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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十三章 骸の王
第十三章|第一話 使者
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アケルで勃発した『聖教戦争』。
アケルと大きく距離の離れたアルザス帝国が、
その魔導技術により実現させた侵略。
しかし、アケルに広がる魔術印の技術が、
魔術を扱えぬ獣人たちの全力を大きく引き上げ、
味方に周ったアルフォンスたちの圧倒的な戦力で、
帝国は敗北した。
世界は帝国派と反帝国派とに分断し、
大きな揺らぎが起ころうとしている。
聖教戦争の裏側で、
前勇者ハンネスとの闘いに敗れたアルフォンス。
最愛のティフォとエリン、
そしてベヒーモスを失い、
ソフィアの神性も奪われた。
絶望の底から這い上がり、
アルフォンスは再びソフィアと契約。
再び魔界へと赴き、
封印された姉である、
第一王女イロリナの持つ『クヌルギアの鍵』の残りを継承し、
クヌルギア深部にいる破壊神の討伐を狙う。
『 ─── 狭い門から入りなさい。滅びへと通じる門は大きく、その路は広い、そこから入る者は多い。命へと通じる門は狭く、その路は細い、それを見つけられる者は少ない。(マタイ伝七章十三〜十四節より)』
※
アケルの『聖教戦争』を皮切りに、世界は今や帝国派と反帝国派とに、大きく分かれ始めている。
世界最大の影響力がある大国とは言え、約百九十ヶ国、六億もの人類のひしめくこのマールダーが、何故、アルザス帝国ひとつで二分する事となるのか? それは貿易路『栄光の道』が、巨大な影響を及ぼし、かつ、人口を爆発させて来たからであろう。
今や巨大な動脈と化した栄光の道は、その管理者である帝国に、世界の命が握られているのと同義である。
しかし、栄光の道に頼らずとも、内需もしくは近隣の国との貿易で、生活の成り立つ国々には別だ。それらは独自の文化と民族性を保っている国々も多く、特に土着の信仰や道徳観念を持つ人々は、帝国並びにエル・ラト教との対立を生む傾向にあった。
※
─── エル・ラト教の総本山ルミエラ市国某所
「……では、解任する……と、いう事ですな?」
「「「…………」」」
火を落とした薄暗い講堂に、その言葉が冷たい漆喰壁へと反響すると、召集された司教達は黙り込んだ。大司祭以上もしくは、現役を退いた元高位聖職者、そして財界や著名人信者からなる協議会役員達も口を閉ざしていた。
この協議会の卓につく司教連は、立場的に言えば協議会役員達よりも上である。しかし、司教連も協議会役員にも、与えられた投票権は同じであり、協議会役員の方が人数は多い。つまり、司教位にある者が、如何に協議会役員を抱き込めるかという形になる。
教皇ヴィゴールの失踪。
もし外に漏れれば、一大スキャンダルともなり、教会の威信に響くであろうその事件が起きたのは、もう四ヶ月前の事である。聖教戦争にて、アケル総督府の急襲作戦に加わった、極光星騎士団二個師団、一万五千が全滅。派遣の勅令を出した教皇ヴィゴールは、その責に酷く憔悴し、体調を崩して床に伏していた。
そして、公務の全中止から一週間後、ヴィゴールは忽然と姿を消した ─── 。
「教会法第六十八条四項、教皇首位権及び裁治権と統治権の特記事項。『健康状態、心神喪失、意識喪失等の止む無き理由により、三ヶ月以上の改善の見込め無い場合。もしくは、公務停止が半年に達する場合、本人の意識、協議会の採決に関わらず、教皇退位とする』とあります……」
「すでに四ヶ月が経過しております。教会法の解釈とすれば『止む無き理由』に該当する事態でございましょう」
「し、しかし……っ、こんな事は前代未聞ですぞ! 現役の教皇が行方不明になるなどっ!」
「そんな事を今嘆いても仕方がないでしょう! 聖教戦争により、信徒に混乱が波及しておるのです。
今は教団の存続を ─── 」
安否確認の取りようがない。すでに案じる時は過ぎている。だが、ここでの発言が下手をすれば野心を勘繰られ、また後々の己の進退に関わる。騒ぎ、投げ掛け、沈黙する事で、発言を引き出させようと、場に揺らぎが生み出されていた。
