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禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十四章 クヌルギア
第十四章|第六話 星の棺
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クヌルギアの道。
そして『ナナワルトルの塔』へ。
破壊神へと繋がるその道は、
強大な力を誇る魔物で溢れていた。
継承者の力に比例して、
魔物は力を増す。
今、この試練の道は、
史上類のない危険な状態となっていた。
継承者として規格外の力を持つアルフォンスは、
代々の魔王と共にここを通ってきたエイケンの知識を覆している。
人界は今、
帝国派と反帝国派に分断され、
大きなうねりを起こしている。
ハンネスは、
聖剣の在り処の情報を掴み、
すでに人界へと向かった。
時間はそれほど残されてはいない。
破壊神アスタラへの挑戦は、
その焦燥感の中、
確実に前へと進んでいた。
クヌルギアを通過し、
アルフォンスはナナワルトルの塔へと挑む 。
延々と続く巨大な螺旋状の回廊が、
はるか地下へと続く構造。
ナナワルトルの塔内部には、
膨大な数の強力な魔物で溢れ、
歴代の魔王や候補者達の思念が溢れていた。
アルフォンスはそれらを殲滅しながら進み、
そこで得られた極大な魔力を吸い上げ、
常識をはるかに超えた成長をしていた。
そうして塔の深部に近づいた時、
赤黒い全身鎧の剣士が現れる。
赤黒い全身鎧に、ボロボロの黒いマントを纏い、こちらへと歩いてくる者。
装飾性は低いものの、可動域を上げるために重ねられた細かいパーツが、龍のウロコのように鋭く並ぶ鎧。それらは全て、ナナワルトルの扉の色に酷似していた。
多くのパーツが折り重なっている鎧であるにも関わらず、歩んで来る動作の中に、一切の音が生じていない。術式が動いている様子もなく、鎧が優れているのでもなく、動作に全くの無駄がない証左。
兜には視界を確保する開口部はなく、すっぽりと覆った面の中心には、この塔で見かける超古代文字なのであろう一文字が彫られている。
『─── 』
それは何かを口にした。動作に変化はなく、ただアルフォンスに向かってくるそれが、何か言葉を発した気配がした瞬間。その姿はなんの前触れもなく消えた。
ギイィィ……ンッ!!
強烈な火花が、橙の閃光となって、塔の壁面を染め上げる。青白い霊気を放ち、やや意気高揚した夜切で受け止めた直後、アルフォンスを巨大な光の繭が包み込んだ。
それは凄絶な刃と刃のぶつかり合いが生み出す、火花の重なる戦塵が、アルフォンスを中心に縦横無尽に発せられた残像。全ての斬撃が、ほぼ全て同時に襲い来る、速度の極致。並の剣士であれば、初撃の光さえ目にするヒマもなく、肉体が泣き別れていただろう。
だが、アルフォンスはそれら剣閃の無情な猛攻を、片手に握る夜切でいなし、もう片方の手は祈るように顔の前に構えている。人の領域を遥かに超えた速度、絶え間なくつづく、光芒の嵐。最早、天の起こした災害とも取れる連撃。
だが、段々と刃がぶつかる音が小さく、火花が収まってゆく。
─── アルフォンスが、受けから極めて柔らかないなしへと、剣の質を変えて来たのだ
それまで姿すら消えていた赤黒い鎧姿が、端的にその所作の合間に現れる。光の瞬きの如き剣が、夜切に引っかけられるように流され、そのバランスを崩され始める。対して男は、踏み込んだ足幅を変え、その剣質を変えた。一切の躊躇なく、切り替えられた攻勢は、横薙ぎにアルフォンスの首に迫った。
突如、そこに現れたのは、青白い満月の如き光の円。
その直後、赤黒い全身鎧が背負投をかけられたように、その身を宙に翻し、遥か後方へと投げ出された。
『霞鏡月』。かつてセオドアとの闘いで放った、闘気を抜いた刃で相手の剣を吸い付けつつ、その勢いを全て前のめりの力に変える夜切の奥義である。
赤黒い全身鎧は地面に打ちつけられる瞬間に、重心を低く回転速度を上げた前方宙返りで勢いを殺し、鉄靴で地面に踏み止まった。しかし、さすがに次の手に悩み、異様に低い姿勢で片手上段に剣を構え、アルフォンスの出方をうかがっている。
上段に握られたその剣は、先に行くほど細くなり、湾曲していく造り。片刃の剣でありながら、その先だけは両刃に研がれた、刺突にも性能を高められたもの。初めて相手の得物を目にし、アルフォンスは髑髏兜の中で、楽しげに微笑んだ。
「─── 」
「あんたは……二百八十七代魔王。ゴフェルだな?」
男はその言葉にピクリと反応する。だが、アルフォンスの半身に構え、中段で備えられたその刃を一瞥し、今度はそれに合わせて同じく中段に構え、左手をだらりと下げるようにして、次の動作に備えている。
「─── 」
また何か言葉を発したようにも感じられた。だが、アルフォンスはそれに返事をするように、中段の構えから夜切を納刀し、居合の構えを見せた。
猛烈な殺意と剣気が、ふたりの間に噴き出し、その間でつむじ風を起こした。
永遠の睨み合い。そう思われるほどの静寂。だが、その時、剣を鞘に納めながら、男はアルフォンスの後ろをゆっくりと歩いて去る。
キンッ!
