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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十四章 クヌルギア

第十四章|第五話 魔王の系譜

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クヌルギアの道。
そして『ナナワルトルの塔』へ。

破壊神へと繋がるその道は、
強大な力を誇る魔物で溢れていた。

継承者の力に比例して、
魔物は力を増す。

今、この試練の道は、
史上類のない危険な状態となっていた。

継承者として規格外の力を持つアルフォンスは、
代々の魔王と共にここを通ってきたエイケンの知識を覆している。

人界は今、
帝国派と反帝国派に分断され、
大きなうねりを起こしている。

ハンネスは、
聖剣の在り処の情報を掴み、
すでに人界へと向かった。

時間はそれほど残されてはいない。
破壊神アスタラへの挑戦は、
その焦燥感の中、
確実に前へと進んでいた。

クヌルギアを通過し、
アルフォンスはナナワルトルの塔へと挑む 。

─── 魔界。パルモルの街の西部にある『職人街トゥレ・クラフトル』

 その早朝。にわかに街が揺れ、食餌しょくじを済ませて大人しくなっていた鶏にわとりたちが、怯えて騒いだ。原因は男の叫ぶ声であり、それは職人街の中で

最も力を持つ、ドワーフたちの職人ギルド『ドワルフ・ツワルフ』から発せられていた。

「とうとうじゃッ! とうとう出来たんじゃッ!! こ、このっ、クォラァッ、何を呑気のんきに寝ておるかッ!! 起きろッ、これを見ろッ!!」

 追い込みによる連日の徹夜で、とうとう意識を失い、死んだように眠っていた助手や弟子たち。その顔に、グーを落として回るギルド長のグラベン。たった今、革新的で最高の発明品を完成させた彼は、興奮のあまりに手加減が効かなくなっていた。金属を伸ばす金床かなどこすら凹ませるグラベンの鉄槌てっついに、顔をやや湾曲させて、みんなが起き上がる。

「なぁんなんじゃあ、旦那ぁッ! もちっと優しく起こ─── 」
「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」」」

 全員が野太い雄叫びを上げ、その作業机の脇に設置された、魔力計へと我先に殺到する。

 魔力を計測するために伸びた、魔力計の端子の先には、一枚の金属板が置かれていた。真鍮しんちゅうのような、くすんだ黄金色の、何の変哲もない板だが、その表面には極小の溝で彫られた術式がびっしりと施されている。

「う、うう、動いとる! 魔力計の針が動いとるぞ旦那ァッ!!」
「おう、ついさっきな! 完成したんじゃっ!!」
「「「うおおおおおおおおおーッ!」」」

 他のギルドの職人が「うるせー!」と怒鳴る声が響くも、彼らの耳には一切届いていない。抱き合って喜びを噛みしめる者、へたり込んで呆然とする者、男泣きに泣く者。常に何かを作り続けきた彼らが、どうして酒の一滴も入れずに、これほど騒いでいるのか。

 それは───

「これこそが儂わしらの悲願! ティフォ様とアルフォンス様の愛の賜物たまものッ! その名も『精魔合金せいまごうきん』じゃあッ!!」

 ドワーフたちの興奮は絶頂に達し、すでに言語野が蒸発してしまっている。代わりに説明するとすればこうだ。

─── 大気中のマナを集め、それを魔力として変換する、新素材

 それは他の土地に生きた者にはピンと来ないだろう。単に『魔力を生み続ける便利な物』としか映らず、『すごいねぇ』で終わるかもしれない。だが、この魔界に暮らす人々にとっては、とてつもなく画期的な、夢のような素材である。

 元来、魔王によってマナから生成された魔力を、分配されて生きる彼らは、人界の生命より遥かに強力である。総じて魔力の器が大きい者が多い。だが、それに見合う魔力の生成能力が体内になければ、魔界を離れると、すぐに魔力の枯渇を起こして衰弱し、死に至る。魔界の民の多くは、魔王からの恵みがあってこその生態系を持っているのだ。

 実際に魔界で生まれ、人界に移り住んでいる種族は少ない。鬼族などは分かりやすい例であろう。彼らは強力な体と、特殊な妖術を扱う強い種族だが、元々の魔力生成も強かった。だからこそ、人界へと移り住んでも生きていられる。エルフや獣人族もその類であり、彼ら亜人の多くは、魔界発祥の種族だったと言う説もある。

