿。

 白い仮面で目元は隠されていても、それが父オリアルの姿を模倣したものだと直ぐに分かる。記憶映像では父さん自身の視点だったから、本当の父親の姿を見るのはこれが初めての事。 ……だが、その中身は丸々、勇者ハンネスの複製品だとは皮肉なものだ。

─── 魔導人形オートマタ

 マドーラとフローラ達の魔導技術と同じなのだろう。初めてマドーラと会った時は、一万年前の魔王イシュタルの能力コピーをした彼女と闘いになった。あれと同じ技術で、再現しただけで無く、更に進化でもしていたら厄介だ。

 魔導人形オートマタ自体の戦闘能力は高い、そこに上乗せして、その主人や、闘った相手の能力を複製する力は侮れない。

「アルくん、玉座の脇の鏡のひとつが、クヌルギアの入口でしょうか? さっきから異様に濃い魔力があそこから……」
「そうだろうな。エイケンは何度もフォーネウスに付き従って、クヌルギアに出入りしていたらしいから、どうやれば閉じられるのか聞いておいてくれないか?」

 ソフィアは気配をサッと消し、偽魔王の意識から外れると、足早にその場を去ってゆく。
 残された俺のやるべき事は、ただひとつ。


「交替の時間だ。三百年間ご苦労。
─── その座から降りてもらおうか」


 仮面の下の青白い顔に、笑みを浮かべたその刹那、彼は眼前に迫っていた。オルネアの聖騎士の加護【神疾】からの縮地、そしてほぼ同時に繰り出される二連撃。父さんのコピーだけじゃない、ハンネスの要素までコピーされている!

 シュラァァ……ン

 超近接の間合い、その速度に対応する為、リーチの短い明烏あけがらす宵鴉よいがらすで黒刀を受け流す。三撃目のモーションに入る偽魔王よりも先に、今度は夜切に持ち替えて、横一文字に切り払って先制を掛けた。

 スゥ……ッ!

 だがまるで反動を使わず、偽魔王の体は後方に飛び上がり、夜切の間合いから逃れていた。

「 ─── 【火炎弾フラム・ブレッド】」

 その身が着地するより速く、炎の魔術で追い打ちを掛けるも、難無く黒刀で切り払われた。なる程、ハンネスの能力は完全にコピーされているようだ。更に魔導人形オートマタの基礎能力は、本来のハンネスよりも上だろう。単純な評価で言えば、義父さんが闘った時の、ハンネス以上の実力を秘めている。

 ざわ……

 俺の中のアルファードの想いが、黒い憎悪を膨らませる。勝手に魔力が肉体強化に回され、限界まで引き上げられた動体視力は時間を緩やかに、偽魔王の姿から分析できる様々な情報をとらえた。

「ちと加減が難しい。離れていてくれ」

 スタルジャは俺の想いを汲んでくれたのか、素直に大きく後ろへ下がってくれた。その背後には戻って来たソフィアの姿も見える。魔王城の一室で始まる、ハンネスのものと酷似した、触れれば斬り裂かれるような殺気の氾濫。あの頃・・・の俺は見ている事しか出来なかったが、今は違う。

─── これは過去、この城で起こった惨劇の再現・・

 アルファードとは統合を果たしたとは言え、まだ彼の抱えて来た黒い感情は消化し切れていない。ここで振るわれた凶刃が生み出した、三百年の歪みも、ここで少しは削り取れるのかも知れない。これはチャンスだ。

「模造品のお前に恨みは無い。むしろ俺の不在に、魔界への魔力供給を請け負ってくれた事への感謝すらある。だが、その能力の持主には、大きな借りがあってな……それはここには要らないものだ」
『……アルファード。この玉座を許されるのは、主人様だけ……。お前が生きている必要は無い』

 自分の父親と同じ声で言われるのは、流石にイラッと来るが、だが父さんの声はこんなに貧相じゃない。そう思えた事が、少し余裕を取り戻せた。再び【神疾】で間合いを詰めようとした偽魔王が、ビタリと動きを止め、いぶかしげに自分の両手を確かめる。