「枢機卿猊下は、如何お考えになりますか」
「……おほんッ(およしなさい、聖下はヴァレリー猊下の育ての親。何を言わせるおつもりかッ)」
司教のひとりが焦れたように、冷め切った声色で問うのを、周囲の数名が声を潜めていさめに掛かる。しかしそれもポーズであろう。
先のホドール奪還作戦を、最小戦力最小被害で一晩の内に成功させたヴァレリーだが、彼自身への称賛と畏敬をもたらしても権力争いとは別。元々、貴族で占められていた帝国派に対し、身分の低い少数の者達の集まる教団派の旗手とされたヴァレリーの支持者は、高位聖職者の中では微々たるものであったのだ。
ともすれば、現在司教連を束ねる職位にある枢機卿ヴァレリーを引きずり下ろす、絶好の好機ともなり得る。今回の不祥事の本人ヴィゴールは、彼の養父でもあるのだから、その責を追求する事も不可能ではないだろう。
「父様は ─── 」
顔色悪く、ジッと何かに耐えるように、卓上の一点に視線を落としていたヴァレリーが言葉を発した。思わずこの場で教皇ヴィゴールを、父と呼んでしまった事を『失礼』と詫び、硬く目を閉じてから、覚悟を決めたように口を開く。
「……教皇とは教典そのものなのです。教皇の御言葉は、正しく神の光を伝える誤り無き者、それが首位権を持つ総代表。そう、教会法でも定義されています」
普段の穏やかで、ほんわかとした『たんぽぽ侯』の口調では無かった。岩のように重く硬い責を背負い、目の前の峠を越えんとするように、その響きには苦しみが滲む。前提を話した彼は、その苦しみすら噛み潰し、兵団が前進するかの如く、力を込めた声を前へと押し出す。
「教皇はその人となりや、手練手管でその地位に立つものではありません。教典とするに相応しい、細く狭き道を、恐れずに進む者。その聖下が、混乱を望まれるとお思いですか?」
「「「…………」」」
「この失踪には、置き手紙も無ければ、拐われたとする声明も脅迫もありません。争った跡も、出て行く姿の目撃証言もない。だからこそ、我々の意思は、宙に浮いたままとなってしまいました」
ヴァレリーは揺れ出した感情を振り切るように、法衣を正し、卓上で両掌を組んだ。
「これを教典たる教皇聖下が望まれるはずがありません。なればこそ、我々は今、教典を天より預かる使徒として、各々のなすべき事をするのが正しき道でしょう」
そこまで一息に語った後、ヴァレリーは静かに、力強く告げた。
「 ─── 私、ヴァレリー・ジェンシャンは、現教皇ヴィゴール聖下の退任を要求します」
「「「…………‼︎」」」
「皆さんのご意見をお聴きしたい。真に人々の道を照らす光となるのに、この教団に今必要な事は何かを」
育ての親であるヴィゴールの退任案を立て、更に彼は己の進退も顧みず、平等にこの場からの意見を求めた。多くの聖職者達は、この彼の勇気に教典の光を感じすらしている。教会派の旗手と言われながら、その力を掲げようとして来なかった彼の言葉は、最早綺麗事でも何でもなく、教典そのものであった。
協議会は流れを掴んだ。
教皇選挙よりも先に、滞った公務の代理の分配、失踪事件の適切な情報操作。教皇の威光に足踏みをしていた彼らは、その問題を大きく退けられた事で、より己の意見が評価されるようにと活発に発言を交わす。
議論は長く深夜にまで及び、最後に、教皇退任の満場一致で、その決が成立した ─── 。
「お疲れ様でした、ヴァレリー猊下……」
「ああ、ラブリンさんこそ、遅くまでお付き合い頂いてしまってすみませんね」
そう穏やかに言う彼の微笑みには、やはり深い心労と哀しみの影が滲んでいる。女騎士は思わず視線を外した。
「いえ、私は猊下の剣ですので、当然のことです」
ラブリンは協議会開始からしばらくは、怒りに震えていた。高位聖職者の集まりでありながら、己の進退に重きを置いた、狸の集まる愚衆の光景に。そして、誰一人として教皇の安否を気遣う事無く、保身に気を裂くその薄情な聖職者の姿に憤りを感じていたのだ。
しかし、彼女はヴァレリーに教典を感じ、考えを改めた。
努めて枢機卿たる毅然とした態度。そこに隠し切れぬ父への想いが、微かに揺れているのに心動かされた者は、あそこにどれだけ居ただろうか?
