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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第九章 適合者

第十五話 おかえり

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エル・ラト教団内で勃発した、
トニオ司教の汚職事件の嫌疑と、
ヴァレリー司教への任命責任の追求は免れた。

女騎士ラブリンは今進んでいる道が正しいのだと実感し、
違う道を歩んでいるであろう恩人の男に想いを馳せる。

一方、
己の内に眠る過去の自分アルファードと、
真っ直ぐに対話をする覚悟を決めたアルフォンスは、
ヴァンパイアの始祖ローゼンに血を与え、
深い魂と記憶の繋がりを得た。

ローゼンのコントロールの下に、
精神世界でアルファードと再会し、
ただその体温を伝え合う抱擁を交わす。

それだけで、
アルフォンスは彼と自分が地続きなのだと確信し、
己が『偽物ではないか』という恐怖を克服。

そして、殺意への強い拒否反応の真実も見つけた。

 目の前にある扉が、大きくそびえているように感じて、ノックする手が躊躇ちゅうちょする。こんなに緊張するのは、どれぐらいぶりだろうか。

 だが、俺は大事な話をしなくちゃいけない。けじめはつけなきゃ、男じゃないからな。それが果ては、ソフィア達の幸せのために、スタルジャのために必要なんだと自分に言い聞かせる。
 何度目かの躊躇ちゅうちょの後、俺は意を決してドアをノックし、扉を開いた。

「ロジオン、俺が間違ってたッ!」

 開口一番そう叫んで、頭を下げる。恐る恐る顔を上げると、そこには……。ユニと、幼女型神龍ディアグインと、それぞれアイスを持ち、ぽかんとしているロジオンの姿があった。

「おお、アルフォンス! ちょうどいい所に来たな、差し入れでもらったミルクアイスだ。食うか?」
「アル様、これ超美味しいの♪」
「主人さま、ニンゲンってズルいよね! ディア、こんなのはじめてたべた〜☆」
「ふぇぇ……?」

 こんな形で出鼻を挫かれるとは!甘味に頰を緩める彼らの、邪魔もしたくはないし、このまま謝罪をするべきか真っ白になってしまった。

「いいから食え。辛気臭え話は後だ! お前、甘いのもイケるクチだろ?」
「お、おう……」

 んで、四人で仲良くアイスを食べた。

「ハッハ! いいんだよアルフォンス。謝らなきゃいけねえのはオレの方だ。長いこと寝てなくてな、お前を理解してやらなくちゃならねえのに、カッとなっちまってな。……済まなかった」
「ロジオン……」

 彼の気持ちも過去も知ってるだけに、そう謝られると、鼻がつーんとなってしまう。

「むしろ礼を言いたいくらいだぜ? ユニとディアがよ、お前が心配してるからって、オレの精神的外傷トラウマに一生懸命処置してくれてたんだ」
「ふたりとも……!」
「「でぇへぇ〜」」

 目を閉じると恐慌状態に襲われる、暗闇への恐怖。不眠でで削られる体力と精神力を、ユニが独自の魔術印で回復させ、恐怖を和らげる。ディアが時間魔術で、精神の体感時間を遅らせて、肉体の睡眠時間を相対的に伸ばす。

 今のロジオンには、これ以上ない対処だ。俺が落ち込んでる間に、ふたりがそんな事してくれてたとは、全く知らなかった。
 因みに彼の精神的外傷トラウマの事を、俺に打ち明けてくれたルーカスは、怒られたらしい。

「ルーカス、ひでぇとばっちりだ……」
「ガハハ! 大丈夫、よくあるこった。すぐその後に謝ったから問題ない。しかし、アルフォンス。お前顔つきが大分変わったな、何があったんだ?  あれから二日しか経ってないが……」
「ああ、俺の精神的外傷トラウマは解けたんだ」
「……なにッ⁉︎」

 ※ 

─── 二日前、アルファードに押し出された直後

 精神世界入口の暗い空間に降り立つ。なんだか背中が重いような、独特な疲労を感じて、深く溜息をついた。

『 なんだか、スッキリしたみたいなのです』
『ああ……。会えて良かった。ありがとうな、ローゼン。君のお陰で『俺』に会えた……!』
『ウフフ、ご自身がと、理解できたですかね〜♪』
『アルファードは俺だ。間違いなく地続きの人格で、俺は俺が生きるために切り離された、アルファードの先だったんだ……』

