Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十四章 クヌルギア
第十四章│第十八話 理想郷
あらすじを見る
アルフォンスの故郷ラプセルに現れた勇者ハンネス。
それを阻む強固な結界が、
何者かの手引きで弱められ、
その侵入を許してしまう。
アーシェ婆とダグ爺により、
ハンネスとリディを迎え撃つが、
その攻撃を一人の男に阻まれる。
薬師シモン。
彼は今、
その師匠であるセラ婆の喉元に、
刃を突きつけ人質にしていた。
里に転移して来たアルフォンスたちは、
数々の門番たちを倒しながら、
とうとう最終関門『七人の戦士』と闘いを繰り広げ勝利を納めた。
アーシェ婆の策略により、
ハンネスとリディを分断し、
彼らを幻術に落とした。
アーシェ婆とガセ爺は、
リディの感情の弱さに目をつけ、
強い挑発を繰り返えす。
しかし、
強烈な怒りの感情が、
リディを覚醒させてしまう。
─── 時は遡り、アルフォンスが里を出て数ヶ月後
「んん? なぁんじゃあアーシェ婆よ。こんな朝っぱらから。酒も飲めんじゃろうが」
「酒はせめて日が暮れてから飲め。ダーグゼイン、ガイセリックよ。ふたりをここに呼んだのは他でもない。この里に訪れる未来の話じゃ」
その日、早朝からダグ爺とガセ爺はアーシェ婆に招かれ、彼女の家の地下にある隔離空間の中にいた。この部屋は普段はアーシェ婆の魔術実験に使われる、外には一切の音も衝撃も漏らさない、隔絶された世界である。
「未来の話? アーシェスよ、それは『星読み』をしたということか?」
「ああそうさね。あのアルフォンスの成人の儀で起きたことは、よほどのことだ。この世界に何かが起きようとしていたのだとしても、なんらおかしくはない規模の魔力。そしてあの体に刻まれた神言の呪印」
アルフォンスが成人の儀で起こした脅威は、アーシェ婆にとって、ただ終わった出来事ではなかった。それもそのはず。成人の儀で守護神契約を交わした者の体に、神が扱う神言が刻まれるなど、史上類のない現象だった。
『星読み』とはアーシェ婆独自の体系による、占星術の一種であり、その結果の的中精度をこのふたりはよく知っていた。
「あれからアタシは、あやつの身に起こったことに関わる全てのことを、『星読み』で解析を試みていたのさ」
「あれからって、一年もかけて占っておったのか!?」
「……ああ。それくらい、関わる運命が大きすぎる。そして、この里にも大きく関わるんだよ」
「アル坊の奴がなんかしでかすんか? この里にまで関わるとは、ちょっと考えにくいのう」
アーシェ婆がテーブルの上に走馬灯を置くと、部屋に光と影が巡り、そこに光の像を結びだした。
そこに映し出されたのは、世にも美しいショートヘアの女と、邪な剣を持つ金髪の青年の姿。そして里の老人たち全員が血に沈む光景だった。
「こ……これは……!?」
目を見開くふたり。ダグ爺はノドを鳴らし、像に見入ったままアーシェ婆にたずねた。
「調律者。正しくは先代の調律者さ。調律の神オルネアの化身と、その契約者。今の人の世では『勇者』なんぞと呼ばれておるようじゃがな」
「「─── !?」」
世が乱れた時、天界から調律の神の化身が降り立ち、適合者が選ばれて調律者となる。彼らは守護神として、長く人界に関わってきていたため、その存在のこともよく知っていた。
元はそれほど大きな存在ではなく、しかし現代に近づくにつれてその力と影響力は大きなものとなっていた。社会がより複雑化し、力が強大になるに連れ、必要とされる能力が大きくなったためだろう。
「彼奴らは強大じゃ。おそらくここにいるアタシら全員が束になってもかなわん。圧倒的な力の前に、アタシらは鼻くそ以下ってとこだねぇ」
