Episode
禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~
第十四章 クヌルギア
第十四章│第二十一話 責任
あらすじを見る
アルフォンスたち三人は、
里にたどり着き、
勇者ハンネスとその契約者リディを圧倒した。
アーシェ婆の躯体が死亡したことで、
幻惑の術式が解けたシモンは、
再びセラ婆を人質にアルフォンスたちの行動を制限する。
反撃に出たハンネスたちであったが、
ティフォとエリンが現れ、
形勢逆転。
ハンネスたちを滅ぼす寸前まで追い詰めるも、
怒りの感情に極端に傾いたリディが堕天。
生命を奪う漆黒の雨に里が覆われる中、
聖剣を守っていたダグ爺の家の結界が破壊され、
聖剣は奪われた。
ハンネスは呪術での転移を図り、
リディとともに消え去る。
上空を覆っていた漆黒の闇が、小さな耳鳴りをともなうノイズを残して、一瞬にして消えた。大地を濡らしていた黒い雨も、嘘のように消え去り、そこには倒された木々や、里の建物の瓦礫が残されていた。
アルフォンスは感覚を研ぎ澄まし、ハンネスの逃げた先をつかもうとするが、呪力で起こされた転移の先はつかめぬまま。ソフィアとスタルジャ、そしてアーシェ婆も追跡を試みるが、やがて断念した。ティフォは触手を張り巡らし、さらに精度の高い追跡を試しているようだ。
「あれだけの存在じゃ。どうせ向こうから大きくことを動かすじゃろう」
「ああ。それにハンネスはしばらく闘いには立てないはずだよ。あれだけ痛覚の経験に怯えていたんだ。体の傷は治せても、心の傷は魔術や奇跡じゃ治せない……」
そういいながら、アルフォンスはセラ婆の方を振り返る。セラ婆はガセ爺に寄り添われ、横たわったままだ。体に大きな外傷はなく、首や膝につけられたシモンの魔剣傷も、すでに処置は終わっている。
魔剣傷は簡単には治せない。今回の場合、首の傷は浅く、幽星体への影響は浅かった。膝の傷はやや深いが、突き刺されたために、その傷の範囲が狭く済んだのが不幸中の幸いだった。
だが、セラ婆は目覚めない。
「あれも限界だったのだ。突然に信仰を失い、衰退してゆく心身のな。とはいえ、しばらくすれば意識も取り戻すじゃろう。まだ終わりなどではない。心配するな」
「……って、さっきアーシェ婆もダグ爺も死んでたよな!? 俺、何度も【蘇生】をかけたんだぜ!?」
そう問いかけると、ふたりは気まずそうにポリポリと頭をかき、『お前が話せ』とばかりに肘で突き合っている。
「話すと長くなるのだがな。あの者たちと戦っていたのは、わしらの魔導生命体の躯体よ。魂を一時的に乗せ、時間を稼ぐためにのう」
押し負けたダグ爺がそう言うと、アーシェ婆も続けて説明を始めた。
「お主が【蘇生】をかけた時、そこにもうアタシらの魂はなかったじゃろう? 躯体が破壊され、本体に戻っておったから─── 」
ポロ、ポロポロ……
アルフォンスのほおを涙が伝っていた。
「な、なんだ、どうしたというのだアル坊!」
「な、泣くことはなかろう? 騙したわけではなくてじゃな!!」
あわててすり寄るふたりに、アルフォンスはふふっと笑いながら、涙を拭う。
「よかったよ。俺、あいつに大切な人たちを、何人もやられたから……。ふたりもそうなっちゃったのかって思ってさ。この里のみんな、俺の大事な家族だから」
その言葉に、ダグ爺は天を仰いでノドを鳴らし、アーシェ婆は顔を背けて震えている。それはもう絵に書いたようなふたりの仕草に、アルフォンスは笑い、大切な言葉をふたりにかけた。
「ただいま。アーシェ婆、ダグ爺」
「「おかえり!! アルフォンス!」」
三人で抱擁し合い、うんうんと久しぶりの家族の面影を確かめていた時だった。
「─── ぐべッ!」
アルフォンスの体が横に『く』の字に曲がったまま吹き飛ばされる。わさわさと赤黒い触手をたなびかせ、そこにはもう一本、赤茶色と黒のシマシマの尻尾も揺れていた。
「いでででで……ティフォ! エリン! うぎぃっ」
