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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十四章 クヌルギア
第十四章|第七話 破壊神アスタラ
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クヌルギアの道。
そして『ナナワルトルの塔』へ。
破壊神へと繋がるその道は、
強大な力を誇る魔物で溢れていた。
継承者の力に比例して、
魔物は力を増す。
今、この試練の道は、
史上類のない危険な状態となっていた。
継承者として規格外の力を持つアルフォンスは、
代々の魔王と共にここを通ってきたエイケンの知識を覆している。
人界は今、
帝国派と反帝国派に分断され、
大きなうねりを起こしている。
ハンネスは、
聖剣の在り処の情報を掴み、
すでに人界へと向かった。
時間はそれほど残されてはいない。
破壊神アスタラへの挑戦は、
その焦燥感の中、
確実に前へと進んでいた。
クヌルギアを通過し、
アルフォンスはナナワルトルの塔へと挑む 。
延々と続く巨大な螺旋状の回廊が、
はるか地下へと続く構造。
ナナワルトルの塔内部には、
膨大な数の強力な魔物で溢れ、
歴代の魔王や候補者達の思念が溢れていた。
アルフォンスはそれらを殲滅しながら進み、
そこで得られた極大な魔力を吸い上げ、
常識をはるかに超えた成長をしていた。
そうして塔の深部に近づいた時、
赤黒い全身鎧の剣士が現れる。
二百八十七代魔王ゴフェル。
己の剣の道を極めるため、
ナナワルトルの塔内部で後継者に王位を渡し、
自ら塔に残った男。
アルフォンスの力に魅入られ、
つい闘いを挑んでしまったという彼は、
風の神フォンワールの加護『風来坊』を受け、
千数百年ぶりに外へ出る決意をする。
アルフォンスは再び塔の最深部へと急いだ。
ナナワルトルの塔。
歴代魔王が、その継承権を得るために挑むとされる、破壊神が待つ約束の地。
本来であれば、調律の神エルネアと契約し、魔界の調律者となってから挑む最終関門である。エルネアとの契約は、人界担当のオルネアと同じく、人智を超えた強大な力を得る。だが、アルフォンスはその契約を結んではいない。
本来、魔王とは、魔界に魔力を分配する存在。七魔候シェルムに残された記憶によれば、魔力分配のために流し込まれる器があれば、挑む必要がないものでもあった。
しかし、魔界が繁栄するに連れ、流し込まれる魔力量は、膨大なものになっている。
ハンネスは鍵を継承出来なかったため、この塔には入ることすらできずにいた。しかし、エルネアと契約が結ばれていたこと、リディとも契約が結ばれていたことで、人の身でありながら魔力分配の負担に耐え抜いた。
調律の神との契約は、それだけ強大なものであり、魔界を賄うほどのエネルギーを得た存在でもある。
そのハンネスに対し、ソフィアとの中途半端な契約下であり、エルネアとの契約すら結んでいないアルフォンス。彼がその状態でハンネスに肉薄できていたことが驚異なのだ。
「グゥアアアアアァァァァァァッ!!」
今、広大な回廊を埋め尽くさんとする巨体の、龍種にも肉食獣にも、そして機械にも似た魔物が断末魔をあげた。アルフォンスはその魔物の消滅を見届けることもなく、無骨な斧を手中から青白い光を残して消した。魔斧ケーリュニヴル、限界を超えた力を引き出し、使用者すら破壊する呪物。
最後の魔物は、その一撃で肉体のほとんどを吹き飛ばされ、塔の中心へと崩れ落ちるように落下していった。
ズズゥ……ンッ
巨体が地面に打ち付けられる轟音と、地響きがすぐに聞こえて来た。
「やっと見えたか」
アルフォンスはそう一人つぶやき、見晴らしの良くなった回廊の先を見た。消えゆく魔物の黒い霧が、塔の中心を上がってゆく。その先に朱色の床が見えていた。