「ほう、魔導人形オートマタにも【領域】は通用するのか。これは良い予行演習になるな」

 そうつぶやいた時、夜切から強く乞うような感情が流れ込む。

「ああ……分かってるよ。ここらでこの城の闇は切り払わなきゃな。
【夜を斬り裂け、この国に朝を迎えよ、夜切】 ───ッ! 」

 夜切と言霊で繋がり、高められたエネルギーが切先まで循環する。彼女も相当に力が入っているのか、今までで最大級の生命力の吸い上げが起こった。結露を呼んで青白く輝く夜切の周囲に、膨大なエネルギーが空気とぶつかる青白い電光が走る。

『…………!』

 偽魔王の顔色がにわかに色あせて見えた。心無き魔導人形オートマタに、明らかな動揺が見える。流石にこの夜切の殺気は、彼にも脅威か。

 可哀想だが仕方が無い、ここは俺の城、そこは俺の玉座。そうならなければ、この魔界は、俺の家族の求めた幸せは、前に進まないのだから。


 ※ 


 勝敗は、アルフォンスが夜切に言霊を紡いだ瞬間から決していた。そう言っても過言では無い。完全にアルフォンスの【領域】に捕らえられた偽魔王は、攻めのタイミングも間合いも崩され、自ら進んで斬られるようにして翻弄されていた。

 魔導人形オートマタの強固なボディに、オルネアの聖騎士の加護【超再生】を宿していても、その損傷に回復が追い付く様子も無い。

「お、おお……!」
「あら、ヒツジさん。そんな所で見ていたら、アルくんに怒られちゃいますよ♪」
「ソフィア様……執事・・で御座います。執事長・・・のエイケンに御座います。我ら三百年の念願が叶うとあらば、物陰に隠れて縮こまってなどおられませぬ!!」

 黒刀は無残に刃こぼれを起こし、損傷の激しい体からは、硬い物が擦れるようなギィギィと苦し気な音を立て、魔導人形オートマタは見る間に精彩を欠いてゆく。一方のアルフォンスは、まるで使用人達や、己に棲まうアルファードに見せつけるように、少しずつ、しかし確実に攻めている。

 ただ彼らの遺恨を叶えるためにそうしているのでは無い。

 力は及ばずとも、ハンネスの行動パターンを網羅している魔導人形オートマタ相手に、新たに獲得した加護をひとつひとつ吟味していたのだ。

─── これは勝負などでは無い

 そもそも、いくら優秀な複製品であるとはいえ、リディ無しのハンネスに、アルフォンスは一時その力と技で凌駕しようとしたのだ。偽魔王にはリディは付いていない。加護は見た目をコピー出来ていても、その威力には埋められぬ差がある。人々の希望が吸い上げられて、際限なく強化される事も無い。実力差は最初から、大きく開いていたのである。

『グ……ッ! アルフォンス。これ程とは……。尚更生かしてはおけない。ここで潰す……』
「そういう所は、魔導生命体なんだな。発想の幅が狭いというか、愚直に過ぎる」

 偽魔王は既に、正攻法でアルフォンスを仕留める事を諦めている。しかし、自分に与えられた任務である以上は、彼はその身がどうなろうと闘う。だが、そこに闘う者としての意思や魂・・・・は存在していない。
ただ愚直に足掻く魔導人形オートマタへの情けよりも、アルフォンスの使命感は遥かに強かったのだ。

「あの動き……まるで剣聖イングヴェイ様を彷彿とさせる……。いや、それ以上では?」
「う〜ん、アル本人が慎重だから、なかなかそれを認めないんだよね〜。やっぱりエイケンさんから見てもそうなんだぁ♪」

 スタルジャとエイケンの呑気な会話は、偽魔王の耳にも届いている。彼はその内容にでは無く、そこから引きずり出されたハンネスの記憶に縋り付いた。
 魔王フォーネウスを守ろうとした、王太子妃エルヴィラを斬った時、その場に大きな隙が生まれた。
 そのわずかなの記憶へと ─── 。

