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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第九章 適合者

第十六話 点と点

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魔剣傷の後遺症『精神的外傷(トラウマ)』を克服したアルフォンスは、
ロジオンの元に謝罪に出向いた。

そして、その会話から、ロジオンの後遺症の根源が判明する。
『恩人たちが知らない所で苦難にあっている』
それを目にすることが叶わず、
己の無力さと恩義に報いる事が出来ない虚しさ。

アルフォンスはロジオンを連れ、
方星宮へと向かい、
両親との再会をさせる。

ロジオンは再会の喜びと共に、
300年前の悲劇の記憶映像を閲覧し、
怒りと屈辱に打ち震えていた。

しかし、イロリナの命を救った要因が、
かつてロジオンの呪いを半分肩代わりした『共鳴法』にあったとしり、
永きに渡る不安に終止符を打った。

 寝台で寝息を立てるスタルジャの頰を、母さんは愛おしそうに、震える指先ででた。スタルジャがどうして勇者に立ち向かったのか、どうして目覚めないのかを聞いた後、母さんはそうして彼女に触れたがった。

「スタルジャちゃんのお陰でね、この方星宮に澄んだマナが流れ込んでいるのよ。私の体がどんどん良くなっているのも、スタルジャちゃんの力が大きいわ。本当にすごい子ね、私もアルも助けられたのだから……」
「絶対に俺は、直接彼女にお礼を言う。この眠りからも、辛い過去からも、救ってやりたい」
『ダークエルフか……。そう言えばアマーリエは今頃、どこで何をしてるんだろうねぇ』

 アマーリエ。ダークエルフの預言者、これについても俺は両親に聞きたいと思っていた。

「魔王城にも来てたんだって?実は風の境界フィナウ・グイって、エルフの里を通して予言を預かってるんだ。『私の足跡を求めるのです。さすれば彼女は、宵の眠りから覚めるでしょう』って。何か思い当たる事はないかな?」

 ラーマ婆から預かった、アマーリエの予言を伝えると、ふたりは懐かしそうに顔を見合わせた。

「……ふふ。アマーリエ、彼女らしい予言だわね。彼女は変わり者だったけれど、予言の力は本物よ。運命への影響をも読み取って、言葉ひとつまで考え抜いて伝えるの」
『生まれついての予言者で、相当に苦労して来たみたいだったよ。大きな運命の予言は、すごく力を使うみたいでね、あんまり個人的な未来は口にしなかったんだけどねえ〜。何故か、アルくんのことについては、大盤振舞いだったなぁ』
「へっ? 俺の事……?」
『んー、話すより見る方が早いかな。じゃあちょっと記憶見てみる?』

 部屋の中央に黒い球体が現れ、父さん目線の記憶の映像が流れ出した─── 。

 ※ ※ ※

『ッシャオラーッ‼︎ まぁた、いただきだぜぇ☆ すまねぇな~、今日はホンっト馬鹿ヅキだなぁ〜♪』
『クソッ、これで二十連続勝ち抜きか⁉︎ こんなんぜってー、イカサマだろテメェッ!』
『ああン? なんだよオッさん、オレは今、気分が良いんだ。それ以上、くだらねぇこと言わねえんなら、許してやるぜ?』
『このガキ……デケェ口叩きやがって……』

 薄っすらと映像が見えて来るより先に、すでに声の方は、危ない雰囲気になっていた。くっきりと見えるようになった時、球体には屈強な肉体を誇るリザードマンが、物々しい雰囲気で集まっているのが映る。
 場所はどこかの酒舗しゅほだろうか、様々な人種が入り乱れた、喧騒溢れる店内だった。

『ハッ! これだからトカゲどもはよ、オツムの血の巡りが悪りぃん─── 』
『おい、アマーリエ。こんな所で何やってる?』

 父さんの声に、リザードマン達は一斉に振り返り、硬直している。その隙間から、囲まれていた者が、椅子を後ろに傾けてこちらを覗き込んだ。銀髪のショートカット、褐色の肌に漆黒の瞳、ダークエルフそのもの。