ナナワルトルの塔の最下部が今、そこにあった。
ここまでに何日掛かったのか、もはやアルフォンスも正確には把握していない。各階層の終わりにある安全圏で、腹が減れば食い、眠った。それ以外はただただ、強大な魔物たちを殺しては進む。
そうして辿り着いた最下層。その床に足を踏み入れた瞬間、視界は闇に覆われた。
「……ッ!?」
転移魔法陣に触れた時と似た、浮遊感と意識の揺らぎが、彼に起こっていた。そしてそれらが治まった時、ジジジ……っと微かなノイズを立てながら、微かに点滅しつつ空間に明かりが灯る。
─── それは、あまりにも広大な空間だった
踏んだ最下層の床は朱色だったはず。しかし、今はシノンカ遺跡の床によく似た、暗い灰色の材質になっている。暗く沈んだ灰色に、細かく小さな反射する粒子が混じった、繋ぎ目の一切ない床。
円形の広大な空間、その壁面は膨大な数の白い柱が、うねるような造形ではるか上へと伸びている。その先の天井は、目にすることができないほど高い。柱の隙間は闇、その向こうには微かに立ち上るマナの光の粒子の流れが、血管のように張り巡らされているのが見えている。
橙を帯びた明かりは、これまでの塔やクヌルギアと同じく、光源は確認できない。時折ゆらぐその明かりは、篝火のきらめきにも似ていた。なぜかその光景に、アルフォンスはラプセルで軍神ダーグゼインと何度も戦った、柱に囲まれた祭壇のようにも闘技場のようにも見える、石畳の地を思い出していた。
アルフォンスはその空間で、まるでそうすることを知っていたかのように、中心に向かって歩いてゆく。そうして中央に辿り着いた時、目の前に光の柱が現れた。
ジャキッ!
突如、アルフォンスの手中に夜切が現れる。そして、強烈な魔力を要求し、それを力に変えていく。漆黒の鎧も同じく、何か小さく言葉を発した後、魔鋼のプレートをキンキンと音を立てて強化していた。
まだアルフォンスは構えていない。両腕を大きく広げ、鞘に納まったままの夜切を握りしめていた。
光の柱の中に、その姿が浮かび上がると、光は徐々に消えてゆく。そこに残されたシルエットは、長い髪と衣服を揺らめかせながら、段々と色を取り戻した。
「……アスタラ」
アルフォンスがつぶやくと、それは裸足で一歩前に出る。
膝まで伸びた艷やかな黒髪、ガラス細工のように整った両眼に佇む黒い瞳、白いローブ様の衣服からスラリと伸びた長い手脚。中性的なその若者は、憂いを帯びた目元を緩ませ、にこりと優しげに微笑む。
ガキィィィ─── ン!
直後、アルフォンスの居合が一閃、アスタラの腕で止められた。ただ突き出しただけの腕からは、鋼の様な音が響いた。グンと夜霧を押し込み、壮絶な力の押し合いが始まった瞬間、夜切は青白い光のシルエットを遺して、二振りのククリ刀へと変化。
直後、獣のように獰猛な刃の嵐が、アスタラへと襲いかかった─── 。
※
魔公将プラグマゥ。アスタラの姿はそれに酷似していた。
ただ、プラグマゥは白い髪で、瞳は紅い。アスタラの姿はただそれを、黒髪、黒い瞳に変えただけだ。
アルフォンスの獰猛な攻撃を、アスタラは鋼のように硬化させた肉体で、難なく防ぎ、いなし、誘導する。その闘い方すらも、プラグマゥと同じだった。
アルフォンスは一切言葉を発することなく、全力でアスタラに攻撃を仕掛けている。段々とその勢いを上げながら、無詠唱の魔術すら繰り出し、戦術の幅を高速で広げている。
「よく来たね……。私の可愛い子よ。君が来るのをずっと待っていたよ」
アルフォンスはその言葉にも応じず、瞬時に持ち替えた魔斧で、アスタラをガードの上から吹き飛ばした。その勢いにはるか先まで飛ばされたアスタラに、アルフォンスは腕を掲げ、『死ね』の一言と共に、横へと振り抜く。直後、アスタラの片腕が肩から引き千切られる。
「そう、ずっと待っていたんだ。ナナワルトルの時代から、『骸の王』。君が来るのを」
