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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十三章 骸の王
第十三章|第七話 再び魔界へ
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エル・ラト教教皇ヴィゴールが在任中に失踪。
極秘にされて来たその事件も、
教会法の適用によりヴィゴールが解任、
そして次期教皇選出の選挙が行われた。
結果は、
ホドール奪還の英雄
『たんぽぽ候』ヴァレリーが異例の若さで就任となった。
世界が帝国を中心に、
二分化されてゆく激動の時代に、
新たな教団の体制が発足する。
一方、魔界では勇者ハンネスが凶行に走ろうとしていた。
─── 聖地『グリオグの星棺』
魔大陸の丁度中心に位置する場所に、巨大なクレバスが複雑に絡み合う、赤茶けた大地が広がる。翼や飛翔魔術を持たない者が、この地に足を踏み入れようとものなら、すぐにクレバスの底へと滑落する事だろう。
この大地は硬い岩盤では無く、粘り気のある砂の堆積した土地である。クレバスは大陸のプレートの動きに合わせて、太古の昔からそのクレバスの位置を変え続けている。そのために、正確な地図にする事も出来ず、また歩く振動だけで崩れる地盤は、陸からの侵入者を阻んで来た。
しかし空から近づく者も、その広大な赤い大地と、クレバスから吹き荒れる風に、近寄る事すら出来ない。
いつから『聖地グリオグの星棺』と呼ばれるようになったのかは、定かでは無い。近づけない以上、誰もそれを確認しようがないのである。そもそもが、この聖地の存在と名を知っているのは、極一握りの存在だけなのだ。
※
「ここでいいのか?」
「そうっスよ。先輩の飛翔魔術なら、底まで降りるくらい楽勝っしょ♪ しっかし、風が嫌な臭いしやがんなぁ」
肩辺りでポヤポヤ浮かぶ小さな火の球が、苛立たし気にそう言って、ぼっぼっと火の粉を散らした。
「風の七魔侯爵か、死の七魔侯爵の影響が出始めてるな……。クヌルギアの魔物が王都で抑えられているのは救いか」
「……申し訳ねえ。おれらが不甲斐ねえばっかりに」
そう言って小さな炎が、弱々しく揺れる。
「いや、リディの【拒絶】を初見で破れるのは神くらいなもんだ。あれは対策しないとどうしようもない。後ろを見ててもどうにもならない、前に進めるなら一歩でも進まないと、心まで敗北するぞ?」
「そ、そう……すね! それもそーだ」
その時、小さな地震が起きると、クレバスの一部が轟音と地響きを立てて、地の底へと崩れ落ちた。
「地の影響まで出始めたか……。急ごう! 聖櫃とやらの場所まで、早く案内してくれロフォカロム、お前の姿だって元に戻してやれるんだろう?」
「かぁーっ、屈辱だぜぇぇッ! このおれ様が種火にまで落ちちまうとはよ! 先輩、ついて来な! おれらの力なんざ全部まるっと先輩にやるからよ!」
砂埃を渦まかせて、アルフォンスの体が宙に浮かび上がる。ロフォカロムは大地に開かれたクレバスの底へと向かい、火の粉を散らせながら飛んで行く。その後を追いかけるアルフォンスを、大地は拒むように荒々しい風を呼んだ。
※ ※ ※
─── 数時間前、魔界フォカロムの街
「う……っ、なにこの臭い……!」
転位魔術が完了して、地に足をつけた途端にスタルジャが鼻を摘んで呻いた。エルフである彼女は鼻がいい。俺ですら一瞬えづいたくらいなのだから、彼女には相当なものだろう。ユニがこの場に居なくて良かった。
「あれだけ豊富に循環していたマナが腐れていますね。これはロジオンの言った通り……」
「七魔侯爵が全員、滅ぼされた影響か!!」
ロフォカロムが統治する、港町フォカロムに転位して来た。座標はロフォカロムの侯爵邸の前。
七魔侯爵はマナの溢れる魔界の、自然の脅威を制御して来た存在。それぞれが自然界の荒ぶる災厄を、その加護で治めて平穏を作り出していたのだ。
その七魔侯爵が、突如として帰還した勇者に、全員滅ぼされた。
