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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十四章 クヌルギア

第十四章|第七話 破壊神アスタラ

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クヌルギアの道。
そして『ナナワルトルの塔』へ。

破壊神へと繋がるその道は、
強大な力を誇る魔物で溢れていた。

継承者の力に比例して、
魔物は力を増す。

今、この試練の道は、
史上類のない危険な状態となっていた。

継承者として規格外の力を持つアルフォンスは、
代々の魔王と共にここを通ってきたエイケンの知識を覆している。

人界は今、
帝国派と反帝国派に分断され、
大きなうねりを起こしている。

ハンネスは、
聖剣の在り処の情報を掴み、
すでに人界へと向かった。

時間はそれほど残されてはいない。
破壊神アスタラへの挑戦は、
その焦燥感の中、
確実に前へと進んでいた。

クヌルギアを通過し、
アルフォンスはナナワルトルの塔へと挑む 。

延々と続く巨大な螺旋状の回廊が、
はるか地下へと続く構造。

ナナワルトルの塔内部には、
膨大な数の強力な魔物で溢れ、
歴代の魔王や候補者達の思念が溢れていた。

アルフォンスはそれらを殲滅しながら進み、
そこで得られた極大な魔力を吸い上げ、
常識をはるかに超えた成長をしていた。

そうして塔の深部に近づいた時、
赤黒い全身鎧の剣士が現れる。
二百八十七代魔王ゴフェル。

己の剣の道を極めるため、
ナナワルトルの塔内部で後継者に王位を渡し、
自ら塔に残った男。

アルフォンスの力に魅入られ、
つい闘いを挑んでしまったという彼は、
風の神フォンワールの加護『風来坊』を受け、
千数百年ぶりに外へ出る決意をする。

アルフォンスは再び塔の最深部へと急いだ。

 ナナワルトルの塔。
 歴代魔王が、その継承権けいしょうけんを得るために挑むとされる、破壊神が待つ約束の地。

 本来であれば、調律の神エルネアと契約し、魔界の調律者となってから挑む最終関門である。エルネアとの契約は、人界担当のオルネアと同じく、人智を超えた強大な力を得る。だが、アルフォンスはその契約を結んではいない。

 本来、魔王とは、魔界に魔力を分配する存在。七魔候シェルムに残された記憶によれば、魔力分配のために流し込まれる器があれば、挑む必要がないものでもあった。

 しかし、魔界が繁栄するに連れ、流し込まれる魔力量は、膨大ぼうだいなものになっている。

 ハンネスは鍵を継承出来なかったため、この塔には入ることすらできずにいた。しかし、エルネアと契約が結ばれていたこと、リディとも契約が結ばれていたことで、人の身でありながら魔力分配の負担に耐え抜いた。

 調律の神との契約は、それだけ強大なものであり、魔界を賄まかなうほどのエネルギーを得た存在でもある。

 そのハンネスに対し、ソフィアとの中途半端ちゅうとはんぱな契約下であり、エルネアとの契約すら結んでいないアルフォンス。彼がその状態でハンネスに肉薄にくはくできていたことが驚異きょういなのだ。

「グゥアアアアアァァァァァァッ!!」

 今、広大な回廊を埋め尽くさんとする巨体の、龍種にも肉食獣にも、そして機械にも似た魔物が断末魔だんまつまをあげた。アルフォンスはその魔物の消滅を見届けることもなく、無骨ぶこつな斧を手中から青白い光を残して消した。魔斧ケーリュニヴル、限界を超えた力を引き出し、使用者すら破壊する呪物じゅぶつ。
 最後の魔物は、その一撃で肉体のほとんどを吹き飛ばされ、塔の中心へと崩れ落ちるように落下していった。

 ズズゥ……ンッ

 巨体が地面に打ち付けられる轟音ごうおんと、地響きがすぐに聞こえて来た。

「やっと見えたか」

 アルフォンスはそう一人つぶやき、見晴らしの良くなった回廊の先を見た。消えゆく魔物の黒い霧が、塔の中心を上がってゆく。その先に朱色の床が見えていた。

 ナナワルトルの塔の最下部が今、そこにあった。

 ここまでに何日掛かったのか、もはやアルフォンスも正確には把握はあくしていない。各階層の終わりにある安全圏で、腹が減れば食い、眠った。それ以外はただただ、強大な魔物たちを殺しては進む。