「エイケン! 退がれッ‼︎」

 アルフォンスの剣幕に、エイケンは剣を構えて後退の姿勢に入る。しかし、既に魔導人形オートマタは【神疾】でエイケンの間合いに飛びついていた。

 ザシュッ! ザザザンッ‼︎

 広間に響く鈍い音。エイケンは目を見開き、剣を手から滑り落とした。

「……なッ、こ、これは……しょ……触手……?」

 エイケンのかすれた声が広間に響く。アルフォンスですら小首を傾げる中、偽魔王の体は無数の赤黒い触手に貫かれ、宙に持ち上げられている。彼は偽魔王に追い付くのを諦め、同じく【神疾】で追いながら、魔槍で薙ぎ払うつもりであった。

 だが、その意思がどう伝わったのか、彼に備わったティフォの加護が発動したのである。

 その事実に心を奪われるのは、戦いの最中に命取りとも言えるものだが、アルフォンス以上に魔導人形オートマタの方が遥かに同様が大きい。こみ上げるティフォへの想いを飲み込んで、アルフォンスは魔導人形オートマタにらみつけた。

「本当に……複製品だなお前。切羽詰まった時の行動も、まるでアイツと同じじゃないか」

 母エルヴィラが斬られる瞬間、そしてティフォ、エリン、ベヒーモスを失った瞬間が脳裏に甦る。高鳴る鼓動に、思わず胸に手を当てたその時、アルフォンスの理性を遥かに超える何かが噴き上げた。

─── 胸の奥から湧いた、黒い感情が全てを支配する

 傷口からボタボタと、赤茶色のオイルを流す偽魔王の体が、不意に床へと叩き落とされた。バウンドした体には、早くも【超再生】の薄緑色の光が立ち込める。その時、ソフィアとスタルジャは、偽魔王では無く、アルフォンスへと弾かれたように振り向いた。

 突き出した掌を、握り潰すように閉じる。ただその仕草だけで、魔導人形オートマタの体がメキメキと嫌な音を立てながら、圧縮されてゆく。

「し、神気……? これはまるで……」

 ソフィアには、アルフォンスの姿に、少女の姿が重なっているようにすら見えた。

「あ、あれって【掌握】だよね……? でも、なんだかティフォの神威みたいな……」
「…………」

 ふたりが息を飲む中、魔導人形オートマタの体はコイン程の大きさにまで握り締められ、乾いた音を立てて床に落ちた。黒い魔力が渦巻くアルフォンスの姿に、ソフィアですら戦慄を覚え、背筋に冷たい物が走るのを感じざるを得なかった。

 スタルジャに促され、ようやくソフィアも我に返ると、エイケンと共にクヌルギアの入口となる鏡に術式を掛け、その扉を閉じる。大きく溜息をついたエイケンは、アルフォンスに振り返り、その場にひざまいた。

「……も、申し訳御座いませぬ! 殿下のお申し付けを破り、このエイケンが居たばかりに、ご迷惑を!!」

 沈黙を突き破り、跪いたエイケンの元へ、アルフォンスの鉄履の音が近づく。その音にビクリと身を縮こめた彼の前で、その足は歩みを止めると、アルフォンスもまた膝をついて同じ目線の高さになる。思わず顔を上げたエイケンの前で、アルフォンスは兜を取ると、待ち侘びたかのように紫水晶の長大な角が姿を現した。