何故、今更そんな事をするのか、考えられるのは『もう魔界に縛られる必要が無くなった』からとしか考えられない。それにハンネスは曲がりなりにも、エルネアに選ばれた魔王の加護持ちだ。七魔侯爵の力を得て、更に強力になっている可能性だってある。
「 ─── アルフォンス! 着いて早々済まないが、こっちに来てくれ‼︎」
屋敷の二階の窓が開き、ロジオンが焦った様子で叫び、手で『来い』とジャスチャーする。すぐに正門が開かれ、屋敷の扉が開くと、ふたりのメイドがスカートを摘んで挨拶をした。と、その間を飛び出して来る者がある。
「あっくん♡」
「ヒルデ! 一体なにが ─── ぐへぁッ⁉︎」
どうしてこう、俺の周りの奴は、飛び込む時に全力で加速するのか! 俺の体の強度を信用し過ぎなんじゃ無いかと思う。押し倒されてなるものかと、踏ん張った足の跡がズザザっと二本、地面に長く伸びてゆく。
頼みの綱のソフィアは、何故かヒルデをニコニコとしながら見ているだけ。
えっ、まさかまた……嫁認定なのかコレ⁉︎
「あ〜♡ やっぱダメ、あっくん本人に会うと、わたくしの性技・知識、全て飛んでしまいますわぁ〜! これが……人の弱さなのね☆」
こいつは魔物としての一度きりの命を、何事もなければ永遠の寿命だというのに、アマーリエの呪術で人の輪廻に書き換えた奇特なヤツだ。それも俺の寿命に合わせたらしい。
磨かれた黒曜石のような、細く湾曲した角。くしゅくしゅと柔らかくカールした、白に近い白金の長い髪に片目を隠した、薄紫の瞳。いや、落ち着いてれば、とんでもない美人なんだけども、生粋の『魔王フェチ』の彼女は、俺を前に暴走気味。そのお陰で、俺も理性が保たれている。
『原初の魔性』サキュバスの始祖と言われる彼女は、恋に燃える生に焦がれて、永遠の命よりも輪廻の運命を選んだ。基本、まだまだ落ち着いていないと思った方が無難だろう。
「 ─── スンスン……あら? あっくん『生息子』じゃ無くなって……?
おや、あら、ま、あらぁ〜♪」
そう言いってヒルデは、ソフィアとスタルジャの方へ振り返る。ふたりは直ぐに目をそらして真っ赤になりながら、ソフィアは爪先で地面にぐるぐる円を、スタルジャは真っ赤な耳先をパタパタさせていた。
「き、生息子とか……そうじゃないとか……っ!」
「あ、いけませんわ! わたくしお仕事があるのですわ! その詳細は帰ってからぜひジクジクとお聞かせくださいましね!」
慌てて離れたヒルデは、全身に紫色のオーラを纏うと、矢のように空へ飛び去って行った。残された顔真っ赤な俺達は、何となく目を合わせ辛い雰囲気で残される。
「い、行こうか……」
くそぅ、思いっ切り出鼻を挫かれた気分だ。俺達はメイドさんふたりに案内されて、ロジオンの待つ部屋へと向かう事となった。
※ ※ ※
「こっちだ……」
ロフォカロムと最初に出逢った部屋で、ロジオンは玉座の前に立ち、こちらへと振り返った。床には夥しい量の血の跡が残され、部屋には剣筋の跡が刻まれている。ここで勇者と闘いになったのだろう、その割には余りにも被害は少ない。
部屋の脇には白い布に包まれた、執事達のものであろう遺体が並べられていた。
ロフォカロムを護ろうとしたのか、いや、ロフォカロムが倒される程の状況では、彼らには何も出来なかっただろう……。この部屋の形跡からすれば、ほとんど誰も抵抗する事も出来ずに、斬り捨てられた可能性が高い。
ここに来て、フィヨル港とアケルでの勇者との闘いを思い出し、胸が締め付けられる。それと同時にアルファードに託された、過去の記憶と感情と共に、憎悪で心が塗り替えられてゆく。
─── 胸に手を当てて、剣を握る心を思い出す
揺れる感情は判断を阻害する。怒りや憎しみは、解決策を見出す為の口実へと、変えてしまえばいい。それは過ちを生まない為だけでなく、アルファードに託された想いでもある。彼が三百年もの間、俺の代わりにたった一人で抑え込み、昇華して来てくれたものは、魔王たるに相応しく堂々と生きる為の覚悟だ。
俺はもう失敗が許されない。ティフォとエリン、ベヒーモス、そしてガストンの顔が脳裏に鮮明に浮かび上がるのを、その思いで覚悟に塗り替える。