鞘に収まりきった金属音が、塔の壁に反響する。完全なる勝利。超々高速の世界の中、一撃に全てをかけた両者の剣は、わずかにアルフォンスの速度を上回った、男の刺突で幕を閉じた。髑髏兜の下から滑り込んだ剣先、そして内部を破壊する、うねるような手首の振りと握り込み。
確信の手応えに、死合いの終わりを悟った男は、更に数歩進んだところで足を止めた。
ふと、視線を前に直すと、そこには正面で居合の構えで立つ、アルフォンスの姿があった。
「─── !?」
確実にさっき、刺突でこの闘いを勝利したはず。足の裏には、さっきまで硬い床を歩んだ感覚すら残っている。だが、今、己が置かれているのは、わずか数瞬前の、睨み合っていた時のままだ。
困惑する男の前で、アルフォンスは居合の構えを解き、男へとゆっくり歩きながら近づく。そして、ただ指し示すかのように、男の喉元へと切先を向けた。
「殺った」
「─── !!」
男は構えを解いて棒立ちになると、剣を鞘に納め、両手のひらをアルフォンスに向けて上げた。
※
二百八十七代魔王ゴフェルは、退位してから千数百年もの間、この塔で闘い続けていたらしい。その間、他の魔王候補者や、現職の魔王が通ることはあった。だが話しかけることもなく、ただただ愚直に剣の腕を磨いていたという。
次代の魔王後継者と共に塔に入り、内部で継承することで、彼は塔の中に留まった。その後の生を全て、強力な魔物との闘いに捧げた、生粋の戦闘狂だ。
彼の兜に彫られていた文字は、超古代文字で『尽』と言うような意味合いらしい。
『己を尽くし、尽き果てた先に、道の極みを尽くす』。究極へと向かい、剣の一振り、足の運び一つに己を尽くす生き方を求める。そんな彼の道を指す言葉なのだそうだ。
「で、俺を見たら、どうしても戦ってみたくなったと?」
「─── 」
「だから声が小せぇって。聞こえないよ」
「(そうだ。突然、名乗りもせずに、失礼したな)」
勝負が終わった後、彼は兜を脱ぎ口をパクパクさせていたが、あまりの声の小ささに、『小ッさ』と思わず大きな声を出してしまった。彼は耳を真っ赤にしながら『すまぬ』と極小のウィスパーボイスを奏でながら、目を泳がせていた。
彼はどうやら根っからの剣オタク。夜切に興味を示した時は、結構大きな声で喋ってたんだけどな。すっごい早口で。でも、会話が剣と闘いのこと以外となると、急にたどたどしくなる。
居合で構えた俺に、ゴフェルは刺突性能の高い、先だけが両刃の剣で俺の喉元を狙った。と、そうする流れになるように、構えのバランスに少し揺らぎを持たせて誘った。俺の思う通りに思考が走った瞬間、俺の『領域』の中に彼は飲み込まれ、支配されていた。これが闘いのラストだ。
その『領域』にもグイグイ質問して来てたんだけどね。今は何か気の毒になるくらい不安げにしている。
「─── 」
彼の音声を集音して代弁すると、こうなる。
ここで千年以上、魔物たちとの闘いに明け暮れて来たが、己の剣技に付いてこれる者もないので、そうするしかなかったという。
元々声が小さいと、エイケンにも指摘されていたらしいが、長いこと無言で修行していたものだから、もう声を出すのも大変なんだそうな。
たま~に興味をそそられる魔王や、魔王候補はいたが、自分がもしそれを殺してしまったらことだと思って我慢していたらしい。そこに俺が通りかかって、試しに剣気を向けてみたら、急にいかつい鎧姿になった。その上、ものすごい名刀を出して来たから、つい夢中になったんだそうな。
エイケンが『ゴフェル様も戦いの最中では賑やかで御座いましたよ? 戦闘中は高笑いを欠かさぬお方で御座いましたから』といっていたが、長いこと殺伐と無言で闘う内に、いつの間にか笑わなくなっていたんだそうだ。代わりに『強くなる』という意思ばかりが募り、最早、強迫観念みたいになっていたそうだ。うん。これは病んでいるね!