「…………そ、それはアーシェスとダーグゼイン、お前さんらふたりが、本体で立ち向かったとしてもか!?」
「ああ、そうだ。勝ち目は万に一つもない。あれは真の神の一柱なんだ。その力は想像くらいできよう?」
ガセ爺はごくりと唾を飲み込んだ。彼ら守護神たる存在は、天界をその目で見たわけではない。しかし、守護神へと魂が昇華した時から、自分たちのはるか上位の存在である神々の気配は、人界の聖職者などよりも強く感じていた。
薄い壁一枚向こうに、次元の違う怪物がいるかのような、圧倒的な気配。それを時折感じることがあるのだ。
「わしらは……一体どうすればよいというのだ? 大人しく斬られろと? いや、その前になぜこの里に彼奴らが眼を向ける」
「ダーグゼインよ。それはお主の守っておる物に由来するんだよ」
「 ─── 聖剣か⁉︎ なぜ、調律者があんなものを欲するというのだ。あれは単なる大浄化への鍵。天界の意思を無視して、世界を終わらせる呪物でしかないのだぞ……?」
アーシェ婆は黒いローブの袖の中で腕を組み、難しい顔をしてうつむく。
「……それだよ。彼奴らこの世界を終わらせ、天界の門を強制的に開き、この星の終焉をもたらそうとしておる」
「「 ─── ッ⁉︎」」
アーシェ婆が指を弾くと、床からふたつの人影がせり上がり、そこに立った。
「これは……わしらの魔導生命体ではないか。また新たに作ったのか?」
「これはアタシとダーグゼイン、あんたの新しい魔導生命体の躯体だよ。すまないがガイセリックとセラフィナに関しては、まだ魂の解析が終わっておらん。まだ躯体を作れる段階じゃないんだ」
この里に暮らすようになってから、アーシェ婆はこの地下の隔離空間で、彼らが入るための魔導生命体のボディを研究し続けていた。
「我ら守護神の最期ほど惨めなものはない。人々から忘れられ、力を失い、老いさらばえ。再起を望むことすらできずに消滅する。輪廻すらない」
アーシェ婆の言葉に、ダグ爺は硬い表情で眼を固く閉じ、ガセ爺はセラ婆との旅立ちの過去を思い出していた。
「最期くらい、悠々自適に、己を穏やかに振り返る時間があってもいいじゃあないさ。そう考えて研究を始めたのが八百年前になる。ダーグゼインと意気投合してこの地を見つけたのが三百年前。ようやく先に進み始めた。この守護神と精霊族の理想郷計画になぁ」
里に幾重にも施された結界は、単なる防衛としては明らかに過剰である。数百を超える層を持ったメインの結界、それをさらにふたつの結界が、外界から隔絶しようとしていた。
この結界の意味は、里の最後の関門である、あの七人の戦士がいた白い半球状の世界と同じであった。
「なぜわざわざ新しい躯体を作り出したか。それはこの躯体の材料にある。この里の近くに時折現れる神獣がそれさね」
「…………神獣を? ハッ、まさか神威への対策か⁉︎」
「ふふふ、さすがは戦闘狂のダーグゼインだね。そうさ、神獣には神威が通らない。神の扱う事象への干渉が極端に効きにくい」
「なるほどのう。化身相手の闘いとなれば、その奇跡と神威が脅威となるからのう。で、選ばれし調律者の方はどうするんじゃ? 物理で来られたらどうしようもなかろう?」
アーシェ婆は人差し指を立て、チッチッチと舌を鳴らしながら首を振る。
「ふん、はなっからまともに戦うつもりなんかないよ。アタシらがやるべきは『ペテン・はったり・時間稼ぎ』だけさね」
「時間稼ぎ? 何のために」
ダグ爺が自分の新しい躯体を触りながら、そう問うた。
「決まっておろう。自分たちが勝てぬ相手なら、自分たちより強い者が来るのを待つのさ」
「わしらより……? そんな者、この人界に……あっ!」
ダグ爺はその存在に思い当たり、驚いた顔をした後に、ふくふくと笑みを浮かべた。
