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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十四章 クヌルギア
第十四章│第十九話 痛み
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アルフォンスの故郷ラプセルに現れた勇者ハンネス。
それを阻む強固な結界が、
何者かの手引きで弱められ、
その侵入を許してしまう。
アーシェ婆とダグ爺により、
ハンネスとリディを迎え撃つが、
その攻撃を一人の男に阻まれる。
薬師シモン。
彼は今、
その師匠であるセラ婆の喉元に、
刃を突きつけ人質にしていた。
里に転移して来たアルフォンスたちは、
数々の門番たちを倒しながら、
とうとう最終関門『七人の戦士』と闘いを繰り広げ勝利を納めた。
アーシェ婆の策略により、
ハンネスとリディを分断し、
彼らを幻術に落とした。
しかし、
アーシェ婆もダグ爺も、
襲撃者ふたりの前に散ろうとしている。
彼らが時間稼ぎをして待っていた存在。
アルフォンスが今ようやく里に駆けつけた─── !
里の周辺の森に、さざめくような音が広がっている。それは離れていると分かりにくいが、ネズミやリスなどの小動物が、里から懸命に離れようとする大移動の音である。
その原因。それはまるで里自体が殺意を持ったかのような、強烈で鋭い圧が、里の中心部から押し寄せていた。
すでに小鳥は姿を消し、次に小動物、遅れて大型種を含めた魔物たちまでもが逃げ出そうとしている。さすがに龍種までは逃げ出さなかったものの、高い場所に移動して、その強烈な殺意が生じている場所を凝視していた。
※
「 ─── 【蘇生】……。 【蘇生】、 【蘇生】ッ‼︎」
荊の冠を戴いた髑髏の兜、全身を覆う禍々しい鎧からは、ところどころに白い冷気が垂れ下がり、悪霊と鬼火を漂わせている。
その男が今、人界の回復魔術の最高峰とされる、蘇生魔術を懸命に繰り返していた。無詠唱でただ掌をかざしたまま、発動されるたびに横たわる龍人の巨体が青白く光っている。
─── 軍神ダーグゼインは、すでに事切れていた
アルフォンスはその瞬間に飛び込み、ハンネスの体内に神威の【滅】を発動させ、さらに【斬る】神威でこれを両断せしめた。ハンネスは胸部に巨大な穴を開け、体を縦三つに分断された状態で崩れ落ちている。
「【蘇生】、【蘇生】、【蘇生】…………」
もはやそこにダーグゼインの魂の姿は見られない。蘇生魔術は一部でも肉体が残っていて、かつ、正常な状態の魂がその肉体の近くにあることが、成功条件となる。
いや、それ以前に守護神へと変質した者は、その魂も輪廻の理にあるものとは大きく異なる。そのため、例え近くに魂が存在したとしても、再び肉体と結びつけることは難しい。
かつてアルフォンスの中に、アラクネ族の守護神ミトンが滞在していたことがあるが、あれはまた迷宮の主として魂を変質させた稀なケースであった。怒りと、悲しみと、焦燥感と。感情が嵐のように渦巻く中、ああでもないこうでもないと、アルフォンスは思考を繰り返す。
パシュッ!
