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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十四章 クヌルギア

第十四章│第十一話 自立

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破壊神アスタラとの試練が続いている。

時間の流れに呪術で干渉し、
外界ではほとんど時間は進んでいない。

外で待つ者たちも、
自分たちに出来ることに手を伸ばし、
またアルフォンスからの力の分配で、
その能力を伸ばしている。

そんな中、
彼を待つ者たちは、
様々な時間を過ごしていた。

─── パンオデニウム宮殿 白百合の間

 百合をモチーフにしたメダリオン、きらびやかに彫刻されたモールディングが特徴の、重厚な格式ある扉。それを囲うように組まれたケーシングには、セイジンキキョウが細かく彫られている。

 ここは前魔王フォーネウスの后、王太后ハンナの寝室であった。長く使われておらず、それでも毎日のように清掃がなされ、王太后の生前の頃より変わらず整えられていた。それはハンネスに玉座を奪われ、王不在の屈辱の中でも、三百年続いたハウスキーパーとメイドたちのプライドである。

 今そこに、若い二人の女性がベッドを並べて寝込んでいた。

 ※

「情けない……」

 思わず弱音を吐いてしまいました。私はこれでも調律の神の化身。この身には、強力な神気だってモノともしない、強靭きょうじんな耐性と器があるはずです。

 それがこのありさま……。

 と、隣のベッドに横たわるスタちゃんが、寝返りを打ちながら、うめき声を出していました。

「あううぅ……。また来た・・・・ぁ……」
「え? あっ、ぐっ! クッ、ううぅ……っ」

 アルくんが破壊神との、タコ殴りリピート修行……いや、ああ、なんでしたっけ。思考がまたゆれていて、妙な言葉が浮かんでしまいました。

 四回目までは立っていられる程度でしたが、五回目からはこの私でも寝込むレベルの、膨大な魔力の流入が始まりました。体の中から張り裂けんばかりの強烈な圧迫感と、何回かに一度やってくる強制的な思考の拡張。

 自分の実力を超えた加護を授かった時、人はこうなると聞いていましたが、おそらくそれでしょう。破壊神を倒す度にアルくんが超絶進化して、その力が私たちに分配されている。

 まさか自分の加護を授けた適合者から、マウント脳内プレイされるとは思いませんでした……。神の化身である私がですよ? なんでパンク寸前になるまで魔力を注入されて、脳までいじられているのか!

 冗談はさておき、この感覚はいわゆる『魔力酔い』というやつでしょうか? 幼い子どもが回復魔術などを長時間受けた時や、成人の儀でそれまで魔力を持たなかった者が、突然魔力を持つようになった時に起こるという拒否反応。

 成人していて神格化までしているスタちゃんがグロッキー。あまつさえ神の私もグロッキー☆

 うちの適合者が、適合し過ぎていて嬉しいやら、立ち上がれねぇやら。歓喜のあまりに何度か毛玉を吐きました♪

 何を言っているのでしょうか。ああ、やっぱり思考がままならないようです私。

 情けなくも私とスタは、ナナワルトルの塔の前で彼を待つつもりが、途中リタイア。エイケンさんにここまで担ぎ込まれて、寝込む毎日を送っています。ただ、魔力が流れ込んだ時が辛いだけで、それが馴染むと元気を取り戻すどころかパワーアップ。だからでしょうか? やつれたり痩せたりもせず、肌ツヤは良くなっています。

 自分が今どれだけ力が増したのか、確かめようにも、いつ次の注入祭りが来るかわからないので、術式や神威なども危なくて使えていません。

 体感で二~三時間に一度、この魔力大注入が起こっています。昼夜問わず、休憩時間も休日もなく。それが現在一ヶ月半続いています。つまり、アルくんは1日に約9.5回は破壊神をブチ殺し、飲まず食わずで45日間経過、およそ427.5回は殺していますねw

