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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十四章 クヌルギア
第十四章【幕間XVI】 道
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この物語の登場人物
セバスティアン
第六章│第十四話
https://morimori-labo.monster/novel01/episodes/mp06_14/
カブト
第十四章│第六話
https://morimori-labo.monster/novel01/episodes/mp14_06/
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拝啓ラブリン様
ご無沙汰しております。ラブリン様におかれましては、ますますご健勝のことと存じます。
私、セバスティアンは、ソゥバ修行の旅を続け、ようやく理想の地にたどり着いたところです。
静かな海に面したこの土地は、ふんだんな海の幸と、おだやかな人々が暮らしております。山間部には一部、乾燥した地域があり、香り高く品質の良いソゥバの実の栽培がおこなわれているのです。
そう、まさに私の夢。ソゥバの道を追い求めるのに最適な場所。
折良く理想的な立地の物件とも出会い、ソゥバ屋を開店する運びとなりました。夢にまで見た、一国一城の主です。
とはいえ、人生の大半を戦いに費やしてきた私にとって、商売の道とは縁遠きもの。理想のソゥバを求めるだけでは、なかなか経営は難しいものです。
人生は長い。挑戦の連続ですね。
いつか満足できる店にできた時、貴女をご招待したいものです。
敬具
※※※
空いた器を下げ、洗い場に置いて思わず溜息をつく。
「また、温かいソゥバですか……」
いやいや、ソゥバの調理に貴賤なし。温かろうが冷たかろうが、私の打ったソゥバを食べてくださるお客様があるのは幸せなことですな。
この地域ではソゥバを知る者はなく、それこそ最初は誰も来店しない日もありましたが、こうしてチョロチョロっと客が来るようになった。それだけでも嬉しいことだというのに、人間とは贅沢なものですよ。
温かいソゥバしか出ない。
茹で上げたソゥバを冷水でキリッと締め、ソゥバ本来の香りと歯ごたえ、喉越しを味わうにはやはり冷たいソゥバを味わっていただきたい。香り高いソゥバに負けぬ、濃厚な出汁とカエシ、麺をつける量で自身の好みの味の濃さを実現できる最高の食べ方なのですから。
しかし、あまりにもシンプルな見た目。
この地域には元々、具材をたっぷりと入れた温かい煮込みスープを、麺にかけて食べる料理がある。そのせいか、冷たい麺料理に馴染みがなく、具のない盛りソゥバは『貧しい料理』と捉えられてしまっているようです。
苦肉の策で、温かいソゥバにこの地域の名物である、魚の練り物に紅い着色をして蒸したものと、サッと湯がいた青菜を乗せたところ、多少の客足がつかめた次第。
ぎりぎりの譲歩。ソゥバ本来の味と香りを楽しんでいただきたいと願うのは、私のわがままなのでしょうなぁ……。
とはいえ、こちらもプロ。理想の作品を作り続けるには、それだけの対価を得て、暮らしを立てていかねばなりません。そのためには後三皮も四皮も剥けなくては、夢破れてしまうのでしょう。
─── ガラガラガラ……
「いらっしゃい!」
また一人、ご来店です。見慣れぬ店内の様子にややオドオドしながら、お客様はカウンター席につき、イラスト入り手書きメニューとにらめっこをしておられます。
「え~っと、温ソゥバ? ひとつ……」
「はい、温ソゥバ一丁、少々お待ちください」
嬉しいはずなのに、やはり心に燻りがある。贅沢な悩みだと自覚しながら、己の理想の理解者は現れないのかという孤独。
生地を切り、軽くほぐした麺を、湯が踊る高温で茹でる。時折、冷水を差し、ふきこぼれギリギリを保った熱いお湯。その間に器を温め、茹で上がるタイミングに合わせてつゆを張る。
ふと見れば、カウンター席のお客様が、不思議そうに私の手元をご覧になられている。
まあ、そうでしょう。
そもそもこの私だって、最初に旅人からこの料理を振る舞われた時、麺切りも器を温めるという作法も、異国の儀式のように見えましたから。
「温ソゥバ。おまちどう」
カウンターに器を置くと、お客様は少し驚いたような顔をして、温かな湯気に見とれている。そして、思い切ったように最初の一口。そこからは堰を切ったように、麺をすすり出す。
ここからが私とお客様の真剣勝負。
最後の一滴までつゆを飲み干すのか、それとも残して帰るのか。サッと片付けをしながら、横目でお客様の一挙手一投足をとらえる(ガン見はさすがに控えております)!
