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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十四章 クヌルギア

第十四章|第三話 クヌルギア

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クヌルギアの道。
破壊神へと繋がるその道は、
強大な力を誇る魔物で溢れていた。

継承者の力に比例して、
クヌルギアの魔物は力を増す。

今、クヌルギアは史上類のない危険な状態となっていた。
継承者として規格外の力を持つアルフォンスは、
代々の魔王と共にここを通ってきたエイケンの知識を覆していた。

人界は今、
帝国派と反帝国派に分断され、
大きなうねりを起こしている。

ハンネスは、
聖剣の在り処の情報を掴み、
すでに人界へと向かった。

時間はそれほど残されてはいない。
破壊神アスタラへの挑戦は、
その焦燥感の中、
確実に前へと進んでいた。

 淡い灰色の石質の壁面に、断続的に発せられた閃光が、規則正しく並ぶ溝の影を浮き彫りにしては埋める。強烈な青白い光は、火の粉のような小さな無数の紅い光を散らして、遥かに続く通路へと消えてゆく。

─── クヌルギア深部

 運命に選ばれし者しか、通る事を許されぬ通路に、露を纏った鏡の如き刃が閃く。時に荒々しく、時に鋭く、それらを受ける黒曜石の槍が、甲冑が、激しい火花を瞬かせていた。

 かつて数多の魔王候補者の意志を散らせた、クヌルギアの悪夢、ヴクブ五体とアルフォンスの熾烈な闘いが繰り広げられている。

 ヴクブには神威が通じない。そもそもがこのクヌルギアにしか現れぬ、古代神話の魔神に似た、物言わぬ怪物。神の奇跡が通らぬとすれば、それは同じく高い意志を持った神か、神獣の類いである。

「さっき、アルくんは『影を伸ばしていた』とか言っていましたが……」

 「禁じられた詩」で召喚されたアスタラと同じく、王都ハルファレウスにこぼれ出た、あのヴクブの軍勢も影でしかなかったとアルフォンスは気がついた。不安気に杖を胸元で抱えたソフィアが、彼から目を離さずに、隣に立つ執事のエイケンに尋ねる。

「王都に溢れた魔物の内、蟲のようなか弱きもの共は、肉体を持ったまま鏡を抜けられた。しかし、強大なものは流石に抜けられなかったので御座いましょう」
「じゃあ、あの時に出て来たのは、これとは違うの?」
「いえ、確かに同じもので御座います。あれなるはヴクブ、刃を通さぬ強靭な甲冑に、魔術の効かぬ怪物で御座います」

 エイケンの言葉にソフィアとスタルジャは、困惑したように眉を潜め、しかしアルフォンスから目が離せなかった。

 見た目は以前と全く同じである。しかし、今目の前でアルフォンスと刃を重ね合う怪物からは、遥かに次元の違う力が感じられていたのだ。

「 ─── 影、だけを伸ばしていたので御座いましょうなぁ」
「あ、あの時のは……ただの影だったの⁉︎」

 ソフィアとスタルジャは苦戦しつつも、二人の連携で、強靭なヴクブの反射結界を攻略していた。契約の力を、あと一歩の所まで取り戻したソフィアと、その神格化は神と同然にまで引き揚げられているスタルジャが苦戦したのである。

「クヌルギアの魔力が限界まで溢れたとは言え、強大な存在は抜けられず、しかし弱きものならば抜けられる。秘術と言うものは、高度であればある程に、制約の課せられるもので御座います。己の影を伸ばし、具現化するなどと言う馬鹿げた力を持つのは、あの二種の怪物くらいなもので御座いましょうな」

 己の影を別個の存在として、異なる世界に産み落とす。それはまるで、天界から化身を使わせる神そのものである。そして、それだけの存在を出現させるに至ったのは、これまでの候補者の常識を遥かに覆したアルフォンスの魔力の大きさ。

 クヌルギアの力は、その候補者の魔力に比例する。

 その事実に、スタルジャは驚愕しつつも、アルフォンスに加勢しようとはしなかった。ソフィアも硬い表情で、彼の背中を見つめている。

 ヴクブ達が現れた時、すぐにソフィアとスタルジャは臨戦態勢を取り、それを迎え討とうとした。しかし、それを拒むようにアルフォンスは前に出て、連携など無視をしたこの凶暴な戦いを始めたのだ。

