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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十三章 骸の王

第十三章|第十一話 恋と時間と

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魔界の危機は脱した。

そしてアルフォンスは魔王城パンオデニウム宮殿へと向かい、
その玉座の間で父オリアルを模した魔導人形を撃破。

三百年ぶりに魔王城をクヌルギアス家へと取り戻した。

 惚れていたのかと言われれば、ただ必死で守りたくて、ただただオレにとって大きな存在だったから分からない。

─── 『……まあ、そのアレだ。ロジオンは姉さんの事をどう思ってるんだ?』

 以前、酒の席でアルフォンスにそう問われた瞬間から、ただの恩人から愛しい存在へと、もうとっくの昔になっていたのだと自覚してしまった。思えば魔界から人界に戻ってからの三百年、思い出すのは彼女の表情ばかりだった気もする。

 思い出に変えてしまったとばかり思っていた想いは、ただ波打たないようにしていただけなのだと、気がついてしまった 。

 ※ 

「行くぞロジオン、もう俺の魂と結界が反応を始めてる。結界の崩壊の時に、反動が来るかもしれないから、各自備えていてくれ」

 そう言ってアルフォンスは部屋に踏み込んだ。室内は清掃が行き届き、極めて綺麗に整えられてはいるが、どこか廃屋のような、建材や塗装の古くなった匂いが漂っている。その老成し切った匂いが、結界の揺らぎに掻き回され、室内に渦巻く。

「これは……。結界を解いた瞬間に……彼らは倒れるだろう……。少しでも傷は与えたくない。みんな頼む」

 部屋の一角だけ球体状に像がボヤケている。それがザワザワと揺れ出すと、ぼんやりとした光に覆われた、三人のシルエットが浮かび上がった。『シャリン』と薄い硝子が割れるような音と共に、白い風となった術式が勢い良く広がる。
 その中心にあったシルエットが、ハッキリと人の姿へと変化した瞬間、糸が切れたようにその場に倒れた。それを全員で抱きかかえると、ゆっくりと床に横たわらせる。

「これは……どういう事だアルフォンス……?」
「三百年、おそらく義父さんでもこれ程に時間が掛かるとは、想定していなかったんだろう……。時間停止だけでも生きている者には負担が掛かる。その上に強力な魔力にさらされ続けたせいで、魂がかなり衰弱しているみたいだ」

 アルフォンスは説明をしながら、回復魔術で三人の体力を回復させる。彼らの体は、時折ノイズが走るようにブレて、その度に体の一部が透けていた。

 アルフォンスは全てを口にはしていない。

 呪力は想いが強い程に高まるが、人の想いと同じく、時と共に薄れるもの。そして魔術は魔力の供給が保てなければ消えてしまう。その両面を補い、強固な結界を実現するために、イングヴェイは魔術で呪力を高め、呪力で魔力を吸い寄せる形を構築していた。

 強い魔力は、人の肉体に影響を与えるもの。
 強い呪力は、人の魂に影響を与えるもの。

 これ程に長い時間、彼らを結界内に捕らえ続ける事になるなど、当時のイングヴェイにも想定できるはずがなかった。彼らの肉体と魂の耐久力は、とうの昔に消耗し切っていたのだ。

「体力は回復させた。ただ魂の疲労が激しい。少し時間が必要かも知れないな。ソフィはどう思う?」
「概ねその通りですね。魂の扱いに関してはあまり強引に進めたくはないのですが、出来る限りやってみましょう」