 最初は心配でしたが、逆にこれほど一日中、彼を体の底から感じた(破裂寸前に)日々はありません。むしろ、ここまでワーカーホリックに邪神を狩り続けている彼が、真面目だなぁとしみじみ思うのもまたシュールで。

 力が馴染んで落ち着いた辺りで、スタちゃんと『愚直に殺し過ぎィw』とか冗談をいえるくらいの余裕は出てきました。

「はあ、さっきのはまたすごかったねぇ~。この寝台に結界張ってもらってよかったよ」
「ふふふ、そうですね。ハンナ王太后が大切にされていたのでしょう。様々な術式で守られています」
「うん。これがローゼンやユニみたいに、普通の部屋だったら大変だったよね……。毎回、お家が崩壊してたかも」

 そう、私たちがここに担ぎ込まれた日の夜。このお部屋にローゼンオオコウモリが、ヘロヘロと飛んで来ました。


 ※ 


 夜に窓を外から叩く不届き者。ヘロヘロの体で立ち上がった私は、仕込み杖をまさに杖にして窓際へ。さあ懲らしめてやりましょうと、窓を開けたら、足元に巨大なコウモリが落下。思わず叫びましたよホント。

 いつもの私なら彼女と分からないはずもないのに。それだけヘロヘロだったのでしょう。そしてローゼンちゃんもヘロヘロでした。

 彼女だと分かったにも関わらず、あまりの驚きから出た叫び声は、急には止められず。隣のスタちゃんもなぜか悲鳴を上げ、ローゼンちゃんはなんの空気を読んだのか、やっぱり悲鳴をあげて。そこで力尽き、三人とも床に突っ伏しました。急な緊張が解けたからか、三人とも声もなく、ただ肩を震わせて笑っていましたとも。

「……あら、ローゼンちゃん。まさか貴女もですか?」
「だ、ダーさんにナニが起こってるです? いくら破壊神との試練とはいえ、こんな魔力の流入、聞いたことがねーのですよw」

 怒りに来たのかと思いきや、オオコウモリは仰向けで転がったまま、笑っていました。

「ね、ねえローゼン。ユニは大丈夫だった? 何度かすごいの来てたけど……」
「五回目のやつですね? 彼女はちょうどその時、街に水路を引く修行をしてたのです」
「水路を引く『修行』です……か? 大丈夫だったんですかユニちゃん」
「いきなりあんな巨大な魔力がブチ込まれましたからね〜♪ 隣の鬼の集落まで、水路が突き抜けていったですよ☆」

 どうやらローゼンのいる鬼族の里に、簡単な雨水の排水路を作るはずが、全てを魔術制御にしてたために術が暴走。ちょうどスタートした直後に、注入祭りが始まって、徒歩で四日かかる西の谷の集落を水路用の溝が突き抜けたのだとか。

「まあ、西の谷には被害はなかったですし、むしろこれを利用して、農業用水にできないかって盛り上がってるですよ」
「た、たくましいね。鬼族は……」
「今は部屋に隔離結界かくりけっかいを張って、そこで休んでるですよ。不調だとどーにも一人になりたいらしいのです」
「あー。猫が具合悪い時、そうなるよねー」

 久しぶりにローゼンちゃんと三人。ヘロヘロながらも、なんだかお泊まり会みたいで楽しくもありました。

 ただ、ひとつ疑問も残ります。

不躾ぶしつけなことを聞くようで、ごめんなさい。ローゼンちゃん。プロトタイプの貴方ほどの存在でも、アルくんのあれが辛いんですか?」
「あんなもん、魔力の規模なら惑星創造クラスなのです……。元々が種族のテストで作られただけの存在なのですよ私たちは。調整甘々で最初から強く、長く生きたから魔力の貯金もできただけなのです。いきなりあの量の魔力をブチ込まれたら、そりゃあアップアップするですよ」

 惑星創造クラス、確かにそうかも知れません。あの量の魔力をエネルギーに変換したら、どこまで出来るのか想像もつきません。ただ、それはあくまでもエネルギーの話。それをどう使うかは、また別の話です。

「それもそうですね。あの量を一度にとは、さすがにどんな存在でも、想定されていないでしょうね。アスタラさんも、無調整の高位の神だったりしたんでしょうか……?」

 さすがにエイケンさんも、エリゴールさんも、アスタラさんの試練の内容を知ってはいても、その人物や過去は知らなかったようです。

 クヌルギアとナナワルトルの塔、あれだけの強力な世界を、はるか古代から維持する破壊神。本当に何者なのでしょうか?