 そうして辿り着いた最下層。その床に足を踏み入れた瞬間、視界は闇に覆われた。

「……ッ!?」

 転移魔法陣に触れた時と似た、浮遊感と意識の揺らぎが、彼に起こっていた。そしてそれらが治まった時、ジジジ……っと微かなノイズを立てながら、微かに点滅しつつ空間に明かりが灯る。


─── それは、あまりにも広大な空間だった


 踏んだ最下層の床は朱色だったはず。しかし、今はシノンカ遺跡の床によく似た、暗い灰色の材質になっている。暗く沈んだ灰色に、細かく小さな反射する粒子が混じった、繋ぎ目の一切ない床。

 円形の広大な空間、その壁面は膨大な数の白い柱が、うねるような造形ではるか上へと伸びている。その先の天井は、目にすることができないほど高い。柱の隙間すきまは闇、その向こうには微かに立ち上るマナの光の粒子の流れが、血管のように張り巡らされているのが見えている。

 橙だいだいを帯びた明かりは、これまでの塔やクヌルギアと同じく、光源こうげんは確認できない。時折ゆらぐその明かりは、篝火かがりびのきらめきにも似ていた。なぜかその光景に、アルフォンスはラプセルで軍神ダーグゼインと何度も戦った、柱に囲まれた祭壇のようにも闘技場のようにも見える、石畳の地を思い出していた。

 アルフォンスはその空間で、まるでそうすることを知っていたかのように、中心に向かって歩いてゆく。そうして中央に辿り着いた時、目の前に光の柱が現れた。

 ジャキッ!

 突如、アルフォンスの手中に夜切が現れる。そして、強烈な魔力を要求し、それを力に変えていく。漆黒の鎧も同じく、何か小さく言葉を発した後、魔鋼のプレートをキンキンと音を立てて強化していた。

 まだアルフォンスは構えていない。両腕を大きく広げ、鞘さやに納まったままの夜切を握りしめていた。

 光の柱の中に、その姿が浮かび上がると、光は徐々に消えてゆく。そこに残されたシルエットは、長い髪と衣服を揺らめかせながら、段々と色を取り戻した。

「……アスタラ」

 アルフォンスがつぶやくと、それは裸足で一歩前に出る。

 膝まで伸びた艷つややかな黒髪、ガラス細工のように整った両眼に佇たたずむ黒い瞳、白いローブ様の衣服からスラリと伸びた長い手脚。中性的なその若者は、憂うれいを帯びた目元を緩ませ、にこりと優しげに微笑む。

 ガキィィィ─── ン!

 直後、アルフォンスの居合が一閃、アスタラの腕で止められた。ただ突き出しただけの腕からは、鋼の様な音が響いた。グンと夜霧を押し込み、壮絶な力の押し合いが始まった瞬間、夜切は青白い光のシルエットを遺して、二振りのククリ刀へと変化。
 直後、獣のように獰猛どうもうな刃の嵐が、アスタラへと襲いかかった─── 。


 ※


 魔公将プラグマゥ。アスタラの姿はそれに酷似こくじしていた。
 ただ、プラグマゥは白い髪で、瞳は紅い。アスタラの姿はただそれを、黒髪、黒い瞳に変えただけだ。

 アルフォンスの獰猛な攻撃を、アスタラは鋼のように硬化させた肉体で、難なく防ぎ、いなし、誘導する。その闘い方すらも、プラグマゥと同じだった。

 アルフォンスは一切言葉を発することなく、全力でアスタラに攻撃を仕掛けている。段々とその勢いを上げながら、無詠唱の魔術すら繰り出し、戦術の幅を高速で広げている。

「よく来たね……。私の可愛い子よ。君が来るのを・・・・・・ずっと待っていたよ」

 アルフォンスはその言葉にも応じず、瞬時に持ち替えた魔斧で、アスタラをガードの上から吹き飛ばした。その勢いにはるか先まで飛ばされたアスタラに、アルフォンスは腕を掲かかげ、『死ね』の一言と共に、横へと振り抜く。直後、アスタラの片腕が肩から引き千切られる。

「そう、ずっと待っていたんだ。ナナワルトルの時代から、『骸の王』。君が来るのを」

 アスタラは表情一つ変えず、アルフォンスに慈母の如き微笑みを向けたまま、瞬時に腕を再生させ歩み出す。直後、アスタラの胸部が大きく凹み、背中から反り返った肋骨ろっこつと背骨が突き出す。手の平を向けて、その神威を放ったアルフォンスは、アスタラの脚が一瞬止まったのを切っかけに、魔槍を呼び出して一瞬で間合いを詰めた。