「これは……! 再び復活しようとしているのですね、羽根ろうそくさんは」
「……ロフォカロムだ。そろそろ覚えろソフィア。七魔侯爵は不死身だ。ただ蘇るのには膨大な魔力が必要になる」
ロジオンとヒルデは、ここでロフォカロムに魔力を分け与えて復活を早めていたという。玉座の座面の中央から、細い光の柱が弱々しく立ち上がり、その上には小さな火の粉が散っている。
「退いてくれロジオン。俺がやる ─── 」
手をその光にかざし、体内の魔力を一気に注ぎ込む。光の中心からは、その魔力を必死に貪る感覚が伝わり、玉座から熱が放射されて顔がジリジリと熱くなる。
「ア、アルフォンス……お前……!」
ロジオンが背後で驚いたような声を上げた。アルファードと統合を果たし、ソフィアとの契約も結び直してから、俺の魔力の容量は格段に膨れ上がっている。ロジオンからすれば、今俺が注いでいる魔力の量は、元々のロフォカロムの魔力総量そのものに匹敵するものだと分かるだろう。
精神世界でアルファードに会った時、その魔力量と圧力がローゼンに匹敵するとさえ思えたが、今はその全てを俺が受け継いでいる。
ボッ! ボボボボボ……ッ
青白い光を発して、玉座の上に拳大の火球が姿を現した。
「 ─── だあああッ! ちっくしょう!」
「ロフォカロム! 復活したか‼︎」
火の球が怨嗟の叫びを上げると、ロジオンが駆け寄る。
「先輩ッ! ロジオンッ! すまねえ……おれ、負けちまったッ!」
酷く興奮しているのだろう、その時の事を慌てて話そうとするが、話の前後も主語もぐちゃぐちゃで理解が出来ない。ただ理解出来たのは、彼が七魔侯爵として滅ぼされた事よりも、彼に支えて来た家令の者達を守り切れなかった事に、烈しく心を痛めているという事だ。
ロフォカロムへの魔力注入をしながら、俺は部屋の片隅に並べられた遺体へと手を向けた。
「 ─── 【蘇生】」
「「…………ッ‼︎」」
青白い光が遺体の周囲を包み、その床には光の魔法陣が描き出された。蘇生が開始され、掛けられた白い布がザワザワと動くのを、ロジオンとロフォカロムの火の球が見入っている。
「蘇生と回復は出来た。だが、ハンネスの剣は魔剣、幽星体が傷ついてる。俺には応急処置程度しか回復してやれないが、今は勘弁してくれ」
幽星体の扱いはローゼンから多少なり手解きを受けた。相当に酷く破壊されていない限りは、今の俺なら蘇生直後に再び死なない程度には回復してやれる。ただ、以前のように動けるには、相当な時間を要するだろう。流石のローゼンも、魂の器である幽星体そのものを、完全に治すだけの知識は無いと言っていた。
「アルカメリア本部でも見たが……。あの時はただただ驚きしか無かったものだが、蘇生魔術を無詠唱で複数同時にとは……な。魔王なんだな、お前は本当に」
魔王は魔界に命を与える存在。ロジオンの言葉に、なんだか妙に納得をしてしまった。蘇生の術式はアーシェ婆から教わったものだけど、普通に魔界で育ったなら、出会う事は無かっただろう。
魔界には蘇生の魔術は存在していない。魔術の知識は人界に比べれば遥かに上だが、元々が長寿命で、あまり必要とはされて来なかったのだろう。だから魔王は魔力を糧として与える存在ではあるが、失われた命を復活させる存在では無い。
だが、ロジオンに指摘されて、何となくだがアマーリエの言っていた言葉を思い出した。
─── 『骸の王』
あれは俺の鎧姿をさしているのだと思っていたが、もしかしたら『骸に息を吹き込む魔王』という意味だったのかも知れない。
「あ、主人様……う、うう……っ」
家令のひとりが体を起こそうと呻きながら、こちらを見た。初老の執事長ベイリオスだ、
「ベイリオスさん、今は動かないでくれ。魔剣傷で幽星体が傷付いているんだ、何とか形を整えてはいるが、余り動くとズレる」
「な、なれば……せめて勇者ハンネスが……
踏み込んで来た時の状況を……ご説明いたします……」