「……なるほど、これは歴代魔王が守・っ・て・来・た・はずですね」
「ほっほっほ、流石はソフィア様。このクヌルギアの真髄を、ご理解いただけたご様子で御座いますなぁ」

 そんな二人の会話に耳を傾けて聴いていたスタルジャも、何かに気が付いたのか、両手を強く握り締めた。

「スタちゃん、この戦いを見届けたら、私たちは私たちでクヌルギアの胸を借りるとしましょうね」
「うん。……アルなら大丈夫だもんね。信じて待つしかないよね。私たちも強くならなきゃ!」

 ふたりがそう言いつつも、固唾を飲んで見守っている横では、エイケンが黄金色の目を細めてまばたきすらせずに戦いを見つめている。
 と、その時、勝負が動いた。

「あ、アルくん⁉︎」

 ソフィアとスタルジャが叫ぶ中、突如アルフォンスはフラついて目元を押さえる。その瞬間を逃すはずもなく、五体の黒い巨体が一斉に襲い掛かり、彼の姿が隠された。思わず前に飛び出そうとする二人の肩を、エイケンが掴んで制する。

「え、エイケンさん⁉︎」

 スタルジャが困惑して振り返るのを、エイケンは口ひげを持ち上げて微笑んだ。

「……殿下の運命とは、これ程に大きなもので御座いましたか」
「運命……ええ、そうですね。彼は私の適合者ですから」

 怪訝そうだったソフィアの表情が、ふっと和らいだ。それに気がついたスタルジャも、不安気にアルフォンスの方を振り返るが、その時彼女の耳がピクリと動く。

 ヴクブ達の動きが、止まっていた。

 その時すでに、辺りは強烈な魔力に覆われ、通路の壁が苦しげに軋みを上げる。ピシッと爆ぜるような音が、通路の後ろ遙か遠くまで、細かくひび割れる音が駆け抜けていった。

「こ……この感じ、プラグマゥの時の……」

 スタルジャが震える声でそう呟いた瞬間だった。

 ゴトンッ ゴロゴロゴロ……

 重たい音を響かせ、黒いものが床に落ちると、通路の先にゆっくりと転がってゆく。一体の馬の脚が力なく折れ、その場に倒れている。

 首を失ったヴクブは、なす術なく馬上から床に打ち付けられ、力無く身体を横たえた。直後、石の欠片を散らばらせるような音を響かせて、中身の無い甲冑がバラバラに崩れ落ちる。見守っていた三人は、その奇怪なヴクブの最期の姿には目もくれず、未だピクリともしないヴクブの群れに囲まれたその中心に注視していた。

「越えましたな。殿下……」

 そうエイケンが呟いた瞬間、二体のヴクブがバラバラに崩れて、床に転がる音が木霊した。その空いた隙間から、アルフォンスの様子がチラリと見えた時、ソフィアの瞳孔がキュッと狭まる。

「あ、アル……くん。その技は……?」

 エイケンがニイッと嗤わらう。クヌルギアの通路には、立て続けに崩れ落ちる硬い破片の音が響き渡った。


 ※ ※ ※

 
─── 魔大陸アディリアオス北西部シェルム領首都シェルミラ

 豊かな広葉樹の森林、その地形に沿って造られた街並みは、他の都市と大きく印象が異なる。巨大な領地の一主要都市とは思えぬ、自然豊かで穏やかな光景、精霊の光の粒子がそこかしこで輝く大地。その環境を好んでか、この街に暮らす者のほとんどがエルフ族で占められている。

 その街の中心部へと続く道を、一人の男が歩んでいた。

 魔人語の魔術印をあしらった、見事な刺繍の入った白いローブを纏った、赤熱した鉄のような紅い髪の男。無精髭を生やした、精悍な顔立ちのその男は、火の粉をなびかせて颯爽と歩いている。

 その姿に気がついたエルフ達は、皆立ち止まり、深々と礼を取る。プライドが高く、霊的に劣る種族には、高圧的にすらなるとも言われる彼らが。それらに見向きもせず、男はやがて長い石階段を上り、一際大きくしかし飾り気のない巨大な建造物の中へと入った。