女騎士の心を動かしていたのは、彼の生い立ちを知ったせいもある。スラムに育った少年は、教皇ヴィゴールと出逢った時、骨と皮ばかりに痩せ、最早死の直前にあったという。優しく素直過ぎた彼には、スラムの流儀が厳し過ぎたのだ。
彼は一着の粗末な服に裸足、そして教典を抜粋した、配布用のボロボロの冊子しか持っていなかった。字を習った事のない彼は、教会から漏れる声を聞き、その冊子とをなぞり合わせて学習していたという。
識字率の極端に低いスラムで、それは驚愕に値する努力の賜物であり、それなりの仕事も得られたであろうに、彼はまだ幼過ぎたのだ。どこでどう生きて来たのか、それに興味を持つ者も無かったという。いつから独りであったのか、教会の者が声を掛けようとすれば逃げ、施しを拒んでいたのだ。
当時司教位にあったヴィゴールが、たまたま訪れたその教会でその存在を知り、倒れた彼を発見した時には涙して抱き締めた。彼の話を聞き、施しも孤児院への誘いも拒んでいた理由を知った時、ヴィゴールはその場で彼を養子にする事を決めたという。
『自分が施しを受ければ、他に必要とする者に与えられる分が、減ってしまうではないですか』
文字を学ぶ為に読んでいた教典を、愚直に信じていたからだろうか? 己の命を、他の者達の命の為に役立てようなどと、この歳にして考えるなどと……。
十にも満たないであろうこの子供の口調は、驚くほど大人びていた。それもそうだろう。彼が話し言葉を学習したのは、経典の言葉しかなかったのだ。年相応の子供の喋り方など、彼は触れる機会がなかったのだと痛感させられる。
ヴィゴールは涙を禁じ得ず、その純真さと優しさに、せめて自分が彼に報いてやりたいと打ち震えた。
幼い時の栄養状態のためか、彼は視力と聴力が低く、人と話す際に独特な間を持つ。優しげに細めた目で相手をしっかりと見つめ、その声に真剣に耳を傾けて理解をしようとする。その真摯さが、劣悪な環境の中でどうして損なわれずにいられたのか、ヴィゴールはそこに神から与えられた永遠の愛を感じたという。
ヴァレリーはヴィゴールの息子として、寵愛を受け、相応しい生活と教養、そして幸せになる事を望まれて育った 。
そのヴィゴールの退位を、自らが進んで要求せねばならなかったヴァレリーの気持ちは、一体どれだけのものであった事だろうか。女騎士はヴァレリーの疲れ切った背中に、言いようの無い切なさを感じ、剣のみに生きて来た不器用な頭を捻った。
「……ヴィゴール聖下の想い。目指された理想。それを御理解されるヴァレリー猊下を、聖下もきっと誇りに思われる。私はそう思います」
理解をしてやりたいと思った。そんな女騎士の言葉に、ヴァレリーはピクリと足を止め、大きく深く息を吸い込んだ。
「そう……でしょうか。そうだったら、いいなぁ……」
女騎士はこれ程に、弱々しい彼の声を耳にした事は無い。いつも人々に分け隔て無く接し、施し、受け入れて来た彼の、その初めて見る後姿。彼には今こそ誰かの施しが、言葉が、理解が必要なのだと女騎士は思った。
「はい。きっと。……そして、私はあなたこそが、聖下の意思を継ぐべきだと考えます」
しばらくの沈黙。よく見れば彼の膝は、わずかに震えているようだった。
「聖下の……父様の理想は、私と同じなんです。それはきっと、今よりもっと多くの人々を、教団内で敵に回し、帝国ともやり合うんでしょうねぇ。こわいなぁ……」
「…………っ!」
その時の彼の声は、何故だかずっと若く、少年の声のようにも聞こえ、女騎士は胸が締め付けられていた。
彼の背中を押すべきか、それとも休めと言うべきか。しかし、彼は頷き、スッと背筋を伸ばすと女騎士に振り返り、いつも以上に穏やかな表情で微笑んだ。
「やりましょう……私が。理想を求めるのに、上手く出来ない事を怖がっていても、仕方がありませんよね」
「……っ! はい、あなたの背中は私がお守りいたします」
これこそが教典だと理解すると共に、女騎士の心には、この高尚な道を進む生き方を、人々に教え広める事が如何に困難なものであるかがよぎっていた。己の弱さを見つめられる者は、極少ないのだ。
『だからこそ、人の生きる道は、どれも魂の修練なのだ』。女騎士は先程よりも、いくらか大きく見えるヴァレリーの背中に、そんな信念が湧き上がるのを思い浮かべていた。
※ ※ ※
─── タッセル王国首都アルダハブール、ルジャナラト宮殿
白く垂れ下がった長い眉毛の隙間、その奥で閉じられていたまぶたが、薄っすらと開かれた。枯れ枝のようにふしくれだった、シミだらけの腕で頬杖をついていた老王は、わずかに身を起こし、今まで説明を続けていたふたりの官吏に王笏を差し向ける。