「ははははは、とても善よい。想像以上だよアルファード。いや、アルフォンス・・・・・・と呼ぶべきかな?」

 そうアスタラが口にした直後、その体に拳大の穴を無数に開け、身動きを封じられた瞬間に魔槍の爪が上から迫った。ソフィアの加護【神疾】に、ティフォの【触手】に【斬る】を乗せた貫通、そして【斬る】を乗せた魔槍の悪魔の爪。アスタラは縦四つに切り裂かれて倒れる。

 しかしアルフォンスは、さらに手の平を向け、握り込む動作を見せた。

「─── 【掌握】」

 アスタラの肉体だったものは、一瞬で球体に凝縮され、やがてコイン大にまで圧縮された。しばらく握り続けた後、その手を開くと、超絶な圧力から解放された肉塊はパァンと弾け飛んだ。

「殺とった」

 アルフォンスは己の中に沸き起こっていた、殺意と破壊衝動がやわらいでいることに気がついた。血煙ちけむりとなって空間に散った、アスタラの紅い霧は、未だに宙を漂っている。

「……うぐッ!」

 直後に猛烈な力の奔流ほんりゅうが、アルフォンスの中に突き上げた。知覚と感覚、思考力が大きく拡張され、その場に膝ひざをつく。

(これが『クヌルギアの祝福』……? いや、違う! これは単に魔物を斃した時と同じ……)

 違和感いわかんに気がついた時、漂っていた血煙が一点に集まり、猛烈な速度で再生されてゆく。そして再び、アルフォンスの中に殺意と破壊衝動はかいしょうどうが沸き起こった。

「おめでとう。最初の関門は超えられたね。とても優秀だった君の祖父フォーネウスですら、その第一歩は、二日かかったんだよ。君は恐ろしくポテンシャルが高いね」
「─── クッ! アスタラァ……ッ」

 憎悪を込めて吐き出されるアルフォンスの声に、完全に再生したアスタラは再び、慈母のような微笑みを向ける。だが、アスタラの力がさらに上昇していることに、アルフォンスは気がついた。

 未だ意識の拡張で、アルフォンスは身動きが取れない。しかしアスタラは反撃に出ようともせず、ただ優しげに微笑んでいた。

「さあ、そろそろ馴染んでくる頃かな? 万全になったら始めよう。私が攻撃をする段階に入るまでに、後四回は滅ぼしてもらわないとね」

 そういい終わった瞬間に、アスタラの掌で夜切を受け止める、金属音が辺りをつんざいた。アルフォンスは再び獣のように襲いかかり、その戦術を高速で最適化してゆく。


─── 君は本当に素晴らしいなぁ、全てを渡せるには、何度滅ぼされることだろう


 アスタラの声はどこまでも優しく、どこまでも澄み切っていた。


 ※


「くっ! うああっ!!」

 ナナワルトルの塔、その扉の前にいたソフィアとスタルジャは、その膨大な力が入り込む圧力に悲鳴を上げていた。

「こ、これはアルくん、もう破壊神を倒したんじゃ……?」
「いいえ、そうではございませんよソフィア様。今、最初の闘い・・・・が終わっただけで御座います」
「最初の……闘い?」

 ソフィアとスタルジャに流れ込む膨大な力。それはアルフォンスから流れ込む、仲間への力の分配。その二人の様子を見て、エイケンとエリゴールは胸を震わせていた。

「アスタラは最初は何もせんのよ。ただ微笑んでのう、優しく迎えてくれるんじゃが、あのアスタラの加護がいかん」
「加護? 何かすごい技でも使うの?」
「いやいや、技じゃったり、攻撃するものではない。魔王候補者が全力を出せるよう、とんでもない憎悪ぞうおと殺意を持たせるんじゃ」

 まさにアルフォンスの今の状態だろう。闘いを好まず、命を奪うことに何かしら躊躇ちゅうちょを持つはずの彼が、一切の対話に応じることなく攻撃していた。確実にアスタラを仕留しとめるため、その戦術の最適化に全神経を注いで。

「最初の数回は、ただ己を滅ぼさせるのみ。そして、その莫大ばくだいな力を挑む者に与えるんじゃ。そうしてまずは相手を育てる」
「育てる……? もしかして今私たちに流れ込んで来たあの力は、それですか」
「左様。アスタラはクヌルギアと同じく、その後継者の力量に比例して、力を解放してゆくんじゃて。その者が持てる最大の力を引き出せるよう、何度も復活しては、その度にどんどん強うなるんじゃー」