 そう言って、ソフィアは三人に手をかざして、神気を込めた白い光で彼らを覆う。そうして疲労した魂にエネルギーを与えつつ、アルフォンスに念話で語り掛けた。


…………アルくん、これは…………

…………ああ、魂が……もう……。何とかならないか?…………

…………出来る限りはやってみます。ローゼンちゃんにも聞いてみましょう…………


 想像以上に三人の魂は傷んでいた。アルフォンスがどうしたものかと思案していると、スタルジャがピクリと反応を示す。

「あっ! お姉さんが起きそうだよ‼︎」

 ロジオンの腕の中で、目を閉じていたイロリナがにわかに身を動かす。

「イロリナ……っ!」
「…………はれ? あ~、ロジオ……ン……だぁ……」

 力無く、しかし嬉しそうに目を細めて、イロリナが笑みを浮かべる。ロジオンはその手を取り、握り締めた。

「よく……よく頑張ったなイロリナ! すまない……オレは……オレは……っ」

 言葉に詰まるロジオンに、イロリナはくすっと笑い、声を絞り出そうと震える顎を上げる。

「ロジオンも……がんばった……ね。大っきくなった……ね。人界のみんな……を……
ありがと……う……ね」
「…………ッ! イ……イロリナ……。イロリナのお陰だ、それはイロリナがオレにチャンスをくれたからだ!」
「えへへ……。なまえでよばれるの……
うれしいなぁ……ずっと……わたし…………」

 イロリナのまぶたが閉じ、意識が途切れた。

「お、おいっ! イロリナ……⁉︎」
「大丈夫。眠っただけだよ。良かったねロジオン、イロリナさんすごく嬉しそう……だね。ぐすっ」

 スタルジャの声に、ロジオンの肩からガクリと力が落ちた。ランヴァルドとテレーズは、まだ意識が戻る様子は無い。アルフォンスが呼ぶまでも無く、室内に雪崩れ込んで来た家政婦軍団は、三人をそれぞれ部屋に寝かせるべく動き出す。

「少し時間が必要だな……。どちらにしろ、まずはロジオンと姉さん、ふたりにゆっくり話をさせてやりたい」

 運ばれて行くイロリナにロジオンが付き添い、彼らが部屋を出て行った所で、アルフォンスはポツリとつぶやいた。俺も付き添うべきか悩んだけど、あれだけ衰弱してる姉さんに、大きくなった俺が突然顔を合わせたら戸惑うかもしれない。

 今は、余計な刺激はしない方がいいだろう。ヒルデは俺の提案に対して、難しそうな顔をして小声で返す。

「……時間停止の負担に、魂が薄れてしまわれた……のですわね。むしろ今は、突然動き始めた刻がさらに負担にならないよう、時間停滞を掛けて差し上げた方が良いかも知れませんわ……」
「ヒルデ、何か知っているのか?」
「大昔に不治の病を憂いた王族がありましたの。それを治療出来る日が来るまで、時間停止した世界で数百年も眠り続けましたわ」
「どうなったんだそれは……?」

 ヒルデはフッと苦笑して、両手を広げた。

「彼らは目覚めた時、痛み切った魂のはずなのに、なんら処置を受けようとはしませんでしたの。そもそもの発端となった病の治療まで、受けようとはしませんでしたわ」
「それは……どうして……?」
「さあ……? ただ『もう』とだけ」

 その言葉の意味は、その時のアルフォンスには、全く分からなかった。

 ※ ※ ※

─── 二日後『千星宮』

 部屋に訪れると、メイドさんが立ち上がり『少し前にお目覚めになられました、お話しする事も問題はないようです』と耳打ちして部屋を後にした。寝台の上にはブラウンがかった金髪の、長身のエルフが退屈そうに頭の後ろに手を組んで、寝転んでいるのが見える。

 ランヴァルド・ゴールマイン。

 勇者伝では、岩山の如き豪傑として描かれていた、旧アルザス最強の戦士。父さんの記憶映像でも違和感があったが、本人は細面の美形、エルフそのものといった感じだ。

 彼は義父さんの血を受けた、人とのハイエルフハーフ。実感は湧かないが……俺の兄のような存在だ。

「よう兄ちゃん、あんたは……使用人ってわけじゃ無さそうだな。何か用かい?」
「俺は…ランヴァルド、俺はあんたの─── 」

 そこまで言った瞬間、ランヴァルドは飛び起きて、寝台のギリギリに四つん這いになって顔を近づけて来た。

「うをっ⁉︎ マジだ、マジで成人してやがる! あっ、じゃねえ……! で、でで、殿下! 本日はおひがら? それが良くでいいのか!?」
「……それでいいから、落ち着いてくれよ、
「あ、アニと……呼んでくれんのか⁉︎」