ティフォとエリンに飛びつかれたアルフォンスは、数met先まで飛ばされ、なんとか着地は決めたものの、ふたりの渾身の抱擁に肺の空気を押し出されていた。(1met=1m)
ティフォに強制的に鎧を解かれ、その胸元に赤毛の頭がクリクリと押しつけられ、エリンは首元を必死に彼の腕にこすりつけていた。その温かさにアルフォンスは、ふたりの確かな存在を実感し、意識を手放した。
「ん。オニイチャおちてる。エリンは力つよすぎだ。いつもやさしくと、いっていただろう?」
「ティフォ。貴女だって触手で締めすぎよ。アル様が紫色になってる」
「「ぎゃーぎゃー」」
※
「よお、シモン。久しぶりだな。帰ってきたよ」
スタルジャが精霊たちに働きかけて、シモンの拘束が解かれた。生粋のヴァンパイアを時間停止と同等な金縛りをかけるとか、一体なんの精霊たちと交友関係を築いているのか、聞きたいような聞きたくないような。
スッと開かれたまぶたの隙間から、ウルトラマリンの瞳が俺を見た。
久しぶりに見たシモンは少しやつれていて、相変わらず整った顔をしているが、不思議とあの頃の『イケメンだなぁ』という感想が湧いてこない。これもあの力のせいなのかもしれない。
拘束を解く前に、俺たちはシモンの身に何が起きているのか、まず解析をした。あの闘いの中で、彼が使った青い光の力、そして腕に見えたあのアザ。
─── 青みがかった、ツグミのような形の小さなアザ
純然たるヴァンパイアであるシモンは、それこそ多彩な魔術や特異な能力を持っているだろう。だが、里の封印を緩め、ハンネスたちを内側にまで召喚する呪術を使用していたという。
ダグ爺たちの証言によれば、ハンネスが最終結界の前に現れる時、里に穢れた血の臭いが立ち込めたそうだ。呪術召喚の特徴。それもつい最近、俺はその召喚のシステムを目にしている。
帝国の『門』だ。
俺とソフィア、スタルジャ、アーシェ婆が解析し、ティフォがシモンの血液から記憶を読み取った。その結果、全員が一致したのは、今彼は何らかの奇跡により、魂が囚われているということ。
いや、正しくはなんらかの契約の上で、魂に別の魂が食い込んでいる状態だ。ある意味で、彼はこの里に来る前から、魂を作り変えられていたと見た方が近い。
今はソフィアの奇跡で、その別の魂を抑え込んでいる。
「やあ、アル。久しぶりだね……。そして、すまなかった」
血混じりの咳をして、彼はそう言った。ヴァンパイアはハンネスほどではないにせよ、再生能力が高く、実質は不老不死。アンデッドの最高峰とされる存在。だが、ティフォの攻撃は凄まじく、神気で超絶に強化した触手は、ソフィアの神威と同じく完全な破壊を生み出していた。
体組織の破壊と共に、触手の貫通した傷には神の奇跡で結界が形成され、再生を阻害している。さらに限界までティフォに魔力が奪われ、体にはスタルジャから弱体化をかけられているようだ。
「まずは弁明があれば聞こう。お主はいったい何が目的だったのか」
アーシェ婆の殺気がジリジリと肌を焼くようだ。その隣にはダグ爺が曲刀の柄を、いつでも手がかけられる差し方にして、腕組みをして立っていた。
「全てを……話すよ……」
※
そうして彼の口から語られたのは、八十年ほど前のメルキアで起こったヴァンパイア化と、その裏で繰り広げられた悲劇だった。おおよそティフォが彼の血から抜き出した情報と一致している。
ただ、いつも飄々としていた彼が、話の終わり頃から嗚咽を漏らし、震えていた。
「なぜ、今まであんなに大事な存在を、僕は些事のように受け止めていたんだろう……」
彼の言う大事な存在とは、言うまでもなく彼の最愛の女性ダリアのことだろう。彼は教団の人間からアザを移された時点から、それまでの自分にとっての大事な存在よりも、その使命感に支配されていたようだ。
「シモンよ。そなたがあの古き調律者どもに協力したことで、そなたのように想い人を失くす悲劇が、これからこの世界を襲うのじゃぞ……。それだけのことをしでかした。セラフィナのことも含め、覚悟はできておるのか」