その時、ハンネスの肉体が青白い炎に勢いよく包まれ、蘇生が始まった。あらかじめ【自動蘇生】がかけられていたのだろう。アルフォンスはダーグゼインの遺体を、自分の亜空間へと送り込み、ハンネスに背を向けたままうつむいた。
─── どうしてお前が生き返るんだよ
ぽつりとつぶやいたその直後、立ちあがろうとしたハンネスの両腕が弾け飛ぶ。普通ならそれだけでも、苦痛に喘ぎ、気を失いもするであろうはずが、ハンネスは口元をにやけたように歪ませて立っている。
早くも超再生の光が、その両肩でぼんやりと輝きを放ち、彼はそこに対峙する漆黒の鎧の男に口を開いた。
「君も本当にしつこいね……。それになんだい? 人間を辞めてしまったのかい? もうこんなのは魔王じゃないかアルフォンス」
言い終わった直後、ハンネスの視界からその魔王の姿が消えた。
強烈な正拳突きが鳩尾を直撃し、ハンネスの体は、その衝撃を一切逃せずに大きく波打つ。余すところなく臓腑に叩き込まれた無駄のない衝撃は、ハンネスの防御結界やダメージの軽減の加護を、遥かに凌駕して破壊を生み出していた。
「お前の話になど興味はない。ここで死ね、ハンネス・オルフェダリア」
壮絶な衝撃に、呼吸、鼓動、反射神経、思考が一時的に停止したハンネスの青白い顔面を、アルフォンスの掌底が打ち抜く。それが顔に当たるその瞬間、掌底の形から中指をやや曲げ、それをハンネスの左目へと突き刺す。
破裂した眼球を気にも留めず、眼窩に指を引っ掛けて、猛烈な勢いで地面に後頭部から叩きつけた。メキッと硬く乾いた音を立てて、ハンネスの頭部の輪郭が歪む。
「 ─── どうせまだ死んでないんだろ? それになんだよこの【自動蘇生】の膨大な重ねがけは……」
ハンネスに直接触れたことで、アルフォンスは彼にかけられている多くの術式が読み解けていた。リディの仕組んだものであろう。その術式の設計は堅牢で、他者においそれとは書き換えられないセキュリティが幾重にも張り巡らされている。
彼の命に直結する類いの術式のセキュリティは異常なほどに高い。さすがに短時間で破ることは不可能だと判断したアルフォンスは、それ以外の防御や肉体強化などの、比較的セキュリティの甘い術式を高速で解呪してゆく。
ハンネスの吹き飛んだ腕を、チラリと見やる。その手にはダーグゼインの愛刀が握られていた。
「その剣に、お前が触れるな……」
言葉と共に、ハンネスの腕が煙を上げ、急速に消し炭となって崩れ落ちた。辺りには肉の焦げる臭いが立ち込める。
「お前に人の心の痛みが理解できるのかは、俺にはわからない。ランヴァルド義兄さんが言うには、お前は自分の肉体の痛みにも鈍いんだってな……」
急速に再生され続けるハンネスの肉体。すでに新しい腕が生えようとしていたその時、アルフォンスのイメージングから、術式が紡ぎ出された。薄い緑色の反応光が、ハンネスの全身を包んで、一瞬強く光ってから消え去る。
「 ─── く、くそッ! 不意打ち……は、卑怯だ……⁉︎ ぐっ、ぎッ、ひ、ひぃああああああああああああああああああッ‼︎」
突然、狂ったように地べたをのたうち回るハンネスから、アルフォンスは手を離し、近くに落ちていたダーグゼインの愛刀を拾う。それを愛おしいものにするように、優しく指先でなでながら、ハンネスに視線を向けることもなくつぶやいた。
「痛いだろ。痛みってさ、本能なんだよ。必死に生きたいってあえぐ、生き物ならではの声なんだ。お前が今まで心を割くこともなく、ただの目的意識だけで殺してきた、そのどれもがそれを感じていたんだよハンネス」
ランヴァルドが持っていたハンネスの手記。その内容からハンネスが極端に『痛み』に鈍いことを読み取っていたアルフォンスは、その点が彼の『他人への心』の希薄さに大きな要因があるのではないかと感じていた。その時は少しでもハンネスと対話の余地や、更生の道があるのではないかと、そういった観点での思案だった。
だが、今は違う。
肉体強化魔術の一種である【鋭敏覚化】は、対象者の脳を覚醒させ、集中力や五感を高める魔術である。アルフォンスはその術式を編纂し、痛覚や触覚を最大限に高め、その刺激を脳が極大化して知覚するようにした。
超再生で即死を免れているハンネスにとって、死ぬ間際の深度が最も深い傷の痛覚を、今は人体が感じられる最大級にまで押し上げられている。
「すぐに殺すつもりだったんだよハンネス。お前はこれまでお前なりに三百年もの時間を、苦痛を背負ってきたんだからな。ひと思いにってさ……」
ドォンッ!
