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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第九章 適合者

第十一話 息抜き

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勇者ハンネスから受けた魔剣傷は、
スタルジャに精神的外傷(トラウマ)を与え、
目を逸らしていた過去を見せつけられる精神の深層に囚われた。

眠り続ける彼女、
無力感に苛まれるアルフォンス。

しかし、
神龍ディアグインが語った、
リディの神威をはねのけた手法が鍵となり、
進展を始める。

ディアグインの手法から、
ローゼンは守護神契約の仕組みを解明し、
アルフォンスの魔王としての性質を利用して、
スタルジャとの守護神契約を結ばせた。

深く結ばれた魂の絆。

それが発端となり、
アルフォンスは夢の世界で、
スタルジャの精神世界に入ることに成功する。

しかし、まだ結ばれたばかりの契約は薄く、
彼女を見ることは出来ても、
話しかけることは出来なかった。

小さくても進んだ一歩。
アマーリエの予言を胸に、
再び魔界へ渡る立て直しが続く。

 緑がかった銀色の髪を撫でる。さらさらと指の間を通る、その銀糸のような手触り、指先に感じる体温。長いまつ毛の伏せられた眼は、今にもぱちりと開いて、起きてくれるんじゃないかと何度そう思った事だろう─── 。

 寝た切りの彼女の髪が、ここまで滑らかに整っているのは、ソフィア達の甲斐甲斐しい世話のお陰だ。そして、この屋敷で働く使用人達の、細やかな心遣いのお陰だろう。後ろに控えて立っていた侍女に『ありがとう』と伝えると、頰を染めてしばらくボーッとした後、慌てて深々と頭を下げられた。

「スタルジャ、聞こえるか? みんなこんなに君の事、大事にしてくれているんだ」

 長い眠りに硬ばらないよう、語り掛けながら、彼女の指を一本一本揉み解す。

 守護神契約から、四日が経った。あれからも毎晩、彼女の精神世界に入っては、意識にアプローチを繰り返して来た。彼女がこちらに気がつく様子は、未だに一度も起きていない。それでも、ミィルやソフィア曰く、俺とスタルジャの契約は、順調に深まっているらしい。その実感が、俺本人に分かりようが無いってのは、どうにもやきもきさせられる。

「焦る必要は無いですよ。スタちゃんも、今までず〜っと頑張って来てたんです。私たちと出逢うずっと前から。……今はちょっとした休憩ですね」

 いつの間にか、ソフィアが隣に立って、スタルジャの顔を微笑んで眺めていた。

「 出来れば、穏やかな休憩にさせてやりたいよ。今もまだ、彼女は闘っているんだ、精神世界で」
「過去との対話。精神的外傷トラウマの克服です……か」
「…………」
「辛い闘いですが、克服した先には、より広い世界が待っています。克服は、ただそれと闘うだけではありません。に落とす。それが出来る自分を整える事も、克服です」
「自分を整えるか。俺もそうしなくちゃいけない事、いくつもあるなぁ」

 勇者との闘いは、俺に大きな問題を投げかける、何か強制的な壁だったようにも思えていた。自分が適合者だと知り、魔王の候補者だと知り、そのどちらになるにも超えなきゃいけない事がある。

 例えば、アルファードと俺だ。ソフィアはしばらくうつむいて、寂しげな表情で顔を上げた。

「私も……なんですよ……」

 そうつぶやいてスタルジャに視線を落とすと、ソフィアは部屋を後にした。

 ※ 

─── ティフォに屋敷を

 後の事を廊下にいた侍女に任せて、スタルジャの所から、自分の部屋に戻った瞬間だ。俺は触手で縛り上げられていた。

「や、やあ、ティフォお帰り。これは一体、ナニかな?」
「すん、すんすん、ふんっ! ティフォは、疲れている。オニイチャ成分、とてもひつよー。よこせ、よこすんすん、フガフガ」
「あひんっ⁉︎ くすぐったい!」

 自由を奪われた俺の首から耳の後ろまで、ティフォの小さな鼻先が、フンフン嗅ぎながら上下して擦り付けられた。それに合わせて、彼女の小さくて細い指先が、胸元をさわさわして来る。