「アタシとあんたは、本体のままあやつの特訓の相手をすれば、その異様なポテンシャルに、アタシらが本気を出してしまう危険性があった。だからわざわざ開発中の躯体で、あやつの前で暮らしていた。その意味を忘れたわけではあるまい。武の担当、ダーグゼインよ」
ダグ爺は大声で笑う。その目の端には、涙さえ浮かべて。
「ティフォも面白い子だからねぇ。何回、躯体を破壊されたかしらないよ。まったく、人体に近づけておいたからよかったものの、守護神であるアタシらに【蘇生】の類は効かないからね」
アルフォンスの成人の義以降、人型の姿を取り戻したティフォは、何度かアーシェ婆と立ち合いをしていた。そこでティフォが学んだのは、殺さない手加減である。
そして、その時にアルフォンスが見ていた、【自動蘇生】で復活するアーシェ婆の姿は、魔導生命体ならではの蘇生だったのである。
「さて、ガイセリックよ。ここからはお主にも手伝ってもらうよ? 神殺しの、いや、神に殺されないための戦略を考えるんだ。残された時間は五年だよ。できるね?」
「ふむ。さすがに神殺しを五年でなんとかしろといわれたら無理じゃが、着地点が『殺されないため』ならまだなんとかなるわい。ようし、神獣の骸が残ってたら少し分けてくれ。その線から当たってみるとしよう」
ガセ爺が手指を開閉して不敵な笑みを見せた。アーシェ婆はダグ爺へと向き直りたずねる。
「……ところであんたの管理している聖剣とやらは、大丈夫なんだろうね? すぐに奪われたんじゃあ、アタシらだけじゃあ済まないからね。全人類、いや、生きとし生けるものが全滅だよ?」
ダグ爺は未だ『自分より強い者』へ想いを馳せていたが、その言葉に姿勢を正した。
「ふん。あれは普段は龍族の呪いをかけた扉に保管しておる。それこそ天界の門でも斬れる存在でもなければ、近づくことも叶わぬ」
「なるほどねえ。ではそちらは任せるとしようかね。……しかし、あんた今からそんな蕩けているようじゃ、その時が来たら気を抜かないか心配だよアタシは」
「……へ? な、なにを抜かすかアーシェス! わしは別に……!」
顔を真赤にするダグ爺に、アーシェ婆は悪戯っぽい笑みを浮かべてからかう。
「魔導生命体の躯体だとバレないために、それまで一緒にくらしてたアルフォンスと、家を分けるとなった時のアンタの狼狽ぶりったらなかったからねぇ♪」
「ばっ、な、なにを!?」
アルフォンスはまだ幼い頃から一人暮らしをさせられた理由を『生きる力を身につけるため』だと、そう思い込んでいた。しかし、実際はダグ爺が魔導生命体の肉体だとバレないようにするためである。
アルフォンスはまだそれを知らない。そして当時、ダグ爺の方がアルフォンスと離れ離れに暮らすことを悲しんでいたことも。ふたりが突き合っているその隣で、ガセ爺が小首をかしげていた。
「ところで、この話はセラ婆とシモンの奴には聞かせなくていいんかの? 大きな話じゃと思うんじゃが……」
その疑問にアーシェ婆の表情がガラリと変わる。
「…………その釘を刺すつもりだったんだ。いいかい、絶対にこの話をあの二人にはするんじゃあないよ」
「な、なぜじゃ?」
やや殺気を帯びた視線に、ガセ爺が怯える。
「セラフィナの奴は心が繊細に過ぎる。下手な動きをしかねないんだ。なにしろ─── 」
そこまで言いかけて、アーシェ婆はガセ爺の顔を見て、言葉を止めた。
「いや、それはアンタも同じだねえ。この話はなしだ。いいかい、絶対に知られるんじゃあないよ? バラした時には殺すからね……」
今まさに嵐が来る夜の空。それを見つめる幼子のように、ガセ爺はアーシェ婆の殺気に震えていた。
※
怯えたような目で、しかし炎槌が私の目を真っ直ぐに見ている。たかが守護神。それも闘いの権能など何一つ持たない、魔術すら扱えないドワーフ族の成り上がりが!