 そう、間違いない。彼を抱き締めた時、彼の体温を感じながら、俺自身の体温にも気づいてた。記憶が消えてたんじゃない、勇者の呪いから目覚めた時、俺は記憶に区切りを入れたんだ。

幽星体アストラル・ボディの後遺症、俺に刻まれた精神的外傷トラウマも、だいたい分かった』
『ほええ、すごいじゃないですか! 一体、なんだったです?』

 そう、アルファードと再会して以来、俺の中にあった自分が自分ではないような、どこか意識が遠い感覚がなくなっていた。

『俺は本気を出すのが怖い。悲劇に大きく関わった、魔王の力を解放するのを、本能的に恐れ続けていたんだよ。心の奥底で。……それなのに、力が必要になってしまった』
『ジレンマ……ですね』
『怯えながら、望む。そんな時に強い『殺意』を向けられたら、何かが目覚めてしまう。幼い頃、何もできなかった痛手も、俺の奥底でうずき出してたんだろう』

 幼い俺にとって、何も出来ないまま、祖父と両親を失った敗北の経験。俺と記憶は繋がっていなくても、魂に刻まれた傷口は、あの時のまま残されていた。

─── アルファードの抱える負の感情は、その時のものだ

 俺とアルファードが地続きである証拠。その感情の在り処が分かっただけでも、もうそれはいわれのない恐怖では無い。むしろ、幼い俺が守ってくれた今があるからこそって、自分に報いてやりたい気持ちが湧き上がっていた。

『しかし……流石に疲れたよ。なんだか背中が重い』
『くふっ♪ 現実に戻ったら、マッサージしてあげるです……って、あらっ⁉︎』
『ん? どうかしたか? 俺の背中、どうかなって─── 』
『ちょっ、ここで何してるですか⁉︎ 一体どうやって⁉︎』

 途端にふいっと背中が軽くなると、俺の隣に紅い何かが歩み出た。

『ティ、ティフォ⁉︎』
『ん、オニイチャの心の中、暗い』
『俺が暗いみたいに言うなっ! どうやってここまで……。えっ? もしかして、ずっとくっついてたのか⁉︎』

 ティフォがふよふよと浮きながら、フンスと鼻息をひとつ。

『お月さま、きれいかったな』
『どーやって、ついて来たですか⁉︎』
『オニイチャの血もらったの、ローゼンだけじゃない』

 あ、俺こいつにも初対面の時に、血を吸われてたんだっけ……。

『ああ……ダーさんとの、秘密の逢瀬おうせがぁ』
『だめだぞローゼン、ぬけがけは、としてゆるさん』
『へあっ! こ、婚約……者⁉︎』

 俺の動揺で世界が揺れ出し、完全に暗転していった。

 ※ 

「なるほどなぁ……。そりゃあ、記憶を区切りでもしなけりゃ、心もすり減っちまってただろう。それを、幼い殿下がひとりで判断したってのが、何ともな……」
「本当の所は分からない。ちゃんと話せたわけじゃないからな。それでも─── 」

 それでも、前に進める地盤は出来た。精神的外傷トラウマとの付き合い方には、その発端となった出来事を、どうとらえ直すかなんじゃないだろうか。起きた事にどう感じたのか、どうしてそう感じたのか。そう話すと、ロジオンは腕を組んで、ひたすらに何かを考えているようだった。
 しばらくそうしていた彼は、ひとつ深い溜息をついて、重い口調で口を開いた。

「三百年。そう、俺もお前と同じく、長いこと縛られて来たんだ。大切な恩人を、自分の手の届かない場で、会うことも出来ないままにな。魔王さんは逝っちまった、でもオリアルは? エルヴィラさまは? 
……イロリナは、どうなっちまったんだってな」

 彼は人界に戻ってから、魔界に縁のあった種族に、助力を続けて来た。聖魔大戦後、連絡が途絶えた魔王一家には、面会を拒否され続けながら。なぜ、自分が拒絶されたのか分からないまま、ずっと魔王との約束を守り、今に至る。
 それは、暗がりにいる自分が、どこに居るのかも分からず、愛する人々とも切り離された三百年。大切な人達から、自分がどう思われているのかも分からずに。暗闇の不安にまとわりつかれて来たんだ。