エイケンは『クヌルギアス家は、代々何かしらに、強い趣向を持っておられた』ともいっていた。うん。彼の動作や仕草は、完全にひとつの道に振りっ切って、コミュニケーション能力を置いて来た人種のそれだった。
『 ─── 』
「ああ、そうだな。世界は広い。俺がここまで来れたのは、師匠たちのおかげでもあるけどさ。やっぱり視界を広げたのは、行った先々で関わった人たちのおかげだと思うよ」
「 ─── 」
「え、何? そんなこといわれても。『社会に出たくねぇ』だって? 君、そんなイイとこの三男坊みたいなことを言うんじゃないよ」
「……」
いかん、説教してるみたいになっちまう。ここで腕を磨く選択をしたのは彼自身。俺は何もとやかくいう筋合いはない。
ただ、彼から聞いて来たんだよ。『やっぱ、外に出た方がいい?』って。
そりゃあ言うよね。外出た方がいいよって。で、裏ぶれたこと言うもんだからついね。と、そんなやり取りをしていたら、この羅刹おじいちゃんの対極にある人物の、にへら顔が頭に浮かんだ。
「あ、もしかしたら、社会に出る勇気、出るかもしれないけど、やる?」
「 ─── 」
「ん、分かった。ちょっとやってみるわ!」
神妙に正座してるゴフェルに向かって、手の平を向ける。イメージするのは、最近もらったあの加護。
「 ─── 【風来坊】」
風の守護神フォンワールの置き土産の加護を口にする。とたんにゴフェルの体を、緑色に光る風が包み込んで噴き上げると、赤黒い鎧の色がすうっと白銀に変化した。これは……ナナワルトルの塔にに縛られていたのが解けたのだろうか?
【風来坊】はフォンワールが去り際に押しつけていった加護だ。どうも自由と解放への力があるらしい。試しに使ってみたけど、正直ちょっとどうなるか分かんない。
「(あ……うん、ちょっと勇気出たかも)」
「お、そうか? それなら良かった(プラセボか?)」
急にゴフェルは正座から立ち上がり、兜を脱いで小脇に抱えた。あ、これはご先祖様に間違いねぇわ。爺様のフォーネウスにそっくりだし、エリゴールにもよく似ている。どちらかと言えば、マドーラが初めて会った時に変身していた、一万年前の魔王の面影に近い気がする。
兜をどれだけ長いこと被りっぱなしだったのか、長い白髪と髭が、兜の形にクセがついてた。ちょっと面白かった。
「……やってみるよ。自由に」
「おう、流石にあんたほどの腕の奴は、そうそう魔界にも人界にもいないだろうけどな。きっと世界は広がるさ」
ゴフェルはものすごく頼りない微笑みを浮かべて、頭を下げると、上に向かって歩き出した。
いや、考えてみればご先祖様だし、スーパー歳上なんだけどね。どうも剣の道に愚直で実直な彼と対面していると、若い剣士と話しているような感覚がすごいんだよこれが。
最初に目にした武人の高みな歩き方に、少し弾むような雰囲気を見せて、二百八十七代魔王ゴフェルは千数百年ぶりに外界へと歩み出した。
……責任は取れないけども。
※
─── 一方その頃、聖地グリオグの星棺の奥
アルフォンスの膨大な魔力を注がれ、魂を取り戻した七魔候たちは、彼の『クヌルギア挑戦宣言』の演説から聖地に戻っていた。今は今後の展望と称した、本体に脳を置きっぱなしの会議、ダベリングが開催されていた。
会話のネタはもっぱら、アルフォンスのことについてである。
水『で、ウチは水の七魔侯なのに、水でボコされたってわけ☆』
土・風『なにそれ、いーなぁー‼︎』
火『いやいや、アスガル(土)とエオリス(風)。おめーら一番おーじさまアンチだったんじゃねーの?w』
ロフォカロムのツッコミに、アスガルとエリオスはチラリと彼の顔を見た後、お互いに顔を向け合いケラケラ笑った。実際の肉体でアルフォンスと会い、その力を確かめたのはロフォカロム、セィパルネ、ペルモリアの三柱。他は、アルフォンスの呪術契約と膨大な魔力に心酔するも、本能がそうさせるのか彼との闘いに思いを馳せていた。