アスタラは表情一つ変えず、アルフォンスに慈母の如き微笑みを向けたまま、瞬時に腕を再生させ歩み出す。直後、アスタラの胸部が大きく凹み、背中から反り返った肋骨と背骨が突き出す。手の平を向けて、その神威を放ったアルフォンスは、アスタラの脚が一瞬止まったのを切っかけに、魔槍を呼び出して一瞬で間合いを詰めた。
「ははははは、とても善い。想像以上だよアルファード。いや、アルフォンスと呼ぶべきかな?」
そうアスタラが口にした直後、その体に拳大の穴を無数に開け、身動きを封じられた瞬間に魔槍の爪が上から迫った。ソフィアの加護【神疾】に、ティフォの【触手】に【斬る】を乗せた貫通、そして【斬る】を乗せた魔槍の悪魔の爪。アスタラは縦四つに切り裂かれて倒れる。
しかしアルフォンスは、さらに手の平を向け、握り込む動作を見せた。
「─── 【掌握】」
アスタラの肉体だったものは、一瞬で球体に凝縮され、やがてコイン大にまで圧縮された。しばらく握り続けた後、その手を開くと、超絶な圧力から解放された肉塊はパァンと弾け飛んだ。
「殺った」
アルフォンスは己の中に沸き起こっていた、殺意と破壊衝動がやわらいでいることに気がついた。血煙となって空間に散った、アスタラの紅い霧は、未だに宙を漂っている。
「……うぐッ!」
直後に猛烈な力の奔流が、アルフォンスの中に突き上げた。知覚と感覚、思考力が大きく拡張され、その場に膝をつく。
(これが『クヌルギアの祝福』……? いや、違う! これは単に魔物を斃した時と同じ……)
違和感に気がついた時、漂っていた血煙が一点に集まり、猛烈な速度で再生されてゆく。そして再び、アルフォンスの中に殺意と破壊衝動が沸き起こった。
「おめでとう。最初の関門は超えられたね。とても優秀だった君の祖父フォーネウスですら、その第一歩は、二日かかったんだよ。君は恐ろしくポテンシャルが高いね」
「─── クッ! アスタラァ……ッ」
憎悪を込めて吐き出されるアルフォンスの声に、完全に再生したアスタラは再び、慈母のような微笑みを向ける。だが、アスタラの力がさらに上昇していることに、アルフォンスは気がついた。
未だ意識の拡張で、アルフォンスは身動きが取れない。しかしアスタラは反撃に出ようともせず、ただ優しげに微笑んでいた。
「さあ、そろそろ馴染んでくる頃かな? 万全になったら始めよう。私が攻撃をする段階に入るまでに、後四回は滅ぼしてもらわないとね」
そういい終わった瞬間に、アスタラの掌で夜切を受け止める、金属音が辺りをつんざいた。アルフォンスは再び獣のように襲いかかり、その戦術を高速で最適化してゆく。
─── 君は本当に素晴らしいなぁ、全てを渡せるには、何度滅ぼされることだろう
アスタラの声はどこまでも優しく、どこまでも澄み切っていた。
※
「くっ! うああっ!!」
ナナワルトルの塔、その扉の前にいたソフィアとスタルジャは、その膨大な力が入り込む圧力に悲鳴を上げていた。
「こ、これはアルくん、もう破壊神を倒したんじゃ……?」
「いいえ、そうではございませんよソフィア様。今、最初の闘いが終わっただけで御座います」
「最初の……闘い?」
ソフィアとスタルジャに流れ込む膨大な力。それはアルフォンスから流れ込む、仲間への力の分配。その二人の様子を見て、エイケンとエリゴールは胸を震わせていた。
「アスタラは最初は何もせんのよ。ただ微笑んでのう、優しく迎えてくれるんじゃが、あのアスタラの加護がいかん」
「加護? 何かすごい技でも使うの?」
「いやいや、技じゃったり、攻撃するものではない。魔王候補者が全力を出せるよう、とんでもない憎悪と殺意を持たせるんじゃ」
まさにアルフォンスの今の状態だろう。闘いを好まず、命を奪うことに何かしら躊躇を持つはずの彼が、一切の対話に応じることなく攻撃していた。確実にアスタラを仕留めるため、その戦術の最適化に全神経を注いで。