荘厳な金糸の刺繍が施されたガウンの裾が、玉座に触れてシュルリと立てた音に、官吏はびくりと硬直した。
─── タッセル王国国王カスペラ・イブル・サルマンド
平均寿命が六十のタッセルに於いて、齢九十を超えて尚、王の座に君臨し続ける彼は、かつて『砂漠の賢公』と称賛された。その彼も老いには敵わぬのか、近年はただその座にすがり付くように、強引で独りよがりな手腕が目立つようになっている。
今ここに官吏が呼ばれたのも、アケルへの賠償と、アルザス要人暗殺事件の調査団受け入れを、独断で突っぱねたカスペラによるものだ。彼は再びアケルを攻める為に、情報を集めさせていた。
「獣人どもに敵わぬだと……? この黄金郷タッセルに腑抜けは要らぬ、この者らの鼻を削ぎ、両腕を斬り落とし、砂漠へ追放せよ」
「「…………ッ⁉︎」」
白濁りした褐色の瞳が震え、眉間と目の下のシワを深く寄せ、事実上官吏ふたりの処刑を命じる。だが、近衛兵達は動かなかった。
「御言葉ではございますが我が王よ。今の獣人どもは魔術を詠唱なく操り、肉体強化の秘術を更に高め、以前の獣人族とは別物に御座いますれば。バダク将軍と四万の軍勢が、わずか四半刻も持たず……。戦力差は明白に御座いましょう」
大臣ジャーレフの言葉に、ふたりの官吏は救いを求め、見開いた目で視線を送る。近衛兵達は真っ直ぐ前を向いたまま直立していた。
「何を抜かすか、ジャーレフッ! バダクは老いていたのだ、『砂漠の鷹』の精鋭は、長きに渡る平和に堕落しておっただけであろう! 余が獣人共を密林の奥へと追い返した時は、余の知恵と不屈の精神に、文字通り獣のように怯えておったわッ‼︎」
『七十年も前の栄光を持ち出すとは』と近衛兵の何処からか、微かな苦笑が漏れるも、カスペラ王の耳には届かない。遠くなった耳は、周囲の声を余計に受け付けなくなり、まくし立てるのみの言葉は、すでに王国の毒となりつつある。
「そのアケルが今や、アルザス帝国を討ち返すだけの戦力を ─── 」
「黙れッ、黙らんかジャーレフ! どうせ貴様はアドゥルブルにほだされ、反帝国派にこのタッセルを引きずり下ろすつもりであろうッ!」
アドゥルブルとは、第一王子の長男、王孫である。カスペラの長きに渡る代で、子の代は軒並み老いてしまった上に、第一王子は七十になる前にすでに死亡していた。
現在第一後継者のアドゥルブル王子は、帝国と寄り添うカスペラに反して、発展を続けるアケルとバグナスとの融和を提唱している。カスペラに仕えながらも、大臣ジャーレフは王子派として、裏でその二国と繋がりを持っていた。
国の舵取りを狙っているのは、王派と王子派だけでは無い。カスペラを筆頭とするサルマンド王家とかつて別れた、もうひとつの王家『クジャラ家』の復権が強まっているのである。このクジャラ家はタッセルの経済に大きな影響を持っている為、王子派は王を抑えつつ、クジャラ家派を牽制するという苦しい状況にあった。
「軍備を整えよ! 貴様らには任せてはおけぬわ! 全軍を率いて、余がタッセルの何たるかを、獣人どもの目に見せてくれるッ‼︎」
ジャーレフは深い溜息をつく。そんな事をすれば、確実にタッセルは敗北し、周辺国から一気に攻め入られてしまうだろう。いや、根深く入り始めた帝国の傀儡となり果てる事は、もう目に見えている。今やアケルへの侵攻に、大義も無ければ、自らを滅ぼす行為でしか無いのだ。
カスペラが手を回して、軍の一部を既にアケル国境付近に集めている事は、大臣である彼には筒抜けであった。今はその行為までもがアケルを、南諸国全体を刺激するとは、王は考えもしないのかと笑いすら出ない。
単なる老人の傲慢な独りよがりが、国難を招こうとしている。
ジャーレフは後ろ手に指を一本立て、近衛兵達に合図を送る用意をした。『今この場で、この国の危機を摘み取らねば』。玉座の間に整列する近衛兵達に、一気に緊張が走る。
既に彼らの槍には、この地方に生息するとある毒蛇の猛毒が仕込まれていた。高齢のカスペラでは即死であろう、ただ皮膚を少し破るだけでいい。むしろ大きな傷でも付ければ、暗殺が露呈してしまいかねないのだ。蛇に咬まれたとでもしておけば、今更この老木が果てた所で、誰も騒ぐ事は無いとジャーレフは踏んでいた。
「聞け皆の者、カスペラ王はご乱心なされた。このタッセルをこれから担うのは ─── 」
ジャーレフがそこまで言い掛けた時、玉座の間に慌ただしく官吏が駆け込んだ。
「お話の所、火急にて失礼を! 南諸国連合の使者と名乗る者が、陛下の謁見を求めておりますッ!!」
「文の予告も無しに、この余に会えと言うか生意気なッ!