アーシェ婆の声はいつもより小さかった。だが、そこにとてつもない怒りと悲しみがあるのが見て取れる。そのアーシェ婆の肩に手を置き、ダグ爺が前に出る。
「よさんか。これに責任があるとも思えんし、責任を取れるとも思わぬ。それよりも、こやつが得た『力』とやらがなんだったのか。それを確かめることであろう? この里の結界を破るだけの狙いを持って、この力は働いておった。敵が何者かを見定めねば、勝機はなかろう」
そう、シモンの話からすれば、相手はこの里に隠された聖剣を、ハンネスに渡すために動いていたように思える。そして、ハンネスの手記にあったアザと、彼の協力者であった存在の名前─── 。
「……ジョルジュ」
その名前を口にした時、明らかにシモンの様子が変化した。しかし、植えつけられた別の魂を押さえられているからか、その変化はすぐに消えた。
「アルくんが口にした名前……。それで思い出したよ。教団の一部で伝えられている預言者。きっとそれがその存在の名だ。今、僕の中でそれとの意識の綱引きが起こった」
三百年前の人間が、なぜそれほどの影響を? 預言者だという割に、その名は全く表に出てきていない。まさかそのジョルジュというのも人間ではなく、不老不死の何かなのか?
いい知れぬ不気味なものが込み上げてきた時、ソフィアが口を開いた。その目線の先には、シモンの腕のアザに向けられていた。
「やはり……このアザの形は、神言のとある意味を指す言葉を、神代文字に変えた時に酷似しています。要約すると ─── 『輪廻』です」
「「「……ッ!?」」」
魔界で俺がノートに描いた落書きを見た時と同じことをソフィアが言う。
ジョルジュという名は、今までにも何度か耳にしている。ただそれは、歴史上の有名人物や語り継がれたものではない。アネスの記憶、父さんの記憶映像、ハンネスの手記。そこで出てきた断片的な情報でしかない。
表舞台には出てきていない人物だ。
人間であれば、もちろん生きていない。ハンネスの手記では老人だと書かれていた。アルザスの上位貴族ボトルゴード家のご隠居。その家はすでに現皇帝ハーリア即位の時に取り潰され、近縁の家を含めて誰も生き残ってはいないと聞いた。
それにもし同じ人物が生き続けていたとしたら、それは大きな力を得ているはず。そして、そんな話は聞いたことがない。ギルドや女騎士たちからもそんな話を聞いたことはなかったし、教団側に預言者がいるなんて話も聞かない。
今、シモンの魂にはなんらかの別の存在がしがみついている。預言者とされるジョルジュが、こうして憑依を繰り返す存在、もしくは意思なのだとすれば説明がつく。
「取り憑く存在だとすれば、このアザが『輪廻』という神言とは異なる。だが、シモンにこの力を与えた男はその場で死に、シモンは魂を作り変えられた……つまり擬似的な『輪廻』ってことか」
「はい。おそらくそうでしょう。今ここで彼の魂についている存在が失われた時、彼の魂は消失します」
ジョルジュは単に俺たちが耳にした情報で、一番最初に出てきた名前。その時に作り変えられていた者がその人物だっただけなのだろうか。
「まさか、三百年前どころか、そのずっと昔から動いていた可能性すらあるってことか!?」
そうシモンに詰め寄るが、彼は話したこと以上のことは知らないようだ。青ざめた顔を左右に静かに振るだけだった。
「その今押さえている存在とやらを、永久に封じ込めたらどうじゃ? その意思が継がれることはなくならぬか」
「わかりません。それに今押さえているのも無理やりです。長くはもちません……」
「ぬう。こういった話はセラフィナの方が専門なのじゃがなぁ」
セラ婆の意識は戻っていない。シモンの話を聞いて、セラ婆に仕込まれたヴァンパイアの血の呪いは、すでにソフィアが解呪して清めている。アーシェ婆によれば、大きく消耗したことで眠りについているだけだというが……。
シモンの裏切りは正直ショックだった。それもセラ婆を人質に取るなんて凶行は、俺の知る彼ではありえない愚かな行為。それが彼の意思ではないとわかっても、今度はこの里に来る以前から操られていたとなれば、彼という人物像が大きく揺らぐ。