そして麺をすすり終え、いよいよ決戦の時。器を両手で持ったお客様は、おもむろにつゆを飲み始める。
このセバスティアン・パウラ・ファン・コーラムバイン。元極光聖騎士団第二師団団長にして、『銀鳳』と謳われた特攻の旗手。あの戦場の臨場感が今、このカウンター一つを挟んで、鮮やかに蘇る!!
……トン。
カウンターに戻された器が、乾いた音を立てた。
─── その表情、六十五点
「……ごちそうさま。お勘定」
お客様がお帰りになられ、また閑古鳥が戻ってきた店内で、下げた器を見る。やはり点数と同じく、つゆは半分ほどで残されていた。
「ふむ……。これは戦略を練る必要がありそうですねぇ……」
溜息をひとつ。しかし、私の真剣勝負は始まったばかりなのです。
※
朝、軽いランニングを兼ねて、海岸を横目に市場へと走る。
海というものはどうしてこう、飽くことなく人を魅了するのか。晴れの日は晴れの美しさ、曇の日は曇の儚さ。海風と波に洗われた清廉な空気を、胸いっぱいに吸い込んで堪能する。
「おや、セバさん! おはよう」
「やあ、おはようございます。エバ殿」
市場近くの場外店の前で、声をかけてきたのはエバ婆さん。代々ここで商売をしている方。
「あんたいつも走ってるんだねぇ」
「フフフ、ソゥバ打ちは体力も必要なのですよマダム」
「あははは、マダムなんて柄じゃないんだ、やめとくれよぉ~。でも、その走りでアタシたちは助かったんだからねえ」
彼女と知り合ったのは、こちらに来て間もない頃。やはりランニングを兼ねて走っていたものの、店が持てると気が逸っていたのでしょうな。気がつけば思わず全力疾走していて、飛び出して来た集団と衝突。それがまさかの野盗団だった。
十五人ほどが馬にまたがり、山を越えて街道に入る前の、手馴しのつもりだったのでしょうかね。ちょうど市場の前を駆け抜けて来たところを、私とぶつかったわけで。十三ほどが吹き飛ばされて馬ごと昏倒。残った二人は、馬が怯えて落馬して、逃げることもできず。
場外の商店で怯えていた人々が集まり、口々に礼を言ってくれるも、私には特になにかしたつもりはなく。兵が出てくるのを見て、面倒くさいし、早く市場で素材を見たいし、面倒くさかったのでその場を後にしたのです(大事なことなので二回いいました)。
『ひき逃げセバス』などという不名誉な通名がついたのは、この事件から。良かったことと言えば、この地で不幸な事件が起こらなかったことと、こうして話しかけてくれる知人ができたこと。
「どうだい、あんたのお店は。順調かい?」
「ふむ。暮らすにはなんとか。しかし難しいものですな。その土地の舌に合わせるというのは」
エバ婆さんはハハハと笑って背中を叩いてくる。
「こんな大きな男が小さくなってちゃダメだよぅ! この辺りなんて田舎なんだ。食べ慣れたもんじゃないとビビっちまうのさ。そこらのモン食べて、楽しんでる内に、この土地の味なんてすぐに飽きるくらいに分かっちまうよぉ~!!」
意外と叩かれてる背中が痛い。彼女はよくこうして元気づけてくれるのですが、そうしないとしゃべれないかのように、背中を叩いてくる。
しかし、なるほど。この土地の味ですか。確かにそれは大事なことかもしれませんね。
この地にやってきた当初は、いくらか周辺の店で食事を摂りましたが、どちらかと言えば腹を満たすことしか考えておりませんでしたな。
ただ一人考えていただけでは、たどり着けなかったかも知れない。彼女に礼を言うと、照れ笑いをしながら背中をさらに強く叩かれた。
彼女と別れ、背中がジンジンとする熱感に、私は確かなやる気を取り戻していたのです。
※
……トン。
「───」
「まいど!」
カウンターに代金を置いて、その客が席から立つ。残された器は最後の一滴まで飲み干されていた。
─── ガラガラガラ……
戸を開けて出てゆく後ろ姿に、私は静かに頭を下げた。風変わりな白い全身鎧に、ボロボロの黒いマント。最初は道場破りが間違えてやってきたのかと思いました。
温ソゥバを指差しで注文し、またたく間に完食すると、一言もしゃべることなく代金を置いて帰った。彼はそれから毎日来店しては、同じ温ソゥバを頼んでいる。
我が店の初めての常連さんの誕生です。
ただ、あの兜を被ったまま、どうやって食べているのかちょっとよく分からない。