「こ、こそばいッ! ティ、ティフォ……やめ」
「うるさいオニイチャ、人がきたら、どーする。だまって、にさせろ!」

 狂ってる! こいつを世に出すのは、まだ早過ぎたんだッ‼︎

─── 数分後

「はふぅ。よかったわ、オニイチャ。おつかれ分泌物が、深みと酸味の、ないすあくせんと♡」
「はうぅ……(体調とか成分的な分析は、聞きたくなかった)」

 嗅ぐだけ嗅がれてポイ捨てされた俺は、涙目でシャツの乱れを直すしか出来なかった。そんな事を御構い無しに、ティフォは俺のベッドに飛び込んで、うつ伏せでモゾモゾ動いている。

「はぁ〜、これでねむれる。オニイチャのベッド、べりーしるぶぷれ。すんすん」
「へ、へんたいっ!」
「じょーだんはさておき。ティフォのみっしょんは、こんぷりーと。マジ、おつかれ山」

 ティフォは俺が倒れて以来、ロジオンをギルド本部に届け、勇者の情報を方々に伝達。更にダークエルフと、精神世界の情報を集めながら、情報網構築に子マドーラを配置して来てくれたりしている。ローゼンの頼みとか、ギルドの頼みとかも、知らない所でこなしているらしい。

「ありがとうなティフォ。俺がもう少し動ければ……」
「ん、心配すな。オニイチャは、タージャのことを、たすけてやって。あたしは、自分にできること、それだけをパーフェクトにするまで」

 ティフォは激務の間を縫って、ソフィアやローゼンと、何やら小難しい相談をしている。スタルジャの部屋にも、よく顔を出しているみたいだけど、最近は中々会えなかった。しかも、赤豹姉妹の稽古もつけていて、もう元からのジト目なのか、疲れた表情なのか分からない。それでいて、夢の世界での特訓にも、彼女は全力で取り組んでいた。

「凄く助かってるよ。ティフォは本当に凄いなぁ、俺なんか未だに、どこから手をつければいいのかって浮き足だってるんだよなぁ」
「ん、こっちゃこい」

 うつぶせで枕に埋めていた顔を少しズラして、トロンとした目で俺をチラ見すると、クイクイっと手招き。近づいた俺の後頭部を掴んで、強引に自分の胸へと引き寄せ、抱きしめられた。

 やだ、この子、すごいチカラ! また荒々しい事されちゃう⁉︎

 なでなで……なでなで……。

 また強引に何かされるのかと、強張っていたら、ただ優しく頭をなでられた。彼女の胸が、俺の顔にとくんとくんと、鼓動を伝えてくる。少女の胸に顔を埋め、頭を抱きかかえられながら、大の男がなでられる。絵面は非常にアレだが、彼女の温もりに、全身の力が抜けていくようだった。

 ああ、俺、またのかな。知らないうちに、体の色んな所に、緊張があったんだと気付かされた。

「なんだって、やってみればいい。オニイチャは、たくさん失敗しても、ティフォがゆるす。転んだって、迷ったって、前にすすむのは、ゆーきがひつよー。オニイチャは、がんばってる。あたしはよくしってるぞ?」
「…………うん」

 あかん、何か泣きそうになってしまった。見た目と口調は幼いけど、本当のテォフォは、俺の三十六万も年上なんだよなぁ。ゆっくり、優しい口調で囁く声が、俺の体の力をスーッと溶かしていく気がした。

「ティフォは、辛い事ないか?」
「ん? つらいことは、ないよ。今はできることしか、してないから」
「出来る事か……」
「ん。あたしは、あの糞スキン女に、完全に負けた。くやしい、はらたつ、シャウトしたい。でも、がなっても、なんもならん。オニイチャといる。これがあたしの、この世にいる意味。だから、全力でオニイチャをささえる。今は、ひじょーに、みたされておる」
「ティフォ……」

 思わず顔を上げたら、頰を両手で挟んで、唇を重ねられた。いつもの情熱的な求め方ではなく、ソフトにただ体温を伝えるような、優しいキスだった。

「オニイチャはつよい。あたしのホレてるアルフォンスは、本人がおもってるいじょーに、つよい。ただし……」
「ただし?」
「ちと、こもり過ぎな。外あるけ、人としゃべれ、景色みろ? 元気だすにも、ねんりょーがひつよー。それは、そーいう、くだらねーことが大事。ほれ、これやるから、遊びいってこぉ」