「ぬう、斬るか。その存在とやらを」
「ここにある存在が本体とは言い切れません。これだけ大掛かりなことをしてくる相手です。本体が危険となれば、すでに彼を捨てて逃げていたでしょう。ここにあるのは最初から一部か、残骸である可能性が高いですね……」
ダグ爺はソフィアに説明されて『むう』と黙った。実は脳筋だからね。
「じゃあ、全てのことが終わるまでシモンを時間停止結界に封印したとしても、効果は見込めないか……ん?」
と、その時、ダグ爺とアーシェ婆が再び殺気を持って上を向いた。
「あれは……。敵じゃないよ。シモンの身内だ」
ハンネスに斬られたまま口を開けた結界の切れ目から、馬車が空を駆けて来るのが見えた。
メルキアの有力貴族ツェペアトロフ家の者が、天空から舞い降りた。
※
瓦礫と倒れた木々、その荒れ果てた地に、馬車から降りて来たツェペアトロフ夫妻。彼らは執事のモンドが降りるより先に、地に降りて膝をつき頭を垂れた。
「私はこの里にお世話になっておりました息子シモンの親、フロレンス、その妻のエリザベート。この度は息子シモンのしでかしたことを、まずはお詫びするために、まかりこした所存でございます」
そこにはヴァンパイアの上位貴族とは思えない、遜った姿勢が前面に出ていた。
「この度の我が息子のしでかした裏切り。我々はいかなる罰も補償も受け入れる所存にございます」
その言葉にアーシェ婆は深いため息をつき、一旦感情を治めたようだ。
「メルキアのヴァンパイア、ツェペアトロフ家。『裏切り』と今回のことを言うからには、宝剣を使ったね?」
「はい。我がツェペアトロフ家に伝わる、ブラド神族の秘宝プレジチェフルンゼを使い、この度のマールダーへの裏切りに繋がる息子シモンの行動は分かっておりました」
「……先に止めようとは思わなんだか」
「出来ませんでした。宝剣の予言は知ることはできても、それに抗うことは不可能。我らが血族の呪いなのでしょう。行動は取れないのです……」
アーシェ婆は再びため息をつき、つまらなそうに腕を組むと『まあ、そういうものじゃな』とつぶやいた。
「では、なぜここに来た」
「はい。我々夫婦にある子は、シモンとプリシラの二人のみ。そしてプリシラは化身リディにより滅ぼされました」
「「 ─── !」」
プリシラ、シモンの妹。あの傲慢を固めたような娘は、リディに消された?
ソフィアもスタルジャも困惑した顔をしている。
「化身とその契約者である存在。あのふたりをここに向かわせたのは、我が娘が渡した書簡によるもの。そしてそれは、この世界に隠れ、刻を進める者からの指示」
「……ジョルジュか」
俺のつぶやきにフロレンスおぢさんは、ハッと目を見開き、しかし顔を伏せた。
「その者を知っておるのか?」
「いえ、これまでの情報にもその名前は、極端的に出てきたもの。この度の予言とようやくつながった次第にございます」
「だろうな。ジョルジュとは単に表に出てきた名に過ぎん。あれはおそらく、憑依・転生を繰り返す者」
ソフィアたちとアーシェ婆がたどり着いた、今シモンに残る存在の話だ。フロレンスは明らかに動揺しているが、それは何らかのつながりがあるのではなく、あまりにも異様なその存在への畏怖だろう。
「……さて、フロレンスとか申したか。この問題に、どう筋を通す?」
フロレンスは唇を噛み締め、その隣では奥方のエリザベートが表情を崩さずに、目を伏せたままジッとしている。奥さんの方は何らかの覚悟が決まってここに来ているようだった。
「まずはシモンへの罰を我が手で。そして、今後メルキアの我が傘下にある者たちを動員し、かの『隠れる者』を追いましょう」
アーシェ婆はただ『ふむ』と言ったきり、顎に手を当てて、思案に耽っていた。そもそもがシモンへの罰など考えていなかったのだろう。ツェペアトロフ家に向けた『筋を通す』の言葉も、ただ彼らの覚悟を見たに過ぎない。
「分かった。シモンの沙汰はキサマに任せよう。ただし、この里に二度と近づけることは叶わぬ」
「はっ! ありがたく存じます」