「ロジオン、会わせたい人達がいる」

 ※ ※ ※

─── 白い光が消え、足に硬い床を踏む重量感が戻った

 ケファンの森深く、方星宮。転位魔術の光が消え、俺と共に立つのは、ソフィア、ティフォ、エリン、ユニ、ローゼン。
 そして─── ロジオン。

 視界が開けた瞬間、ロジオンは『魔王城か⁉︎』と、その似ている風景に驚いていた。

『おや、アルファード殿下。そして、見目麗しい女性の皆様 ─── !』
「えーっと、この感じ、アハトか?」
『ご名答。流石であるな』

 義父さんの分身のひとりアハトが現れ、彼と話していると、ロジオンが愕然としていた。

「け、剣聖イングヴェイ⁉︎」

 あ、そっか。義父さんがこの世にいない事は、すでに話してあるけど、分体がいる事は説明してなかった。ロジオンは一度だけ、戦場で義父さんを見た事があるらしいしな、そりゃ驚くか。

『─── きゅう』
「「「…………」」」

 ローゼンを口説き出した辺りで、アハトが急に気絶したけど、どうしてかは余り考えたくない。皆んな生温い目で一瞥いちべつして歩き出した。ただ、そんなやり取りのお陰か、ロジオンの緊張しまくった顔が、多少なり軽くはなったか。
 ……そう、彼は緊張している。

 三百年間、会う事を拒否された恩人に会う。それは魔王に扮した、勇者ハンネスだったわけだが、刻み込まれた不安は簡単には拭えない。

「大丈夫だよロジオン。父さんは前よりむしろ、人当たりが─── 」
『パパァーッ☆』

 ガショーン、ガショーン、ガショーン

 突如廊下の向こうから、抑揚の無い気の抜けた声と、重苦しく慌ただしい足音がやって来た。肩に素体のままのの子マドーラを乗せた、鎧型石像のゴーレムの頭は、キャッチーな感じの蛙。父さんだ。

『アルくん、アルく〜ん! おかえり〜♪』
「ただいま、父さん。その子マドーラはどうしたの?」
『あ、この子はユリちゃんね! ティフォちゃんがね、ちょっと前に連れて来てくれたんだよ〜。緊急連絡用にってね、ありがとね~』

 俺が魔術王国に運び込まれてから最近まで、ティフォは俺の代わりに、各国の関係者を回っていた。その時に通信機能付きの子マドーラ達を、方々に配置していたそうだが、ここにも来てたのか。

『可愛いだろ? エルヴィなんて“妹ちゃんができたみたいだわ”って、喜んじゃってさぁ!』
「そ、そう。幸せそうで何よりだよ……」
『手指を動かす練習にって、最近はユリちゃんのお洋服作りとか、がんばってるんだよ! 後で見てあげてね〜!て、うん? そこの君は……?』

 父さんの視線に、ロジオンが帽子を取って、深々と頭を下げた。

「ご無沙汰しております。
…………オリアル王太子殿下」

 ロジオンの声は震えていた。かつての家族、かつての仮の父で、戦闘技術の恩師。姿は違えども、父さんの声と、俺との関係ですぐに分かったみたいだ。三百年ぶりの再会に震える声は、緊張か、涙か。

『もしかして……もしかして君は……。ロジオンかい⁉︎』
「…………はい」
『か、顔を上げて、よく見せて!それにロジオン、そんなお硬い喋り方はダメだって……』

 ロジオンが顔を上げ、父さんと目を合わせると、肩を震わせてた。

「ぶはっ! ぎゃははははっ! なんだよオリアル、その格好は⁉︎ は、話には聞いてたが、もっと真面目な造りかと思っ……ぶははははッ‼︎」
『ちょっ、笑うことないだろ⁉︎ 君だって最初は、寝そべった蛙人形の、ケロリン王子だったじゃないか……ぷっ! はははははは‼︎』

 なんか心配して損したか? いや、ロジオンは笑いながら、涙を流して時折嗚咽おえつを漏らしてる。ふたりは固く抱き合って、笑ったり泣いたりしていた。
 ……ようやく時間が動き出したんだ。

『おかえりロジオン。って、ここは魔王城じゃないけど、君の家族がいるんだから“おかえり”だね』

「……た、ただいま。……くっ、うぅ……っ。お、オレは……ずっと、あんたらに会いたくて……ぐすっ」
『元気そうでうれしいよ。ほら、エルヴィラにも顔を見せてやってよ! 彼女も心配してたんだ』

