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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十四章 クヌルギア
第十四章│第十五話 予期せぬ家路
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アルフォンスの故郷ラプセルに現れた勇者ハンネス。
それを阻む強固な結界が、
何者かの手引きで弱められ、
その侵入を許してしまう。
アーシェ婆とダグ爺により、
ハンネスとリディを迎え撃つが、
その攻撃を一人の男に阻まれる。
薬師シモン。
彼は今、
その師匠であるセラ婆の喉元に、
刃を突きつけ人質にしていた。
里に転移して来たアルフォンスは、
ソフィアとスタルジャと合流し、
結界で阻まれた里へと急ぐ。
─── 名もなき漁村
アルフォンスがかつて、里を出てから初めて訪れた村ペコ。その遥か北に位置する、とある小さな漁村は、人口わずか二百にも満たない小さな村だった。
東側を海に囲まれ、西側は山脈で大陸と分断された、国を持たぬ者たち。しかし、彼らも必死に生き、日々を楽しみ、己を守る者がない分、真摯に自然と立ち向かっている。
※
「……なぁ、ジさま」
「ならん。ならんもんはならん!」
「まだオレ、なにもいってねぇがぁ」
ウマルの爺様とアフメドのやり合いが、また始まった。毎日やってて飽きねぇもんかね?
「シディさも、なんとが言ってやってけれよ。ジさまは頭が固ぐでなんねぇ」
巻き込むねって。ウマルの爺様は村一番の漁師。アフメドとは血のつながりこそねが、奴の親父は爺様の一番弟子だったんだ。
だが、この海で魔物にさ喰われた。
爺様は頑固者だが、責任感だけは強えしな、きっと弟子の息子のアフメドにもなんら思いがあったんだろさ。
「よく聞げやアフメド。お前はまだ十四だ。一本槍漁なんざ、ぜぇんぶの仕事さ覚えで、それでも危ねんだ。爺様の気持ちよーく考えろ」
「……ちぇっ、分がってるが。なんだい、シディさまで説教かよぉ」
一本槍漁は村の漁師の華。うんとさ沖合に出て、何日もかけて鯨を槍で仕留める、死と隣り合わせの漁だ。憧れは分がる。だが爺様が許すわげねぇ。アフメドは口をとんがらがせて、拗ねだように背を向げだども、網の準備さぁ丁寧にしでだ。
ウマルの爺様は気がつかれねえよに、口元だけ緩めてる。爺様も分かってんだな。アフメドがああやって、無茶な憧れを口にするのは、認められてえからだ。だがらケンカにはなんねえし、長引きもしねえ。
「んなことよりアフメド。おめ、もう十四なら嫁っコのことも、そろそろ考えでんのが?」
「はぁっ⁉︎ よ、嫁ご? いらん、いらんが! オレはそれより、早よ一人前になっで、船を持つんだ。そんな時間はねえが」
アフメドは顔を真っ赤にして、沖の方さ向いてしまっだ。まだまだ子どもなんだよな、こういうところが。
遠ぐには村の小舟がいぐつか、こっちとおんなじ小魚狙いだろ、まだ漁場でねえがらのんびりしでだ。今は波も浅い時期、大物は深くに行っちまっで、こうして気楽に小物を狙うもんだ。
と、急に櫂を漕ぐキィキィいう音が止まっだ。
「あん? ジさま、なんでこんだら所で漕ぐのやめだ? まだまだ先でねえが」
アフメドが不思議がるのも無理はねえ。頑固で無口でも、仕事だげはきっちりやるのがウマルの爺様だ。それが漕ぐ手を止めて、沖さジッと見てる。
「なんが? どしたジさま……」
「 ─── シィッ! 音さ立でるな……」
他の小舟は漁場に向かって、相変わらずのんびり漕いでる。止まってるのは俺たちだけだ。だが、爺様がふざけでねえのは分かる。沖さ見る眼は、歴戦の漁師のそれだ。爺様は若い頃、一本槍を握っでだ男。それが今、鋭でえ眼で波さ睨んでる。
「……波がおがしい」
「波……? 爺様、別に俺にはそんな……」
言いかけて思い出しだんだ。
─── 沖まだ浅く、菱形の黒い凪あれば、去れ
ジッと注意深く見ねば分かんね。でも確かにそこに、うっすら黒く、そこだけ波が一つもねえ場所があっだ。気が付かねえのも無理はねえ。聞いてた凪より遥かにでげえ。見たごとねえ者には、気がつけねえ。
「ヨムン・ガンドゥル ─── 」
爺様の言葉に俺は震え上がっでだ。この海に時折り現れる怪物。歴代なんどか仕留めたが、ウン十年に一度現れるって、村の奴なら子供だっで聞かされでる。
「あ……あれが……? あ、あの黒いのが、全部それの背……⁉︎」
「バカ抜かせ。あれはジッとこっちを狙うために、ギリギリまで浮いでんだ。黒い菱形は奴の背中のほんの先だが」
それもいつだったが、聞いたことがある。あんまりにでげえから、水面近くでジッとしてると、波も止められるっで。
「あ、あんなでげぇの、ひ、人がどうにがでぎるのが……⁉︎」
「今までのヨムン・ガンドゥルだっだらな。が、あれだけのでかさは、さすがにワシも見たごども、聞いだごどもねえな」
爺様が何がカチャカチャ始めだ。見れば自分さ座っでだ舟板を外して、長い包みを開いでだ。
「そ、そりゃまさか! ジさま⁉︎」
包みから引っ張り出しだのは、長い何本もの棒、それを組み立で先に鏃さつげでる。出来上がったのは、長い銛。一本槍って呼ばれるやつだ!