……ふん、獣人に寄り添う小国が、いくら徒党を組もうが、余の前では塵芥に過ぎぬと教えてやろう。通せ、この場で愚かさを知らしめ、そっ首跳ね落としてくれるわッ!」
※
我が王はもうダメだ。
しかし、暗殺する直前であったのは救いか。このタイミングで南諸国連合の使者が来るなど、最後まで悪運の強い……。
もし暗殺した直後であれば、騒ぎは大きくなり、情報操作が危ぶまれる。そして、下手な方向で話が進んでしまえは、暗殺をする時期を先送りにし無ければならなくなる可能性も出てくるだろう。長年、大臣の職位でお支えして来たが、王のこういう運の良さは計り知れない。
しかし、この使者は……?
南諸国連合とは、あのアケルの英雄と話題のS級冒険者アルフォンス・ゴールマインが中心だと聞いている。ツェツァルサガトの連合本部には、何度か使いの者を出したが、一度も本人には会った事は無い。
噂では見上げるような体躯に、漆黒の髑髏の鎧を纏い、悪霊を引き連れ、心弱き者がその姿をまともに見れば魂が抜かれると聞いた。圧倒的な武力を誇り、ひとりで数万もの帝国兵を葬ったとも、かの魔王の手先である魔公将を破って歩いているとも聞く。
まあ、流石にそれは噂に噂を重ねた、与太話の類いであろう。そんな存在がいるとすれば、勇者か魔王だ。てっきり、強面の使者を送りつけたのだと思っていたが、その姿を見て驚いた。
─── エルフの娘だと……?
ただでさえ獣人に気が立っている所に、亜人種を使者にするなど、何を考えておるのやら。
「……使者を通す事は許可した。しかし、亜人をこの王宮に入れる事は許可しては居らぬぞッ! 何が南諸国連合か! 余程躾がなっておらぬ者の集まりのようだな」
やはり。亜人と見下して掛かってしまったでは無いか。南諸国連合とは繋がって居たいと言うのに、このタイミングはまずい!