アルフォンスの魔力と殺意が突き抜け、ハンネスは衝撃で血に濡れた体を土や枯れ葉で汚しながら、転がってゆく。激痛にもはや叫び声すら上げられず、疲弊して痙攣する横隔膜が、ケタケタと笑っているような音を口から出させていた。
高台で警戒していた龍種の群れですらそこから逃げ出して、第二の結界に阻まれて殺到し、森の一部をその影が覆う。
「─── だが、俺の父親のひとりに手をかけた。その重ねがけされた【自動蘇生】の数だけ、痛みを抱いて死ね!」
全身から脂汗を噴き出し、涙と鼻水、よだれを流しながら、ハンネスは転がった勢いでうつ伏せになった。手足を動かせぬ代わりに、水晶のペンダントヘッドを、震えるアゴで貪るように噛みついて確保する。
ガリンッ!
水晶の砕ける音がした瞬間、ハンネスの肉体は白い光りに包まれ、姿を消した。
「付与魔術か? 逃げられると思うな!」
アルフォンスは目を閉じてハンネスの気配を探った直後、そちらの方向へと飛翔魔術を行使する。
※
くそ……っ、くそくそくそッ!!
なんだってこの僕が! この僕があんな、なり損ないに負ける!?
あいつはもう自分の契約主を失って、ただの人に成り下がっていたんじゃないのか!?
いや、あいつは魔王フォーネウスの孫。元々強く生まれたずるい奴なんだった。
お守りにと持たされていたペンダントがなければ、本当に僕は死んでいたかもしれない……! リディがしつこく持っておけと五月蝿かったから首にかけていたけど、まさか役に立つとは!!
強力な回復魔術と、リディの近くに転移するという、ふたつの付与魔術が施された水晶。調律者の大きな弱点は、加護が低下した瞬間だとリディは考えていたんだ。
リディは前のアルフォンスとの闘いで、出し抜かれたことをずっと後悔していたからね。人が使う魔術や、神界で使われている奇跡の魔術化に熱心になっていた。
─── ガチガチガチ
転移中の真っ白な世界の中、その音が自分の口から出ているのだと、その時はじめて気がついた。寒いわけでもないのに、僕の奥歯がガタガタと震えていたんだ。もう傷は何一つないし、痛みなんかどこにもない。
それなのに、あの卑怯者の使った魔術で与えられた、強烈な痛みへの恐怖心が治まらなかった。
「い、いやだ……いやだいやだいやだ! ヤダヤダヤダッ!!」
あんなのと、もう闘いたくない! エルネアの加護は僕が持っているというのに、なんなんだアイツの力は!! 魔王フォーネウスと……いや、たぶんもっと強くなっている。三百年、魔物と殺し合ってきたから分かる。あいつには絶対に勝てないし、敵わない!
とっととリディと合流して、このクソ田舎に隠された聖剣を取り返すんだ! 聖剣さえ手に入れば、あいつから逃げ回ってでも人類を半分にするくらいワケないんだから。
光が一段と強まって、周囲に空気のある感覚が戻ってきた。転移が完了する直前の予兆だ。
こんなクソみたいな運命を背負わせた神界は赦さないし、直接持ち込んだリディだって僕は赦さない!
※
「リディ! 話がちがうじゃな─── 」
ピチャ……ピチャン……
リディの仕込んだペンダントにより、一命を取り留めてこちらまで転移してきたハンネスは、ふらついてそこに四つん這いになった。
その視線の先に、紅い雫がポタポタと垂れては、どす黒い水たまりに波紋を立てている。放心状態でそれを眺め、恐る恐る顔を上げたハンネスは、その光景に思考が停止した。
白い僧服の女が、力なくまぶたを開けたリディの首をつかみ、片手で宙に吊り上げている。そのリディの胸元から下は完全に失われ、脊髄の一部がだらしなくぶら下がっている。
薄っすらと立ち込めている霧の中、僧服の女は腰まで伸ばした美しい白金の髪を射す陽に輝かせ、こちらへと振り返った。
「─── ハンネス・オルフェダリアッ!!」
圧倒的な殺意と神気を爆発させながら、その女の口元が歓喜しているかのように歪む。ハンネスの本能が全力をもって警鐘を打ち鳴らす。アルフォンスの術が未だに影響しているのか、それは普段のハンネスにも不可能なほどに鋭敏なカンが引き出され、即座に後ろへと飛び退いた。
直後、黒い槍がそこに振り下ろされ、ほぼ同時に五本の青白い光の爪が、先ほどまで彼の頭があったであろう場所を地下深くまで切り裂いた。その直後、巨大な氷の柱が天を貫くほどの高さまで立ち上がり、そこらに強烈な冷気を充満させる。
その冷気よりもはるかに冷たいエルフの女の視線がハンネスを射抜く。
後ろに飛び退いていなければ、脳天を切り裂かれ、極大な冷気の柱に囚われていただろう。
(あの白い服の女はアイツの契約主! それに槍の女は港で死にかけてたあの脆弱なエルフ!?)