「む、無茶だ爺様! あっだらもん、そんな槍なんかじゃどうにもならんが!!」
「船え寄せろ。ワシが飛んだら、まっすぐ戻れ。いいが?」
そう言いながら、爺様は鏃に繋がっだ綱を、自分の腰にくくり付けでる。
「こ、このまま逃げればいいでねが!」
「もう無理だ。とっくの昔に見つがってる。奴の眼ぇ見ろ。漁に出でる奴あ、みぃ〜んなもう餌だって眼だ」
俺たちが震え上がっでるのさ見で、爺様はため息さひどづ。槍を構えで、片手で櫂を漕ぎ始めだ。
「いいが? なんら時間さ稼げねえがもしれん。ワシら船ごと呑まれるがも知れん。だがな、やらなげれば、今、海にいる全員が死ぬ」
「「ッ⁉︎」」
爺様の言葉に、ようやく慣れて来だ眼が、奴の目を見づけさせだ。深いとこから、青ぐ光る丸い眼がジッとこちらさ見でる。
「おめらも漁師なら、腹くくれ。やる時やらなきゃ、仲良く藻屑よ。奴が嫌がっで」
「俺が漕ぐ。アフメド、おめはみんなに旗を振れ、んで爺様が飛び込んだら笛を吹げ、いいが?」
それまで震えでだアフメドが、俺の眼を見たまま深くうなずいで、船のへりをグッとつかむ。こいつも漁師の血が騒いでるんだな。
だが、あれだげのデカさだ。海から逃げ切れだどしても、勢いで突っ込まれだら村も終わりだろ。
そう思えば、何だが腹が座っでだ。
船はだんだんと奴の影にさ向がっで、進んでゆぐ。爺様の握りを確がめる、ぎゅっぎゅっで音が、豊漁祭の船競争の太鼓より、俺たちを鼓舞しでだ。
「奴が浮いで来だな」
静かだった波が、奴の上がって来だ背にぶつかるようになって、重苦しい音さ立ででだ。
「……シディ。アフメドのこと、頼んだが」
「ん、分かっでる」
アフメドは旗さ必死に振っで、ようやぐみんなに異変を知らせられだようだ。笛を握りしめで、決意を固めだ眼で振り返る。
─── その時、俺たちは死んだと思っだ
ドゥンッ、ドゥンッ、ドゥンッ……
頭の上で雷が落ちたみでえな、胸を直接叩がれだみでえな、とんでもねえ衝撃と音が海の奥底から鳴り続げだ。
ドゥンッ、ドゥンッ、ドゥンッ……
ヨムン・ガンドゥルが暴れでる⁉︎ いや、だとしだらこんな揺れで済むわけがね。
ドゥンッ、ドゥンッ、ドゥンッ‼︎
音が静まっだ。俺たちは船のヘリにしがみついて、めちゃくちゃな小波の暴れに耐えでいるしかながった。
「……うぅ、なんてぇ血の臭いだ」
「う、海が真っ赤に染まっでぐ……!」
海が静まり返ると、辺りは真っ赤に染まり、それがどんどん広がってゆく中心にいだ。やがてゆるくて大きなうねりを起こして、海面に怪物が浮き上がっだ。横を向いで腹を見せで、ほんの上辺だけ出てるだげだろに、山みでぇな体。
白い腹にはいぐづもいぐづも、たった今空いた穴さ見せで、そこからドポドポと血が流れ出でだ。
「し……死んだのか?」
腹さ向けでるがし、ちょっとしか出てねぇがら分からんけども、胸びれの代わりに何本もの白い人の腕が生えてるのだけは分がる。
ド、ド、ド、ドゥンッ!