「お……おお……」
「気にするなエイケン。悲しい過去は俺が終わらせた。これから忙しくなる。どうか俺に力を貸して欲しい」

 最早、エイケンにはそれを抑える事など出来なかった。子供のように泣き出す彼を、アルフォンスは肩を抱いて寄せ、ようやく再会の感動を味わう事となった。

 こうして、アルフォンスは三百年の時を経て、魔王城を取り返す事に成功したのである ─── 。

 ※ 

「年甲斐も無く、お恥ずかしい限りで……」

 力無く玉座の間の床に座り込んだエイケンは、家政婦長ミルザの淹れた紅茶を片手に、消え入りそうな声で呟いた。あれから待機していた使用人達と、街の雄志の手練れの者達は、玉座の間に駆けつけ、そこで男泣きに泣くエイケンの姿を見つけた。

「しょうがねえって、執事さまよぅ。オレだってホントだったら泣きてえもんよ、ギリギリ耐えたけどよ!」
「嘘つけ、お前泣いてたろ? 目ぇ真っ赤だしよ!」
「バレたかw」

 広間に同じく座り込んだ人々が一斉に笑う。本来であれば、王の謁見の場となるこの玉座の間で、このように車座となるのは有り得ぬ事だろう。泣きじゃくるエイケンの近くに集まった彼らに、アルフォンスはその場に休ませ、駆けつけた家政婦衆はすぐさま飲物と軽食を振る舞った。

 エイケンはその輪に居る事を最初は断ろうとしたが、今は皆と同じ様にリラックスしている。身分関係なく地べたに座った彼らには、何とも言えない連帯感が生まれている。そんな風景に思わず頰を緩めていると、家政婦長ミルザが、そっと耳打ちをして来た。

「 ─── アルフォンス殿下、この後すぐにイロリナ殿下の元に参られますか?」
「いや、その前に少しだけ時間をくれないか。やらなきゃいけない事もあるし、ロジオンを待ちたい」
「やらなきゃいけない事……ですか?」

 ※ 

─── パンオデニウム宮殿、正面広場

 既に街からはクヌルギアの魔物達は一掃され、突如として大きく向上した魔力分配と、マナの異変が解消、それらの明らかな変化がもたらされていた。人々はその変化に、特に誰かの先導があったわけでもなく、魔王城へと集まっている。

 一部、魔王城入口前での戦いを目にした者達の言葉を聞き、その興奮と熱気は益々魔王城へと向けられつつあった。

「おい、見ろよ。夏になるってのに、タグリアの花が咲いてるぞ!」
「なんだ……? 風に乗ってるマナがやけに濃いし、地面が暖かい……」

 七魔侯爵たちの熱狂が招いた魔界の歓喜は、人々の目にも明らかである。それらはまるで、この魔大陸アディリアオスが、魔王城に帰還した存在を祝福しているかのようであった。と、その時、人々の歓声が上がり、誰もが魔王城二階にせり出した中央テラスに釘付けとなる。


『『『─── うおおおおおぉぉぉぉッ‼︎』』』


 大地を揺るがさんばかりの歓声の中、テラスで高らかに腕を突き上げる者の姿があった。

 青白い霊気を、マントの如くたなびかせる漆黒の全身鎧。禍々しい髑髏どくろ兜の男が、その兜に手を掛けて、人々の前に素顔を晒す。黒く艶やかな髪に、煌々と輝く紅い瞳。そして力の象徴たる紫水晶の長大な角が立ち上がる。
 人々は絶叫にも似た歓喜の中で、口々にその名を叫んだ。

「アルファード殿下ッ、万歳ーッ‼︎」
「うおおおッ! 王子様だッ、王子様が御姿を!」
「アルファード様ァッ‼︎」

 アルフォンスはそれらの声を一身に浴び、しばし人々を見回した後、スッと手を前に差し出した。一瞬にして広場は静まり、誰もがアルフォンスに全力で集中している。


「 ─── 我こそは第二百三十代目クヌルギア王、オリアルの長子。アルファード・ディリアス・クヌルギアであるッ‼︎」


「「「うおおおおおぉぉぉぉッ‼︎」」」

 アルフォンスはここで初めて、己の本名を声高に叫んだ。アルフォンスは人界での名、魔界ではアルファードでいようと既に決めていたのである。彼の声はそのままでも充分行き渡る声量があったが、風の精霊達が魔力を使い、あらゆる場所で聞こえるように拡声、中継を結ぶ。