 つまり、この精魔合金は魔界に暮らす、如何なる種族でも、魔界を離れて活動できる事を約束するものであった。

 かつてこのパルモルが、ユウルジョウフの移動によって遷都せんとを余儀なくされ、研究は頓挫とんざの危機に見舞われた。マナの波長の微妙な変化で、これまでのデータが役に立たなくなってしまうからだ。この非情に繊細な研究を続けていた彼らにとっては、全て一からやり直すという危機に直面し、また資金難にあえいでいた。

 それをティフォの力でユウルジョウフを固定させ、巨額の投資をして背中を押したのはアルフォンスである。

 長年の夢を今、ドワーフたちは確かに現実へと変えた。


 ※


「ほ、ほんとう? ほんとに、で、出来たの?」

 昼過ぎ、『ドワルフ・ツワルフ』に訪れた客人は、扉を開けるなりそう問うた。

 カバの体に生えた、人の形をした樹。ケンタウロスのような姿。ドライアド族のドニーゴが、ウロの目を真っ直ぐにグラベンへと向け、体を震わせて立っていた。

「おう、もう来たのかドニーゴ! ああ、本当じゃ。精魔合金は完成したぞ。お前さんが最初に言い出したものじゃからな。一番に報せてやろうと思っておったんじゃ! がははははは」

 精魔合金の発想は、ドワーフたちではなかった。最初に『こういう素材が作れないか』と持ちかけたのは、他でもない、このドライアド族のドニーゴだった。

 ドライアド族とは、オーク樹とか菩提樹ぼだいじゅなんかの大樹に住む、妖精族の事。ドライアド族は、限りなく植物に近い体を持つ、ギリギリ人族に数えられる希少種族。本来は大樹にまぎれて擬態ぎたいし、ほとんど動くこともなく、静かに暮らす性質である。

 ドニーゴはその中でも、かなりの変わり者であった。自由気ままな旅に憧れて、他の生物に寄生して移動する方法まで編み出し、旅を求めている過激派。そうまでして旅を求めた彼には、大きな夢があった。

「こ、これで……。お、オデも、人界・・、いける?」
「ああ。人界となればマナの性質も変わるからのう、もうちっと調整は必要じゃが。そんなもんは二~三日もあれば出来るわい!」

 魔界の民は、魔王から分配された魔力を、その身に受けて生きる。人界に渡れば、その恩恵は少なくなり、元々の魔力の器が小さければすぐに枯渇してしまう。魔界から離れて暮らせる者は、魔力の器が大きく、自前で魔力を生産できる体質の者に限られた。

 ドニーゴは魔力の器も小さく、生産できる量も少ない。そんな彼が憧れたのは、まだ見ぬ大地の人界だった。

「お前さんの話を聞いて、ロジオンの奴が、すっごいお方を連れて来てくれての。それがなければ、儂らもあきらめておったかもしれん」
「ロ、ロジオンのおかげ……。オデ、ロジオンに、そ、相談してよかった……!」
「なんじゃお前さん、泣いておるのか? がははは、涙を流すドライアド族なぞ聞いたことないぞ? 塩害になるじゃろうが! 本当に変わりもんじゃなお前さんは!!
じゃが、そんなお前さんだからこそ、この発明に目を向けられたんじゃ。儂からも礼を言う。ドワーフ冥利みょうりに尽きる、やりがいのある仕事じゃったぞドニーゴ」

 当初、ドニーゴが最初に支払った金額は、港で人夫として働けば、二週間程度で手に入る額だった。あれから数十年。開発費用は全く次元の違う所まで及んでいるが、グラベンはそれを口にしなかった。それはアルフォンスからの潤沢な資金もあるが、ドニーゴは依頼者であり、この数十年の情熱を与えてくれた恩人でもある。

 後に人界の植物学界に、突如として現れ、『植物学の巨人』と謳うたわれる亜人が現れる。その深い叡智えいちと広い見識は、人界の植物学を大きく変え、農業や林業など幅広く恩恵をもたらすこととなる。

 『緑のカバ先生ドニーゴ』は、胸元に鈍く光る黄金色のプレートペンダントをトレードマークに、世界で愛される存在となるが、それはまた別の話─── 。


 ※※※


 『ナナワルトルの塔』その内部は、階段などで階が別れている構造ではなく、延々となだらかな螺旋状らせんじょうの下り坂が地下へと続く構造だった。それはアケル大樹海の奥で見た、魔公将パルスルの館や、アルフォンスの両親が隠れ住んでいたキュルキセル地方の『方星宮』へと繋がる地下の塔に似ていた。