 と言うわけで、俺はティフォに『しっし』と追い出された。

 お小遣いの入った巾着と、シリルの妖精王からだと言う高級酒、それと変なサングラスを渡された。『バカンスセット』らしい。いや、もう夕方だから、サングラスとか暗くて危ないんだけどな? 彼女の気持ちを、ありがたく受け取って、俺は海岸沿いを少しブラつく事にした。

 ※ 

 港から少し歩くと、岩場混じりの砂浜が、夕暮れの色に染まっていた。久し振りに見通しの良い所に来たせいか、すでに紫色がかった空の向こうから射す、細い夕陽が目にしみる。

(ティフォのやつ、こうなるの見越して、これ持たせたんか?)

 アケル土産の、ある意味で有名なサングラスが、まさかここで助けになるとは。日射しが強く、ネコ科の獣人が多いアケルの都市部で出回ってる、お土産用サングラス。竹製のフレームに薄い樹脂のレンズを貼っただけの使い捨てタイプだ。
 便利は便利だが、何故かフレームの両サイドに、無駄にセクシーな猫耳獣人娘の飾りがついてる。極め付けは、目に痛いくらいのドギツイ赤字で書き殴られた『アケルへようこそ!』の文字だな。初めて見た時は、罰ゲーム中の獣人かと思った次第だが、その割に着けてる人数が多かった。

(人っ子ひとり居ないし、いいかぁ)

 そう思って着けてみたら、想像以上に快適で、何故か悔しさと共に気分が高揚していた。まあ、誰かに見られても、二度と会わねえだろうしな♪

 『バカンスセット』とは言い得て妙だ。言葉は悪いが、この底抜けにくだらなくてダサいアイテムが、しがらみを薄れさせる。妙に気分が良くなって、シリル土産の高級酒も、袋から取り出してみた。

 『堕落妖精のしたたり 十二年』

 ラベルを読んで、鼻から変な音が出た。『したたり』って何だよ、何が垂れたの? 何が入ってんだよおっかねぇ。妖精王ゲオルグがくれたって言ってたけど、王宮にあるにしては、商品名が不敬過ぎだろ? これ、絶対ティフォか、メイド長のチョイスだとしか思えん。

 グビッ

 まあ飲むけどさ、飲んでみたら凄く上等なブランデーで、二度びっくりだよ。マジで高級酒っていうか、特級酒じゃねえかこれ……! 商品名考え直そうぜ?

 立て続けに自分の常識が崩され、もう何だかどうでも良くなって、楽しくなって来た。ここまでがティフォの計算だと思うと、異界の神の見通す力に、脱帽するしかない。

「おおっ! そこのおにーさん、自由な感じだねぇ〜♪」

 鼻歌交じりで海岸を歩いていると、岩場と岩場の間から、急に声を掛けられた。見ると長い金髪にあご髭、派手な格好のチャラい感じの男が、ニコニコして手を振っている。やや垂れ気味の細い眼に、キュッと上がった口角、もうあからさまに『女たらし』と言う感じだ。

 焚火を挟んで彼の隣には、アッシュグレーの長い前髪で片目を隠すように流した、狐目のこれまた色男がだらしなく脚を投げ出して座っている。ちょっとサングラスが恥ずかしくなったが、急に外すと負けた気がするので、そのまま平静を装う。

「よお。こんな時間に、野郎ふたりで何してるんだ?」
「えっ? ここを通りかかって、声を掛けたのが、おにーさんでふたり目。野郎しか通らなかった〜って、だけだよね☆」
「って事は、そこのお連れさんも、初対面って事か?」
「へへ、そうなんですよー。急にこの人に声掛けられましてね、気がついたらここで焼き貝作りながら、飲んじゃってまして。へへへ」

 金髪の方は、俺より一回り年上か、ニッコニコで上機嫌な遊び人風。灰色髪の方は俺と同じ年くらいで、ヘラヘラしてる割に、パリッとした役人風の雰囲気がある。どちらも地元の人間には見えなかった。