「最初の数回は、ただ己を滅ぼさせるのみ。そして、その莫大な力を挑む者に与えるんじゃ。そうしてまずは相手を育てる」
「育てる……? もしかして今私たちに流れ込んで来たあの力は、それですか」
「左様。アスタラはクヌルギアと同じく、その後継者の力量に比例して、力を解放してゆくんじゃて。その者が持てる最大の力を引き出せるよう、何度も復活しては、その度にどんどん強うなるんじゃー」
魔王フォーネウスは、倒すのに11回掛かった。その言葉をエイケンから初めて聞いた時、ソフィアもスタルジャも、アスタラを倒せずにリトライしたのだと思っていた。しかし、実際は滅ぼしては復活し、更に強大になるアスタラを倒し切り、己の力の最大限まで恩恵を受けるのに11回殺したということだった。
「しかし、流石は史上最高の王になると、そう予言された殿下で御座います。塔へ足を踏み入れてから、初回の撃破までの日数は、明らかに史上最速」
「うむ。わしの時の半分……。いや、三分の一もかかっておらんじゃろーなぁ。それにほれ、もうこの扉を通して、気配が分かるほどに魔力が膨れ上がっておる」
ようやく力が馴染んだソフィアたちが、改めて扉に意識を向けると、その異様な気配に戦慄した。初めてローゼンと対峙した時のような、星そのものの力、それに匹敵するような圧を感じていた。
「ちょ、ちょっとこれは……凄すぎ……ない?」
「ふふふ、ちょっとアルくんが、人類を辞めかけて……クッ! うあぁっ、また……⁉︎」
「おほぉっ☆ もう二回目じゃー♪ いくらなんでもこれは!」
ソフィアとスタルジャが、再び苦痛にあえぐ。その横でエイケンとエリゴールは、きゃっきゃとはしゃいで手を取り合っていた。
「アスタラの力は、継承者の力と比例する。つまり『殺意』の加護も、それだけ大きくなりおる。今のアル坊は、それこそすでに破壊神のようになっとるかもしれんなー♪」
「こ、これはすぐに戻って来られるのでは⁉︎ 今すぐにこの扉が開いても、私はなんら不思議では御座いませんぞ⁉︎」
「ふぁふぁふぁ! そりゃあ流石に肩の入れ過ぎじゃろーw
そんなに早く祝福なぞ ─── 」
ガチャッ!
「「「……ッ⁉︎」」」
全員がその赤黒い扉に振り返る。今まさにドアノブが回り、扉が開かれようとしていた。
「なッ! そんなまさか⁉︎」
唖然とする彼らの前で扉が開き、眩ゆい光の中から、全身鎧のシルエットが浮かび上がった。
「ア、アルく……ん⁉︎」
「 ─── 」
白銀の全身鎧に、視界を確保する開口部が無く、代わりに古代文字で掘られた装飾のみの兜。
彼らの期待に満ちた視線に、酷く申し訳なさそうに立つ男は、何かを口にしたようだ。しかしそれは誰も聞き取れず、無言のまま彼はスゴスゴとクヌルギアを歩いていってしまった。
ようやく我に返ったエイケンが『あれ、あれですぞ』と、困惑で記憶がボヤけながらも、ゴフェルだったと思い出す。
ゴフェル。彼の千数百年ぶりのお外の世界が、今開かれたのだった。
※
─── ナナワルトルの時代
「もう……政府放送すら、止まってる」
古ぼけた神殿の片隅で、小さなパネル状の魔道具、その黒い表面に映る自分の顔を見て、一人がつぶやいた。周りには同じように、砂埃に汚れた服を着て、不安そうに縮こまる人々の姿がある。
世界は今、滅びようとしていた。かつては超絶に進んだ技術が、大きく世界のバランスを崩して、戦火で滅びかけたことがある。それを反省として、人類は技術での競争から、世界の自然の恵みを最大限に伸ばし、共生する社会を目指した。
しかし、それにより爆発した人口増加と、マナを活用した自然界への干渉が、ある一点を超えた時に災害となる。それは世界で同時多発的に、様々な自然災害と、大地の崩壊を引き起こした。
そしてある日、天に大きな裂け目が生じ、そこから光り輝く者たちが降りて来た。
人類は歓喜した。それは天の救いの手であろうと。