またあのバカデケェ音が響いて、今度は下からそれが奴の体を突き抜けるさまが、よぐ見えだ。
赤黒い蛇……? いや、吸盤のねぇタコの触手の先に、蛇の口だけつけだような赤黒いもの。それがえれえ数で下から突き抜けでだ。ヨムン・ガンドゥルの腹にいくつも穴を開けだのはこれか!
目の前でそれはゆっぐりと奴の死体をひっくり返しで、さらにえっらい数の触手が絡みついで押さえづげる。海の上に巨大な白と赤黒え山がそびえ立っでるみてえだっだ。
ボリン!
一本の太い触手が顔を出したと思っだら、一瞬で大ぎぐさなっで、ずらっと牙の並んだ口で噛みちぎりながら呑み込んだ。その波で船が揺れ、このままでは転覆すると、爺様が櫂で押さえ込もうとしたがどうにもならん。
何が起きでいるのか、さっぱりわがらん。このタコのバケモンみだいなのが、ヨムン・ガンドゥルを食い尽くしたら、次は俺だちの番かもしれん……。爺様と奮い立たせた勇気も萎え、ガタガタと震えながら、三人で揺れる小舟に必死でつかまっでいだ。
が、突然、船の揺れがビタリと止まっだ。波はまだ荒れているのに、俺だちの船だけが、どういうわけが陸の上みでえに動かねぇ。
「 ─── ひ、ひぃっ!」
アフメドの小さな悲鳴。その視線の先を見で、今度は俺が叫びそうになっでしまっだ。
そこにいたのは若い女だ。へそから上だけ水面から出しで、その女は立っでいだんだ!
褐色のよぐ鍛えられだ体に、にぶい銀の小せえ水着みでぇな胸当て、短い髪の頭には山猫みでぇな耳がついでる。幻でも見でんのかと思っだら、先に黒い筆みでぇな毛が立った赤茶色の耳をピンピンうごかしでだ。その女はどうやってんのか、水の中にたったまま、俺だちの船をつかんで押さえでる。
「お、お……い。あ、あんだは一体……?」
「…………」
女は耳だけこっちにぴくっと向けだが、ジッとヨムン・ガンドゥルを食らうタコのバケモンを見つめているだけ。おっがねぇ、すげくおっがねぇけども……。すんげぇ美人で、気がつけば俺だちは、声も出せずに見惚れてだんだ。
「あ……っ、う、うわ……あ」
今度はアフメドが声を漏らしだ。叫びてえのに、どうにも声が出ねえっで感じだっだ。
「「「っ!! ッ!?」」」
アフメドが目ぇひん剥いで見でる方さ確かめで、三人とも声が出せねぐなっだ。いつの間にが食い尽くしたタコのバケモンの姿はねぐ、代わりに赤黒え触手を尻の辺りから何本も生やした娘っ子が立っでる。
それはこっちさ向いで、海の上を歩いで来だんだ。
紅いクリクリの髪に、二本の細ぐで尖った角。真っ白い磨ききった貝ガラみでえな、つやつやした肌。長いまつ毛の下に、眠そうな紅い瞳。
─── 思わず見惚れでだ
その女は俺だちの船まで歩いて来るど、猫女の前に立って何やら話しでだ。が、ふたりしてピクッと南の方に振り返ると、宙に浮いてそのままえっれえ速さで飛んでいっでしまっだ。
帰りの船の上では、誰も口を開かなかった。
俺だちは助けられだんだろうが? それとも単なる気まぐれで見逃されだのか?