「へ、陛下……そのような ─── 」
「うん? エルフが怖いのかな、お爺ちゃん。怖がらなくても話に来ただけだから、使者は誰だって同じだよ。私はランドエルフのスタルジャ。南諸国連合提唱者、アルフォンス・ゴールマインの代理人」
少女は緑がかったライトブラウンの髪を、さらりと肩に流して微笑みを浮かべた。
美しい……。なんと美しいのかエルフとは……! 我が娘よりも若いであろう立ち姿のエルフに、私は思わず見惚れてしまった。王はと言えば、顔を紫色にする程に怒りを募らせ、言葉を失っている。良い気味だクソじじいめが。
しかし『ランドエルフ』とは? 初めて聞く種族だ。
「ここに来たのはひとつだけ。『アケルに手を出さないで』だよ」
「な、なに……を⁉︎ き、貴様……ッ」
「国境付近に兵を集めてるよね? あと、このお城の周りにも集めてる。またアケルに攻め込むつもりなんでしょ。今更そんなことしても、この国の兵隊さんが死ぬだけだよ」
国境付近の兵は知っていたが、この周辺にも既に手を回して居たとは、王の威光は未だ健在だったか。そしてそれは既に南諸国連合には筒抜けと。この情報収集力はなんだ? 間者でも入れられているのだろうか。
「き、貴様らなどに、我が軍が ─── 」
「噂通りに話を聞かないね。言ったよ? 無駄なことはやめなって。今はもうね、獣人さんたちだけじゃないの。ダランに住む、私の仲間のランドエルフたちに、草原のエルフと、ハイブリッドエルフたちも動いてるからね? 本気出したら、この国の戦力三分の一を削るのに、確か計算上は二十分だって」
「…………ッ! ッッ⁉︎ ッッッ‼︎」
王は怒りを超えて、過呼吸におなり遊ばせられている。こうなるとしばらくは喋れないはず。ここ数年は何度もこの顔色を見せられたものだ。ふん、良い気味だクソじじい。
しかし、二十分足らずで事実上敗北にできるだと⁉︎ 流石にハッタリ……。いや、バダク将軍の軍の生き残りの話が本当ならば、与太話の類いではないと言う事か。
「どうしてアケルに攻めちゃダメかって言うとね、今周辺国はだいぶピリピリしてるから、他でも帝国派と反帝国派が争い始めちゃう。仕事増やすなって言いに来たの」
その通りだろう。既に周辺の小国レベルでも、帝国につくか南諸国連合につくかと揺らいでいる。更に背教の者が魔族化するという、エル・ラト教教皇の言葉は、民間でもその疑心暗鬼を高めているのだ。
そこで帝国派の我が国が、獣人に完敗したとなれば、進めていた和解交渉も潰えるどころか、反帝国派に勢いをつかせる。帝国派の他国も、より結束を高めるために、帝国派への転化を周囲に打診して行くはずだ。そうなれば誰が得をするのか、考えてみればすぐに分かる。
─── アルザス帝国への求心力が、高まる一方ではないか!
これはもしや……我が国に聖教戦争の挟撃作戦を持ちかけた、あの帝国の宰相。ローフィアスの陰謀だったか⁉︎
最初から我が国がアケルに勝てぬと、分かっていたと ─── ⁉︎
「だからね、あなたがアケルに攻め込むのは、すごく迷惑なんだよ。流石に周辺の国に愛想尽かされたら、この国だって苦しいでしょ? バグナスからシリルまでの『栄光の道』は、私たちが押さえてるんだから」
「「…………ッ‼︎」」
これでは最後通告ではないか⁉︎ それにシリルまでとはどういう事だ! 中央諸国の一部まで、既に結束しているという事ではないのかッ⁉︎
「ふん、大風呂敷もそこまでにしろ亜人。……もうよい、殺せ。この亜人の首を、アケルの国境に投げ入れよ」
「陛下ッ! み、皆、控えよッ! この者に手出しをしてはなら───」
パチン……ッ!
その時、広間に歯切れの良い音が響いた。エルフの娘が指を鳴らしたのだ。ニコリと微笑み、まるで遊戯のようにただひとつ指を鳴らして、手の平をそのまま高く挙げる。
「ごめんね。拒否権は無いんだぁ。でも、こんなに話が通じないとは思わなかったよ?」
直後、地鳴りと共に遠くから喧騒が響いた。魔術では無い、魔力は微かに動いただけだ。
外から聞こえるこの音は……
─── 侵攻の轟きかッ⁉︎
「な……何を……? 亜人、今何をしたァッ‼︎」
エルフはクスリと笑い、手を下ろしながら、玉座へと一歩一歩近づく。王は目を見開いて慌てふためくと、玉座から腰を浮かせて身じろいだ。
「たった今、このお城は包囲されたの。アケルの獣人族の精鋭と、ダルンのハイブリッドエルフの軍団に」
段々と外の騒ぎが鎮まり返ってゆく。既に周辺の兵士は鎮圧されたというのか⁉︎
「私がもう一度指を弾けば、この街の兵士さんたちは、スープが冷めるより早く皆殺しだよ?」
「な……ッ⁉︎ き、貴様は……一体……⁉︎」
エルフの手に白い杖が現れて握られた。二羽の小鳥の飾られた杖が、手の中でくるりと回って床に突き立てられる。
「私はスタルジャ。─── 草原から来た死神将軍」
その異名だけは伝え聞いていた。
聖教戦争に於いて、最も多くの帝国軍の隊を、アケル各地で鏖殺したとされる怪物の名を。
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