 塔内部は広大で、回廊も街の大通りの様な幅を持っていた。回廊の一周だけでも、それなりの都市と同等の規模だろう。その回廊が、段差の一つも繋ぎ目の一つもなく、コルク抜きのように渦を描いて地下へと続いている。

─── 現在、地下17階

 何故、その構造で階層が分かるのか。降りてゆく度に一定の深度に来ると、耳鳴りを伴う魔力の圧が掛かり、一段と周囲の魔力が濃密のうみつになってゆく。そして、そのタイミングが重なる壁面と地面には、神代文字じんだいもじと非常に親和性の高い数字で、階層が表記されていたからである。

 人界ではその神代文字などは、すでに失われて学術体系に残っておらず、最早認知すらされていない文字である。だが、この壁面にレリーフとして表記された数字らしきものは、おそらく神代文字などではなく、全く別の文明から作られた文字だと思われる。

 アルフォンスは、ラプセルで受けたセラフィナからの座学で、神代文字にも多少触れている。だが、全てを読み書きできるレベルには達していない。彼女から教わったものは、こうした文字の成り立ちにある共通点や、文法などを理解するための知識である。

 それらを踏まえたとしても、これを解読・判別する事は、学術的視点では不可能だったであろう。アルフォンスは今、このレリーフの文字にある言霊と、【魔王の意思】による影響を受けていた。

 それはこの塔に刻まれて来た、先史連綿たる魔王たちの、塔の底へと向けた膨大な思念の残留。ざわざわと肌に響く、同じ血統の者たちの想い。それが微かに小さく、しかし膨大な量で、情報を訴え掛けて来ていた。

 階層の変化。その瞬間に、回廊の先に浮かび上がる無数の巨大なシルエット。それはクヌルギアの道で現れた魔物とは、一線を画す存在。ナナワルトルの塔に仕掛けられた、『原初の魔物』たち。

 種族にプロトタイプがあるように、この魔物たちは、およそ人類との共生は不可能と思われる調整。一体でも放たれれば、現人類には打つ手は無いと思われるほどのものだった。

 魔物たちの見た目は、現代の人界にも現れる魔物の姿。それをどこか間を抜けさせたようなものや、むしろ雑多な何かが生えていたり、生存競争をするには余りにも不釣り合いに巨大化した角などが見られる。種として洗練されてきた形跡が見られない。

『これは淘汰とうたされて残った強力な魔物じゃない。突如として生まれた、力と必然性が合っていない、荒削りな存在』

 最初にこれらの魔物を見た時、アルフォンスはそう印象を持った。だが、彼の思考や意識は、すぐにそこから離れ、本能に突き動かされるように階下へと急いでいた。

 ドドドドド……ゥッ!!

 しかし、シルエットから実体を持った瞬間に、それらは倒れ、黒い霧となって消えてゆく。アルフォンスはそれらに、ひと目もくれることはなく、猛烈な速度で駆け抜けて階下を目指す。

 これまでの迷宮や、クヌルギアがそうであったように、この塔でも魔物の能力は階下に進むほど強力になってゆく。階層が変わった瞬間に、即座に命を刈り取られた魔物たちだが、下に進むに連れ、アルフォンスの何かしらの攻撃に耐え抜く個体も現れるようになっていた。

 だが、それらに対しても、アルフォンスは一切足を止めること無く、その赤い瞳で魔物たちをなぞるのみ。ただそれだけで、魔物たちはその急所を弾けさせ、霧となって霧散むさんする。塔内部に立ってから、アルフォンスは鎧も着けず、ナイフの一本も取り出してはいない。強力な魔物たちが現れても、彼の持つ武器たちは声一つ上げてはいなかった。

─── 圧倒的な戦力差・・・・・・・

 もし、今この姿のまま人界に現れたのなら、彼は正に怪物と恐れられ、魔王と呼ばれたであろう。そんな己の姿を顧かえりみる事もなく、まして己の力に酔いしれる事もなく、彼は今ただ愚直ぐちょくに進む。