 魔王フォーネウスは、倒すのに11回掛かった。その言葉をエイケンから初めて聞いた時、ソフィアもスタルジャも、アスタラを倒せずにリトライしたのだと思っていた。しかし、実際は滅ぼしては復活し、更に強大になるアスタラを倒し切り、己の力の最大限まで恩恵を受けるのに11回殺したということだった。

「しかし、流石は史上最高の王になると、そう予言された殿下で御座います。塔へ足を踏み入れてから、初回の撃破までの日数は、明らかに史上最速」
「うむ。わしの時の半分……。いや、三分の一もかかっておらんじゃろーなぁ。それにほれ、もうこの扉を通して、気配が分かるほどに魔力が膨ふくれ上がっておる」

 ようやく力が馴染んだソフィアたちが、改めて扉に意識を向けると、その異様な気配に戦慄せんりつした。初めてローゼンと対峙たいじした時のような、星そのものの力、それに匹敵ひってきするような圧を感じていた。

「ちょ、ちょっとこれは……凄すぎ……ない?」
「ふふふ、ちょっとアルくんが、人類を辞めかけて……クッ! うあぁっ、また……⁉︎」
「おほぉっ☆ もう二回目じゃー♪ いくらなんでもこれは!」

 ソフィアとスタルジャが、再び苦痛にあえぐ。その横でエイケンとエリゴールは、きゃっきゃとはしゃいで手を取り合っていた。

「アスタラの力は、継承者の力と比例・・・・・・・・する。つまり『殺意』の加護も、それだけ大きくなりおる。今のアル坊は、それこそすでに破壊神のようになっとるかもしれんなー♪」
「こ、これはすぐに戻って来られるのでは⁉︎ 今すぐにこの扉が開いても、私はなんら不思議では御座いませんぞ⁉︎」
「ふぁふぁふぁ! そりゃあ流石に肩の入れ過ぎじゃろーw
そんなに早く祝福なぞ ─── 」


 ガチャッ!


「「「……ッ⁉︎」」」

 全員がその赤黒い扉に振り返る。今まさにドアノブが回り、扉が開かれようとしていた。

「なッ! そんなまさか⁉︎」

 唖然あぜんとする彼らの前で扉が開き、眩まばゆい光の中から、全身鎧のシルエットが浮かび上がった。

「ア、アルく……ん⁉︎」
「 ─── 」

 白銀の全身鎧に、視界を確保する開口部かいこうぶが無く、代わりに古代文字で掘られた装飾のみの兜。

 彼らの期待に満ちた視線に、酷ひどく申し訳なさそうに立つ男は、何かを口にしたようだ。しかしそれは誰も聞き取れず、無言のまま彼はスゴスゴとクヌルギアを歩いていってしまった。

 ようやく我に返ったエイケンが『あれ、あれですぞ』と、困惑で記憶がボヤけながらも、ゴフェルだったと思い出す。

 ゴフェル。彼の千数百年ぶりのお外の世界が、今開かれたのだった。


 ※


─── ナナワルトルの時代

「もう……政府放送すら、止まってる」

 古ぼけた神殿の片隅で、小さなパネル状の魔道具、その黒い表面に映る自分の顔を見て、一人がつぶやいた。周りには同じように、砂埃すなぼこりに汚れた服を着て、不安そうに縮こまる人々の姿がある。

 世界は今、滅びようとしていた。かつては超絶に進んだ技術が、大きく世界のバランスを崩して、戦火で滅びかけたことがある。それを反省として、人類は技術での競争から、世界の自然の恵みを最大限に伸ばし、共生する社会を目指した。

 しかし、それにより爆発した人口増加と、マナを活用した自然界への干渉が、ある一点を超えた時に災害となる。それは世界で同時多発的に、様々な自然災害と、大地の崩壊を引き起こした。

 そしてある日、天に大きな裂け目が生じ、そこから光り輝く者たちが降りて来た。
 人類は歓喜した。それは天の救いの手であろうと。

 しかしそれは、この星が招いてしまった浄化の前兆。『光の軍勢』の襲来だった。それらは世界中で夥おびただしい数で現れ、世界崩壊の担にない手となった人類を滅さんと光の剣を振るう。