「アルの場合は、ただいきなり力をもらってるんじゃなくて、延々と破壊神を殺してるんだもんね。出て来た時にどんなになってるんだろう? 私、ちゃんと支えてあげられるかな……」
「ふふふ、スタちゃんなら心配いりませんよ。武器を槍に絞って一点集中。魔術と精霊術のハイブリッド。道を狙いすまして日々突き進んでますからね〜」

 そう。彼女は入口を狭めたことで、それこそ鋭い刃のように、真っ直ぐ鋭く道を極めています。アルくんからの魔力を受けて、さらに精霊さんとの関わりも強くなるでしょう。私も負けてはいられません!

「プロトタイプにも一人、延々と剣の道を突き進んでいたのがいたですけどね〜。ダーさんとだったらどうなるか」
「そんなに強いんですか?」
「このローゼンちゃんでも、ちょっとヤバいですね〜。あ、積み上げるといえば、ユニちゃんの修行ももう少しなのです♪」
「えっ! ユニ帰ってくるの⁉︎」

 さすがはマッドサイエンティスト、ローゼンちゃんです! 真相は会ってからのお楽しみと、何がどうなったかは話してくれませんでしたが、彼女の思う『ユニちゃんの理想系』は完成間近だとか♪

「すごく楽しみ! ユニいないとさび ─── 」
「「「うぐぅッ!」」」

 突如、またアルくんからの魔力便が、窓から放り込まれた感じでポイっと。治るまで三人で床を転がり、しばらく唸りました。


 ※


創造神マールダーは、この世をお造りになられる時

“光よ、あれ”

と言われた。
そして光の神ラミリアが生まれた。

光の隣に陰の神ネイが生まれた。
光と陰の瞬きに時の神エイラが生まれた。

“時を連ね、光を育め”

時の神エイラの声に、調律の神オルネアとエルネアが生まれた。

“善しと悪しとを織り成し、より大きな光を育てよ”

調律の神オルネアとエルネアの声に精霊が生まれ、やがて神族と魔神族とが生まれた。

精霊と神族と魔神族との交わりに
人、魔人、亜人、動物、虫、植物……

ありとあらゆる命が、肉を持って産ぶ声をあげ、大地マールダーのそこかしこに、命を織り成すこの世が生まれた。

(旧約『マールダー創世記』序文より)


 ※


 暗闇の世界に、白くまばゆい光の柱が、斜めに射している。それは同じ角度、そして等間隔とうかんかくで無限に続く、白と黒のカーテンのようであった。

 暗闇の世界の中を、その光の柱のカーテンは、一直線に駆け抜けてゆく。そうしてはるかか彼方へと消えゆくと、またどこからか現れ、違う方向へと高速で通り過ぎてゆく。その光の明滅めいめつと、通り過ぎた後のしばしの闇の世界、ただそれだけがある空虚くうきょ壮大そうだいな世界。

 その世界の中心に、微睡まどろむように溶け込み、しかしマールダーの全ての存在と繋がる意思・・がいた。その存在はこの星の誕生から、常にここにあり、他と関わりを持つことなく理を紡ぎ続けている。
 しかし、その時、この星の歴史上、初の現象が起きた。