あれは人間じゃねえ。あんなめんこい顔をしてはいだが、人間ではないし、魔物でもねがっだはずだ。嵐の後の日の出の海を眺めでるような、神々しささえあっだんだ。もしかして、海の神様だったんでねえがってな。そんなことは誰にも言えねえけども。
あれがら、あのふたりを見るごども、ヨムン・ガンドゥルが出るごどもなぐ、何ごどもない毎日が続いだ。ただ、アフメドの奴は『オレは魔物を嫁にさする』とが言っで、毎日あの辺りの沖にさ出でば、独りで漁をするようになっだ。
そりゃあ、まだ年端もいがねえアフメドだ。あっだら美しい女さ目にしちまったら、性癖だっで壊れるべさと思う。
※
─── ラプセル
世界地図の最果て、辺境の地。そのさらに奥へと続く、地図上に描かれてすらいない入らずの地。
高濃度なマナが常に溜まり、魔力化したその地には、人界の大陸とは異なる豊かな生態系が存在していた。数多の龍種をはじめとし、人界では伝説とされる強力な魔物や魔獣、悪魔とされる類まで。
しかし、それら人類からすれば脅威とされる存在だけではなく、多くの獣や昆虫など、非常に高い多様性がある。
……だが、今はその大地から、多くの生物たちの気配が消え、静まり返っていた。魔物は死滅し、魔剣に斬り殺された魔獣の、死屍累々の道が深い森の中へと続いている。
※
里を出た時にはいなかった、門番のような存在が、進んで行くごとに出現する。もういくつもの関門を突破してきたが、いちいち嫌な場所の嫌なタイミングで現れた。今の俺の敵ではないが、あの頃の俺だったらどうだったかと、やや不安にも思う。
「今のは……魔導生命体ですか。あまりにも戦闘能力が高くて驚きです。魔王に扮していたマドーラちゃんより、だいぶ強かったのでは……?」
古代の巨城の奥で、魔王イシュタルに擬態していたマドーラ。確かにあれより強かったと思う。
本来なら魔導生命体が持つはずの、核らしき物が存在せず、何度叩き潰しても復元してきた。四本の腕のうち、二本の腕で剣を振り、残りの腕で魔術を使う。ほとんどの属性の魔術が通らず、神威でコインサイズまで圧縮しながら、超々高熱で焼き上げた後に、急冷してようやく消滅させた。
「単純に強かったし、弱点を残さないあたりは、アーシェ婆の仕事って感じだわ」
「……その方の修練を十年。何度も死にながら受けてたと。よくグレなかったですねアルくん」
ソフィアから憐憫の眼差しを向けられて、胸が痛い。
「アルが出てくる時は、こういうのいなかったんでしょ?」
「うん。この先の最後の関門には、やっばい奴がいたけどね。後ろから通った者には、何もしないってルールがあるらしくて、その時は何もなかったけど……」
「うわぁ……。アルって最初から強かったのに、それでも『やっばい』と思う相手なんだぁ」
多分、俺とティフォが出て行く時には、かなりセキュリティを緩めてたんだろうな。もしくは里から出る者には発動しないとかか。
「当時、忘れ物とかしなくてよかったですね〜」
「うわ、それは考えたことなかったわ!」
夜切とか忘れて、戻ろうとしたら即死とか、考えるとだいぶ切ない生涯だな。まあ、そんなうっかりさんだったら、里の周辺ですぐに死んでそうだけども。なんだかんだ、この里周辺の魔物や魔獣はふつうに強いからな。
「とはいえ、勝てないわけじゃない。……嫌な予感もする。急ごう」
うち捨てられた魔獣たちの死体の山が、ずっと続いている。その先から感じる異様に巨大な気配。この気配は忘れもしない。ハンネスがいる。
俺の中に湧き上がるのは強い使命感のような、打破すべき相手だと心が訴えかける感覚。
もしかしたら、アルファードが抱えていた、あの強烈な殺意は、この使命感の根源なのかもしれない。彼の持っていた『魔王の意思』は、自分のなすべき運命を端的にとらえていた。
あれは確かに怒りや憎しみだったけど、それ以上にこの使命感が、強く働きかけていたのかもしれない。
※
『よいかアルフォンス。守りとはすなわち、害を退ける戦術じゃ。逃れる、逃す、中和する、かき消す、耐える、防ぐ、跳ね返す。そして倍返し。殺やれる前に、殺る。
守りの究極は、最速で殺し切ることにある ─── 』
『えぇ……。なんか矛盾してない?』
『ほう? わしに口答えしよるか小僧……』
『あああああああああッ!』
※
あの時、結界の術式の座学で、アーシェ婆が脱線して語り出したっけな。そこでいきなり『最速で殺し切る』とかいうもんだから、思わずつっこんでどつかれたっけ(熱湯)。