 時折、魔物に混じり、聖獣や魔獣が含まれてそこに現れる事がある。これらは魔物とは違い、元々生息している生物が、魔力やマナに穢けがされ、侵食された生き物。命を失った時に肉体は霧となって消滅せず、また浴びた返り血もそのまま衣服や肌に残される。その数は魔物に比べて、非常に少ない割合ではあったが、もうすでにアルフォンスの衣服には、赤黒い血液の後や、飛び散った肉片で汚れていた。普段のキレイ好きな彼であれば、折を見て清浄の魔術を使うか、そもそも返り血を浴びるような闘いをしない。

 彼は今、正常さを失っているわけでは無い。『魔王の意思』。それが更に大きく膨らみ、元々アルファードより受け継いだものから、更に強大な魔王として必要とされる形へと変容しようとしていた。

 ソフィアやラミリアから契約を受けた時、その大いなる力に適応するため、脳が一時思考を停止する事があった。それは知覚や感覚を拡張される際の、神経の再構築という副作用。それと似た状態がアルフォンスの中で起こっていた。しかし、そういった思考の一時停止状態にあって尚、戦に対する研ぎ澄まされた本能は、無駄無く殺す事に最適な動作を繰り返す。

 ロジオンの言っていた魔族が持っている『殺す気概』とは、もしかしたら『魔王の意思』へと繋がる、極々基本的な資質なのかも知れない。

 今、彼の中で膨らみ続けているその資質と、その大きさに比例して与えられる『魔王の意思』は、エリゴールの語っていたものとは次元の違う段階に突き進んでいる。目の前の魔物を的確に殺し、この塔の最深部の目的を追いかける無心の様は、大きな変容を遂げる繭まゆの中にいるようでもあった─── 。


 ※


「アルくん……。今頃どうしているでしょうか……」

 ふと、扉を見上げながら、ソフィがつぶやいた。ずっとエリゴールお爺ちゃんの話を聞いてた私は、その不安そうなソフィの声に、思わず振り返っちゃった。

「大丈夫だよソフィ。あのアルだよ? 塔の中の魔物だって、邪神とかいう人だって、すぐ倒しちゃうって」
「そう、そうですよね。いえ、アルくんが勝てるかどうかではないんです」
「うん?」

 ソフィが不安そうにうつむいた時、私の中からミィルが飛び出して来た。

「おはスタ~☆ んん~、ここどこ?」

 そう言って伸びをするミィルは、また少し大きくなってるみたい。伸びをするために反らせた体に、同じ女の子の私でもドキッとしちゃったくらい。中で寝ている時から感じていたけど、またアルの魔力が上がったのかな? もう神気まで出て来てる。

「「─── ッ!?」」
「あはっ☆ 大丈夫だよエイケンさん、お爺ちゃん。この子はミィル。人界の妖精さんたちの女王さまなの」

 うん。私だってこのミィルと今初めて会ったとしたら、ふたりみたいに怯えてたと思う。それくらい、ゾッとするほど美しくて、ゾッとするほど研ぎ澄まされた神気と魔力が、ミィルから張り巡らされてるんだから。

「おはようミィル。ほら、この人たちにも挨拶してあげて?
エイケンさんとエリゴ─── 」

 ミィルの気配が変わった。扉の方をジッと見つめて、膝まで伸びた長い黒髪を、風もないのにざわめかせてる。

「─── アル。アイツ、邪神にでもなったの?」

 ミィルの言葉に、ソフィアまでピクッと反応してた。いつもなら『そんなひどい言い方ダメでしょ~』とか、冗談で返せるのに、今のミィルの声にはそんな隙間はなかった。

 うん。本当は私だって分かってる。きっとこの扉は結界みたいに、向こう側の事が分からないように遮断しゃだんされているはず。それくらいワケ分かんないくらいの術式で造られているから。きっとこれは人の手で造られたものじゃないんだろうなって事は分かる。

 その扉の向こうから、アルの魔力の圧がどんどん強くなってる。それは初めて光の神ラミリアを、目の前にした時と同じくらい。ううん、ラミリアはきっとあの時、人界に顕現かけんげんするための、仮の姿だったから、本当はもっと凄いんだろうけど。それでもアレは人がおいそれと、触れられる存在じゃないと思えた。今のアルの気配は、それと同じかそれ以上。