アーシェ婆は何らかの追跡の魔術は仕込むだろう。とは言え、俺はこの流れにどこか安心もしていた。
やらかしたとはいえ、俺にとっては兄のような存在だったシモンだ。彼の行動はショックではあったが、謎の存在の憑依もあったし、どうにも俺には極端な結末を望まないところがあった。
「ありがとうございます……。ではそのように。シモンに話をしても?」
「好きにせい」
アーシェ婆はすでに別のことに興味が向かっていた。それはこの里の結界や、魔導生命体の躯体のことだろう。ああでもないこうでもないとブツブツつぶやいている。
フロレンスは立ち上がると、制圧されたまま横たわるシモンの元に近づいた。
「久しぶりだねシモン。皆様にはお前の知る全てを話したね?」
「…………はい、父様」
フロレンスは『うむ』とうなすき、しばらくうつむいた後……
─── シモンの心臓を素手で貫いた
「「「 ─── ⁉︎」」」
誰も動けなかった。その手の中で息子の心臓が未だに鼓動を続けているのを、フロレンスは表情を変えることなく、ただ息子を見つめていた。
「……ごふっ、ぐ、が……っ、と、とうさ……」
シモンの顔に今まで見たことのない感情の色がさした。だが、フロレンスはそれを無感情に見下ろした後、手のひらに紫色の光を纏わせて、心臓を握りつぶした。
「キサマ! 何をしておる! まだこやつには……っ!」
我に返ったアーシェ婆、その後ろでダグ爺もガセ爺も、愕然としている。
「息子はすでに魂を穢されております。もう、解放することは叶いません。この状態でこれまで知っていることを全て話したとあれば、その通りでしょう。
─── もはや救うには、人間性をできる限り残した今、始末するのみ」
シモンの肉体が崩れて、赤黒い蒸気が立ち昇る。静かに語るフロレンスの肩を、寄り添うようになでながら、シモンが消えてゆく。
「「「…………」」」
「お目汚しを失礼いたしました。今後我々は、この里の神々に誓った約束を、命をかけて履行いたします。どうか、お赦しを……」
あまりのことに、感情が追いついていかない。フロレンスが振り返り、俺と目が合うと深々と頭を下げた。
「 ─── おい」
フロレンスの背中にアーシェ婆が低く通る声で呼びかけた。
「……健やかにな」
その言葉にフロレンスは天を仰いで涙を流した。彼の代わりに妻のエリザベートが、アーシェ婆に最敬礼をすると、彼らを執事のモンドは彼らの背中に手を添えて馬車へと促した。
「……アルフォンス様。このような再会となったこと、このモンド……ただただ残念で申し訳なく……」
「モンド……。まだ俺もなんの整理もついてはいないんだが……。不幸な事故だったんだよきっと」
モンドは深々と頭を下げた。その肩が震えている。オールバックになでつけられた白髪頭が、いつもは凛とした佇まいの彼を、今はただひどく老けさせているようにも思えた。
彼らは馬車に戻り、最後に深く頭を下げた後、乗り込んで去っていった。
誰一人、この状況に整理などついていないだろう。馬車が去るのを見送った後、俺たちはセラ婆を家に運び、今後の話をすることにした。
─── ガッ!
「ん⁉︎」
俺の体が突然、不可視の何かに縛り上げられた。強烈な締め上げというよりも、鋼に閉じ込められたように微動だにしない堅牢な確保。
「……ん、話はだいたい、ついたな? フーッ、フーッ」
いつの間にか隣に立っていたティフォが、俺を触手でガッチリと押さえ込んでいる。ややうつむいて、赤い前髪に隠れた彼女の表情は、確認できなかった。
「ティ、ティフォちゃん……? ど、どうしたのかな? そんなに呼吸を荒くして、つ、疲れちゃったのかな?」
そう問いかけると、ピクリと反応した彼女は、白く小さな両手をわきわきとさせた後……。
超高速で俺を拉致し、俺たちの家へと飛び込んだ。
ここまで読んだ
このページを保存して、トップページから続きを開けるようにします。
Mail Magazine
新着通知をメールで受け取る
続きの公開や新着話のお知らせをメールで受け取れます。次の更新を見逃したくない方におすすめです。