「おほ、こっちはパッカーん開いたね。どうだいおにーさんも、おひとつお呼ばれされてみない? お呼ばれるよね☆」

 怪しい気配は無い。いや、怪しい人らではあるんだけど、嫌な魔力とかは感じられない。何だろう、イケメンにこう和かに話し掛けられると、男の俺でも悪い気がしないのは。

 気がついたら、自然に俺も焚火の前に座ってしまっていた。金髪男は、乾かしたオウリュウササの葉を広げて、焼き立ての貝を乗せて配る。同じく葉を織って作った、即席の盃に酒を注いで手渡してくれた。

「ま、ま、ご縁がありました〜って事で、カンパ〜イ☆」

 初対面の人に渡された酒を、恐る恐る思い切って口に含んで見れば、雑味のないすっきりとした蒸留酒で中々に美味い。汁気たっぷりの二枚貝は、湯気がもうもうと立っていて熱そうだが、こういうのは熱いうちが華だ。
 プリプリっとした貝の歯ごたえに、やや砂感が残るものの、海の出汁を凝縮したようなエキスが舌に広がる。その濃厚な旨味と、笹の風味が移った酒とがスッキリ濃厚、優しくピリッと。相性は抜群だった。酒を舐めれば、旨味と塩っ気のある貝が恋しくなり、また酒を呼ぶ。

「くぅ〜っ、美味いなぁ! 笹で飲むってのも乙なもんだ」
「あ、おにーさん分かるねえ! 温めた酒にすると、また香りがいーんだよねえ」
「へへ、もうさっきから、止まらないんですよコレ」

 初対面同士、会話が続くものなのかと思ったら、意外や意外。焚火効果とバカンス効果だろうか、特にお互いの素性も言わないまま、酒の話と旅の話で盛り上がった。ふたりとも旅慣れているのか、次から次へと話題が出て、どんどん居心地が良くなる。

「ああ、貰ってばかりじゃ悪いからな、良かったらこれ、試してみてくれ」
「おほ! 実はねえ、さっきからずーっと気になってたんだよねえ〜☆ 変わった瓶だけど、どこのお酒?」
「シリルの高級酒らしい。仲間がもらってきたんでな。いわれは知らないが、中々上等だぞ」

 お土産の酒は、流石に笹で飲むのは合わない気がして、ズダ袋からカップと燻製チーズを出して配った。

「へへ、これヤッバイすねー! ガツンと来るのにフルーティ、何て酒なんすか?」
「あー、ラベルには『堕落妖精のしたたり 十二年』って書いてあるな」
「─── ブッ⁉︎」

 灰色狐が急に咳込み出した。結構酒精キツイもんなこれ、とか思ってたら、どうもそこじゃないらしい。バッと瓶を取って、ラベルを見て唖然としている。

「こ、これ……ラルゴーじゃないっすか⁉︎」
「ラルゴー?」
「シリル幻の酒っすよ! 妖精から聞き出した秘密の製法ってやつっす! こ、こんなもん、ラッパ飲みで海岸歩くとか、富豪すか⁉︎」
「あはは、おにーさん超自由だねえ☆ ……養ってくんない?」

 ちょっと金髪の目が本気なのが痛い。そして、何故か灰色狐は、そっからお酌してくれるようになった。と、灰色狐が近づいた時、香辛料のような変わった香りが、その体からふわりと届いた。

「変わった香りだな。香水でもつけてるのか?」
「へへ、分かっちゃいましたか。これ、南方中央の辺りで流行ってるんすよ。『魔惚香』って、惚れ薬みたいな効果があるらしいっす」
「ほ! 何それ何それ、自由な感じだねえ。効果ある感じ? ある感じ?」
「さあ? 元から方なんで、よくわかんないっす。でも『近くにいると落ち着く』って言われるようになったっすよ?」
「「おお……⁉︎」」

 そこからふたりは、どこの国の女がいいだとか、どこぞに港を作っただとか盛り上がり出した。俺はまあ、笑顔で相づち打ちながら、酒を煽るしかないよねえ☆

「しかし、変わった香水だねえ。魔力を発してるのかいそれ。なぁんか肌にモヤモヤ来るよねえ」
「お、敏感っすね。デザートジャッカルの魔石袋から作ってるらしくて、少し魔力入ってるらしいんですよ。相当集中しないと、分からないっすけどね」
「【魅了テンダーション】みたいなもんか。でも、その状態の相手と……って、何か良くなくなくないんじゃ?」
「「ははっ、既成事実、既成事実」」