不快、不快、不快……!!
非常に不愉快極まりありません。もう周囲に立っているものはこの老人のみ。とはいえ、彼ももう動けないでしょう。
「─── ぐぶッ!」
炎槌が切り裂かれた腹部を押さえ、とうとう膝をついて吐血しました。もう魔術も使えない、頼りの魔術師の老婆は倒れて虫の息。回復魔術が扱える癒神はこちらの手に落ちている。
あまりにも話がうますぎる。
あの書簡を手にし、この世界の果に来た時、私とハンネスは浮かれると同時にそう不安にも思いました。しかし、なんのことはありません。罠であろうが、なんであろうが、邪魔をするものは殺してしまえばいい。
どうせ、聖剣さえ手に入れば、この世界は終わるのですから、遅かれ早かれの違いでしかありません。
─── ジョルジュの使者。そなたが探し求めているものの行方を知る者
あの書簡を持ってきたヴァンパイアの少女は、確かに自分をそう名乗っていました。まずその名を知るものは、この時代に居るはずがない。ジョルジュ、あのボトルゴード家の好々爺。
しかし、人の身でありながら、その予言の力は確かなものでした。
今回のこの地の報せも正しかったのでしょう。おそらく間違いはないはず。そうでなければ、これだけ老い先の短い守護神の成れの果てどもが、残りわずかな命を捨ててまで抵抗するはずもない。
老婆は今、果てたようです。一体何がしたかったのか。私とハンネスを分断することに成功したのは褒めるべきところでしょうか? そして、裏切り者となった吸血鬼の男も、未だ人質を抱えたまま、幻術が解けていなかったようです。
あとはこの炎槌を下し、私はハンネスのところへ向かうのみ。
「たかが三百年も生きられぬはずのドワーフ族が、ずいぶんと長生きできたのですから、もう充分でしょう? 別にあなたを殺す必要もありませんが、生意気な言葉を私に吐いたことは赦せません。あなたの骸をまたいで、私は先に進みます……」
炎槌は膝をつき、肩で息をしながらも、倒れずにいる。その意地すらも私には腹立たしかった。
私は感情を得たようです。いえ、少し前から私の胸はよく分からない挙動をしていました。どうやらあの出来損ないの女と、接触をしたのが影響したようです。そして、今日、私は初めて『怒り』という感情を自覚した。
もしかしたら、わざと私を焚きつけるための、この弱き彼らの戦術だったのでしょうか。だとすればたいしたものです。
「ふ、ふふ……。ああ、おかしい。ようやく人々が、自分より劣る者たちを嘲笑う意味が分かりました。うふふ、滑稽ですよ、あなたたち」
私は指先に神気を集め、炎槌が地についている片方の膝を狙い、貫通させる。神威は私の意思の通り、難なく彼の膝を貫き、その後ろで守られるように横たわる老婆の頭部をも撃ち抜いた。ウエーブした白髪頭がその振動で揺れるも、反応はなし。すでに死んでいるようです。
しかし、腹が立ちますね。ここまでして、今も膝を撃ち抜いたというのに、炎槌は小さなうめき声すらあげず倒れもしない。
「強情ですね。なら一思いに……」
私は手の平に再び神威を集める。どうしても倒れないというのなら、その下半身を切り離してやりましょう。
「─── それは貴女のことでしょう?」
その時、背後で透き通った声が響いた。振り返ろうとした私の両腕が、肩から落ちる。
「ッ!? な、なぜ貴女がここに!? 貴女は精神せ─── 」
私の体を何本もの不可視の槍が突き抜ける。この女ッ! 私の血を媒体に、神の呪いで心を封じられたはず!