 ランヴァルドの興奮が治るまでしばらく掛かった。その間、俺と同じくらいの背丈の彼に、ぎゅうぎゅう抱き締められたり、意味なく肩を組んで高笑いさせられたり大変だった。

「いっやぁ〜♪ あのクソ親父が、魔界からお前を連れて出て行くって時によ『殿下は成人するまでアルフォンスとして養子とするのである』とか寝言ほざいてたからよぉ! どんなスケベ野郎に染められちまうのかって、心配してたんだぜ?」
「……うん、そこらの義父さんの人格は、未だに馴染めないんだよ。物静かで生真面目な人だったから」
「はぁッ⁉︎ あれが物静か⁉︎ 異性と見りゃあ、手当たり次第に口説きまくるのにか⁉︎』
「いや、俺と旅に出る時に、そこらをキッパリやめたらしいんだよ。俺が知ってる義父さんはそうだった。後から色々聞いて困惑したさ」

 ランヴァルドは『アレがか!』と馬鹿笑いをして反り返る。そうしてしばらく笑った後、ポツリと呟いた。

「 ─── 『物静かで生真面目な人』って、言い方って事ぁよ……。その、もしかして親父は……?」
「イングヴェイ・ゴールマインは亡くなったよ。俺が七つの時だった」
「そっか……あのクソ親父……」

 ポタポタと涙が落ちて、彼はその膝を濡らした。しばらく泣いた後、義父さんの最期を伝えると、彼は少し安心したのか、ただ『ありがとう』と呟いた。ランヴァルドは、義父さんが孤独の内に果てるのでは無いかと、心配していたらしい。

「俺は……人間族とのハーフなんだ。寿命はどうやら普通のエルフより少ないらしいからよ。親父より先に死ぬもんだと思ってたんだ」

 エルフの寿命は平均で三百〜四百年。彼が結界内で刻を止められたのは、生まれてから百十年程の事だったという。その計算で行けば、彼は義父さんの死よりも先に逝ってしまっていたのかも知れない。種族の違いが生む時間の差を、今更ながら感じさせられた。

「親より先に死ぬのは親不孝って言うだろ? ずっと気にはなってたんだけどよ……。こんな形で少しでも孝行できたのかって、情けねえけど嬉しくもあんだよ」

 それからランヴァルドは、自分の生い立ちを、ポツリポツリと話し出した。ハーフエルフを産んでしまった母親が、里に居られず各地を転々としていた事。その母も苦労がたたってか、若くして亡くなってしまい、まだ幼い身で必死に耳を隠して人間社会で生き抜こうとして来た事。

「親父と会ったのは、ギリギリ傭兵になれる齢が届いた頃だった。戦場で会ってさ、俺は上の奴らが誰だなんて知らなかったからよ、なんだってこのおっさんはエルフ耳隠さねえで、人間をこき使ってんだって思ってたさ」

 まだ聖魔大戦前の当時は、亜人排斥は無かったとはいえ、文明を積み上げて数を増やして行く人間族はやはり力を持っていたという。その歩調の違いから、やはり亜人と人間との間には軋轢あつれきがあったのだ。

「耳隠してたんだけどな、一発で『其方、エルフの血が入っているであるな?』ってな。同じエルフっても、相手はハイエルフだしよ、エルフ族にも入れなかった俺は、ビクっとしちまったぜ……」

 エルフは気難しく、血筋に対して高慢とも思える程、こだわりを見せるのだという。スタルジャを見ているせいか、そんな事を感じた事はほとんどないが、初めて会った頃のマラルメを思い出せば納得もする。

 ランヴァルドは人間の輪にも入れず、エルフの輪にも入れず、人にしては長い寿命の人生の中、必死にひとりで生きて来たという。

「そしたらよ、おっさん。俺の事、抱き締めやがったんだ ─── 」
「…………」
「俺の魔力の流れを見て、俺がどんな生き方して来たのか分かっちまったんだとさ。なぜだか『済まぬ』って謝られてな、変な奴って思ってたのに、気がついたら俺もわんわん泣いてやんのな……」