 父さんはボディのスリットから、鼻紙をロジオンに渡し、彼を落ち着かせていた。母さんのいる部屋に移動しながら、父さんとロジオンは、長い時間を取り戻すように会話を続けている。数年間と短くても、ロジオンは姉さんの弟、家族だったんだもんな。彼にとってその数年間は、一生モノの大切な時間だったと、言っていたくらいだ。

『え……っ、ロジオン……ロジオンなのね⁉︎』

 まだ覚束おぼつかない感じではあるが、母さんの回復もかなり順調だった。俺達の挨拶も早々に、ロジオンを母さんの部屋に招いた。
 変わらぬ彼の姿に驚いた母さんは、父さんの肩を借りて、必死にロジオンに手を伸ばす。彼は震える手で母さんの手を取り、ふたり小さく一言二言交わして、そろって嗚咽おえつを漏らした。

「俺達は別室で休んでるよ。三人でゆっくり話しでもしてよ」
『ふふ、ありがとうねアルくん。アルくんが戻って来てから、うちは幸せな事ばかりだ』
「ロジオンの後遺症の事なんだけど─── 」

 ロジオンと母さんが泣いてる隙に、父さんにここに来た目的の確認を、そっと耳打ちする。すでに話はティフォから通してあったらしく、父さんの返事も早かった。父さんに協力を頼み、俺達はロジオンを残して、三人きりにして部屋を後にした。

 ※ ※ ※

「ダーさんのお母様は、とてもステキな方なのです……」

 別室に移動して、二時間も経っただろうか。ふと、会話の途切れた瞬間に、ローゼンがポツリとそう言った。

「だよね〜♪ それにすっごく優しいの、大好きなの」

 ユニが嬉しそうに、身を弾ませて同意すると、婚約者連合がそろってうなずく。母さんを助けた時、五人娘は母さんとよくコミュニケーション取ってたし、母さんもえらく可愛がってたからなぁ。それに、ロジオンの事があって簡単な紹介だけだったが、母さんはローゼンに対してもニッコニコだった。

 ローゼンはここに来るために、すっごい身なり整えてくれていた。

 髪を下ろして眼鏡外して、普通の格好してるだけで、育ちの良く朗らかな令嬢っぽい雰囲気になっている。関係を伝えてはいないけど、母さんのあの態度は、単に初対面の人物への社交辞令じゃあない。

 ちなみに、彼女が何者かは、まだ話していない。

 母親を褒められるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいような、こそばゆいような感じがする。自分には母親が無いものと、そう思って育って来たからか、ここらへんの感情が何なのかはよく分からない。そうして、ひとしきり母さんの話が出て、会話が途切れた時、ソフィアがつぶやいた。

「今頃、あの記憶映像を見ているのでしょうか?」
「ああ、ロジオンもそのつもりで来たし、つもる話はその後で、ゆっくりしたいって言ってたからな……。大きなショックを受けなきゃいいけど」
「「「うーん……」」」

 あの記憶は、衝撃が大きい。まだ家族の実感も何も無かった俺ですら、唖然とするしかない、激動の歴史だ。

「ロジオンなら大丈夫。何が起きたのか、ずっと分からなかった事が、闇への恐怖を作ってしまったんだ。例えそれが辛い過去でも、見えない不安からは、からは歩き出せる」

 ※ ※ ※

─── エルヴィラの居室

 部屋の一か所に陽炎かげろうが立ち昇る。その発生源である右拳を、必死に握って抑えるロジオンの肩に、オリアルの手が添えられた。

『ロジオン。これは辛い過去だけど、終わりの悲劇じゃない』

 その言葉に振り返ったロジオンは、大きく息をひとつ吐いて、内に燃え上がる『憤怒の炎』を強引に鎮めた。

「オレ、オレは……! こんな事になってた時にオレは……。どうして魔界に残らなかった!」
「ロジオン、それは─── 」

 エルヴィラの声を遮り、ロジオンは自分の服の胸元を、震える手で握り締める。

「許してくれ! オレは、恩人の一番大変な時に、側に居なかったッ! オレが居たら、魔王さんは死なずに済んだかもしれな─── 」
「それは違いますよロジオン」

 エルヴィラは震える膝を手で押さえ、よろめきながらも、彼へと歩み寄る。思わず手を差し伸べようとするロジオンを、彼女は手で制し、彼の隣へと腰を下ろした。

「あれは一瞬のことでした。あの時、もっとも行動に覚悟を持っていたのは、ハンネスなのよ。だから、陛下も敵わなかった」
「で……でもッ!」
『父上はお隠れになられた。私は体を失い、エルヴィラは倒れ、イロリナは時を止めた。でも、アルファードは生き延びた。君もこうして生きている』
「あなたがこうして生きていてくれて、また会いに来てくれた。それは私たちの幸せ」