 ……これがアマーリエ⁉

 いや、預言者だし、ラーマ婆の音の記録の声は、ミステリアスな淑女然とした感じだったのに。てっきりローブを目深に被った、謎の女みたいなのかと思っていた。でも、リザードマンを掻き分けて、歩いてくるその姿は、何というか露出が多くアダルトな雰囲気の装い、二十代半ばって感じだ。控えめに言って、な雰囲気で、お近づきになれなそうな人。

『『『あ、アマーリエ……ッ⁉︎』』』

 彼らは口々にその名を呟いて、愕然としていた。本人はこちらに向かって『へっへっ』と、悪どい顔をしながら、彼らの事などすでに興味が無いようだ。

『よお、オリアル! ひっさしぶりんこ♪』
『『『お、オリアル王子……ッ⁉︎』』』
『おお、葦原あしはらの戦士達か、相変わらず勇壮な者達ばかりだ。ちょっとそこのダークエルフに用があってな。借りていってもよいか?』
『『『は、はは〜ッ!』』』

 リザードマン達は道をザッと開けたが、彼女と言い争っていた男は、怒りが収まらなかったようだ。

『おい、待てこのアマ! イカサマで巻き上げた金、返しやが─── モガッ』

 背後から彼女に詰め寄ろうとして、仲間のひとりに、突如口を塞がれた。

『ば、馬鹿野郎! ありゃ、アマーリエだぞ……! アスタリア高地の魔女だ!!』
『え……? へっ?』
『くっそ、ダークエルフなんざ、他にまず居ねえのに、何で気がつかなかったんだ、俺たちはよ』

 黒っぽい鱗の肌でも、サッと顔色が悪くなるってのがあるんだな。途端にその男も大人しく縮こまり、静まり返った店内。父さんの横を弾むように歩いて、アマーリエは一緒に外へ出る。

『なんだその破廉恥な格好は。それと彼らに、意識をそらす魔術を使ったな?』
『硬いこと言うなって♪ こんな格好でもしなきゃ、遊んでもらえねえだろ? ダークエルフってだけで、ビビられるんだしよぉ』
『自業自得だ。そこかしこで暴れてれば、怯えられもするだろうし、いつかは危険な目に遭うぞ。そういう自分の事は、予知する気はないのか?』
『ハッ! さらさら無いね。これ以上長生きなんざしたくねえし、そんなくっだらねえことに、オレの貴重な力は使いたかねぇよ♪ それよか、生まれたんだろ⁉︎』
『おま……! アルファードはもうそろそろ二歳だぞ⁉︎ 手紙の返事も寄越さないで、どこ行ってた?
エルヴィも心配して─── 』

 アマーリエはニヤリと笑い、父さんの胸元を掴むと、紫色の魔術印を宙に描く。その瞬間、視界は激しく揺れ、高速で空に飛び上がっていた。すぐに場面は切り替わり、魔王城の一室らしき場所へと移動していた。

『え……っ、ちょ、待てよ。これが……アルファードか……?』
『ふふ、可愛いでしょう? あなたの予言の通りになるかも知れないわね。すごく賢くて、驚かされてばかりなのよ』
『そうだぞーアマーリエ。生まれたばかりの頃は、それはもう……って、だからお前は何処で何してたんだ?』

 俺の姿からいくと、あの悲劇が起こる、ほんの少し前の時期だろうか。彼女は父さんと母さんの言葉に、一切反応せず、幼い俺の前で立ち尽くしていた。

『…………どうしたの? アマーリエ』

 母さんが彼女の顔を覗き込もうとした時、アルファードは握手を求めるように、グイっと彼女に向けて手を伸ばした。彼女はそれに引かれるように、ふらふらと一歩ずつ近づき、目前でしゃがみ込んだ。