 それから戦地が移動していくにつれ、面子も変わっていく傭兵達の中、ランヴァルドは生き延びた。それは義父さんが彼を気にかけて、稽古をつけながら、影で支えてくれていたからだという。

「……もう気がついてるかも知んねえけどよ。俺は剣聖イングヴェイの実の息子なんかじゃねえんだ。戦争が終わった時、親父はさ、俺を放って置けねえって……。お父さんに……なってくれたんだ」
「…………」

 何処となくそんな気はしていた。義父さんのハイエルフの血が入っているのなら、人間とのハーフと言えども、もっと魔力は膨大であったはずだ。そして、ランヴァルドの口から、本当の義父さんの事が語られた。

「女と見ればすぐ口説く。それは本当さ。でも、心なんかありゃしねえし、不義理もしねえ。元々ハイエルフってのは神聖が高過ぎて、多種族と交わらねえと、肉体を保てない種族なんだとよ。ハーフハイエルフが生まれても、長生きしてる内に、また次の子の神聖が高まってハイエルフになっちまう」

 アマーリエのいたアスタリア高原の人々を思い出した。彼らが子孫を残していたら、その子らもハイエルフに先祖返りをしたのだろうか?

「親父はさ、若い頃に同種のハイエルフに惚れ込んで、周囲の反対を押し切って夫婦になったんだと」

 だが、その反対は正当なものだった。義父さんとその妻は、ハイエルフの中でも神聖が高く、本来なら別種族と交わらなければならないはずだった。それを押し切って産まれて来た二人の間の子は、触れる事すら出来ない、精霊そのものだったという。

 しかし、そうであっても人の子、親の手が届かなければどうしようもなかった……。

 そこにいるのに抱けない、そこで泣いているのに乳を与える事も出来ない。夫婦は薄ぼんやりと見える我が子が、ただ死んでゆくのを見る事しか許されなかった。気に病んだ妻は、産後の不安定もあってか、ある日、自ら命を絶った。

「親父が口説きまくってたのは、本能もあるだろうけどな、誰とも本気にならない為だったんだ。それでも、本気にしちまう女が多くて、だいぶ修羅場だったみたいでな」
「そうだったのか……」
「まあ、あれだ。初恋は実らない方がいい」
「…………」

 曖昧な運命のまま、曖昧な色付けをすれば、運命は思わぬ方に動き出す。ここでもまた、聞く事になるとは……。ただ、今ではそれがより大きな運命を背負う事になる、最初の関門なんじゃないかとも思えている。

「俺もさ、若い頃は親父のそれが気に入らなくてヘソ曲げたし、腹立ててもいたんだ。でもある時、珍しく酔っ払ってた親父から、それを聞いちまってな……」
「でも、確か魔王城で会った時、罵り合ってなかったか?」

 そう問えばランヴァルドは、バツが悪そうに頭を掻いて苦笑する。

「親父もさ、俺に話しちまった記憶があんのかねーのか、バツが悪そうでよ。だから俺はそれからも変わらず、親父の口説きグセに噛みつく事にしてたんだ。親父もさ、なぁんか楽しそうにしてたから、そのまま……な。ああ見えて不器用だからよ、俺と親父が肩並べて話せる事はそれくらいだったし、お互いそれしか無かったんだろ」

 記憶映像で見た、義父さんと彼の会話を思い出す。確かに二人とも、生き生きとしていたな。

「だからよ、俺は別に血は繋がってねえよ殿下。義兄でもなんでもねえ、気にせずやってくれよ」

 散々あんなにはしゃいだクセに。いや、彼なりに気を使ってそういう事にしようとしてくれているのか。

「いや、それは変わらないよ。同じ義父さんに育てられて、義父さんが好きなんだ。なら、兄弟だろ俺達」
「ば……ッ! な、泣かすなよ殿下!」
「アルでいいよ兄さん。泣き虫は、俺も同じだ」
「「 ─── ぷっ、はははは」」

