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Episode

禍々☆パラディン ~初恋は実らない方がいい~

第十四章 クヌルギア

第十四章│第十四話 ラプセルの危機

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破壊神アスタラとの試練を終えたアルフォンス。
その労を労い、
妻ソフィアから『一日なにもせず休むこと』を命じられる。

のんびりと魔王城の庭を楽しむ彼の元に、
か弱い思念が届いた。

故郷ラプセルの危機。
勇者ハンネスが里に現れ、
義父イングヴェイがどこかに隠したとされる、
聖剣ケイウェルクスが奪われる可能性があるという。

ハンネスの狙う世界の大浄化。
その鍵となる聖剣ケイウェルクス。

アルフォンスは里の危機に向かい、
転移魔術を行使した。

 確かにあれはアーシェ婆の声だった。念話とも風魔術ともちがう、か弱く・・・耳元にだけ、いや頭の中にささやかれたような声。

『アルフォンス、里に、里に勇者が来たぞ』
『わしの命に変えてでもこれは止めよう』
『しかし、聖剣ケイウェルクスが略奪されたあかつきには……』

 声はそこで途切れた。聞き間違いや勘違かんちがいなんかじゃあない。あれは確実にアーシェ婆の思念しねん言霊ことだまのこもった通信だった。なんらかの原因で、通常の思念の飛ばし方が出来なかった? そりゃあそうだ。あのハンネスが里に現れたというのだから!

 それに里は強力な結界に阻まれて、そんじょそこらの術式じゃあ、外界と通信なんかできないはずだ。今それが俺の元にやって来たということは、里の結界が破壊されたか、相当に弱っている状態だということ。


 それに『聖剣ケイウェルクス・・・・・・・・・が略奪』だって? まさか聖剣ケイウェルクスはラプセルのどこかにあったってのか!?


 最後に聖剣を持っていたのは義父イングヴェイ。しかし、それはどこかに隠され、まず見つけることは不可能だろうと聞いていた。俺だってあの里にいて見たことはなかってし、物心ついた時には、義父さんがそれを持っている姿なんて目にしていない。旅の途中でどこかに封印でもしたものだと思っていた。

 いかん。気持ちと頭が揺らいで、転移魔術の座標計算が間に合わない。クソッ、どんなに強くなっても、心は別なんだな……!
 何度か深呼吸をしてまずは息を整え、何が起きているのか分からないが、ひとつ強く意思を統一させる。


───ハンネスは躊躇ちゅうちょなく、殺す。理由はいらない


 転移魔術の白い光が俺を包みこんだ。


 ※


─── アルフォンスの耳に思念が届く、その少し前

 気持ちの良い気候となったその日。春まだ浅いラプセルの里で、ダグ爺は薪割まきわりをしていた。

「おお、今日は気持ちがええのう! 散歩日和さんぽびよりじゃて!! わはははははは!」
「うむ。ようやく冷える時期も越えたようだな。また、山にでも拾いにいくのか?」
「草とかいうな! 山菜さんさいじゃあ! そいういやあそんな時期じゃのう。 わははははは!」

 この里に辿り着く前に、セラ婆と過ごした旅で、ガセ爺は山菜積みを毎年するようになった。実はそれほど山菜が得意ではないが、彼はなんとなくセラ婆との旅を思い出して、毎年それを続けている。

「今日はセラ婆とは一緒ではないのか?」
「うん? ああ、セラ婆ならたしか西の薬品庫で、在庫整理するっちゅうとったな」

 薬師であるセラ婆の持つ材料の種類は膨大である。家に置ききれない材料や、危険な薬品の一部は、強固な金庫や扉付きの薬品庫がそろった小屋に保管されている。それらの設備の制作者はガセ爺。その安全性は約束されたようなものだった。

「ふむふむ。なんだ、手伝ってやればよかろう? いっつもいっしょ・・・・なのだし」
「なっ、べ、べべ別に儂らは四六時中いっしょってわけじゃ……っ!」

 その時、ふたりの表情が突如とつじょとして固まった。

「……この圧は、なんらかの呪力か……?」
「うぷっ、なんじゃ。えらい血の臭いが漂っておるのう。それも古臭い血の臭いじゃ」

 だんだんと強くなる、けがれた血のような、鉄サビに似た臭気。そしてそれらが一段と強まった時、里の外れの方角から、強烈な圧を放つ何かが現れる気配が突き抜けた。

 同時に辺りの呪力の圧と、血の臭いは薄れていく。何らかの目的を果たしたのか、呪力が消えていったようだ。里の外れに現れた気配は、まだ動く様子はない。

「呪術で何かを召喚したんか? この里にこんな効率の悪い術を使う者など、おらんがのう」
「この里の存在に気がつくとは何者か……。いや、しかしこれだけの殺気を持つ者でも、この里の結界は破ること叶わぬわ。大人しくおかえり願うとす─── 」