 ソフィとミィルの様子に、考えないようにしてた私も、だんだん不安になって来ちゃった……。と、エリゴールお爺ちゃんが、私たちに向けて腕を上げ下げした。

「そう心配するでない。アル坊の持つ力は、ここに来るまででも、歴代の魔王に比肩ひけんするものじゃった。まだ鍵しか持っておらんのにじゃぞ?
ナナワルトルの塔の中は、クヌルギアと同じく、奥に進むほど強力になる。じゃが、それは絶対に超えられないものにはならんように出来ておる」
「いえ、あの……。エリゴールさん。私がアルくんに心配しているのは、そう言う事ではないんです」

 そう不安そうに返すソフィに、お爺ちゃんはニッコリと笑って、エイケンさんに『お茶でも入れんか』とアゴで使う。

「まあ、最後まで聞きなさい。ソフィアちゃんだったかな? オルネアの化身ともなれば、あの気配も分かっておるじゃろう。じゃが、心配はいらんよ」
「……やはり、貴方には分かっているのですね? あの気配、最早、魔王や適合者と言った枠組みに収まりません。
あれはもう─── 神族そのものです」
「「……ッ!?」」

 今度は私とミィルが驚いて振り返っていた。でも、流石は歴代魔王の執事をして来たエイケンさんは、普通にお茶を淹れている。って思ったら、足元にお茶をジョボジョボ注いでた。

「今、あやつの中で膨らんでおるのは、歴代魔王たちの意思が集まり、あやつがそれのどれだけを受け入れられるか、塔の神が試しておる段階じゃて。あのまま違う存在になってしまうものではない」
「魔王たちの意思……」
「左様。これ程とは思わんかったが、あやつは今扉を突き抜けてまで感じる、この膨大な力を受け継ぐ可能性を秘めておる。あれがそのままあやつに宿るのではない。あれだけの力を受け入れられるだけの、何かが選ばれて渡される。そう言うものじゃ」

 それを聞いて、少し安心したかも。アルが強くなったり、どんな姿になっても彼は彼だけど、あまりにも人の範疇はんちゅうを超えた存在になったら、ちょっとこの先の彼が大変そうだ。それがいきなりじゃなくて、そうなるかも知れない、何かを授けられると言うのなら、むしろそうあるべきだとも思えた。

「って言ってもさーっ、ちょっとこれは流石にあたしだって引くよ? このまま天界にでも行っちゃうかと思ったもんね」

 ミィルの憎まれ口で少し気が抜けたかも。ソフィアもミィルをちらっと見て微笑んでた。

「とは言え……。これは本当にどえらいもんを持っておるなアル坊は」
「ふふふ。私の契約者ですからね。それに彼は、ずっと自分を王族だとは知らず、ただただ運命に向かって努力を重ねて来たんです。もしそのまま天界に連れて行かれるなら、私も戻っちゃいますけどね♪」

 いつか、アルは神族そのものになる力を持つ。そうだと思うと、私だってもっと強くならないと、その背中を支えられない。がんばらなくちゃ。そう思って決意していたら、ソフィアが杖を取り出して、広い場所へと向かって立った。

「エイケンさん。エリゴールさん。少し稽古けいこをつけてもらえませんか?」

 そう言うと、二人はニッコニコで立ち上がり、ソフィの元へと駆け寄っていく。いつのまにか、ソフィの近くには、マドーラとフローラが立っていて、ソフィの腕をそれぞれつかんでぶんぶんしてる。
それを見たミィルまで飛び出した。



「あーっ! ずるいっ! あたしも参加するする~☆」
「あ、ちょっとミィルずるいよ! 私だって─── 」

 アルが帰ってくるまで、私たちはここで古い魔王さんたちの闘い方を、エイケンさんとエリゴールお爺ちゃんから教えてもらうことにした。


 ※


─── ナナワルトルの塔 地下68階

 脚が九本だったかな? 真っ白けの粉っぽい質感の肌。毛が一本も生えていなくて、両目もない巨大な牛のアゴを、下から勢いよく持ち上げた。そのまま背骨を逆に反らせるように飛び込んで、逆エビに折り切ると、狂ったように暴れていた脚のうち、後ろ脚の二本だけ残してだらんと落ちた。


 一応、魔力を雷撃に変換させて、内部から破壊し尽くしつつ、回廊から下の階へと投げ込んだ。大型龍種くらいある巨体の、後ろ二本脚だけバタつかせながら、ずっと下へと落下してゆく。地面に叩きつけられる音は、まだ聞こえそうもない。