しかしそれは、この星が招いてしまった浄化の前兆。『光の軍勢』の襲来だった。それらは世界中で夥しい数で現れ、世界崩壊の担い手となった人類を滅さんと光の剣を振るう。
もう、世界に逃げ場はない。
今この神殿に集まっている人々も、この神殿に祀られている神オルドヴァの信奉者ではない。『慈悲の神オルドヴァ』は、かつて技術に傾倒していた時代に忘れ去られた神である。その神に助けを求めて集まったのではなく、ただ逃げ惑ううちに、この朽ちた神殿に雪崩れ込んだだけだった。
「お、おい! なんだアレ‼︎」
その時、にわかに神殿内にどよめきが起こった。中にはすでに逃げ出している者もいる。または全てをあきらめたように、膝を抱えて目を閉じる者もいた。
『慈悲の神よ、其方はどうする』
光と共に現れたその人物は、澄み切った声でそう問い、神殿奥へと歩んだ。
膝まで伸びた艶やかな黒髪、凛とした目元の奥に輝く黒い瞳。白いローブの様な衣服を纏い、スラリと長い手足が伸びる。整い過ぎた顔は、この世の者とは思えぬ美しさだった。
『戦の神よ。主神ナナワルトルは失敗しました。すでに光の軍勢により、人類の残存は、浄化を起こす目前まで推移しています』
『ああ。もはや、これを止めること叶わぬ。この世界は終わる。我々もまた消えるだろう』
その会話に、人々は混乱する。泣き出す者、放心する者、理不尽な結末に怒りをあらわにする者。
しかし人々は言葉を発することも、身動きひとつ取ることもできない。慈悲の神、戦の神。このナナワルトルの世界では、高位の神である二柱。彼らの神気に人々は当てられていた。
『慈悲の神よ。人々は其方を忘れた。慈悲を与える必要ももはやない。今なら私の最後の力を使い、違う次元へと逃げ延びることもできる。共に行かぬか?』
『ああ……戦の神よ。それはとても素敵な提案です。貴方と悠久に暮らせるなら、どれほど幸福なことでしょう。しかし、私は慈悲の神です。我が子らを置いてゆくことはできません』
『そうか……』
戦の神は、そこで震える人々を一瞥し、額にしわを寄せて目を閉じ、うつむいた。そうして案じ、浮かんだ可能性を口にした。
『慈悲の神よ。なればこの者達と契約をしてはどうか? 人を辞め、配下とし、この地に隔離空間を作る。なればこの者らも人ではない。光の軍勢の目も欺けよう』
『戦の神よ。ではその提案、この者たちに問いましょう』
そうして慈悲の神と戦の神、そして人々の間で対話が続けられた。もう人の姿で生きることは、この星では不可能。それが主神であっても救済が叶わぬ段階にいること。
慈悲の神は静かに怒っていた。
慈悲の神として愛し、見守り、時に手を差し伸べていた彼女が、世界の調律に天界が失敗しただけで、全てを無に帰そうとしていることに。
戦の神は静かに怒っていた。
己の愛する慈悲の神が、無力感に打ちひしがれながら、人々を救うことに未だ強く心を割いていることに。だが、彼は愛する者と逃避する選択から、愛する者の在るがままの意思を支えることにした。
『これより、人として死を迎える事に、憤りを持つ者は、我らと契約せよ。次代の世界をそこで待つのだ。なれば其方らは神の眷属として転生し、この悪しき浄化が再び起こる時、光の軍勢を討ち果たす存在となる』
戦の神の提案に、多くの者が名乗りを上げた。彼らはなんら罪を犯してなどいない。理不尽に人類が消され、積み上げて来たもの全てをリセットされることに、強い悲しみと怒りを持っていたのだ。
そうして、後から訪れる人々にも、その門は開かれた。
『オルドヴァの盟約』
慈愛の神オルドヴァと、生存した人々とが結んだ盟約。その盟約を結ぶ時、公平の神ラオロギアが証人となり、彼らの魂の重さの分だけ、眷属としての力を与えた。
全ての契約が終わり、そして世界が浄化の水に沈んだ後、オルドヴァは己を大地の底に縛り、汚れたマナを浄化する門へとなる。