─── 天空からまばゆい光の玉がひとつ


 それはゆっくりと、時にたわむように弾みながら、明滅と暗闇の野に降り立つ。


「エイラよ ─── 」


 澄み渡る鈴の響きのように、きらびやかで温かい声が、闇に清浄を与えた。

「わたくしはここにおります。ラミリア様」

 その声は世界そのものから聞こえた。

「エイラよ。あなたも分かっているでしょう。このマールダーの世界に、危機が訪れようとしています」
「……はい」

 時の神のエイラ。彼女は光の神ラミリアと、陰の神ネイの織りなす、光と陰の瞬きによって生まれた神である。彼女はこの世界の時を紡ぐ神。この世界の始まりから、連綿と続く時を繋いでいる。

 時とは、決して数珠繋じゅずつなぎの一方向ではない。それは弾むように駆け、留まり、緩やかに、激しく進む。そして、いくつもの先に枝分かれし、しかし矛盾やズレがなく束ねられる。

 時はその意識の数だけ、違う流れを持ち、しかし世界の時の流れと共に進む。その天文学的な数の辻褄合つじつまあわせは、彼女の背負った使命であり、存在理由である。

「……何者かが、人の因果律に関わる時を、早めようとしています」
「あなたはそれが何者か、分かりますか?」
「……いいえ。私は時を繋ぐもの、時の理から離れた者は認識できません」

 その声に感情はない。ただ光の神にたずねられたことを、ただ性格に打ち返したに過ぎない。秒針のように正確に、指すべき場所を指す。

「やはり、あなたでもつかめませんか……。では、これは何だかわかりますか?」

 そうラミリアの声が響くと、光の玉の中から、沈んだ赤色の小さな宝玉・・・・・・・・が浮かび上がる。

「 ─── こ、これは⁉︎」

 その宝玉をあらためて、エイラは初めて感情の揺れをみせた。

「落ち着いて聞きなさい。あなたの感情が乱れれば、それは世界の時の営みに、大きな影響が与えられてしまいます」
「………………」

 暗闇の世界全体から、呼吸を整える静かな息吹と、かすかな揺れが感じられる。それはラミリアの光をわずかに揺らしていた。

「……これはエルネア・・・・。あの子の感情。怒り、憎しみ、拒絶。救いなき、苦痛にけがれ、あふれたよどみ……」
「やはり分かりますか。あなたの手がけた子ですからね……。おそらくこの呪物に、時を進める者が関わっています」

 その言葉に動揺するかのように、すぐ近くを光の柱の列が、激しく明滅を生みながら高速で通り過ぎてゆく。それらが過ぎ去っていった後、ラミリアの前に浮かんでいた、エルネアの呪物じゅぶつは姿を消していた。

「それを手に取ったということは。私がここに来た意味も、もう分かったとしてもよいのですか?」
「……はい」

 世界全体から聞こえていたエイラの声が、ラミリアの近くで響いた。

「 ─── 時の理を乱す者、エルネアに、神に、人に仇なす者。私が検めましょう」

 ラミリアは小さな光の粒を生み出して、暗闇の世界に落とす。

「この使命はあなたが適任です。しかし、つらいものとなるでしょう。オルネアの化身を頼りなさい。場合によってはあなたが、彼女を助ける必要があるかもしれませんが……」
「分かりました。エルネアを解放するためにも……。必ずや、尾をつかんでみせましょう」

 その声には静かな怒りの感情が震えていた。

「……この状況を、主神はどうお考えですか」
「アレはそういうものではありません。理は私たちが負うものですよ」

 今度はラミリアの声から、感情の色が消えていた。

「……そうでしたね。では、わたくしは人界へ。オルネアの化身は今は魔界ですね。縁があれば会うとしましょう」

 暗闇から小さな気配が別れ、動き出そうとしていたのを、ラミリアが声をかけた。

「オルネアの化身に頼ったり、守ったりはゆるします。しかし、彼女の契約者とは、あまり近づかないように」

「……人界の調律者ですか。なぜです?」

 ラミリアの光が大きくブレて、辺りを照らす。

「ちょっと話すくらいならいいけど、仲良くとかはダメだかんね!」

 天界は人が想像するような、形ある世界ではない。そこにいる者の意識を具現化して、形となる世界である。それぞれの神々が、それぞれの領域で過ごし、時にその意思を繋げている。