地面に倒れた私になお、出来損ないの女が神威を連発してくる。その女の横では、緑髪のエルフが炎槌に回復魔術をかけていた。
「ま……また邪魔をッ!」
言いかけた私を、女は床に落ちた小石にするように、つま先で顔を蹴り上げた。
「それは私の台詞なんですよリディ。調律を忘れた役立たずさん♪」
こいつらが来るとなれば、ハンネスへの負担が大きくなる!
焦る私を嘲笑うかのように、後任の化身ソフィアが美しい微笑みをたたえたまま、強烈な神威を繰り出した。
※
『いいかいダーグゼイン。まず最初に何としても、化身と調律者を分断するんだ。突入された時、アタシが幻術を駆使して化身を押さえる。ガイセリックには言えなかったが、人質をとったシモンもそこに貼り付けるから、あんたはこの場所に調律者を連れて足を止めさせな』
アーシェスの言葉が頭に残っておる。あやつは上手くやったようだな。化身が未だにこちらへと来てはいない。それに……確かにシモンが裏切るとは、それもセラ婆を人質に取るとなれば、ガセ爺は頭に血が上ったことだろう。
「ふっ、これは後でガセ爺に怒られるであろうな……」
「 君にこの後があるとでも思っているのかい?」
調律者の声が聞こえる。もうさっきからずいぶんと音が遠い。血を失い過ぎたか。
「ふん、なぁに。あると思うからそう言ったまでよ」
げに恐ろしきはアーシェスの『星読み』よな。まさか人の身でこれほどの高みに登り詰めた存在が現れるとは。
真の神の契約者とて、わしの剣が届かないということはなかった。しかし、殺し切れぬ。あの者が受けておる加護は、わしの知る加護とは次元が違うようだ。
剣の腕はそれほどでもない。まるで獣相手に延々と腕を磨いて来たかのような、ただただに凶暴な剣である。人との戦いにはそれほど精通してはおらぬようだが、加護の性能が規格外としか言えぬ。
こちらの剣は届いていた。しかし、その負わせた傷がすぐに再生し、無尽蔵の体力と、だんだんと速度を増す攻撃の数々。こちらは傷を負えばそれだけ枷になる。衰えたこの肉体、失った力で対応するには、あまりにも肉体の持つ性能が違い過ぎた。
段々と消耗され、深傷が少しずつ、しかし確実に増えていった。
「しかし驚いたよ。その剣からは聖剣の気配がするんだ。聖剣はその半分も長さのない、ずんぐりとした鈍い白銀の剣なんだよ。全く見た目は違うのにね」
奴がわしの握る曲刀をチラリと見る。
「ふん、この剣が欲しいか? お前のような半端者には与えられぬな。なんだその鈍な剣技は」
己の衰えを嘆いたとて、剛力が戻るわけもなし。ならば衰えぬもので勝負する他はあるまい。
丹田に気を集め、口より細く息を長く長く吐く。その間も、袖の先からポタポタと血が流れてゆく。だが、肉体が失われる杞憂など、そもそも持ち合わせてはおらぬ。戦士たる者、鉄火場にあるならば、使えるもの全てが己の刃よ。
呼吸と共に心が凪ぐ。清流の如く、柳に風の如く、わしはただただこの戦の風に身を任せるのみ。
「参れ小僧」
剣の背を肩に抱き、左手で祈るように突き出して構え、調律者を迎え撃つ ─── !