 ふたりで泣き笑いしながら、今の人界の話をしていたら、扉をノックする者があった。メイドに通されて入って来たのは、昨日一足先に目を覚ましていたテレーズ。名門の令嬢でありながら【盗賊】の加護を受けてしまったために、人生を大きく変えた冒険者。

 その加護を正しく使い、彼女はその才を伸ばして、一代で現在も続く大商会『テレーズ商会』を築いた才女だ。赤毛のショートカットに、深いブラウンの瞳を不安気に揺らして、ランヴァルドを見つめている。

「良かったランヴァルド……目覚めたのね……」
「お、おう! やっとこさ俺らも解放だなテレーズ」
「……うん」

 あれ? この感じ、もしかしてふたりはそう言う……?
 そう思って、さりげなく席を外そうかなんて考えた時、ランヴァルドはガハハと笑いながらテレーズに大声で言った。

「三百年も経っちまったんだってよ! おめえも相当なババアになっちまったな‼︎」
「……うっさいバカ! あんたにババアとか言われたくないわよこのバカ! ほんとバカ!」
「バカバカ言うな! 俺だってなあ ─── 」

 義父さんとのコミュニケーションの話を聞いたせいか、このふたりの関係もなんだか分かりやすいと思えてしまった。ふたりして罵声を浴びせ合ってるけど、テレーズの目尻には涙が浮かんでいるし、ランヴァルドは耳まで真っ赤だ。

「お、そうだいけねえ、アル! これをお前に渡さなきゃな、ホレ!」

 そう言ってランヴァルドが寝台の横に置かれた自分のウェストバッグから、手の平大の何かを差し出す。

「ん? これは……兵隊の……人形か?」
「ああ、親父がお前を養子とするって聞いた時からよ、俺の鎧の一部を使って、魔力でじわじわ作ってたんだわ! プレゼントだプレゼント!」
「プレゼント……」

 渡されたのは、やや歪ながらもしっかりと造られた、鎧姿の兵隊の玩具だった。

「ほらバカ、殿下がお困りになられてるじゃない。だからやめときなさいって言ったのに」
「悪いなアル! 成人してからじゃねえと会えねえって聞いてたはずなんだけどな、舞い上がっちまったのかねぇ。ちと……だいぶガキっぽいかも知んねえけど、喜ぶかな〜って、がはははは」
「これを、時間停止の結界の中で造ったのか⁉︎」
「おう、魔力は使えたし、思念は自由だったからな。なんせヒマでよ、まずは籠手を壊してだな」

 驚いた。
 体は完璧に時間停止してても、思念と魔力が動かせるなら、こんな事も出来てしまうのか。だが、聞くだにそれに掛かる時間は途方も無いのだと、得意げに説明する彼の言葉から理解した。

「すみません殿下。こいつアホなんです。殿下を見たのがまだ幼い時だったので、ミジンコみたいな想像力だとこんな事に。悪気は無いので許してやって下さい」
「あ、アホ……⁉︎ み、ミジンコ……!?」
「なによ、ホントの事でしょ?」
「うっせぇババア!」
「「ぎゃーぎゃー」」

 渡された贈物を見ていたら、衝動的に、兄に抱きつきたいと思った。でも、そんなふたりの掛け合いを見ていたら、思わずゲラゲラ笑っていた。ふたりはなんだかバツが悪そうに、急に神妙になるのがまた可笑しくて、笑いをこらえるのに必死になってしまった。

「いや、本当に嬉しいよ兄さん。俺、こんなのプレゼントされたの初めてだ。ありがとう」

 ランヴァルドは泣きながら俺を抱き締め、何度も何度も『俺の弟』と呟いていた。


 ※ ※ ※


 すうっと冷たい風が頰を撫でた。

 その感覚で目を醒ますと、寝台に掛けられた天蓋のレースがヒラヒラと揺れている。この時期にしては冷たい風が吹くものだと、寝惚け眼でその揺れを眺めて、向こうでカーテンの一部が風にそよいでいるのが見えた。