 シェルム神殿。
 魔界の生命を司る七魔侯の一柱、『星母シェルム』の神殿である。

 神殿の階段中程から両脇に並んでいた巫女達は、入口の先にもまたずらりと並び、男へと一斉に一礼した。と、男はその建物の奥へと向かい、燃えるような眼を細めて、すうっと息を吸い込む。

「オッラァッ! シェルムいるんだろ! てめぇ、このクソ長え階段なんとかしろって、いったろーがッ‼︎」

 その木霊が治るか否かの瞬間に、奥から猛烈な速度で飛来した燭台が、男の額にサクッと突き立った。

『貴様など呼んでおらぬわッ! 勝手に上がり込んで文句を言うでないロフォカロムッ!』

 奥から響いた怒声に、男はうんうんとうなずいて、額に突き刺さっていた燭台を気にすることもなく『あいつ。本調子だな♪ 元気出てよかったじゃねーの☆』と周りの巫女にニコニコ顔で振り返りながら言う。

 仕事柄、笑ってはいけない彼女達には、とんだ苦行である。

 ひとりの巫女が肩を震わせながら『ロフォカロム様……額からしょ、燭台が生えておりまする』と告げるも、眼を合わせようとはしない。ズポリと抜いたその燭台の先に、彼の炎が灯って緩やかに燃えているのに気がつき、数名の巫女が豚鼻を鳴らして口元を押さえた。

 七魔侯『翼帝ロフォカロム』、悪戯好きな彼にとって、この『笑ってはいけない巫女達』に試練を与える事は、これ以上にない暇つぶしである。顔を背けて肩を震わせる巫女達に、彼はしばらく白目で煽った後、気が済んだのかようやく神殿の奥へと進んで行った。

「よう、シェルム。相変わらずお前ん家の手下はおもしれーのな♪ まだ『感情の行』とかやってんのかよ」
「何度言えば分かる、手下ではないわ。あれらが好きでやってる事だ、あれらなりの誠意であろう。あまりからかってやるな……」

 そう応えるのは、横たわる全身の至る所から枝葉を生やした、龍種程もあろうかという巨大な白い狼。
 七魔侯の中で最も知性が高く、生命を司るという大きな宿命から、最も強大な力を持つ存在シェルムである。『誠意ねぇ』と頭を掻きながらニヘラ顔をするロフォカロムに、シェルムは溜息をつく。

「なんだ。貴様はここに遊びに来たわけではあるまい?」
「うん? あ、そうだったわ。先輩……アルファード殿下の事で……。あれッ⁉︎ なぁんでお前らまで居るんだよ!」

 彼の二度見した先には、シェルムの腹部の、最も柔らかい毛に埋まるようにして寛くつろぐ、七魔侯の面々の姿がある。

「どうせ貴様も来るであろうから、一番和む場所で待たせてもらうとか何とか……。本当、貴様らは揃いも揃ってアホばかりでたまらん」
「はぁ、なんだよお前ら。あ、もしかしてみんな同じ事を考えてるってのかよ!」

「「「うーい♪」」」

 原初の存在が永く生きているからと言って、その全てが他より賢くあるかと言えば、それは寿命の短い人族の思い込みである。知覚力は桁外れでも、より純粋であり、膨大な知識と経験があったとしても、それはすぐに使うべき事柄でもない。

 使わぬ力は、短き命の者達からすれば、無いのと同じである。
 彼らにとって賢くある事など、己を造る材料でしかなく、そう装う必要すらない。

 まあ、つまり自由なのだ。永く生きるとはそういう事である。
 人からすれば、時に彼らはおばかちゃ……

火「ハァ、まあいいや♪ てことは、まだ本題には入ってねーってことだろ?」
死「クソ勇者の力の事じゃねーノ? オレっちらを倒せるともなれば、人界の調律者だったとしても、驚異っしょ。あれが暴れたら、人界がただじゃすまねーつぅノな」
人「あ、ダーリンやっぱかっこい……ゲフン! 魔界と人界はマナの円環の関係じゃ。ただで済まぬのは、我らとて同じ事であろう」
土「それだけじゃねえだろうが! アニキ……殿下の言ってた通りなら、野郎は天界ごとぶっ壊そうって動いてんだ! 上等じゃねえか、やっちまうぞ俺様がッ‼︎」