『『─── ?』』

 困惑する両親の前で、突如アマーリエの肌が、褐色から白い肌へと変化する。そして、一瞬にして神官のような、白いローブへ姿へと、衣服まで変わっていた。アマーリエは片膝をついて、アルファードの手を取り、頭を深々と下げた。

『おお……アルファード様。このアマーリエ、永く、永く、あなた様をお待ち申し上げておりました……』
『あー、あーいぇ』
『はい。わたくしは、卑しき“刻の傍観者”アマーリエにございます。されど、残りわずかな天命を、あなた様の隆盛と栄華への祈りに、尽くしとうございます』
『んー。ん』

 何故か会話が成り立っているかのような、ふたりの様子に、母さんも呆然としているようだった。アマーリエはその後も、二〜三話しかけた後、アルファードの額の辺りに白い印を指先で描いた。何らかの呪術だろうか、その印はすうっと光の塊に姿を変えながら、俺の体に吸い込まれていく。

『あ、アマーリエ? 今のは一体……』
『あン? あー、おまじないだ、おまじない』

 立ち上がって振り返った時には、彼女はまたダークエルフに戻っていた。

『それは……だから、何の“おまじない”なんだ?』
『こまけぇこたぁイイんだよ。まあ、あれだ“寝入りに足ビクンッてなって目覚めない”おまじないってヤツだよ』
『お前は私の息子に、何を望んでいるんだそれは……』

 困惑する父さんの隣で、母さんは『あれ、焦るのよね』とか、妙に感心していた。アマーリエはケタケタ笑いながら、母さんの肩を叩いて『だよなー♪』とか言っている。と、彼女のローブの裾を掴んで、アルファードが見上げた。

『あー、あーと』
『あら! アマーリエにお礼を言っているのね! うふふ、えっらいわぁ〜♪』

 ズキュウゥゥゥンッ‼︎

 なんだ今の音は……。父さんと母さんもキョロキョロしてる。アマーリエはわずかに後ろにフラつき、肩を震わせて、首をすくめていた。

『か……かわ……』
『かわ? どうしたのアマーリエ』
『な、なんでもね……ぇ。何でもねえ……。うっふぉあッ⁉︎』

 アルファードが手をつないで、ふりふりと握手をした瞬間、頰を赤らめたアマーリエがびくりと仰け反る。

『おい……お前、どこか体の具合でも悪いのか? もしかして、さっきので魔力でも使い果たしたんじゃ……』

 彼女はアルファードの前に再びしゃがみ、口元を押さえながら、魔力の光の灯る瞳で見つめる。

『い、今でこれってことはよぉ、もう少し大きくなった姿は─── くっほぉッ⁉︎』
『おい、アマーリエ。お前まさか、ものすごく下らない事に、予知能力使ってやしないか!?』
『五歳でこれかよッ、七歳はッ⁉︎ くっはあぁ〜っ☆ て、天使じゃねーかッ! 魔王なのに、天使じゃねーかッ⁉︎ くそっ、なんだこれ、くそッ⁉︎ ……あ、もーダメだ。これ、もうダメだ。
─── お姉さんちに行こーねアルくん♡』

 アルファードを横抱きに抱えて、飛翔魔術で飛ぼうとする彼女を、母さんの影がいくつにも分かれて立ち上がり押さえつける。

『は、離せぇッ! オレはもう未来とかどーでもイイッ‼︎ 今すぐこの子を養うんだッ‼︎』

 一旦、球体の映像がフェードアウトして、簀巻すまきにされたアマーリエの姿が中央に現れた。

『─── ようやく落ち着いたかしら?』
『チッ……すんませんっした……。あんまし、お宅のお子さんが可愛いんで、取り乱しただけですぅー。孤独なエルフの、悪あがきですぅ。反省してまーす……チッ!』
『二回舌打ちしたぞこいつ。まあ、うちの息子が宇宙一可愛いのは仕方がないから、連れ去り未遂の件は水に流そう。しかしアマーリエ? さっきから……いや、エルヴィラがこの子を宿した辺りから、どうもおかしいぞ。やけにこの子に執着するではないか』
『そうよ。あなたは今まで、余程の事が無ければ、個人的な予知なんてしてこなかったじゃないの。それなのに、この子の事を“史上最高の王になる”とか、今だってこの子の未来の姿を見ていたんでしょう?』