「我はこのパンオデニウム宮殿に帰って来た! クヌルギアから溢れた魔物は全て倒され、この土地の安寧を、民達と共に取り戻したッ‼︎」
「「「うおおおおおぉぉぉぉッ‼︎」」」

 その声と共に、テラスには玉座の間で共に休んでいた民や使用人達が顔を出す。アルフォンスの両脇に立ったソフィアとスタルジャは、魔物達の討伐の際に多くの人々に目撃されていたせいか、一際強く注目を集めていた。

「我はこれより、魔王になる為の試練を受ける決意をした! 全ては魔界の為に、この地に生きる全ての魔界の民の為に、魔王への道を登ると決めたッ‼︎」

 余りの興奮に、気絶する者すら現れる。若き者はその覇気と魔力に熱狂し、老いた者はかつての偉大な魔王フォーネウスを重ねて涙した。誰もがそのアルフォンスの言葉に、種族の本能を呼び覚まされたかのような高揚感に突き上げられている。

 その時、テラスの前の空に七つの光が現れた。その絶大なる魔力の存在にも、人々はそれが何者か、瞬時に理解して更に興奮に包まれる。

 七魔侯爵である。

 魔王城に彼らが顔を出す事は、まず有り得ない。七魔侯爵は『魔王とは相入れぬもの』なのだ。まして、魔王候補者の決意表明に、七柱が揃って現れるなど前代未聞の事。

「近く、また我はここに立とう。その時、この魔界に何が起きたか、三百年前に我が城で何が起きたかを話そう」

 そう言って身を翻したアルフォンスを、この時の終わりを名残惜しむ人々の、悲痛な声が追い掛ける。だがその声も直ぐに、再び歓声へと戻り、魔王城はいつまでも歓喜の声に包まれていた。


 ※ 


「わあ、アルすっごい人気じゃん♪」
「父さん達の土台があるからな。でも、ちょっと泣けて来るなぁ。帰って来たんだ本当に」
「ふぐぅ……私まで泣けて来ちゃいましたよ」

 ソフィアが目尻に涙を浮かべている。

「なんだか、私だけのアルくんじゃなくなってしまったようで ─── 」
「ああ、そっち?」

 そう言いつつ、ソフィアは微笑んで俺の腕にもたれ掛かる。神様ジョークだろうか、今までが今までだっただけに、どこまで本気か分からない。

「でも良かったねアル! みんなすっごく喜んでたよ‼︎ 精霊達もはしゃいじゃってて綺麗だったなぁ〜♪」
「精霊の光が凄すぎて、ちょっと民衆が見えませんでしたね~」
「ああ、おかげで助かったよ。みんなの顔がバッチリ見えてたら、うまく喋れなかったかもしんない。しかし、七魔侯爵まで来るとは思わなかった」

 俺達が室内に戻る時、彼らは直ぐに帰って行った。彼らも権能復帰の処理で、かなり忙しいのだろう。ロフォカロムはしれっとここに残ろうとしたけど、他のに小突かれて連れ去られてしまった。

「立派で……。実に御立派で御座いました……むぐぅっ‼︎」
「あ、エイケンやめてくれ、今泣かれたら俺もつられる!」

 鼻がつーんとなり掛けた時、廊下の向こうで仄かな火柱が上がった。

「街から溢れた魔物は全部焼き切った。演説、見てたぞ。見事なものだった。魔王さんにも、どことなく似てたぜ」
「なんだ、見てたのならテラスに上がれば良かったのに。クヌルギアス家の一員なんだからさロジオンは」
「い、いや、ただの食客だよオレは」