生『しかし、今頃アルファード様は、もう塔に入られただろうか。あそこは原初の神界が残された、現世の理を離れた聖地。息災で在られれば良いが……』
火『おめーだけ、頭良さげなのなんなん?』
生『はぁ……。生はそれこそ苦難との背中合わせ。貴様らのように反射で生きてはおらぬのだ、元よりな』
『『『うわ、頭よさそーw』』』
生『─── イラッ!!』
知性は本体に置き去り。魂で語り合う彼らは、とにかくさまざまな沸点が低い。そんな中でも、生を司るシェルムは、その特性から魂だけでも知性を保っているようだ。煽りには弱いが。
土『だがよぉ、あの塔なんざ、元々は単なる駆け込み寺だろ? 何だって魔王継承に必要なんだ?』
風『ぶははっ! だっせーっ、アスガル超低脳w そんなことも忘れたとかw』
土『ああッ!? 魔王のことァ、関わんねえのが俺らだろうが! いちいちあっちのことなんか憶えてられっか! そういうならオメエは憶えているんだろうなぁ、エオリス?』
風『…………』
エリオス(風)が思い出そうとしたままフリーズする。記憶の検索をするだけで、メモリが超えてしまったようだ。聖地に七魔候たちの爆笑が突き抜ける。
生『……よいか。まず魔王という存在に、本来は資格も条件もありはせん。かつてあの塔が、この星に留まると決めた時から、続いている流れ。魔界を守る勢力として、魔族が生まれる。それだけのこと。
それらを治める者として王が立つようになった。より大きな力を得て、より多くの民を繁栄させる。魔族の進んだ道と、元々の塔の意義とは全くの別物なのだ』
『『『………………』』』
シェルム意外、誰もが涼し気な目元で、少し上を見つめて微動だにしない。現在、記憶の検索中なのだろう。
人『んじゃあ、別に殿下は塔に挑まなくたっていいってことじゃん?』
生『左様。そもそも魔力分配は、クヌルギアス家の血を受け継ぐ者であるなら、誰でも可能。そう造られた一族だからな。ただし、その大小の差は個人差が大きい。そして、全ての資格を手にした者は、総じて巨大な器を得られる。ならば挑んだ方が賢明であろう? ハンネスを鏖殺するにも、力はあるほど良い』
さらに言えば、過去の世界に比べ、魔界の人口と民の魔力の器は大きくなっている。つまり、分配する者として、その位置を入れ替えられた時、器が小さければマナに押し潰されるだろう。
ハンネスが人の身でありながら、その圧力に耐えられたのは、人界の調律者の器があったこと。そして、エルネアとの契約がなされていたことが大きい。特にエルネアとの契約は、魔界の長者として大きな恩恵を与えている。
すでに鍵を持ち、人界の調律者として、不完全ながらも器を持っているアルフォンスなら、今の力でも対応できる。だが、彼が背負っているものは、そうした分配などの、クヌルギアス家に与えられた義務の範疇を超えている。
─── 人界と魔界の調律
この巨大な難問を、全史時代に想定できただろうか? この星が生まれて初の、無謀とも言える巨大な運命である。
土『かあぁっ! 面倒くせえッ! もう俺らも殿下と一緒に全部やっちまえば良くねぇか!?』
生『不可能だ』
『『『─── !?』』』
アスガル(土)が、気持ちを整理し切れず、呼吸を荒くしてシェルム(生)を睨んでいる。他の七魔候たちも同様に、その理不尽とも思える答えにピリピリしていた。
生『忘れたのか? 我らはこの星の始まりに造られた、単なる環境維持のための道具ぞ』
七魔候たちは、その意味を脳で理解したわけではない。ただ、何か自分たちの奥に眠る、強大な契約の力を想起させられて黙り込んだ。
彼らはそれが何なのかは分からない。ただただ、超えてはいけない線が引かれていること、それだけを思い出して沈黙した。
生『そなたらも、記憶が途切れ途切れであることを、己で分かっていよう……。星の生命の代が変わる度に、我らは過去を消されている。……必要がないからな。