 俺が生まれる前に、姉さんが聞いたって言う、予言の事か。当の彼女は微塵みじんも反省していない様子で、深く溜息を吐くと、面倒臭そうに言う。

『小せえ運命だとよ、予言しただけで未来が揺らいじまうんだよ。でも、このデッケェ運命は、オレがはしゃいだって、構わねえくれぇなんだ』
『アルファードの運命がデカい? そう言えばお前、魔界に来た目的は“道を整えるためだ”とか、最初に会った頃に言ってたが、何かそれと関係があるのか?』

 人界のエルフが、わざわざ魔界に渡って? 何だそれ、彼女は土木技師だったりすんの?

 パサ……ッ パラパラ……

 ぐるぐる巻きにされていた彼女は、力む様子ひとつなく縄を切り、スッと立ち上がった。両親に驚く様子がない辺り、最初から彼女を抑えられるとは、思っていなかったのだろう。

『ま、全部は言えねえよ♪ 小せえ運命もたっくさん絡んで、大きな運命に繋がってるかんな。それに、今のでここに来たは果たしたし、またオレぁ仕事に戻るかね』
『目的? 仕事? おい、お前の言ってる意味がさっぱり分からんぞ⁉︎』

 アマーリエは窓際に立ち、こちらを振り返ると、不敵な笑みを浮かべた。

『─── 二度目の船出、その時に偽りの光は現れず。巨鳥の巣に、始まりは温められている』

 そう謎の言葉を残して、彼女はアルファードにデヘ顔で手を振り、空へと飛んでいってしまった。

 ※ ※ ※

 

 黒い球体が縮んで消えると、部屋にいた誰もが静まり返っていた。

「ご、ごめんなさい。なんていうか、イメージが違いすぎて、内容が入って来なかったの……」
「大丈夫。それは俺も同じだよユニ。色々と衝撃が強くて、ちょっと混乱してる」

 誰もが口を閉ざし、皆それぞれに思う事を反芻はんすうしているようだ。と、あごに手を当てて、ジッと考え込んでいたソフィアが、口を開いた。

「アマーリエが最後に言い残した言葉ですけど、どう考えてもあれは……」

─── 二度目の船出、その時に偽りの光は現れず。巨鳥の巣に、始まりは温められている

「これからの私たちの事じゃないでしょうか。一度目の船出は、ハンネスたちの出現で中止、これから二度目の船出に臨みます。その時に『偽りの光は現れず』。今私たちが危惧している、ハンネスたちとの再遭遇は、今回起こらないと言っているようにしか思えません」
「「「─── ‼︎」」」

 確かにそう指摘されると、あの謎めいた言葉は、俺達への予言に思えてくる。

「巨鳥の巣……上陸予定の街フォカロムは、七公爵のひとりだったよな。確か異名は『翼皇』って」
『あッ! ロフォカロム公爵の事だね。彼は大きな翼が自慢の有翼種族だよ。フォカロムって街は、彼の領地のお膝元だよ。彼の名にちなんでつけられたけど、フォカロムの『ロム』は、古い魔人語で『巣』って言う意味なんだよ』

 思わず声が出そうになってしまった。

「翼の大きな領主の街……。上陸地点がその公爵の巣で、俺達にとっては魔界上陸の『はじまり』‼︎」

 フォカロムを上陸地にしたのは、ハンネスを避けるため。普通の航路ではもっと距離の近い港に上陸する。それをアマーリエが言い当てている。これはかなり信憑性が出て来てしまった。父さんは何かを思いついたのか、慌てて部屋を飛び出していった。