 ロジオンの姿に、エイケンはまた泣き出してしまった。

「お久しゅう御座いますロジオン様……!」
「よっ、エイケン。息災でなによりだ。三百年振りだな。オレがここを出て以来、直接声を聞くのは」

 ロジオンは聖魔大戦が始まる前に、人外へと旅立っている。その後、調査と称して何度か魔界に訪れた事はあっても、王都ハルファレウスに近づく事は許されなかった。それでも最初の頃は、エイケンと文のやり取りが出来ていたらしい。
 ただ、それもやがて途絶え、魔王城の情報は完全に遮断されてしまったのだ。

「王都が落ち着いた辺りから、情報漏洩の警戒が厳しくなってしまいまして……。ロジオン様には何としても繋がりを保とうと、方々手を尽くしたのですが……」
「いや、仕方が無い。そのお陰でオレも人界に渡った魔界所縁の者達を守る事が出来た。 色々と知っていたら、短気のひとつも起こして、台無しにしていたかも知れん。全ては今日この日の為の運命だろう」

 確かにそうかも知れない。ロジオンにとって俺の家族がどんな存在かは、アルカメリアで全てを話した時の彼の反応で分かっている。チャンスさえあったら、ひとりこの城に乗り込んだりしてたかも知れない。

「ロジオン様、ご休憩なさいますか?」

 家政婦長ミルザが、会話の合間にササっとお伺いを立てる。その呼吸の巧みさは、流石この城に長年仕えて来たものだと感心してしまう。

「いや、休憩はいい。それよりもすぐに案内してくれ」

 ロジオンはそう答えながら、俺の目を真っ直ぐに見て微笑んだ。俺もそれに深くうなずいて応える。

「畏まりました。では居殿『千星宮』にご案内いたします ─── 」

 そうして、俺は姉さんと再会する事となった。


 ※ ※ ※


─── 居殿『千星宮』

 魔王城の最奥に、王族のプライベートと警護の為に造られた離宮。厳重なセキュリティが幾重にも重ねられたその居殿は、きらびやかさは抑えられ、穏やかな空間となっていた。ただ、人の住まなくなって久しい建物とは、得てして独特な寂しさを漂わせるものだ。

「勇者ハンネスは、こちらへは殆ど来る事はありませんでした。リディが復活してからは何度か訪れましたが、それもすぐに無くなり……。ここに入るのは、私たち家政婦の上部の数名と、宮廷医師だけです」
「宮廷医師? 具合でも悪いのか!」

 ロジオンがその言葉に噛み付くと、家政婦長ミルザは小さく首を振った。

「分かりません。数十年が経過した辺りから、呪術が馴染んでしまったのでしょう。反応が微かに感じられる程度となり、満月とマナの流れの条件が一致した時にしか、意志の疎通が図れなくなってしまいました。宮廷医師はその時に健康状態を診断する目的でしたが、近年はそれも中々難しく……」

 魔術や呪術は、月の満ち欠けに大きく左右されるものである。そして呪術は、掛けられたばかりよりも、馴染んだ頃合いが最も強くなる傾向にある。イングヴェイの張った結界は、魔術と呪術の混合によるものだった。ミルザの証言は理に適っていた。

「リディが復活してから、何度か来たと言っていたが、一体何をしていたんだ?」
「申し訳ございません殿下。私共はこちらへ通すまでで、いつもハンネスは人払いを。直後には直ぐに宮廷医師を呼び、結界内の状態を確認させておりましたが、別段何かをされた様子も無かったとうかがっております」
「それもそうか。ありがとう、長い事、姉さんの事を見守っててくれて」
「いいえ。イロリナ殿下はお優しいお方でございます。私共使用人達からも深く愛されるお方。むしろこの程度の事しか出来ぬ事を、歯痒く思っておりました……」

 ミルザは扉に幾重にも重ねられた、魔鋼の鍵をパズルのようにずらしながら、その施錠を外してゆく。重苦しい金属の音が続き、最後にカチリと小気味良くラッチボルトが跳ね、重厚な扉が開いた。