 それぞれの神々が、姿を見せ合い、語り合うことはほぼない。しかし、エイラの記憶には、創世当初に顔を合わせていた日々が、しっかりと残っていた。

 エイラはふうとため息をつき、『やっと素でしゃべったな』と苦笑した。
 そうして、マールダー史上、天界から初めて、エイラの化身が人界へと降り立っていった。


 ※


 暗い灰色の表面に、細かく小さな反射する粒子が混じった繋ぎ目の一切ない床。

 円形の広大な空間、その壁面は膨大な数の白い柱が、うねるような造形で遥か上へと伸びているが、天井は目にすることが出来ないほど高い。柱の隙間は闇、その向こうには微かに立ち上るマナの光の粒子の流れが、血管の様に張り巡らされているのが見える。

 橙を帯びた明かりは、これまでの塔やクヌルギアと同じく、光源は確認できない。時折揺らぐその明かりは、篝火のゆらめきにも似ていた。

 クヌルギアを越え、ナナワルトルの塔を越え、その先に存在する破壊神アスタラの『試練の間』。
 歴代魔王の力を極限まで引き上げ、魔大陸を護る使命に、その大きな恩恵を与え続けてきた約束の地。

 オルドヴァの慈悲が受け継がれた、アスタラの悲願。

 今、そこにアルフォンスとアスタラが向かい合って立ち、初めてお互いの手を取り、握手を交わした。ふたりは微笑み合うと、距離を置いて離れ、アルフォンスは兜を被る。そして、静かに構えた。どちらがそうしようと言ったのではない。もう数え切れぬほどの回を重ねた、アスタラからの力の流入が馴染み、互いに動き出した時に自然とそうしていた。彼らはもう分かっていたのだ。


─── これが最後の戦いになる、と


 次の瞬間には、アスタラの姿が消えていた。

 即時アルフォンスは迷うことなく、自分の足元に向け、魔斧を叩きつける。すでにアスタラはふところの下に迫り、鋭い手刀しゅとうで突き上げんと、全身の筋肉を唸らせて狙っていた。ただ速度の高さで裏をかいたのではなく、これに対してアルフォンスがどう動くのかを、完全に予測した上で。

 下から迫るアスタラの手刀を、毛一本の隙間でかわし、魔斧をその肩口に叩き込むアルフォンス。それを予想済みだったアスタラは、その場で地面に手をついてぐるんと縦に回転しつつ横に流れ、斧のコースから外れた。代わりにその縦回転を利用した、踵がアルフォンスの頭部に迫る─── 。

 胴回どうまわ回転蹴かいてんげりり。

 体を横回転させて、裏足で相手を刈り取る蹴法の回し蹴りに対し、体を縦回転させ、頭部ないし鎖骨を狙う高難度の技である。

 全身を硬化させ、更にはアルフォンスの斬撃にも匹敵ひってきする神威を付与された、手足の攻撃力。アスタラの肉体は、炎槌ガイセリックの鍛えた、超硬化魔鋼ちょうこうかまこうの鎧であろうと切り裂く破壊力を持つ。

 しかし、アルフォンスはそれを避けもせず、爆発的な魔力で鎧の胸部のみを強化し、さらに数十層もの結界を展開して受け止めた。全身のバネを駆使し、その蹴りの勢いを完全に殺し切り終えると、地面を蹴って上に逃れる。

 先程まで立っていたアルフォンスの足を、地面に片手を付いたままのアスタラが、体をさらに横回転させて刈り取りにいったのだ。

 上に逃れなければ、足を持っていかれただろう。

 上に飛んで間合いを測り、最も破壊力が引き出せる地点で、渾身こんしんの力を込めた魔槍が青白い五本の光を曳いて振り下ろされた。しかし、すでにアスタラは地面に付いていた手で、己をその場から突き放し、後方へと飛び退いている。