 もう、世界に逃げ場はない。

 今この神殿に集まっている人々も、この神殿に祀まつられている神オルドヴァの信奉者ではない。『慈悲の神オルドヴァ』は、かつて技術に傾倒けいとうしていた時代に忘れ去られた神である。その神に助けを求めて集まったのではなく、ただ逃げ惑ううちに、この朽くちた神殿に雪崩なだれ込んだだけだった。

「お、おい! なんだアレ‼︎」

 その時、にわかに神殿内にどよめきが起こった。中にはすでに逃げ出している者もいる。または全てをあきらめたように、膝を抱えて目を閉じる者もいた。

『慈悲の神よ、其方そなたはどうする』

 光と共に現れたその人物は、澄すみ切った声でそう問い、神殿奥へと歩んだ。
 膝まで伸びた艶やかな黒髪、凛りんとした目元の奥に輝く黒い瞳。白いローブの様な衣服を纏まとい、スラリと長い手足が伸びる。整い過ぎた顔は、この世の者とは思えぬ美しさだった。

『戦の神よ。主神ナナワルトルは失敗しました。すでに光の軍勢により、人類の残存は、浄化を起こす目前まで推移しています』
『ああ。もはや、これを止めること叶わぬ。この世界は終わる。我々もまた消えるだろう』

 その会話に、人々は混乱する。泣き出す者、放心する者、理不尽りふじんな結末に怒りをあらわにする者。

 しかし人々は言葉を発することも、身動きひとつ取ることもできない。慈悲の神、戦の神。このナナワルトルの世界では、高位の神である二柱。彼らの神気に人々は当てられていた。

『慈悲の神よ。人々は其方を忘れた。慈悲を与える必要ももはやない。今なら私の最後の力を使い、違う次元へと逃げ延びることもできる。共に行かぬか?』
『ああ……戦の神よ。それはとても素敵な提案です。貴方と悠久ゆうきゅうに暮らせるなら、どれほど幸福なことでしょう。しかし、私は慈悲の神です。我が子らを置いてゆくことはできません』
『そうか……』

 戦の神は、そこで震える人々を一瞥いちべつし、額ひたいにしわを寄せて目を閉じ、うつむいた。そうして案じ、浮かんだ可能性を口にした。

『慈悲の神よ。なればこの者達と契約をしてはどうか? 人を辞め、配下とし、この地に隔離空間かくりくうかんを作る。なればこの者らも人ではない。光の軍勢の目も欺あざむけよう』
『戦の神よ。ではその提案、この者たちに問いましょう』

 そうして慈悲の神と戦の神、そして人々の間で対話が続けられた。もう人の姿で生きることは、この星では不可能。それが主神であっても救済が叶わぬ段階にいること。

 慈悲の神は静かに怒っていた。

 慈悲の神として愛し、見守り、時に手を差し伸べていた彼女が、世界の調律に天界が失敗しただけで、全てを無に帰そうとしていることに。

 戦の神は静かに怒っていた。

 己の愛する慈悲の神が、無力感に打ちひしがれながら、人々を救うことに未だ強く心を割いていることに。だが、彼は愛する者と逃避する選択から、愛する者の在るがままの意思を支えることにした。

『これより、人として死を迎える事に、憤りを持つ者は、我らと契約せよ。次代の世界をそこで待つのだ。なれば其方らは神の眷属として転生し、この悪しき浄化が再び起こる時、光の軍勢を討ち果たす存在となる』

 戦の神の提案に、多くの者が名乗りを上げた。彼らはなんら罪を犯してなどいない。理不尽に人類が消され、積み上げて来たもの全てをリセットされることに、強い悲しみと怒りを持っていたのだ。

 そうして、後から訪れる人々にも、その門は開かれた。

 『オルドヴァの盟約』

 慈愛の神オルドヴァと、生存した人々とが結んだ盟約。その盟約を結ぶ時、公平の神ラオロギアが証人となり、彼らの魂の重さの分だけ、眷属けんぞくとしての力を与えた。
 全ての契約が終わり、そして世界が浄化の水に沈んだ後、オルドヴァは己を大地の底に縛り、汚れたマナを浄化する門へとなる。