 あれ? 寝る時に窓なんか開けたっけ。

 そんな風に思いながら、風邪でもひいたら嫌だし、起き上がろうとして気がついた。

─── 体が動かない

 この感じは……! 久々だけど間違いない。そう思い至った瞬間、すぐ近くでクスクスと笑う声が響いた。

「……よう、久しぶりだな。あの、動けないんだが?」
「うふふ。こんばんはダーさん♪
─── 予約していたローゼンちゃんなのです」
「よ、予約……⁉︎」

 そういえば、ソフィアとの初めてを迎えたばかりの頃。それに気付いたローゼンは、意味深な表情でくわえた自分の指先を、俺の唇につける仕草をして見せた。流石の俺でも『ツバつ〜けた』だと分かって、あの時はとんでもなくドキドキして……

 カプ……っ

 予約された瞬間を思い出してドキドキしていたら、いつの間にやら俺の首筋に彼女がかぶりついていた。あ……これ、ガチで血吸われてる……⁉︎

「ん……っ、ん、んっ♡」
「あ……うぁ……っ、ろ、ローゼン……」

 前に吸われた時もそうだったけど、どうしてこんなに彼女に吸血されるのが気持ち良いのだろうか? 痛かったり、恐怖するはずなのに、そこら辺の感覚がぶっ飛んでボーッとしてしまう。そして、腹の奥底から湧いてくる、興奮と背徳感の交わった悦楽……。

 ぺろっ ……んちゅっ

 牙を抜いた傷口を名残惜しそうに舐め、ほうっと小さくついた彼女の溜息が、首筋をなでてゾクゾクする。

「もう……ソフィちゃんだけじゃなくて、スタちゃんともシテるじゃないですか……」
「は、うぅ……っ」

 吸血に興奮してしまった背徳感に、ローゼンのからかう様な甘いウィスパーボイスが、びんびんと心臓を打ち据える。耳元で囁いた彼女の顔がスッと離れて、失われた熱感に、狂おしい程の物惜しさが湧き起こった。

 しかし、いつものように扇情的に跨ったまま、抗い難い誘惑を掛けてくるのかと思いきや、彼女は俺の上から降りて寝台に腰を下ろし少し上体を振り向かせるに留まる。

 そうして離れて、初めて確認出来た彼女の格好に、目が奪われてしまった。薄水色のささやかなドレープの施された、清楚なドレスに身を包んだ彼女は、おさげを下ろした栗色の艶やかな髪と、海のように青い瞳と相まって儚くも可憐。

 いつもとのギャップが、余計に彼女の姿を検めたいと集中させる。少し捻ってこちらに上体を向ける姿勢は、そのドレスに彼女の豊満な胸元のシルエットと、しなやかな腰のくびれを強調していた。

「ふふ……でも、今は添い寝だけでもいーですよ? ダーさんがその気になって、ダーさんの方から求めてくれる方が、きゅんきゅんするですからね」

 甘い声、それは確かなのに、からかっているのか、そう請われているのか、俺の頭が追いつかない。ただ、俺の中の答えはもう決まっていた。

 ぐいっ ドサ……ッ

 その細い肩に手を回し、俺の寝ていた場所へと、彼女の体を少し乱暴に押し倒す。

「あ……っ♡ だ、だーさん……?」
「もう、その気だよ俺は」

 そう言って覆い被さり、青い瞳を見つめると、彼女は頰を真っ赤に染めて顔を背ける。はにかんで口元に当てた、緩やかに握られた手が、余計に俺の心を煽った。

「よ、予定とちがうのです……。に、ニ〜三回はこうして逢瀬を重ねたら……。そんな気になってくれるかなって。……そ、そう思っていたですよ……」
「今までどれだけ俺を誘惑して来たか忘れたのか? ずっと我慢して来てたんだぞ俺は」
「あっ♡ だ、だーさん、あたってるですよぅ……」
「いつも裸みたいなネグリジェで、俺に跨っていたその口で言うのか?」