 その時、今度は里の結界の内側から、里を囲う結界の円周を、青白い光の柱が等間隔とうかんかくで立ち上がって里を囲う。上空まで突き抜けたそれらの柱は、結界を激しく光らせ、点滅を繰り返しながらごうごうと冬の嵐のような音を立てている。
 その結界の点滅は、やがてだんだんと間隔が空いて、弱々しくなっていった。

「内側から……!? 何者かッ!?」

 珍しくダグ爺が激昂げきこうしている。

 この里は数百年前、彼とアーシェ婆により確立された、守護神と精霊神たちの理想郷である。特に剣聖イングヴェイが、幼いアルフォンスを連れてやって来てからは、現在に至るまでその護りをより強固なものにし続けていた。 

 かつての契約者であるイングヴェイと、その加護を与えていた軍神ダーグゼインの、千年を超えた友情の証。そして、里の住人たち総出で育て上げた、我が子のような存在である、アルフォンスの帰る場所。


 パッキィ───ン……!


 弱々しくも、それでもなお強力な力を持って、外界を拒絶していた結界の一部に、まっすぐ切り込みが入れられた。

「ぬう、これは魔剣の類かッ! ゆるさぬッ!!」

 ダグ爺の姿が消える。それまで彼の巨躯きょくがあった場所から、一瞬でその質量の空気が失われ、そちらに寄せる風が吹いた。まるでその距離をなくしたかのように、一歩で一気に間合いを詰める歩法を利用した瞬間移動である。

 その移動先に新たな殺気の塊が出現する。里の森全体が怒気どきに震えているような、強烈な破壊の意思を含んだ圧が、ダグ爺の向かったであろう侵入者の気配の元へとぶつかる。

「アーシェ婆か。さすが里の全ての座標が頭に入っておるんじゃな。しかし、とんでもない怒気。これはシリル建国以前からしても、最大級じゃな……」

 転移魔術で正確に侵入者を迎撃に出るアーシェ婆。その真の恐ろしさを知るガセ爺は、その恐怖に汗を一筋流しながらも、腰袋こしぶくろから黄色い大粒の宝石を取り出し、地面に叩きつけて割った。

「まずはセラ婆の安全確保じゃな。ありゃあ闘う力は持ち合わせておらんしのう」

 そうつぶやいて、その体を白い光が包み込むと、その姿を消した。


 ※


「……どういうつもりだ小童こわっぱ

 アーシェ婆がその魔力と怒気に、足元の土埃つちぼこりを巻き上げながら、銀の錫杖しゃくじょうの先を向けてその若者に問う。この強烈な殺気を一般の者が浴びようものなら、完全に恐慌状態に陥り、その心は二度と回復することはないかもしれない。

 だが、その若者はにこにこと微笑み、その目の前の守護者など意に介さないように、巨大な亀裂きれつが縦に入った結界の向こうから里の中をのぞき込んでいた。今なお、結界は呼吸するように白くぼやけたような光をにじませながら、懸命にその何百層にも渡る防護壁を修復しようとしていた。

「その結界から一歩でも足を踏み入れた時。そのくだらぬ人生の最期と思え……」

 警告。しかしその言葉がまったく耳に入る様子もなく、その青年はにこにこと微笑んだまま、結界の裂け目からその足を踏み入れた。

 直後、ガラスの砕けるような音を響かせて、鋭く尖った巨大な透明の板が何枚も、あらゆる方向からその青年をズタズタに貫通していた。板ひとうひとつの長さは巨木ほどもあり、青年の体はところどころ両断されているはずである。しかし、青年の体が崩れ落ちることなく、貫通したその状態で停止していた。