 カルチャーショックだ。え、もしかして俺って、ヘタレなのか⁉︎

「おにーさん、自由そうなのに、真面目くんだねえ〜! 恋はさ、時間でもなんでもないよ、燃えたその時が永遠じゃない☆」
「へへ、僕にとっては、異文化交流みたいなもんっすけどねー♪ ほら、どんな感じの人なのかなーとか、興味湧いちゃうじゃないっすか、取りつくろってる時以外の、顔とか声とか」
「ははは、自由だねえ☆」

 いや、俺が今まさに異文化交流だよ。ふたりは『どこどこ国の女性は』とか『方言が』とか『港を作るロマン』とか、盛り上がり出してしまった。余りに刺激的な会話に、目の前が真っ暗になる。あ、サングラス着けたままだからか。流石に陽も落ちて、辺りが見えなくなって来たし、わずらわわしくなって外す事にした。

「おっ! 何なに、おにーさんって、かなり整った顔してるじゃない」
「……またまた。調子いいなぁ」
「おにーさんって、魔人族? いや、角はないし、流石にちがうか。人間族で黒髪に紅い瞳は中々珍しいねえ。ドキッとしたよ〜、モテるでしょ?」

 その言葉にこっちがドキッとしたわ。『あ、違います自分魔族っす』とか、軽く言えたら楽なんだろうけどなぁ。
 灰色狐の方は、なんだか真顔になって、俺の顔をしげしげと見ている。
 ……何だ? 彼の空気が変わった気がする。そっちが気になるけど、金髪がベラベラ喋ってて、会話が切れない。

「まさかその顔で、童貞って事は無いよね☆ 恋人とかいるんじゃないの〜? 結構一途な感じだったりしちゃうのかな?」
「ど、どど、童貞なわけななないじゃん?」
「おほ。反応が怪しいなぁ〜☆ 彼女さんは?」
「彼女って言うか、婚約者はいる」
「かぁ〜っ、そー言うのも良いよねえ☆ どんな娘、どんな娘〜?」

 金髪の浮いた話の隣で、灰色狐の表情が、どんどん険しくなっていく。それが気になって、俺も金髪の話に適当に合わせた。何者だ? 俺が素顔を晒した辺りから、様子がおかしい。
 まさか帝国関係の人間か─── ?

「どんな娘かって、五人いるしな。種族も違うから、一言じゃあちょっとなぁ」
「ご、五人ッ⁉︎ スゴ……! やっぱ富豪だったりするのかいおにーさん⁉︎ ……養ってくんない?」
「色々あってなぁ。ところでそこのアンタ、さっきから顔色が悪いが、大丈─── 」
「……ッ!!」

 声をかけた瞬間、灰色狐が目を見開いて、突然立ち上がった。

「ん〜? どうしたんだい?」
「アンタは一体……?」
「う……げぇ〜、オロロロォッ、ウロロロ……」

 灰色狐が、壮大にゲロ吐いた。

「だ、大丈夫かい……って、あ、酒が空になってるねえ⁉︎ 飲み過ぎだよぉ〜」
「……けふっ、らって、美味しくて……オロッ」

 んだよ、ただの酔っ払いかよ。強い酒って、いきなり酔いが回ったりするしなぁ。シリルの酒、口当り良かったし、ハイペースになっちまったのか。とりあえず口をゆすがせて、水を飲ませて、休ませる。酔い醒ましに【清浄グランハ】を掛けてやってもいいけど、変に勘繰られるのも嫌だから、自然にまかせる事にした。

「おにーさんは大丈夫みたいだねえ?」
「ああ、体質かな。あんまり潰れた事ないな」
「ははは、ぼくもだよ〜、不経済だよねえ☆」

 しばらく金髪と酒を酌み交わし、ふたりで盛り上がっていたら、灰色狐が起き上がった。

「うー。……帰る」
「ひとりじゃ危ねえ。送ってやるよ、家……宿は何処なんだ?」

 ヘロヘロながらも、彼は自分の宿の場所を言えていた。普段は真面目な人何だろうなぁと、よりにもよって、こんな所で感じ取れてしまう。

「あー、俺の帰り道だな。じゃあ、送ってくか。歩けるか?」
「らいじょーぶ。らいじょーぶ。めっちゃくちゃ、あるけるしぃ……へへへ」
「その台詞で大丈夫なやつ、俺は見た事ねえよ」