「…………。(巨鳥の巣で『始まりは温められてる』とか言うから、あたし、卵いいなぁしか浮かんでなかったにゃ……)」
「…………。(お姉ちゃん絶対『卵美味しそう』くらいしか、考えてなかったはずなの……)」

 やがて、ガションガションと足音がして、父さんが持って来たのは、一枚の古地図だった。

 魔界の世界地図だ。ロジオンの作った魔界地図とほぼ同じで、彼の冒険者としてのマッピング能力と執念に、今更ながら驚かされる。

『アマーリエが魔界に来たのは、アルくんの生まれる数十年前。最初に暮らしていたのは、ここフォカロム。で、次はここで、確か次は』
『違うわあなた。ここの次はここ─── 』

 印がつけられていくのを見て、思わず鳥肌が立ってしまった。その土地と順番は、魔界上陸から情報収集をする予定の、ロジオンの計画と完全に一致していたのだから。

 全てはアマーリエの予知の通りだったのか? 三百年以上も前から、彼女は俺達の辿る運命を、明確に見通していた事になる。

『あの当時は、彼女が何を言ってるのかさっぱりだったけど、こうして今聞くと……。この日のための予言だったんだね』

 さっきから、鳥肌が立ちっぱなしだ。

『今なら勇者はいない』
『予定通り前に進め』
『道はすでに整っている』
 そして……『彼女は、宵の眠りから覚める』

 深く静かに呼吸しているスタルジャを見る。宵の眠りが、この現状以外の何を指しているっていうんだ? 

─── 今、魔界へ行け

 アマーリエが時を超えて、俺達の背中を押しているような気がしていた。

 ※ ※ ※

 足元から突如、鋭い岩が槍襖やりぶすまのように、高速で突き出した。そこから飛び退いたアルフォンスの後を、一本、二本、三本……天井に届かんばかりに突き上げて、追跡するかのように新たな岩が発生する。

「─── 【斬る】ッ‼︎」

 後方の壁に追い込まれた瞬間、巨石の槍が術式ごと斬り裂かれ、魔力の残滓ざんしょうとなって散る。その斬撃は、部屋の中央で両手をダラリと下げた、石鎧の術者へと迫った。
 しかし、石鎧の姿は搔き消えると、今度はアルフォンスの視界の隅に現れて、手の平を突き出す。

「─── 【炎指連弾フラム・クアロー】」

 小さな光の球が、紅蓮の焔をまとい、石鎧の五本指の先から連射された。即座に反応したアルフォンスの手に禍々しい黒槍が現れ、迫る炎弾に向けてくるりと、穂先で円を描く。五条の光の線がその円から放たれて、炎弾を吹き消すやいなや、アルフォンスは一瞬にして間合いを詰めていた!

「─── 来なさい【頂を喰らうものヴェイ・ヴェルテクス】」

 石鎧の言霊に、狼の遠吠えの如き刃鳴りを響かせ、長大な片刃の曲刀が姿を現す。猛烈な魔槍の連撃を、灰色の刃で正確に無駄なく、弾き、いなし、叩き落とした。
 その流れるような動きから、石鎧はアルフォンスの槍の引き戻しより速く踏込み、その首へと刃を振り下ろす─── !

『もらったよアルくん! フハハ……うぐぅッ⁉︎』

 その刃が触れるより速く、槍の引き戻しを回転に変えたその石突が、石鎧の鳩尾みぞおちを打ち上げていた。にこやかな蛙顔が、スローモーションで空中に仰け反っていく様を、アルフォンスは何とも言えない表情で眺めている。