 目を見開いて、見つからぬ言葉を探すロジオンの手を、エルヴィラの手が掴んだ。

「でも……でもオレは何も出来なかった……」
「いいえ。あなたはこの手で、陛下の危惧きぐを、払い続けてくれたじゃないの。人界に渡った、魔の眷属を守り続けていた」

 魔王フォーネウスとの約束、ロジオンが保護して来た、魔界出身の者たち。彼がその小さな体で、ギルド本部長まで登りつめたのは、その活動の功績もある。

『我々魔族は与え合う存在。例え魔界を離れた者たちだとしても、家族も同然なんだよ。君は大切な僕らの家族を、たくさん守って来てくれたんじゃないか』
「…………」
「むしろ私たちは、あなたにお礼を言う立場なのよ? 守り続けてくれてありがとう。あなたが生きていてくれて、ありがとうロジオン」
「……! お、オレ……は……」

 夫婦は目を合わせて、くすりと笑うと、ロジオンの顔を覗き込む。

「イロリナも生きています。ハンネスと闘って、その力が『魔王』には程遠いと、分かったでしょう? まだハンネスは魔王にはなれていない。つまり、あの子は生きている」
『体の時間は止められていても、思念は動いているらしいからね、きっとあの子の支えは君の存在になってる』
「イロ……リナ……」
「あなたに掛けられた呪いを薄めるために、寿命と魔力を削ってまで、人生を捧げようとしたくらいですもの。私の娘です、一途さは保証するわ!」

 頰が染まるロジオン、やや寂しげな微笑みを浮かべるオリアル。

『鍵の継承がされた時、もしあの場でイロリナの持つ魔力の器が完全だったら……。あの子が選ばれていたかも知れない。そうなっていたら、真っ先に殺されてしまっただろう』
「─── ッ⁉︎」

 結果的に、ロジオンに【共命法】の秘術を使っていた事で、イロリナは救われた。その事実が、心の奥底の何かを、一気に取り払うのをロジオンは感じていた。

「分け与えて救い、救ったことで自分も救われる。……あの子は魔族の鏡ね」
『君がいたから、私たちに希望がもたらされたんだよロジオン。それにさ、悲劇が起きた事は、もう取り返しがつかないけど、アルくんを見てごらん。あんなにたくさんの婚約者に慕われて、私たちに幸せを運んで来てくれたんだ。……幸せは、何かを乗り越えた先に、紡がれていくんじゃないかな』

 スゥ……スゥ……

 ロジオンの首がかくりと倒れ、部屋には安らかな寝息だけが、静かに流れていた。

『……よかった。やっと眠れたんだね』
「ふふ、こうしていると、本当にただの可愛らしい子供なのに」
『ははは、本人が聞いたら荒れそうだ。でも、本当に良かった。生きていてくれて、こうしてまた顔が見られて……』

 ロジオンを挟んで、夫婦は手を取り合う。まるで我が子のいる幸せを、噛み締める家族のような光景が、そこにはあった。

 ※ ※ ※

 大広間の片隅で、魔導人形の『ユリちゃん』と、二匹の黒く小さな魔物が遊んでいる。黒い魔物の片方はベヒーモス、そしてもう片方は、三頭の狼ケルベロスだ。ケルベロスはかつて、赤豹姉妹ペット化の代わりにローゼンに充てがわれた、生贄……愛玩動物。普段はローゼンの中で過ごし、結構上手い事、仲良くしていたらしい。

 魔物は魔力を糧に生きるのだが、ローゼンの星に匹敵するエネルギー量のせいか、最初出て来た時は別種の巨獣と化していた。今は子猫サイズに小型化して、きゃっきゃと戯れている。

『で、アルくん? そ、そこのお嬢さんなんだけど……。ローゼンちゃんだったっけ……。その、ど、どど、どちらさまかな?』

 ロジオンが眠りにつき、改めて両親と話すために集まると、父さんがローゼンの事を尋ねた。

「改めまして、私の名はローゼン。ローゼン・ブラドバルク・シュルクト・エンネと申しますです。アルフォンスさんとは、良いお付き合いをさせていただいているです」
『ひっ……!』