まず甲冑が不思議なのですよ。装飾性は低いものの、可動域を広げるために小さなパーツが組み合わされていて、それらが龍のウロコのようにも見える。何より兜は視界を確保するような穴が一つもなく、かわりに何やら難解な文字のような模様が薄く彫られているだけ。
とんでもない強者であることは、その所作からうかがえるものの、何者か全くつかめないのです。
一言もしゃべることはなく、うなずくか、首を振るか、手でジェスチャーするのみ。
そうして風変わりな常連客もできて、少しずつですがお客さんも増え始め、生計の目処が見えては来てもやはり盛りソゥバを頼む者は無し。安堵する傍らで、ソゥバ道の孤独は続いておりました。
※
そんなある日、朝のランニングでエバ婆さんに声をかけられ、タライ一杯のとあるものを渡されました。エバ婆さん曰く、これはイカの足だけを集めたもので、現地では『ゲッソー』と呼んでいるのだとか。
イカは鮮度が落ちるのが早く、大抵は現地で消費されるか、干物にして流通させているのだそうです。しかし、内陸では馴染みがないために、需要が少ない。
「……まいりましたね」
私は開店前の厨房で、そのタライ一杯のゲッソーとにらめっこをしておりました。お裾分けにしては多すぎで、帝都にあるような冷凍の魔道具などもありません。まして鮮度が落ちるのが早い食材ともなれば、すぐに手立てを考えねば無駄にしてしまう。
「先に火を通してしまいますかね、これは」
イカという食材は、極光聖騎士団で各地を行脚していた頃に、何度か口にしたことがあります。歯ごたえが良く、ほんのりとした甘みと旨味のある、魚とも貝ともつかない不思議な味わいでした。
調理法はシンプルに焼いただけのものや、炒めたものの中に入っていたり、大きく主役としては扱われてなかったような……。
「客にお出ししてしまいますか。いや、しかし海鮮に舌の肥えた土地の人々。私の付け焼き刃の調理で通用するかどうか……」
タライからゲッソーを一本つまみ、眺めてみる。ニュルンとしたそれは、だらしなく下に伸び、ヌルヌルとしていた。下ごしらえの方法はエバ婆さんから聞いてはいる。しかし、私はソゥバ屋であって料理人として修行をして来たわけではありません。
「よく見れば長さも太さもそろっていませんねぇ。安定した料理としてお出しするのは難しいか」
ソゥバは手早く調理して、迅速に提供するのが肝の料理。ほかの調理で手間をかけるのも本末転倒。これは諦めて自分で食べるか。そんなことを考えていたら、つまんでいたゲッソーが指から滑り、小分けにしていたカエシの入った器の中へ落ちてしまいました。
「ああ、いけない。このカエシはもう使えませんね……」
すくい取ろうとしても、なかなか捕まえられず、ようやく取り出してみるとゲッソーはやや褐色に色づいていた。
「んん? この感じはどこかで……?」
思い出したのは鬼族の集落でご厄介になっていた頃、鶏肉を豆の発酵したもので味付けし、油で揚げた料理『カラーゲ』。生姜が効いた風味が良く、こってりとしながらも病みつきになる美味さ。あのカラーゲの衣を付ける前、味のよく染み込んだ生の状態の鶏肉に似ておりました。
繊細なソゥバとは相性が良くないかもしれない。ならば味を控えめにして、小皿に乗せてお出ししたらどうか?
そこまでアイデアが出れば、もう私にそれを諦める理由はありませんでした。
※
「温ソゥバ、おまちどう。あとこれはサービスです」
「おお、タダとは気前がいいね大将。これは?」
「味付けしたゲッソーを刻んで、小麦粉をまぶし、油で揚げたものですよ」
客は『へぇ』と感心したような声を上げて、まじまじとそれを眺める。
この辺りでは揚げ料理はあまり普及しておらず、衣を着けたフリットなどはないようです。受け入れられるのか心配ではあったものの、ゲッソーという御当地の食材が功を奏したのか、意外と評判は良いようでした。
しかし、私の関心事はゲッソーなどではありません。
お出しした温ソゥバを、お客様はどう判定なさるのか。日々努力を重ね、ソゥバの素晴らしさを知ってほしいの一心で、私はここに立っているのです!
私とお客様の真剣勝負。
最後の一滴までつゆを飲み干すのか、それとも残して帰るのか。サッと片付けをしながら、横目でお客様の一挙手一投足をとらえる!