それを確認する間も置かず、ハンネスはさらに加護の【神疾】を行使して、一気に後方へと距離を置いた。が、そこで何かに背中がぶつかり、恐る恐る振り返ると、漆黒の髑髏が自分を見下ろしていた。
「うあ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! うぐぅッ!?」
即座に張られた防御結界を、極ありふれた無骨な斧で軽く叩き割られ、その鈍い光の刃が肩から胸元まで食い込んで弾ける。さらにダーグゼインの愛刀が、続けて振り下ろされて反対の肩に食い込んだ。その常人には長大な刃は、ハンネスの肩口から斜めに音もなく入り切り込み、すぅっと腹部にまで到達する。
未だ続く未知の『痛み』に、ハンネスは魔剣を握りしめ、半狂乱でアルフォンスの喉元へと突き出した。
ぽっ ぽつ
間の抜けた音が響き、それが二回繰り返されると、魔剣を握るハンネスの手首から先が落ちる。そして再び胸元に大きな穴が開けられた。未だ馴染めぬ『激痛』という新たな感覚を拓かれ、ハンネスは狂ったように奇声を発している。
「に、逃げてハン……ネス……」
ハンネスに転移魔術を使おうと、魔力を集めたリディは、ソフィアにアゴの骨を握りつぶされた。その手の平から【沈黙】の神の呪いがかけられ、リディはそのまま地面へと放り捨てられる。
「まだ、魔術を使う思考能力が残っていましたか。私は赦しませんよ。貴女も、貴女の契約者も。私の調律は、我が夫が幸福に生きてゆける世界を紡ぐこと。それには貴方がたを滅し、帝国を滅ぼします」
仰向けに倒れたリディが鬼の形相でソフィアを睨んでいる。だが、ソフィアは涼しい顔でそれを受け流し、掲げた片腕に膨大な神気を集めはじめた。
「お別れの言葉はいりませんよ。どうせ【沈黙】の呪いで口を開けませんけど」
その向こうでは、アルフォンスが夜切に持ち替え、大地が震えるほどの魔力を注ぎ込んで構えている。その狙う先は、地面をのたうち回るハンネス・オルフェダリア。
この新旧因縁の調律者同士の闘いが、とうとう完結する!
その時だった……。
─── 動くなッ!
そこには闇神アーシェスが死して幻術より解かれた、シモンの姿があった。癒神セラフィナを後ろ手に捕らえ、魔剣をその喉元に当てて。正気に返ったその興奮のせいか、刃先はすでにセラフィナの首の皮膚に食い込み、一筋の血が流れていた。
困惑し、躊躇していたアルフォンスが、しばらくシモンの顔を眺めたあと、夜切を手から消して両腕をあげた。その彼の行動を見つめていたソフィアとスタルジャも武器を納める。
「ふたりから離れろッ! あの岩のところまで下がれ!」
三人がそれに応じ、距離を置いたのを確認すると、シモンはセラフィナの首に魔剣を当てたまま、左手を掲げる。そこから青白い光が発せられ、ハンネスとリディを包み込む。
「げほっ! げほげはッ!」
「はあっ、はぁっ、はぁっ……」
急速に力を回復し、身を起こそうとするふたりの姿。しかし、アルフォンスの目はふたりではなく、シモンの掲げられた腕の一部に引き寄せられていた。
─── 青みがかった親指ほどの長さのアザは、小鳥……つぐみが丁度枝の先に止まって、空を見上げているのを横から見たような形
ハンネスの手記にあった人界の預言者ジョルジュの手にあったとされるアザ。それは偶然にも聞いていたのと全く同じ形状と色味でそこにあった。
※
「あはっ、あはははははははははっ!」
里にハンネスの狂ったような笑い声が木霊する。先ほどまでの混乱と恐怖に呑まれた姿はなく、万能感に突き上げられ、その笑いが止められないという様子だった。
セラ婆はどこか放心したような顔で、今は現実が目に入っていないようだ。だがそれは俺も同じこと。この状況が全く理解できない。
まずなぜ、ハンネスとリディはこの里に入れたのか。そして向こうにはピクリとも動かないアーシェ婆と、傷の処置はされているが立ち上がる様子のないガセ爺。なによりも……。
なぜ、シモンがセラ婆を人質に、ハンネスの側に立っているんだ!?