 アスガル(土)の怒号が神殿内に木霊する。彼らは魔界のバランサーであるが、どの道、人界が崩壊すればその影響は魔界にも訪れる。人界と魔界は、そのマナの円環によって保たれているのだから。

水「まおーさま……殿下はもうクヌルギアに入られた。ウチらセィパルの民は、殿下との協力関係を約束しておる。ウチは殿下のためなら、人界にであろうと兵を向けるつもりであるが?」
風「は? てめーなに抜け駆けしてんの? 魚が陸に上がってなにが出来るってー? アタシらエオリアの民なら、人界攻めるとからくしょーだし?」
水「魚とか言ってんじゃねーよ、この尻切れトンボがァッ! やったろうか? あ?」
風「ちょっとこの辺、なぁんか魚くせーんですけどぉ〜? じょーとーじゃん、アタシが引導わたして……」

 ガンッ! ゴンッ!

 海皇セィパルネ(水)と颱聖エオリス(風)の頭に、大きな木の実が落とされ、二人は悶絶している。

生「ケンカなら外でやれ。今は魔界にも関わる重要な話だ。よいか? 如何に勇者を憎もうと、我らは人界には渡れぬ。ならば出来る事は限られている。出来る事を示すのだ。それが我らの本懐を守る事ともなる」
火「─── 兵だ。おれらは動けねー。でも、先輩のくれたこの膨大な魔力なら、しこたま兵に加護を与えてやれるんじゃね?」
生「ふむ。殿下が人界に渡っている時なら、魔界の民達も魔力の分配を受け続けられるだろう。人界への出兵、それに備えた練兵か」
「「「おお⁉︎」」」

 シェルムの腹の毛に埋もれていた七魔侯達が跳ね起き、途端にガヤガヤとそれぞれの領地に出来る戦力の増強を話し出す。その姿を見て、そっと微笑むシェルムの顔に、ロフォカロムが近づいた。

火「こんなんでイイっしょ?」
生「うむ。本当に単純な者共よなぁ。だが、動き出せばこれ以上に頼もしいものは無い」
火「魔神戦争以来か? こーして、頭すり合わせんのは」
生「あれから四千年、遠いようで昨日の事のようでもある。うん? いや、二千年前もあったではないか、魔王エリゴールの時代に」
火「エリゴールか……。あん時もヤバかったなぁ。魔王さん、人界への怒りで我を忘れちまってたしよ」

 第二百八十四代、魔王エリゴールとは、かつて人界にて魔族を贄にされ、当時の列強三カ国を黒い炎で滅ぼした伝説の魔王。アルフォンスが初対面のセィパルネから聞かされていた『灰燼かいじんの三日間戦争』である。

 憎悪と激情に呑まれたエリゴールは、魔界に帰還し人界との断絶をした後も、魔界の魔力を負の力に偏らせたのだ。それらを人知れず調整したのは、誰であろう七魔侯であった。

生「魔王……クヌルギアの王は、純粋なる炉。殿下は史上にない素質を秘めておられるが、あのお方の背負う運命は、余りにも大き過ぎる。……エリゴールのようにならなければよいが」
火「それなら問題ねーよ♪ 先輩はめちゃくちゃ懐深いしな☆ おれだって先輩の弟子になってから、大人になったんだぜ」
生「貴様が? ふん、我ら七魔侯に無駄な感情など元々必要なかったのだ。いちいち怒りに呑まれるなど、低級な魂でもあるまいに……。ほれ、見てみろ。もういざこざを始めているではないか」

 シェルムが溜息混じりにあごを振った先では、練兵の話をある程度終えた所で、今度はどこの兵力が一番高いかで言い争いを始めていた。ロフォカロムはカラカラと笑い、ウンザリした顔のシェルムを労うように、ポンポンと叩く。

水「ウチは殿下と約束した仲だし? 前々からヴィニルの魔物達で、鍛え上げられた民ばかりで、そこらのアホ魔侯の手下共とはモノがちがうし?」


 ブッチィッ!!