「だから出そうよ父さん……」

 直後、床に打ち付けられる、石鎧の重々しい音が、部屋に響いた。

 ※ 

『いやあ〜面目無い、やっぱりお父さん、アルくんに本気は出せないや〜☆』
「うーん、いや無理言ってごめん。体、大丈夫?」

 父さんはは『全っ然へーき』と言いながら、長座したまま、両腕をブルンブルン回す。まあ、ボディはゴーレムみたいなもんだしな。特に壊れた所もなさそうで一安心だ。

「…………」
『プラグマゥの言葉が、やっぱり気になってる?』

─── 貴方は人として長く過ごし過ぎた……人ではボクを殺せません

 そりゃあ気になってるさ。二十二になるまで、俺は自分がただの人間だと思って、なんら疑う事なく生きて来た。プラグマゥを倒せたのは、ほぼアルファードの力、続けてハンネスに完敗。

 俺には修練の前に、根本的な何かを変えなきゃいけないって、そんな焦りがある。ローゼンのお陰で精神世界に行けて、自分が本気を出す事に、恐怖心を持ってるのは分かった。ただ、それがロジオンの言う『殺す気概』なのかは、まだよく分からない。
 魔王を継ぐはずだった父さんと闘えば、何かが分かるかもしれないと、相手をお願いしてみたけど……。

「魔族の闘い方って、何なんだ?」
『うーん、そう言われると、どう答えてあげれば良いのか分からないけど〜』
「ロジオンは人界の者と比べて、魔族は『殺す気概がある』って言ったんだ。命を取るか取られるかの闘いに、長く身を置くしかないかもってさ」

 実際、それを実践するべく、夢の世界の修練では、ソフィアやティフォの召喚した魔物と闘い尽くしてもみた。でも、殺す技術の見直しにはなっても、それが『殺す気概』に繋がるのかは、さっぱり分からない。

『お父さんは、ずっと魔族だからねぇ。それに人界で人と関わったのは、剣聖くらいだからちょっと分からないなぁ〜』
「今、俺に本気が出せなかったって言うけど、そういう闘いは今までにはあった?」
『ん? ああ、そういう事かぁ〜。うん、それなら分かるかもしれない♪』

 そういうと、父さんは起き上がって、お茶を淹れてくれた。

『魔族は血で闘い、人族は意義で闘っているんじゃないかな?』
「……血と……意義」

『我々魔族はさ、魔王から分け与えられた魔力を糧に生きるでしょ? それと無自覚のうちに、自前の魔力を合わせて、他の魔族に分け与ってたりもするんだよ。だから、それほど権力欲とか、名声欲とかはないんだ。だって最悪、お金が無くたって、仲間さえいれば生きられるからねぇ』

 経済がそのまま命に直結していない。命の最低保障がされているのなら、確かにそれ以上を求める必要は、無いかも知れない。

『だから、私たちが闘う時は、自分たちの命が失われるかどうかの時なんだよ。魔界は種族の宝庫だからね、仲の悪い人たちもそりゃあたくさんいるけど、命を奪う事はそんなにないんだね』
「……人間は大分、違うかな」
『うん。アルザスが攻めて来ようとした時、私も人界流の心理はそれなりに調べたよ。わずかな富の上乗せのために、弱者の命を奪ったりする。なかなかに生物として、正直に生きてるなぁとは思ったよね』
「でも、富とか大義が関わらなければ、驚くほど無頓着だったりするしなぁ」

 そう、大義が無ければ、殺しもしないが、助けもしない。富を持たぬ弱者には、驚く程にあっさりだったりもするのは、これまでの旅でよく思った事だ。

『うん。だから人間は殺す理由が必要なんじゃない? 私たちは、相手が自分の進むべき道に、必要かどうかで動く』
「単に生きるために、殺すか生かすかって事?」
『そう。だから魔界では、ゼロではないけど、そんなに殺し合いは起こらない。だって、殺したら分け合える魔力が減るんだよ? いきなり命が減れば、魔王に負担がいって、共倒れしかねないじゃない』