「……おどろいたな。こんな辺鄙へんぴなところに、物質化なんて超上級な魔術を使う人がいたんだね。しかも無詠唱……? あのなり損ない・・・・・みたいなことするなぁ」

 その言葉に一瞬、アーシェ婆はピクリと反応したように見えたが、すぐに突き出していた手の平を返して上に向け、グッと握り込んだ。

「─── うぐッ!?」

 その瞬間、青年の顔が苦痛に歪んだ。

 透き通った巨大な板の数々は、突如姿を消し、青年の体が白くぼやけた光をまとった。そうして数瞬後すうしゅんご、青年の全身から膨大な数の、細かく針のように尖ったガラスのトゲが突き出した。

 板状の時は透過し、青年の体内で形状を再構築し、鋭く尖った状態で内部から突き出す。その細かいガラスの針は、元の板の容積を考えれば、膨大な数となるだろう。今この瞬間も親指ほどの太さの針が、ゆっくりと後から後から湧き出るように、その肉を突き破っては地面に落ちて消えてゆく。

 カチャカチャと針が地に落ちる音を響かせ、青年が目を見開いて硬直しているその先に、すでにアーシェ婆の姿はない。

「消え果てろ。薄汚い小僧めが─── 」

 その声が響いたのは、青年の背後。ピッタリとくっつくように立つ彼女は、白く細い指先で青年の喉元のどもとをひとなでして再び消える。

 直後、青年の体内から強烈な閃光せんこうと爆音が上がった。

 ガラスの針に通り道を作られていた彼の体内は、彼女の術式と魔力を、砂に水を通すように侵食を許していた。内部に打ち込まれたのは、炎魔術の超上級、風魔術の上級、そして水魔術の初級魔術。それぞれが彼の体内で、最も効率よく、破壊を生むために構成されていたのである。

 さらにアーシェ婆はやや離れたところから、両手の人差し指と中指の二本を立て、指揮者のように中空に印を走らせる。

 魔術印と無詠唱のハイブリッド。イメージングで術式を展開させ、魔術印でその制御を行う彼女のオリジナル技法である。大きく動くことで大地の精すらをも巻き込み、そのあまりにも精密な術式を、自然の理にすら書き込む。

 そうして、そこにある全ての水分子を、元から激しく振動するものとして、物理現象の動きを書き換えた。青年は体内の全ての水を加熱する道具に変えられ、水分子ひとつ残る限り、加熱乾燥されてゆく。

「本体、いや守護神・・・はそこだね。ツラ出しな。あたしの弟子にまで迷惑かけた、天の落としたゴミめが……」

 そうアーシェ婆が指を刺した先、割れた結界の隙間から、白金のショートボブの頭がひょっこりと現れる。シンメトリーな造り、通った鼻筋に、完全を超えた美の極地ともいえるバランス。あらゆる芸術すらおもちゃにする美、そこに輝く二つのエメラルドグリーンの瞳が、実に楽しそうに輝いて揺れた。

「あはは☆ すごいですね、おばあちゃん! 私たちを知っていたんですか? まるでここに私たちが来ることを知っていたみたいです♪」

 白い簡素な長い丈のワンピース。ノースリーブから見える肩や腕は、あまりにもキャシャで、そこに強さや怖さなど微塵みじんもない。

 だが、アーシェ婆は知っていた。これこそがこの星を統べる者に連なる『真なる神』の一角、その現し身だと。

「星もまともに守れぬ、古き神が何をしに来た。貴様の時代は三百年前に終わったであろう?」

 そういいながら、アーシェさんは後ろ手に隠した二本指を、器用に動かしながら印を立体的に組み上げている。

「あは☆ 辛辣しんらつですねー♪ むしろこうして事情を知っている存在がいるだけで、少し嬉しくすら思うのは何なのでしょう? 虫さんでも、私たちのお役に立てるとか、これは感動です☆」
「ふっ、アタシが『虫』か。……そういうならば、なおさら貴様は役に立たぬ古い神といったところかねえ。人の世を何も見てこれなかった、あわれな依代よりしろが」