そして麺をすすり終え、いよいよ決戦の時。器を両手で持ったお客様は、おもむろにつゆを飲み始める。
このセバスティアン・パウラ・ファン・コーラムバイン。元極光聖騎士団第二師団団長にして、『銀鳳』と謳われた特攻の旗手。あの戦場の臨場感が今、このカウンター一つを挟んで、鮮やかに蘇る!!
……トン。
カウンターに戻された器が、乾いた音を立てた。
─── その表情、七十三点
「ごちそうさん、ゲッソーうまかったよ!」
「ありがとうございます。またのお越しを」
最初に比べれば、少しは成長してきている。しかし、おつゆの完飲までは至らず。溜息をこらえ、私は他の客の対応に追われていた。
※
─── ガラガラガラ……
昼時の盛況が落ち着いた頃、彼が来店しました。我がソゥバ屋の常連さん第一号『カブト』。決まりきった動作で温ソゥバを指さしで注文し、カウンター席につく。最初はシュールだなと思っておりましたが、こうして見慣れてくると、やっぱりシュールですね、この全身鎧は。
よく見れば高貴な風情も感じさせる不思議な人です。しかし、一言も交わすことはなく、温ソゥバを提供し、完飲された器を下げるだけの関係。恐ろしい遣い手だとは分かっても、それに触れることはしません。
彼が今、唯一私のソゥバを完飲する理解者なのです。
「温ソゥバ、おまちどう。あとこれはサービスです」
「─── !」
のっぺりとした兜が私を見上げました。どうやら驚いているようです。
「たまたまたくさん頂きものがありましてね。サービスなのでお代はいりませんよ」
コクコクとうなずき、彼はそれを一口……。その時、カトラリーから滑ったゲッソー揚げが、彼の温ソゥバの器の中に落ちてしまったのです。恥ずかしそうにした後(兜なのでわかりませんが)、彼はそれを麺ごと口中に入れ、驚いたように私を見上げました。
次の瞬間、彼は小皿に盛られたゲッソー揚げを全てソゥバの器の中へ!
(てめぇ、この野郎! 私の手塩にかけて育てたソゥバに、異物をぶち込みやがりましたね!?)
私のソゥバ道の唯一の理解者だと思っていた彼の暴挙、突然の出来事に頭に血が登ったその時、私ははたと現実に引き戻されました。
温かなつゆの香りに、ゲッソーの磯の香りと、揚げものの油の香りとがハーモニーを起こしていた。
ソゥバをすするカブトは、今までのように麺だけをすするのではなく、麺とつゆを同時にすするような食べ方に変えている。思わず私は厨房に戻ることも、ガン見はダメという戒律をも忘れ、その場で凶暴にソゥバを食す彼をただただガン見していました。
彼が全てを飲み干し、名残惜しそうに空になった器を眺め、兜の中でくぐもった溜息を響かせると席を立ち上がる。
─── その表情(兜だが)、百点満点!!
彼はカウンターにお代を置き、無言ながらしかし、しっかりとした意志のある動きで私に親指を立てた。
「───」
彼が退出した後の店内には、ゲッソー揚げと温ソゥバの香りが、今まさに新たな産声を響かせていた。
ゲッソー揚げソゥバの誕生。
『ソゥバの素晴らしさを知ってほしい』。私の意図を越えた場所で、この商品が大評判を生み、やがて行列のできる店へと。
人が増えれば信頼も上がるもので、盛りソゥバを頼む人も現れ、今では『温か冷かそれが問題だ』と語る常連も現れるようになりました。
人生の壁とは己が作っているのかもしれませんね。
人とのつながりから、思わぬ形で私はソゥバ屋として、確かに歩み始めたのです。
※※※
「……なんだこれは」
便箋を読み終えた女騎士は、薄暗い自室で溜息とともにつぶやいた。
封に送り主の名は無く、遠くから運ばれたのであろうくたびれた手紙に、かすかな好奇心を持って開けてみれば、かつての同僚からの手紙だった。
「ソゥバのことしか書かれておらんではないか!」
彼女の脳裏に、白いカイゼル髭の大男の無垢な笑顔が浮かんだ。
「オウキッドと呼べとあれほど……」
そこまで言って、フッと笑みを浮かべ、締め切られていた鎧戸を開ける。
かつての同僚が教団を捨て、自分の夢に向かって突き進む姿は、彼女にはまぶしくも思えた。
「……いつか食いにいってやるか」
そうつぶやいて眺める窓の外は、多くの人々が夕暮れの街を、せわしなく歩く姿が目に入る。
その人の数だけ、歩んでいる道があるのだと、女騎士は少し愉快に思えた。
ここまで読んだ
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