なぜ急にそんな修行時代のことを思い出したかといえば、今目の前に凶悪ともいえるこの里の結界があるからだ。
「これはまた……とんでもなく高度な術式ですね。結界の中に複数の結界を展開して、全て異なる目的で、そのどれもが完全に制御されています」
「ここまでは転移魔術だとか、飛翔魔術なんかの移動を禁ずる阻害結界だったけど、ここからは物理的に侵入を阻む結界になるな」
アーシェ婆から聞いていた、この周辺の結界の構造はこうだ。
一番外側は認識阻害結界。次に恐怖心や不安感を煽る精神阻害結界。次に体力低下、魔力喪失と続いて、移動阻害結界。
で、ここからは侵入を阻む物理結界が始まり、最後は里の円周を包む抵抗型排他結界。
抵抗型排他結界とは、物理的な侵入を防ぐだけでなく、同じ力もしくはそれ以上の力でカウンターを放つ結果のこと。これは俺の鎧にもだいぶ簡略化されてはいるが、仕込まれている技術だ。
「これはさすがの私でも、どうにもできないですよ……。なんて緻密で計算され尽くした術式ですかこれ! さすがは闇神アーシェスですよホント。あ、スタちゃんの方は終わったみたいですね♪」
結界周辺の調査をしている間、膨大な数で湧き続ける、魔導生命体の人狼たち。普通ならこの辺りで魔力も体力も尽きて、物理結界に阻まれたところで、入口もわからないままこれに襲われるわけだ。
まず、一番外の認識阻害結界が強力過ぎて、誰も気が付かないだろう。こんなクソ田舎の森に、強い意志を持って近づくやつなんかいないだろうけど。ちょっと異常なほどにセキュリティ意識が高い。
アーシェ婆が迷宮主になったりしたら、とんでもない地獄を作り出しそうだな……。
俺とソフィアで物理結界の入口を探る間、スタルジャに人狼たちをお願いしたけど、湧いてくる先から消され続けてるのを横目で見ていた。
広域殲滅となると、スタルジャの能力は非常に高い。
正直、彼女が何の精霊の、どんな力を引き出していたのか、チラ見してた程度ではわからなかった。衝撃も音もなく、青白い光と共に大量発生する人狼たちが、そのシルエットを残したまま消えていったのだから。それも後から後から、際限なく湧いてくるのを全部その場で即消滅させていた。
クヌルギアの試練で進んだ俺の強化から、彼女たちにも大きな力が流れ、破格の能力アップを起こしているようだ。実際、アスタラを斃しまくっていた時は、かなり辛い目にあわせてしまったらしく、申し訳ないと反省もした。
どこかスッキリしたような表情で、スタルジャがこちらに歩いてきた。
と、ソフィアが何もない空間を指差していう。
「たぶん、ここですね」
里を出て来た時、この仕掛けがあるとは分からなかった。あの時は七人の門番でかなり動揺していた後だったしな。
ソフィアの指さす場所を、注意深く覗き込んでようやく見えた。その空間に拳大ほどの、そこだけ丸く、わずかに他と風景がずれている場所がある。その丸い部分をさらに注視して覗き込むと、少し先に二つの岩が見えた。
─── ゲート
あの時、ティフォの白く小さな手を繋いで、逃げるように出て来た、あの空間の入口となる境界線だ。その時の記憶が鮮明に蘇る。温かくて小さくて、でもなんの疑いもなく、俺の手を信頼していたようなあの愛おしい手の記憶が……。
「アル……。大丈夫?」
気がつくとスタルジャが俺を覗き込んでいた。俺は自分の服の胸元をつかんで、握りしめていたらしい。かがみ込んでいた俺の背中に、ふたりの手が添えられた。
「すまない。ここにティフォがいないことを、意識しちゃってさ……」
あれ以来、初めてちゃんと彼女のことで心を痛めていることを、その場で口にした気がする。自然と出て来たその名に、ようやく自分の中で、ひとつの折り合いがついたのだと思った。今まで俺はずっと、ティフォの名を口にするのをためらっていたんだと、今ごろになって気がついた。
「ティフォちゃんと暮らしていた里を、守りましょう。今の私たちで」
そうだ。もう俺たちは進んでいる。そしてティフォのためにも守るべきものがこの先に!
「ありがとう、ふたりとも。俺は大丈夫だよ。再確認ができた。先へ進もう」
物理結界のポイントさえつかめれば、俺の出番だ。アーシェ婆の術式なら、いやというほど知っている。
人差し指と中指を立て、俺は背筋を伸ばして、指揮をとるようにゆっくりと両腕を広げた ─── 。
ここまで読んだ
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