ベイリオスが話始めると同時に、他の使用人達も蘇生が完了したようだ。ロフォカロムはそんな彼らの上を慌てて飛び回っていた。元々、七魔侯爵でありながら、侯爵と言うよりも御山の大将な雰囲気はあったが、使用人達を人として大事に思っているのだと分かり、思わず気持ちが少し和らいだ 。
※
ロジオンが七魔侯爵の異変に気がついたのは、魔王城のある王都ハルファレウスに近い、七魔侯爵シェルム領に到着した翌日だったという。
『星母シェルム』は魔界では『生』を司る七魔侯爵のひとり。彼女と会う約束を取り付けた翌日、その神殿に訪れたロジオンとヒルデは、殺害されたシェルムの巫女達を発見した。その時にはすでにシェルムの姿も無く、結界に阻まれて見る事しか出来なかったという。
生き残りの巫女から犯人は『ハンネス』と名乗る青年と女の二人組だったと聞く。
嫌な予感がしたロジオン達は、すぐさま他の七魔侯爵の元へ急いだが、行く先々で凶行の跡を見せつけられた。どうやらハンネス達は、飛翔魔術より速い移動手段。『光の洞』を使っていたのだと思われる。
「土の七魔侯アスガル、死の七魔侯レラジェス。そして、水の七魔侯セィパルネの死は直接確認した……。他からも連絡は入っている。七魔侯爵は全滅した。お前と合流するにも、転位で来るならフォカロムが良かろうと、ここまで戻って来たんだ」
「 ─── ッ‼︎」
七魔侯爵が全滅。そう聞いてやって来たものの、やっぱり改めて聞かされれば、その衝撃は大きい。
「何故、今更、七魔侯爵に……魔界に手を出す必要が……?」
「「「…………」」」
勇者は突然現れ、ロフォカロムと使用人達にリディの【拒絶】で身動きを奪うと、一人ずつ殺害していったそうだ。彼の実力なら一瞬で全員斬る事だって出来ただろう。
わざわざそうしたのは、凶行がバレないようにするためか、それとも彼らを舐めての行動か……。やりそうなもんだし、どちらにしろ胸糞が悪いとかのレベルじゃない。
ゴト……ッ!
ふと床に重たい音が響く。全員が振り返って身構える中、見覚えのある白銀の姿が、ヌーっとそこから生えるように姿を現した。
「ペルモリアの兵か⁉︎」
「…………ここにも……来たのか……アレは。
いや……。ロジオンがここにいると聞いて……連れて来た……」
パルモル平原の七魔侯爵、女王ペルモリアの兵隊アリが、そう言って背中に乗せていた包みを手に持った。
「……? 連れて来た?」
「……モゴォッ! モガガッ!」
「「「─── ッ⁉︎」」」
絹の布に包まれたソレが突如、唸り声を上げて蠢く。兵隊アリは『あっ』と何かを思い出したように包みを解いてそれを両手に乗せた。
「馬鹿者! あんなに厳重に包む奴があるか! 狭くて暗くて寂しかったであろうがッ‼︎」
「「「ペルモリア⁉︎」」」
ペルモリアの生首が、兵隊アリの手の上でぷんすか怒っていた。
「女王もやられたと聞いていたが、無事だったのか!」
「おお、ロジオンか。やられたも何も、この通りじゃ! あの小僧、次に会った日には全身に蜂蜜を塗って、蟻塚の前に放り出してくれる!」
「うん? その頭で喋ってるって事は、ペルモリアは殺されなかったんだな?」
「ああっ! 殿下ぁ、聞いてくださいよぉ! ハンネスと名乗るクソガキが、我のとこにいきなり来てぇ、我の大事な子供らを……! チャールズをッ‼︎」
ペルモリアもかなりの興奮状態だったが、流石は女王か、ひとしきり呪詛を吐いた後に冷静さを取り戻した。
「なるほど……。ペルモリアの出歩き用のボディを本体だと思い込んで、ハンネスは破壊して帰っていったのか!」
彼女の本体は、女王アリそのもの。俺と闘った時も、本体は別室に隠されていて、出歩き用のゴーレムを操っていた。あの魔力と闘気がびんびんのボディだったら、初見で偽物だと疑う事はないだろう。不幸中の幸いといった所だ。
「そう! あの小僧、生意気にも勝ち誇ってベラベラしゃべりやがったんよ! 腹たったけどボディが破壊された時に、少しだけ力を与えたらコロッとだまされてやんの〜♪ ああッ! 無理、やっぱトサカに来る! 殿下、どうかお力を! あの小僧をこの我がギッタギタに‼︎」
彼女の興奮状態も覚めないようなので、記憶映像の魔術を使い、その時の様子を映し出した。