 高鳴る鼓動に漏れるように『はっ、はっ』と、途切れ途切れの吐息。そんな初心で弱々しい表情をもっと見たくなって、彼女の両手を掴み、その頭の上に押さえ付けて自由を奪う。

「ローゼン……いいか?」

 彼女は喉の奥の小さな息を飲む音を、鼻から微かに漏らして、こくんとうなずいた。思うままに彼女の唇を貪れば、普段の彼女の扇情的な責めは、大人の余裕なんかではなく、そうされたいと願う彼女の願望であったと直ぐに理解出来てしまった。

「吸血された分、取り返させてもらうからな……」
「はうぅ……っ、う、奪われるのは……
─── は、初めてなのです……///」

 彼女の戸惑いのかすれた声は、やがてすぐに甘やかな響きを含ませた ─── 。


 ※ 


「いつから……我慢してたですか……?」
「うん?」

 逞しい胸板を撫でながら、思わず気になっていた事をぶつけてみたです。

「その……私の誘惑に我慢して来てたって」
「ほとんど最初からだよ。鬼族の里で、起きたら添い寝されてたあの時からずっと。特に婚約してからは、毎回ギリギリだったよ、もう」

 その言葉を聞いて妙に満たされた時、自分の中に焦りがあった事を知ったです。

─── 私の誘惑に応えてくれたのは、ソフィちゃんとスタちゃんで、彼が勢いづいたから

 もしそうだったら、何だか寂しいなって。ただ彼と居られるだけでいい、私の永い時間の中で、彼と生きている時間を共有出来ればいいと、そう思っていたはずなのに……。もうとっくに、私は本気になっちまってたですねぇ。

「えへへ……そう言われると、照れるですね」
「何言ってんだよ。こんな可愛い子に誘惑されて、必死になるよそりゃ。大事にしたいって思えば、無責任な事なんか出来やしないし。うん、ホント大変だったよ……耐えるの」

 そう言ってくすくす笑う彼の横顔に、ふつふつと幸せが湧いてくる。本当にこんなバケモノを、ひとりの女として扱ってくれてたんですねぇ。

「じゃあ、どーして今日、もらってくれたですか……?」

 ちょっと意地悪ですかね。でも、少しばかり焦らせてやりたいのです。彼は『うん』と小さく返事をすると、身を起こして綺麗な小さい箱を取り出し、私に差し出した。その中には綺麗な指輪がひとつ。

「これは……?」
「ティフォが託してくれたものなんだ。婚姻を誓う証、夫となる者が妻とする者へ贈る指輪。自然に任せて大事にしようと思ってた。けど、本当に大事なら今すぐにでも抱き止めて、自分の手で幸せになろうとしないとダメなんだって、教えられたんだ」

 彼に託された指輪、その由来を耳にして、私の心には彼との繋がりだけでなく、それを祝福し、願ってくれる存在の温かさが込み上げた。

「ティフォちゃん ─── 」

 私はその時、初めて本当の家族を知り、同時に失ってしまったのだと理解してしまった。泣きじゃくる私を、彼はただ抱き締めて、背中を優しく叩き続けてくれたです。声にならない私の心の声に、ただ相槌を返してくれるように。

「ローゼン、この指輪に込めた俺の思いだ。
─── 俺と一緒に生きてくれ、側にいて欲しい」

 彼と初めて出会った時、新しい知識への嬉しさの余りに私は彼の存在を求め、フラれた。
 『初恋は実らない方がいい』。私の初恋は、恋を理解しないまま終わり、そして今それを理解して愛を叶えようとしている。

「はい。ローゼンはあなたと共にあるです」

 これ程に胸焦がれ、そして誇らしい言葉を、私は後にも先にも知らないだろう。

 プロトタイプ、自分を試作品だとばかり思っていたけれど、それはいつだって本物を願える恵まれた存在だったのだと、思えた気がした。

作者のつぶやき

嫁が正式に三人になりました。

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本日 0/10
12

【続きは下の『次へ』】

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