 その女の目に怒りの色が浮かんだ。それは本人にも分からぬ、生まれて初めての経験だった。

「黙れッ! ただの影法師・・・のお前たちに何が分かる! 私は全てを終える。お前たち虫どもに与えられた、理不尽な定めも全てちりに返す……」

 そこまで言い切って、女は困惑していた。生まれて初めての感情。それも強く、由来の分からぬ揺れ。

「ハッ! 笑わせる。誰が理不尽だなどと、貴様に救いを願いうたか? 夢は寝てから見よ、この小童!」
「この……ババァ!」

 完全に怒りに飲まれた女は、全く気が付かなかった。背後に音もなく、この里の遥か遠くから、その足で進んで来た一人の武人の気配に。

「く……っ、う、あ?」
「…………この土地は我ら守護神の理想郷。調律などという世の天秤に、好きにはさせんよ」

 軍神ダーグゼインの曲刀が、女の首元から下腹部まで、真っ直ぐに斬り込まれていた。

「アーシェ婆。この程度では此奴こやつは滅びぬ。木炭粉になるまで焼くが良い……」
「フッ、言われるまでも ─── 」

 二人の会話が止まり、再び里が静寂せいじゃくに包まれる。二人の視線は、美しく輝く白髪を三つ編みに、膝まで伸ばした老齢の女性の揺れる瞳に釘付けとなった。

「こ、これ以上……。か、彼らに手を出すことを禁じます! 従わなければ、彼女は殺すッ!」

 セラ婆を背後からつかみ、その首元に魔剣の刃をピタリと当てた、深い海の底のようなマリンブルーの瞳を持つ青年。

 今、セラ婆を人質に、勇者ハンネスと、調律人オルネアの化身リディの解放を求めるのは
 ─── 薬師セラ婆の弟子、シモンだった


 ※

 転移魔術すら禁じられているこの里への道。限界まで一気に進み、徒歩で進むしかなくなる地点まで来た。飛翔魔術まで禁じられている。ほんと、この里のセキュリティー意識は異常だ。

 そうして徒歩で進むために、あらゆる身体強化を始めていたら、背後に転移魔術の反応が来た。ソフィアとスタルジャだ。

「「アルっ‼︎」」
「ふたりともすまん。報告もしないで……。緊急事態なんだ。ん? この座標よくわかったな?」
「もう、アルくんが座標ですからね、私たちは☆さて、何となくもう分かっています」

 さすがは調律の神だな。ローゼンばりの知覚力まで成長したようだ。本人は腕組みをしてうんうんしている。

「やっと私たちを、生まれ故郷のみなさんに紹介する勇気ができた・・・・・・・・・・んですね……。ふふ、ここは私だって真面目にやりますからご心配なく」
「ちがう」

 大口を開けて固まるソフィアに、スタルジャが『ほら、言ったじゃん』とか突いてる。

「……ふっ! ふふっ! ありがとう二人とも。少し肩の力が抜けたよ。俺がここに来たのは ─── 」

 全てを話した。全部確定したことでもないし、最悪、俺の勘違いでここに来てしまった可能性も含めて。なんかソフィアが横の大木に、わあわあ言いながら、おでこを打ちつけ始めたのをスタルジャが止めている。

「えっと……つまり、この先にアルの故郷があって、そこにハンネスが現れたんだね? そして故郷にあの聖剣があるかもしれない」

 わあわあと暴れてるソフィアを羽交締はがいじめにしながら、スタルジャが確認してきた。これもうどっちが女神なんだろな?

「ああ、間違いだったならそれでいい。でもこれはおそらく……」

 三人で向けた視線の先に、あの知っている圧がある。もう、間違いない。


 ハンネスたちが来ている。


 いや、その気配だけじゃなく、里へ続く道に転がるアレら・・・だ。

「すごい数の魔獣……。このマナの濃さだと、この何倍も魔物がいたんだよね? その魔獣たちはみんな死んで霧になって、もう消えてる」
「ああ。この里の周辺はこんなに静かじゃない。もう先につゆ払いした奴がいる」

 死屍累々ししるいるい。少し明るい黄土色おうどいろの道がこの辺りは続くはずだ。だけどそこは赤茶や焦茶のもので埋め尽くされている。

 殺されて死体を残した、魔獣たちの姿だ。

 それが延々と里に向かって続いている。奴ならできるだろう。俺もできるはずだ。だが、この無感情に放り捨てられた死体の山を見ると、あまりに自分の思想と違いすぎて、何かが揺らぐ。

 だけど、これはチャンスだ!