そこで起きた光景と、ハンネスの言葉に、俺達は衝撃を受ける事となった ─── 。
※
「ハンネスの三百年探し続けた物ってのは、どう考えても……」
─── 聖剣ケイエゥルクス
義父さんが勇者から奪い、世界の何処かに隠した、天界の『浄化システム』を発動させる為の鍵だ。そしてそれは天界に行く為の鍵でもある。彼の宿願である『天界の破壊・神殺し』には必要不可欠な物だ。
「聖剣が隠された場所には、何らかの守護者が居るという事ですかね。それと闘う為に七魔侯爵の力すらも奪う事にしたと……。すでに魔界は、七魔侯爵消滅の影響が出始めているようです。
しかし、その情報をハンネスに与えた人物とは一体……?」
「……分からない。義父さんと何らかの繋がりがあったのか、それとも聖剣を隠したのを目撃した者があったのか……」
「ねえアル? もしかして今すぐにでも勇者を追った方がいいんじゃない……?」
三人で話していると、ロジオンは厳しい顔をして、俺の肩に手を乗せた。
「行って来い。魔界ならオレたちが何とかする。ハンネスを倒せるのはお前だけだアルフォンス」
ロジオンの言葉にロフォカロムの火の球は弱々しく揺れ、ペルモリアは悔しげに目を閉じた。
「いや、まずは魔界の安定だ。これから七魔侯爵全員を復活させる。ロジオン、案内してくれ」
「な……ッ! ハンネスが聖剣を手に入れたらどうするつもりだ!」
「義父さんの力を信じる。それに、聖剣を手に入れたからといって、すぐにどうこう出来るわけじゃない。浄化システムの発動には、世界人口の半分……三億もの人類を滅ぼす必要がある。時間は多少ある、それよりも確実にハンネスを止める為に、俺の力を底上げする方が先決だ」
と、その時、地響きのような振動が起き、嫌な揺れ方をする地震が起こった。七魔侯爵の抑えて来た自然界の脅威。その内、大地を治めていた七魔侯爵アスガルの不在が、既に影響を及ぼし始めている。
「アルくん。それはつまり、お姉様に会いに行くと言う事ですか?」
「ああ、俺は魔界の異変を止める。そして勇者不在の魔王城で姉さんから『クヌルギアの鍵』の残り半分を受け継ぐ。父さんから貰った半分だけでも、相当なパワーアップになったからな」
「……魔王城。姫さんの解放……」
ロジオンは反芻するように呟いた。彼の心に三百年あり続けた姉さんへの想い、そしてこの魔界に渡ってから半年近く、彼はその再会の時をどれ程求めていた事だろう。
「世界人口に魔界も含まれるのだとすれば、魔界を守る事も当然必要な事だろ? ペルモリアの加護のお陰で、今は『人』の心にまでは影響が出ていない。騒乱になる前に、手を打つ方が後々も安心に繋がる」
「そうか、そう……だな……」
ロジオンとしては複雑な気持ちだろう。人界への想い。人界に居る魔王フォーネウスから託された元魔界出身の種族の存在。俺の姉、イロリナへの想いが個人的な物であるからと、彼はそれを前面には押し出すまい。
「まずは各地の七魔侯爵復活からだ。それとその配下や家臣に命を落とした者があれば、それらも救おう。ロジオン、ここから先の七魔侯爵の居場所を俺は知らない、案内を ─── 」
「あ、それなら先輩、全部回る必要なんてないっすよ♪」
「だーりん……いや、ロフォカロム! まさかそなた、殿下を星棺にお連れするつもりか⁉︎」
ロフォカロムの発言に、ペルモリアが思わず声を荒げた。アリの生首と火の球が会話してるのも、中々に不条理なものがあるが、本人達は至って真面目だ。
「魔王と七魔侯爵は相入れぬもの。今更そんなこと言ってらんねーっしょペルモリア。おれらは負けたの。復活すんのにどんだけ時間が掛かると思ってんだ? 肉体だけじゃねえ、加護の問題もあンだろーが」
そう言ってロフォカロムは俺に向けて、小さな光の球を飛ばした。それは俺の体に触れると、すうっと入り込んで来た。
「ん? なんだ今のは、何か ─── 」
「あ、スンマセンね先輩。ちょっと痛えかもしんねっすw」
「は? ぐっ、うがぁ……っ⁉︎」
猛烈な炎が渦巻くような感覚に、体の奥底から焼かれる。強烈な熱量と、ヒリつかせながら上がっていく圧迫感が、頭の先まで突き上げる。