「では、中は薄暗くなって御座います。明かりが灯るまで、足下にお気をつけて下さいませ」

 ミルザは指を鳴らし、屋敷内の魔石灯を反応させる。段々と光度を増してゆく中、吹き抜けとなった玄関ホールに佇んでいると、建物内の匂いが鼻をくすぐった。嗅覚とは不思議なもので、時折視覚よりも強く記憶を呼び覚ます事がある。

「あ、ここだ。俺、ここで良く遊んでた……」

 アルファードから受け継いだ記憶と、この風景が断片的に繋がって、突如その記憶が思い出へと昇華する。自分の記憶にある風景と『これは俺の事なんだ』という自我との結びつきに、胸が温かくなる。

「アルファード殿下は、よく鍵の掛けられた倉庫から、思わぬ物を引っ張り出しては、エルヴィラ陛下やオリアル陛下を驚かせておられましたわ」
「……あッ! これが『昔の話はやめてよ母さん』のあれか! 昔の事憶えててもらっててイイじゃんとか思ってたけど、確かにこれは痛こそばゆい感じするな⁉︎」

 これまでの旅の中で何度か目にした、家族から幼い頃の話をされて嫌がる者の気持ちを、初めてアルフォンスは理解した。それを見てくすくす笑うソフィアとスタルジャ、そしてヒルデの三人の後ろで、緊張の面持ちのロジオンの姿があった。

「大丈夫かロジオン?」
「だだだだだいじょっぶだ、ししししんぱいないないろりな……っ」
「重症じゃねーか」

 ロジオンにすれば、三百年振りの想い人との再会である。それも連絡を一方的に絶たれ、その絶望から必死に魔王フォーネウスとの約束の為だけに、ギルドの仕事に打ち込んで来たのだ。
 呪いによる幼い容姿から、浮いた話もそうそう起きるものでは無かったが、そういうハードルを超えて言い寄る者こそ本気である。

 だが、ロジオンはそれらを相手にする事は無かった。

 彼が魔界に渡ったのは、二十七の時。それまでは人並みに浮名を流した事もあったし、冒険者らしく各地に女を置いてもいた。しかし、三百年もの間、イロリナの他には一切目もくれずにやって来たせいか、それらの経験値は全て手放してしまったようだ。

「イロリナ殿下、そしてランヴァルド様とテレーズ様のお休みになられて居りますのは、この扉の向こうで御座います」

 これまで通って来た部屋の扉と何ら変わりの無い、その扉には藤の花に似たレリーフが施されている。『ハルトウィステリア』はマメ科、つる性の常緑低木である。春から初夏にかけて咲く花は、藤の花に似た紫色の花茎を連ねた姿で、甘やかな芳香が特徴。

 その花言葉が『奇跡の再会』である事は、余りにも出来過ぎであろうか。
 かつて剣聖イングヴェイが、ランヴァルドとテレーズの二人と面会していた部屋がここであった。

「部屋の明かりは外の時間と合わせておりますので、今は明るくなって御座います。私どもはここで、何かご用が御座いましたらお呼び下さい」

 家政婦長ミルザが下がると、使用人達も揃って下がってゆく。今ここにいるのはロジオン、ソフィア、スタルジャ、ヒルデ。ジッと扉の方を見据えたまま、動かないロジオンに代わって、真鍮しんちゅう製のドアノブを掴む。

─── 開かれた扉の向こうには、一部分だけ焦点のズレたレンズで見ているような、ボヤけた空間があった

 剣聖イングヴェイの施した結界は、彼が死しても尚、確かにそこに在り続けていた。

作者のつぶやき

魔王城への帰還。
ようやくアルフォンスがアルファードたる場所へ戻ってきました。
後は姉のイロリナから残りの鍵を受け取り、クヌルギアの奥に棲む破壊神を倒す。

聖剣の在り処を掴んだとされるハンネス。
聖剣の力が発揮されるのは、人類が半分に削られた時なので、少し時間の猶予があるわけです。

魔界は再び七魔候の力の恩恵を受け、安定を取り戻しましたが、アルフォンスの宣言はさらなる力を与えたことでしょう。
魔界の危機は脱しました。

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