「この先でハンネスの全てを挫く。ハンネスとリディを確実に殺す」

 そう宣言した時、目の前でとんでもない神気が膨れ上がった。

「……終わらせましょう。このくだらない、稚拙ちせつな歪みを」

 ソフィアが先をにらんで立っている。もう目的は固まった。


 ※


 私に毒を持ったのは誰だったのか。

 それに最近、非常に微弱ながらも、この里に何らかの呪力を持ち込む者がいる。私はすぐにそれに気がついた。ここ数日、その動きも洗い出し、その行動の矛盾にも確信がついた。

「あら、シモン。なんだか久しぶりではありませんか。今日も素材集めに?」
「 ─── せ、セラフィナ! なぜこんなところに⁉︎」
「ほほほ、この先に私の倉庫がありますからね。今日はその整理ですよ」

 シモンは『ああ、なるほど』と当たりさわりのない答えを返す。でも、その手が震えていることは私の目でも明らかでした。

「どうでしょう? 久しぶりにいっしょに素材回収しましょうかね♪」
「 えっ! い、いや、大丈夫ですよセラフィナ。もうだいたいそろっていますから。では僕は行きますね〜」

 そういって彼は森の奥に進んでゆく。私は彼の背中にたずねた。

「今は何を作っているのですー? シモン?」

 少し間を置いて彼は答えた。

「老いた時に瞳の奥がにごる病。あれの薬ですよ〜! もうだいたいつかめているので、待っていてくださいー!」

 私は小さく『そう……』とつぶやいて、他に足を向けて歩き出す。シモンのここ二年ほどのフィールドワークに、その薬にたどり着く素材へのアプローチはない。私はそれを確かめ、次の調査に進む。

  ─── 彼はなんの動きをしていたのか?

 彼の仕事場に置かれた、なんら統一性のない素材。でも私はわかる。彼が最近この里のどこを歩いてきたか。その素材たちの群生する位置を、頭の中の地図に当てはめれば、すぐにわかった。ならば私はその目論見もくろみに対抗するとしよう。

 どんな目的があろうと、この足跡はあまりにも……。彼が向かった先から、想定してその直前にことを済ませたであろう地点を目指す。

「これは……呪術……?」

 稚拙。いくらあのシモンといえど、こんなよどみの起こる術など使うはずがない。彼はまがりなりにもヴァンパイアの血族。魔術や術式など、呼吸をするように操る存在。それがこんな澱みを生む術を仕掛けて回るはずがない。

 しばらく進み、彼が直近で訪れたであろうポイントに差しかかると、私はその血生臭い臭いにせきき込んだ。

「これは……召喚術……? それも呪術で? なぜそんな非効率なことを……?」

 いいえ、それだけではありません。この呪術はひとつではない。もうひとつ、この里に関わる大きな狙いがある!呪術は念や思いの強さで形作るもの。ここまでわかれば、なにをしようとしていたのか、一目瞭然いちもくりょうぜん

「この狙いは……。里の結界に迷いを生ませる術式!」

 誰に伝えましょう。ガイセリック、いや、アーシェス。
 いや、三人に今すぐ ───


「いやだなぁ。もうバレちゃったのかぁ」


 背後でその声が聞こえた瞬間、私は魔力を周辺の精霊の中から、最も近くにいる者に譲渡した。

 私には戦う力はない。でも、戦う精霊を呼ぶことはできる!

 ボグン……ッ!

「え、あっ! ああああああああっ‼︎」
「あまり騒がないでください。僕はヴァンパイアですよ? 魔力が高く、魔術に秀で……
─── 単純に強い・・・・・

 腕をつかまれ、そのまま折られた。あまりの激痛に、あらゆる術式を展開しようとしても、それはなされなかった。

「ムダですよ。もう何度も貴女に僕の血・・・の一部を飲ませている。貴女は僕の眷属けんぞく……支配下だ」
「 ─── ッ⁉︎」

 長くいすぎた。共に長くいすぎて、ヴァンパイアと近づく危険性を忘れていた……。
 いや、安心させられていた? いつから?

「僕の本当に作りたかった薬が、もうすぐ完成するんですよ。そのために、少しだけ力を貸してくださいね」

 私は抵抗するどころか、体内に長年少しずつ仕込まれた、穢れた血で支配された。なんら抵抗できないまま抱えられ、里の中心へと運ばれてゆく。

 あの細くて力のなかった彼が、まるで別の生き物のように思えて、それが恐ろしくてしかたがなかった。

作者のつぶやき

いよいよハンネスが動き出しました。
そして里の危機とともに、ラプセルに暮らす彼らの真実が明るみに出てきます。

人界に降臨する際、感情を持たずに降りてきたはずのリディが、だいぶ無自覚の内に感情を芽生えさせているようです。
ちょっとまだ感情の振れ幅が大きくて、不安定な人になっていますが。

ハンネスとの三度目の闘いはどんな結果となるのか。
ラプセルの門番『七人の戦士』との闘いは。

だんだんと話は核心へと向かっていきます。

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