シモンの表情には操られているような様子がない。確固たる自分の意思でそうしているように見える。彼とは十年もこの里で暮らした。年齢は彼の方がずっと上だったけど、見た目には近いからって、本当の友達のように……。いや、近所の優しいお兄ちゃんといった存在だった。
『なぜだ』その問いを投げかけることも、今は戸惑う。それだけ彼の目には強い決意が感じられる。
そして何より、彼の腕に見えた『つぐみのアザ』だ。あれはハンネスの手記にあった預言者で協力者のジョルジュにあったというものとそっくりだ。
実物はもちろん見たことがない。しかし、少しでもヒントがないかとランヴァルドから受け継いだ手記は何度も読み返したし、ノートに落書きで描くくらいには繰り返しイメージしている。
そして、ハンネスとリディのふたりに彼が放った青白い光。回復の効果が高く、精神的な分部まで回復しているように見えた。あれは魔術じゃない。神の使う神威や奇跡に近い現象だった。
─── ジョルジュは素晴らしいアイデアと力を授けてくれたんだ! あの青い光があんまりにきれいで、今も目の奥に焼き付いている!!
これも手記にあった一文だ。まさかシモンが……!?
「ふう、ずいぶんとやってくれたよね、このなり損ないの半端者ッ!」
【神疾】で一気に間合いをつめたハンネスが、俺のアゴ先を兜の上から拳で撃ち抜いた。さすがになんの構えもなく殴られるのには、ハンネスの調律者としての力は確かだ。
俺の体は吹き飛ばされ、兜が飛んで転がってゆく。さらにハンネスは踏み込んで、加護の速度を助走に、俺の鼻に膝蹴りを放つ。
「くはッ!」
とっさに衝撃に合わせて体をいなして、ダメージを軽減させるも、鼻の骨が砕け、額が裂けたようだ。生温かい血が勢いよく噴き出して顔に流れる。
「ずいぶんと痛い目に遭わされたよ! 頭に来てるよ本当にさあ……」
ハンネスが魔剣を抜くと、ソフィアたちの方に振り返る。ドクンと俺の胸が脈打って、あの嫌な記憶が脳裏をよぎった。
リディは無表情のまま、そのハンネスの意図を汲み取ったのか、ソフィアとスタルジャに【拒絶】の神威をかけた。そうして動きを奪い、ふたりの髪をつかむとニコリと微笑んだ。
「いや、もう楽しみなんかどうだっていい。こいつは今すぐ殺さないと危険だ……」
そう言うと、急激に魔力を闘気に変換しながら、俺に近づいて構えを取る。膨大な力の高まり。さすがにこれを食らったら、俺も即死かも知れない。ハンネスの目にもその覚悟が見て取れた。
リディの神威が俺にも向けられ、同時に俺にかけられている【自動蘇生】までもが解呪された。どうも相当にリディは人間の魔術を研究してきたらしい。この解呪速度には目を見張るものがある。
どうしたものか……。シモンの決意に揺らぎは見えない。ここで俺が死ねば、ソフィアもスタルジャも、ガセ爺も……それにもう遅いだろうけどアーシェ婆も助からない……。
久々の再会がこんなのって有りえないだろ?
なんだよ、俺をあんなに温かく送り出してくれた里のみんなが、なんでこんなことになっているんだよ!! ここまで必死に突っ走ってきて、ハンネスを倒せる寸前だったというのに、過去二回のあの惨劇が生々しく俺の脳裏に蘇る。
どんなに強くなってもこれかよ!