 その体勢は弓を引くように片腕を後ろに引きしぼり、もう片方の腕は拳を握りしめて、アルフォンスに向けている。その引き絞る腕には、更に五本の輝く光の腕が現れ、異様に体を捻って力を溜めていた。

 直後、視界を奪う強烈な光が爆発し、神々の戦争にでも扱われるような、悪夢のような破壊の矢が放たれる。一瞬にしてアルフォンスの鎧が赤熱し、巻き上げられたチリが一瞬で蒸発し、細い煙の線を無数に曳いた。

 アケル南部セルベアードで、勇者ハンネスに対して放たれた、破壊神アスタラの影が起こした御業みわざ

 あの時、ハンネスに両断された光線は、セルベアードの街を崩壊させかけた。しかし、あれはあくまで影の放ったもの。自分の足元に伸びる影に、どれほどの力があろうか? 

 本体のアスタラの放つ光矢は、星をも穿うがつまさにに天界の殺戮兵器である。

「─── 【神聖の鏡ミレグラゥディオ】」

 青白く微かな光を発し、ぼんやりと透けている『古めかしく装飾性の無い、ただの円形の盾』が、視界を覆うほどの大きさで現れ、アスタラの光矢を受け止める。それを目にし、アスタラはニヤリと口元を歪める。

 直後、光矢を受け止めた盾は、倍以上の光量を発する強烈な光の矢を打ち返す。世界から全てのシルエットが掻き消され、白一色に塗り上げられた。

 アルフォンスはゆっくりと降下して、その手に夜切を喚び出し、獣のように構える。倍加され跳ね返された光矢は、未だ激しい閃光で暴れながら、試練の間の柱の間から暗闇の世界へと突き進んでいた。


「ははは。楽しかったなぁ……」


 アスタラはそうつぶやいて、床にあぐらを組んで座していた。アルフォンスはそれを見て、夜切を納めて近づき、アスタラに向かい合って腰を下ろす。

「もう、全部受け継いだかな。これで」
「ああ。最高だ、最高だよアルくん。ナナワルトルの時代、その天界にもここまで私と肩を並べた存在はなかったよ」

 もう何度か前の戦いで、アルフォンスは受け取れる力を、すでに全て受け取っていた。

 この闘いは、アスタラがわずかな時間だけ本気を見せるための、言わば技の継承だった。彼の持てる最強の技をもって、その前でアルフォンスは立っていられるか。ただそれを確かめるために。


 ※


「ありゃあ、とんでもなさすぎて、外じゃあ使えないだろ。人類が何回蒸発する威力だと思ってんだよ!」

「ははははは! 君だってそれくらいの技や魔術は、いくつも持っているだろ? それだけの力を持て余して、本気で闘いに使えたことはないだろうから、この隔離された世界で一度くらいはそんな闘いをさせてあげたくてね」

 アスタラは神だ。神様にどんな態度を取ればいいかなんて、さっぱりわからない。それは最初からだし、今までいろんなお偉いさんと対面して来てるけど、やっぱり偉い人は怖い。

 だから習って来た心の持ち方『舐められず、行き過ぎず、媚びぬ』と、ダグ爺が教えてくれた『武士のありよう』を盾に今までやって来た。でも、今はそういう必死さではなく、アスタラと同じ高さの会話をして、これでよかったんだと思う。

「まことに、楽しかったぞ……。同じ高みを見つめ、力をぶつけ合っててなお、同じ道を望む存在・・・・・・・・との対話とは……」

 アスタラは自分のアゴをでていた手を、グッとつかむような動きにして、下にうつむいた。何かが、彼の心の感極まったのだろう。

「同じ道を望む存在。その通りなんだけどな。もう少し、言いかた・・・・があるだろう?」
「…………言いかた?」

 アスタラが不安そうに顔を上げ、涙をたたえた瞳を見せた。

「立場の違いはあるけど、俺たちの思いは同じだ。闘いも最高に楽しかったしな。なら、友人・・だろ。俺たちは」

 アスタラは俺の手を取って、静かに嗚咽おえつを続けていた。

 今は四つめの文明。数十億の時を超えた、彼の想いなど、理解することはできないだろう。でも、こうして心は繋がれる。きれい事や、生優しい言葉ではなくて、抱えていた辛さをおもんばかって話せる。