火・生「「ああんッ⁉︎ てめぇ半魚野郎、今なんつったよオラァッ‼︎」」

 神殿内部の巨大な空間で、魔界の元素たる七魔侯達の力のぶつかり合いが始まった。
 シェルムの巫女達は、顔を見合わせて溜息をついた後、大広間につながる巨大な扉を重々しく閉じて去って行くのだった。


 ※ ※ ※


 握り締めた白いローブの中から、暗い色の砂がこぼれ落ち、床に触れる先から黒い霧となって消えてゆく。

「流石で御座います、殿下」

 エイケンの声で、ようやくまた意識が現実に戻って来た気がする。
 無風状態、時間が停滞したような世界に、急激に色と音とが戻って来た。

 どうにもヴクブとかいう、あの黒い魔物達との戦いから、頭の中で感覚が拡げられるような浮遊感が加速している。彼らから流れ込んだ莫大な魔力は、俺の身体的な能力だけでなく、知覚や思考速度まで向上させているようだ。

「ヴクブが五体、で、フォラスだったか、この白いのが五体。……これでもう終わりなんだろ?」
「そ、そこまでお気づきになられておられたで御座いますかッ⁉︎」

 『フォラス』。俺がグリオグの星棺から魔王城に辿り着いた時、ヴクブと共に現れた白いローブの魔物。あの時はそれぞれかなりな数がいたが、今回は五体ずつ現れた。

「エイケンのそのリアクションなら、俺のカンは当たってそうだな。先を急ごう、もう目の前なんだろ?」
「は、はい。この先に『ナナワルトルの塔』の入口がございます。そこには……」
「いや、いい。もう分かってるさ」

 正直、ここまでの闘いでの疲れより、今も続く感覚の拡張で頭の中がクタクタだ。人の話を聞いてる余裕がないからそう言ったんだけど、エイケンは何を勘違いしたのか『ぬゅふふ、流石で御座いますな!』とか興奮してる。

 ただ、この意識の拡張もそろそろ終わりそうだ。

 ソフィアとの契約更新とかで、もう何度か経験して来たから、そこらの感覚も解るようになって来た。意識がぶっ飛ぶ事は無かったが、どうにもそこらは戦えるだけの意識が残るように、調整されていたようにすら感じている。

 この感覚と実感が剥離した意識が、更に『殺す気概』を気づかせてくれたのだから不思議だ。こうして意識に変化が起こったのは、このクヌルギアの特性なのか、膨大な魔力を一気に得たからだろうか。
 いや、それとも───

「先程のヴクブとフォラスの連戦。そこで殿下がお見せになられた境地は、クヌルギアへの一度や二度の挑戦では、到底得られるものでは御座いません。少なくともこの速度、歴代魔王の中でも、記録にすら御座いません」
「そうなのか?」
「戦いの中に身を置いていても、魔力分配を続けながら、感覚は常に魔界の隅々まで支配しておられた。そのようにお見受けして御座いますが」

 確かにそうだが、それはやろうと思ってしていた事じゃなかった。あの玉座で魔力を配りながら、魔界全体と意識を結ぶ感覚は、これまでの経験では例えようがない。ただ、苦しみもあるのに、何故か心地良さや充足感すらがあった。

「どちらかと言えば『勝手に』だな。歴代魔王みたいに、無意識のうちにってのは、まだまだ出来そうにない」
「か、勝手に……で御座いますか⁉︎ いやはや、魔王継承の証を得られる前からそれとは、ゆくゆくが恐ろしくも御座いますなぁ♪」

 さっきからエイケンがずっと嬉しそうだ。見た目は初老から老人って感じだから、スキップ混じりで進む彼の姿は、痛々しいと言うより転ばないか不安になる。そんな事を思いながら、だんだんと晴れて来た意識の中、魔物のいないクヌルギアの道をただエイケンと喋りながら進む。
 そうして相変わらず変化に乏しい景色を横目に、しばらく歩いていた時だった。

 ガラン……ッ!