 特にローゼンに変化はない、ただ言葉を発しただけで、父さんはソファにかくんと座り込んでしまった。母さんは最初から車椅子に座っていたけど、目を見開いていた。

「ローゼンちゃん……でいいかしら?」
「はいです」
「あなたは─── プロトタイプね?」
「はい、私はブラド神族のプロトタイプなのです」

 父さんが長く息を止めていたかのように、どはぁと息を吐いて、目頭を掴もうとするもゴチンと鈍い音を立てていた。痛々しい程に動揺してるなぁ、表情はニコニコ蛙のままだけど。

「父さんと母さんは、プロトタイプを知ってるの?」
『うん。ちゃんと姿を見た事はないから分からないけど、先代にはひとりお友達がいたみたいだったよ。うーん……そっちは何族のプロトタイプだったか。話には聞いてたけど、これ程とは……。あ、ごめんねローゼンちゃん』
「ふふふ、お気になさらずなのです♪ 流石はクヌルギアの王太子夫妻、私の力が隠しきれなかったのです」

 流石は魔界の王族、両親はローゼンの事を見抜いたらしい。父さんの方は緊張しているが、母さんははしゃいでいるようだ。

「でも、会えて光栄だわ! こんなに可愛らしい方だったのねぇ♪ ねえ、ウチの子と『良いお付き合い』ということは、もしかして……?」
「はい……婚約させていただいているです///」

 そう。精神世界から戻った後、色々あって俺とローゼンはそういう事になった。

「あらあら、まあ! アル、あなたってホントにワールドワイドねぇ〜☆」
「ははは……」
「どこかしら? ウチの子のどこが良かったのか、教えていただいてもいいかしら?」

 う……これは恥ずかしい。親の目の前、婚約者連合の前で、そのやり取りは恥ずかしい! ローゼンは頰を染めてうつむき、モジモジしながら、素直に答えてしまった。

「深い知識と力を、人のために。優しくて、強くて……。それに、私のような存在を『原初の美しさ』だと言ってくださって……♡」
「くはっ☆ ごちそうさまだわ! これはごちそうさまだわぁ〜! ようこそ、クヌルギアス家へ、ローゼンちゃん。ハッ! あなた、今日はお祝いよ! 私も久しぶりに、お酒でも飲んじゃおうかしら⁉︎」
『ええ? お酒はまだ……いや、少しならかえって発散になるかなぁ、うーん』

 真っ赤になったローゼン、なぜか一緒にモジモジしている婚約者連合。父さんもようやく落ち着いて、母さんはさらに元気になっていた。

「ところでスタルジャちゃんは? 姿が見えないようだけれど……」

 父さんが少しうつむいた。母さんの体調を思って、言ってなかったのかな。でも、今の母さんの様子を見るに、スタルジャの事も、大事に思ってくれているようだ。うん、家族なんだし、ちゃんと話そう……。

「スタルジャは─── 」

 俺は床に魔法陣を描き、彼女の眠る亜空間を展開させた。
 母さんは父さんの肩を借りて、スタルジャの元へと歩いた─── 。

作者のつぶやき

アルフォンスとロジオン復活!
ローゼンと婚約!

もうお気づきでしょうが、この作品における『精神的外傷(トラウマ)』は、いわゆる現代医療における『トラウマ(心的外傷)』や『PTSD(心的外傷後ストレス症)』とは少し異なります。
心と体を繋ぐ幽星体(アストラルボディ)を破壊され、そこに呪力を打ち込まれる事で起こる、心の内に眠っている恐怖を増幅される呪いに似た後遺症です。

スタルジャは目を背けたい過去の悲劇に囚われ、その記憶を誇張しつつ、何度でも見せられる。
アルフォンスは自身が持つ強大な力や運命を、発揮する事を恐れ、またそれを引き出される強い殺意に進む足を止められる。
ロジオンは『知ることができない』状態から、自身に沸き起こる不安や恐怖に苛まれ、一時でも視界を閉じることを禁じられた。

これらはどれも、現在まで彼らの行動原理の中にあった、強くて深く、自分だけでは超えられないハードル。

アルフォンスとロジオンは、己の行動に制限をかけ続けていたこれらの要因と向かい合い、なお進む道を見つけたようです。
残るスタルジャは、もうすでにそこには存在しない両親への懺悔と、ただただ悲劇を繰り返し見せつけられるループの中。
現実に戻り、ゆっくりと考えることも、人に共有してもらって軽くすることも出来ない状況。

かなり難航しそうです。

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