やがて浄化されたマナと、汚れたマナとで、それらに適した種族が、それぞれ生まれた。
人界と魔界である。
それは今も魔界と人界との間で円環する、マナの流れの根本的な仕組みとして、世界を整えている。
戦の神は、愛するオルドヴァの意思を守り、己は『光の軍勢』に仇なす軍勢として、大地の底に塔を造り、強者を集めた。その際、戦の神は人と人との戦から外れ、新たな存在になったとして、己の意義を改めた。以後は『悪しき流れを破壊する者』として、破壊神を名乗るようになる。
破壊神アスタラは、今でも強者の魂を集め、光の軍勢に備えている。そして、この世界に生み出した、大陸の守護者であり、クヌルギアの番人クヌルギアスの系譜を愛した。慈愛の神オルドヴァが、人々を慈しみ、我が子と語っていたように。己の力を分け与えるクヌルギアスを『我が子』として愛した。
このマールダーの世界となっても、オルドヴァとアスタラの愛は、世界を守っている。
※
まいった。
アスタラからの攻撃が入るようになって、何度目かの勝利。その辺りから、アスタラの力が爆発的に上がってる。当たり前のように使ってた神威も、もはやアスタラの強大な力の前では通じず、魔術程度の術式制御じゃあ何のダメージにもならない。
ただただ愚直に、闘気と神気で固めた、武器か体術を繰り出すしかない。
もうだいぶ前から、アスタラへの怒りや憎しみは薄れている。どうやら俺自身の神性も上がり、彼の加護【憤怒】も効果が低くなったらしい。
「素晴らしい……。よくぞ人の身でここまで! おお、我が子よ、さらに私を超えてみせよ!」
アスタラはずっとこの調子だ。最初はプラグマゥと戦い方が同じ、だなんて思ったけど、もう別物だ。戦っていて分かった。プラグマゥはこいつを模して作られた存在なのだろう。魔王と悠久の刻を繋がって来た魔公将だ、どこかの魔王の代でそうなったとしても不思議じゃない。
圧倒的な技の冴え。闘いのために積み上げて来た叡智と経験、そして人智を超えた計算速度。段々と俺も負傷する機会が増え、その深度も上がって来ている。
もう分かっている。
こいつは俺の力を、持てる限界まで引き上げようとしていることを。だが、同時に絶望していることもある。
─── どれだけ倒せば、到達するのかが見えない
自分にそれだけのポテンシャルがあるのは、正直に喜ばしいものだが、これ相当に時間がかかるだろう。ハンネスが聖剣の在処をつかんだ可能性がある。今すぐにどうこう出来るものではないだろうが、今世界は大きなうねりの中にある。
時間が惜しい。
その焦りからか、段々とミスが増えてゆく。もうアスタラから得た力は、自分でも把握し切れないほどだ。ここで止めたとしても、もはやハンネスに遅れをとることはないだろう。
だが、なぜか『魔王の意思』は俺に戦えと訴え続けていた。
……なら、憂を断ち切るしか無いな。
「─── アルフォンス・ゴールマインの名において、千星万陽の刻砂に、不流不動の鍵を掛けん! 【時間封縛呪】……‼︎」
巨大な光の球体が膨れ上がり、この空間全てを飲み込んだ。使うのは初めてだが、この術式なら一度見ている。義父さんが姉さんたち三人の時間を止めた、時間停止の呪術。
それを少しいじって、外界との時間の流れを変え、この空間と隔絶させた。この中でなら、どれだけ長居しようが、外の時間はそれほど進まない。
「我が子よ。最後まで積み上げる覚悟を決めたようだね。さあ、おいで。全てを持ってゆくがいい!」
「ああ。こんなに遠くまで来たんだ。もらえるモノは、全部いただくぜアスタラ」
憂は断ち切った。アスタラの動きが理解出来る。
殺し、奪い、それがまた破壊神を強くする。
そしてまた、殺し、奪う。
一見、あまりにも不条理で、しかし力が倍々に膨れ上がるこの儀式に、俺は全神経を集中させた。
ここまで読んだ
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