 ハンネスとも、こう話せれば良かったんだけどな……。

「はぁ、これほどに感情を動かすことが、心の掃除になるとは思わなんだw
……ありがとう。アルフォンス、奇跡の子だ。お前は本当に」
「やめろよ……。奇跡の子とかさぁ。気がついたら魔王だったとか、そこらの青年の心の機微も勉強しようぜ? ほんと大変なんだから」

 アスタラは目をパチクリさせて、腹を抱えて転がりながら、長いこと爆笑していた。しばらくして落ち着いたのか、また座り直して、とある方向を指差した。

「そろそろ、ここまでにしようか」
「ん? ああ、そうだな。今更いまさらだけど、胸を貸してくれてありがとう。これで迷いなく進める」

 アスタラの目からまた涙がこぼれた。

「やめろって、迷いが生まれるだろ?w」
「ああ、そうだな……。またいつでも来い。我が子・・・よ。私はお前に全てを与えよう」

 いかん、俺まで泣きそうだ。もう父親はいっぱいいるんだよね。

「扉を開ける。アルくん、がんばっておいで。我々はここで待っているから」
「我々……?」
「我々はむくろ。身を持たぬ骸。君は『骸の王』。みんなが待っている」
「???」

 アスタラが手をあげた時、空間にパックリと切れ目が入って、赤黒い扉のある部屋が見えた。

「ありがとうな。アスタラ。貴方に俺は強くしてもらえた。この世界があったから、魔界は守られていた。ありがとう、感謝する」

 そう伝えると、アスタラは「ブフッ」と鼻を垂らして、俺が進む先を示した。

「さあ、扉を開けて戻りなさい。君は思うまま、進んでこそ輝く。扉の前にたどり着いたら、周りを振り返ってごらん。それまでは振り返らないことだ」
「……? おう、わかった」

 なんだか名残惜なごりおしいけど、俺は立ち上がって歩き始めた。

 赤黒い扉。ナナワルトルの塔に入る時と全く同じものが目の前にある。そこでふと、アスタラに言われたように振り返った。


─── その時、世界が黄金色に輝いた


 俺の進む扉の反対側に、巨大な黄金の扉が開いていて、そこに膨大な数の人影があった。その人影の壁の前に、二つの影がある。

 ガストンとダイク

 二人がこちらに腕をあげていた。

「ああ……お前ら、そこで生きていたんだな!」

 そう声を上げた時、俺は転移される感覚を味わって、気がつけばナナワルトルの入口の前に立っていた。

作者のつぶやき

アスタラとの試練もこれで終了!
いよいよアルくんも魔王を名乗れるだけの実績を積みました。

このエピソードの中であった、『彼女だと分かったにも関わらず、あまりの驚きから出た叫び声は、急には止められず』というのは、実体験です。
何度かありました。

幼い頃、市民プールに連れて行ってもらえる事になり、嬉しくて嬉しくて。
前日の夜にサメの形のボートみたいなのを膨らましたんですよ。

現地でやればいいのに、まあ幼かったので、気持ちも分かりますけども。
で、寝る時に邪魔だから、壁に立てかけて置いたんです。

で、夜中にトイレに起きて、用を足し、寝室に戻った時……

そこに両手を広げて立つ、異様に背の高い、白い着物の人影が!

「ぬぅああああああぁぁぁあぁぁっ!」

深夜に思いっきり叫びましたよ。
あまりの恐怖に。

で、途中で『あ、これ立てかけて置いたサメの腹がわだ……』って気がつくんですけどね。
一度、大膨張したストレスを発散し切るまで、絶叫は止められず。

あれは同室の兄弟は迷惑だったろうなぁ……。

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