※
頭に来るよほんと。久しぶりにジョルジュの名を聞いて、舞い上がってしまったんだろうね僕は。
聖剣がここにあるって聞いて来てみれば、へんな婆さんには邪魔されるわ、リディとは引き離されるわ、この爺さんには散々斬られるわ。
それにこの爺さんの戦い方が、どうもあの出来損ないと似ているんだよね……。まともに訓練を積んできたって言うのかな。ただの力押しでも、速度任せでもない、どうにもズルいやつだ。
この爺さんも簡単には斬らせてくれそうもないし、大きな技は全部防がれたんだよ。やってられないよね。それになんだいさっきから。ゴリ押ししてだいぶ手傷を負わせたから、そろそろいけるかなと思ったらさ。急に構え方を変えて静かになっちゃった。とたんに全然、剣が届かないんだよ。まいっちゃうよね。
「 ─── ああッ、クソッ‼︎」
ひらひらと、落ちてくる鳥の羽毛みたいにとらえどころがない。切りかかればそこにいないし、攻撃できないだろうと思った位置や瞬間に、全然力が入っていないような攻撃がくる。
致命的なダメージはもらってないけど、見た目よりも殺傷力は大きい。これ【超再生】の加護がなかったら、もう僕は死んでいたよね?
「なんなんだよお前らはッ! どうせ消えてゆくだけなんだろ! なら聖剣くらい大人しく渡せよッ‼︎」
背中に何度目かの斬り付けを喰らって、思わず僕は叫んでいた。もちろんこんなんじゃ死にはしないし、大して痛くもない。それは向こうだって分かっているはず。何度だって目の前で再生しているんだから。なのに全然あきらめないんだコイツ!
でも、明らかに服を染めてる血の量が、危ないレベルまで来てるのは見て取れる。散々魔物たちを殺して来たから分かるんだ。コイツはもう長くないって。
と、その時、遠くでものすごい神気が高まって、僕の中にも力が流れ込んできた。これはリディが何かしたのかな? ものすごい魔力と万能感、そしてイライラむかむかしてくる、言いようのない怒り。
気分は最悪だけど、感覚が上昇したのか、急に爺さんの動きの意味が見えて来た。
「 ─── グッ!」
刃は届くようになった。でも、未だにヒラヒラした動きを追い切れずに、僕もやり返される。
「本当に頭に来るな、このジジイ! いい加減にくたばれよッ!」
「ふん、口も悪ければ頭も悪いのか。剣を握る者としての、礼節すら持ち合わせておらぬとは情けない」
くだらないハッタリだ。こんな程度の悪口は、父さんや兄さんたちから息を吐くように浴びせられて来たさ。
いやむしろ、彼らの悪口に比べたら、悪口ですらないんだよ。
─── なのにどうしてこんなに腹が立つ!
リディのせいか? あいつが何かやらかしたのだろうか。分からない、分からないけど怒りに呑まれているのは分かる。
「くそッ! アルフォンスとか言ったっけな、ほんとアイツと同じくらい腹が立つよ!」
ふと、老人の構えから力が抜けた。
「アルフォンスを知っておるのか?」
なんだ? 急に優しげな目になった。剣気が消え失せてる。
「ああ、知ってるよ。彼ならね ─── 」
ようやくとらえた。ようやくだ。僕の剣が爺さんの胸を貫いていた。爺さんは微笑んだような顔をして、仰向けに倒れる。小さな声で『アルフォンス』とつぶやいていた。
僕はすぐさま、彼の手から滑り落ちた剣に手を伸ばした!
「えっ! 違う! なんだこれ、そういう感じがするようにされてるだけだ……えっ、罠⁉︎」
ぽっ
急に森に間抜けな音が響いて、僕の視界が揺れた。視界の端が暗い……。
「 ─── 【斬る】」
全身が激しく波打って、視界がめちゃくちゃになった後、僕の色んな肉が枯葉だらけの地面に落ちる音が聞こえたんだ。
ここまで読んだ
このページを保存して、トップページから続きを開けるようにします。
Mail Magazine
新着通知をメールで受け取る
続きの公開や新着話のお知らせをメールで受け取れます。次の更新を見逃したくない方におすすめです。