だが分かるであろう? 我々はただ引き継がれた、この土地を安定させるだけの存在。働きかける存在になることは、赦されてはおらぬのだ』
土『……う、うるせぇッ! そんなもん、俺達が本気を出しゃあ─── 』
生『もう、これまでに、何度それをした?』
シェルムは思っていた。肉体を失われ、よけいな知恵を持たず、魂だけでこうして語る。よけいな感情の発露があるからこそ、今、対話を出来ていると。シェルムも全てを憶えているわけではない。ただ、通り過ぎた過去の大きな失敗が、自分の奥深くに楔のように打ち込まれているから憶えているだけのこと。
そう、ローゼンを始めとした、最初の世界で産み落とされたプロトタイプたちは、憶えている。
力ある者の生み出した小さな問題が、その世界の終わりまで、突き進むことを。それを目の当たりにし、そして同胞でもその範疇を越えようとしたプロトタイプの家族を、ローゼンは滅ぼした。
ローゼンの厳守する『プロトタイプの誓い』は、力を持ちすぎている彼らが遺した、単に壊さないようにするための約束ではない。この星に生きる生命を、再び失わないようにするための法律だった。
生『我らは世界に力を向け、争いに身をおく存在ではない。我らはこの星の、この魔大陸を護り、この大陸の生態系を維持する。ただそれだけの存在。ただの仕組みぞ。最早、誰が作ったのかすら、我の記憶にも残されてはいないが……』
シェルムはそう言って、固く目を閉じる。
彼女に取って本来は仲間と呼んで良いはずの、他の七魔候たちは、その歩き出した頃の記憶がない。彼女にだけ刻まれた、過去の経験値として、『生』を司る彼女にそれが残されている。悠久の刻の流れ。そこに取り残された七魔候たち。その中で、過去を憶えていることを強制された彼女は、ただただ孤独だった。
彼女はいつか、この同胞たちと全ての記憶を分かち合えたらと願う。全てを話せるその日が来たのなら、このどうしても生まれる星の歪みですら、気楽になれるかもしれない。そう望み、数十億年を生きている。
だが、そうはならなかった。そしてこれからもそうはならない。
記憶の共有は、彼らに必要ではないからだ。彼らの能力は、やはりどうしても、この魔大陸を安定させるためにあり、思考もそれだけしか保てない。
生『ふう……』
シェルムが深い溜息をついた時、やはり他の七魔候たちは、そこに意識のない人形のような表情をして呆けていた。
その反応は逃げや、おバカちゃんではないのだろう。踏み越えられない、己の権限の範疇に、硬直しているだけだろう。
しばらく時を置けば、また何もなかったように、友人たちは騒ぎ出す。
我々が、遥か昔に取り残された、単なる体系の一部であると、憶えていることすら赦されていない。それをすっかり忘れ、また騒ぎ出すのだ。
「─── 星の棺か」
シェルムはもう何度、己の中で噛みしめたか分からない、その言葉をつぶやいた。
もう少しすれば同胞たちは、この会話を忘れて動き出すだろう。だが、ここでの会話を憶えていられず、己が動くに必要なことにだけ集中して、ああだこうだと騒ぎ出すだけだ。
『グリオグの星棺』。グリオグという言葉すら、もう何なのか誰も憶えていない、この星に魔公将が誕生した時には、すでに名付けられていた言葉。シェルムですら、それが何を意味する単語なのか、記憶がない。この魔大陸の維持に、必要な知識ではなかったからだ。
生『星の棺……か。正に我らの棺じゃな。ただそこに面影を残すだけの墓標。この考えすら、どこから生まれたものやら』
シェルムは薄ら寒そうに思いながら、再びくだらないことで騒ぎ出すであろう、同胞たちの再起動を見守っていた。
ここまで読んだ
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