「ふう、流石に半分は過ぎたな。多分」

 そうわざと大きな独り言を吐いて、少し人心地を取り戻す。
少し前にようやく頭の中がスッキリして来たところだった。



 塔の中は目がおかしくなるくらい変化がない。階層が変わる感覚と、その時に壁と足元に描かれた、巨大なレリーフの数字が変わっているくらいだ。明かりは一体どこから照らされているのか未だに分からない。どこにいても全体が明るくて、それなのに光源が見当たらない。

 あんまりに変化がないものだから、もしかしてこれは夢なんじゃないかとさえ不安になりだして、今、試しに魔物を地下に放り投げてみた。現在地がどんなもんか、感覚的にわかるかなーっと思ったけど、ダメだ。音すら聞こえねぇ。

 ただ、なぜか分かる。ここはもう、半分を過ぎた所だ。これが『魔王の意思』のおかげなのか、時折ひそひそ聞こえてくる、過去の魔王たちの残留思念なのかは分からない。あまりに考える必要も無く、情報が勝手に入ってくるもんだから、ちょっと自分の感覚で試したかった。だが、それも叶わないと分かって、俺は亜空間から水を取り出して、喉のどを湿らせる。

 ここに来るまでの、自分の心の異様な静けさと、もうおぼろげな記憶にすらなりつつある、魔物たちとの闘い。意識が薄かったんじゃない。考えるより先に体が動き、ただただ最速で魔物を排除しながらここまで進んで来た。だから印象が薄い。

 ひとつ驚いたのは、いつの間にか俺は術式すら関係なく、意思のままに魔術を繰り出せるようになっていたことだ。いや、これは魔術なんかじゃないだろう。

─── 事象を起こしてる

 ソフィアの奇跡とか神威みたいに、極自然に『こうなるから、こうなる』みたいに、当たり前にその現象に働き掛けられるようになっていた。

「なぁ~んか、俺また変な方向いってねぇ……?」

 爺様のフォーネウスはどうだったっけ? こんな風に事象に働きかけている場面を見ただろうか? あの時に父さんから見せられた記憶映像。そこで爺様がやってた魔力操作が、『極当たり前な事しかやってなかった』と、そうにしか思えなくなっている事に気がついた。

 いや、流石に魔術として術式を構築しないと、複雑な事は出来そうにない。でも、おそらく上級魔術くらいなら、もう術式を意識しなくても起こせるだろう。試そうにも、未だポンコツな俺の契約下で、今の膨れ上がり過ぎた魔力じゃあ、それこそ何が起こるか分かったもんじゃない。そんな事を思い、ひとりフフフと苦笑していた。


 多分ここに来るまで、魔王たちの残留思念と、『魔王の意思』は、俺の中の何かを拡張していった。それは分かる。ただ、その拡張前の俺と、拡張後の俺とで、認識に大きなズレが起きているような気がする。これはソフィアたちとの契約とか、大きな契約更新があった時とそっくりだ。

 そんな風に、やけに呑気のんきな精神状態で休憩を取っていたら、それが現れた。

「─── ッ!?」

 思わず跳ね起きて、夜切を握りしめていた。気がつけば、いつの間にか漆黒の鎧が全身を覆っている。まだ、間合いは遠い。だが、武器たちは騒ぐこと無く、殺意と魔力だけを静かに高めていた。

「なぁんだ、話す気もないのか」

 言い終わる前に、夜切を通して強烈な斬撃をいなす感触が伝わって来た。

 飛ぶ斬撃。俺にいなされたそれは、激しく塔の中の至る所にぶち当たりながら、延々と上の階層に飛んでいく音を響かせていた。

『………………』

 赤黒い全身鎧を身に纏まとったその人影は、ボロボロのマントを揺らしながら、こちらへと歩いてくる。その足の運びは一切の無駄がなく、そして音のひとつも立てていない。

 赤黒いその鎧の材質は、どこか塔の入口の扉に似ていた─── 。

作者のつぶやき

『緑のカバ先生ドニーゴの楽しい園芸』
『ハンス・アーウィン元公爵のかわいい園芸』

ちょっとどちらも日曜朝にN◯Kで放送していたら、僕は見てしまう。

『こ、ここで、この枝をき、切れば。来年も、は、花芽がでる』
『これはオオキンケイギクだねぇ……。お嬢さん、外来種を植えちゃったねぇ……』

楽しくやさしいドニーゴ先生の番組の後に、自然に繋がるハンス・アーウィン元公爵の、不穏に継ぐ不穏な番組。
朝食の味を忘れること間違いないです。

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