 やがて浄化されたマナと、汚れたマナとで、それらに適した種族が、それぞれ生まれた。

 人界と魔界である。
 それは今も魔界と人界との間で円環えんかんする、マナの流れの根本的な仕組みとして、世界を整えている。

 戦の神は、愛するオルドヴァの意思を守り、己は『光の軍勢』に仇なす軍勢として、大地の底に塔を造り、強者を集めた。その際、戦の神は人と人との戦から外れ、新たな存在になったとして、己の意義を改めた。以後は『悪しき流れを破壊する者・・・・・』として、破壊神を名乗るようになる。

 破壊神アスタラは、今でも強者の魂を集め、光の軍勢に備えている。そして、この世界に生み出した、大陸の守護者であり、クヌルギアの番人クヌルギアスの系譜けいふを愛した。慈愛の神オルドヴァが、人々を慈しみ、我が子と語っていたように。己の力を分け与えるクヌルギアスを『我が子』として愛した。

 このマールダーの世界となっても、オルドヴァとアスタラの愛は、世界を守っている。


 ※


 まいった。

 アスタラからの攻撃が入るようになって、何度目かの勝利。その辺りから、アスタラの力が爆発的に上がってる。当たり前のように使ってた神威も、もはやアスタラの強大な力の前では通じず、魔術程度の術式制御じゃあ何のダメージにもならない。

 ただただ愚直ぐちょくに、闘気と神気で固めた、武器か体術を繰り出すしかない。

 もうだいぶ前から、アスタラへの怒りや憎しみは薄れている。どうやら俺自身の神性も上がり、彼の加護【憤怒】も効果が低くなったらしい。

「素晴らしい……。よくぞ人の身でここまで! おお、我が子よ、さらに私を超えてみせよ!」

 アスタラはずっとこの調子だ。最初はプラグマゥと戦い方が同じ、だなんて思ったけど、もう別物だ。戦っていて分かった。プラグマゥはこいつを模もして作られた存在なのだろう。魔王と悠久ゆうきゅうの刻を繋がって来た魔公将だ、どこかの魔王の代でそうなったとしても不思議じゃない。

 圧倒的な技の冴え。闘いのために積み上げて来た叡智えいちと経験、そして人智を超えた計算速度。段々と俺も負傷する機会が増え、その深度も上がって来ている。

 もう分かっている。

 こいつは俺の力を、持てる限界まで引き上げようとしていることを。だが、同時に絶望していることもある。


─── どれだけ倒せば、到達するのか・・・・・・が見えない


 自分にそれだけのポテンシャルがあるのは、正直に喜ばしいものだが、これ相当に時間がかかるだろう。ハンネスが聖剣の在処をつかんだ可能性がある。今すぐにどうこう出来るものではないだろうが、今世界は大きなうねりの中にある。

 時間が惜おしい。

 その焦りからか、段々とミスが増えてゆく。もうアスタラから得た力は、自分でも把握し切れないほどだ。ここで止めたとしても、もはやハンネスに遅れをとることはないだろう。

 だが、なぜか『魔王の意思』は俺に戦えと訴え続けていた。
 ……なら、憂を断ち切るしか無いな。

「─── アルフォンス・ゴールマインの名において、千星万陽の刻砂に、不流不動の鍵を掛けん! 【時間封縛呪アムゼル・ストピオ】……‼︎」

 巨大な光の球体が膨れ上がり、この空間全てを飲み込んだ。使うのは初めてだが、この術式なら一度見ている。義父さんが姉さんたち三人の時間を止めた、時間停止の呪術。

 それを少しいじって、外界との時間の流れを変え、この空間と隔絶かくぜつさせた。この中でなら、どれだけ長居しようが、外の時間はそれほど進まない。

「我が子よ。最後まで積み上げる覚悟を決めたようだね。さあ、おいで。全てを持ってゆくがいい!」
「ああ。こんなに遠くまで来たんだ。もらえるモノは、全部いただくぜアスタラ」

 憂は断ち切った。アスタラの動きが理解出来る。

 殺し、奪い、それがまた破壊神を強くする。
 そしてまた、殺し、奪う。

 一見、あまりにも不条理で、しかし力が倍々に膨れ上がるこの儀式に、俺は全神経を集中させた。

作者のつぶやき

一気に魔界の謎やピースがハマり出しました。
レーシィステップで初見から、アスタラに憎悪を燃やしていたアルくん。
最初から、アルくんに微笑んでいたアスタラ。

殺して力を奪い、己がパワーアップすることで、試練のハードルが上がって再挑戦。
RPGの周回レベリング、お互いパワーアップ版のスタートです。

面白かったら、その分だけ押してね
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