「ちょちょいちょいっと♪ もう大丈夫っす。流石は魔王の血筋、自然界の力でも簡単に受け止めるとか、マジハンパねえw」
「お、おい! 今のはなんだ⁉︎ 体の内側から燃え尽きるかと思ったぞッ⁉︎」
とんでもねえ悪戯しやがってと、火の球に食ってかかろうとしたら、その横でペルモリアが口をパクパクさせていた。
「け、権限を与えたじゃ……と? ……ロフォカロム! 魔王に我らの力の真理を与えるなど、誓いはどうしたッ‼︎」
「アァッ? 先輩はまだ魔王じゃねーぞ? テメェ、先輩のことディスってんのかコラ」
「違うッ! 加護を与えるのはよいが、権限まで渡すのは、我ら七魔侯爵の存在意義を捨てるも同然! 魔界のバランスのことを言っておる!」
「他に手があンのかよ? 勇者ひとりも倒せねえおれらがよ、今更バランスだの誓いだの言ってる時じゃねーだろが。ペルモリア、テメェも七魔侯なら、魔界の事を最優先に考えろ!」
「…………あ、うん。かっこいい……」
そんなふたりの会話を聞いてる間にも、俺の体内ではロフォカロムの操る、魔界の『火』に関する超々高速の術式の演算のようなものが流れていた。俺に力の根源を移譲して、俺を通して魔界のエネルギーの統制を取って居るようだ。
「悪いね先輩、ちょっとの間だけだからさ。 感じるっしょ? おれの仕事がどんなもんだったのか」
「ああ……とんでもない処理速度、とんでもないエネルギー量だな……。こんなもん、俺に知られていいのか? 俺がいじったら、一発でお前の仕事を乗っ取れるぞ……」
これはそれぐらい迂闊な行為だ、ペルモリアが慌てたのもうなずける。今、ロフォカロムが俺に与えたのは、この魔界の温度をいじれるくらいの権能だ。ただでさえ魔王は魔界に魔力を分配する要で、その力は独裁に傾こうとすれば簡単に出来る。七魔侯爵の存在が魔王と相入れぬと言うのは、それを防ぐ為の言わば対抗組織だからだろう。
「いや〜先輩、ホントはもう気付いてるっしょ? 術式遡れば、おれの無力化だって出来ちまうんだよね〜ソレ♪」
「……ああ。丸見えだこんなもん……」
「「「 ─── !」」」
七魔侯爵の存在は、他の生命に比べて大きく異質だ。その理由すら、今見えている術式で分かってしまった。
「世界が続く保証はねえ。おれは先輩に全てを賭けるぜ!」
「……殿下、我は権限をこの場ではお渡し出来ぬ。我の力は今この時期では余りにも危険過ぎる故……。殿下を信用して居らぬと言うものではないと、どうかご理解を……」
「ああ、分かってるよペルモリア。お前の力は人の心理に関わるものだ。そんな危険なものを、生きているお前から、わざわざもらう必要はない。今まで通り頼む。あれだけ多くの我が子を抱えているんだ、慎重にもなるさ」
「殿下ぁ……」
さて問題は、他の七魔侯爵の復活と魔力供給だ。多分、ロフォカロムに与えた量なら、全員を復活させて賄えるくらいは、俺の魔力量はある。ただ、魔界中を駆け回っている時間は惜しい。
「ロフォカロム、さっき『全部回る必要ない』って言ってたけど、あれはどう言う意味だ?」
「ああ、おれたちの本体が置かれてる場所があるんすよ♪ そこに魔力を流し込めば、全員まとめて復活しちゃうんす。楽勝っしょ☆」
「…………本体? そんな場所を教えて良いのか?」
「いいのいいの☆ それにどうせ今は先輩に頼るしかないんだし、誰もなぁんも言えねーって♪ さ、案内するぜ先輩。おれらの聖地『グリオグの星棺』へ」
ソフィアとスタルジャ、ロジオンも同意らしい、深く頷いた。と、その時、ヒルデからの念話が脳内に響く。
…………あっくん! ロジオン! 大変ですわ! 王都が、王都ハルファレウスが…………
「どうしたヒルデ、こっちは七魔侯爵を救う目処が立ちそうだ。王都がどうしたって?」
……クヌルギアの魔物達が、街に溢れ返っていますわ! 至急応援を! これは、わたくしでもちょっと手厳しいですの……
念話からは雑音や背後の音は無いものの、ヒルデの動揺が伝わって来ていた。
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