俺の中に浮かびかけた『セラ婆を見捨てる』という選択肢に、自分の弱さを呪う。だが、ここでこいつらの思い通りにさせれば、この世界は確実に終わる。
その一瞬の葛藤が、アスタラとの戦いの日々で得た、純然たる殺意の解放を一気に進めた。
「ここで死ねよ、半端者ッ!」
ハンネスが高めきった力を解放して、俺に魔剣を振り下ろす。
「─── 霞鏡月!」
手に喚び出した夜切が、すでに高めきった膨大な力を俺に渡していた。青白い光の残像が、ハンネスを巻き込むように現れ、その魔剣を呑み込む。
「……ぐっはッ!」
前のめりに方い込まれるハンネスを、さらに力で押し込んで脳天から地面に叩きつけると同時に、俺は魔弓セルフィエスを喚び出して、シモンの眉間を狙って光の矢を放つ。
「させませんッ!」
セルフィエスの矢を切り刻む神威を放って対抗するリディに、俺は【神疾】にソフィア直伝の歩法を上乗せして一気に間合いを詰め、夜切で断ち切る。
リディの肉体が真っ二つになる瞬間、ソフィアがシモンに手の平を向け、神威を放つ─── !
カカカカカ…………ピシュンッ!
賽の目に切り裂く神威を、急激に絞り上げ、まっすぐに突き進む鋭い槍のような奇跡がシモンに迫る。しかし、シモンは懐から小瓶を取り出して、それを空に撒いた。
ピシュ………………ドオォォォォ……ンッ!
寸でのところでソフィアの神威がわずかに逸らされ、はるか向こうの岩山の中腹に巨大な穴を穿つ。その衝撃が大地を激しく揺らした。
「動くなと言ったぞアルフォンスッ!」
シモンの魔剣が、セラ婆の太ももに突き立てられた。
「僕にできないとでも思っているのかい? 今日この日が来るまで、どれだけのものを僕が積んできたのか、その覚悟を見せてやろうか!!」
「……クッ」
再びシモンが青白い光を放ち、ハンネスとリディを回復させる。
「なにをやっているんだ君たちは! 早く彼らを亡き者にし、聖剣を探せ!」
「お前がなんでそれを知っているんだシモン! なんでセラ婆の弟子であるお前がそんなことをしているんだよッ!」
シモンはフッと口元だけを歪め、再びセラ婆の喉元に刃を当てる。その目に迷いはない。その間にもリディは再生を終え、俺の後ろにはハンネスが迫ろうとしていた。
「この世を治す薬を作るんだよ─── 」
「ッ!? お前は何を言っているんだシモン!」
どこから? 一体この状況はどこから線を張られていた!?
背後に迫るハンネスの気配に、再び葛藤が込み上げる。
セラ婆を犠牲にするか?
この世を犠牲にするか?
夜切が催促するように刃鳴りを響かせたその時だった。
─── おおおおおぉぉぉぉにぃぃちゃああああぁぁぁぁッ!!!!
霧の向こうに輝く太陽に隠れて、その影が雄叫びを上げた。直後、雷光の如き速度で赤黒い線が無数に放たれ、ハンネスとシモンが撃ち抜かれ、破裂音を立てて吹き飛ばされる。
宙に放り出されたセラ婆をその赤黒い触手が巻き上げて、シモンから引き離しつつ、さらに触手の追撃が連続して襲いかかった。
ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥン……ッ!!
先ほどのソフィアの神威が岩山をぶち抜いたものと同等の衝撃と、強烈な地面の揺れ、そして土埃が辺りを包む。そのとてつもない破壊の裏で、赤褐色の影が森から現れて、リディを吹き飛ばす。リディの体は空中で五つに切り裂かれていた。
その光景に、俺は涙が止まらなくなってしまった。
紅いクリクリの髪に、紅い瞳。世界最高峰の職人が創り上げたような、白く透き通った美しい肌。そしてその腰からそよぐ、赤黒い触手たち。
降り立ったその少女の後ろに、そっと近づく赤豹族の少女。今まさにリディを切り裂いて吹き飛ばした爪を手入れしながら。
声を、声を出したいのに、ノドが詰まって、胸に熱いものが込み上げて言葉にできない。ソフィアとスタルジャもそれは同じだったようだ。
「ティフォッ!! エリンッ!!」
ようやく出せたその言葉。俺はその姿を確かめたいのに、溢れる涙で視界が揺れて仕方がなかった─── 。
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