 触れてもいないはずなのに、髑髏の兜が床に落ちて、間の抜けた音が響き渡る。不意な事に、思わず兜を拾おうとした瞬間、額の両側に痛みが走った。

「……う、グッ⁉︎」

 途端に路の先から、質量すら感じる程の膨大な魔力が押し寄せると、俺の頭上に隠蔽していた角が勝手に姿を現していた。角の中に駆け巡る、紅い火の粉のような光が、暗い路をぼんやりと照らす。

 こんなに暗かったっけ?
 いつの間にか灯りが落とされていた事に気がつき、その場で立ち止まる。その瞬間、耳元を羽虫が通り過ぎるような音がして、唐突に景色が変化していた。

 扉がある。

 今までの無機質で無愛想な風景とは真逆な光景に、治まりかけていた脳の混乱が起こる。暗闇の中、両脇に立てられた篝火に照らされた、緻密なレリーフを施された重厚な扉が目の前に立っていた。

「これが……ナナワルトルの塔の……入口」

 その装飾は王宮にあるような煌びやかなものではなく、遥か古代の遺跡に残された、意味を解読出来ない文字の羅列のようだった。

 ボボ……ッ ボッ

 風も無く、篝火が揺れた瞬間、頭の奥で細い枝を折るような音がして、再び景色に変化が起こる。門の中心に、いつの間にか人影が現れていた。

 圧倒的な魔力。

 いや、最早これは神気だと言ってもいい。強烈な圧力を放つその人物が、紅い瞳で俺を見つめていた。

 短く刈りそろえられた白髪、もみ上げとつながるアゴ髭と口髭。黒いローブに金の刺繍の入ったマントは、大地から揺らめいて噴き出すマナのようにも思わせる。そして、その人物の両腕は、手首の少し前辺りから先がなかった。

『運命を……背負う覚悟はあるか』

 姿から感じる圧倒的な存在感とは逆に、俺はそのかすれ気味な声に、奇妙な安心感を得ていた。

「もちろん。何があろうと俺は運命を背負い、その扉の先へゆく」

 そう応えると、その人物は口髭を持ち上げ、嗤わらっているような、憂いているような、何とも言いようのない表情を浮かべる。

『よかろう。お前にはここを通る資格がある。アルファード……いや、アルフォンス・ゴールマイン。この扉の向こうへ進むが良い』
「ああ。だがその前にひとつ聞きたい。俺はあんたをどう呼べばいい? ひぃひぃひぃひぃ……えっと、なんだ?」

 彼は目を丸くして俺を見つめると、目の周りに邪悪なシワを寄せて、狂ったような嗤笑ししょうを響かせた。背後のエイケンからは、明らかに緊張しているのが伝わってくる。そうして嗤いながら、それは先の失われた両腕を、俺の方へ突き出してニヤリとした。

『そこまで……分かっておるとはな。大した『魔王の意思』を発現させておる。フォーネウスの選んだ運命は、なるほど確かなものであったようだ』
「あんたは……魔王エリゴール・・・・・・・。人界の暴走を止めた、二千年前の魔王」

 再度目を見開いた彼は、俺の後ろに立つエイケンに視線を向け、重々しく口を開いた。

『─── え、話しちゃったの? もしかして』

 目を閉じて首を振るエイケンの姿。
 そして、出逢って数秒で地の口調を出した彼に、俺は自分のご先祖様なのだと、それはもうヒシヒシと感じていた。

作者のつぶやき

第十四章第三話『クヌルギア』。
246話目となるこの話を最後に、僕の生活環境が変わり、執筆が出来なくなっておりました。

次話からは5年ぶりの、完全新作となります。
続きを求めるお声をいただき、非情に心苦しくありました。

お待ちいただいた読者の皆様には、
お詫びのしようがありません。
完結させることでお応えさせていただきます。

ようやく続きが書ける!
とは言え、5年。

テキスト・ノートアプリに残していた、完結までのプロットが、まさかのアカウント消失。
再度プロットを構築するために、1話から何度も読み返して、伏線の発生と回収までを洗い直し。
物語の起伏を、それぞれカードにして組み直し、更に一話ごとの構成も見直しながら再構築。
各キャラの口調や性格、行動や目的をメモし直す。

これらを時間経過した後に行うのは、中々に骨の折れる作業でした。

そして何より、文章のテンションが変わってしまうのはよろしくない。
リハビリを繰り返し、ようやくカンが戻って参りました。

思えばコロナで家業が傾き、それを再起させながら、外で働いて来た生活。
なんとか家業を立て直し、今やっとあずみけいしに戻れた。

どうか復活した『マガパラ』をよろしくお願いします。

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