 ああ、だから勇者は魔界から離れられないだけじゃなくて、魔界も守らなきゃいけなかったのか。分配する先が減れば、自分が魔力過多で危ないもんな。

『でも、人界は違うじゃない? 自分に入る富が、あればあるほど美味しいなら、それを理由にできる。いや、富だけじゃないね。その思想が根源になって『自分の思想に沿うか』でも殺す理由になるもんね』
「うーん、じゃあ人界の方が、殺すのに躊躇ちゅうちょはなさそうだけど……」
『だからだよ。殺すほどでもない場合、殺すリスクがある場合は、悩むんじゃないかな? 自分の命に関わるかどうかの局面で、きっと多くの選択肢を、天秤に掛けてしまうと思うんだ』
「─── あ!」

 何か分かった気がする。俺に流れる血が魔族のものなのに、人間的な闘い方をしていると言うのなら、おそらくはそこなんだ。もちろん人間的な、殺しに対してのリスク回避もあるだろう。

 でも、俺の場合は……ちょっと違う。殺せばいい時、俺は本気を出す事に不安を持っている。だから、闘いの外の理由を探して、そうしなくて済むようにしていた。

『まあ、それ以外にも、アルくんは優しくて真っ直ぐだからね。相手の力を出しきらせてあげたいって、どこかにあるんじゃない? だって、ソフィアちゃんに選ばれた、適合者だしね〜♪』
「ハァ。そっちの方はバグったままなんだよなぁ」

 せめて、本気を出す事に憂いが無ければいいんだけど。とか思った時、急に俺の左腕の感覚が弱まって、籠手に温かさを感じた。

『『パパぁ、ホンキ出したいの?』』
『うわっ、籠手こてが喋ったッ⁉︎』

 ずっと大人しかったマドーラとフローラが、嬉しそうな声を出す。あ、父さんに腕の事、話し忘れてた。いや、籠手が喋るのもまあアレだけど、今喋ってる父さんの姿もなかなかだよ?

 自分の手のように馴染んでるからなぁ、もう当たり前になってしまった。それは、彼女達が頑張ってくれているからなんだよなぁ。腕の話を父さんに聞かせてる間も、左腕にはふたりのうずうず感が伝わってくる。

『うぅ、アルくんの腕がぁ……ぐすっ』
「心配ないって、彼女達の籠手を着けてれば動かせるし、回復も早まるんだってさ。ああ、所でマドーラ、フローラ。話聞いてたのか?」
『『うん! ぜーんぶ、きこえてるよ♪ それにぃ、考えてることも、ちょっと分かっちゃうんだも〜ん♡』』

 そっか、籠手を着けてちゃいけない場面もあるなこりゃ。全部筒抜けは、ちょっと恥ずかしい。

「じゃあ、さっきの『ホンキ出したいの?』って、嬉しそうに言ってたのも、俺の思考を読んだのか?」

 籠手がくすくすと笑ってる。うん、外で下手にこんな感じで会話してたら、俺って相当に頭おかしい感じだな。

『『パパ、ホンキ出していーよー! マドーラとフローラがね、そんくらい、ズバッとおたすけしちゃうの〜☆』』

 嫌な予感しかしないんだが……。でも、色々と考えがスッキリした気がする。父さんと話せて良かったな。ここが実家で、俺の家族がいるんだって、今は確かにそう思える。これも、アルファードと会えたおかげだろうか?

 今は自分が確かに『偽物』なんかじゃないって、胸を張って思えるようになった。
 俺が俺なんだって、その自信がようやく戻って来た気がする。

作者のつぶやき

『寝入りに足ビクンッてなって目覚めない』おまじない。
僕も欲しいです。

あと
『足の小指の爪の端が情けないことにならない』おまじないと、
『焼きイカを食べてる時に、噛み切ったはずが皮で繋がっててヌンチャク状態で喉に引っかからない』おまじないと、
『物陰のコンセントにプラグ刺そうとすると逃げ回るかのように入らないことが起こらない』おまじない

なんなら『100均に行くと前後2時間くらい記憶障害が起きて必要な物を忘れて要らない物を買っちゃわない』おまじないも欲しいです。

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