 吐くもん吐き切ったみたいだし、負ぶって行ってやるか。

「あー、済まねえなアンタ。そう言うわけだから、こいつ送って行くわ。酒と貝ありがとうな。美味かったし、楽しかったよ」
「ははは、こっちもだよ〜☆ また何処かで会えたら、よろしくねえ〜」
「ああ。じゃあな……」

 金髪はまだここで飲むつもりらしい。御礼代わりに、酒とツマミをいくつかあげたら、きゃっきゃして喜んでいた。結局、名前すら知らないまま、長いこと酒を酌み交わしてしまったな。こういう出逢いってのも、旅の醍醐味かも知れない。

 身のある話かと言えば、疑問ではあるけど、人の考え方を聞けるのは貴重だしな。そうして、俺は見ず知らずのスケコマシ、灰色狐の男を負んぶして歩き出した。

 ※ 

 暗い坂道をトボトボと、野郎を背負って登って行く。崖沿いの道は綺麗に整備されていて、頭上にせり出した樹々の奥から、時折驚いた鳥の声が響く。それ以外は潮騒が、崖下から微かに聞こえる程度の、静かな夜だ。

 ティフォの言う通り、たまにはこうして、外の空気の中を歩くのもいいもんだな。帰ったらちゃんと御礼をする事にしよう。貰ったお小遣い、そのまま返すのもアレだし、何か買ってやろうかな? そろそろ『オニイチャ人形』以外の何か、あげたいしなぁ。

─── もぞ……っ

 背中で灰色狐の男が、モゾモゾと動き出した。どうやら目が覚めたらしい。

「大丈夫か? この先でいいんだよな?」
「はい。すみませんね、へへへ」
「こっから先って、建物がちらほらしかないよな。しかも、貴族の屋敷ばっかだ。もしかしてアンタ、結構いいとこの若旦那だったりすんのか?」
「いえいえ、僕なんかただのペーペー役人っすから」

 あ、やっぱそうなの。ヘラヘラしてるけど、着てる物はそれなりに上質だし、役人独特な距離感みたいなのがあったしな。

「この辺りでいいす」
「ん? もう歩けるのか」

 そう言って降ろそうとしたら、男はスッと降りて、流れるように数歩後ろに下がった。

「…………。大丈夫そうだ……な」
「ええ。とても助かりましたよ、感謝します。アルフォンス・・・・・・さん」

 月に掛かった雲の影が、男の姿を半分闇に溶け込ませる。男は髪の掛かっていない、吊り上がった細目を、愉しそうに歪ませてこちらを見ていた。その姿に、さっきまでの酩酊の様子は、微塵もない。ささやかな風に乗って、男の纏う香水の香りが、ふわりと鼻をくすぐった。

「あれ? 俺も酔っ払ってんのかね。アンタに名乗った覚えがないんだが」
「へへ、そうでしたっけ? まあ、いいでしょう。あなた、アルフォンス・ゴールマインさんでしょう?」
「名乗る必要も感じないが……。そうだったらどうする?」

 男はニコリと微笑んで、黒革の手袋をはめ、指揮をするように指先を踊らせた。

 ゾゾ……ゾゾゾ……

 闇の中から生え出すように、黒装束の集団が現れた。十、二十……男の背後と、アルフォンスの背後に陣を組んで、青白い刃を抜き放つ。

「なに、人違いでも構いませんよ。世の中には、人が溢れていますから、少しばかり減った方がね」

 ジャキ……ッ!

 コートの両袖から、それぞれ手先を覆うように刃物が突き出し、薄く長いその先端が刃鳴りを響かせた。

作者のつぶやき

謎の御当地サングラス。
今も売っているんでしょうか?
最近のお土産屋さんも、だいぶ品揃えが変わってきていて、旅行先で入るとちょっと寂しいです。

おどろおどろしい三角ペナントとか、椰子の実で作られた可愛くない人形、ジャラジャラうるさい貝殻の暖簾。
ああいうのワクワクしたんだけどなぁ。

ふぐ提灯ですら、見つけられなかったので、時代の移り変わりを感じています。

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